目が覚めるときっかり六時。どれだけ楽しみだったんだ私は、と、西園さんを起こさないように制服の掛かったハンガーへと手を伸ばした。
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学食にはまばらに人がいる。券売機で食券を買う前に、食堂を見渡してクドを探した。
あ、いた。クドは窓際のテレビが見える席に座っていた。テレビからはニュース番組の音がする。
『……オーシャン・ランチ・コーポレーションは』
『TASAとの合同記者会見の前倒しを発表しました』
「おはよっ、クド」
「ぐっどもーにんぐです、△△」
クドはテレビから視線を外してぺこん、と頭を下げた。
『……なお、引き続き周辺諸国は、実験炉搭載への懸念を表明……』
私が横に座ると、クドは手元のリモコンでテレビの音量を下げた。ニュース番組のキャスターの声が聞こえなくなる。
画面に出ている『打ち上げ需要の減少による経済不振?』というテロップから目を離して訊ねた。
「クドってニュース番組よく見るよね。海外のこと、気になるの?」
「それもあるんですけど、外国っぽい何かを掴めそうですから。三枝さんもそういう番組を見てアイテムを揃えるらしいです」
「そ、そうなのか……」
こんなところからよくわからん玩具も仕入れていたのかあいつは……。
「まぁいいや、朝ご飯を食べよっか。まだ時間が早いから軽いものしかないだろうな」
「よかったら一緒に食べませんか?」
クドは自分のトレイを示す。えっ食べ掛け……とかキモい思考は投げ捨てておく。
「いいの? 貰っちゃって」
「ええ、もちろんですっ」
トレイの皿にはスコーンがいくつか並んでいる。
「学食にスコーンなんてメニューあったの?」
と、尋ねると、二木さんが作ってきてくれたとの事。あの人なんでもできるなマジで……。
更に、何故か急須から紅茶を出してくれる。スコーンには紅茶とも言うが、急須から紅茶というなんという違和感……。でも、それがクドらしくて微笑ましかった。
「さて本題。今日どうしよっか?」
「あ! そ、そうでしたね」
「それで、なにかしたいことは見つかった?」
「沢山あるんですけど……いいですか?」
「どんとこいだよ」
「びゃあ、じゃあ、こうしましょうっ」
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休みの日の校内はやはり、人が少ない。部活動をしてる人も、昼間には少ないようだ。
私はクドといつもの芝生に来ていた。クドはなにやら円盤を持っている。
「フライングディスクです。あめりかんな遊びですよ」
『あめりかんな遊び』がしたいと言うのでバーベキューでも始まるのかと思っていたらこういうことらしい。今日は犬たちも仕事が休みなので一緒に遊びたいというのがクドの要望だった。
ストレルカはクドの手からフライングディスクを取ると、私の前にぽんっと置いた。
「投げて欲しいそうです」
「私が投げるんだね。取って来いってやつだ。やってやらぁよっ……と」
ディスクは弧を描いて飛んでいく。
オン!
風のようにストレルカが飛び出し、途中でジャンプをすると、楕円軌道を描いたディスクの降下地点を予測したかのようにストレルカはキャッチに成功した。
「すげぇ……ストレルカ」
ヴルルル。ストレルカはディスクを咥えたまま、戻ってきた。太い尻尾をパタパタと振っている。
「これは、撫でてあげたほうがいいやつ?」
「今度は△△の番ですよー」
「え、私? 何、が……」
ストレルカは首を上に向けて私を見ると、ぶん! と、ストレルカは首を振ってディスクを投げた。ディスクは私がさっき投げたよりも低い軌道を取る。
「△△、ふぁいとー!」
「マジか……ッ!」
私は駆け出すも、風が吹いてディスクの軌道が変わり、伸ばした手がディスクを空振る。
「くぅ……真人に言って筋トレするべきか……?」
地面に落ちたディスクを拾ってクドの元に帰る。
ヴルウ、オウン!
「怒ってない!? 怖い!」
「もう一度ディスクをください、だそうですよ△△」
「いいけどさ……はい、ストレルカ」
ストレルカはディスクを噛むとさっきと同じ仕草。
「えっ、もっかいっすか」
勢いよく投げられたディスクをもう一度追う。戸惑いが無い分、初速が安定し、ディスクの元まで辿り着いた。手を伸ばせ……ッ!
「よっしゃっ、取った!」
ディスクが手のひらの中に収まる感触。
「一生分疲れた気がする……」
「あはは。△△、すごいです。かっこよかったですよー」
「1回失敗してるけどねー……」
オンォン。
「今度はストレルカの番、だそうですよー」
「しばらく投げる側に専念させてくれ……っ!」
またディスクを投げると、ストレルカが飛び出し、綺麗にキャッチする。
「ストレルカは追跡とか捕手が大好きですからね」
三枝を確保した実績のある犬だ。面構えが違う。
そして、戻ってきたストレルカは私を見上げる。
「……ですよね」
もう一度ストレルカはディスクを投げた……。
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何回か遊んだストレルカは、不意にクドに向かって吠える。なんだいご飯かい。
「いいですよ、ストレルカ」
「なんだって?」
「私もやらないとダメらしいです」
クドは立ち上がって芝生を払った。
「投げてくれますか、△△」
クドはやるき満々だ。そっちかい
「どーぞっ! いざこられよーっ! ですっ」
あれだけ自信満々なのにスルーしてやるのも可哀想だ。
「いくよー」
一応手加減はして投げる。
「えいっ!」
二、三歩走った後に跳躍して、勢いよく掴んだ。流石だ、三枝に犬と言われるだけある……。
「凄いねクド、やっぱり運動神経あるじゃん」
「ふっふっふっふ」
腰に手を当てて誇らしそうだ。可愛いなこいつ。
「まだまだてなすねっ。もっと打ち込んで来るとよいのですっ!」
「ぶつかり稽古みたいだな……」
クドが投げ返してきたディスクを拾ってから構える。……さっきから、なんか視界の片隅に黒い塊が入ってくる気がしたが、ひとまず、気にしないことにする。
「行くよークド!」
今度は足を踏みしめ、腕を思い切り振る。
「わふーっ!?」
走り出したクドはさっきより高めに飛んだ。スカートやマントが盛大にめくれる。咄嗟に目を隠す。フライングディスクはクドの指先をはるかに超えて飛んでいったようだ。
「失敗してしまいましたっ!?」
「ちょっと高く投げすぎたかも。ごめんごめん」
「いえ、私の修練不足です〜……」
オンオン!
「すみません、ストレルカ……うう、不肖クドリャフカ、伏してお詫びを一」
上下関係がはっきりわかるな……。
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「はぁ……そろそろ限界ぃ……」
「大丈夫ですかー、△△ー」
私は芝生の上に大の字で寝転がっている。クドの仇か、ストレルカに何度もせがまれて疲労困憊だ。おかしいな今日はクドとイチャイチャする日だと思っていたのに野球してた時より運動してるぞ。
ちらっと横を見れば、涼しげなストレルカの顔が見えた。……強い。
「ストレルカも、思いっきり走ることができて良かったですねぇ」
ストレルカはしっぽを振る。
私は目を閉じた。初夏の風が気持ちいい。熱を持った体がゆっくり冷えていく……。
「ヴェルカ。おはようございますー。く、くすぐったいですよ、こら、舐めちゃ駄目ですっ」
目を開けると、クドの膝の上にはヴェルカがいた。さっき見えてた黒点はヴェルカだったか。
それから、ヴェルカについての話とか、犬と戯れているクドを見て、いつの間にか私は眠りについていた……。
__
「……んっ、ぅ……」
目を覚ませば、ほんのりオレンジがかったの校舎が見えた。
ハミング、聞きなれないメロディ。
「……△△。起きちゃいましたか」
クドが微笑む芝生の上には私たちしか居なかった。
「ストレルカ達は……」
「自分の寝床へ行くって言ってましたです」
「そっかぁ……ぁー」
あくびをして起き上がり、背伸びをする。
「ごめん、寝ちゃってたみたい」
「いえいえ。△△の寝顔はとても可愛かったですっ。べりーべりーぷりてぃーふぃーりんぐでした」
「そ、それは喜んでいいのか……なんなのか」
そこで、オレンジ色の日差しと少しだけ傾いた太陽に気がついた
「クド、今何時かわかる?」
「四時過ぎでしょうか。もうすぐ日が沈み始めますね」
「うっそ、ほんとに!? ごめんクド!」
「? どうしましたか、△△」
「いや、せっかくのデートなのにこんな……」
クドは首を振る。
「今日はずっと△△を独占できました。いつもと逆、ですね」
かほーものです。と微笑むクドに、私はきっと私は人に見せられない顔をしているだろうから、腕で顔を隠す。
「△△」
「……ん」
「もうちょっと、独占、させてくれますか?」
「……いいに決まってんじゃん」
私は芝生から立ち上がって、服に着いた芝を払ってクドに手を差し伸べた。
__
日の沈み始め、オレンジ色に染まりゆく学校の中を、二人でゆっくりと歩く。部活動をしてる人達、委員会活動をしてる人達。色んな目線が私達へと向いたが、最早気にはならなかった。
誰もいない廊下へと差し掛かる。
「……今日はありがとうございました」
「こちらこそ。でも、学校を歩くだけで良いの?」
私が尋ねると、クドは一瞬目を丸くして、微笑んだ。
「十二分に、楽しかったです。放課後、もう一度だけ、△△と一緒にのんびりお散歩をしたかったのです」
「……もう一度」
「春先に……転入して初めての時、一度、リキと一緒に案内してくれましたよね」
「そんなこともあったね。け、結構……その、印象的だったとは自負があるけど」
恋した後に全力でアプローチしに行こうと出来ない英語で話しかけた言葉はILoveYouだった。それがアイスブレイクになったのか、理樹も手伝ってくれてなんとか頑張って案内出来たのだが……。
「はい。精一杯英語で案内してくれて……私は自分のことバレたら笑われると思ったから、無言だったですけど……。ホントは、おしゃべりしながら歩きたかったんです」
「……クド」
「△△、ありがとうです」
廊下の角を過ぎれば、校舎の出口だった。
「ごめん、ちょっと先、出てる」
「はい、わかりましたー」
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赤くなった顔を見せるまいと、クドより先に下校口に出た。早くしろ、頑張ってにやけを抑えろ。遠くまでオレンジイエローの空気が続き、それを吸ってしまって酔っ払っているような錯覚にすら陥る。
顔が熱い、私ってこんなにクドの事が好きだったんだなと思い知らされる。
私は何に酔っているのか。答えは明白だった。
トン、と靴がコンクリートを叩く音。
「△△」
不意に、名前を呼ばれた。
「へっ、あ、な、何?」
出来る限りの平然を装う。この顔の赤さが夕焼けで誤魔化されていることを願った。
「靴ひも、解けてます」
「あっ、そ、そう? ありがと……」
私は屈み込む。
地面と革靴が目に入って、そこで気がついた。
私の靴に靴紐とか……。
ぐい、と肩に重みを感じた。
そして、『それ』は本当に束の間の接触。指で一撫でされたよりはるかに軽く、けれど、肩の重みは他人(ひと)の存在を切実に伝えてきた。
頬のほのかな温もりはあっという間に空気に融けて……。
「やー・るぶりゅー・てぃびゃー……」
現実が理解出来ない。ぷるぷると震えた手で、自分の頬をそっと触る、目線が定まらない。
私は今、何をされた? 屈んで、肩の重みと、頬に柔らかい感触。それに、クドの言葉の意味は……。
「い、い、いまの……って」
理解が追いつかず、誰かに助けを求めたい。答えが知りたい。私は今どういう状況に居るんだ?
重力が見つからない。私が立っているのか座っているのかさえおぼろげだった。
「え、えーっと。あの、そのっ……つまり」
世界で一番可愛い女の子が、言葉に詰まってキョロキョロとしていた。
「これがぶらっくほわいとなわけです」
でぃす・いず・ぶらっくほわいとーっ、といつもの調子で言う彼女を前にして、私は未だに整理がつかずにいた。
「……とか言ってみたリとかしたりとかするみたいな」
ぶらっくほわいと……黒、白……こく、はく……?
指をつんつんとさせながら、彼女は黙り込んで、恥ずかしそうに俯くこの子が愛らしかった。
「……△△?」
そして、私は気がついたんだ。
私が、この子からの好きって気持ちに酔っ払っている事に。そう気づいた時には、全身から力が抜けて、その場に倒れていた。
「……!? △△!? △△ー!?」
暗転していく意識の中で、クドの声が聞こえる。そんな中でも、私はうわ言のように頭の中でさっきのクドの言葉がリピートされていた。