「でさー、クドがさー」
『毎回思うんだけどさ、○○』
「ん、どしたの」
『これって聞くの僕じゃなきゃダメ?』
「ダメ。でさー」
『小鞠さんとかどう?』
「内通されて恥ずかしかった」
『もうやったんだね……』
「西園さんは着拒されたし三枝と来ヶ谷さんは嫌だし鈴はすぐ切られる。恭介はなんかいや。謙吾は申し訳ないし真人はどっちにかけても結局理樹が聞くことになる」
『諦めたらどうかな』
「こうやって発散しないとまたいつ気絶するかわかんないからさ」
お風呂上がりに理樹へとイタ電するのも習慣づいてきた。ペットボトルのレモンティーを飲みながら耳に携帯を当て、夜風に当たりながら談笑するののなんと心地よいものか(理樹の事情は考えないものとする)
と、そこでメールが来た。こんな時間に珍しい。さて誰からかな。
『はろー、△△。もう寝ちゃいましたか? KN』
「おい理樹!!! クドからメール来た!!!!」
『うるさいなー……もう切っていい?』
「いやもうちょっと待って、そばに居て心細いから!!」
『お願いがあるんですけど KN』
「お願いだってよ!! 私なんでもない叶えちゃうぜ!!」
『真人ー、ちゃんと宿題した?』
『少しお時間いただけませんか。家庭科部室で待ってます KN』
「呼び出しだー!!」
『あぁはいはい。僕のノート使っていいから』
私は直ぐにだっさいパジャマから着替えて身支度し、学校の方へと駆け出した。
__
しかしクドからの呼び出しとは珍しい。何かいい事でもあったかと、部室の前までやってくると。
「△△!」
「こんばんはクド、ちょっと暗くてあまり見えな……っと」
「わふ〜っ」
クドは小さな子供みたいに両手を伸ばしたまま、マントをぱたぱた言わせて私に近づいてきた。
「こんばんはです、△△ー」
ぽふっ、と抱きついてきたクドから、ふわりと石鹸の香りがする。すっごい良い匂い。すっごい柔らかいっていうかいつもと感触が違う。制服じゃないよな、夜だもんな。
ていうか流石に廊下でこのままじゃまずい。私は戸を開けて中へと誘導する。
ぱちん。クドが電気をつけた。
「それで、ク、ド……」
そこでようやくクドの姿が見えた。見たことの無い部屋着姿。チャイナ服のようなちょっと違うような……なんて言うんだ。下はドロワーズ、だったっけあれ。
いつもと違う彼女の姿に心が浮かれつつも、節制を保つために一度深呼吸をした。
「んっんー、それで、クド。何かあった?」
「はい! おかあさんから電話があったんですよーっ」
クドは満面の笑みを見せる。とても嬉しそうだ。
「本当に!? そりゃ良かった……お母さんはなんと?」
「『クーニャから電話があったと聞いてびっくりした』って。出発が近くて忙しいのに、わざわざ折り返し電話くれたんですよっ。それからお仕事のお話とかも! 帰ってくるまで基地で待っていてほしいとか言ってましたですっ! 打ち上げ基地に入ることができるなんて……感動ですっ!」
クドは一際嬉しそうに腕を振りながら言う。
「それからおかあさんに頼まれるなんて……かんげきですーっ!」
「手紙のことも聞けた?」
「……ちょっと聞きづらかったでしたけど。でも! 気にしてない、って。テストの話とかも聞いてくれました。皆さんのおかげで英語の点数あがったこととか」
クドは楽しそうに、身振り手振り交えて会話の内容を教えてくれた。
「……すみません、大した話じゃなくって」
私が黙って聞いているので、不安になったのか、クドがそんなことを言う。
「電話だとルームメイトさんにご迷惑掛かりますし。メールでは書ききれませんし、それから、それから……」
「気にしないでよクド。私もクドと話したかったし、クドも、そう思ってくれてたら嬉しい」
「わ、わふー……」
その時だった。
「……にしても、委員長、もう帰りましょうよう」
「何を怖がっているの? いつものことでしょう、夜の見回りは」
「そうですけど、さっきまで怪談聞いてたので……」
「……消灯時間が近いのに?」
「その一。ははは」
風紀委員の見回り……! こんな所まで来るもんなの!?
「わふっ!?」
私は慌てて部屋の電気を消して、クドを抱き寄せて座り込むと、クドが不安げに小さな声で私に尋ねかけた。
「ど、どうしましたか、△△……?」
「風紀委員。見回り……だと思うから、しばらく、しー」
「は、はい……」
人差し指を口に当てて、静かにしてとジェスチャー。クドはそれを真似て、自分の口に人差し指を当てていた。可愛い。が、毎度の事ながら言っている場合ではない。
私たちは壁際でじっと息を潜める。
「特に異常はないみたいね」
「さっき電気点いてませんでした? このあたり」
「……」
クドは小さく縮こまっている。頼む二木ちゃん見逃してくれ。後で何か……コンビニで売ってるいちごのサンドイッチを奢ります。なのでどうか……なにとぞー……。
「……ふむ?」
長くて短い沈黙のあと、風紀委員の声が聞こえた。
「真っ暗な以上、誰もいないみたいね」
「ですかっ。じゃあ終わりにしましょう、委員長」
「明日も早いしね」
靴音が遠ざかっていく。
「……はー」
詰まっていた息を吐く。
「行っちゃいましたか、△△?」
「うん。……なーんかやっちゃダメなことをやってる気分だ」
「みたい、じゃなくって、そのとおりじゃないですか? △△」
「女子を連れて夜に人気のない所で二人きりと言われてしまえば何も言い返せない……」
私達はくすくす笑い合う。
「あ」
「どうしたの? クド」
「い、いえ、その、あの……わふー」
首をかしげて直ぐに気がついた。後ろから思いっきり胸ごと覆う形で抱きしめていることに。
「ご、ごめん、わざとじゃなくって」
直ぐに解放しようとする私の両腕を、クドが引き止める。
「……く、クド?」
私の右手に添えられたクドの小さな手。
「△△のからだ。あったかいです」
ほっと呟かれたような一言に、体から力が抜ける。クドは嫌がっていなくて、むしろ体を私に預けていた。
部屋着越しの微かな温もりと、クドが存在しているという重みは、とても心地いい。
「クドも、あったかい」
どうして、クドは私にここまでしてくれるのか。告白のキス時にも感じた、クドの重み。あれよりもずっと重たい、信頼。
私は、クドの想いに……。
いや、迷いはもうしない。
こうして、私に重みを預けてくれること。私の重みを支えてくれること。それがクドからの一途な好意の証拠だった。
私はそのまま、クドへ、私の重みを乗せる。これまで、一方通行だった愛情が、やっと交差した気がした。
「それはお風呂上がりだからではないでしょーか」
「そうかなぁ、クドはずっと暖かいよ」
私はクドを抱きしめる腕に力を込める。ぎゅっと抱きしめて、その亜麻色の髪へと頭をうずめた。
「△△? な、何をしてるですか?」
「ずっとこうして見たかったの」
「何を、です?」
「クドの髪。私が初めて恋をした髪」
「え、え、えっ」
「……だめ?」
「だ、駄目なんてことは、ないですよ、ぞ、存分に堪能くださいっ」
私が初めてクドに出会った時、最初に目に入ったのが、この亜麻色の髪だった。紡がれた糸のようにしなやかで、光を何度も反射して煌めく、美しい髪。頭を撫でながら、髪を手で梳いていく。お風呂上がりだからか、少ししっとりとしていて、石鹸の匂いがよくわかる。
「やっぱり、好きだなぁ」
「そう、なんですか」
「うん。触ってると気持ちいいし、さらさらでふわふわで……」
「……黒髪じゃなくてもいいですか?」
「え、どうして?」
「昆布とかわかめとか、沢山食べたらおかあさんみたいな黒髪になるって、思っていた時期もあったんですよ」
クドは小さく笑った。
「この髪の毛が黒かったら……少しは変な子じゃなくなるのかなって、思い悩んでたり、してました。当然効果はなくて……海草類が好物になってしまって……変さに磨きがかかった女の子が一人生まれただけでしたけど」
「それでも、きっとなんだって好きになったと思う。クドだもん」
「ほんとうに、△△は私のことが大好きですね」
「当たり前じゃん」
私がしばらく髪の毛をいじっていると、クドがおずおず尋ねてきた。
「あの、△△?」
「……あ、なぁに? クド」
集中しすぎていて返答に遅れる。
「いえ、その、△△だけずるいです」
「……そ、そう? ごめん」
「わ、私も同じことしたいですっ」
「おわっ、ちょ、ちょっとクド待ってっ」
クドがじたばたと暴れるので、思わず腕を緩めてしまった。
するり、と体の向きを変えて、クドは私と向かい合う。
「△△だけ、ずるいです」
クドは小さく口を尖らせた。
「ご、ごめん……って、ひゃっ」
クドは膝を立てると、私の頭をかき抱く。クドの部屋着が鼻にぶつかる。柔らかくて肌触りのいい生地に、鼻が埋まって、微かに石鹸の混じった、濃いクドの匂いが直に伝わってくらくらする。
と、というかこの距離自体今までに無い距離だから! クドは膝立ちになって私の膝を跨ぎ、私の頭を抱えている。クドの鼻を鳴らす音が間近で聞こえて、なんだか変な気分になってくる。
「……」
「も、もういい……クド?」
「……はい」
クドが離れると、少しの安堵と気恥ずかしさが私の顔を被った。
「……△△」
「は、はい」
「ひょっとして、同じこと考えてますか、△△」
「……」
何も答えない。だが、恥ずかしさをこらえるように目元を隠して、こくりと頷いた。
「△△……」
クドの手が、私の肩に置かれる。
クドの顔が近づいてくる。
私は、自分の顔を隠す手を退けた。
__
寮前の廊下。率直に言うが、私は既に限界を超えている。
許容量を大きく超過した愛情を受け取り、私はふらつきながらクドの引く手に連れられて廊下を歩いていた。
「じゃあ、△△。おやすみなさいです……」
「うん……おやすみ」
「見つからないようにしないとですね、おたがい」
「そう、だね」
「ほ、本当に送らなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫、こんな時間に外に出たら危ないから……」
まるで泥酔したかのように足取りがおぼつかない。
「そう、ですか。じゃあ、またあしたです、△△」
「うん、またあした……?」
「うーっ……うーっ」
クドが背伸びをしていることに気がついて、直ぐに片膝を着いて、少し上を向く。
「……ん……っ」
唇は直ぐに重なった。クドの背中に腕を回して抱きしめる。まるで、条件づけられたように、キスをする時は気がつけば抱きしめている。
「ん……」
そっと唇が離れる。
「わふー、おやすみなさい、のキスです」
そのまま抱きついて、耳元で囁く。
「ぐっどないと、△△」
「……おやすみ、クド」
こんなキスをされて、こんなにドキドキしたままで寝れるわけないと思いながら、なんとか私は帰路に着いたのだった。
__
「おはー……」
昨日は結局眠れるわけ無かった。無理に決まってる。
「ぐっどもーにんぐです、△△」
その声に、昨夜の感覚が一気に押し寄せ、思わず身構えてしまう。目が見れない。顔はすんごく赤くなってることだろう。
「……△△?」
「お、おおおはよう、クド」
私から話題を振ることも出来ず、ただその場に立ち尽くす。
「△△は、昨日眠れましたか?」
「……いや」
ふるふると首を振る。
「……私も、眠れなかったです」
はにかみながら、そんなことを言って、私の制服の袖を握ってぶんぶん、と上下に振った。
「です……」
私は顔を抑えてその場にしゃがみ込む。あっ鼻血。
__
お昼休み。
「△△ーっ」
小さな子供みたいに両手を伸ばしたまま、ぱたぱたと私に近づいてくる。今日も可愛い。
私に突っ込んでくるので、そんなクドを慌てて抱きとめた。
「ど、どうしたの? そんなに慌てて」
「△△が見えたのでっ、急いできましたっ! わふー」
「そ、そっか。ちょっと待ってね……」
私はその場にしゃがみ込む。本日何回目だこれ。とにかく、平静を保たなければ。
不思議そうにクドは私を覗き込む。そして私にキスする。
「っ……! な、なんで!?」
「いえ、したいのかなーと思って」
「ち、違くてぇ……」
私はまた慌てて立ち上がる。もう休まる暇が無い、とにかく冷静に、冷静に!
「そ、それで、ですね。あ、あにょ……」
クドは恥ずかしげに俯いてから、もう一度私を見上げる。
「う、うん……なに?」
「きょ、今日も、ふ、復習しませんかっ」
「復習っ!? な、なんの復習するつもり!? えっち!!」
冷静、なれず。
思わず大声を出して後ろに飛び退く。昨日のクドの温もりがまだ体の底から溢れてくる。顔が一気に火照っていくのを感じた。
「ち、ちが、ちがいますっ! べ、勉強のことですよ、△△! そ、それ以外に意味なんてなくてつまりですねそのあの、そ、そう! のーりーずん・ざっと・あいきゃんふらい! びこーず・わん・うぇいちけっと・ふろむすかい! わふーっ!」
クドは帽子を両手で掴んでおたおたしている。自分でも何を言ってるかわかってないまま捲し立てているのだろう。それを見てようやっと自分も落ち着きを取り戻した。
「そ、そうだよね、お勉強、だよね……」
「は、はい、そうです、そうです……な、何を勘違いしてるですかーっ」
「……えっち」
「違いますっ!」
クドはぽかぽかと私の腕を叩く。本当にぽかぽかと言う擬音の似合うパンチだった。
「ご、ごめんって……」
「わふー……」
「あ、あははっ……」
「わふー……」
私達は赤くなって俯いた。
__
それから、人通りの少ない部室前の廊下で、私はクドに袖を引かれる。
「……どうしたの?」
「そ、その……△△が良いんだったら、その……」
クドが俯くので、いつも通り私はしゃがんで目線を合わせる。が、それも直ぐに後悔した。
「……別の復習、でも、よかったりしたりとかしてみたり」
「……」
フリーズ、とはまさにこのことを言うのだろう。たおやかな笑みのまま彫像となった私は、クドに引っ張られて部室へ運び込まれるのだった。