……ある日の学食。
鈴がモンペチを買ってきたとかで、理樹に見せびらかしていた。
そこで、私は鈴が手に持つ物に興味を引かれた。
「鈴、何持ってんのそれ」
「ん? お昼のニュースをプリントアウトするやつだ。新味のモンペチが出るって聞いたから経済欄印刷してきた」
レジの情報端末から出すことができる情報誌、紙面には速報ニュースが並んでいて、
「へー……!」
それが目に入った途端、私はそれを鈴から取り上げた。
『TASAの新型ロケット、打ち上げ失敗か?』
『ノーヴィ・バイコヌール基地からの通信途絶』
『燃料タンクの設計ミスか? 化学的汚染(ケミカルハザード)発生の恐れ』
『専門家はペイロードベイの実験炉誘爆の可能性を示唆』
『オーストロネシア諸国は国連軍の派遣を要請』
「わっ、な、なんだお前! 行儀が悪いぞ!」
「どうしたの○○?」
気づけば私は立ち上がっていて、学食のテレビの前に行ってチャンネルをニュースに切り替えていた。周りの声は聞こえなかった。
『……なお、詳しいことは未だ不明です。衛星画像は打ち上げ直後のものですが、はっきりとした爆発をとらえており……』
アナウンサーが原稿を読んで、テロップが背後に流れている。
現地政府の非常事態宣……淡々とアナウンサーが読み上げる情報は、繰り返し『大災害が起こっている』ということしか伝えていなかった。
がしゃん。
ざわざわしていた学食が一瞬静まりかえった。
「クド……」
私が振り返ると、トレイと食器を落とした顔面蒼白なクドがそこに立っていた。すぐにでも泣き出してしまいそうな顔は、私を鏡写しにしているようだった。
「……そうだ……そう、でした……」
クドは何事か呟くと、ふら、とよろめいた。私は慌ててその場に駆け寄って、しゃがみ込むようにしてクドを支えた。
「クドっ、大丈夫……?」
「……あぁ……△△、ごめんなさい……私、わた、わたし……おもいだしました……!」
クドはいきなりぽろぽろと涙を零して、私の肩に抱きついてへたりこむ。パニックを起こしているようだった。
「どうした!……能美? 大丈夫か」
恭介は一目で事態を把握したようだ。
「保健室に連れて行ったほうがいいな」
「そ、そうだね、手を貸して」
「もちろんだ、そっちの肩を持て」
「うん」
私は恭介と一緒にクドの肩を支えて立ち上がると、とにかく保健室へ向かうことにした。
こういう時の恭介は本当に頼りになると思って、目の前のことしかわからない私は、そんな不自然なほどに冷静な恭介の事を見落としていた。
__
それから、保健室の先生から教室に戻れと伝えられて、待っていた恭介と共に教室へ戻る。午後の授業はまるで雑音みたいに頭に入らなかった。ただ、ぽっかり空いたクドの席だけをじっと眺めていた。
放課後、急いで保健室に向かうと、ちょうどクドが出てくるところだった。
「クド……平気?」
「能美さんの友達ね」
保健室の先生が私に声を掛けた
「はい、クドは……大丈夫ですか」
「パニックは収まったみたいだけど……だいぶめいってるみたいだから、寮まで送ってあげられないかしら」
「わかりました、クド、いくよ」
クドの手を取る。
「能美さん、気分が悪くなったらすぐ来てね。保護者の方とも連絡を取るから」
私は保健室の先生に頭を下げて、歩き出した。
クドは俯いたまま、無言だ。沈黙は苦にならないが、何も伝えてくれないクドの心中を察すれば、酷く胸が痛む。
「……△△?」
「うん、なぁに、クド」
私は握ったクドの手に軽く力を込める。クドの左手は震えていて、その震えを止めてやれないのが悔しかった。
「……私……どうしたら、いいんでしょうか」
それだけ呟いて、クドは黙り込む。なんの事なのか、私には聞けなかった。
__
「着いたよ、クド」
私達は女子寮の前までやってきた。
「……はい。△△、また明日です」
「何かあったら、すぐに連絡入れてね……またね、クド」
クドは何も返さないで寮へ入っていった。
__
翌日以降も、クドの席は空いたままだった。学校に来る意味がわからなくなる。
休み時間、教室を出た私は、途中でクドを見つけた。
「クド! だ、大丈夫? 気分悪くない……?」
「……」
クドは俯いてフラフラと歩いている。私は近づいてしゃがみ、肩を掴んだ。クドは俯いたままだった。
「すみません……、気分が優れないので」
「ダメだよ、部屋で休んでないと」
「……あの、△△」
「何? 私に手伝えることはあるかな」
「……いえ。なんでもないです。ありがとです、△△」
元気の無いクドを、私は寮まで見送った。
教室に戻ると、理樹達に声を掛けられた。
「元気無いね、最近」
「うん……凄く心配」
「おめえもだよ」
「……私は平気だよ、真人」
「どうみたら平気なんだよ……クー公と同じくらい顔色悪いぞ」
ふと、目に映った窓ガラスを見る。
窓に写った私の顔は死人のようだった。
「○○はさ、元気な顔で居てあげてよ。クドもそれを望んでると思うよ」
「……ありがと」
私は理樹にお礼を言って、笑顔を作ることを思い出した。
__
中庭のベンチで、クドを見つけた。すぐに駆け寄ろうかと思った所で、クドが何かを呟いていることに気がついた。
「……浮かれて肝心なことを忘れて……私、なにをしてたんでしょうか」
足元からストレルカの心配そうな鳴き声が聞こえた。
「どうしたら、いいんでしょうか……」
ベンチから立ち上がったクドは校舎の奥へと消えていく。何も出来ない自分の無力さに腹が立った。
__
私は家で聞きなれないラジオを弄っていた。少しでも情報を集めようとするが、ラジオは意味の無い音楽を垂れ流すだけだった。諦めて夕刊を取りに外に出ようとしたら、家の前には見知った影が居た。
「……よぉ、○○」
「恭介、何、こんな時間に」
私は恭介を無視してポストへ向かった。
「……お前も情報収集か、大変だな」
「お前も……って」
「理樹も少し調べてる、とは言っても、学食のテレビは占領されてるし、大した見込みは無いが」
「そっか……ありがとうって言っといて」
「能美は心配だろうな」
「当たり前だよ、あっちに沢山残してきたんだから」
「そうか……」
少しの間の沈黙。それを破ったのは恭介だった、
「なぁ、○○。もしも__帰ろうとしたらどうする」
「帰ろうと、って」
「故郷の国へだよ。決まってるだろ」
私は恭介が促すまま、手元の夕刊を広げた。途切れ途切れに入ってくる外信によれば、墜落に伴う爆発、それに火災でひどい有様のようだ。事故の影響からか、国内外の空路も封鎖されてしまい様子がわかりづらくなっている。化学的污染災害と認定されれば、諸外国からの隔離が長期化されてしまう可能性が大である、と外信は伝えていた。
「でも、行きようが無いじゃん」
その言葉を聞いて、恭介は黙り込む
「……何を知ってる」
「知らないな、と言いたいところだが。そういう訳にもいかないだろうな」
恭介は夕刊を握りしめて呆然と立ち尽くす私を見た。
「スーツ着た大人が、能美にチケット渡してるのを校門で見た。あれは飛行機の搭乗チケットだな」
目が見開く。
「どうする○○? 能美を引き止めないのか」
「そ、そんな、こと……」
答えに迷って居ると、いつの間にか恭介は消えていた。
__
今日もクドは学校に来ていない。クドの席は空いたままだった。
それでも時間は過ぎていく。
授業、休み時間。
授業、昼休み、放課後。
廊下の窓から中庭を眺めて、クドへ送るメールの文面を考えていた。
作っては削除、まとまった文面が思いつかない。送っても、それからどうすればいいのかわからなかった。
「何を考えているの?」
正直、他のことは何も考えたく無かったけど、仕方ないから声が掛けられた方へと振り向く、そこには二木さんが居た。
「……何」
「何も、分かりきっていることでしょう?」
「……クドのこと? 二木さんは関係ないでしょ」
「関係ないことは無いでしょう……救助活動がほとんど進んでいないようね。確かに危険な情勢だけれど……行かないわけにもいかないでしょうね」
「クドもわかってるよ、意味がなくてもしなきゃいけないって」
「なら、決意が固まるようにクドリャフカに言うべきでしょう」
「……二木さんは、クドに行くべきだって、言うの」
「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいわ。何事もね」
何故か自嘲気味にその言葉が聞こえた。
「二木さん……」
「なんでもない。見ているとあなたたち、イライラする。だから」
「だから?」
「だから、それだけよ」
そう言い捨てて、私を睨んで帰って行った。
私は意を決して、クドに『会いたい』とメールを送った。送信アニメーションを見終えて、しばらく画面を眺めていると、クドから『いえす』と三文字の返信が届く。
場所指定はされていなかったけど、私は家庭科部室へ向かった。
二人で話せる場所は、ここだと思った、
__
「△△」
考えにふけっていた私は、クドの声で顔を上げた。
クドは見るからに憔悴していた。寝ていないのか、瞳にも生気がない。
「ごめん、急に呼び出して」
私がそう言うと、クドは、ふるふる、と首を振った。
「私も。お話したかったです……」
クドは淡々と私に言う。
「……飛行機のチケット、もらったです。大使館のひとです。おかあさんは、テヴアじゃ有名なひとだから、娘の私のところにも連絡があったです。安否確認をしにいくのならば、と……」
クドはくしゃくしゃになった紙を握っている。英文がずらずらと書かれていた。
「あっちの様子は?」
「……よくわかりません。暴動も起こってるらしくて、大使館のひともよくわかっていない、 って」
「暴動……」
その一言に、不安が一気に押し寄せる。
「……政府の事業に反対するひとが少ないわけでもありませんでしたから」
「……クドは、そのチケットどうするつもり?」
「どうしたら、いいでしょうか……」
クドは俯いたまま、呟いた。
「どうしたら、いいでしょうか?」
クドは私に頼る。いつもと同じように。
確かに、この情勢で行くのは自殺行為だ。クド一人がそんな所に行ったって、何を状況は変わらない。そこで親の会ったからと言って、何かが変わる訳でもない。
……一緒に、居たい。
だけど、それも私のエゴなのだろう。ここで私がクドを引き止めてしまえば、きっとクドはそうする。そうなってしまえば、未来永劫、私はクドが自分で選ぶはずだった未来を奪い取ってしまうんだ。それでも、私が行くべきだと言わなければ、クドはこれから、どうなってしまうのか。
何故か私には手に取るようにわかった。
私は……クドに。