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Kudryavka
「△△の寝顔、やっぱりかわいいです……」
「△△」
「あなたに出会えて、良かった」
「……△△」
「△△の苦しみを私が取り除けたらいいのに……」
「……なんて……おこがましいですよね、私」
「私、助けられてばっかりです……」
「分不相応でも……△△を助けられたらいいのに」
どうしてそんなことを口に出してしまったのかはわかりません。
ただ、辛そうな△△を少しでも、和らげてあげたくて、そうして、△△の前髪をそっと撫でていました。
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○○
翌日、クドはまだ憂いが残った表情で、私へ挨拶した。結局、私も昨日はクドと一緒に部室で眠ってしまっていたみたいだ。クドが教室へ入ったあと、理樹や真人から言葉が掛けられる。お礼だけ言って、私も教室へと入った。
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昼休み中、中庭を見下ろしている二木さんを見つけた。
「何を見てるの?」
「……クドリャフカを見てる」
窓から同じように下を見ると、クドとストレルカ達が見えた。
「クドリャフカに決めさせたってほんと?」
「うん。話し合った結果。そうしてもらった」
「……」
二木さんは微かに眉を寄せた。
「クドリャフカはね、あなたに帰れと言われれば帰るし、帰るなと言われれば残ると思ってたわ。何も、言ってあげなかったのね。何故?」
「……」
何故、と訊かれても何も答えなかった。私は、そうするしか無かっただけだ。
「突き放すのもまた優しさだとでも言いたい?」
「違う……私は、私が……答えていいことじゃ、無かったから」
「あれだけ辛そうにしていたのに、結局は本人に責任を負わせたのね」
「そうしなきゃ、クドは……きっと」
「はっ」
二木さんは鼻で笑った。
「あなた、自分が責任を取るのが怖いの?」
「そんな訳無い! 出来ることなら、クドの苦しみを全部、私が変わってあげたいくらいに」
「でも、そうしなかったんでしょう? あなたが決めてあげれば、彼女も楽だったと思うけど」
「楽なだけじゃ……だめ、なんだよ」
言葉尻が縮んでいく私を、二木さんはじっと睨んでいた。何か、凄く嫌な予感がした。言われたくない言葉を言われる前の、言いようのない悪寒。冷や汗が背筋に伝う。血の気が抜けていくような感覚。
「あなたは、クドリャフカの事が好きなあなた自身のことが好きなのね」
一拍、時が止まった気がした。
「違う! ……っち、ちがう……」
嘲笑うように聞こえた言葉に、私は防衛反応のように否定の言葉を口にする。だが、それ以降が一切出てこない。
「そう? 傍から見ればそんな風にしか見えないけど。あの子のことを散々弄んでおいて、いざ辛い状況になったら踵を返して自分で決めろ? あなた、何様のつもりなの? 正義のヒーロー……いや、自分が身を引けばハッピーエンドになるとでも思っているのなら、悲劇のヒロインかしら。……お笑い草ね」
「ち、ちが……」
「何が違うの、答えなさい頼花○○!」
思考がまとまらない。二木が何を言っているのか、理解したくない。だと言うのに、一言一句先程の言葉を咀嚼して、ゆっくり嚥下していく。吐き出してしまいそうだった。
「自分だけ満足して、用が済んだら捨てるの?」
「ちがうっ……ちがう……ッ!!」
「あなたは、少しくらいあの子の気持ちを考えてあげた方がいいわ」
二木さんは、壁に手をついてうずくまる私から目を逸らして、用がないように振り返った。
「あの子がどうして残るという選択をしたのか、ちゃんと考えなさい」
そう吐き捨てて、二木さんは去っていった。
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中庭に降りると、クドは二匹の犬を抱きしめて俯いていた。
「ストレルカー……ヴェルカー」
私はそれに……近づいてもいいのだろうか。
そうして悩んでいると、クドが先にこちらに気がついた。
「△△」
二匹の犬はぱたぱたと尻尾を振っている。犬を撫で回してやって、クドの隣に座る。
「クド、大丈夫? 元気?」
「……なんとか、だいじょうぶです」
「そっか、……後悔してる?」
「はい」
「……うん、そうだよね」
「自分は今後悔している、って何度も思うんです。何度も、何度も。そうしたら、ずっとずっと私は後悔している気がしてきました。後悔し続けている気が……そのうち思い出したことがあるんです」
「一体何を……」
「とても、悲しいことです」
クドはそれだけ言って黙り込んだ。
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それから、学食のニュースをクドと見る日課が出来た。
情勢は日に日に悪化している。
救助が打ち切られて。
火災は続いて。
空爆が始まって、そして。
……。
その悲鳴は、……とても、言葉では言い表せないような声だった。
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昼食を流し込んだあと、保健室に入っていく恭介を見かけた。このことは恭介の耳にも入っていたのだろう。
「恭介」
「……○○、『また』繰り返すのか」
「……なんのこと?」
「いや、いい……忘れてくれ」
その言葉が、何故か胸につっかえる。
「クドのこと、聞いた?」
その言葉に、恭介はまた、少しの間辛そうな顔をして、いつもの顔に戻った。
「あぁ。真人から聞いた」
「……私は、どうするのが正解だったんだろう」
「正解なんて無い。そうだろう」
恭介はいつか私がクドへ伝えた言葉を口にする。
「どんなことだって起こりうるさ。起きるまでは、誰もそれが起こるなんて思いもしない。起こったことは、必ず起こるようにできているものさ」
「……恭介、私がさ」
「理樹だったら、なんて言うなよ」
口をついて出そうだった言葉が、恭介に止められる。
場所を変えるぞと、恭介に廊下に連れ出された。
「確かに、今の理樹はそりゃあ強くなったさ。ちょっとやそっとの事じゃ挫けない。だからと言って、お前が理樹になったとして何になる」
「私が理樹なら……もっと、クドに掛ける言葉が違ってたかも知れない、クドをこんな目に合わせずに済んだのかもしれない……だから」
私は、理樹みたいになれないから。人を引きつけるようなカリスマは無いし、誰にだって優しい人柄もない。恭介みたいな古い仲間も居ない。私は、ただの人だから。
「でも、能美は理樹じゃなくてお前を選んだんだ」
「それは、ただ私がクドの弱みに漬け込んだだけだ、クドが私のことを好きになったことが間違いだったんだ」
「お前は、能美が理樹のことを好きになっても同じことを言うのか」
「……っ」
「春先に能美を案内したのはお前と理樹だろ。もし、お前がいなくて、理樹だけが能美と出会って、能美が理樹の事を好きになっても、お前は同じことを言うのか」
春にクドと会ったのは、私と理樹。クドが言った通りなら、クドは最初にあった二人。名前を聞いて笑わなかった私達どちらに好意を持っていてもおかしくはない。
私と理樹なら、どちらを選べば良いかなど明白なはずだった。最初から馴れ馴れしく話し掛けた私よりも、誠実そうで優しい理樹のことを……。
『でも、能美は理樹じゃなくてお前を選んだんだ』
恭介の言葉が浮かび上がる。だとしたら、どうして、クドは私を……。
もしも、クドが理樹を好きになっていたら……私は、理樹の事を『弱みに漬け込んだ卑怯者だ』と非難するだろうか? そんな訳が無い。理樹なら、クドを幸せにできる。理樹なら、クドの笑顔が見られるんだ……理樹なら、理樹なら……。
「本当に能美のことが大切なら、信じてやってくれ」
そう言って、恭介はその場から去っていった。入れ替わりに保健室の先生がやってくる。
「ずいぶん取り乱していたのだけれど、あなたは事情を知っているの?」
「……いえ、知りません」
「フラッシュバックの一種かもしれないわね。以前能美さんが、辛い目にあったことを再現されたかなにかで、テレビニュースを見たせいらしいけど、それに関係するのかしらね」
「……さあ」
入院もあるかもしれないと、保健室の先生が言う。
結局、私が出来ることは……。
「☆☆」
「小鞠、さん……」
「クーちゃん、だいじょうぶかな……」
「神北さん。ここにいましたか」
「二木さん、どうしたの?」
立て続けに、小鞠さんと二木さんが現れる。みんなクドの事が心配なようだ。
「二木さん、私は……」
「やっぱりクドリャフカに直視はできなかったみたいね。あなたのせいよ」
二木さんは私へ責めるような視線を投げつける。抵抗することもなく甘んじて受けとめた。
「……二木さん。そんなこと、言わないであげてほしいよ。クーちゃんのことは、☆☆だけじゃなくって、クーちゃん自身が決めたことだよ。その言い方は、クーちゃんにもかわいそうだよ」
「……神北さん……ごめんなさい。そのとおりね」
小鞠さんは首を振った。
「うん。わかってるよ。二木さんもクーちゃんのことが心配なんだよね」
「……そうね」
二木さんは頷いて、私の方を見る。
「どうするの? クドリャフカのこと」
私はその場で立ち尽くす。
『私に、できること……逃げない、こと……』
クドは確かにそう言った。
「……クドに、私が何かできるかわからないけど……何か、してあげたいと思う」
「……そうね」
ぽつりと二木さんが呟く。
「それは、あなたの、役割だから」
強く、強調してそういうと、二木さんは去っていった。
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その日は、夕食後も気になって保健室に顔を出した。
「クドのこと……どうですか」
「起きてるわ。でもだいぶ落ち込んでるわ」
「……そうですか」
「寮まで送っていってくれるかしら。能美さん。お友達が来たわよ」
ふらり、と現れたクド。精気のない瞳。
「クド……大丈夫?」
「……」
クドは何も言わなかった。
「ルームメイトの子にも連絡しておいたわ」
「はい。ありがとうございます」
クドを女子寮まで送っていった。
それまでの道のりで、会話は無かった。
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翌日、クラスメイトと挨拶を交わす。クドの席を見渡すも、当然のごとくそこにクドの姿はなかった。
小鞠さんも余程心配なのか、私が聞くよりも先にクドのことを口にする。
そうして、クドが欠けたままの一日が始まった。
学食は騒がしい。あれだけのことがあったのに、日常がいつも通り流れていく。時計のように、一つ歯車が落ちても、大した影響が出ていない。少しだけ苛立たしくも思うが、私だってクドや理樹達と出会わなければ、またそうした日常の一部で、切実な問題ではない。
ただ、『いつもどおり』の日常でも、そうでは無い人が居ること。凄く、当たり前のこと。
それがとても重く感じた。
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夕暮れの帰り道。私はふと思い立って、中庭の方へと足を運んだ。初夏に吹きすさぶ風は、涼しさよりも儚さを感じる。
「……あれは」
見慣れた後ろ姿。真っ白なそれはクドのものだった。
「……わかりません。それがいいことなのか、わからないんです」
クドは誰かと話している。その声は恭介のものだった。
「……能美のしたいことは変わってしまったのか?」
「……それは、変わってないはずです。変わっていないはず、なんです」
「能美がどういう選択をしようが……」
「△△も、そして俺たちも責めることはないだろう」
恭介は断定するような物言いで言った。
「……疲れているだろう。早く部屋へ帰るといい」
「はい。そうします。すみません……ごめんなさいです、恭介さん」
クドはどこかふらつく足取りで暗がりに消えた。
それを見送る恭介は、話しかけがたい雰囲気を持っていた。
そして、恭介が口を開いた。
「……多分、これで最後になる。悔いは残すなよ」
恭介はその言葉を、誰に投げかけたのだろうか。