クド夢   作:kaigara

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Refrainの致命的なネタバレがあります


Refrain
[Refrain]忘れられない『きもち』


 衝撃。床と天井がひっくり返る。何か、大きなものに包み込まれて、それから……。

 

 ……忘れることの出来ない、鉄の匂い、血の匂い、それに混ざった、落ち着く香り。

 

 暗闇の中で、何かが這いずる音が聞こえる。なにかに向かった進んでいくような、だけど、それは私達じゃない。

 

 囲まれた暗い箱の中で、やっと目が慣れて……でも、凄く眠くて……。意識を失う前に、最後に思ったこと__

 

 

 

 __これが、おかあさんを見捨てた私への、罰なんだって。

 

__

Kudryavka

 

 凄く、凄惨で、嫌な夢を見た気がします。

 テレビの中の銃声よりも、何倍も、何倍もリアルで。

 ……逃れられない絶望みたいな、そんな夢を。

 夜も更けてきた中、男子寮……と、いうより、学食の方が騒がしいよなうな……?

 

 学食に向かってみると、井ノ原さんと宮沢さんが喧嘩をしてました!

 なんでも、恭介さんが帰ってきたから久々に全力で戦えるとか? わ、わふー、なんともバイオレンスですー。

 

 「ま、まってよ! ルールを決めよう! 素手じゃ真人が強すぎるし、竹刀を持たせると、逆に謙吾が強すぎる」

 

 と、リキが仲裁に入ろうとするも突っぱねられてしまいました!?

 

 「り、リキー! 大丈夫ですか!?」

 「いたた……ありがとうクド、やっぱり恭介みたいにはいかないね」

 「そ、そうですよ! 恭介さんは何処に……」

 「僕も探したんだけど……どこにも」

 

 恭介さんが居れば……あれ? でも、私は恭介さんと会ったこと、ありましたか?

 なんて狼狽えていたら、机が壊れて破片が飛んできました!?

 

 「危ないクド!」

 

 リキが身体を張って、それから庇ってくれました。さすがリキですー!

 

 「二人とも、女子を巻き込むなんてどうかしてるよ! いい加減やめなって!」

 「ふっ、理樹。これは男と男の戦いだ。女子供はさっさと去りな」

 「同感だ。さっさと能美を連れて逃げろ。馬鹿が次は何を壊すか分からないからな」

 「謙吾まで……ほんとに、どうしちゃったんだよ二人とも!」

 「り、リキ……私達、一体」

 「とにかく、一回引こう。ここにいたらいつ怪我するがわからない」

 

 私はリキに手を引かれて、その場から離れます。

 渡り廊下までたどり着いて、ようやく一息着きました。

 

 「災難だったね、クド。でも、火元を見に来るのも気をつけなきゃダメだよ」

 「わふ……ごめんなさいです、リキ」

 「あぁ、そうだ。名前で呼んでくれるようになったんだね。なんだか嬉しいな。これもふらんくーってやつなのかな」

 「わふ? 確かにそうですね、でも、リキはリキの方が良いです」

 

 気がつけば、春からずっと直枝さんだったのに、いつの間にか呼び方も、リキ、になっていました。いつからこんなに距離が縮んでしまっていたのかはわかりませんが、何故かこっちの方がしっくり来ます。

 しっくり、来るんですけど……何か足りないような?

 

 「でも、珍しいね。クドが夜中にここまで来るなんて」

 「何か騒がしくて気になったのもあるんですけど……なんだか怖い夢を見まして」

 「……怖い夢?」

 

 リキの顔色が変わりました。何かを考え込むように、陰っていて、普段のリキでは見れないような顔です。

 

 「はい。何か、とても暗いところでぐちゃぐちゃにされるような……そんな夢です」

 「そっか……僕も、今日は何か胸騒ぎがして目覚めたんだ。恭介が帰ってくる日、って言うのもあったかも知れないけど」

 

 変哲のない、普通の悪夢。その、はずなのに。

 何故か、リキも私も、その事が頭から離れないようです。

 神妙な面持ちの中、リキはおもむろに、とあることを尋ねました。

 

 「クドは、併設校のこと、知ってる?」

 「併設校? ですか?」

 「うん、春休みに旅行先で事故に遭ったって。僕も、新聞でしか見たことは無いけど」

 「うーん……よく分かりません」

 

 初耳……という程でもありません。図書室に行った時に視界の端に映っていた気もします。

 それが一体どうしたのか? 検討もつかないような顔でリキを見つめます。

 

 「とにかく、夜も遅いし、クドは一度寮に戻った方がいいよ」

 「それもそうですね、ではでは、ばいばいです、リキ」

 「うん。ばいばい、クド」

 

 そうしてまた、私の変哲のない日常が始まりました。

 

 ……変哲のない、はずです。

 

__

 

 朝、登校すると、クラスの皆さんが出迎えてくれました。ですけど、何か変というか……。

 私は自然に、一つぽっかりと空いた席を眺めてしまっていました。

 しばらくして本鈴がなると、リキが入ってきました。今日も、あれでしょうか……。

 そうして今日も、いつも通りの授業が始まります。

 

 授業の合間の休み時間、私はリキに話しかけに行きました。

 

 「おはようクド。昨日は大丈夫だった?」

 「おかげさまです。リキこそ……あの後はどうでしたか?」

 

 無言で宮沢さんを差すと、腕を吊っている宮沢さんの姿がありました

 

 「わ、わわ……」

 「お陰で新人戦もふいにしちゃったんだって」

 「へっ、良心の呵責に訴えようっつったって……よ、余裕、だぜ」

 「井ノ原さん……すごく苦しそうです」

 「馬鹿なだけだ」

 「ぜんっ、ぜん……平気だぜ」

 「無理しないでくださいー!」

 

 少しやんちゃしちゃっただけ……だけ?

 つんつん、リキをつついて、空いた席を眺めました。

 

 「リキ……」

 「ん? 何、クド」

 

 ……でも、これをリキに聞くのは、なんだか違う気がしました。

 

 「……いえ、なんでもないです」

 

 私は、その空いてる席に着いて、聞かないことにしました。聞いても、答えが返ってこないという予感と、この答えは、自分で探さなきゃいけない気がしたんです。

 

__

 

 放課後、リキはすぐに鞄を持って席を立ちました。

 

 「大変だな」

 「いいんだよ、好きでやってるんだから」

 

 リキは、これから鈴さんの所にいくそうです。

 鈴さんは、恭介さんの妹で学校には来ていません。いまは、併設校の特殊なクラスでご厄介になっているそうです。

 リキは、学校以外はずっと鈴さんと過ごしています。それが当たり前みたいにずっと。当たり前、みたいに。

 私にも、そんな当たり前に一緒に居る人が居たら良かったと、ちょっとだけ不謹慎ですが、思ってしまいます。

 そういう時は、決まって空いた席を眺めてしまうんです。

 春からずっと、ぽっかり空いていた席。

 違和感が拭えませんでした。

 

__

 

 図書室。

 部屋にいても、あまり物がないので、昨日リキに聞いた併設校のことについて調べてみたいと思いました。

 

 とあるグループが、春休みに旅行先で事故にあって、三人しか助からなかった。

 そのグループは交友関係も広くて、同級生にはショックが強く、今でも、校内が重苦しい雰囲気のままで、皆心を病んでしまったと。

 

 要約すれば、こういった話です。それを読んで、とても、辛い出来事だと思う気持ちと、もう一つ。

 ……何故か、他人事だと思えない。

 

 それから、併設校について、調べてみました。ここからずっと離れた場所にある併設校。片道でも何時間も掛かるような。でも、どうしてそんな遠い場所に併設校があるんでしょうか? わざわざ、そんな遠くに作る意味が、私にはよく分かりませんでした。

 

__

 

 翌日の放課後、もっと調べてみようと、図書室に向かう途中、窓から見えた中庭で、リキとキャッチボールをする鈴さんを見つけました。

 なんだが、その姿が酷く懐かしく見えました。おかしいですね、こんな元気な鈴さんを見るのは初めてのはずなのに。

 でも、今の元気な鈴さんが、リキと一緒に楽しそうな鈴さんが、一番素敵だと思います。

 

__

 

 また翌日。リキからキャッチボールに誘われました。鈴さんと一緒にやるんだったら、人手が欲しいとかで。

 リキが誘ってくれたのですから、断る理由もありません。二つ返事でお受けしました。

 

 リキは、春に私がこの学校に来た時に、私の名前を笑わずに居てくれた特別な、特別な……特別な、人、の、はずです。唯一無二で、優しく、私を案内してくれた……ひとめぼれの、だった、はずです。

 なのに、どうしてでしょう。リキはとても素敵な人なのに。私は……?

 

 鈴さんは、ボールを投げるのが下手っぴでしたけど、その分身体を動かせて楽しかったです。井ノ原さんや、腕を怪我している宮沢さんも一緒でした。とても楽しかったです。

 

 ですのに、どうしてか、何か物足りないのです。

 

__

 

 今日も、リキに誘われて、グラウンドに来ました、今日は何をするのか秘密だそうです。先生に用事を頼まれて、少し遅れてしまいましたが……。

 

 「クー公か」

 「? はい?」

 

 声を掛けてきたのは井ノ原さんでした。いつもの様な軽快な笑顔では無く、少し、神妙な顔で私の前に立ちます。

 

 「井ノ原さ……わふっ!?」

 

 大きな手で、私の頭をわしゃわしゃ撫でました……あ、あまりこういったスキンシップは〜、と目を回しながら頭もぐるぐる回されます。

 

 「お前も頑張れよ」

 

 手を止めると、それだけ言って井ノ原さんはどこかへ行ってしまいます。グラウンドとは反対へ。

 あれ? 井ノ原さんも誘われてたんじゃないんですか? と、伝えようとしても、もうそこに姿はありませんでした。

不思議に思いながらも、私はリキに会いに行きました。

 

 リキはバットを持ったまま項垂れています。

 

 「リキ? 来ましたけど……」

 「あ、あぁクド……ごめん。クドはさ、野球興味ある?」

 「野球、おー! べーすぼーるですか?」

 「そうそう、鈴はクドなら怖がらないし、どうかなと思ったんだけど」

 「私でよければ……」

 

 そう、言おうとした所で、視界の隅に何かが、映りました。階段を登った先。そこに立つ、絶対に忘れちゃダメな影が。それは直ぐに消えてしまいます。まるで、ここが自分のいる場所ではないと言わんばかりに。

 

 「……クド?」

 「あ、あー、ごめんなさいリキ……わ、私は……私、は」

 

 リキが辛そうな目で私を見ます。捨てられた犬のような……でも、それでもまだ食らいつく程の力を蓄えている目で。

 

 「……うん、ありがとうクド。その気持ちだけで十分だよ」

 「い、いえ! え、えーと……いつか、絶対一緒にしましょう! 鈴さんにも伝えてください!」

 「鈴も喜ぶよ。ありがとう、クド」

 「いえいえ……良いんですよ」

 

 沈黙が訪れました。

 理屈もない、ただの迷いで、リキの誘いを断るなんて、本当はしたくないですけど。それでも、私がここで野球を始めるよりずっといいと思ったんです。

 

 「クドはさ、恭介のこと、何か知ってる? 恭介のことじゃなくたっていい、鈴のことでも、なんでもいいんだ」

 

 リキは縋るように私に質問を投げかけます。ですが、私は首を振りました。リキは残念そうに目線を下に向けます。

 私に答えられることはありません。私にとって、恭介さんは話でしか聞いた事のない人物ですし、鈴さんも、初めて会った時から、ずっとこうでした。

 リキだって、こんなに積極的な人だったでしょうか? リキは、初めて会った時も、いつも誰かの隣を歩いていて、それが恭介さんで……?

 でも、恭介さんとは、会ったことなんて一度も……。

 

 「リキこそ……」

 「……何?」

 「リキこそ、誰か、もう一人お友達が居ませんでしたか! いつも、リキの隣にいて、一緒に歩いていて……私と、初めて出会った時にも、もしかしたら……」

 

 私の不安が、口から出てきてしまいます。なのに、それに返答されることに、とても恐怖を感じました。

 もし、その返答に、少しでも疑問を持ってしまったら、返ってきた人物が、一片たりとも私の記憶に無くて、誰か分からなくなってしまったら、そこで終わりだと思ってしまったんです。

 

 「どうしたんだ?」

 

 ちりんと音がして、鈴さんが現れました。意識を張っていたからか、急に出てきた鈴さんに驚きます。

 

 「しないのか、キャッチボール」

 「……するよ……もちろん。クドはどうする?」

 「……いえ、少し、調べたいことがあるので」

 「そっか、……じゃあ鈴」

 「うん」

 

 リキは、鈴さんと一緒にボールを取りにいきました。

 私は……一体、どうしちゃったんでしょうか。

 

__

 

 それから、鈴さんが学校に顔を出してくれたり。

 

 井ノ原さんが、急に学校で暴れだしたり。

 

 男子寮でも、色々あったそうです。

 

 その間、私は色んな所を回りました。

 学校を隅から隅まで探してみたり。クラスの人に話を聞いてみたり。気になった事故のことを調べてみたり。夢に関したことだって、出来ることはなんでもしてみました。

 だけど、実りは無くて、まるで、私と、リキと、鈴さんと……それ以外が全部、絵空事のように感じてしまって。

 何の変哲もない当たり前なのに、その当たり前が信じられないまま、時間だけが過ぎていきました。

 

 寂しくて、耐えられなくて、誰かに言いたくって……。

 私は、無意識にその扉の前にいました。

 何故か、夜に男子寮に居る私を咎める人は居ませんでした。

 扉を開くと、薄暗い部屋の中、ベッドに倒れ伏す恭介さんがいました。

 

 「……能美か、どうしてここに」

 

 恭介さんは寝転がった体勢のまま、私に声を掛けます。

 初めて会ったはずなのに、そんな気がしませんでした。

 

 「わかりません……ただ、焦ってるんです」

 「巻き込んですまない……。能美に、ここでの役割は用意してやれなかった」

 「役割……って、なんですか。なんで、恭介さんは」

 「……お前に、何も教えないままじゃフェアじゃないな」

 

 私は、恭介さんの前に座り込みました。

 

 「あの日、助かったのはお前達三人だけだ」

 

 そして、恭介さんはぽつぽつと語り始めます。この、『世界の秘密』を。

 

 「それ、じゃあ……恭介さん達は……」

 「……あぁ、だから、ここでずっと見てやってたんだ。理樹と鈴が、目覚めとともに絶望してしまわないように」

 

 荒唐無稽で信じられるような話ではなかった。なのに、説得力があって、それは、全ての疑問に当てはまるマスターキーのような答えでした。

 

 「でも、それじゃあおかしいですよ……」

 

 恭介さんは、頷きもせずにその場にいます。

 

 「リキと、鈴さんが、井ノ原さんと宮沢さんに助けられたんだったら……じゃあ、私は誰に助けられたんですか……?」

 

 恭介さんは何も言いませんでした。

 

 「……それは、俺の口からは言えない」

 「どうしてですか!」

 「それがあいつの望みだからだ」

 「望み……って、恩人の顔も、声も覚えていないなんて! そんなの……あんまりじゃないですか……」

 「……」

 

 私はその場で泣き崩れてしまいます。どうして、そんなことを望んでしまったんですか……?

 

 「あいつがやりたかった事は、俺達と同じだ。自分達が死ぬことで、お前を絶望させたくなかった」

 「そんなの、自分勝手です! 恭介さん達みたいに、最後まで私と一緒に居てくれたら……どんなに」

 「俺達は、理樹と長い付き合いだ。だが、能美とあいつは、出会ってせいぜい数ヶ月、半年も経っていない。だから切り捨てるには十分現実的だったんだろう。その程度の期間を捨てるか、これから一生の傷になるか。あいつは天秤に掛けたんだろうな」

 

 顔も声も匂いも感触も忘れてしまったのに、想いだけが消えずに残っている。目覚めたあとも、この想いが燻ったままいるのなんて、私は嫌なんです。

 

 「もう一度、逢いたくて……だから、探し回ったんです……ぐすっ、でも、何も見つからなくて……その理由が、こんなことなんて」

 「随分周到だが……それでも、方法はあるさ」

 「……方法?」

 「忘れたって思い出せるんだ、キッカケさえあればな」

 

 それを最後に、恭介さんは喋らなくなってしまいました。

 私は涙を拭って、その部屋を後にします。もう一度、思い出すために。

 

 「急げ、能美」

 

 扉を閉める直前、そう聞こえました。

 

__

 

 結局、行くあてもなくさまよって、何か見つかるわけでもありませんでした。それでも、男子寮に入っていくリキ達をみても、声をかけようと思いませんでした。

 リキ達は、リキ達の物語を走り抜けようとしているんですから、私も、私の物語を書き上げなければいけないと、そう思いました。

 

 探す場所もなくなって、最後の手段として、校門から出ようとしたら。

 

 「えっ?」

 

 まるで、足元が崩れたように落ちていきました。

 ここが虚構の世界ということはわかっていても、そうした浮遊感は、現実のように非現実的で……。

 私はそのまま、深い白の中に落ちていきました。

 

 ……。

 

 目が覚めたら、夕暮れの校舎にいました。

 誰もいない、放課後の校舎。夕日がゆっくり落ちていくのに、それがとても早く感じました。

 私は、日が落ちる前に、何かを探して。

 部室で、それを見つけたんです。

 

 「写真……?」

 

 それは、私達、リトル……バスターズの、写真です。

 映っていたのは、鈴さんに抱きつく、私と小鞠さん、リキに抱きつく三枝さん。それに西園さんと、来ヶ谷さん。それらを取り囲む、井ノ原さん、宮沢さん、恭介さん。

 すっかり、忘れてしまっていた。写真に写ったお友達の中に、私が求めていた人はいません。だけど、そのきっかけを忘れないように、胸に留めて、私は校舎を走り回りました。

 これが、またとないチャンスだと思って。

 

 ……。

 

 最後に、たどり着いた場所は屋上でした。

 茜色の街並みで、それに照らされる私も、きっと茜色に染まっています。

 夕暮れは、私にとってどんな意味があったのでしょう。

 少なくとも、今の私は、夕暮れに対して悪いイメージがありません。

 きっと……とても、大切なことが、夕日に包まれて居たから。

 

 足元に、私の影が長く伸びています。

 そして、その斜め向こうに……。

 

 「あ、ああああれぇ? く、クーちゃん? ど、どうしてクーちゃんが居るの?」

 

 小鞠さんが居ました。

 

 「小鞠さん! 小鞠さんは……何か知っていますか」

 

 小鞠さんは、口に指を当てて考えます。

 

 「この世界のことはもう知ってるよね? じゃ、じゃあえーと……なんのこと?」

 「私がずっと探している人です! リキと仲良しで、私のことリトルバスターズに誘ってくれて、ずっと私といた人!」

 

 懇願のように、小鞠さんにしがみついて、そんなことをまくしたてました。でも、小鞠さんは困った顔のまま動きません。

 

 「んー……もしかしたら、私はクーちゃんが知ってる『小鞠』では無いのかもしれません」

 「ど、どう言うこと、ですか?」

 「この、ゆめの世界はとっても曖昧で。誰が迷い込んでもおかしくないっ。……本当は、鈴ちゃんの為にご用意した世界だったんだ。こっちのクーちゃんは私達と一緒だから」

 「一緒……って」

 「うん、ばいばい、しなきゃいけないんだ」

 

 小鞠さんは、泣くのをずっとこらえてるようでした。

 

 「でも、あなたは違うんだね」

 「はい……でも、忘れちゃいけないこと、忘れてしまって……どこにも、きっかけもなにも見つからなくってっ!」

 「クーちゃんは、その人の事、好き?」

 「もちろんです!! でなきゃ、私にとって、ただの人なら、私はこんなになってませんよ!!」

 

 小鞠さんは、私のことを抱きしめた。

 いや、私の背中をなぞっているようだった。

 

 「だったら、だいじょうぶっ」

 「え……?」

 「好きな人とのおまじない。こっちのクーちゃんから聞いたの」

 

 小鞠さんがなぞった場所に、紋が浮かび上がります、

 

 「大好きな人としか出来ないおまじない。クーちゃんが、それをしたんだったら。だいじょうぶ」

 

 腕までなぞると、失敗したみたいな横線が浮かんできました。

 背中の紋は、まるで大きなはなまるのようで。

 子供っぽくて可愛いのに。

 私が、いちばん欲しかった願い。

 

 「もうそろそろ、おじかん、だね。私も、笑ってお別れ、できるように頑張るから」

 「小鞠さん……わたし、わたし……っ!」

 「本当に好きなら、迷っちゃダメだよ。きょーすけさん達も、そう覚悟してたんだ」

 「……ばいばい、しなくちゃいけないんですか」

 

 小鞠さんは俯いて、手を離した。

 

 「想いは、いつまでも、いつまでも。だから、だいじょうぶ。思い出せたら、ずっと一緒だから」

 

 クーちゃんは思い出せるよ。

 

 こんなに頑張ったんだもん。

 

 

 それを最後に、私は微睡みから浮かび上がっていきました。

__

 

 全身が軋むように痛い。

 何か、大きいものに包まれている。

 どちらが上で、どちらが下かもわからない。

 

 身体が動き始める。

 目に光が入ってきた。

 隙間から漏れ出る、微かな光を。

 

 誰かが、落ちてくる荷物や壊れた部品から、私を庇ってくれたみたいでした。

 その顔は暗くて、血に混じって、良く見えません。

 外からは木々がざわめく音、それと、リキと鈴さんの声が聞こえてきます。

 痛む身体で、庇ってくれた人から這い出て、隙間から漏れ出る光へと向かいました。

 隙間は小さくて、私一人でやっとなくらい。歪んだ鉄の板を押し込んで、……。

 

 忘れ物を探すように、ふと、後ろを振り返りました。

 

 迷っちゃダメだという、誰かの声が頭の中に想起しました。それなのに、私は振り返ります。

 

 漏れた光が、その人の顔を照らして、良く見えました。

 

 私が、大好きだった人__

 

 「__△△、ばいばい、です」

 

 

 私がそこから這い出て、リキの元へと走ります。

 

 「クド! 無事だったんだ……」

 「はい……私は、ぶじ、でした」

 「早く逃げないと……っ!」

 「どこへっ……」

 

 リキに手の繋がれた鈴さんがそういいます。

 それに対した答えなのかもわからない、ここまで伝わってきた意思を、リキは口に出します

 

 「生きるんだ、僕たちは……」

 「みんながっ……」

 

 そういう鈴さんの背を押します。

 

 「クドからも何か……っ」

 「早くっ、逃げるんですっ!」

 

 私の目から、ぽろぽろ涙が零れていました。抑えようのない涙を、そのままにして、言葉に詰まった鈴さんを押します。

 リキに引っ張られながら、私達が逃げていると、リキの力がふっ、と抜けました。リキの持っていたナルコレプシーでしょうか。ですが、そんなことを考えるよりも早く、この場から……少しでも早く。

 鈴さんと一緒に、倒れたリキを連れて、もう少しだけでも、と、疲れも忘れて走り抜けて、いつの間にか私達は三人でその場に倒れます。

 これだけ離れられれば、大丈夫、でしょうか……。

 

__

 

 目覚めた場所は、きっと病院でした。白い世界が、夕暮れの中に染まっています。

 私は……助かったんでしょうか。

 

 立ち上がると、思っていたよりも、痛みはありませんでした。きっと、△△が殆ど庇ってくれたからだと思います。

 とにかく、リキ達を探しに行きましょう……。

 

 廊下で、鈴さんと出会いました。私よりも先に起きていたのか、手当もしっかりなされていて、十分歩けるようです。

 

 「……おはよう。クド」

 「おはようございます、鈴さん。リキの様子は……」

 「今から見に行くところ。クドも来るか」

 「……そうですね、やめておきます」

 「……そうか」

 

 私達は、その場に立ち尽くして、沈黙します。しばしの静寂を破ったのは、鈴さんでした。

 

 「あのな、先に先生に会ったんだ」

 「はい……」

 「みんなどうなったか訊いたんだ」

 「……はい」

 「でも教えてくれなかった」

 「……そう、ですか」

 「クドは気にならないのか?」

 「私は……もう、だいじょうぶです。ちゃんとお別れしましたから」

 「……そうか」

 

 鈴さんは、私の手を取りました。

 

 「あのな、リキが起きたら、一緒に遊びに行こう」

 「きゅ、急ですね」

 「急でもいい、予定を立てる」

 「でも、リハビリとか色々ありますし」

 「あぁ……それも、そうだ」

 

 鈴さんは早とちりを恥ずかしがるように、頭をかきました。

 

 「いや、リハビリが終わってからでも良い。遊びにいこう」

 「……でも、どうしてそんなことを」

 「クドが、しんぱいだからだ」

 「私が、ですか?」

 

 ちりん、と音を立てて頷きます。

 

 「今は、あたしとリキしかいないから。クドは、独りじゃないって、そう、言いたかった」

 「あははっ、なんですかそれ」

 「うぅ……難しいけど、とにかく、遊ぼう」

 「わかりました、何処に行くか考えておきますね」

 

 また、ちりん、と音を立てて頷きました。

 そうして、鈴さんはリキの病室へ向かいます。

 

 私は窓際から、この広い世界を眺めました。

 夢から覚めて、やっと自分で見えた未来。

ポケットの中にしまっていた機械部品は、いつの間にか無くなって、ドッグタグしか残っていませんでした。

 でも、それでも、これを渡してくれた△△の事は忘れていません。

 夢を捨てちゃダメだと、伝えてくれた△△の事を忘れないように、私は詩を歌います。

 私があなたに伝えように。あなたが私に伝えたように。

 

 春の夜も夏の夜も自分のことを想って欲しい。

 昼も夜も自分を考えて欲しい。

 秋も冬もまた同じ。昼も夜も。

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