雪が降っていた。
空を見上げると、さらさらの新雪が顔に触れ、すぐに溶けた。周囲の針葉樹林はすでに雪化粧を終え、音もなく佇んでいる。春が訪れるまでの、長い眠りに入ったようだった。
ゆっくりと息を吐く。零度を下回る気温のせいで、白い呼気が外気に溶けていく。風はほとんどない。聞こえるのは雪を踏みしめる音と、自分の呼吸だけだ。雪が音を吸い込み、まるでこの山に自分しか存在していないかのような錯覚を覚える。
一歩、また一歩。自分以外の足跡のない山道を、雪を掻き分けるように進む。積雪は膝を超えていたが、新雪のおかげでまだ歩ける。水分を含んだ雪だったら、今頃はとっくに諦めていた。スノーシューさえあればもっと楽に歩けただろう。
立ち止まり、シュウは頭の上の雪を払った。すぐに積もると分かっていても、やらずにはいられない。フードで覆っていても、冷たいものは冷たい。頭が軽くなった気がするのも、あながち気のせいではない気がした。
ずれた背嚢を背負い直す。驚くほど軽い。手持ちの食料は、ほとんど尽きていた。中身は小さなチョコレートバーが一本と、コンソメブロック、あとは調味料と日用品だけだ。
空腹に耐えかね、先ほどコンソメブロックを齧ってみたが、塩辛くてすぐに吐き出した。チョコレートバーは一口分しか残っていない。これは行き倒れる直前、最後の晩餐として食べると決めている。
はぁ、と息を吐く。
動物さえいれば、後生大事に背負っている旧式のボルトアクション式狙撃銃で肉を確保できる。しかし、この山に入ってから一匹たりとも動物を見ていない。足跡すらない。寒さは厳しいが、自然が豊かなはずの山でこれは不自然だった。
「何か起きているな」
夕暮れの空を、無表情で見上げた。
♢
太陽は沈み、夜が訪れる。
シュウは黙々と雪山を歩き続けた。辺りは暗闇に沈み、僅かな月明かりと雪明りを頼りに前へと進む。フラッシュライトは荷物の中に入っていたが、バッテリーはいざという時の為に温存しておきたかった。今がそのいざという時かもしれないが、節約に越したことはないだろう。
街道の関所通行料を払いたくないからといって、雪山越えを選んだのは間違いだった――と、強くなる雪を忌々しげに眺めながらシュウは思う。このままでは朝までに哀れなオブジェが一つ完成して、春になってから近くを通った人々を驚かせることだろう。もっとも、わざわざこんな山の中を通るのは真っ当な連中ではないだろうが。
「最悪だな」
思わず呟く。数々の戦いを生き抜いた自分が、通行料をケチったばかりに無様な最期を迎えようとしている。出来ることなら数日前の自分を殴ってやりたかった。しかし殴った所で後悔はしても反省はしない、シュウはそういう男だった。
ふと、物音が聞こえたような気がしてシュウは立ち止まる。しばらく静止して、辺りをゆっくりと見回し警戒する。腰の自動拳銃に手が伸びる。時間にして三十秒程だが長く感じられた。
気のせいか。警戒を止め再び歩みを始めようとしたその時、先ほどとは違ってハッキリと音を認識した。風に乗って、雪を踏みしめるような何かの小さな足音が聞こえる。比較的近いところから聞こえてくるようだ。距離にして三十メートルぐらいだろう。
シュウは腰から愛用の四十五口径自動拳銃を引き抜くと安全装置を外し、音が出ないように初弾を装填する。足音の聞こえる方向に拳銃を構えながら、ゆっくりと進む。距離が近い為、狙撃銃のような長物より拳銃のほうが取り回しが良く、有利だ。
こんな時間に雪山を歩いているのは、野生動物の類か頭のおかしい人間だけだろう、とシュウは考える。その頭のおかしい人間に自分も当てはまってしまっていることは思考の外だ。
突然、風が止んだ。雪を踏む音が明確に聞こえる。距離は十五メートル。
シュウは近くの木々を盾にしながら、音源の方へと進む。音からして小動物などではないだろう。小動物にしては足音が大きすぎる。
「動くな」
木の影から飛び出し、拳銃を構えながら言う。暗くて見辛いが、人間の形をしていることは間違いなかった。この山の猟師なのか、毛皮の防寒服を着込んでいる。こちらから見て左方向を向いているせいで顔はハッキリとは見えなかったが、チラリと髭が見えたことから男だということがわかった。
「猟師か?」
シュウは警戒を解かず、拳銃を構えたまま男に話しかける。こんな夜の雪山にいる人間にまともな奴はそういない。山賊の類かとも思ったが、目立った武器を持っていない。かと言って猟師だとしても武器を持っていないのはおかしい。故に、警戒せざるを得ない。
男がゆっくりと振り返る。月明かりに男の顔が浮かび上がり、シュウはいつもと変わらない仏頂面をわずかに歪めて悪態を吐く。
「ああ、クソ」
月明かりに照らされた男の顔は、半分以上が何者かに食いちぎられており、肉や筋組織が剥き出しであった。身体もあちこちに噛みちぎられたような痕がハッキリと残っている。血管は異常なほどに浮かび上がり、黒くなっていた。明らかに正常とは言えない風体だ。
男の大きな眼球がギョロリとシュウの方を向いた。男は剥き出しの歯をカチカチと鳴らし、白い呼気を吐きながらゆっくりとこちらの方に近づいてくる。この男は明らかに自分を襲おうとしている。直感でそう感じた。
「止まれ」
シュウが警告する。それでも男は歩みを止めることはない。シュウは仕方なく拳銃を発砲する。弾丸は男の膝を撃ち抜いた。しかし男は痛がる素振りもなく、撃たれた足を引き摺りながらこちらへと近づいてくる。まるで人間としての意思が感じられなかった。
「待て。こいつに似たものを昔見たことがある」
シュウはこの状況下で記憶の片隅から何かを思い出し、それが何かと考え始めた。まるで目の前の男が脅威であると感じていないかのように思考の海に沈んでいく。男はゆっくり、しかし確実にシュウに近づいて来ている。シュウはハッとした。
「思い出した。昔見た映画だ。確かゾンビだったか」
男が大口を開けて噛み付いてきた。シュウは左腕を前に出して男の口に突っ込む。男はシュウの腕を噛み千切ろうとするが、噛み千切れない。そもそも軍用コートはそう簡単に破れる代物ではない。
「なら撃っても正当防衛だ」
シュウは左腕に噛み付いている男の眉間に拳銃を向け、躊躇わず引き金を引いた。乾いた発砲音とともに男の眉間に穴が空き、後頭部が爆発したように弾けた。ビクンと身体を硬直させると、男は雪の中に崩れ落ちて動かなくなった。血の痕が雪面にじわじわと広がっていく。
「結局なんだったんだこいつは」
動かなくなった男を興味なさげに一瞥すると、拳銃の安全装置を掛けて腰のホルスターに仕舞った。振り返って元の道へと戻る。
シュウは暗い夜の雪山を再び歩き始める。雪が止む様子はない。
もう最後の食料を食べてしまおうか。そんな考えが頭をよぎったその時、不自然に開けた空間に出た。雪が積もった切り株がいくつも並んでいる、明らかに人の手を加えられた場所だ。シュウの気力が僅かに蘇る。
近くに村がある。そう確信したシュウは歩調を速め、切られた木々の先に存在するであろう目的地を目指して歩いた。
♢
結果的に言うと、村はあった。
シュウは小高い丘の上に陣取り、狙撃銃のスコープを通して村を観察する。針葉樹の木材を切り出して立てられた小さな家々に、明かりが点いている様子はない。もう寝静まったか、と考えたがどうにも様子がおかしい。
「妙だな」
村の中に人間の生活跡がまったく存在していないのだ。道は雪かきされず、家は半分ほど雪に埋まっている。今日だけ村人全員が雪かきをサボったとは考えづらい。ここから見る限りはまるで廃村のようだった。
ここでシュウは先程の男のことを思い出す。痛みを感じず、ただ本能のみで行動する姿。
「村人全員ゾンビ化したか」
あの男は猟師の格好をしていた。ここは見る限り猟師の村だ。あの男もこの村の人間であることは、まず間違いないだろう。だとしたら村には正常な人間はもう存在せず、あの男のように何らかの理由で本能のみで周囲を徘徊しているのかもしれない。
シュウが伏射の姿勢から起き上がると、背中に積もった雪がぼろぼろと落ちる。手にしている狙撃銃には白いテープが巻かれて目立たないように細工してあり、身体は白いシーツで覆われていた。傍から見れば、突然武装した真っ白な男が雪の中から出現したように見えるだろう。しかしここにはシュウ一人しか存在しない。故に驚く人間はいない。
丘を下りると村の入り口へ向かう。看板に積もった雪を払うと、『ようこそ』と書かれた看板がシュウを出迎えた。拙い字であることから子供が書いたものだろうと理解する。
やはり村に人の気配はなかった。狙撃銃を背中に戻し、腰から自動拳銃を取り出す。拳銃を右手、フラッシュライトを左手に持ちながら村の中で一番大きな家へと向かう。ライトは温存しておきたかったが、ここでは死角からの攻撃が想定される。今が使うべきときだと判断した。
入り口は雪で埋まっていた。口にフラッシュライトを咥え、扉の前に積もった雪をスコップで掘り返す。すぐに頑丈そうな扉が姿を表した。扉には看板が付いており、雑貨屋と書かれている。
埃のことを考え、首巻きの布を鼻まで上げた。一呼吸して扉の取手を掴む。
扉を押し開けた瞬間、冷え切った空気が頬を撫でた。フラッシュライトの白い光が辺りを照らし、静まり返った店内をゆっくりと横切った。
最初に照らし出されたのは、木のカウンターだった。使い込まれた天板には、灰色の埃が薄く膜を張るように積もっている。厚くはない。指先でなぞれば木肌が現れる、その程度のわずかな埃だ。
光が棚へ移る。陶器の壺、木椀、小袋に詰められた香草、瓶詰めの野菜。毛皮の服。そして缶詰。どれも持ち去られた様子はなく、整然と並んでいた。その一つ一つにも、同じように薄い埃が静かに降りている。
フラッシュライトの光が空気を切るたび、無数の細かな塵が銀色に浮かび上がった。舞い上がっているというより、長いあいだ冷えた空気の中を漂っていた粒子が、光を受けて初めて姿を現したかのようだった。
店内には人の息遣いも生活音もない。
耳に届くのは、自分の靴底が木床を軋ませる音だけ。その響きが止むと、静寂は何事もなかったように戻ってくる。
「誰かいないか」
一応尋ねる。三十秒ほど待ったが、店の中から返事は聞こえてこない。
風でドアが閉まり、思わず肩が跳ねる。外気を身体に直接受けないだけで、一気に暖かくなったような気がした。体感温度が上がった為であり、錯覚ではないだろう。
被っていたフードを取る。頭に積もっていた雪がパラパラと床に落ちる。床の埃が雪で湿って固まった。見たところ一週間以上は人の出入りがなさそうだ。
店の中を探索していると、ふと人間の足跡があることに気がついた。引きずった様な足跡を残しているということは、この足跡の持ち主は怪我をしているか、重いものでも背負っているのだろう。店の中では一番新しそうな痕跡だ。フラッシュライトで照らしながらゆっくりと足跡をたどる。半開きの扉がある部屋の前に辿り着いた。
「いるな」
あの部屋から微かに腐臭がする。恐らく先程の男と同じような何かがいるのだろう。見たくはなかったがしかし、調べないわけにもいかない。
拳銃とライトを握りなおす。扉の横に張り付き、呼吸を整える。
勢いよく扉を蹴飛ばした。蝶番が壊れた扉が吹っ飛ぶ。拳銃の引き鉄に力を入れながら、部屋の中を素早く索敵する。そこは小さな物置部屋だった。
人だ。人がいる。
壁にもたれかかる様に、誰かが倒れていることに気がついた。シュウは拳銃とライトを向けたまま、ゆっくりと近づく。警戒は解かない。
「大丈夫か婆さん」
声を掛けてはみたが、どう見ても死んでいた。倒れている老婆は首が半分ほど抉れている上、身体が腐り始めている。寒い気候のせいで腐敗の進行が遅いのが唯一の救いだ。夏場じゃ蛆虫と臭いでもっと酷いことになっていただろう。
「一発撃っておくか……いやこの傷じゃ流石に動かんか」
拳銃で何度も突いて老婆が動かないことを確認すると、安全装置を掛けて腰に拳銃を戻す。そして手近にあったシーツを老婆に被せ、軽く黙祷をする。
埋めてやろうとは思わなかった。シュウという男は善人でも悪人でもない。気まぐれで行動したりするが、基本的には合理主義だ。人間を埋めるとなると、固まった凍土を深さ数メートルも掘らなきゃいけなくなる。それを一人で行うことは大変な労力だ。この老婆にはそんな義理や恩もない。
「それにしても、酷いな」
検死などの専門的な知識はないが、唯の傷ではないことは理解できた。これは何かに食い千切られたような傷だ。恐らくあの男のような奴らに襲われてここまで逃げてきて、ここで息絶えたのだろう。
まだ村全体は見てないが、どの家も雪に埋もれていることから大体似たような感じだろう。原因は不明だが、ゾンビ化した奴らが暴れて村は壊滅状態。誰も生存者がいない。シュウはそう結論づけた。
死者にはもう必要ないであろう、物資や食料が大量に残っていたので少し拝借していくことにした。埃を被ってはいるが十分に使える。今のシュウにとっては宝の山だ。
店内に戻ると、カウンターの上にあったカンテラに火をつけ、棚の前に座る。物色開始だ。
まず最初に目に入ったのは缶詰だった。手にとってラベルを見る。
「おお、国連配給の缶詰だ、珍しい」
珍品に、思わず呟く。
可愛げのないコミカルなキャラクターが描かれた、トマトペーストの缶詰だ。賞味期限が三百年以上先という、どんな保存料を使っているのか分からない謎な代物だ。この国連缶詰は現存数が少なくて貴重なのだが、何故かこの棚に三個もあった。この店は雑貨屋らしいが旧文明の品も扱うのだろう。ただ価格が馬鹿みたいに高かった為、誰も買うことがなかったのだろう。
ついてるな、とシュウは口角を上げて無理やり笑みを浮かべる。口元が笑っていても目が笑っていない為にその顔は不気味だった。かなりの間一人でいた為、表情筋が凝り固まっていたのだ。
ルンルン気分で次に手に取ったのは瓶に入った野菜だ。蓋を開けて中身を見る。どうやらニンニクか何かで漬けてある胡瓜のピクルスだった。あとで食べよう、とシュウはカウンターに瓶詰めを置く。
他にも捜索してみたが、麻袋詰めの芋や玉葱、豆缶詰なども大量に見つかった。日用品として使えるものも大量に入手出来た。鹿か何かの干し肉も吊るしてあったのでもちろん頂戴する。零下のなかでは新しい靴下が特にありがたかった。雪でびしょびしょになった軍靴や靴下が気持ち悪くて仕方がなかったのだ。
だがふと考える。もしここで猛威を振るっているゾンビ病の原因が、この肉や野菜だったら。自分は食べても感染しないが、他の人は感染する恐れがある。だとすると村の外に持ち出すのは危険かもしれない。
「やめておこう」
シュウは名残惜しそうにしながら、缶詰、日用品以外のものを棚に戻していく。
大量大量。
背負っていた背嚢をテーブルに下ろし、使えそうな物資を詰め込んでいく。密封された缶詰なら消費期限も平気だろうと、根拠もない理屈で缶詰も一緒に背嚢へと詰める。ガチャガチャと缶詰が音を鳴らす。
これなら余計なことをしない限り山越えは成功するだろう。「ああ。名も知らない主よ。感謝します」とシュウは信じてもいない神へ適当に祈りの言葉を捧げる。
突然、床が軋む音がした。瞬時に拳銃を引き抜き、音がしたほうに向ける。
そこには粗雑な毛皮のコートを着た少女がいた。目を見開き、驚いた表情でシュウを見ている。手には薪割り用の手斧を持っていた。
二人の時間が止まる。目の前にいる金色の髪の少女は、何かを言おうと口をパクパクさせている。
シュウの脳回路は瞬時にこの状況を整理する。目の前にこの家の人間であろう、十代前半、金色癖っ毛長髪少女。そして少女の前には口元を隠して、拳銃を向けつつ、片手には奪った缶詰を持っている怪しい男。この構図はまるで――
「強盗だな」
シュウがボソッと呟く。
缶詰をテーブルに置いた。ビクッと少女が反応する。ゆっくりと少女の方に身体を向きなおす。
「話をしようか」
「く、くるなっ」
今にも泣きそうな顔で言う少女。手斧をこちらに向けながら少しずつ後退している。シュウが一歩詰めると少女も一歩下がる。
これは駄目だ。
警戒心を解くためにシュウは仕方なく拳銃を仕舞い、鼻まで上げた首巻きを下ろす。埃と腐敗臭が鼻に来るが我慢する。
武器を仕舞い、顔を見せたことにより、多少なりとも警戒心が薄れたようだ。少女がシュウの瞳を見つめる。
「まずは自己紹介だ。俺の名前は――」
ふと、視界の端で隣の物置部屋のシーツが動いているのが見えた。視線を向ける。風でシーツが動いているのか、と思ったがそうではない。そもそも家の中では風は吹かない。どうやらシーツ下の死体が動いているようだ。
危険を察知したシュウは、即座に間合いを詰めて少女の腕を引っ張り、自分の後ろに突き飛ばす。すると、先ほどまで少女がいた場所に腐りかけの老婆が跳んできた。本来なら少女を捉えていたであろう老婆は、跳躍の勢いそのまま強く壁にぶつかる。グシャッと骨の一部が砕けて潰れた音が響いた。この年齢の人間ではあり得ない運動能力だ。先程の男とはまるで違う。
「隣のババア、まだ家にいたのか!」
少女がシュウの後ろに隠れて小さな声で喚いている。何やらこの老婆と確執がありそうだったが、聞いている状況ではなさそうだ。拳銃を老婆に向ける。すると少女がシュウの服の端を掴み言う。
「大きい音出したら外の奴らがくる!」
「さっき一人殺したぞ」
「一人だけじゃない、いっぱいいる!」
「いっぱいいるのか」
拳銃をしまい、老婆から視線を外さないように少女の手斧を拾う。獣のような唸り声を上げながら、狙いをシュウに絞った老婆が再び跳ぶ。直線的に跳んでくるなら対処は簡単だった。先ほど破壊して転がっていたドアを蹴り上げ、盾の様にかざすと、老婆はそれに思い切り衝突する。ずしんと身体に重い衝撃を感じたが、老婆の体重自体が軽かったので体勢を崩すことはなかった。そのままドアで老婆を思い切り突き飛ばす。老婆が吹き飛んで倒れる。
すぐさま倒れている老婆に走り寄り、頭を手斧で叩き割る。肉片と脳漿が飛び散った。老婆は「グェ」と声を漏らし、直ぐに動かなくなる。血は殆ど流れ出なかった。どうやら心臓は機能していないようだ。
小さく深呼吸する。
老婆を殺すことに躊躇いはなかった。既に動きが人間のそれではなかったし、もし何らかの病気だとしても、首の半分が抉られていたら治療しようと助かる訳がない。つまり自分に出来ることは楽にしてやることぐらいだ、と心のなかで理論武装する。
肉片と血がこびりついた手斧を放り捨てると、少女と向き合う。少女はさっきまで興奮状態だったが、老婆の死を見たことによって沈静化したのか呆然としている。吐かないのは猟師たちの村人として、生き物の死体に慣れているからだろうか。あるいはこの化け物達との騒動で慣れてしまったのか。
「シュウだ」
少女がぴくりと反応する。まだ正気には戻っていない。シュウはしゃがんで少女に目線を合わせる。
「この村で何があったのか聞かせてくれないか」
ようやくハッと我に返った少女がゆっくりと頷く。
二人は場所を移し、話をすることにした。