眼の前には、地平線まで続く巨大なコンクリートの壁があった。
見渡す限りどこまでも横に伸びている壁は行く手を阻むようにそびえ立っている。高さは優に三十メートルはありそうだ。
壁の周りは岩混じりの乾いた大地に、灰緑色のオリーブや低木が点々と根を張っている。夏の日差しに焼かれた草は黄金色に褪せていた。土埃が風に舞う。
どう見ても周りの景色に不釣り合いな壁だった。
「地図にこんな壁のことは描いてなかったぞ」
地図を持った青年が言う。外見の年齢は二十代後半、黒髪黒目で凛々しい顔立ちをしている。日差し避けの外套を羽織り、背中には大きな背嚢を背負っている。肩にはボルトアクション式の古い狙撃銃を掛けている。腰には大きなナイフシースとホルスターを吊っていた。ホルスターの中には四十五口径の自動拳銃が収まっている。
「シュウのことだから偽物の地図掴まされたんじゃない?」
呆れた表情の少女が緑色の目を向けて言う。外見の年齢は十代前半、長い金髪の癖っ毛を縛って前に流している。同じく外套を羽織り、大きな背嚢を背負っている。肩には水平二連散弾銃を掛けている。腰にはナイフシースとホルスターを吊っている。ホルスターの中には小型の三十八口径回転式拳銃が収まっている。
「それはなさそうだぞカティ。ここまでの道のりでは全部合っていた。多分この地図が古いのだと思う」
シュウと呼ばれた青年が地図を懐にしまいながら言う。
「じゃあこの壁は最近できたんだね」
カティと呼ばれた少女が壁を撫でて言う。コンクリートで出来ている割には、ひび割れが見当たらない見事な壁だった。
「爆薬で崩してもいいが、何のための壁かわからん」
「乱暴だなぁ。そういうのは最後の手段でしょ――」
ふとカティが気づく。壁に耳をつけて聴音する。目を瞑り、耳に全神経を集中する。音が聞こえた。人々の生活音だ。
「どうしたカティ」
「シュウ、シュウ。壁の中から人の声が聞こえる。普通に暮らしているっぽい」
その言葉にシュウは驚く。
「なるほど。じゃあこれは町を守る城壁だったのか」
なんと迷惑なところに城壁を立ててくれたのだろうか。シュウは壁を叩く。
「それじゃあ壁沿いに進んでいけば入口があるはずだ。行くぞ」
「りょーかい」
二人は壁沿いを歩み始めた。
♢
一時間ほど歩いてようやく入口らしき所が見えてきた。機械式の高度な技術が使われた巨大なゲートである。ゲートの周りには銃座や監視カメラがそこら中に備え付けられていた。しかし人影はどこにもなかった。
『旅人さんですか?』
突然、スピーカーから声がかかる。シュウとカティが驚く。
「そうだ。この町はなんだ? 地図になかったぞ」
『この町? いいえ違います。ここは国です。ここは完璧な帝国です』
シュウは驚く。国はともかく帝国を自称する勢力がいるとは思わなかった。
『その見た目。人造人間ですねしかも旧型!』
スピーカー向こうの誰かが興奮した様子で話している。
『同じ帝国人としてこの国はあなたたちを歓迎します。ゲートを開放するのでしばしお待ち下さい』
そう言うとゲートが轟音を立てて開き始めた。シュウとカティは何がなんだかわからないといった様子で、お互い顔を見合わせる。
「シュウ。知り合い?」
「いや。知らないはずだが」
一分間掛けてゲートが開くと一人の男が出迎えた。どうやら人間ではなく人造人間のようだ。アイカメラや挙動を見てそう認識する。武器は持ってないようだ。
「ようこそ完璧な帝国へ。同胞と旅人様。歓迎いたします」
「あー……その完璧な帝国ってのは何なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! 完璧な帝国とはですね――」
男が突然止まった。そして頭部が爆発した。
「えー!?」
「おいおい」
男がその場に倒れる。ゲートの奥から別の男、やはり人造人間が走ってくる。
「お客様を国の中に入れず、ゲート前で立ち話する人は完璧とは言えません。どうぞ中へお入りください旅人様」
「あ、ああ」
シュウとカティはゲートをくぐり、城壁の中へと入った。再びゲートが轟音を立てて閉まる。
「案内人のK-18782と申します。どうぞKとお呼びください」
そう言ってきれいなお辞儀をするK。シュウとカティも釣られてお辞儀をする。
「ああよろしく」
「よ、よろしくね」
「さて完璧な帝国について聞きたいのですね。この帝国はマザーAIと呼ばれる人工知能により運営されています。完璧であるマザーAIが運営する国だからこそ完璧な帝国。完璧でなければいけないのです」
早口で捲し立てるK。シュウはKが何を言っているのかよくわからなかった。カティも同様である。二人とも呆然としている。
「すまん。ゆっくり。最初から話してくれ。国の成り立ちから」
これは失礼とK。
「この国はかつて存在した帝国を元に創られた国なのです。しかしその帝国はあなたも知るように滅んでしまいました。それは何故か。人間によって統治、運営されていたからなのです」
「はあ」
「そこで人造人間たちがマザーAIを創り、新たなる帝国を築き始めました。それがこの国なのです」
「なるほど?」
カティがなんとなく理解した感を見せている。
「マザーAIは完璧です。だから今の完璧な我々が存在するのです」
「大体は理解した。しかしそのマザーAIが完璧だと何故わかる」
「マザーAIは我々人造人間たちの脳データベースと常時直結しています。故に間違いが起きてもすぐに修正することが可能なのです。故にほぼ百パーセントの確率で完璧に近い正解を導き出せるのです」
「え? 近いってことは、完璧じゃないんじゃない?」
そう言うカティ。笑顔のまま固まるK。数秒のフリーズ後、頭部が爆発した。地面にKが倒れる。
「なんかもう慣れたな」
「そうだね」
一分も立たないうちに新しい人造人間がやってきた。掃除ロボットがKの残骸を処理している。
「前任者が自壊したので私が案内を引き継ぎます。私はK-18783です。どうぞKとお呼びください」
「ああK。よろしく頼む」
呆れた表情でシュウが言った。
♢
その後、再び帝国の偉大さを聞かされた後に二人はようやく開放された。ちなみに何度か質問するたびに爆発した。
「なんというか疲れる町、いや国だな」
「本当だよ。いちいち爆発するんだもん」
疲れた二人は目についた喫茶店に入る。おしゃれな看板のきれいな店だった。
「いらっしゃいませ。完璧な喫茶店へようこそ」
人造人間のマスターが笑顔で出迎えてくれる。四十代くらいの見た目の人造人間だ。ここも似たような感じか、とシュウが顔をしかめる。しかし入ってしまったならば仕方がない。
「席へどうぞ。お二人は旅人ですか? それとも移住希望者?」
「旅人だ。悪いが移住するつもりはない」
シュウがそう言うと、マスターが真顔になる。
「まあそりゃそうだよな。こんな国に移住するやつの気がしれねえ」
そう言ってマスターは入口へ歩いていく。店先に掛かっていた「営業中」の札を裏返し、「準備中」に変えた。続けて鍵を掛け、店内のカーテンを閉める。
「……これでよし」
確認するように店内を見回すと、マスターは二人の席へ歩み寄った。
「改めて自己紹介だ。俺はアルファ。他所の町から潜入してる諜報員みたいなもんだ」
「スパイか」
「ああ。もっとも、この国じゃ『スパイ』なんて言葉を口にしただけで爆発しかねないけどな」
アルファが肩を竦めて笑う。
「……その割には随分堂々としてるね」
カティが警戒しながら尋ねる。
「表向きは喫茶店のマスターだ。潜入してもう三年になる。誰も疑っちゃいねえよ」
アルファはコーヒーを三人分淹れると、一つずつカップを置いた。
「で、この国は何なんだ」
シュウが単刀直入に聞く。アルファは笑みを消した。
「この国はな、まだ完成してねえんだ」
「完成?」
「そうだ。あの馬鹿でかい壁を見ただろ」
「ああ」
「壁は今も造られ続けてる」
アルファは窓の向こうを顎で示した。
「最初は小さな居住区だった。それが町一つを囲い、また壁を伸ばし、また町を囲う。そうやって『完璧な帝国』は少しずつ広がってる」
シュウが眉をひそめる。
「つまり……周囲の町を取り込んでいるのか」
「取り込むって聞こえはいいな。実際は飲み込んでるだけだ」
アルファは苦々しく笑う。
「壁が完成すると軍隊が入る。抵抗した奴は殺される。生き残った人間は帝国臣民として管理される。全部マザーAI様の計画通りってわけだ」
「だから情報を集めてるの?」
カティが尋ねる。
「ああ。この国の規模、兵力、弱点。外へ持ち帰らなきゃならない情報はいくらでもある」
シュウはふと疑問に思う。
「そういえば、この国に入ってから人間を一人も見ていないな」
その言葉に、アルファの表情がさらに険しくなる。
「見せないようにしてるんだ」
「どういうことだ?」
「人間は全員、思想教育施設に閉じ込められてる」
店内に静寂が落ちる。
「毎日マザーAIの講義を聞かされ、『完璧な帝国』の理念を叩き込まれる。従順になれば市民として働ける。不適格と判断されれば、そのまま施設から出てこない」
カティが息を呑む。
「……そんなの牢屋じゃん」
「実質な」
アルファは短く答えた。
「人造人間は脳をネットワークで管理され、人間は思想を管理される。自由なんて言葉は、この国じゃ辞書にも載ってねえ」
シュウは静かにコーヒーを一口飲む。
「……なるほど。だからスパイをしているのか」
「ああ」
アルファは二人を真っ直ぐ見つめた。
「そこで頼みがある」
「何だ」
「この国を滅ぼすのを手伝ってくれ」
カティが目を丸くする。
「滅ぼす?」
「正確には、この国を支配しているマザーAIを破壊してほしい」
そう言ってアルファはこの町の地図を開く。数年掛けて作ったのだろう。この国の詳細な地図だ。地図の一角を指差す。
「ここだ。この神殿にマザーAIがいる。マザーAIさえ止めれば、この国は止まる。壁の拡張も、人造人間の統制も終わる。俺一人じゃそこまで辿り着けない」
シュウは腕を組み、考える。
「……ただの旅人に随分と大仕事を頼むな」
「報酬は用意する。それに、放っておけば次に飲み込まれるのは周辺の町だ。時間はあまりない。世界中がこの帝国になるのはあんたも嫌だろう」
「それはそうだが、リスクとリターンが合わない」
重苦しい空気が店内を満たす。その横で、カティが机に突っ伏した。
「今度はAI帝国かぁ……」
深いため息をつく。
「この町でも、まともに休めなさそうだねぇ……」
アルファはコーヒーカップを静かに置いた。
「すぐ答えを出せとは言わねえ。一日考えてくれ」
シュウは腕を組む。
「ずいぶん余裕だな」
「余裕なんかねえさ」
アルファは苦笑した。
「だが、命を懸ける話だからな。即答させるような真似はしたくねえ」
その言葉には妙な重みがあった。
「明日の夜。またここへ来てくれ」
「場所は変えなくていいのか?」
「ここが一番安全だ」
アルファは肩をすくめる。苦労しているようだ。
「盗聴器は毎日潰してるし、この店の監視カメラも細工済みだ」
「器用だな」
「スパイだからな」
そう言って笑う。アルファは立ち上がると入口へ向かい、掛けられていた札を裏返した。「準備中」の文字が再び表へ向く。「営業中」へ戻った。
「ずっと閉めてると逆に怪しまれる」
「今日はもう普通に営業する。また明日だ」
「ああ」
「またね」
二人は店を後にした。
♢
外へ出ると、ちょうど待っていたように人造人間が近づいてくる。
「お待ちしておりました、旅人様」
先ほど別れた案内人だった。正直番号は覚えていない。
「私はK-18786。どうぞKとお呼びください」
「また会ったな」
「宿泊施設の準備が整いました。本日はホテルへご案内いたします」
「助かる」
「こちらです」
Kの案内で石畳の大通りを歩いていく。帝国の街並みはどこまでも整然としていた。道路にはゴミ一つ落ちていない。建物は寸分違わぬ間隔で並び、人造人間たちは無駄話一つせず、それぞれ決められた仕事をこなしている。
「なんか……綺麗すぎて逆に怖いね」
カティが小声で呟く。
「同感だ」
十分ほど歩いた頃、一軒の建物の前でKが立ち止まった。
「到着しました」
二人は思わず見上げる。
「……これがホテル?」
シュウが呟く。
目の前にあったのは屋敷だった。三階建ての巨大な白い建物。広い庭園には噴水まである。赤い絨毯が玄関まで一直線に伸び、両脇には丁寧に刈り込まれた庭木が並んでいた。
「旅人専用ホテルになります」
「ホテルっていうか、お屋敷だね」
「完璧な帝国では旅人にも最高級のおもてなしを提供しております」
Kは誇らしげだった。
中へ入るとさらに驚く。大理石の床や巨大なシャンデリア。赤い絨毯。壁には見事な絵画が飾られている。
「金かけすぎじゃないか」
「全てマザーAIが最適と判断した結果です」
「そうか」
部屋へ案内される。寝室だけでも普通の家ほどの広さがあり、大きなベッドが二つ。浴室まで付いている。至れり尽くせりだった。
「こちらのお部屋になります。ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとう」
「何か御用がございましたら、いつでもお呼びください」
Kは丁寧に一礼し、静かに部屋を出て行った。扉が閉まる。
シュウはすぐに行動を開始する。
「シュウ?」
「少し待て」
兵士時代の癖だった。
まず壁を叩く。絵画の裏を見る。照明を外す。棚の裏。机の下。換気口。コンセント。天井。床。持っていた小型ライトで隅々まで確認していく。
「……盗聴器?」
「ああ。それと隠しカメラ」
カティも真似して部屋を調べ始める。五分ほど調べ終えたあと、シュウが息を吐いた。
「今のところは何もない」
「ほんと?」
「ああ」
ようやく人心地についた二人はソファへ腰掛けた。しばらく沈黙が流れる。
「どうする?」
最初に口を開いたのはカティだった。
「アルファさんの話」
シュウは腕を組み考える。
「話が本当なら放ってはおけない」
「でも罠かもしれないよ?」
「もちろんその可能性もある」
もしアルファがマザーAI側の人間なら。反乱分子を炙り出すための罠という可能性も十分考えられる。
「けど……」
カティは窓の外を見る。
「人間が一人も歩いてないのは変だったね」
「ああ」
「思想教育施設って話も、なんとなく本当っぽかった」
「俺もそう思う」
あれほど巨大な国なのに、人間を一人も見ていない。違和感としては十分すぎるほどだった。
「手伝う?」
シュウはしばらく黙っていた。やがて静かに頷く。
「……やろう」
「うん。私はシュウに従うよ」
「ただし真正面からは戦わない。まずは情報収集だ」
「りょーかい」
二人は意見をまとめる。明日、アルファの話を聞き、そのうえでマザーAIについて詳しく調べる。それが今できる最善だった。
その時だった。コンコンと扉が叩かれる。二人が警戒する。
「夕食の準備が整いました」
Kの声だった。食堂へ案内される。
長いテーブルの上には見たこともない料理が並んでいた。羊肉を香辛料で豪快に焼いた串料理。焼きたての平たいパン。香草と野菜を煮込んだスープ。干し葡萄や木の実を混ぜた黄色い炊き込み飯。甘い乳酒を使った菓子まで並んでいる。
「うわぁ……」
カティの目が輝く。
「すごい……」
「完璧な我が国の完璧な伝統料理になります」
Kが説明する。
「旅人の皆様にも大変ご好評いただいております」
そう言うとKは退室した。食堂には二人が残される。
「いただきます!」
カティは早速串焼きにかぶりついた。
「おいしい!」
「香辛料が効いてるな」
羊肉は臭みがなく、香ばしい。パンはもちもちとしていて、肉汁との相性も良かった。炊き込み飯も木の実の食感が面白く、スープは優しい味だった。
「ここまで来て唯一まともだったのが飯とはな」
「そうだね」
カティは笑う。
食事を終え、部屋へ戻る。柔らかなベッドへ身体を沈めると、旅の疲れが一気に押し寄せてきた。久々のフカフカなベッドだ。
「今日はもう何も考えたくない」
「俺もだ」
「明日、大変になりそうだね」
「だろうな」
「でも今日は寝よう」
「ああ」
部屋の明かりが消える。
静かな夜が、ゆっくりと更けていった。
♢
次の日。
目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。隣のベッドではカティが大きく伸びをしている。久々にベッドで寝たため快眠だったようだ。
「朝ご飯食べに行こー」
「ああ」
二人は食堂へ向かった。
朝食もまた豪華だった。焼きたての平パンに羊乳で作った白いチーズ。香草入りのオムレツ。干し葡萄と蜂蜜を混ぜたヨーグルト。焼き野菜に、熱々の紅茶。
「昨日も思ったけど、ご飯だけは本当に最高だね」
「否定できん」
旅では滅多に食べられない料理ばかりである。料理人だけは連れていきたいと思えるほどだ。
食後、ロビーへ出るとKが待っていた。
「本日はどのようなご予定でしょうか」
「国を見て回ろうと思う」
シュウが答える。
「旅人として色々見ておきたい」
「素晴らしい判断です」
Kは満面の笑みを浮かべた。
「完璧な帝国をご堪能ください」
二人はKと別れ、人通りの多い通りを歩き始める。十分ほど歩くと、昨日の喫茶店へ入った。
アルファはカウンターを磨いていた。シュウたちを見て、客がいないことを確認すると、札を裏返す。「準備中」になった。
「決まったか?」
シュウは頷いた。
「ああ。協力する」
アルファが息を吐く。
「それは助かる」
カティも頷いた。
「よろしくね」
アルファはカウンターの下から小さな無線機のような箱を取り出した。しかし喋らない。代わりに、小さなレバーを指で叩き始める。規則的な音。
「何あれ」
小声でカティが尋ねる。
「モールス信号だ」
シュウが呟く。
「そうだ。少し待て」
アルファは打電を終える。モールス信号機をカウンターの下へしまう。
「俺達の陽動部隊だ。いつでも行動できるとさ」
「まだ仲間が?」
「各地に潜伏してる」
アルファは地図を広げる。
「俺達は思想教育施設、兵器倉庫、通信局。この三か所を同時に襲撃する」
「人数は?」
「百人ほど」
「そんなにいたのか」
「全員スパイだ」
アルファが笑う。
「昼の鐘、それが陽動攻撃開始の合図だ」
地図の中央を指差す。巨大な神殿だ。
「昨日も言ったがマザーAIはこの地下にいる」
「だが神殿には衛兵が何十人もいるんじゃないか?」
シュウが尋ねる。アルファは首を横に振った。
「奴らは完璧を信じてる」
「ああ。そうだな」
「だから矛盾を突きつけろ」
「例えば?」
アルファがふむ、と考える。
「そうだな……。今回みたいな襲撃を予測できなかった。つまりマザーAIは完璧ではない。そう言えばいい」
「それだけで?」
「完璧ではない存在に従う。それ自体が矛盾になる。そして処理できなくなって自壊する」
「……恐ろしい国だな」
「だから滅ぼすんだ」
アルファは地図をしまいながら静かに言った。
「頼んだぞ」
シュウは頷いた。
「ああ」
アルファと別れ、店を出る。
街は相変わらず静かだった。人造人間たちがいつも通りに、完璧な日常生活をしている。見ている限りは平和そのものだ。だがそれはあまりにも歪だった。
シュウとカティは今のうちに神殿へ向かう。昼の鐘の時間までにはある程度余裕があるが、侵入先の下見をしておこうとシュウは言う。
二十分ほど歩くと目の前に巨大な神殿が現れた。巡礼者の人造人間たちが神殿の前で祈りの真似事をしている。衛兵たちは神殿の周りを囲うように配置されていた。全員が旧帝国の制式自動小銃を手にしていた。十人以上はいそうだ。
鐘の時間までシュウとカティは神殿近くのベンチで待つことにした。アルファから貰った軽食を二人で食べる。サンドイッチのようなものだ。あれだけ朝食を食べたのにもうお腹が空いたのか、カティがその軽食にがっつく。あっという間に食べきった。
穏やかな時間だった。これから大混乱が起こるとは思えないくらいに平和だ。果たして自分たちのやることが正しいことなのか、シュウが考えそうになったその時。
巨大な鐘が鳴った。正午。襲撃の時間だ。
次の瞬間だった。ドンと遠くで爆発音がした。次々と爆発音が町の至る所から聞こえてくる。いつも通りの日常を過ごしていた人造人間たちが困惑する。
また爆発音。煙が空へ立ち上る。
「始まった」
シュウが呟く。
思想教育施設の門が破壊され、何百人もの人間が外へ飛び出してくる。
「自由だ!」
「逃げろ!」
「帝国を倒せ!」
町は一瞬で混沌となった。至るところで銃声や悲鳴、爆発音が鳴っている。
「行くぞ!」
「うん!」
二人は神殿へ走る。白い石造りの巨大な神殿。入口には衛兵が立ちはだかる。
「止まれ!」
「神殿への立ち入りは禁止――」
シュウは歩みを止めない。
「今回の襲撃、マザーAIは予測していなかった」
衛兵達が止まる。マザーAIの話になると聞く態勢になってしまうのだろう。
「……」
「つまり完璧ではない。完璧ではない存在に従うお前達も完璧ではない」
数秒沈黙する。人造人間の衛兵達の瞳が点滅する。
『矛盾……確認』
『処理不能』
『完璧……では……』
次々と衛兵たちの頭部が爆発した。それでも爆発してない衛兵たちが三人いた。
「それでもマザーAIは完璧だ!」
「そうだ!」
残った衛兵たちがシュウとカティに銃口を向ける。シュウは咄嗟に拳銃の早撃ちで三人の衛兵を無力化した。倒れた衛兵の眼球に銃を撃ち、とどめを刺していく。
「脆すぎる。欠陥人造人間だ」
「それでも自壊しなかったからエリートではあったんだろうね」
「そうだな」
二人は神殿の奥へ走る。地下への階段を駆け下りる。巨大な扉が開く。
そこには山のようなコンピューターがあった。無数のケーブル。冷却装置。中央には巨大な赤いレンズ。
『ようこそ』
女性の声。
『私はマザーAI。旅人。あなた達は誤った選択をしています』
「誤ってるのはそっちだ」
『私は完璧です』
「今回の襲撃を予測できなかっただろ」
『誤差です』
「完璧に誤差はない」
マザーAIが沈黙する。シュウはナイフを抜いた。
一本目のケーブルを切る。
『その行動を停止してください』
二本。三本。ケーブルを切っていく。火花が散る。
『その行為は帝国に損害を――』
「人間を閉じ込める国なんて、俺のいた帝国じゃない」
さらに切断する。次々と警告音が鳴る。
『警告』
『警告』
『処理能力低下』
『その行動を停止してください』
カティも拳銃で制御盤を撃ち抜いた。ガラスが砕け飛び散る。
最後に残った一本。極太の主電源ケーブル。
『お願いです』
初めて、機械ではないような話し方をした。
『私は……』
シュウは躊躇せずにナイフを振り下ろす。最後のケーブルが切断された。
世界が静かになった。巨大なコンピューターの光が消えていく。
『……システム……終了……』
マザーAIが完全に沈黙する。
「終わった……?」
「多分な」
二人は外へ出る。これでマザーAIに従う人造人間たちが止まるはず。そうすればこの混乱は収まるはずだった。
しかし、予想に反して町はさらに混乱していた。
「マザーAIと人造人間どもは死んだ! 俺が新しい指導者だ!」
「違う! 民主的に指導者を決めるべきだ!」
「帝国は必要だ!」
「人間が治めるべきだ!」
「撃て!」
洗脳が解けきっていない人間達と洗脳が解けた人間が、それぞれ勝手に国を作ろうと争っていた。アルファたちはこのような事態は想定してなかったことだろう。銃声と悲鳴は鳴り止まない。
「平和にはならなかったね」
その光景を見てカティが呟く。
「AIが消えても、人間は残る」
シュウは苦笑する。
「急いでこの国から出るぞ」
「報酬はいいの?」
「騒動に巻き込まれるくらいならいらん」
二人は壁へ向かう。シュウが素早く爆薬を設置した。タイマーが起動する。二人は近くの建物の陰に走り、隠れる。
数秒後、轟音とともに土埃が舞い、三十メートルの壁が崩れ落ちた。二人はその崩れた箇所から帝国を後にする。振り返ると巨大な壁の向こうでは、まだ黒煙が空へ昇り、銃声が響いていた。
「なんか……後味悪いね」
カティが言う。
「ああ。でも俺達にできることはやった」
二人は再び旅を再開する。誰もいない荒野を歩く。
背後では、完璧だった帝国が、音を立てて崩れ始めていた。