目の前には、どこまでも続く灰色の平原が広がっていた。
空一面を厚い雲が覆い、太陽の姿は見えない。昼間だというのに薄暗く、冷たい風が草を揺らしている。
白い霧が地面を這うように漂い、遠くの景色をぼんやりと霞ませていた。数十メートル先ですら輪郭が曖昧になり、世界そのものが色を失ったようだった。
平原のあちこちには、風雨に晒され崩れかけたコンクリートの瓦礫が点在している。かつて建物だったものだろう。鉄筋は赤茶けた錆に覆われ、壁の残骸には蔦や苔が静かに根を張っていた。それらは数百年という歳月を耐え抜き、まるで過去の戦争を語る墓標のように立ち尽くしている。
さらに目を凝らせば、大地には大小無数の窪みが刻まれていた。
直径数メートルから十数メートルはある巨大な穴。その一つ一つが砲弾の着弾跡であり、草木の生え方さえ周囲とは違っている。地平線まで続くその光景は、この場所でどれほど激しい戦いが繰り広げられたのかを、今なお静かに物語っていた。
風が吹くたび、霧の向こうから金属が軋むような音が聞こえる。瓦礫の隙間を吹き抜ける風の音なのか、それとも別の何かなのか判然としない。
そして、この先からが本当の危険地帯だった。
この先は、人の住めない汚染地帯だった。数百年前の戦争で撒かれた毒は、今なお大地に染みつき、草木すらまともに育たない。
「本当にここを進むのかカティ」
青年が言う。外見の年齢は二十代後半、黒髪黒目で凛々しい顔立ちをしている。外套を羽織り、背中には大きな背嚢を背負っている。肩にはボルトアクション式の古い狙撃銃を掛けている。腰には大きなナイフシースとホルスターを吊っていた。ホルスターの中には四十五口径の自動拳銃が収まっている。
「私の心配ならいらないよ。シュウ。そのために抗汚染剤を買ったんだから」
カティと呼ばれた少女が、使い捨ての注射器が入ったケースを振って言う。外見の年齢は十代前半、長い金髪の癖っ毛を背中まで伸ばしている。同じく外套を羽織り、大きな背嚢を背負っている。肩には水平二連散弾銃を掛けている。腰にはナイフシースとホルスターを吊っている。ホルスターの中には小型の三十八口径回転式拳銃が収まっている。
「ここは危険だぞ。大戦中の激戦区だった場所だ。何があるかわからんぞ」
シュウと呼ばれた青年は心配そうに言う。
「でも迂回して山脈の尾根を行くルートだと大変だし、日数がかかるでしょ。だったら一日でここを突破したほうが遥かに楽だよ」
カティはそう言うと注射器を一本取り出す。少し逡巡した後、それを自分の太ももに刺した。薬液を注入する。
「ほら。一本銀貨十枚の注射を打ったよ。早く行こう」
注射が痛かったのか、涙目のカティが言う。シュウはため息をつく。
「……わかった。なら俺の後を歩け。地雷や不発弾がたくさんある」
「りょーかいだよ」
二人はかつて大きな町があった汚染地帯へと入っていく。
♢
汚染地帯に入り数十分。相変わらず視界は霧で劣悪だった。方位磁針を頼りに真っすぐ進んでいく。
ふとカティが何かの音を捉えた。甲高い蚊のような音だ。
「シュウ。遠くから蚊の飛んでるみたいな音がする」
「モスキート音か。恐らく無人偵察ドローンだ。どっちからだ?」
カティがあっちと音の聞こえる方を指差す。シュウは狙撃銃を手に持つとスコープを覗き込む。霧でよく見えないが、黒い物体が低空を飛行しているのが見えた。
「ここらへんには隠れる場所がない。撃ち落とす」
そう言い、シュウは呼吸を止めて撃つ。黒い物体は爆発して落ちていった。
「大戦中の機械がまだ動いているとはな。多分親機がいるな」
「大戦中の機械ならシュウの味方じゃないの?」
「逆だ。俺達人造人間は反帝国の機械と戦っていた。明確な敵だ」
「うげ。じゃあここらへんは敵だらけってことじゃん」
「そういうことになるな」
狙撃銃を手に持ったまま歩き始めるシュウ。その様子を見てカティも肩から水平二連散弾銃を降ろし、手に持つ。そしてシュウの後を歩き始めた。
歩き始めて一分もせずに、再びのモスキート音が近づいてくる。カティが嫌そうな顔をする。耳障りなのだろう。
「またさっきの音が近づいてきてるよ」
「子機が壊れたのを察知して偵察に来たな。どっちからだ」
カティが無言で指差す。シュウはすぐにスコープを覗き込む。少し待つと霧に紛れて動いている黒い物体が見えた。再び撃ち落とす。
「落としたらまた来るんじゃないの?」
「子機にも限りがある。何かいるとは察知されているだろうな」
再びシュウは歩き始める。カティが慌ててあとに続く。
その後、一時間は何も起こらなかった。親機が諦めたのか、子機の数が足りなくなったのかはわからないが、順調に進むことができた。
その時、何かが弾けるような音が遠くから連続で響いてきた。
「シュウ」
「ああ。銃声だ。誰かいるな」
シュウとカティは近くの瓦礫へ身を隠す。銃声は数人分はあった。
「派手に撃ちまくっているな。旅人か、スカベンジャーか、テックハンターか」
「スカベンジャーって何?」
「ゴミ拾い。劣化版テックハンターだと思えばいい」
「ふーん」
ふとシュウが周囲の臭いの変化に気づいた。
「まずい」
シュウは急いで背嚢からガスマスクを取り出してカティの顔に押し付けて装着する。カティは訳が分からない様子だった。
「何すんのシュウ!?」
「毒ガスだ。絶対外すな。死ぬぞ」
カティが無言で頷く。
「どうやらカメムシ――毒ガス噴射型自律兵器と誰かが交戦しているみたいだ」
シュウが言う。シュウは瓦礫の陰からそっと様子を窺う。霧でよく見えないが、音からして二百メートル以上は先だろう。
銃声はまだ断続的に続いている。しかし隠れてやり過ごそうとは思わなかった。
「逃げないの?」
カティが小声で尋ねる。
「いや」
シュウは首を横に振る。
「毒ガス噴射型自律兵器と交戦しているなら、相手は恐らくテックハンターだ」
「何でわかるの?」
「スカベンジャーは危険を冒してまで自律兵器を狩らん。割に合わないからな」
自律兵器の残骸には高価な部品や旧文明の電子機器が数多く残されている。それらを狙うのは、高度な知識と技術を持つテックハンターくらいだった。
「もう少し近付いて様子を見る」
「わかった」
二人は身を低くし、霧に紛れながらゆっくりと瓦礫の間を進む。やがて視界の先に人影が浮かび上がった。
崩れた高架道路の下。そこには巨大な昆虫のような機械が横倒しになっていた。六本脚を持ち、腹部には破れた毒ガス噴射タンク。頭部には複眼のようなセンサーが並んでいる。
「カメムシだ」
シュウが小さく呟く。
その周囲では五人ほどの男が機体を分解していた。一人が大型レンチで脚部を外し、もう一人が光学センサーを慎重に取り外している。荷車には既に様々な部品が積まれていた。
「本当にテックハンターだ」
カティが感心したように呟く。その瞬間だった。
視界の隅で何かが光った。直感的に体が動く。
「――伏せろ!」
シュウが叫び、カティを押し倒す。
乾いた銃声。二人の頭上を銃弾が掠め、背後のコンクリートが弾け飛んだ。
「うわっ!」
カティが更に身を伏せる。シュウは反射的に近くの瓦礫へ飛び込み、狙撃銃を構えた。
「狙撃手だ」
霧の向こうの崩れかけたビルの上。瓦礫を土嚢代わりに積み上げた場所に、一人の男が伏せ撃ちの姿勢を取っていた。瓦礫に溶け込む迷彩色の外套。長銃身の対物狙撃銃。スコープ越しにこちらを見ている。
「そこまでだ!」
一人の男が拡声器越しに叫ぶ。
「武器を捨てろ!」
下にいたテックハンターたちも一斉に銃を構える。シュウは瓦礫越しに答えた。
「俺たちを撃つ理由は?」
「理由ならある!」
男が笑う。
「お前ガスマスクを着けてねぇだろ」
その言葉にシュウは一瞬だけ眉を動かした。
「普通の人間なら、この濃度の毒ガスじゃとっくに死んでる」
男の笑みが深くなる。
「つまり、お前は人造人間だ」
周囲のテックハンターたちがざわついた。
「マジかよ。旧帝国製か?」
「状態良さそうだぞ」
男たちは銃口を下ろさない。
「一緒にいるガキも金になる。大人しく投降しろ」
カティが小さく顔をしかめ、呟く。
「……最低」
シュウは静かにボルトを引いた。
「断る」
一触即発だった。霧の中を緊張だけが流れる。その時だった。
地面がわずかに震えた。テックハンターたちも異変を察知したのか、誰も銃を撃たない。もう一度地面が揺れる。
ドン、ドンと規則正しい重低音。まるで何十トンもの巨体が歩いているような足音だった。
「……何だ?」
テックハンターの一人が呟く。
続いて霧の奥から電子音が聞こえた。一定の間隔で鳴り続ける無機質なビープ音。
足音は、こちらへ向かってきている。しかも、急速に近付いていた。霧の向こうで、巨大な黒い影がゆっくりと輪郭を現し始める。
誰もその場を動けなかった。霧の奥で、二つの赤い光が灯った。
最初は人の目ほどの大きさにしか見えなかった。だが、一歩。また一歩と近付くたび、その赤い光は高い位置へ持ち上がっていく。
ドン、ドンという重い足音。濃い霧を押し退けるように、巨大な黒い影が姿を現した。
「……嘘だろ」
テックハンターの一人が震えた声を漏らす。
現れたのは蜘蛛だった。いや、蜘蛛の形をした兵器だった。
八本の鋼鉄製の脚が大地へ深々と突き刺さる。そのたびに地面が震え、砲弾跡に溜まっていた泥水が波紋を広げる。高さは三階建ての建物ほど。胴体は戦車を幾つも繋ぎ合わせたような巨大な装甲に覆われ、その前面には赤く輝く巨大な複眼センサーが無数に並んでいた。
その視線が、ゆっくりとテックハンターたちを捉える。無機質な電子音が響く。
誰かが叫んだ。
「撃てぇ!」
テックハンターたちは一斉に武器を構えた。自動小銃が火を噴く。乾いた銃声が平原へ響き渡る。しかし。装甲へ命中した銃弾は火花を散らすだけで、傷一つ付かなかった。
蜘蛛型自律兵器の胴体下部がゆっくりと開く。中から現れたのは、四連装の重機関銃だった。
虐殺の轟音。銃弾の嵐が地面を薙ぎ払う。逃げ惑うテックハンターたちが断末魔を上げることなく次々と倒れていく。瓦礫は粉々に砕け、荷車は木端微塵になり、分解途中だったカメムシ型自律兵器まで蜂の巣になった。
数秒間。たったそれだけで地上の人影は消えていた。もはや動かない肉塊しか残っていない。
ただ一人。瓦礫の上の狙撃手だけが息を潜めていた。
「頼む……気付くな」
身体を岩へ押し付け、必死に祈る。
蜘蛛型自律兵器はゆっくりと頭部を持ち上げた。胴体上部の装甲が左右へ展開する。細長い砲身がせり上がった。
「……っ!」
狙撃手の顔から血の気が引く。
赤い光が一直線に彼を照らした。次の瞬間、甲高い充填音。
そして、白い閃光が霧を切り裂いた。一瞬だった。瓦礫ごと、狙撃手が伏せていた場所が消えた。爆発すら起きない。高熱によってコンクリートが溶け、赤熱しながら崩れ落ちる。そこには何も残っていなかった。
カティは思わず息を呑む。
「な……なにあれ……」
シュウの表情が険しくなる。
「蜘蛛型自律兵器だ。大戦中、都市制圧用に投入された最悪の兵器の一つだ」
そう言うなり、シュウは素早く外套を脱いだ。
「シュウ?」
「喋るな」
外套を大きく広げ、カティごと身体を包み込む。二人は身を寄せ合うように瓦礫の陰へ伏せた。
カティは小声で尋ねる。
「これで隠れられるの?」
「ああ」
シュウは囁く。
「奴は目じゃなく熱源で獲物を探す」
外套の内側は薄い銀色の繊維で覆われていた。
「これは狙撃兵用の遮熱外套だ。体温を外へ逃がさない。熱源として認識されなければ、瓦礫と区別がつかない」
カティは思わず息を止める。
ドン、ドンと巨大な足音がすぐ近くまで迫る。八本の脚が目の前をゆっくりと通り過ぎる。一本だけでも大木ほどの太さがあった。赤い複眼が辺りを何度も走査する。
電子音が二人のすぐ頭上で止まった。カティの鼓動が早まる。
見つかった。そう思った。
だが、数秒後。電子音は別の方向へ向いた。
蜘蛛型自律兵器はゆっくりと向きを変え、霧の中へ歩き去っていく。重い足音が次第に遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。
それでもシュウはすぐには動かなかった。
「……まだだ」
五分近く経ってから、ようやく外套をめくる。冷たい空気が流れ込んだ。カティは大きく息を吸い込み、その場にへたり込む。
「し、死ぬかと思った……」
シュウは去っていった霧の奥を静かに見つめる。
「あれが今も稼働しているということは……」
狙撃銃を握り直す。
「この汚染地帯では、まだ戦争が終わっていない」
♢
蜘蛛型自律兵器と遭遇してから数時間。幸い、それ以上の襲撃はなかった。
相変わらず灰色の霧は平原を覆い続けているが、モスキート音も、銃声も、巨大な足音も聞こえない。
二人は慎重に瓦礫の間を進み続けた。やがて崩れた建物の基礎だけが残る場所へ辿り着く。
「少し休むか」
シュウが周囲を見回して言う。周囲に動く気配はない。
「うん……」
カティはその場へ腰を下ろした。
シュウはしばらく耳を澄ませ、異常がないことを確認すると、ゆっくりとカティのガスマスクを外した。
「ぷはぁ……」
ようやく息苦しさから解放され、大きく息を吸い込む。
「ガスマスクって疲れるね」
「長時間付けるものじゃないからな」
シュウは腕時計を見る。
「そろそろ薬の時間だぞ」
「あ」
カティは思い出したように背嚢を開け、小さなケースを取り出した。中には使い捨ての注射器が何本も並んでいる。
「高いんだよねぇ……これ」
ぼやきながら一本取り出す。太ももへ針を当て、一瞬だけためらう。
「しかも痛いんだよなぁ」
目をぎゅっと閉じ、勢いよく刺した。
「いたっ!」
薬液を押し込み、針を抜く。太ももをさすりながら涙目になる。
「やっぱり痛い……」
「効いている証拠だ」
シュウは短く答えた。
「今日中にあと一本打つことになるだろう」
「銀貨三十枚が飛んでいく……」
カティは遠い目をする。
「旅ってお金かかるねぇ」
カティがボヤきつつ注射器を片付けると、今度は背嚢から干し肉を取り出した。
「お腹空いたし、ご飯食べよ」
「やめておけ」
シュウが静かに制した。カティがきょとんとする。
「え?」
「その干し肉もパンも、もう食うな」
カティは首を傾げる。
「なんで?」
「汚染されているから」
「……え?」
シュウは自分の背嚢を軽く叩いた。
「この汚染地帯の空気や塵は装備にも付着する。つまり背負っていた荷物も汚染される。もちろん中身も完全とは言えない」
カティは手に持っていた干し肉を見つめた。
「じゃあ……」
「水筒もだ」
シュウが続ける。
「飲むのはおすすめしない」
カティの表情が固まる。
「えぇ!?」
思わず立ち上がる。
「ご飯も駄目!?」
「駄目だ」
「水も!?」
「ああ」
「そんなの拷問じゃん!」
カティが頭を抱える。
「歩くだけでも大変なのに、お腹空いても食べられないなんて!」
シュウは苦笑する。
「方法がないわけじゃない」
「あるの?」
「汚染除去剤だ。食事の後にそれを注射すれば体内の汚染が無害化される。それなら食べても問題ない」
それを聞いてカティの表情が明るくなる。
「それ持ってる?」
「持ってない」
「なんで!」
「高い」
シュウは即答した。
「一本金貨一枚だ」
「……」
カティは固まる。旅人にとって金貨一枚は決して安い金額ではない。ましてや、使い切りである。
「財布が死ぬね……」
「だから普通は我慢する」
カティは干し肉と財布を交互に見比べた。
「…………」
しばらく真剣に悩む。やがて、大きくため息を吐いた。
「……やめとく」
名残惜しそうに干し肉をそのへんに放る。
「お金のほうが大事」
「賢明だ」
シュウは立ち上がり、再びカティにガスマスクを装着した。
「休憩は終わりだ。行くぞ」
「はーい……」
二人は再び灰色の霧の中へ歩き出した。
静まり返った汚染地帯には、二人の足音だけが小さく響いていた。
♢
休憩を終えてからも、二人は慎重に汚染地帯を進み続けた。
霧の向こうからモスキート音が聞こえれば身を伏せ、偵察ドローンが通り過ぎるのを待つ。毒ガス噴射型自律兵器を見つければ大きく迂回する。無駄な戦闘は避ける。それが、この土地で生き残る唯一の方法だった。
数時間後。それまでの静寂を破るように、遠くから爆発音が響いた。
続いて、腹に響く重い銃声。さらに爆発。連続する発砲音。
「また誰か戦ってる」
カティが顔をしかめる。
シュウは耳を澄ませた。
「統制が取れてる。さっきのテックハンターとは違う」
「見に行くの?」
「ああ」
二人は身を低くしながら瓦礫の陰を伝って前進した。霧が少しずつ薄くなる。やがて戦場が見えた。
巨大な蜘蛛型自律兵器が、瓦礫の街を踏み潰しながら進んでいる。その周囲を四人が取り囲んでいた。全員、四腕の歩兵型人造人間だった。
一人は崩れた建物の二階から重機関銃を連射している。もう一人は瓦礫の陰を駆け回り、蜘蛛型の注意を引き付ける。残る二人は左右へ展開しながら距離を詰めていく。
「やはり連携している」
シュウが呟く。
蜘蛛型自律兵器の重機関銃が火を吹く。だが四人は寸前で遮蔽物へ飛び込み、無駄なく回避する。
「今だ!」
誰かが叫ぶ。一人が廃墟の影から飛び出した。肩へ担いでいた対戦車ロケットを発射する。白煙を引いたロケット弾が蜘蛛型自律兵器の脚へ命中した。
人間だったら鼓膜が破れそうになるほどの轟音。一本の脚が吹き飛び、巨体が大きく傾く。
「集中攻撃!」
重機関銃が集中砲火を浴びせる。脚の付け根や関節部分、装甲の継ぎ目だけを正確に撃ち抜いていく。
蜘蛛型自律兵器が姿勢を立て直そうとした瞬間に、別の場所から二発目のロケット弾が飛翔する。
今度は胴体下部へ直撃した。弾薬庫に火がつき、内部で誘爆が起こる。赤い複眼が激しく点滅した。そして、巨大な爆発が起こった。蜘蛛型自律兵器は八本の脚を痙攣させながら崩れ落ちた。
数百年間動き続けた兵器が、ようやく完全に沈黙する。
「……倒した」
カティが目を丸くする。
「すごい」
「あれだけ連携が取れていればな」
シュウは狙撃銃を肩へ戻した。
「行くぞ」
「え?」
「知り合いかもしれん」
カティが止める間もなく、シュウは瓦礫の陰から姿を現した。六人が一斉に銃口を向ける。だが。先頭に立つ人造人間の目が大きく見開かれた。
シュウも相手を見つめる。旧帝国軍の制式外套。肩章。胸部の認識番号。どれも見覚えがあった。
「帝国軍か」
シュウが静かに言う。六人は互いに顔を見合わせた。
そして、張り詰めていた空気が一変した。
「同胞だ!」
「生存していたのか!」
「何百年ぶりだ!」
一斉に駆け寄ってくる。まるで戦友と再会したような喜びだった。
「君はどこの部隊だ!」
「第七独立狙撃大隊所属だった」
「そうか!」
六人は心底嬉しそうだった。久々に同郷の人造人間と会ったからだろう。
シュウは尋ねる。
「今まで何をしていた?」
隊長格らしき人造人間が答える。
「任務だ。この土地の奪還作戦。それをまだ続けている」
シュウは一瞬言葉を失った。
「まだ?」
「ああ」
「敵性機械を排除し、占領地域を奪還する。それが最後に受領した命令だからな」
カティが小さく呟く。
「ずっと……?」
「数百年間な。お嬢ちゃん」
隊長は何の迷いもなく答えた。
「敵を見つけては破壊し、前進する。それが我々の任務だ」
シュウは静かに目を伏せた。
「帝国はもう滅んだ」
六人は黙る。
「お前たちは自由なんだ。戦う必要はもうない」
しばらく沈黙が流れた。やがて隊長が穏やかに笑う。
「自由……か。残念だが」
自分の小銃へ視線を落とした。
「我々には戦いしかない。戦うために造られた」
「命令が終われば」
一拍置く。
「何をすればいいのか分からないんだ」
誰も否定しなかった。六人とも同じ表情だった。
「……そろそろ哨戒に戻る。君たちも気を付けろ」
「ああ」
短い敬礼を交わす。
六人は再び霧の中へ歩いていった。その背中を、シュウはしばらく見送っていた。
「シュウ……」
カティが静かに声を掛ける。
「あいつら。馬鹿だ」
シュウがなんとも言えない表情で言う。
「でも、かわいそうだね」
シュウは小さく頷いた。
「ああ」
霧の向こうでは、人間はもう誰も命令を出していない。それでも、人間が造った兵器と、人間が造った人造人間は、数百年前に終わったはずの戦争を、今なお続けている。その光景が、シュウにはひどく哀れに思えた。
二人は再び歩き始める。
終わらない戦争だけが残る灰色の大地を、静かに後にするのだった。