狙撃兵と商人の終末旅行   作:カズヤミサワP

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荒野にて

「暑い」

 

 汗を手で拭いながら、少女が呟く。歳は十代前半くらい、長い金髪を縛って前に垂らしている。太陽光から肌を守るように、大きめの外套を羽織っている。背中には体格に合わない大きな背嚢(軍用の鞄)を、腰には大きめのナイフと三十八口径の回転式拳銃を着けていた。

 

「知ってる」

 

 少女の前を行く青年が答える。同じく陽射しよけの外套を羽織り、大きなボルトアクションの狙撃銃を肩に掛けている。背中にはこれまた大きな背嚢を背負っている。少女に比べて荷物が多いが、青年は特に苦にする様子もなくスタスタと歩いていた。

 

 二人の目の前に広がるのは広大な乾いた大地。見渡す限り土と砂と申し訳程度の植物しか存在しない死の大地だ。辺りにはかつて緑の葉をつけていたであろう木々のミイラたちがそこら中で朽ち果てている。今この場にいる二人の人間も、水や食料を得ることができなければ彼らの仲間入りを果たすことだろう。もっとも片方は人造人間なのでミイラになることはないが。

 

「シュウ、喉乾いた」

 

 少女が弱々しい声で言う。シュウと呼ばれた青年は振り向いて少女の方を向くと、水筒を取り出した。おもむろに蓋を開けて逆さまにひっくり返す。一滴たりとも水は落ちてこなかった。

 

「俺のはとっくにカラだ。カティのは?」

 

 カティと呼ばれた少女は首を横に振る。

 

「残ってたら飲んでるよ」

 

「だよな」

 

 そう言うと二人は黙って歩き出す。もはや喋る体力すら惜しかった。

 

 本来この平野では今時期、雨季に入っているはずだった。しかし運悪く、今年は雨が全く降らなかったのだ。多めに持ってきた水も尽き果て、今やただひたすら雨を待ちながら歩みを続けるしかなかった。

 

「シュウ、川が見える」

 

「蜃気楼だ」

 

「いや、本当だって! ほら、牛っぽいのもいっぱいいる!」

 

 カティが興奮した様子で言う。シュウが荷物から双眼鏡を取り出し覗きこむと、成る程確かに小さな川があった。恐らく山脈からの湧き水が流れてきているのだろう。茶色の毛色をした牛が小さな群れを成して水を飲んでいる。おそらくここいらでバッファローと呼ばれている動物だろう。

 

「本当だ。人造人間より目も耳も良いってすごいな」

 

「みずー!」

 

 カティが猛然と走りだす。するとシュウが「待て」と言い、カティの長い外套の端を鷲掴みにする。勢いそのまま後ろに引っ張られたカティは「グェ」と短い呻き声を上げ、外套に首を締められた挙句後ろに引き倒された。むせるカティ。

 

「なにずんのジュウ!?」

 

「朽ちかけているが、あの看板を見ろ」

 

 シュウが指差す。そこには錆びて風化しているが、確かに人間の作った看板があった。

 

「何語これ? 読めないよ」

 

「多分俺が作られる前の、終末戦争前に存在した国の文字だろうから俺も読めない。だが意味はわかる」

 

 シュウが看板に描かれた挿絵を指さす。楕円のようなものに髑髏のマークが描かれていた。

 

「これは『立入禁止。ここは地雷原だ』って意味だろうな」

 

 カティが首を傾げる。

 

「『じらい』ってなに?」

 

「簡単に説明すると、踏んだら爆発する爆弾だ」

 

 シュウが「ボンッ」と言い、手で爆発を表現する。カティは納得行かないといった表情で、バッファローを指さして言う。

 

「あの牛っぽいの普通にウロウロしてるじゃん! 平気だって――」

 

 カティが反論するや否や、地面が跳ね上がり、指差したバッファローが爆発した。四散したバッファローが血霧と肉片になって辺りにポタポタと降り注ぐ。他のバッファローたちは爆散した仲間のことなど気にする様子もなく、ただのんびりと水を飲み、横になって泥浴びをしている。彼らにとってはもはや偶発的な日常と化しているのだろう。

 

 指を差したまま硬直したカティはギギギと首をシュウの方に向ける。

 

「あれは対戦車地雷だな。数百年経ってるのに起爆するなんて凄いな」

 

「あきらめます」

 

「賢明な判断だ」

 

 

 

 

 数日前。シュウとカティはオアシスのある大きな交易都市にいた。

 

 周辺の地域は半径数百キロは乾燥した大地のため、この交易都市に人口が集中しているのだろう。少し眺めるだけで様々な人種や職種の人々の姿が目に入った。この人の多さはカティの目が点になるほどだった。

 

 そんな人々を横目に見ながらシュウは民家を囲む石壁の上に座り、屋台から購入したミルクティーのような飲み物で喉を潤していた。甘く煮出されたミルクティーは疲れた身体にとても美味しく、久々にゆったりとした時間を過ごしていた。

 

「シュウ。あと一時間ぐらいで出発……って何飲んでるの?」

 

 カティが近くの露店から戻ってくる。その手には岩塩と香辛料の入った麻袋が握られていた。交易の品としてはポピュラーなものだ。売値はあまり高くならないが、持ち運びやすい。それでもまだ戦争の汚染が残っている地域では高く売れるので需要は高い。

 

「わからん」

 

「わからないもの飲まないでよ。お腹壊すよ」

 

「俺が体調崩したのは戦時中に電磁パルスを食らった時だけだから大丈夫」

 

 妙な自信を持って反論するシュウに、カティはため息をつく。

 

「まあいいよ。次はあっちの店で売れそうなもの探して来ようかな」

 

 そう言って近くの店を指差すカティ。シュウは不思議そうな顔をしながらミルクティーを一口飲む。

 

「金に困っている訳じゃないよな」

 

 引き止められたカティは頷く。

 

「確かにお金は有り余ってるけど、貯金はもう商人の娘としての性だね」

 

 カティは町や村に着けばまず商店に行く。そして何が高いか安いか、需要と供給などの情報を調べ、そして必要なものを売買する。行商を仕事にしているわけではないのだが、やっていることは行商人のソレだった。

 

「有り余ってるのか。倹約してばっかだもんな」

 

「まだいけるよ。食費も削れるから。人造人間なら食べなくても平気でしょ? というかそのへんの草や木の皮も食べれるとか前言ってたよね」

 

 不敵な笑みを浮かべるカティ。

 

 確かに人造人間であるシュウは有機物さえあれば動ける。しかしそのへんの草や木、虫や生ゴミなどはいくら人造人間でも食べたいとは思わなかった。シュウは顔をしかめる。

 

「たしかにそうだが、飯が生きる上での数少ない楽しみなんだ。勘弁してくれ」

 

「じょーだん」

 

 和やかな雰囲気の中、カティはふと思ったことをシュウに質問をする。

 

「人造人間って皆シュウみたいに頑丈で強いの?」

 

 カティの質問にシュウは真顔で答える。

 

「人造人間の中でもほぼ最弱だぞ俺は」

 

「嘘!?」

 

 カティが驚愕する。

 

「俺は軍の諜報員……あー……潜入や情報収集するタイプの人造人間だから人間に極限まで似せて造られたんだ。だから性能もそこまで高くない」

 

「ええ……? 私の村で人を十メートルくらい吹き飛ばしてたよね?」

 

「俺の身体能力は人間より少し強い程度だ。兵士型の人造人間なら人間を持ち上げてそのまま引き千切るぐらいの力があるぞ」

 

「怖っ」

 

「ちなみに俺は諜報員適性がなかったから、狙撃部隊に転属させられた」

 

「人と話すの苦手そうだもんね」

 

「言うな」

 

 カティが人造人間についてシュウに質問攻めしていると時計台の鐘が鳴り、出発の時刻になった。別の店に行きそびれたとカティが文句を言う。シュウは「自分が聞いたんだろ」とカティに聞こえない声で呟く。

 

「そういえばこの暑さの中で荒野に向かっても大丈夫なの? 水とか食料とか」

 

 カティが出発の準備をしながら尋ねる。シュウは紙コップを握り潰し、ポケットに仕舞うと地図を開いて言う。

 

「ああ。ちょうど雨季に入っているから水には困らないはずだ」

 

「ならいいんだけど」

 

 この判断を、後に二人は後悔することになる。

 

 

 

 

 町を出て数日後。

 

 夕方になった。昼間よりは涼しくなったが、それでもまだ暑い。

 

 水を見つけることができないまま二人は歩き続けていた。だがそれももはや限界に近いのか、ついにカティが崩れ落ちるように倒れた。シュウが急いで駆け寄る。軽度の脱水症状を起こしていた。

 

「カティ。今日はもう休もう」

 

「うん」

 

 カティを抱きかかえて近くの木の下に避難する。この木も他と同じで朽ちていたが、大きいので日除けに使えそうだった。カティを木の根に寄りかからせるように寝かせる。

 

「ここで待ってろ。水を探してくる」

 

「わかった」

 

「怪しい人間や動物、ミュータントが近づいたら容赦なく、そのリボルバーをぶっ放せ。銃声が聞こえたらすぐ戻る」

 

 そう告げるとシュウは荷物を最小限にして探索を始める。

 

 まず周りを確かめようと、シュウは木の上に登ってみることにした。朽木になってまだそんなに日が経ってないしっかりとした木を選んで登る。脆くなった枝に足をかけ、折れないかどうかを慎重に確かめながらゆっくりと上へ登る。一分もしない内に頂上に到達した。双眼鏡を取り出して辺りを偵察する。荒れているが広大な平野だった。

 

「川はなし。危険でも地雷原で水を確保するべきだったか」

 

 今になって地雷原でのことを思い出す。自分一人でナイフを地面に刺して地雷を探知してでも水を汲みに行くべきだった。自分は人造人間なので足を吹っ飛ばされたところでジャンクやパーツがあれば修理できる。流石に対戦車地雷には耐えられないが、対戦車地雷は大体百キロから二百キロ以上の圧力に反応する。這って行けば圧力が分散されて大丈夫だったかもしれないと後悔する。

 

「む、あそこだけ砂の色が違う」

 

 考え込んでいると、今いる場所から東に五百メートルほどのところに、砂の色が違うところを発見した。地下水脈があるのかもしれない。

 

 シュウは素早く木の上から飛び降りると、先ほど発見した場所に向かう。途中、カティが心配になり振り返ったが、なにより水を手に入れることが最優先だ。戻るのを我慢して前に進む。

 

 到着すると軍用の小さなスコップを取り出して掘り始めた。掘ってよし、叩いてよし、斬ってよしの万能スコップだ。因みに缶切りやビンのフタ開けなどの機能もあるが使ったことはない。

 

「出てくれよ」

 

 力を込めてスコップを突き刺す。人造人間の身体をフル稼働させて、常人の倍近い速さで掘り進める。この地域の気温は、太陽が落ちれば一気に下がる。カティが体調を崩す原因となるために、出来れば寒くならないうちに終わらせたい。

 

 最初は唯の砂だったが一メートル程掘ると、湿った砂に変わった。ビンゴ、と思いながらシュウは更に掘り進めていく。更に一メートル程掘ると、茶色い水が湧き出してきた。それを手で掬って少しだけ口に入れる。普通の人間ではまず出来ない。

 

 濁ってはいるが、真水だった。この地域ではガスや原油も産出されるため、それらが混ざっていないか心配だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。シュウは更に深く掘り進める。かなりの水量が湧き出てきた。

 

 これぐらいで十分、と判断したシュウは泥水を二人分の水筒に容れた。今は量を作るよりカティに水を飲ませることが先決だった。

 

 急いでカティのもとに戻ると軍用の簡易ろ過装置に水筒の泥水を容れた。飯盒にろ過装置を通した水を貯める。最初は汚いままだったが、それを水筒に戻し再びろ過装置に流す。何回か繰り返し、ようやくほぼ目に見える不純物がない水になった。本来なら更に煮沸することで確実に消毒をした方がいいのだが、カティのぐったりとした様子を見ると脱水状態の進行のほうが危険と判断した。

 

「少し失礼」

 

 シュウはカティの側にしゃがみ、カティの額や首に触れる。

 

「何してんの?」

 

 カティが恥ずかしさとだるさが入り混じった声色で言う。

 

「まだ汗が出てるか確かめただけだ。汗が出なくなったらまずい」

 

「そうなんだ」

 

 汗がまだ出ていることを確認したシュウは、カティをゆっくりと抱き起こす。塩分を補うため、水筒の中に少しだけ岩塩と砂糖を入れてカティの口に持っていく。簡易的な経口補水液だ。

 

「少しづつ飲め」

 

 弱々しく喉を鳴らしながら水を飲むカティ。ゆっくりと時間をかけて飲み終わった。

 

「ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 その後カティへの応急処置として、濡らした布を動脈に当てて身体を冷やした。これですぐに危険ということはないだろう。安心したシュウは残った水を一気に飲み干す。

 

 身体に染み渡るようだった。どんなミネラルウォーターよりも美味しく感じた。今ならこの水に有り金全部出してもいいと思えるほどだ。

 

 一息ついたシュウは空を見上げる。雲が太陽を隠して暗くなり始めていた。

 

「雨が降りそうだな」

 

 そう言って数分後、突然土砂降りの雨が降り始めた。シュウはやるせない気持ちになる。

 

「どうせならもうちょっと早く降ってくれよ」

 

 大雨を凌げる木は辺りに見当たらないので急いでテントを組み立てて野営の準備をする。この大雨だ。下手すれば雷も落ちて来る。落雷を恐れて大きな木から離れたところに設営する。本来は一人用のテントだが、カティは小さいので我慢すれば二人でも休める。

 

 設営を終えたシュウはカティを抱き上げてテントに入れる。自分はそのまま簡易的な水の収集装置を作る。収集装置といってもタープから容器に雨水を効率よく伝わらせるだけの簡単な装置だ。あっという間に完成した。

 

 空の様子を見る。雨は止む様子を見せず強くなる一方だった。

 

「今日は俺も休むか」

 

 そう言うとシュウはテントの中に入り、カティの横に寝そべった。

 

 

 

 

 次の日の朝。既に気温は上昇を始めている。

 

 昨日の土砂降りが嘘かのように、空は雲ひとつない快晴だった。今日も暑くなりそうだ。

 

 テントから出たシュウはカティを起こさないように辺りを見回す。まず最初に気づいたのは、昨日カティを寝かせていた木が真っ二つに折れていることだった。

 

 昨晩の雨は嵐のような勢いだった。雷を警戒して木から離れてテントを設置したのは正解だった。もしそのまま木の下にテントを設置していたら雷の巻き添えを受けていたところだろう。

 

「命拾いしたな」

 

 ホッとしながら、次に設置した水収集装置を見に行く。

 

 タープをめくる。容器にはあふれるほどの雨水が溜まっていた。多少、砂や葉っぱなどの小さなゴミが浮いていたが、泥水に比べれば断然綺麗だった。容器を回収し、すべての雨水を鍋に入れて煮沸する。昨日できなかった水筒の泥水も一緒に煮沸する。

 

 水を煮沸している間に一時間ほど経った。カティがテントから顔を出す。

 

「おはよー」

 

「おはよう。調子はどうだ」

 

「それなりだね。おいしい朝ごはんがあれば嬉しいかな」

 

「それだけ口が回るなら大丈夫そうだな」

 

 モゾモゾとテントから這い出してきたカティにろ過、煮沸し終えた水を渡す。受け取った水を見て、カティはしみじみとした表情を浮かべる。

 

「前の町のレストランで『水一杯で銅貨七枚とかぼったくりでしょ!』とか思ったけど、ここではこの雨水にでも銀貨や金貨が出せるね」

 

「まったくだ」

 

 カティがゆっくりと味わって水を飲む。その間にシュウは黒パンを取り出してナイフで切り分ける。それを見てカティは微妙な表情を浮かべる。

 

「黒パンかー……食べ飽きたし、口の水分持ってかれそう」

 

「俺もそう思う。だがしかし」

 

 シュウが荷物から瓶を取り出す。蓋をあけると柑橘系の爽やかな、甘酸っぱい匂いが辺りに広がる。カティが驚きを顔に浮かべて食いつく。

 

「マーマレードジャム! そんなものを隠し持ってたの?」

 

「ああ。買ってそのまま忘れてた」

 

「それ大丈夫なの?」

 

 シュウはスプーンでジャムを掬うと黒パンの上に塗る。そして一噛じり。

 

「大丈夫だ。まだ食える」

 

「そ、そっか。まあ、久しぶりの甘いものだから嬉しいけど」

 

 カティがシュウの隣に座ってジャムを受け取る。たっぷりとジャムを塗りつけるとそれを美味しそうに食べる。爽やかな甘味に思わず笑みが溢れる。お気に召したようだ。

 

「あまい!」

 

「それはよかった」

 

 たっぷりと時間を掛けて朝食を終えると、再び二人は歩き始めた。水のストックがある、ということはそれだけでとてつもなく心強かった。

 

 

 

 

 歩き続けていると、周りに青々とした木々や草花などの植物が増えてきた。ようやく不毛地帯を超えてきているのだろう。様々な昆虫や動物たちがそこかしこで姿を見せている。しかしこの土地では自然が豊富になるほど人間たちの文明跡と接触する可能性が増えてくる。地雷原がそのいい証拠だった。

 

「またあの看板だよ」

 

「気をつけろ。俺の足あとに沿って歩け」

 

 シュウがカティを先導しながら言う。

 

 地雷原の数が増えてきている。この乾燥した大地ではこのように豊富な自然があるところは貴重だった。それ故に奪い合いの戦争になり、挙句の果てには相手の国の人間が入らないようにするために、地雷を埋めまくるというなんとも矛盾した行為を行うようになったのだろう。後の世の生物たちにとっては、なんとも迷惑な話だ。

 

「面倒だな」

 

「本当だよ。喉も乾いたし」

 

「水筒の水があるだろ?」

 

「勿体無くて飲みたくない。シュウの頂戴?」

 

「人間なら小便があるだろ」

 

「酷っ!?」

 

「いや、サバイバルでは割りとあることだ。尿自体は無菌らしいからな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。ただ排出する過程で細菌が入るけど」

 

「駄目じゃん!」

 

「だからあくまで非常時だけにしとけ。あと数百年前の知識だから合ってるかどうかは知らん」

 

 気を紛らわせるように、お互いに軽口を言い合う。楽しそうにシュウのうんちく話に耳を傾ける。

 

「ちなみに俺の足跡に合わせて歩いていても、カティが踏んで地雷が爆発する可能性はあるからな」

 

「え、なんで?」

 

「地雷にも色々ある。踏んだら爆発するやつ、足を離したら爆発するやつ、手動で爆発するやつ、センサーで爆発するやつ、数回踏んでようやく爆発する特殊で厄介なやつ――」

 

「ちょっと待って。地雷って敵を殺すためでしょ? なんで数回踏んで爆発させるの?」

 

 カティが首を傾げて言う。シュウは「良い質問だ」と言う。

 

「敵の部隊が進行してきて地雷で即爆発したら警戒されるだろ? だから数回踏まれるまで爆発しない。地雷に気づいた時には部隊全員、地雷原の真っ只中って訳だ」

 

「うわ、それ怖すぎだね」

 

「ついでに言うと地雷は殺すためというより、敵を足止めしたり、怪我させる為にある。死人は飯も薬も必要ないが、怪我人は飯も薬も人手もいるからな」

 

「エグいなぁ」

 

 雑学やうんちく話を聞きながら歩き続けて数十分後。

 

 シュウが遠くに何かを見つけて立ち止まった。足元を見て歩いていたカティがシュウに追突する。鼻をぶつけたようで、涙を滲ませながらシュウに非難の視線を向ける。

 

「痛いよ」

 

「ああ、すまん」

 

 地平線上で黒い煙が上がっていた。シュウが双眼鏡を取り出して覗き込む。

 

 陽炎に揺らめきながら進む黒い影。それはかつて人類の産業を大きく飛躍させることに貢献した蒸気機関車という乗り物だった。蒸気機関車は警笛をならしながら黒煙を吹き出して突き進む。

 

「なんて運がいい。蒸気機関車だ」

 

「『じょうききかんしゃ』って何?」

 

 カティが尋ねる。シュウは双眼鏡をしまいながら答える。

 

「昔の乗り物だ。石炭で動く」

 

「ああ、前に町で見た『じどうしゃ』みたいなもの?」

 

「そんなものだ。間に合わない可能性が高いがちょっと急ぐぞ」

 

「うん」

 

 線路に向かってシュウたちは急ぐ。しかし蒸気機関車はシュウたちが辿り着く前に遠くに行ってしまった。カティは息を切らしながらがっくりと肩を落とす。

 

「あ~あ、行っちゃった」

 

「なに、線路を辿って歩けばどこかの町に着くさ。ひょっとしたら目的の町に繋がってるかもな」

 

 

 

 

 太陽が真上に来る頃。正午になった。

 

 日差しが強くなってきたので休憩と水分補給を小まめに行う。水のストックは二人合わせてまだ二日分ほど残っていた。節約しながらちびちびと水を飲む。

 

「どんなに水があってもすぐ喉が渇くね」

 

「まったくだ。こんなところで暮らしている生物の気が知れん」

 

 二人は線路沿いをゆっくりと確実に進んでいく。

 

 ふと、線路沿いに自生している大きなサボテンを見つけた。このサボテンはそこら中に生えているものと同じものだが、ここまで線路近くで生えているのは珍しかった。シュウがサボテンをまじまじと観察する。それを見てカティが不思議そうな表情を浮かべる。

 

「どうしたのシュウ?」

 

 シュウがカティを方を向く。

 

「昔、食べれるサボテンがあるって聞いたな。果肉や茎に水分を蓄えているらしい」

 

「そうなの? じゃあこの『さぼてん』も食べれる?」

 

「分からん。毒を持ったサボテンも多いって聞く」

 

「じゃあやめとこーよ」

 

 シュウがナイフを取り出しサボテンに近づく。

 

「何事も挑戦だ」

 

「はぁ!? やめといたほうがいいって!」

 

「これが食用に適していたら、食料と飲料水の問題が解決する」

 

「そして人造人間に毒は効かん」

 

 慎重な癖に変なところで大胆。シュウの悪癖が出る。

 

 止めるカティを無視してサボテンを切る。調度良い大きさにカットしたサボテンを石で押して絞る。身から粘り気のある透明な液体が滲み出てきた。それをスプーンで掬ってみる。

 

「うわ。水というかなんというか……鼻水?」

 

「やめろ。これが飲めるのかどうか」

 

 そう言うとシュウはスプーンから一滴だけ舌の上に垂らす。傍から見ればいつもの無表情だがカティはシュウの微妙な顔の変化に気がついた。不味いらしい。すぐに吐き出す。

 

「変な味だ」

 

「だからやめといた方が……」

 

「いや、一応空の水筒に入れて――」

 

 シュウが言い終わるか否やのその時。後ろから警笛の音が鳴り響く。二人が振り向くと遠くからこちらに向かって蒸気機関車が向かっているのが見えた。

 

 蒸気機関車の運転手が二人を見つけたのか、警笛を鳴らして二人の近くでゆっくりと停車する。運転席から立派な髭を蓄えた中年の男が顔を出す。

 

「おう、自殺志願者かい?」

 

 人懐っこい笑みを浮かべて喋る男。シュウが手を振りながら返答する。

 

「こんな荒野を歩いている訳だから、そうとも言う。もしかしてこの機関車はどこかの町に向かっているのか?」

 

「ああ、ここから数十キロメートル向こうにある町に向かってるぜ。二人共乗ってくか?」

 

 目的地の町だった。思いがけない誘いにシュウは驚く。

 

「賊だとは思わないのか?」

 

「女の子と二人旅の賊はいないだろ。ここらへんは無茶な横断をして遭難している旅人が稀にいるから、あんたらもその類だと思ってな」

 

「そうか。あんまり金は出せないぞ」

 

「タダでいいさ。一人で運転してても暇なんだ。旅の話でも聞かせてくれないか」

 

「おっちゃん太っ腹だね」

 

「確かに腹は太いがな!」

 

 ハハハと笑う男は自身の腹をポンと叩く。気持ちのいい男だ、とシュウは思う。

 

「ささっ、乗った乗った」

 

 男は運転席の扉を開けて二人を引っ張り上げる。

 

 狭い上に暑い。石炭を入れる火室があるせいで車内はとても暑かった。蒸気機関車を動かす上で仕方のない事だが、うんざりする暑さだった。しかし炎天下の中、歩いて町に行くよりは比べ物にならないくらい楽だろう。

 

「ん? サボテンの残骸があるが、あんたらあれを食べたのか」

 

 驚愕の表情を浮かべる男。シュウは水筒の中身を見せて説明する。

 

「いや、食べてはいないが。飲めるかなと思ってな」

 

 男がシュウの言葉を聞き、真顔で言う。

 

「飲めないこともないが、そのサボテンを今飲むのはやめといたほうがいいぞ」

 

「何故だ」

 

 そう言うと男は下卑た笑みを浮かべながら言う。

 

「そのサボテンの液を飲むと『夜も元気』になるからな。二人が『そういう関係なら』まあ構わねえがよ!」

 

 その言葉を聞き、硬直する二人。すると言葉の意味を認識したのか、早熟なカティが顔を真っ赤にして慌て出す。

 

「わたし達はそんな関係じゃな――」

 

「成る程。そういう効果があるのか。じゃあ栄養があるってことだな。素晴らしい」

 

 カティの言葉を遮るかのように話すシュウ。その表情はいつも通り仏頂面だった。

 

「少しは反応してよ!」

 

「そう言われても人造人間だからなぁ」

 

 怒るカティ。どこ吹く風のシュウ。二人の反応を見て腹を抱えて大笑いする男。混沌とした状況だった。

 

「じゃあ出発するぞ」

 

 警笛が鳴り、黒煙を吹き出して機関車がゆっくりと動き出す。

 

 無駄に命を散らされたサボテンだけが恨めしそうに、去りゆく蒸気機関車を見つめていた。

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