狙撃兵と商人の終末旅行   作:カズヤミサワP

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調査と不死者 上

 雨が降っていた。

 

 午後三時だというのに黒雲が空を覆い、まるで日食のような薄暗さだった。視界が悪い上に、雨が叩きつける音と時折鳴る雷が周囲の音を掻き消している。今、ミュータントや賊にでも襲われたらひとたまりもないだろう、とシュウは思う。傭兵としての仕事をするには最悪のコンディションだった。

 

 荒野を一台の軍用トラックが疾走する。それは大戦以前に作られた軍用トラックで、周りに防弾パネルがベタベタと貼り付けられている。勢いよく排気ガスを吹き出し、泥を跳ね上げながら真っ直ぐに目的地へと向かっている。

 

 幌のついたトラックの荷台にはシュウとカティを含めた二十人程の人間が座っていた。腕が四本ある大柄の人造人間から、カティのような一般人まで、様々な種類の人たちが荷台で窮屈そうに座っている。だがいずれの人たちも銃や剣で武装していた。

 

 突然、サイレンが車内に鳴り響く。四本腕の大柄人造人間が立ち上がってサイレンを止めると、座っている人々にに向かって怒鳴りつける。

 

「汚染区域だ。人間たちは抗汚染剤を打て。人造人間はそのままでいい」

 

 男がシュウを指さしながらそう言うと、周りの人々が慌てて薬剤の入った注射器を取り出し、それらを自分の腕や足に突き刺す。

 

「ねぇ、シュウ。ほんとにコレを刺さなきゃだめなの?」

 

 カティが青い顔しながら、ケースに入った薬剤の入り使い捨て注射器を指差す。ケースには五本の注射器が入っていた。服や装備の上からでも打てるゴツい注射針なので、通常の注射に比べて遥かに痛そうだ。山奥で暮らしていたカティには、注射という概念すらなく、未知の領域だ。自分の身体に針を刺して薬を入れるなんて信じられない、といった表情で注射器と睨めっこをしていた。ちなみシュウは人造人間なので汚染に抗体があるため、注射を打つ必要がなかった。

 

「その注射を打たないと、汚染区域に入ったら一時間もしないうちに死ぬぞ」

 

「うぇ。私無理。シュウがやって頂戴」

 

 そう言って注射器をシュウに渡す。カティは腕まくりをして、目を瞑る。そして「ウリ坊にどつかれた時よりマシ、ウリ坊にどつかれた時よりマシ」と呪文のように小声でぼそぼそ言いながらその時を待つ。

 

「んじゃ打つぞ」

 

「初めてだからやさしくし痛い!?」

 

 躊躇わずに即効で突き刺すシュウ。心の準備が出来てなかったカティはこの不意打ちに悲鳴を上げる。

 

「まだ刺しただけだ」

 

「刺しただけっていだだ!?」

 

 薬剤を注入する。注射というものは針を刺す時より、薬を入れてるときの方が痛かったりする。初めての痛みにも関わらず、それでも逃げないで山の民の意地を見せたカティ。シュウは「おお」と感嘆の声を上げる。 

 

「終わった?」

 

「ああ」

 

 恐る恐る目を開けるカティ。若干目元に涙が滲んでいる。

 

「耐えた……『ちゅーしゃ』に耐えたよ」

 

「お疲れ。効果は四、五時間しか持たないから四時間ごとに注射だぞ」

 

 四時間ごとに注射。この言葉を認識したカティは荷台の隅で膝を抱えて項垂れた。

 

 目的地までは、あと三時間ほど。

 

 

 

 

 話は少し戻る。

 

 とある町の一画にある広場。シュウとカティは廃材で造られたベンチに座っていた。カティは緊張した様子で辺りを見回している。

 

「なんかこの町妙にピリピリしてるね」

 

「大汚染区域の近くの町だからな。一攫千金を夢見る傭兵やテクノロジーハンターみたいな荒くれ者が多いから仕方がない」

 

 町をうろつく者。露店で暇そうにしている者。路地で座り込んでいる者。治安が悪いのか、いずれも銃火器や剣などで武装していた。カティが緊張でゴクリと唾液を飲み込む。

 

「傭兵はわかるけど『てくのろじーハンター』ってなに?」

 

「今では再現できない昔の超技術を掘り出して売る連中だ。略してテックハンターとも言う。下手にバレたら俺も商品として店頭に並ぶことになる」

 

「やばいじゃんそれ」

 

「やばいぞ。一人で旅してた頃に何回も襲撃された。まあ全員返り討ちにしたが」

 

 シュウが平然とした表情で言う。カティはドン引きする。

 

「そうだ。カティ用の拳銃を買おう。俺が金を払うから」

 

 シュウがふと思いついたことを言う。カティは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「拳銃買うのはいいけど自分で払うよ? 交易してるからお金もあるし」

 

「あーあれだ。旅の記念ってことで」

 

「そんなのいいって。自分で買うって」

 

「いやいや俺が買う。子どもに払わせるつもりはない」

 

「なにそれ子ども扱い? ムカつくんだけど」

 

 言い争いが始まる。周りからは若い夫婦か仲の良い兄妹の喧嘩にでも見えたのか、微笑ましい視線やら嫉妬の視線やらを感じる。そんな人々をお構いなしに二人の言い争いはヒートアップしていく。カティが身を乗り出して言う。

 

「だーかーらー! 私が稼いだお金を使っていいってば!」

 

「駄目だ。自分で稼いだ金は自分の日用品や交易品を買うために取っとけ」

 

「銃も日用品のようなもんでしょ! 宿代だって全部シュウが払ってるじゃん!」

 

 二人は金の使い方についての口論をしていた。口論の原因となっているのは、『普段からシュウが金を払う機会が多い。私にも負担をさせろ』というカティの主張である。シュウとしては成人もしてない少女に余計な金を払わせたくない、という数百年前の思想で言っているのだが、カティはそれが不満なようだ。

 

「そりゃ、『仕事』をやれば直ぐに金は貯まるからな」

 

「私と一緒に旅を始めてから、私を気にして『そーゆう仕事』一回もしてないじゃん!」

 

 シュウの収入源は傭兵としての仕事やミュータント駆除などの『戦う事』だ。それゆえ以前までは危険な地域に好んで近づいていたが、カティが同行者になってからは安全のためにむしろ避けるようになった。結果、収入が減りシュウの生活の質が下がった責任は自分にあるとカティは思ったのだろう。

 

 シュウはカティの目を見て「いいかカティよく聞け」と前置きを置く。

 

「俺はお前との旅を楽しんでいる。自分が枷になっているなんて思うな」

 

「シュウがお金の遠慮をやめてくれたらそう考えるのをやめる」

 

 これは絶対に引く気がないな。

 

 シュウが根負けした風に頭を振る。

 

「わかった。俺の負けだ」

 

「それでいいんだよ!」

 

 カティがはつらつとした笑みを浮かべる。

 

「頑固な奴だ」

 

「山の民は我慢強いからね」

 

「そうか」

 

 口論は一段落した。シュウとカティは立ち上がって銃器を露店の前に移動する。胡散臭い親父が「へいらっしゃい」と言う。見たところ綺麗に磨かれたな銃器が並んでいた。しかし銃器は綺麗かどうかじゃない。撃てるかどうかだ。

 

「手にとっても?」

 

「へいどうぞ」

 

 シュウがカティにちょうどよさそうな小型の自動拳銃を手に取る。慣れた手つきで分解を始めた。十秒も掛からずにバラバラに分解して銃身の中を覗き込む。

 

「銃身が歪んでいる。駄目だ」

 

 その銃を組み立て直して元あった場所に戻す。次は中型の自動拳銃を手に取り分解する。その様子を見て店主は冷や汗を流す。

 

「撃針が折れている。問題外」

 

 また組み立て元の場所に戻す。次から次へと分解、ダメ出し、組み立てしていく様子に、カティと店主は不安そうな顔を浮かべている。

 

「バネが錆びている。駄――」

 

「わかりました! こちらのリボルバーはどうでしょう!?」

 

 店主がこれ以上商品の査定をされてはたまらないといった様子で回転式拳銃を一丁差し出す。

 

「三十八口径のリボルバーか」

 

 シュウはシリンダーを開き、空の薬室を確認する。撃鉄をゆっくり起こし、引き金を引く。金属音とともに撃針が前進する。少なくとも機構は死んでいない。

 

「そっちの嬢ちゃんが使うならそのぐらいの拳銃がピッタリですぜ」

 

「ふむ」

 

 シュウはシリンダーを回転させる。どうやらかみ合わせも悪くないみたいだ。

 

「私はよくわからないからシュウに任せるよ」

 

「悪くない。本当は試し打ちしたいが」

 

「露店なので試射場はありませんぜ」

 

 シュウは少し考える。自動拳銃に比べて回転式拳銃の方が頑丈で故障しづらい。シリンダー・ギャップからの発射ガス漏れさえ教えれば子どもでも扱える。

 

「わかった。これにしよう」

 

「へい! まいどあり!」

 

「じゃあ私が払うね」

 

「ああ」

 

 カティが財布を出す。子どもに払わせるのか、という視線を店主がシュウに向けるがあえて無視した。粗悪品の銃の口止め料なのか、買った拳銃の値段は安かった。

 

 本人が払うと言ったんだからしょうがない。

 

 

 

 

「これからどうするの?」

 

 カティが尋ねる。シュウは、広場の中心を指差した。カティは指差された方を見る。そこには大きな掲示板のようなものが在り、その掲示板を取り囲むかのように人だかりが出来ていた。カティは「なにあれ」と聞く。

 

「あれは旅人や傭兵のような根無し草たちに対する仕事の募集を掲示してある掲示板だ」

 

「そんなのがあるんだ」

 

 カティが感心した様子で言う。

 

「大きい町なら何処にでもあるぞ」

 

「じゃあうちの麓の町は小さいんだね」

 

「もっとも、そんな奴らに募集する仕事なんて荒事ばっかりだけどな」

 

「掲示板の周りだけマッチョで怖そうな人たちばっかりだもんね」

 

 うんうんと頷くカティ。シュウも掲示板を見るために立ち上がる。カティに「ここで待ってろ」と言うとシュウは荒くれ者の男たちの中に入っていった。道を切り開くようにチョップを繰り出しながら、するすると人混みの中をかき分けていく。

 

「やっぱ荒事ばっかりだな」

 

 掲示板の前に辿り着いたシュウが呟く。掲示板にはたくさんの求人が貼ってあったが、八割ほどがミュータント退治や、テクノロジーハントなどの荒事だった。それ以外にも薬草の調達や下水道の掃除などの普通の仕事もあったが、これらは報酬が安かった。拘束期間が短く、尚且つ高報酬の仕事を望むシュウにとってはいまいち魅力がない求人である。

 

 眺めていると一際異色な求人を発見する。複数人募集しているのか、その求人だけ紙が束で置いてあった。危険度は高いが拘束期間が短く、報酬が高い。周りの男たちもこの仕事に目をつけたようで詳細が書かれた紙を持っていく。シュウもなくならないうちにそれを取ると、筋骨隆々の男たちを再び掻き分けてカティの下へ戻る。

 

「おかえり。いい仕事あった?」

 

「ああ。面白そうなのが一つあった」

 

 持って来た紙をカティに見せる。カティはそれを受け取ると難しい表情をする。

 

「ひっきたい読めない。読んで」

 

 シュウは苦笑してカティから紙を受け取る。ゴホンと咳払いをして求人の内容を読み始める。

 

『私たちの商会が所有している土地にある高レベル汚染区域で、現存する旧文明の施設を発見しました。調査をするために腕に自信のある人たちを募集します』

 

『期間は約二十四時間、報酬は金貨十枚です。金貨以外で欲しい方には宝石でお支払致します』

 

『なお目的地は高レベル汚染区域のため、当商会が全員に抗汚染剤の支給をします』

 

『今日が締切なのでご注意下さい。興味のある方はぜひ我が商会にお越しください』

 

「だ、そうだ」

 

 一気に読み上げる。難しい言葉がいくつかあったのでカティは首を傾げている。

 

「つまり古い建物を調査をするってこと?」

 

「まあ、そんな感じだ」

 

「そんなので金貨十枚も貰えるの?」

 

「危険な仕事だってことが確定してるからな」

 

「なんでさ」

 

 シュウは紙を要所を指差す。高レベルの汚染云々が書いてあるところだ。

 

「その目的の場所は汚染されているんだ。この抗汚染剤ってのを使わないと」

 

「使わないと?」

 

「その場所にいるだけで一時間もしない内に体内のあらゆる細胞や器官が破壊される。そしてあちこちから血を垂れ流して死ぬ」

 

「こわっ!」

 

 カティはこの仕事の危険さを理解したようだ。「だからこんなに金貨もらえるのか」とボソボソ呟いている。

 

 シュウは背嚢を下ろすと荷物を必要な物と不必要な物に分けた。着替えの予備や寝袋などの不必要な荷物をシーツで包んでカティに差し出す。カティは何で私に渡すのか、といった表情でシュウを見る。

 

「仕事から帰ってくるまで預かっていてくれ」

 

「え? 私も行くんじゃないの?」

 

 二人の間に重大なすれ違いがあったようだ。お互い「何言ってんだコイツ」といった表情をする。

 

「俺一人で行くんだぞ」

 

「私も行くよ」

 

「駄目だ」

 

 シュウはカティに危険な仕事をして欲しくなかった。カティの両肩に手を置き、真剣な眼差しで言う。先ほどとは違い、圧力をかけての発言だった。カティがたじろぐ。

 

「こればっかりは駄目だ。宿屋で待ってろ」

 

「なんで! 自分の身ぐらい自分で守れるよ!」

 

「駄目だ」

 

 こればっかりはシュウでも認めることが出来なかった。死なせてしまったらあの世にいるカティの両親に合わせる顔がない。もっとも人造人間にあの世が存在するのかは不明だが。

 

「これは俺の仕事だ。俺が行く」

 

「絶対ついて行くもんね!」

 

「駄目だ」

 

 取り付く島もなく、有無を言わせない。普段と違うシュウの様子に怯えるカティ。

 

「じゃあ俺は行く。明日の夜ぐらいには戻るから」

 

「まってよ」

 

 そう言って踵を返すシュウ。すると突然カティが背中にしがみついてくる。

 

「カティ」

 

 引き剥がそうとするシュウ。しかし、カティが嗚咽を上げ、震えていることに気づく。

 

「もうひとりで待つのはいやだよ。おいていかないで」

 

 ボロボロと涙を流しながら懇願する。

 

 失敗した、とシュウは後悔する。

 

 数ヶ月前に父が助けを呼ぶために自分を残して麓の町に向かったことを、カティは思い出してしまったのだろう。すぐに帰ってくると言って帰って来なかった父のことを。それがシュウの姿と重なってしまったのだ。

 

 自分へのカティの依存心がここまで高いことは想定していなかった。配慮が足りなかったと、シュウは自分の人の心への理解力のなさに情けなくなる。それと同時に、自分を人間としては不完全に作った科学者たちに憎悪する。人の心さえもっと理解できていれば。

 

「おねがいだから……おいていかないで」

 

 どうするべきか。シュウは考える。現地で何が起こるか分からない以上、本当は付いてきて欲しくないし、これ以上自分への依存心の上昇も看過できない。しかし、このまま一人にしてもまた心を閉ざしてしまう。だったら実質選択肢は一つしかなかった。

 

「わかったよ」

 

 カティが顔を上げる。頬には涙の流れた後が残り、目は赤く充血していた。

 シュウはカティをやんわり引き剥がし、同じ目線の高さまで屈む。

 

「『向こうでは俺の傍を離れない。勝手な行動はしない。命を大切にする』これらを守れるなら俺に付いて来てもいい」

 

 カティの涙を拭う。

 

「守れるか?」

 

 カティは鼻を啜りながらコクコクと頷く。そこでようやくシュウが笑顔を見せる。といっても分かる人には分かる程度の笑みだが。

 

「ならいい」

 

 そう言うとシュウはカティの手を握り、引っ張る。小さな手だ。簡単に壊れてしまいそうなほどに。

 

「とりあえずいらない荷物は預けておかないといけないから、宿屋には行く必要がある」

 

「うん」

 

 シュウに手を引かれるカティが返事をする。手を繋ぐのが恥ずかしいのか、顔が少し赤くなっている。

 

「だから宿泊代を立て替えておいてくれ。カティ。あんなこと言ったがこの町で俺の持ってる帝国紙幣は価値がないみたいだ」

 

 シュウの自嘲した言い方にカティはキョトンとしたが、すぐに吹き出した。

 

「最後までしまらないね」

 

「まったくだ」

 

 二人は笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 雨は未だに止む気配がない。

 

 旧文明の巨大な施設の前に、一台の軍用トラックが止まる。荷台からは銃や剣を持った人たちが次々と下りてくる。どの顔も長時間の乗車で疲れきっていた。もちろんその中の顔にカティも含まれている。

 

「ぎもぢわるい」

 

「そりゃ、始めて乗った車が荒野を走る軍用トラックじゃあな」

 

 ふらつきながらシュウに寄り掛かるカティ。フードを被っているので表情は見えないが、相当具合が悪そうだった。頻りにウプッと口元を押さえている。それでも吐き出さないのは乙女の意地か。

 

「はい、みなさーん! 雨も強くなってきたんで中に入りますよー!」

 

 トラックの助手席から降りてきた、長い赤毛を後ろで結んでいる女性――シャーリーが興奮した様子で建物の中に入っていった。シャーリーの私兵たちは慌てて彼女を追いかけて行く。

 

 彼女はこの仕事の依頼主である商会の一人娘だ。周りの人間から引かれるほどの旧文明オタクであり、旧文明の考古学者も勤めている。調査するためならどんな危険地帯にも出向く、そのアクティブな行動力は、彼女の親や部下たちをとても困らせていた。

 

「クライアントの嬢ちゃんは元気だな」

 

 車内で皆に指示を出していた四本腕の大柄な壮年の人造人間――ハンスが呆れたように話す。

 

 ハンスは歩兵型人造人間だが統率能力と戦闘能力を買われ、この調査部隊の隊長に選ばれた。他のメンバーたちもベテランの風格と実績を持つ彼に従うことに異議はないようで、指示を受けて黙々と動いている。

 

「よしお前ら中に入るぞ。本来警護すべきの依頼主が一番最初に突入しちまったが、まあ、警戒だけはしとけ」

 

 そう言うとハンスは上の腕には短機関銃、下の腕にはベルト給弾の軽機関銃を持って建物の中に入っていった。シュウやカティを含める他の傭兵たちもハンスに続いて中に入る。

 

「ひろーい」

 

 カティが楽しそうに呟く。建物の中に入ると、そこは広いエントランスホールだった。明かりは外の光が僅かに入る程度で薄暗い。壁や地面のあちこちがひび割れや腐食で損傷していたが、建物の骨組み自体はとても頑丈な様で、まだ倒壊する心配はしなくてよさそうだった。

 

 部隊のメンバーたちが雨よけの外套やフードを取り、先行した依頼主に追いつこうと歩き始める。

 

「あれ?」

 

 ふと、カティが立ち止まって辺りをキョロキョロする。何をしているのだろう。シュウはカティの側に寄って問いかける。

 

「どうしたカティ」

 

「いや、なんか変な音が聞こえた気がして」

 

 カティが落ち着かない様子で話す。すると前を歩いていたハンスが振り返って笑みを浮かべる。

 

「そりゃ、こんなむさい男だらけの空間に場違いな娘がいたら、誰だって気になるだろうさ」

 

 カティが首を振る。

 

「いや声じゃなくて音」

 

「ほう、じゃあどんな音なんだ?」

 

 興味深そうに問いかける。そう言われるとカティは困ったような顔を浮かべる。少し悩んだ後、シンプルな言葉で返答する。

 

「なんだろ。薄い金属を叩くような音?」

 

「なんだそれ?」

 

「ん~……よくわかんないけどその音が動き回っているのはわかるよ」

 

 その発言を聞いた途端、ハンスが真顔になる。暫し考えた後、シュウの方を見て口を開く。

 

「おい、お嬢ちゃんの保護者」

 

「俺のことか」

 

 シュウが振り向いて答える。ハンスが頷く。

 

「そうだ。彼女は偵察型人造人間ってわけじゃないよな」

 

「まさか」

 

「だろうな」

 

「だが、目と耳は人造人間の俺より良い」

 

「……人造人間よりか」

 

 ハンスが腕を組んで「ふむ」と考える。カティの耳を信じて警戒度をあげるか、気のせいだと切り捨ててこのまま先に進むかを検討しているのだろう。暫し思案した後、頷く。

 

「よし、彼女の耳を信じよう」

 

 ハンスが振り返って他のメンバーに告げる。

 

「警戒レベルを上げる。連射の効く銃持ちは前を歩け。他の銃持ちは中央と後方を。剣などの近接武器の奴は前衛が突破されたときの対処だ。味方を常に視界に入れておけ。絶対に見失うな」

 

 素早く指示を送る。得物が狙撃銃のシュウと、拳銃のカティは後方に着いた。部隊が隊列を組む。

 

 シュウは何かを思い出したかのように「あ、そうだ」と呟くと腰の拳銃を取り出し、カティに差し出す。それはシュウの愛用している四十五口径の自動拳銃だった。カティは突然差し出された拳銃を見て驚いた顔をする。

 

「え、私コレあるよ?」

 

 そう言って両手持ちしている回転式拳銃を掲げる。

 

「念のためだ。その銃は五発しか入らないからな。保険だ」

 

「うーん。わかった」

 

 シュウは心配してくれているのだろう。カティは少し照れながら微笑んで頷く。

 

「あと変な男に絡まれたり襲われたりしたら容赦なく×××を吹き飛ばしてやれ」

 

「うん……うん?」

 

 シュウから差し出された拳銃をおずおずと受け取るカティ。ぎこちない手つきだが、扱い方はトラックの中で学んでいた。薬室に弾丸が装填されてないことを確認し、安全装置を掛けてベルトに差し込む。

 

「行くぞ」

 

 ハンスが号令する。施設内の探索が始まった。

 

 

 

 

 探索を始めて三十分。いくつかの部屋を捜索したが、何処の部屋も得体の知れない機械の残骸があるだけだった。そのうえどこにも窓がなく、電源が落ちているためにどこを見ても真っ暗だ。フラッシュライトやランタンなどを使ってはいるが、これでは敵対勢力が出てきても即座に対処はできないだろう。

 

 施設内の雰囲気的に、ここは何かの研究施設じゃないかとシュウは推測する。カティは見たことのない旧文明の施設に興味津々な様子で、あちこちを興味深そうに眺めていた。

 

 突如、耳をつんざくような高音が施設内に鳴り響いた。敵の攻撃か。シュウやハンスなどの歴戦の傭兵たちは一瞬で戦闘態勢に入るが、戦闘経験が浅い者やカティは露骨に動揺している。

 

 傭兵たちは全方位に銃を構えて、生き物の通れそうな全ての通路を警戒する。しかし、なかなか敵が姿を現す様子はない。全員が緊張した面持ちで周囲を見回している。

 

 しばらくすると何かを叩くような音と『あ~、あ~』と言う暢気な声が聞こえてきた。

 

『マイクテスマイクテス。皆さん聞こえますかー。すごいですよ、この施設電源が生きてます』

 

 施設内のスピーカーからシャーリーの楽しそうな声が聞こえてくる。

 

 どうやら先ほどの高音はマイクの電源を入れたときのハウリングが原因のようだ。緊張状態だった部隊が一気に弛緩する。全員銃口を下ろす。ハンスは自分勝手に行動する依頼主に対して舌打ちしている。カティは敵じゃないと分かってホッとしたが、どこから声が聞こえてくるのか分からなくて困惑しているようだ。

 

『施設内の非常灯つけますよー』

 

 シャーリーがそう言うと廊下の非常灯が点く。周囲の状況がよく見えるようになった。

 

「うわっ!?」

 

 最後尾を担当していた拳銃持ちの男が驚きの声を上げた。皆が振り返って男を見る。男は興奮している様子で、廊下奥を指差して頻りに叫ぶ。

 

「何かいた! 何かがいたぞ!」

 

 シュウは男のもとに駆け寄り、狙撃銃を構えて廊下奥を睨む。誰もいない。

 安全を確認すると銃口を下ろして男の方を見た。目を大きく見開いて動揺している。

 

「先に行った連中の誰かじゃないのか?」

 

 ハンスが尋ねる。すると男は首を振って答える。

 

「『誰か』じゃない! 『何か』だ! 全身真っ白の『何か』だ!」

 

 男が答える。ハンスは男の肩を叩き「おちつけ」と言う。そしてカティの方を見る。

 

「なにか音は聞こえたか?」

 

「うん。裸足で歩いているみたいな音が今までずっとあった。付いてくるだけで害はなさそうだから無視してたけど」

 

 カティは申し訳なさそうに言う。ハンスは「そうか」と答えると先頭に戻り、探索を再開する。

 

 随分と信用されているな。シュウはハンスとカティのやり取りを見てそう思う。

 

 ハンスがカティを見る目には妙に優しかった。人造人間なのに娘でもいるのだろうか、とシュウはぼんやり考える。

 

 まあ信用されているなら問題はないだろう、とシュウは一人納得する。

 

 その後も警戒と探索を続け、また二十分ほど施設内を探索した後、中央制御室と書かれた部屋に出た。中にはシャーリーとその私兵たちが弛緩しきった態度でのんびりと寛いでいる。シャーリーは部屋に入ってきたハンスたちを見るなり、慌てて駆け寄ってきて勢いよく頭を下げる。

 

「すみません! つい興奮して先行してしまいました!」

 

 単独で行動したことを申し訳なさそうに謝るシャーリー。ハンスは憮然とした顔で「次から気をつけてくれ」と言う。怒りは収まったがコレっきりにして欲しい。そんな顔だった。

 

 その怒りは当然だとシュウは思う。本来共に行動すべき依頼主が勝手に動き回ってしまっては、守るに守れない。例え依頼主じゃなかったとしても個人行動は部隊全員に死を招く恐れがある。私兵を連れていたとしても、万が一はあるのだ。

 

 謝罪を終えたシャーリーはテーブルに戻り、何かを拾い上げる。それはクリップボードに挟まれた一枚のレポート用紙だった。それをテーブルの上を滑らせてこちらに寄越す。ハンスの目の前で止まった。

 

「情報端末の情報はほとんど消されていました。ですが、紙媒体の情報は消し忘れたようですね」

 

 シャーリーがにやりと笑う。

 

「どうやらこの施設は『不老不死を研究していた、非合法の研究施設』のようです」

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