爆発音を聞き遂げたハンスは、静かに祈りの言葉を上げる。
「シュ……ウ」
カティは糸が切れた人形の様にぐったりし、呆然としている。目は虚ろで、もはや歩く気力すら無い。ハンスの右腕に黙って担がれている。まるで死人のようだった。今のカティには何を言っても無駄だろう。
入り組んだ道を迷いながら歩くハンス。ミュータントからあちこち逃げ回ったせいで、まったく知らない場所に来てしまっていた。時間だけが過ぎていく。ハンスの顔に焦りが浮かんできたその時。
「ハンスさん、こっちです」
何処かの部屋の中からシャーリーが手を振っている。「生きてたか」と呟くとハンスは向きを変えて『保管庫』と書かれた部屋に入った。シャーリーが金属製の重い扉を閉める。
「ハンスさんご無事でなによりです」
「ああ、お前も無事でよかった」
シャーリーが安心した表情で言う。ハンスはカティを壁際にそっと座らせると周りを見る。部屋の中にはハンス、カティ、シャーリーを含めて六人しかいなかった。残りの三人はシャーリーの私兵だけである。
「何人やられた?」
「ハンスさんとはぐれた時にこっちは十二人程いました。ですが、この部屋に辿り着いたのは私と私の部下の合わせて四人だけです。残りの人たちは……」
「いや、言わなくていい。こっちも五人やられた」
疲れた顔でハンスが言う。床に座り込み、ため息をつく。
胸元から懐中時計を取り出すと時間を確認する。もうすぐ夜の十時になろうとしていた。この施設は中庭と入り口以外に殆ど窓がないという異様な設計の建物である為、時間がいまいち把握し辛い。窓がないせいで、窓から外に脱出するという手段が取れないのも非常にもどかしい。
何もしないまま、出来ないままの時間が過ぎた。
このまま何もしないわけにもいかない。ハンスが重い腰を上げ、立ち上がる。身体の疲れは取れたが長時間座っていた為、筋肉が固まり始めていた。運動がてら保管庫の中を見て回る。
かなり広い部屋だった。木箱が積んである棚が等間隔に百メートルほど続いている。木箱の中身はよく分からない機械や道具、薬品ばかりだった。こんなでかい施設なら飲料や保存食、または武器があるかもしれない、と考えたハンスは箱に書かれたラベルを次々と調べていく。
薬品、薬品、薬品、薬品。
「クソだな」
木箱を蹴っ飛ばす。中身の部品が勢いよく飛び散った。頭をバリバリと掻き毟り、座り込む。
「最後の晩餐すら抜きか」
ハンスが呟いたその時だった。
保管庫の金属扉を叩く音が聞こえた。全員がびくりと反応して、思わず後ずさる。ハンスはカティを引っ張って自分の後ろに隠す。相変わらず無反応だった。
『ハンスさんが大きな音を出すから!』
『すまん』
シャーリーが泣きそうな顔をして小声で喋る。
ハンスたちは扉に銃を向けて待ち構える。扉を破ってくることを想定して扉の真正面には立たない。
ドアノブが動いた。扉がゆっくりと開く。
「ドアノブ使うのかよ!」
ハンスと私兵たちが扉を押さえつけて閉めようとする。すると閉められないように向こう側から扉の間にブーツが差し込まれた。ハンスは思わずその足を撃ってしまいそうになるが、ミュータントがブーツなんか履いていないことを思い出す。
「待て! ストップ! 味方だ!」
ハンスは扉を押し続ける私兵たちを止めた。ゆっくりと扉が開く。
そこには足を引きずりながらゆっくりと部屋に入る、一人の青年がいた。身体と服はあちこち傷だらけのボロボロで、非常に疲れたという表情をしている青年は、背負っていた背嚢を下ろすと口を開く。
「……よう」
保管庫に現れた男、それは先ほど自爆したはずのシュウだった。
「……シュウ?」
カティが信じられないものを見たという顔でシュウを見る。ボロボロの姿をしていたシュウは静かに微笑み、話しかける。
「ただいま。カティ」
「シュウ!」
カティがシュウに飛びついて抱きつく。事前に受け止める準備をしていたシュウは、バランスを崩すことなく受け止めた。泣きじゃくるカティを「すまない」と優しく撫でる。カティは無茶をしたシュウに怒りをぶつけながら泣く。シュウはそんなカティに対して「ああ、すまない」と只々謝ることしかできない。
ハンスやシャーリーは何故シュウが生きているのか尋ねたい様子だったが、この現状で二人を引き剥がして尋ねるほど空気の読めないハンスやシャーリーではなかった。
どれほど泣いただろうか。気づけば十分ほどが過ぎていた。
ようやく泣き止んだカティは疲れ果てたのか、シュウの膝の上に座り眠る。シュウはそれを起こさないように、自分が何故助かったのかを静かに語り始めた。シュウが一時間ほど前の記憶を思い出す。
♢
「間抜け」
シュウが手に持っている手榴弾の安全レバーが弾け飛ぶ。これで奴はミンチになる。どうせ再生するだろうが、爆発で飛び散れば流石に再生に時間が掛かるはずだ。手榴弾の爆発に自分が耐えられるかどうかは賭けである。
ミュータントは悲鳴のような声を上げると、シュウの持っていた手榴弾を弾き飛ばした。
「まじか」
シュウの手から離れた手榴弾は壁にぶつかり、そのまま近くに落ちる。ミュータントの後ろ五メートル程の所だ。まだ充分、殺傷有効範囲内だ。シュウが倒れたまま安堵する。
するとミュータントはシュウを無視して逃げ出そうとした。どうやらこいつには手榴弾がどういうものか理解しているようだった。咄嗟にミュータントにしがみつく。
冗談じゃない。これじゃあ俺だけ怪我損だ。
ミュータントはしがみつくシュウを引き剥がそうと必死にもがく。なまじ腕が長い分、懐に潜られると対処ができないようだ。シュウは腰のベルトからナイフを引き抜くとミュータントの足に突き刺し、捻る。ミュータントが悲鳴を上げた。これで逃げられないだろう。
「じゃあな」
手榴弾が爆発する。凄まじい轟音と、爆風が全身に感じられた。飛び散った瓦礫の破片が身体のあちこちに突き刺さるのが分かる。
その時、突然身体に浮遊感を感じた。死んであの世に行くときの感覚か、とシュウは錯覚する。いや、そもそも人造人間である自分はあの世に行けるのだろうか、などと場違いな考えが頭をよぎる。
しかしそれは違った。年月が経過した建物の床は劣化していたのだ。爆発の衝撃でコンクリートが砕け、鉄骨は曲がり、床が崩落する。ミュータントとシュウはなすすべなくそのまま地下へと落ちて行く。そして地面に叩きつけられた。
全身の動きが鈍い。シュウは思う。
どうやらまだ死んではいないようだ。シュウは爆発の埃と煙にむせながら周りを見る。自分の身体の半分以上が瓦礫に埋まっていた。足を動かしてみる。反応した。どうやらまだ足はちゃんと存在するようだ。
シュウは瓦礫を動かそうと、左腕を動かす。
「おや?」
左腕が動かない。瓦礫の下に埋まっているようだが、感覚がない。これは壊れたかなとシュウは先に埋まった右手を無理やり引っ張り出す。右手は瓦礫に打ちつけただけで無事だった。よかった。シュウは身体に乗った瓦礫の破片をどかしていく。
シュウが完全に瓦礫から抜け出した頃には数分が経過していた。シュウは自分の全身をチェックする。身体はミュータントと防弾服のおかげでほぼ無傷だった。右腕は無傷。足は金属片が刺さっていたが、歩けないほどではない。一番酷いのは左腕だ。
「酷いな」
錆びた鉄筋や金属片が何本も突き刺さっていた。人工皮や人工肉が抉れて強化金属の骨がはみ出している。これは回路にまで傷が達したかと思ったが、幸運なことにそこまでは達していなかった。これなら簡単な修理で一応は動く。
その場に座り込むと道具を取り出し、破片をペンチで強引に引き抜く。破片は比較的簡単に抜けたが、大変なのは鉄筋だった。腕に貫通した状態でひん曲がっていた。安全のために時間をかけてゆっくりと引き抜いていく。
「よし」
引き抜いた最後の鉄筋を放り投げる。カランと音を立てて転がっていく。
応急処置を終えたシュウは辺りを見回す。ミュータントの姿は見えなかった。とっくに再生して何処かへ行ったのか、それともまだ埋まっているのかシュウには分からなかったが、二人が逃げる時間は充分に稼げたので上々だろう。
シュウはふらつきながら階段を探す。地下にまで落ちてしまったので一階に戻る必要があった。
長く分かり辛い廊下を歩く。シャーリーが明かりをつけてくれたおかげで大分見やすかったが、それでも壊れている非常灯のほうが多かった。目と感覚を頼りに先へ進む。途中、食料庫と書かれた部屋を見つけたが、カティのことを考えるとどうにも興味が湧かなかった。黙って通り過ぎる。
昔のシュウだったら味方が死んでいようがお構い無しに食料庫に一直線だったろう。そのことを自覚しているシュウは自分の思考の変化に戸惑う。自分がここまで人間を優先したことが不思議だった。
「人造人間に感情が? 馬鹿馬鹿しい」
思考を止める。狙撃銃を捨て、拳銃をカティに預けたことによってシュウは無防備だった。ナイフを一応準備しておくかと思ったが、ミュータントの足に突き刺してそのまんまだということに気がついた。仕方なく調理用のナイフを右手に持つ。
迷いながらも歩き続け、曲がり角に差し掛かった所で部屋名が書いていない謎の部屋を見つけた。先を急がなければいけないのだが、どうにもその部屋が気になる。
中に入ろうと近づく。それはパスワード式の電子ロックが掛かった扉だった。適当に打ってみたが当たる筈がなく、無常にも『ピー』という電子音とエラーという文字が延々と表示されるだけである。
「クソ」
八つ当たり気味に電子版を叩きつけてその場を去ろうとする。しかし、『ピコン』という音が鳴ったことに気づき、振り返る。まさかなと思いつつも表示を見たらオープンと書かれていた。
「これだから機械は」
部屋に入る。そこは研究員の私室らしいところだった。埃をかぶったベッドやテーブル、棚などが並んでいる。テーブルの上には沢山のレポートが落ちていた。それを一枚拾って読んでみる。何かの実験結果を簡単にまとめたものだった。
『実験結果』
『投薬実験をした結果、A-11が不老不死化に成功。身体を損傷してもすぐに再生を始めるようになった。しかし副作用か、A-11は眠りから覚めなくなった』
『更なる実験の結果、A-11の細胞を体内に取り入れれば他も同様に不老不死化するということが分かった。よってこれからはAのグループを重点的に実験の対象とする。他の被検体は要処分』
「胸糞悪いな」
レポートを見てシュウは嫌そうな顔をする。しかしこれは重要な情報かもしれないとシュウは思い、それを背嚢にしまうと他のレポートも目を通す。
『実験は成功』
『A-11の細胞の元、副作用を出さずに不老不死者の量産に成功した』
『しかし、不老不死者となった被験者たちが反抗を始めたので大至急、不老不死の効果を打ち消す薬の製造が必要。それまでは彼らを隔離する』
薬が効くならそれは不老不死ではないだろう、とシュウは心のなかで失笑する。実験詳細が書かれた難しそうなレポートは省き、自分が読める最後のレポートを見る。
『実験結果』
『不老不死を打ち消す薬の製造に成功』
『反抗した被験者を処分』
『これから反抗が起きた時の為、実験室にはその薬を常備するように。A-11には間違っても投与しないように』
全てのレポートを読み終えたシュウはそれを背嚢にしまう。シャーリーが生きているならもっと詳しくわかるかもしれない。
「薬があれば、奴を殺せる」
そう呟くと、シュウは部屋を出る。大至急、皆にこれを教える必要があった。
♢
「そんなこんなで迷いつつもここまで来たわけだ」
シュウが話し終えると、ハンスは腕を組んで考え込む。レポートを見たシャーリーは興奮した様子でシュウに話す。顔が近い。シュウが仰け反る。
「不老不死化に成功していたわけですね! じゃあ、あのミュータントがそのA-11って奴でしょうか?」
「わからないが、眠りから覚めたっていう可能性もあるな」
シュウが答える。何故不死者がミュータント化しているのかは分からないが、あのミュータントがこの実験に関わっているのは間違いないだろう。シュウは確信を持つ。
「薬さえあれば奴を殺せるんだな?」
考え込んでいたハンスが尋ねる。その瞳は復讐に燃えていた。死んだ傭兵たちの敵討ちをしたいのだろう。
シュウが頷くとハンスは「そうか」と言って短機関銃の整備を始める。どうやら軽機関銃は破棄したようだ。まだ実験室に薬が残っている保証はないが、このまま閉じ篭っていたり、倒す手段のないままトラックに戻るよりはマシだろう。
「そういえば、どうしてここに私たちがいるのが分かったんですか?」
「ああ、それか」
シュウが眠っているカティのベルトから拳銃を取り出す。拳銃のグリップの部分を慣れた手つきで分解すると、中には数センチぐらいの大きさのチップが入っていた。そのチップをシャーリーに見せる。
「半永久電池搭載の発信機だ。まあ、半径五百メートルぐらいしか効果がないが」
「おおっ!? なんと珍しいものを!」
シュウの手から発信機を奪い取るシャーリー。見た目にそぐわない、目にも留まらぬ早業にシュウが驚く。シャーリーは楽しそうに発信機を眺めている。
「何でこんなものを拳銃に入れてたんですか?」
「盗難防止」
そう言ってシャーリーから取り返す。このまま持たせていたら分解を始めそうな勢いだった。シャーリーはもっと調べてみたいといった表情をしていたが無視した。
部屋の中は再び静けさに包まれる。
ハンスは壁にもたれたまま懐中時計を確認すると、大きく息を吐いた。
「……十分休んだな」
立ち上がったハンスが部屋の中央に置かれたテーブルを軽く叩く。
「全員集まれ。作戦を説明する」
休憩を終えたハンスたちがテーブルに集まる。全員覚悟を決めた顔だった。ハンスが一枚の地図をテーブルに置く。シュウは訝しげに尋ねる。
「これは?」
「この施設の地図だ。シャーリーが見つけたらしい」
「もっと早く見つけられれば犠牲者を減らせたんですけどね」
シャーリーが悲しそうな表情で言う。
「まあいいさ。で、問題はここだ」
ハンスが指を指す。実験室と書かれた場所は別の棟だった。しかも一本しかない長い廊下を渡らなくてはいけない。逃げ道がなく、敵が奇襲するには絶好の位置だ。
「もし奴が薬を取られたくないと考える程の知能が残っているなら、この廊下で攻撃してくるだろう」
「地図あるならトラックに戻ればいいんじゃないの?」
カティが尋ねる。
「逃げ切れたとしても、そのままにしたらまた誰かが犠牲になる。だから殺さねばならん」
「あんなやつが町について来たら大惨事だ」
ハンスとシュウが言う。シャーリーが質問する。
「もう既に薬を破棄しているということはないですか?」
「いや、ないな」
ハンスは首を横に振って断言する。やけに自信満々に言うハンスにカティが尋ねる。
「なんで?」
「勘というか経験だな。俺もほぼ不老不死みたいなもんだが、もし死ぬ手段があるとしたら残しておく。不死のミュータントになって一生一人で生き続けるなんて俺にはできない」
「結局は勘ですか。まあ確かに私も不老不死は嫌ですね」
シャーリーとカティも頷く。普通の人間ならば誰だって一生生き続けるのは嫌だろう。親しいものが死んでいくのに自分は死ねないのはとてつもない苦痛だ。
「そうか?」
修理できる故に、ほぼ不老不死のようなものである人造人間のシュウだけがいまいち理解出来ていない様子だった。
「うん。嫌だよ」
「そうなのか」
シュウが考え込む。ならばあのミュータントは何故不老不死のままでいるのだろう。
「よし、行くぞ。全員覚悟を決めろ」
全員が表情を引き締める。
「とその前に三回目の注射の時間だ」
カティが悲痛の表情を浮かべた。
♢
「やつの音は聞こえるか?」
「ううん。ないよ」
シュウが尋ねるとカティが首を横に振って答える。シュウは「そうか」と呟くとカティの頭を撫でた。カティは少し気恥ずかしそうに照れている。ミュータントの奇襲を防ぐには、カティの聴覚だけが頼りだった。シュウは死体から拾った自動小銃を握りしめて警戒する。
「もうすぐ実験室だっていうのに全然出て来ないな」
「そうですね。まあ、その方が楽でいいですけど」
「まぁな」
ハンスとシャーリーが拍子抜けした、といった様子で話す。部屋を出てからしばらく経ったが、一向にミュータントは姿を見せない。ひょっとしたらもう諦めたのかもしれない、などと淡い期待が浮かんでくる。
「あった。実験室だ」
ハンスたちはミュータントに遭遇することなく実験室に辿り着いた。不完全燃焼なのか、全員いまいち嬉しそうではない。出たら出たで嫌なのだが、出てこないと逆に不気味である。
「じゃあ入りますか……ってここまで来てパスワード式ですか!」
シャーリーが焦った様子でパスワードを打つ。適当に打ってはみるが、やはり「エラー」と表示されるだけで扉は開かない。ハンスが前に出る。
「どけシャーリー」
そう言うとハンスは銃のストックで操作盤を叩き付けた。シャーリーは驚いて「何をやっているんですか!」と怒鳴る。操作盤がピコンという音を鳴らして扉が開いた。シャーリーは操作盤を見て目を見開く。
「開いたぞ」
「この施設のセキュリティってどうなっているんですか!」
「昔の機械は叩けば動くとよく聞いたな」
シャーリーが納得できないといった顔で愚痴る。そんな様子のシャーリーを放って置いて、一行は実験室内へと入る。ハンスたちは入ってすぐに違和感に気づいた。
「この部屋だけやけに綺麗だな」
「ですね。比較的最近に掃除された形跡があります」
ハンスとシャーリーが周りを見回しながら言う。実験室内にはまさに実験室と言う名に相応しく、沢山の人造人間や薬品が所狭しと置いてあった。ここで数々の人間たちが実験台にされたのだろう。
シュウが一際厳重に保管されている棚に近づく。中には薬剤の入った注射が一本だけ入っていた。それに手を伸ばす。
「シュウ! 上!」
カティが叫ぶ。シュウは咄嗟に後ろへバックステップした。上の換気口から下りてきたミュータントが爪を振り下ろす。身体を掠った。そのまま後ろに倒れる。
「シュウ!」
「平気だ。二度も喰らってたまるか」
シュウが薬に当たらないように自動小銃を撃つ。至近距離からの射撃により、ミュータントの左腕が飛んだ。ミュータントがよろめく。
「今だ! 撃て!」
ミュータントがよろめき、薬から射線が外れた事でハンスたちが射撃を開始する。ミュータントは左腕がない状態で素早く動き回る。私兵の一人が腹を切り裂かれた。だが分厚い防刃ベストを着ていたおかげで掠り傷のようだ。倒れながらも射撃を続けている。
銃の弾が切れたハンスが叫び声を上げてミュータントに飛び掛った。鋭いタックルを仕掛けられたミュータントは地面に押し倒される。他の私兵たちも、ハンスがミュータントに密接している以上、攻撃が出来ないので同じく飛び掛って押さえつけた。
「シュウさん! 薬を!」
ハッと我に返ったシュウは棚から薬を取り出し、注射器のキャップを外す。これが本当に不老不死を打ち消す薬かどうかは分からない。一か八かだった。急接近して倒れたミュータントの首筋に突き刺し、薬剤を注入する。
「やった! ……うおっ!?」
薬を注射されたミュータントが、押さえつけていたハンスたちを突き飛ばす。
薬が効かなかったのか。
無防備なシュウの前にミュータントが立ちはだかり、右手を振りかざす。
まずいな。シュウがそう思って衝撃に備えたその時。
五発の発砲音。自分の顔の横を、何かが風を切って飛んでいった。それはミュータントの胸に直撃して緑色の血を吹き出させた。
ミュータントが少し後ずさりしてその場に崩れ落ちた。傷が再生する様子はない。
カティは構えていた三十八口径回転式拳銃を下ろしてシュウの元へ駆けよる。
「こんな小型銃で仕留めるとは……助かった」
「ははは……どーいたしまして」
「だけど一発俺の後頭部に当たったんだが」
「嘘!? ごめん!」
「まあ拳銃弾一発くらいなら平気だ」
吹き飛ばされたハンスたちが起き上がる。倒れているミュータントを見ると、勝利の雄たけびを上げた。「仇は取ったぞ」とハンスが呟く。
「やるなカティちゃん!」
「流石美少女!」
皆が集まり、口々にカティを褒める。カティは照れた様子で顔を赤くさせている。
「皆さん! まだです!」
前回の教訓からミュータントを見続けていたシャーリーが叫ぶ。ハンスたちがミュータントの方をみると、奴は這いずったまま別の部屋へ入っていった。その部屋には実験準備室と書いてある。
「止めを刺そう」
ハンスたちが後を追って実験準備室に入る。するとそこは不思議な空間だった。
「なんだここは」
実験準備室には沢山の花が置かれていた。地面に敷き詰めるかのように、様々な色や種類の花が置かれている。恐らく中庭で栽培されていたものだろう。
部屋の中心には、カプセル型のベッドが一個、置いてあった。そのベッドを守って覆いかぶさるかの様に、ミュータントが息絶えている。
シュウが近づいてミュータントを調べる。やはり死んでいた。薬にはちゃんと効果があったのだ。
「これなんだろう」
カティがベッドを見ながら言う。ハンスはミュータントの死体をどけて、カプセル型ベッドの蓋を開ける。ブシューと音を出しつつ、蓋が開いた。中身が姿を現す。
「こいつがA-11か」
ハンスが呟く。ベッドの中には小さな女の子がいた。カティより小さい、一桁ぐらいの年齢の少女だ。すやすやと安らかな表情で眠っている。
「見てください。枕元に手紙があります」
シャーリーが言う。シュウはその手紙に手を伸ばす。『これを見つけた方へ』と書かれていた。
「どうする」
「読んでみましょう」
シャーリーが手紙をシュウから受け取り、開く。
『これを読んでいる方々へ。これを読んでいるということは、私を殺すことに成功したのでしょう。私はこの研究所に勤めていた科学者です。これを読んでいる今は、恐らく近くで死んでいるミュータントでしょうか』
『時間がないので端的に書きます。この研究所は不老不死について研究していました。私はその研究員の助手として勤めてきました。まあ、実際私の仕事は被験者の世話が主な仕事だったんですけどね』
『私たちは何人もの被験者を犠牲にして、研究を続けました。本当にこの研究が正しいことなのか常々疑問を感じていましたが、国の命令と言うことで研究を止めることは出来ませんでした』
『そんなある日、あの娘が被験者としてやってきました。私も最初は情を持たないように接していたのですが、あまりにも人懐っこい性格の彼女は、何度も私の心を癒し、慰めてくれました。そしていつの日か自分の娘の様に感じていました』
『しかし別れは突然に来てしまいました。博士が実験を成功させてしまったのです。その副作用で彼女はずっと目覚めないままの身体になってしまったのです』
『どんなに副作用を解く薬を作っても効果がありませんでした。苦しませたくないと不老不死を解く薬すら打ちましたが、オリジナルである彼女に対しては結局無意味でした』
『私は悲しみました。生きたまま、眠り続けたまま彼女が永遠に実験台にされ続けることも我慢できませんでした』
『そこからは見ての通りです。私は自らをミュータント化、そして彼女の血を取り入れ不老不死化することにしました。こんな研究を終わらせるためです』
『もし、自我が消滅したときの為、この手紙を残して起きます』
『お願いです。彼女を救って下さい』
読み終えたシュウは静かに手紙を少女の枕元に戻す。
ハンスたちは沈痛な面持ちで少女とミュータントを見る。
「あの必死さは娘を守るためだったのか」
ハンスが呟く。シャーリーは手紙の内容に涙ぐんでいる。
「どうするんだ、これから」
シュウがシャーリーに問いかける。シャーリーは目じりを拭う。
「今、彼女をここから連れ出しても利用されるだけでしょうね」
「ああ」
シュウが頷く。彼女の血や肉を食べるだけで不老不死化するなら、それを利用しようとする奴らも沢山出てくるだろうな、とシュウは思う。ならばどうするべきか。
「彼女を守るには、もう誰にも知られないことが一番です」
「なら私に出来ることは一つだけ。『めぼしいものなど何もなかった』この噂を広めて誰も入れないようにするだけです」
「それがいい」
シャーリーの発言にハンスが同意する。
「いつの日か、世界が旧文明のレベルに追いつくまで。彼女を目覚めさせることが出来るまで」
シャーリーが一呼吸、間を置く。
「それまで当商会がこの研究所を秘匿します。世界のためにも、彼女のためにも」
「そうしてくれ」
「うん」
シュウが言う。カティが頷く。
こころなしか、眠っている少女が微笑んだような気がした。きっと楽しい夢を見ているのだろう。
♢
雨が止み、晴れ間が見える。
早朝、一台のトラックが荒野を疾走していた。前日の雨でぬかるんだ泥を跳ね飛ばしながら、勇ましく走り抜ける。
荷台の中にはシュウ、カティ、ハンス含めて五人が座っている。シャーリーは助手席、私兵の一人がトラックの運転をしていた。荷台には十五個の死体袋が積まれている。ただの調査にしては多すぎる犠牲だった。
「やっと終わったな」
ハンスが言う。その顔は疲れと達成感と悲しみで複雑そうだ。
「ああ」
シュウが返事する。拾ってきた狙撃銃を分解して使えそうな部品を選んでいる。
「酔った……きもちわるい」
カティが顔を青くしてシュウに寄りかかる。シュウはカティの背中をさする。ハンスはそんな二人を見て苦笑する。
「お前らを見ていたら、娘に会いたくなった。久々に家へ帰るかな」
「人造人間なのに娘がいるのか」
「養子だがな。可愛い子だぞ」
「そうしたほうがいいよ。うぷっ」
「頼むから俺の上で吐かないでくれよ」
シュウとハンスが笑う。カティは二人を見て「わらうな~」と言って怒る。
トラックは黒いガスを吐き出し、町へと帰る。
生き残った者たちと、帰ることのできなかった者たちを乗せて。