「迷った」
ぬかるんだ地面に足を取られている青年が言った。
青年は泥から足を引っ張り出す。急いで他のところに足を置くとまた泥の中に足が沈む。苛々した様子で舌打ちをする。
「だからこっちの道はやめようっていったじゃん!」
青年に背負われている少女が怒った表情で言う。少女は青年の背中にしがみつき、そのさらに上から大きな背嚢を背負っていた。まるで甲羅干しのために上に重なり合う亀のような姿だ。
青年と少女は視界の悪い密林にいた。地面は泥でぬかるみ、上からは植物の蔓が垂れ下がっていて非常に進み辛い様子だ。青年が邪魔な蔓を鉈で切り払いながら進む。
「今更戻るのも面倒だ。突き進む」
「とりあえず私が歩ける泥の浅いところまで急いで」
青年が言う。少女は青年の頭をペシペシと叩いて急かす。
青年の足は太股の位置まで泥に沈んでいる。少女が普通に歩いたら腰の位置まで沈んで動けなくなることは容易に想像がついた。
「ああもう! 蚊が! うっとおしい!」
少女が発狂した様子で言う。片手を振り回して群がる蚊を叩き落す。常にジトジトとしている密林は蚊の温床である。うっとおしいだけでなく病気を媒介する蚊は、人類にとって天敵だ。
「虫除け代わりに換金用の煙草があるが」
「タバコの臭いは好きじゃないけど、この蚊柱よりマシだよ!」
少女が怒鳴る。青年は「仕方ない」と呟くと、通貨代わりによく使われている煙草に火をつけて口に咥えた。煙を吐き出す。多少蚊の攻撃が弱まったような気がする。気のせいかも知れないが。
「んもう……あれ」
少女が背後の音に気がついて振り返った。誰かがこっちに向かっている。
「後ろから誰か来るよ。シュウ」
シュウと呼ばれた青年は立ち止まり振り返る。訝しげな顔をしている。
「こんなジャングルを俺たち以外が? どんな馬鹿だ」
シュウが辛辣な言葉で吐き捨てる。少女は目を凝らしてその『馬鹿』を見る。
「女の人だよ。ものすごい勢いで走ってる。足場悪いのに」
「カティ。そいつは腕に腕章を巻いてるか?」
心当たりがあるようで、シュウが問いかける。カティと呼ばれた少女は頷いて返事をする。
「赤いの腕に巻いてるよ」
「分かった。恐らくそいつは『情報屋商会』の連中だろう」
「情報屋商会?」
なにそれ、という表情でカティが首を傾げる。シュウは走っている女に手を振ると、その女はシュウを見つけたのか手を振り返した。女がシュウたちの前で止まる。
「ど、どーも。じょ、情報屋、商会ですす」
「やっぱりか」
女が舌の回らない様子で喋る。数百年前の郵便屋みたいな服を着た女が帽子を取って挨拶をする。年齢はシュウの見た目と同じかそれより少し下くらいで、癖っ毛気味の黒髪を肩の辺りまで伸ばしている。大きな鞄をたすき掛けの要領で背負っていた。腰には古いリボルバー拳銃を差している。足先から腰にかけては走行用の外骨格を装着していた。
「あ、あれ。シュ、シュウさんじゃないですか」
女がシュウを見て驚く。二人には面識があるようだ。
「俺はシュシュウじゃないが。ようエリカ久しぶりだな」
「お、お久しぶりです。い、一年振りですね」
エリカと呼ばれた女がニヘラと笑みを浮かべて言う。目は長い前髪で微妙に隠れているが、口角が上がっているので辛うじて笑っているのが分かる。エリカはぎこちない笑顔を浮かべたまま話す。
「さ、最近戦場を回っても、見かけないので、死んでしまったのかと」
「最近傭兵家業は休業中さ」
「そ、そうだったんですか」
「ねぇ。待って。待って」
二人は楽しそうに談笑する。話についていけず、仲間外れにされているカティがムッとした様子で二人の会話を遮る。シュウの頭を叩く。
「シュウ。知り合い?」
「ああ、こいつはエリカ。情報屋商会の商会員で配達員だ」
シュウがそう言うとエリカがカティを見て頭を下げる。
「え、エリカです。え、え~っと……」
カティを見て挙動不審な様子を浮かべるエリカ。少し悩んだ後、シュウの顔を見て問いかける。
「シュ、シュウさんのお、お子さんですか?」
爆弾発言をする。その発言にカティが凍りつき、シュウが無表情で吹き出した。
♢
「そ、そうですか。旅の同行者で、ですか」
シュウが下手くそな笑みを浮かべながら説明をする。説明を受けたエリカが納得したという表情を浮かべた。只の同行者と知ってホッとした様子である。カティはハッと我に帰った。
「わたしとシュウそんなに歳離れてないからね!?」
「こんな見た目だけど多分二百は超えてるぞ。俺。正確に数えたことないが」
「嘘っ!? 二百!? え!? ええ!?」
カティが驚愕する。シュウは背負っているカティに親指を向けて言う。
「こいつはカティ。一緒に旅をしている」
「さらっと年齢のこと流したし……カティだよ」
ムスッとした表情で自己紹介するカティ。エリカはオドオドしながら返事をする。
「よ、よろしくおねがいします」
気があまり強くないエリカはカティの物言いに怯えている。何故か恐れられているカティは「やりづらいなあ」とシュウにだけ聞こえるように呟く。シュウが苦笑する。
「話を元に戻すが、エリカは『情報屋商会』という組織に所属している」
「だから、なにそれ」
急かすようにカティが尋ねる。シュウはゆっくりとカティに説明を始めた。
「まあ、分かりやすく言えば『国の情勢や物の相場、需要情報を売ったり、郵便物を届けたりする商会』のことだな」
「ふーん。そんな商会が……って」
端的に説明するシュウ。するとカティが複雑な表情を浮かべる。
「じゃあ私が商品や相場の情報仕入れるために走り回る必要なかったじゃん」
「そうだな」
「というかそんな商会あるなら教えてよ!」
「すまん」
カティがシュウの頭をペシペシと叩く。ダメージはなさそうだ。
「こ、今後は情報屋商会をご、ご贔屓に」
どもりながら言うエリカ。カティがそれを不自然そうに尋ねる。
「何か喋り方変じゃない?」
「情報屋商会の配達員は理由があって皆こんな感じだ」
シュウが答える。カティが「なんで」と言って追求する。シュウは「そうだな」と言うと、一言一言区切りながら説明する。
「情報屋商会は荷物や情報を急いで届けなきゃいけないわけだ」
「うん」
「それなら歩いてる暇なんかない」
「うん」
「だから走って届ける」
「うん」
「でも走ったら疲れる」
「うん」
ここまではカティでも理解できた。
「じゃあ、走っても疲れない身体にすればいい」
「うん……うん?」
説明の雲行きが怪しくなる。
「じゃあ走っても疲れない薬を打とう」
「待って」
「ついで食事も睡眠も薬で補ってしまおう」
「待って待って」
「その副作用がコレさ」
そう言ってシュウがエリカを指差した。指差されたエリカは「あ、あはは」と苦笑を浮かべている。カティが理解できないといった表情で口を開く。
「早死にするよ?」
「だ、大丈夫ですよ。さ、三ヶ月働いたら一ヶ月休めますのでで」
「その間、薬が抜けてグロッキー状態だけどな」
「きゅ、給料はいいんですよ。給料は」
「使う暇あるのか」
シュウが呟く。エリカは「うぐっ」と言うとうなだれる。
「ほ、本当は、私も引退したいんですが、お、お母さんが『お、おまえは陰気でモテないから、し、仕事先で結婚相手見つけてからやめろ』って」
エリカがボソボソと呟く。エリカが結婚のことを話題にしながら、顔を赤くしてシュウのことをチラチラと見ていることに気がついたカティは慌てて話をそらす。
「と、とりあえず仕事に戻ったら? 急いでるんでしょ?」
「そ、そうですね」
そう言うとエリカは帽子を被りなおす。軽く準備運動をした後「で、ではまた」と言って走り出した。泥に沈まず、足を取られないで走るエリカを見てカティが感嘆の声を上げる。
「さすが、走りのプロだね」
「そうだな……あ」
シュウが何かを思い出したように呟く。カティは「どうしたの?」と尋ねる。
「道を聞いておけば良かった」
「……今気づく?」
♢
ようやく泥地を抜け、まともな地面まで辿り着いたシュウとカティは、近くの岩に腰を下ろした。シュウは腰のベルトから水筒を取り出して飲んだ。水はすっかり温くなっている。カティは服をパタパタとさせて暑さを凌いでいる。シュウはカティに行儀悪いので「はしたないぞ」と注意する。
「お腹空いたね」
「ああ」
カティが気だるそうに言う。シュウは水で濡れた口を手の甲で拭って返事をする。
どのぐらい広いか分からないジャングルにいる以上、食料の無駄遣いは出来なかった。シュウは周りを見ながら言う。小さな小川が近くを流れていた。川幅が狭すぎて何かいても食べるのにあまり向かなそうな生き物ばかりだ。小魚はたくさんいたが指くらいのサイズしかない。毒々しい色のカエルやイモリなども見かけたが、食べたいとは思わなかった。数百年前ではカエルがよく食されていたらしい。昔の人間はよくわからない。
「ジャングルだから水は豊富だ。カティは煮沸消毒なしで飲んだら病気になるが」
「そうだね。人造人間は楽で羨ましいよ」
シュウが服をパタパタさせているカティを見てふと気づく。
「カティ」
「え? 何々?」
「自分のへその辺りを見てみろ」
シュウの言葉に従い、目を向ける。そこには黒いナメクジのような生き物、ヒルがくっついていた。カティの血の気が一気に引いていく。
「ギャア!?」
とっさに手で払おうとするカティだが、それをシュウが止める。
「待て。勢いよく剥がそうとするな。そう簡単に剥がれない上、下手に刺激したら胃の内容物が逆流して感染症を起こすかもしれん」
「じゃ、じゃあどうするの!?」
シュウは腕を組み考える。
「自然と離れるまで待つか、指で外すしかないな。俺もそこまで詳しくないんだ。噛まれないから。塩や火でやる方法もあるらしいが」
「いいから早くして!」
シュウはカティの前にしゃがみ込む。爪で皮膚を押し込み、ヒルの吸盤状である口の縁から空気を入れ爪を滑り込ませる。ようは吸盤なので空気の通り道さえできれば簡単に外れる。外れたヒルの口を片手で抑え、尻尾の方の吸盤も同じように外す。
「合ってるかわからん。数百年前の知識だ」
そう言いながらシュウはヒルを遠くに投げる。カティが安堵のため息を吐く。
「うわ……血が止まらない」
「ヒルの唾液には血を固まらせないようにする性質があるらしいからな」
シュウはカティの傷口に自分の水筒の水を惜しみなくかける。雑菌を洗い流す為だ。
「もーさっさとここから出たいよ……」
「まったくだ」
圧迫包帯をカティのお腹に巻き付ける。しばらく出血は止まらないだろう。定期的に包帯を交換する必要がある。処置が終わり、ようやく二人が一息つく。
「あー……余計にお腹すいた」
そう言いながらカティが空を見上げる。鬱蒼とした木々によって空は隠されていた。森中からよく分からない生き物の鳴き声が聞こえてくる。時折悲鳴のような鳴き声を上げる生き物に、カティは気分を悪くする。
「うるさっ――シュウ。動かないで」
カティが突然、シュウを制止する。シュウは何事かとカティを見る。
カティの手にはナイフが握られていた。腰につけている動物を解体する為のでかい奴だ。それを持ってゆっくりとシュウに近づく。シュウはぎょっとする。
「どうしたカティ。俺は食えないぞ」
「しっ」
そう言うとカティがシュウの後ろにいる何かを掴んだ。
「もう動いていいよ」
シュウがカティの掴んでいるものを見る。
鱗を持った長い胴体、口からチロチロ出している長い舌、カラフルな身体の色。
カティが首根っこを掴んで持っているのは大きな蛇だった。それをシュウの前にズイッと出す。シュウはそれを呆然と見ている。思わず呟く。
「カティは爬虫類平気なのか」
「うん」
蛇の首を掴んだままカティが頷く。蛇がカティの腕に巻き付こうとするが、上手く回避している。
「だって飼っても可愛いし、食べても美味しいし」
「可愛い?」
シュウが驚く。まさかカティの口からそのような言葉が出てくるとは思わなかった。
「普通の女の子は爬虫類系は嫌がるものと聞いたが」
「うん。村の女の子たちは嫌がってた」
そう言うとカティは蛇を岩の上に押さえつけ、祈りの言葉を呟くと蛇の頭にナイフを突きたてた。その後動かなくなった蛇の首を落とす。岩の上から転がり落ちる蛇の首。空ろな瞳でシュウのことを見ている。
「食べよ?」
血が滴り落ちる蛇の身体を持ったままカティが笑みを浮かべる。
なんという肉食系。シュウはカティの意外な一面を見たような気がした。
♢
転がり落ちた蛇の首を地面に埋めた後、カティは調理の準備に入る。
蛇の首を埋めるのは、誰かが間違ってそれを踏んだりしないようにする為だ。死んだ後でも毒を持っている蛇の牙は効果を発揮する。それを防ぐため地面に埋めるのだ。
「じゃあまず皮を剥がすよ」
そう言うとカティは蛇の首元に切り込みを入れる。切り込みを入れた皮は引っ張ることによってあっという間に剥がれた。ピンク色の肉と内臓が姿を現す。
「こいつは毒蛇か?」
「さあ?」
カティが首を傾げる。シュウは驚愕した表情を浮かべる。
「毒があるのかも分からないまま捕まえたのか?」
「噛まれなきゃへーきへーき」
意外とアグレッシブなカティに呆れるシュウ。
そういう間にカティは蛇の内臓を取り出す。取り出した内臓も蛇の頭と同じように地面に埋めた。内臓を置きっぱなしすると蝿がたかる上、血の匂いで動物が集まる。そうならない為にも、内臓は自然に還した方がいい。
「シュウ。水ちょーだい」
シュウから予備の水筒を受け取ったカティは蛇の肉を洗った。丁寧に血を洗い流し、肉に塩を揉み込む。
「後は焼くだけ!」
シンプルだな、とシュウが言う。
カティは肉の先端を木の枝に突き刺してぐるぐる巻きにする。ここまできてカティは火をつけ忘れたことに気づく。
「あ、シュウ。火つけて」
「はいはい」
事前に固形燃料を準備していたシュウが点火する。ジャングルは湿度が高く、落ちている枝や薪も湿っている。火を起こすには時間が掛かる。あまり時間をかけてもカティが文句を言うのでさっさと点火するものを選んだわけだ。
カティが木の枝に巻きつけた蛇を、固形燃料の近くに突き刺す。少しずつ肉が焼けて、いい匂いがしてきた。
「早く焼けないかな」
「腹を壊さないためにもうちょっと待て」
二人が火の近くでのんびりと待つ。そんな時だった。
「シュウ。何か変な音が聞こえない?」
カティが不審そうに呟く。シュウが耳を澄ませる。
「聞こえるな」
二人の前方からだ。ドーンという木々をなぎ倒すような音が響いている。
「こっちに来るね」
「ああ」
シュウとカティが自然と戦闘態勢になる。シュウは狙撃銃を構えた。カティは回転式拳銃を構える。
スコープを通して見る。先ほど別れたエリカがこちらに向かって走ってた。表情は分からないが、どうやら必死に走っているようだ。
「エリカだ」
「あの人だけじゃこんな音はでないよね」
向こうから走るエリカが、二人を見つけて叫ぶ。
「に、逃ーげーてー!」
必死の表情で走るエリカの後ろ。人間を一口で飲み込んでしまいそうな程大きい蛇が、エリカを追いかけていた。木々をなぎ倒して猛然と追いかける大蛇。それを見てシュウとカティの二人が固まる。どう見ても普通の蛇ではなく、ミュータント――突然変異体だった。汚染か何かであそこまで巨大化したのだろう。
「シュウ。あれ倒せる?」
「試してみる」
シュウが狙撃銃でヘビの眉間を撃つ。鱗が傾斜装甲になっているのか、多少の傷を残して銃弾は明後日の方向へ飛んでいく。
「無理だ」
シュウは即答する。大蛇自体は狙いやすいのだが、木々をなぎ倒しても無傷な状態でいる蛇の鱗では、銃弾をも跳ね返しそうだった。実際跳弾させた。
シュウが狙撃銃を肩に背負った。カティが丁度良く焼けた蛇の肉を紙に包んで仕舞う。
「逃げよう」
「うん。賛成」
そう言うと二人はエリカと同じように走り出した。
♢
「し、死ぬかと思った」
カティが息を切らしながら呟く。その隣ではシュウが涼しい顔をして水分補給している。
「す、すみません」
大蛇を連れてきた当の本人は息一つ乱さず、二人に頭を下げている。
三人は大蛇から逃れて洞窟に逃げ込んだ。シュウは入り口から外を見る。大蛇の姿はもう何処にもなかった。木々をなぎ倒す音は遠ざかっているので一安心だろう。
「何であんなのに追われてたの?」
カティが尋ねる。エリカは首を振りながら答える。
「わ、私にも、さっぱり」
「蛇の焼ける匂いに誘われたのかもな」
シュウはそう言ってカティの方を見る。カティはその言葉に固まる。
「そういえば、さっき殺した蛇とあの巨大蛇。模様が似てたな。親子だったのかも」
シュウが言う。カティは動揺を隠せない様子で尋ねる。
「へ、蛇って子育てとかするの?」
「普通の蛇は子育てなんてほとんどしないが、ありゃどう見てもミュータントだしな。それぐらいの知能はあるかもな」
「じゃあ私は子殺しをしたってこと?」
「知らん。案外うまそうな匂いがしたから来ただけかもしれん」
「その方が気楽だよ……」
「お、お二人ともも、何の話ですか?」
エリカが不思議そうに言う。シュウは黙ったまま、カティの鞄から蛇の肉を包んだ紙を取り出し、エリカの前で開いた。それを見たエリカが目を見開く。
物言わぬ肉となったそれを無言で見つめる三人。よくわからない生き物の鳴き声がジャングルに響く。もうすぐ夕方だ。空が赤く染まり始める。
「食べようか」
「さんせー」
「わ、私もですか?」
慌てるエリカの肩を二人が掴む。力が込められていて引き剥がせそうにない。悪い笑顔をした二人がエリカに言う。
「一蓮托生」
「皆で食べよう?」
エリカは考えることをやめた。
♢
すっかり夜になった。相変わらずよくわからない生き物の鳴き声は聞こえてくる。いい加減に黙れ、とシュウは思う。
三人は洞窟の中で火を囲んで座っている。先ほどの蛇肉の他に数匹の魚の干物が火に炙られている。焼かれた干物は香ばしい匂いを発し、とても美味しそうだった。
「お、おみやげだったんですけどね。この干物」
エリカが不満そうに言う。
「いつか埋め合わせをする」
「ぜ、絶対ですよ!?」
「もう食べよ、お腹すいた!」
カティが話を切り上げるように言う。エリカは「絶対ですよ?」と念を押したことで満足したのか、小さく頷いた。
三人はまず魚の干物に手をつけた。やはりちゃんと調理されて店で売られているものは素晴らしかった。何かのタレに漬け込まれた干物はとても香ばしく、文句のつけようがないくらい美味かった。なんのタレか気になったシュウはエリカに尋ねる。
「この干物に塗られているのは何だ?」
「あ~……た、確か……『まりん』? 『みりん』? あれ、『むりん』だっけ?」
「とりあえず『りん』がつくんだね」
「しっかりしろ情報屋」
思い出せない様子のエリカを放っておいて干物を食べ進めるカティ。数分以内で干物は完食された。やはり安心して食べれるものはいい、とシュウはつくづく思う。
「さて」
三人は残ったものを見る。火に炙られて暖められた蛇の肉。それが三人の前に鎮座する。シュウはナイフを取り出すと肉を切り分けて各自の皿に移した。ちなみに皿は大きな葉っぱだ。
「仕留めたのはわたしだから、私が責任を持って最初に食べるよ」
ゆっくりと口に運ぶカティ。口に入った肉をしっかりと噛む。なんとも言えない表情を浮かべている。
「うん……いや、おいしいけど」
シュウとエリカも蛇肉を食べる。弾力のある蛇肉は噛みごたえがあった。味は鶏むね肉に似ているというが、実際その通りだった。知らずに出されたら、鶏肉だと思う者もいるだろう。
美味しい。美味しいのだが。
「あの、大蛇のことを考えると、ふ、複雑ですね」
「言うな」
ゆっくりと時間をかけて、蛇肉を平らげた三人は命に感謝しつつ、床についた。エリカは眠る必要はなかったが、周りの空気を読んで一緒に一晩を過ごすことにしたようだ。
洞窟の天井の隙間から綺麗な星が見える。シュウは座ったまま上着を羽織ると、片目だけ瞑る。狙撃銃はいつでも使えるように胸に抱いたままだ。
夜になっても、まだ謎の生き物は鳴いていた。
「うるさい」
♢
洞窟天井の隙間から朝日が差し込む。
見張りをしつつ仮眠していたシュウはむくりと起き上がると近くの川に向かう。川の水を汲み、濾過した後沸騰させる。異物を取り除いたお湯を使って朝食のスープを作る。塩とコンソメを使ったシンプルなものだがないよりマシだった。
「ふぁーあ、おはよー」
「ああ。おはよう」
カティが大きな欠伸をして起きる。眠そうに目をこすりながら水筒の水で顔を洗う。まだ意識ははっきりしていない様子だったが、シュウの手伝いをしようと近くに寄ってくる。
「何かやることある?」
「エリカを起こしてくれ、あとカップの準備」
「うん」
慣れた風に会話を交わし、仕事にとりかかる二人。
数分後スープが完成した。カップにそれを入れてカティに渡す。カティはフーフーと息を吹きかけながら冷まして飲む。
「エリカは?」
「今くると思うけど――」
「おはようございます」
ボサボサの癖っ毛を掻きながらエリカがノロノロとやってきた。死んだ魚のような目をしたエリカは岩の上に座るとシュウからカップを受け取る。眠そうに瞬きしながらカップのスープを啜る。
「久しぶりの睡眠だったので眠る感覚を忘れていました」
「そうか」
適当に相槌をうちながらスープを飲むシュウ。そんなエリカを見てカティが驚いた様子で言う。
「ふつうにしゃべれるんだ」
「ちょうど薬が抜ける時期だったので」
穏やかな朝食を終えた三十分後。三人は荷物を背負って洞窟から出た。
「そ、それじゃあ、さ、先に行きますね」
薬を投与して再び異様なテンションになった様子のエリカが言う。そんなエリカを見て心配そうにカティが言う。
「やっぱりその仕事、早めに引退したほうがいいよ」
「ご、ご心配いただきありがとう御座います。そ、それじゃあ二人共またどこかで」
そう言うと物凄い速度で走りだしたエリカ。あっという間に姿が見えなくなった。流石は情報屋商会の配達員だなとシュウが感心する。
「じゃあ行こっか。シュウ」
「そうだな」
二人が歩き出す。しかし数歩も歩まぬ内にシュウが立ち止まった。
「あ」
シュウが何かを思い出したように言う。
「どうしたの?」
カティが心配そうに尋ねた。シュウはカティの顔を見る。
「また道を聞くの忘れた」
「……前も言ったけど今気づく?」
朝のジメジメとしたジャングルの中、二人の人間が立ち尽くす。
遠くでは、謎の生き物が今日も喧しく鳴いていた。