狙撃兵と商人の終末旅行   作:カズヤミサワP

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兎害 上

 雪原に一羽の兎がいた。

 

 兎はヒクヒクと鼻を動かし、仕切りに耳を立てて辺りの様子を伺っている。数歩進んで周りを見る。数歩進んで周りを見るの繰り返しだ。雪原に小さな足跡が付けられていく。

 

 次に兎が立ち止まって周りを見回したその時、一発の銃声がした。銃弾は兎の手前に着弾する。兎は文字通り脱兎の如くその場からいなくなる。一瞬のことだった。

 

「また外した!」

 

 木の影から姿を現す一人の少女。毛皮のコートを着た少女は悔しそうに地団駄を踏む。

 

 少女の手には三十八口径の回転式拳銃が握られていた。腰に吊ったホルスターに拳銃を戻すとため息をつき、後ろを向く。

 

「カティ。初めて撃った時より下手になってないか」

 

 茂みから狙撃銃を持った青年が出てきた。カティと呼ばれた少女は怒りを露わにして言う。

 

「知らないよ! そもそも撃つ機会がほぼないでしょ!」

 

「練習しろと言っただろう」

 

「してるんだよ! シュウ! それでこの結果なんだよ!」

 

 シュウと呼ばれた青年は黙って、背嚢からカチカチに凍った黒パンを取り出す。

 

「今日の飯はこれだけだな」

 

「うう、お肉たべたいよぉ」

 

 

 

 

 二人は森を後にすると、街道に出た。街道といっても雪が積もっていて、辛うじてわかる程度だ。

 

 しばらく街道に沿って真っ直ぐ歩いていると、後ろから馬車がやってきた。遠目から見ても立派だと分かる、二頭引きの幌付き馬車だ。おそらく行商人か何かだろう。御者台には金髪の男が座っている。

 

「運がいい。町まで乗せてくれるかも」

 

「だと楽なんだけどね?」

 

 シュウとカティが馬車に手を振る。御者の男は二人に気づくと手を振り返した。二人のところまで来るとゆっくりと馬車を止める。

 

「やあ、随分と可愛い荷馬車強盗ですね」

 

 金髪の男が御者台の上から笑顔で二人に話しかける。

 

 一見笑顔の男だが、その手には自動小銃が握られている。流石に銃口は下ろしているが、いつでも撃てる様にはしているようだ。

 

 相手がどんな青年や少女でも警戒を怠らない、尚且つ相手が不快にならないようにそれを気取らせないように明るく振る舞う男の様子を見て、ベテランだなとシュウは確信する。

 

「わたしが可愛いのはあってるけど、強盗ではないよ」

 

「だ、そうだ」

 

「なるほど、確かにそのようだ。お許し下さい、美しく可憐なお嬢さん」

 

「うむ。許す!」

 

 男が御者台から降りて、演劇の様に大仰な仕草でお辞儀をする。見た目が良いだけに様になっていた。

 

「俺はシュウ。そっちがカティだ」

 

「私は行商人のアランと申します」

 

 そう言って二人が握手をする。意外とガッシリとした手だった。見た目はまだ二十代後半といったぐらいだが、それなりに行商人として苦労してきたのだろう。

 

「ところでシュウさんは元帝国軍の方ですか?」

 

 唐突にアランが笑顔で尋ねる。その質問でシュウの思考が一瞬停止し、警戒レベルが一気に跳ね上がった。帝国が滅んでから数百年以上経つが、シュウが元帝国軍兵士であるとを知っている人間は殆どいないはずだ。

 

「何の話だ」

 

「隠さなくても大丈夫ですよ。私もそうです」

 

 アランが自分の目を見せる。なるほど確かに精巧に作られた眼球だった。人間の目そっくりだったが、人造人間のアイカメラだ。

 

「諜報型か」

 

「その通りです。シュウさんも諜報型ですね」

 

「そうだが、狙撃兵だ」

 

「ああ。だからですか。同じ諜報型なのに表情パターンが少ないので不思議に思っていました」

 

「……気にしてることを言わんでくれ」

 

「それは失礼。そういうことで『帝国狩り』ではないので安心して下さい」

 

 アランはそう言って笑顔を浮かべる。シュウは取り敢えずは納得した様子で頷く。

 

「何かよくわからないけど、シュウは兵士だったんだよね」

 

「ああ、そうだ。だがそれは他の人には言うな。『帝国狩り』に知られたら面倒だ」

 

「『帝国狩り』?」

 

 シュウが言う。カティは「なにそれ」といった表情をしている。

 

「まあ簡単に言うと『帝国狩り』は帝国軍残党を見つけ出して殺害することを目的とした連中だ。帝国軍人は世界中から恨まれているからな。数百年経っても消えることがない」

 

「何それ。じゃあシュウも狙われてるの?」

 

「人造人間は皆帝国出身だからな。人造人間ってだけでそいつらからすれば無条件で殺害対象だ」

 

「うわ、酷い。テックハンターにも狙われ、帝国狩りにも狙われる。人造人間って不遇すぎない?」

 

「そもそもが戦争のために生み出された存在だからな。不遇が服を着て歩いているようなものだ」

 

「だとしてもシュウのような優しい人造人間もいるんだから理解するべきだよ!」

 

 説明を聞いてカティが憤慨する。

 

「お二人は旅をしているんですか?」

 

「まあ、そんなものだ。この先にある都市へ行こうと思ってな」

 

 シュウがそう言うとアランが表情を曇らせる。

 

「この先にある交易都市へ?」

 

「そうだが、何か問題でもあるのか」

 

「問題。あるっちゃありますね」

 

 アランは少し悩んだ後「これを見てください」と言って馬車の荷台に回り、そこに積んであるものをシュウたちに見せた。そこにあるものを見て二人は驚愕する。

 

「おいおい、戦争でもする気か?」

 

 荷台には新旧様々な銃器と弾薬が山のように積まれていた。小さいものは拳銃から、大きいものは十二・七ミリ重機関銃まで大小様々な武器が並んでいる。もちろん爆発物も豊富に揃っていた。手榴弾からロケットランチャーまで様々なものが無造作に荷台へ積み込まれている。これだけの銃を揃えるのにはかなりの金と時間がかかっただろう。

 

「まあ、近いことは起きますね」

 

「厄介だな」

 

「シュウ、引き返す?」

 

「そうだな。戦争に巻き込まれるのは御免だ」

 

 向かっていた都市で争いが始まるらしい。そう知ったシュウとカティはこれからの行き先のことを相談し始める。

 

 それを見てアランは「ははは、大丈夫ですよ」と笑いながら言って二人の肩をポンポンと叩いた。戦争が起きるというのに大丈夫とはどういうことか。気になる二人はアランの次の言葉を待つ。

 

「戦争と言っても人間じゃないです。ミュータントです。だから実際は戦争というよりは駆除ですね」

 

「ミュータントと戦争?」

 

「うげぇ……またミュータント」

 

 カティが露骨に嫌そうな顔をする。

 

 旅の途中、様々なミュータントと対峙してきたシュウとカティ。ミュータントの強さ、しぶとさは嫌でも理解していた。アランは二人の反応を見て意外そうな表情を浮かべる。

 

「おや、ミュータントとそんなにも遭遇しているのですか?」

 

「ああ、何度も」

 

「嫌とゆーほどね」

 

 うんざりとした表情をするカティ。その話を聞いてアランの目の色が変わった。商人の目だ。商人は自分の利益になることに関しては貪欲になる。今、心のなかでは算盤を弾いているのだろう。

 

「それなら話が早い。その交易都市まで乗せていきますので道中の護衛をお願いします」

 

「それは依頼か、報酬は?」

 

 護衛と聞いてシュウは即座に報酬のことを聞く。傭兵の性という奴だ。アランはその言葉を聞き、おかしなことを聞きますね、と言い笑みを浮かべる。

 

「お二人は目的地まで楽に行ける。私は目的地まで安全に行ける。『うぃんうぃん』じゃないですか」

 

 少しでも損失を減らそうとするアラン。しかしシュウも食い下がる。

 

「弾薬だってタダじゃないんだ」

 

「敵と遭遇しなければ問題ないでしょう。こっちだって馬の負担が増えるのは良くありません」

 

 お互い話が平行線になる。そこでシュウが打開の案を切り出した。

 

「金貨は……こんなに武器を買ったならなさそうだな。この狙撃銃の弾二百発。それでどうだ」

 

「古い狙撃銃ですね。どんなに頑張っても百発ですかね」

 

「少ない。百八十発」

 

「おまけで五十発つけて百五十発でどうですか」

 

 銃弾は国や地域によって価値や値段が数倍近く変動する。ここら辺の国では需要も供給も多いので値段は比較的安価だが、あまりたくさん持っていても不便だ。多いけど邪魔にならない程度の量。それが旅する上での最善の選択だ。

 

「それでいい」

 

「よかった。あなたが話がわかる人で」

 

 強かな奴だ、とシュウは感心する。

 

 報酬の話を終えたシュウは、話についていけていないカティの方を向く。首を傾げながらカティがシュウに問いかける。

 

「結局行くの?」

 

「ああ、そうした」

 

「シュウがそう言うなら、了解だよ」

 

 話を終えたシュウは馬車の荷台に乗り込む。帯状になって大量に積み重なった機関銃の弾丸を脇にどかすと、カティを荷台へ引っ張り上げる。足場を作りながら二人はロケットランチャーのロケット部分が入ったケースの上に座った。今にも山積みにされた銃火器が崩れてきそうだった。

 

 あらゆる銃火器、爆発物に囲まれて座るのは兵士時代に経験済みだが、今回は乱雑に積まれているので暴発の危険性があり、生きた心地がしない。

 

「落ち着かない」

 

「俺もだ」

 

 これが爆発したら肉片すら残らないな、とシュウは身震いする。無論そのようなことは起きないように細心の注意を払う。火気は絶対に厳禁だ。

 

「じゃあ出発しますよ」

 

 馬車がゆっくりと動き出す。すると火器の山からロケットランチャーの発射機がシュウの頭へと落ちてきた。ゴツンと鈍い音がなる。

 

「ぷっ、くく……だ、だいじょうぶ?」

 

「やっぱ乗らなきゃよかったかも」

 

 

 

 

 馬車に揺られること約一時間。突然馬車が止まった。何事かとシュウは荷台の幌から顔を出す。するとアランが慌てた様子でこちらに向かって来た。

 

「交易都市を一望出来る丘に着いたんですけど……何かおかしいんです。ちょっと付いて来てください」

 

 そう言ってアランはシュウに付いてくる来るよう促す。シュウは狙撃銃を手にすると、荷台から降りた。カティには馬車で少し待つように伝え、先を行くアランに付いていく。数メートルほど歩くとアランがどこかを指差した。

 

「あれが目的地の交易都市です」

 

「こりゃ凄い」

 

 差された指の先には巨大な交易都市の市街が広がっていた。都市を囲むように建てられた城壁が数キロメートル四方に渡って伸びている。旧文明の建物も幾つか残っているようで、見たこともない建造物があちこちに点在していた。都市の中央にはシンボルであろう巨大な時計台がある。

 

 シュウは背嚢から双眼鏡を取り出し、覗き込む。ピントを調節し、都市の中を偵察する。

 

「変だな。人が全く見当たらない」

 

 シュウが呟く。

 

 おかしなことに、こんな巨大な都市だというのに人っ子一人姿が見えなかった。建物の中にいるのかもしれないが、それにしても妙な感じだ。

 

 整備された都市だというのに、人の姿がないというのはなんともアンバランスで不気味な感じだった。

 

「そう。何故か人の姿が見えないんです。前来た時は警備は多いけど普通に暮らしていたのに」

 

「全滅したんじゃないのか」

 

「まさか! 兎なんかに文明社会が負けるなんて!」

 

 アランが信じられない、といった表情で言う。

 

「兎? それが相手のミュータントか?」

 

 アランが頷く。

 

「ええ、人間と同じくらいにまで成長した兎です」

 

「でかいな……でもただ巨大化しただけの兎だろ?」

 

 シュウの言葉に、アランが首を横に振る。アランは「見てください」と言うと胸のポケットから一枚の写真を取り出した。それをシュウに見せる。

 

「何だこりゃ」

 

 写真には人間と同じ、もしくはそれより大きい兎の死体が写っていた。その兎は普通の兎と違い、毛皮がなく筋肉がむき出しで、更に爪と前歯が異常に鋭く発達していた。素手の状態で戦ったら、普通の人間ではまず勝てないだろう。ズタズタにされるのが目に見えている。

 

「こいつらがどのくらいいるんだ?」

 

 アランが写真をポケットにしまいながら首を振る。

 

「わかりません。前来た時には襲撃が散発的にある程度でしたけど」

 

 これからどうするかという相談をしながら、アランとシュウの二人は馬車に戻る。馬車に着くとカティが荷台から足をぶらぶらさせて待っていた。戻ってきたシュウの顔を見て安心したように表情を緩ませる。荷台から飛び降りるとシュウの下へ駆け寄ってきた。

 

「おかえり。何かあったの?」

 

「ああ、あの丘から都市を偵察したんだが、人の姿が見当たらなかったんだ。もしかして既に全滅したのかもしれん」

 

「じゃあ、予定変更で別の町?」

 

 シュウは首を振る。

 

「とりあえず行くだけ行ってみる。もう誰もいないようだったらミュータントと遭遇しない内に、山を越えて逃げる」

 

「誰かいたら?」

 

「報酬をもらって、様子を見てからさっさと出て行く」

 

「どっちみち滞在する気はないんだね」

 

「ミュータントが頻繁に襲撃してくる都市に長居したくない」

 

「たしかに」

 

「お二人ともー出発するので乗って下さーい」

 

 会話を遮るようにアランが御者台の上から叫ぶ。二人が再び馬車の荷台に乗り込むと、馬車が動き出した。

 

 目的地はもう目の前だった。

 

 

 

 

「誰もいないな」

 

「うん」

 

 交易都市北門に着いた三人は馬車から降りて辺りを探索する。町の出入りを管理する城門は無残に破壊されていた。町に入って数十メートルも移動していないのに、そこかしこに戦闘の痕跡による弾痕や薬莢が残っていた。激しい戦闘痕の割には何故かどちらの死体も残っていないことを不思議に思いながら三人は先に進む。

 

「交易都市がこんなことに……この武器の在庫はどうすれば?」

 

 アランが馬を引っ張りながらウンウン唸る。シュウはそんなアランの様子を見ながら、不思議そうにカティに尋ねる。

 

「なんであんな悩んでいるんだ。武器なんて別の町で売ればいいだろ」

 

 カティはシュウの質問にわかりやすく答える。

 

「あの量の武器を捌くには、商会に属してない個人の行商人にはきついものがあるよ。変な町に売ると他の町に目を付けられるし。下手な町に売るとそのまま奪われかねないし。商人や交易を大切にしてきたこの交易都市だからこそ、アランは安心して武器を持ってくることができたんだよ」

 

「なるほど」

 

 シュウが納得した様子で頷く。

 

「……いっその事武器屋でも? いや、でも」

 

 ぶつぶつと呟きながら歩いていたアランがピタリと止まる。

 

「どうした?」

 

「お二人とも逃げる準備を」

 

 アランが強張った顔でいう。シュウはアランの視線を辿る。思わず固まる。

 

「うわぉ」

 

 三人の百メートルほど先に、赤みを帯びた筋肉を剥き出しにして、兎ような見た目をした四足歩行の生き物たち。

 

 まさに先ほど写真で見たミュータントそのものだった。ミュータントたちは三人の姿を捉えた様子で、ゆっくりとこちらに近づいてくる。数は三匹いた。

 

「どうする、シュウ?」

 

「アラン、カティ。三つ数えたらあの建物に駆け込め。援護する」

 

「わ、わかりました」

 

 シュウがゆっくりと肩から狙撃銃を下ろし、初弾を装填する。その間もミュータントたちはジリジリと距離を詰めて来ていた。シュウはカウントダウンを始める。

 

「一」

 

 カティが息を飲む。

 

「二」

 

 全員の身体に力が入る。

 

 三――と口にした瞬間、ミュータント近くの二階建て住居の木窓が開き、部屋の中から機関銃が火を噴いた。機関銃の掃射が地面を舐めるように着弾し、二匹のミュータントが銃弾をまともに受けて動かなくなる。

 

 残りの一匹は銃撃を素早く避けて、二階の窓に飛びついた。ミュータントが機関銃射手の銃を弾き飛ばす。機関銃が窓から外へと落ちた。

 

 ミュータントが無防備となった男に噛みつこうとしたその時、シュウの放った銃弾が敵の頭を捉えた。窓に張り付いていたミュータントが脳漿を撒き散らし、力無く地面に落ちる。即死だ。

 

「いい腕です」

 

「そりゃどうも」

 

 アランが冷や汗を流しながら賞賛する。シュウは適当に相槌を打つと、警戒しながらミュータントに近づく。死んでいた。ホッと一息つこうとするが、そうはいかないらしい。

 

「まだ来るよ! シュウ!」

 

「右だ! 四匹来るぞ!」

 

 カティが指差し、窓から男が叫ぶ。四匹のミュータントが遠くからこちらに猛然と向かっていた。機関銃が男の手から離れた以上、今すぐに戦えるのはシュウたちだけ。他の人間による援護は期待できない。

 

 大丈夫、距離はまだある、とシュウは自分自身を鼓舞する。

 

 シュウは膝射の姿勢を取り、両目を開けたままスコープを覗き込み、撃った。首に銃弾を受けたミュータントが勢いそのまま崩れるように倒れる。まず一匹。排莢して次弾を装填する。スコープを覗き込んでない方の目で、一番近いミュータントを探し出し、再び狙いをつけ撃つ。足に当たり、勢い良く転倒した。転倒に巻き込まれて別のもう一匹も錐揉みしながら倒れる。

 

 これで接近してくるのは残り一匹となった。焦らないように、しっかりと呼吸を整えながら次の弾を給弾して引き金を引く。カチリと虚しい音が鳴った。

 

「こんな時に!」

 

 シュウが怒鳴る。

 

 粗悪品の銃弾が混ざっていたのか、不発だった。

 

 銃弾を取り出す時間はない。諦めて狙撃銃から手を離し、腰の拳銃を引っ張りだすが、ミュータントはもう目と鼻の先にいた。

 

「シュウ! 伏せて!」

 

 カティが叫び、拳銃を撃つ。銃弾はシュウの髪の毛を掠り、ミュータントの胸へと突き刺さった。心臓に銃弾を受けたミュータントはシュウを巻き込んで勢い良く倒れる。拳銃が衝撃で吹っ飛んでいく。

 

「シュウ! 大丈夫!?」

 

「ああ、平気だ。ナイスショット」

 

 ミュータントの下敷きになったシュウが言う。カティはホッとした表情を浮かべるが、まだ戦闘は終わっていない。身体の上に乗ったミュータントをどかすと、急いで狙撃銃を拾う。

 

 不発の銃弾を排莢して、次弾を装填した。先ほど転倒した二匹は既に体勢を整えてこちらに向かっている。スコープを覗きこみ、撃つ。しかし銃弾はミュータントの横を通り抜けていった。

 

「最悪だ」

 

 さっき落とした衝撃でスコープの照準がずれている。しかも弾切れだ。

 

 ポケットから新しい挿弾子(銃弾が纏まって入っているクリップ)を取り出し、狙撃銃に叩き込む。間に合うかどうか微妙な距離だ。

 

 シュウはスコープを覗き込む。先ほど銃弾は右に逸れた。照準を少し中心から左にずらし、大体の位置を狙って撃つ。銃弾は顔に当たった。しかし、致命傷にはなっていない。

 

「伏せてください!」

 

 その時、シュウの後ろからカティではない、若い女の声。シュウがカティを抱いて反射的に伏せた瞬間、幾つもの小銃が咆哮を上げる。一瞬でミュータントたちが蜂の巣にされた。血と肉片を巻き散らしながら、勢い良く倒れる。流れる赤い血が雪と泥に混ざり、グチャリと音を立てる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 硝煙の中から、ロングコートにチェストリグ(胸の辺りにつける弾倉入れ)を付けた女性が現れ、手に持った自動小銃をミュータントの死体に構えたまま言う。確かに死んでることを確認すると引き金から指を離し、シュウの方に向き直す。

 

「お怪我は?」

 

「いや、ない。……助かったよ」

 

 シュウが言う。女性は「それはよかったです」と言うと、部隊にハンドサインを送る。他の武装した五人の人間が周囲を警戒するように隊列を変えた。どうやらこの女性が隊長格のようだった。

 

「ここは危険なので話は基地の方で」

 

「……ああ、わかった」

 

 そう言うと女性は踵を返し、歩き出した。

 

 

 

 

 三人は急造のゲートで簡易検疫を済ませる。

 

 その後、シュウとカティの二人は応接室へと招かれた。アランは持ってきた商品を納品するために別行動している。部屋の中で対応してくれたのは先程の女性だった。女性は二人に「どうぞ座って下さい」と促す。

 

「商人と旅人がくるのは二ヶ月ぶりです。ゆっくりしていって下さい……と言いたいところですが、今現状では難しいですね」

 

 女性が苦笑を浮かべる。

 

「あ、申し遅れました。交易都市の臨時市長をやっております、ミラです」

 

 ミラと名乗った女性は会釈をする。年齢は二十代前半。凛々しい顔立ちをしている。

 

「若いのに凄いな」

 

 ミラは首を振る。茶色の長い癖っ毛が揺れる。

 

「……私の父が市長だったので、そのまま成り行きで」

 

「というと君の父親は」

 

 ミラは悲しそうな笑みを浮かべて頷く。

 

「六ヶ月前にミュータントにやられました。その後、軍トップの方が臨時市長をしていたのですが、その方もすぐに亡くなりました」

 

 ミラが淡々と言う。父親が殺された、という所にシンパシーを感じたのか、カティが涙ぐむ。

 

「人口も元々は五万人以上いたんです。ですが、今や二千人ちょっとです。ほとんどの人々がミュータントにやられるか、都市を捨てて出て行きました」

 

 シュウはそれを聞き、聞くかどうか少し悩むも質問をする。

 

「今いる人々たちは、ここを出る意思はないのか?」

 

 ミラは首を横に振る。

 

「最初は皆、徹底抗戦の意思でしたが……流石にここまで追い詰められるともう無理でしょうね。皆、出来ることならすぐにでも都市を出たいようです」

 

「じゃあなんで出ないの? 周りにも町はあるよ?」

 

 カティの言葉にミラは「少し待って下さい」と言い机から地図を取り出すと、テーブルに広げる。

 

「ここが私達の交易都市です。見ての通り山々に囲まれていますが、たくさんの町が近くに隣接しています」

 

 ミラが地図を指差す。交易都市は三つの町に囲まれていた。

 

「その地理的要因の所為か、この都市は交易の中心地として非常に栄えました」

 

「らしいな」

 

「ですが、周りの町にとっては、折角自分たちが整備した町の交易拠点より優秀な交易都市が出来た訳ですからね。商人たちからすれば嬉しい事ですが、他の町の町長からすれば面白く無いでしょうね」

 

「あ~……つまり『周りの町はこの都市の人間を嫌っているから受け入れてくれない』ということか?」

 

「そういうことです。ついでに言うと援軍も断られましたよ。よっぽどこの都市に滅んで欲しいんでしょうね」

 

 ミラが自嘲したような笑みを浮かべて頷く。カティは呆れた様子で言う。

 

「この都市がなくなったら、ミュータントたちが自分たちの都市に来るかもしれないのに……馬鹿だね」

 

「全くだ」

 

「……それじゃあミラさんたちはこれからどうするの?」

 

 ミラが地図を片付けると、優しい笑みを浮かべる。

 

「あ、ですが私達の心配はいりません。少し遠いですが、受け入れてくれる町を見つけたので。雪が一時的に溶けて山道が使えるようになったら集団で疎開します。それまで約一、二ヶ月の辛抱です」

 

「受け入れてくれる町があったのか。よかった」

 

「山を二つ三つ越えないといけないので、大変ですけどね」

 

 そう言ってミラは笑う。一定の安心感を得たシュウは、気になっていたことについての話題に変える。

 

「それにしても……ここの基地は凄いな」

 

「だよね! 地下にこんな場所があるなんて!」

 

「この基地は旧文明の地下鉄駅をそのまま要塞兼居住区に改造しました。現在ここに二千人の市民が暮らしています」

 

 ミラが胸を張って言う。シュウは少し見て歩いてもいいかと尋ねると――

 

「ぜひ。この都市の人たちは外の情報に飢えてますから」

 

 

 

 

 ミラは部屋を出て先導する。いくつもの銃座が備え付けられた長い廊下を歩くと、広い階段に出た。そこを降りると地下鉄駅のホームと呼ばれる所に出た。そこには人々が暮らす小屋が所狭しと並び、かつてたくさんの人間を乗せたであろう電車も家として使われていた。

 

 ドラム缶のストーブで暖を取っていた人々がシュウたちに気がつくと、物珍しそうに話しかけくる。やけに女子供、老人が多いように思えたが、恐らく若い男たちは皆、警備の方に行っているのだろう。

 

「ミラさん、この人達が旅人さん?」

 

「ええ、そうです。武器を持ってきてくれた商人の護衛だそうです」

 

「へぇーっ。よくこの冬山を来たね。街道にも兎たちが出るのに」

 

 若い女が聞き捨てならない言葉を言う。シュウは若い女に近寄る。

 

「待て。街道にまでミュータントたちが出てるのか?」

 

「そ、そうだよ。もしかして遭遇してないの? 運がいいね」

 

 シュウにいきなり接近された女は動揺しながらも、そう言って笑う。シュウとカティはその話を聞いて固まる。

 

「……知らないうちに俺達は危険な橋を渡っていたのか」

 

「……みたいだね」

 

 何も知らないでミュータント兎と遭遇していたら、と考えると二人は身震いする。そんな二人を見て、寒いから震えていると思ったのか、小さな子どもが何かを持ってきて二人に差し出す。

 

「これ食べる?」

 

 子どもがボウルに入れて持ってきた料理は、シチューだった。シチューは美味そうな匂いと湯気を上げ、シュウとカティの食欲を刺激する。数が少ないのか、人参や玉葱などの野菜はあまり入っていない。しかし、明らかに牛や豚や鳥ではない何かの大きな肉が丸々一つ、ゴロッと入っている。何となく予想はつくも、シュウは子どもにこれは何の肉なのかを尋ねる。

 

「これはなんの肉だ?」

 

「うさぎだよ!」

 

「兎だってことは何となくわかる」

 

 子どもが笑顔で言う。小さな普通の兎の肉なのか、大きな化け物兎の肉なのかを聞きたいのだが、耐え難い空腹と子どもの明るい笑顔を見てどうでもよくなった。それを見て、ミラが苦笑しながら説明する。

 

「わかってると思いますけど、それはミュータントの肉ですね。初めから皮がついてないので下処理が楽ですし、たくさんいるので食料には困りません。ただちょっと普通の兎に比べて硬いですけどね」

 

「ああ、やっぱり」

 

「わたし的には、美味しければ問題ないよ!」

 

 そう言うカティは既にシチューを食べ始めていた。よほど腹が減っていたのか、物凄い勢いで食べ進めるカティ。その顔はとても幸せそうだ。

 

 警戒するのがアホらしくなったシュウは近くの椅子に座り、シチューに口をつける。レストランほどではないが、しっかりと味付けされ煮こまれたシチューは冷えきった身体を暖めた。ミュータント兎の肉も多少筋張っていて固かったが、煮こまれたことにより柔らかくなって食べやすくなっている。味はしっかりと兎の肉の味だった。

 

 食べ終わってからというもの、様々な人が情報欲しさに話しかけてきた。「他の町はどうなっている」や「援軍は来ないのか」などやはり他の町の動向についてだった。

 

「なんということだ。ここが陥落すれば次は他の町だというのに。奴らは全滅するまで歩みを止めない。なんということだ……」

 

 老人が言う。なにか知ってそうな口ぶりだった。

 

「あの兎たちについて何か知っているのか」

 

 シュウが尋ねる。老人は頷く。

 

「あの兎のミュータントは百年に一度大繁殖する。その癖雑食だから食べ物を求めて進行する。蝗害と同じだ。食い尽くして次へ行く。倒れた仲間も喰らいながら全滅するまで歩みを止めないのだ」

 

「情報が残っているということは、今までは防衛に成功していたわけか」

 

「そうだ。私の祖父が言っていた。その時は多くても千匹程度だと。十分守りきれると数だと。だがどうだ。今年は既に攻撃の回数は二桁を超えて、倒した数も千を軽く超えている。今年は異常なのだ」

 

 老人はそう言って頭を抱える。

 

「シュウ……大丈夫かな」

 

「なんとかなる……と思いたい」

 

 シュウとカティは言いしれぬ不安を感じた。

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