『敵襲! コードイエロー!』
シチューを食べ終わり、都市の人々と交流していたその時。地下鉄駅内に放送とサイレンが鳴り響く。それを聞いた一般の人々は素早く自分の家に戻り、軍の兵士たちに道を空ける。兵士たちは詰め所から銃火器を持ち出すと急いで外へと向かう。
「敵襲ですね。恐らくまた威力偵察のようなものでしょうが。シュウさんとカティちゃんはここで待っていて下さい」
そう言って背負っていた自動小銃を手に持ちかえるミラ。シュウは首を横に振る。
「いや、俺も行こう。カティは……付いてくるんだろうな」
「もっちろん!」
「ありがたいですけど……安全の保証はできませんよ?」
三人は急いで地下鉄駅エントランスホールに向かう途中、武器を収めている最中のアランと会った。ミラが武器庫に収められた武器を指さして言う。
「アランさん、武器をお借りします。シュウさんとカティちゃんも好きなのを持って行って下さい」
「ああ、もうお金は貰ったから好きに使ってください。僕も兎に殺されたくはないので」
おどけるように言うアラン。じゃあ、と言ってシュウは近接戦闘用に水平二連散弾銃を貰った。カティには、とりあえず使いやすそうな短機関銃を渡しておく。そこに伝令の兵士がやってきた。
「市長! 敵の数およそ五十です!」
「結構いますね……重機関銃を存分に使って下さい。弾を一杯購入したので」
「了解!」
敬礼して伝令が去る。ミラが二人の方を向く。その顔はやけに落ち着いていた。
「重機関銃を四丁配備したので、私達の出番はありませんかもしれないですね」
「ああ、そりゃオーバーキルだな」
「なんで?」
カティが首を傾げる。シュウは自分の狙撃銃から銃弾を一個抜き取ると、カティの目の前に出す。
「俺が普段使っている弾、七・六二ミリ弾」
「うん」
シュウは弾薬箱の中から銃弾を一個取り出す。それをカティに見せる。
「これが重機関銃の弾、十二・七ミリ弾」
「でかっ!?」
二つを並べる。普段の七・六二ミリ弾でも中指ほどのサイズだが、重機関銃の十二・七ミリ弾はそれを二倍近く上回るサイズだった。
「俺の狙撃銃の銃弾でもミュータントの頭を一発で吹っ飛ばせる。じゃあ、この十二・七ミリ機関銃でミュータントを撃ちまくったらどうなると思う?」
「……ひき肉になりそう」
「なるだろうな」
よく分かる銃弾講座を終えると、三人は外へ出た。既に銃声は鳴り始めている。
「うわぁ……すごい音」
カティが思わず耳を塞ぐ。普段聞く小銃や拳銃の軽い発砲音とは違い、重機関銃の発砲音は強烈だった。まるで一発一発撃つごとに空気が爆発しているみたいに、凄まじい重低音の咆哮を上げている。しかもそれが四丁備え付けられているということだからミュータントたちも堪ったものではないだろう。
三人は積み上げられた土嚢に待機していたが、数分もせずに戦闘は終了した。こちらの犠牲者はゼロ。ミュータントたちは全滅という素晴らしい戦果だ。流石重機関銃といったところだろう。
「どうやら終わったようです。残党狩りは部隊に任せて、私達は住民たちの不安を和らげに行きましょう」
そう言うと三人は基地の中へと戻った。
♢
戦闘が終ってから一時間後。基地内に平穏が戻った。
「もう暗くなるので今日は泊まっていって下さい。今部屋に案内します」
そうミラに言われて付いて行った先にあったのは、小さな小部屋だった。小部屋といっても人が二人寝るには十分な広さであり、ベッドも備え付けられている。簡易的ではあるがキッチンもある。シュウたちが泊まることを想定していたのか、しっかりと掃除されており、シーツも洗濯済みだった。
「では、今日はこれにて失礼します。お腹が空いたら箱の中に保存食があるのでどうぞ」
そう言ってミラは部屋から出て行った。シュウはとりあえず荷物を下ろしてベッドに座る。
「スプリングベッドだ」
「なにそれ?」
「乗ってみろ」
カティは疑問に思いながらも外套と靴を脱ぎ、シュウのいる方のベッドに乗る。
「おおっ!? 跳ねる!? なにこれっ!?」
「自分のベッドに乗れ」
初めてスプリングベッドを体験するカティは楽しそうにベッドの上を跳ねまわる。そのたびにシュウも仏頂面で上下する。あまりにも楽しそうなので注意する気力が失せたシュウは、ベッドから降りて箱の中の保存食とやらを漁る。
「乾パンと、兎の干し肉と……コーヒー粉末もあるのか」
コーヒーの粉末を見つけたシュウは、水差しからヤカンに水を容れ、コンロに掛けてお湯を沸かす。ベッドに満足したのか、カティはシュウの持っているコーヒーの粉末に興味を示す。
「なにそれシュウ?」
「コーヒーの粉末。お湯に溶かして飲むんだ」
「へー、美味しいの?」
「かなり苦い。人を選ぶぞ」
「ふーん」
そう言うとカティは自分のベッドに寝っ転がる。よっぽど気に入ったのか、すぐにウトウトし始めた。
数分後、お湯が沸いたのでカップにコーヒーとお湯を入れる。芳醇な香りが部屋中に広がる。シュウにとっては数年ぶりの香りだった。
「いい匂い」
コーヒーの匂いで目覚めたカティが、興味津々でシュウに寄ってくる。シュウは少し冷ました後、カティに差し出す。
「いいの?」
「ああ、少し飲んでみろ」
そう言うとカティが嬉しそうにコーヒーに口をつける。しかしすぐに表情を歪めた。
「にっがい!」
「だろうな」
カティが「うえ~」と舌を出しながら眉をひそめる。そんなカティを見ながらシュウは苦笑する。そして数年ぶりのコーヒーに口をつける。
懐かしい味だった。コーヒーは兵士だった頃に、レーションによくおまけで付いていた嗜好品だった。人気があったのですぐになくなるが、シュウは欠かさず調達していた。
「そんな苦いものよく飲めるね」
「まあ、慣れさ」
「そんなもんかなー」
「そんなもんさ」
静かに懐かしい味を楽しみながら、ゆっくりと夜は過ぎていく。
♢
次の日。
シュウはいつもより遅く目覚めると再びコーヒーを淹れた。その匂いでカティも起きだす。スプリングベッド魔力は凄まじかった。いつもよりも数時間長く眠ってしまった。
朝食として置いてあった保存食の乾パンと干し肉を食べる。
「さっぱりしてて美味しい」
「朝から肉っていうのはキツイかもしれないが、これなら普通に食べられるな」
「うん。『高タンパク低カロリー』だからダイエットにもいいかもね」
「……よくそんな言葉知ってるな」
「前、エリカに聞いた」
元々そんなに大きくない兎肉だったので、二人はすぐに食べ終わった。食後のコーヒーを飲んでゆっくりしていると、扉からノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「やあ、おはようございます。お二人共」
入ってきたのはアランだった。要件だけを伝えるように淡々と話す。
「今日のお昼ちょっと前頃に、僕はこの都市を出ます。次の町に着くまで、お二人にまた護衛を頼めないかと思いまして……」
「別にいいぞ。もちろん報酬はもらうけどな」
「ははは、もちろんです。今の僕の財布は人生で最大級に膨らんでいるので」
「羨ましいことで」
要件を伝えるとアランは出て行った。シュウはカティと一緒に荷物の整理と出発の準備を始める。
「とりあえず保存食を買い足しておこうか……といっても兎肉ぐらいしかないだろうけど」
「あと固形燃料とマッチも足りないから、あったら買っておこう? あ、あと調味料も」
カティが持ち物の残量を把握していることに、シュウは驚く。
日用品はほぼ、シュウの背嚢に入っている。カティがシュウの背嚢を漁っているところを、シュウは見たことが無い為、恐らくカティは購入した量と消費した量をしっかりと数えているのだろう。
「……随分と旅慣れしてきたな、カティ」
「シュウは戦い以外では少し抜けてるからねー」
「……そういう性格だからしょうがない」
カティの思わぬ成長を実感しつつ、準備を進める。
すると突然、基地中に再びあのサイレンが鳴り響く。
『敵襲! 敵襲! コードレッド! 繰り返す! コードレッド! 戦えるものは武器を持って全員外に集合せよ! 繰り返す――』
前回とは違う、切迫した様子の声。人々も顔面を青くして慌ただしく動きまわっている。前回、家に避難していた老人や子どもたちも何人かは武器を持って外に向かっていく。
シュウは近くの兵士を捕まえると現状を尋ねる。
「すまない、コードレッドとはなんだ」
「総攻撃ってことだ! 急いでいるので失礼する!」
そう言って兵士は走って行く。人々の波を掻き分けてミラがシュウたちのもとへやって来た。酷く動揺している様子である。
「す、すみません! お二人共、厚かましいお願いですが防衛戦に加勢して貰えないでしょうか!?」
「落ち着けミラ。市長なら慌ててるところを見せるな。……現状は?」
走ってきたミラが深呼吸して呼吸を整える。幾分落ち着きを取り戻した様子で言う。
「すみません取り乱しました……。敵の総攻撃です。数は最低でも千匹以上。山を埋め尽くしています。もう既に第一防衛ラインを突破されました……これほど大規模な攻撃は初めてです」
「あんなのが千匹!?」
「カティも落ち着け。分かった。出来る限りは手伝おう」
「ありがとうございます!」
三人は急いで外に向かう。エントランスホールにはたくさんの土嚢と機関銃が並べられていた。別の町でもお目にかかれないほどの厳重な機関銃防御陣地である。しかし、それを持つ人々は女子供、それに老人ばかりだ。まさにここが最終防衛ラインといったところだろう。
「第二防衛ライン陥落! 第三防衛ラインに急いで下さい! 今合流した部隊を合わせても百名ほどしかいません!」
伝令が血相を変えて言う。ミラたちは、急遽編成した義勇兵部隊を引き連れて第三防衛ラインに向かった。
♢
「こいつは……酷い」
第三防衛ラインにたどり着くと、そこには百名以上の兵士たちが配備されていたはずなのに、既に三十名ほどしか残っていなかった。ミュータントと人間の死体がそこら中に散らばっている。生きている人間も手足を失ったりしていてボロボロである。もはや壊滅状態といっても過言ではない。
「中隊長、現状は」
「あ、ミラ市長! 部隊はほぼ壊滅、重機関銃も全部持ちだして交戦してますが、いかんせん敵の数が多すぎます!」
「わかりました。急遽編成した部隊、総勢二百名。彼らを適切な場所に配置して下さい」
「増援ですか! 助かります!」
部隊を統合して、急いで班分けをする。東側からくる敵の迎撃に五十名、西側からくる敵の迎撃に五十名、北側の主要道からくる敵の迎撃に八十名。残りの五十名ほどは遊兵として、随時苦戦している陣地に向かうことにした。
「来るぞ! 気合入れろ!」
再び百匹以上の群れが突撃してくる。先制して重機関銃が咆哮を上げた。使っている銃の銃身が熱を帯びて真っ赤になっても、冷ます暇がないほどの断続的な攻撃だ。
シュウやカティも攻撃を開始した。シュウやベテランの兵士たちは、遠くにいるミュータントたちを正確に狙い撃ち、葬っていく。カティなどの比較的新兵の人間たちは、ベテランたちの銃撃を突破したが手負いであるミュータントたちを優先的に狙い、仕留めていく。
「建物の上だ!」
誰か叫ぶ。建物の上からミュータントたちが陣地に奇襲をかけて来た。屋根から何匹かが飛び降りて兵士たちを攻撃する。新兵たちも慌てて反撃するが、仕留めるまでに五人が殺された。
「また屋根にいるぞ!」
ミュータントたちが別の建物の屋根の上から、再び攻撃しようとしたその時。一際大きい、一発の銃声が鳴り響いた。その銃声と同時に、ミュータントの胴体が破裂するように吹っ飛ぶ。その後もどこからかの銃撃は続き、あっという間に屋上からミュータントは一掃された。
「どこから撃ってるの!?」
「狙撃だカティ。あの時計塔。恐らく十二・七ミリ弾の対物ライフルだ」
シュウが指差す。一際高い建物である時計塔の窓から、二人の狙撃兵が対物ライフルを撃ちまくっていた。彼らの銃の破壊力は凄まじく、ワンショットワンキルで確実にミュータントたちを減らしている。
「おい、まずいぞ!」
中年の古参兵が顔をしかめて言う。
ミュータントたちは上からの狙撃を脅威に思ったのか、次々と時計塔にしがみ付き、上へ上へとよじ登り始めた。それに気づいた狙撃兵たちは機関銃に持ち替えて、登ってくるミュータントたちに銃弾を浴びせる。しかし倒しても倒しても登ってくるミュータント。時計塔の外壁が全部ミュータントの身体で埋まってしまった。時計塔が赤く染まる。
「なんて光景だ……」
誰かが呟く。
そしてついにミュータントの一匹が窓の中へと突入した。それを気に、次々と時計塔の中へとなだれ込んでいく。
その時、時計塔が大地を揺るがすほどの大爆発を起こした。炎と黒煙を上げて、ミュータントたちを巻き込み、土埃を舞い上げながらゆっくりと崩壊していく時計塔。恐らく生存が絶望的、と判断した為に自爆を選んだのだろう。
「時計塔が……」
「なんてことだ……」
交易都市のシンボルとも言える時計塔が崩れたことにより、部隊に動揺が走る。しかし――
「皆! 仲間と塔の敵討ちです! 気合い入れてください!」
「……そうだ。やってやる」
「都市の為に!」
一瞬下がりかけた士気が、ミラの叱咤で再び上昇する。
「次のが来るぞ!」
再び数百匹近くのミュータントの波。永遠に続くかと錯覚してしまうほどの物量だ。
「シュウ……」
不安そうな表情を浮かべるカティ。シュウは不器用な笑みを浮かべ、カティの頭を撫でる。
「大丈夫だ」
自分にも言い聞かせるかのように、しっかりとした声で言う。それを聞いてある程度安心したのか、カティがいつもの笑みを浮かべて短機関銃を構える。
「しっかりね! シュウ!」
「お前もな」
♢
「……誰か生きてますか?」
死臭と硝煙の臭い漂う市街。そこに幽鬼のように現れた一団があった。どの顔も血や土埃で汚れている。お互いに支え合い、ゆっくりとおぼつかない足取りで市街を歩いていた。
「誰か――」
「……どうやら生き残った部隊は俺たちと最終防衛ラインの子供や老人だけだ」
ミラの言葉を遮るように、シュウが言う。その隣を歩いていたカティも生気を失った顔で頷く。
交易都市防衛戦は数時間に渡って続いた。ミュータントたちが完全に撤退を終えたのは今から十分前。戦闘を終えたミラたちの部隊は、疲れた身体に鞭打って生存者を探していた。しかし今のところ一人足りとも生存者を発見することは出来ず、生き残った三十六名の人間たちは絶望を感じながら捜索を続けていた。
「! ミラ市長!」
一人の若い兵士が指さす。そこには数人の人間が折り重なって死んでいた。しかし、覆いかぶさっている死体がわずかに身体が上下に動いている。どうやら死体の下で誰かがまだ生存しているようだ。
「大丈夫ですか!?」
ミラが駆け寄る。覆いかぶさる死体をどかすと――
「ミラっ!」
シュウが咄嗟にミラを後ろに引きずり倒す。今までミラがいた場所で、ミュータントの鋭利な爪が空を切った。シュウは間髪をいれず散弾銃を撃つ。頭に散弾を受けて即死した。どうやら生きていたのは足を怪我したミュータントだけだったようだ。
「あああっ……あああぁ!」
呆然としていたミラが突然叫びだして、ミュータントの死体に自動小銃を乱射し始めた。既に死体となっているミュータントに次々と銃弾が突き刺さる。フルオートで撃ったため、あっという間に弾切れになった。それでもなお、引き金を引き続けるミラ。カチ、カチと空撃ちする音だけが虚しく響く。
「ミラ……もういい。死んでる」
「ミラさん……」
シュウがミラの肩を叩く。カティが心配した表情で名前を呼ぶ。
ハッと我に返ったミラは、空を見上げて深呼吸する。一回、二回、三回。落ち着きを取り戻したミラは部隊の兵士たちの方を向く。
「取り乱しました。もう大丈夫です。……では皆さん、一度基地に帰還しましょう。もう夕方です」
そう言うと来た道を戻り始める。もう生存者はいないのだと悟ったのだろう。シュウとカティ、兵士たちもミラの言葉に頷き、ゆっくりと戻り始める。
時刻は五時。もう太陽が沈もうとしていた。
♢
「今までありがとうございました。お陰で春まで持ちこたえられそうです」
次の日の早朝。交易都市南門に十人ほどの人間がいた。馬車の御者台に乗ったアランと、シュウとカティ。それに見送りのミラとその護衛たちだ。
「忙しい時に出発するようですまない。……しかし本当にいいのか?」
シュウが言う。ミラは眠っていないのか少し疲れた顔で微笑んで頷く。
「むしろ都市を訪れたお客様に、戦闘に付き合ってもらっていたことが既におかしいんです。後のことは自分たちだけで片付けますよ」
「でも……こんなに報酬貰っちゃったのに……」
カティが腰に吊るした重そうな財布と、手に持った水平二連散弾銃を撫でながら言う。シュウとカティは報酬として金貨五十枚を貰った。更におまけでカティに散弾銃をプレゼントしてくれた。正式な依頼の契約をしていないのに、ここまで破格の報酬を貰えるのは前代未聞だった。
「ここは交易都市ですよ? お金は捨てるほどありますので大丈夫です。……ショットガン、大事に使ってくださいね?」
「もっちろん!」
カティが眩しいほどの笑顔で言う。それを見て思わずミラや護衛たちの顔が緩む。
「もし、また襲ってきたらどうする?」
「経験上、ミュータントたちは総攻撃後は暫くまともに活動しません。なので今、出発したほうが安全だと思いますよ」
そう言ってミラはこれ以上シュウたちを巻き込むまい、と必死にシュウを言いくるめる。遂に折れたシュウが「わかった。お言葉に甘えよう」と言う。ミラたちがほっとした表情を浮かべる。
別れの挨拶を済ませると、シュウとカティは馬車の荷台に乗る。ミラは御者台のアランに近づく。
「アランさんも、こんな危険な所に武器を届けていただき本当にありがとうございました。あの武器がなければ今頃私達は全滅していました」
「役に立ったのなら何よりです。この都市には昔から世話になっておりましたので、恩返しです」
アランが帽子を脱いでお辞儀する。
「では出発します。今までありがとうございました。また会いましょう」
「じゃあなミラ。落ち着いて事にあたれよ」
「またね! ミラさん!」
「はい。またいつかお会いしましょう。皆さんありがとうございました」
別れの挨拶。馬車がゆっくりと動き出す。ミラは手を振り、護衛たちは敬礼で見送る。
ミラは馬車の姿が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも手を降っていた。
♢
「また、会えるといいね」
「ああ。そうだな」
馬車の荷台でカティとシュウが話す。すっかり空っぽになった荷台では、ゆっくりと身体を伸ばして座ることが出来る。シュウは金貨でコイントスをしながら馬車の揺れに微睡む。カティが大きく欠伸をする。
「昨日は眠れなかっただろ。あんなことがあったんじゃ」
「うん……シュウも?」
シュウは金貨を懐にしまって頷く。
「どんなに戦場を経験したって、慣れないものは慣れないし、慣れるものは慣れる。……あんな糞みたいな戦闘は前者だ」
「……そっか。なんか安心」
そう言ってカティが横になる。馬車の揺れを物ともせず、すぐに眠りに落ちてしまった。
シュウは大きく欠伸をする。緊張が解けたことにより、疲れがドッと来る。少し目を瞑っただけでシュウは深い眠りについた。
♢
「お二人共! 起きてください!」
何時間眠っていたのだろうか。シュウとカティはアランの叫び声で飛び起きる。馬車は止まっていた。シュウは狙撃銃を手に持つと荷台から降りる。アランは馬車から少し離れた丘の上で、呆然としていた。
「どうした?」
「なに? なに?」
二人がアランのもとへ駆け寄る。アランはゆっくりと遠くを指さした。
「あれは……交易都市だな」
随分と長いこと眠っていたのだろう。巨大な交易都市が、もう指先ぐらいの大きさに見えるほど遠くに来ていた。
「……シュウ!」
カティが悲痛な声を上げる。シュウはアランの指差すところをよく見る。
「……あれは」
赤みを帯びた山々が動いていた。いや、正確には『赤みを帯びた生き物たちが山々を埋め尽すように動いていた』。山の雪面が見えないほどの大量の赤みを帯びた動くもの。三人には心当たりはひとつしかなかった。
「……どうにもならん」
二人が言いたくない言葉を、先んじてシュウが言う。いくつもの山を埋め尽くすほどのミュータントの数。少なく見積もろうが何千、何万匹を超えている。その波が交易都市を蝕むかのようにゆっくりと、ゆっくりと飲み込んでいく。銃声が聞こえ始める。だがこの数にはあまりにも頼りない音だった。
「……行きましょう」
アランが馬車に引き返す。カティは未だに呆然としていた。
「……カティ。行くぞ」
シュウがカティの腕を掴んで引っ張る。カティは無表情でシュウの顔を見る。
「あれは、どうにもならないんだよね?」
「ああ、どうにもならん。俺らが行っても、死体が増えるだけだ」
「そうだね。どうにもならない。自然に負けたんだ。仕方がないよ」
自分に言い聞かせるように呟きながら馬車に戻るカティ。そんなカティの後ろ姿を見ていたシュウは、最後に振り返り、滅びゆく交易都市の姿を目に焼き付ける。
「まるで蝗害、いや兎害だ」
そう吐き捨てると馬車に向かう。
悲しい銃声が暫くの間、山々に鳴り響いていた。
後に聞いた話だが、交易都市の周りの町も例外なく、滅んだらしい。