俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第12話 昨日のガキ、Tier2でした

 日曜日。早朝。

 

 普段の無職生活ではあり得ないほど早い時間に、直哉は目を覚ましていた。

 

 窓の外はまだ薄暗いが、寝起きの頭は妙に冴え渡っている。前日の学校での護衛業務から帰宅して以来、彼の中にはずっと小さな引っ掛かりが残っていたからだ。

 

(あの校門の前にいたガキ……)

 

 直哉はベッドから半身を起こし、真っ先に仕事用のスマートフォンを手にして通知を確認した。

 

 昨日の夕方、紅城院家の警備班に共有しておいた「不審な外国人少年」についての報告に対する、八咫烏側からの進捗だ。

 

『昨日報告された不審な少年について、関係各所へ照会継続中』

 

『現時点で身元特定には至らず』

 

 表示されたテキストはそれだけだった。

 

 つまり、ちゃんと昨日の報告は処理され調査されているが、今のところ危険人物だという証拠も、何者であるかの特定もできていないということだ。

 

(まだ分からないか)

 

 直哉はスマホを置き、小さく息を吐いた。

 

「まあ、何も問題ないならそれに越したことはないんだけどな」

 

 だが、身元が分からないからといって、「じゃあただの迷子だったんだろう。今日の沖縄なら絶対安全だ」と楽観視するほど、彼はもう素人ではなかった。

 

(場所が東京から沖縄へ変わっても、護衛対象である玲蘭さんが狙われている可能性自体は消えてない。今日も気を抜かずに行こう)

 

 直哉は着替えを済ませ、必要な荷物を確認した。

 

 《因果集結クロニクル》の編成には、昨日と同じく『東雲セナ』と『鳴海伊織』が入っている。

 

 今日は沖縄での式典や移動がメイン。人混みや屋内での近接随伴を考えれば、圧倒的な瞬発力と近距離での対応力を持つセナの方が遥かに適任だ。必要であれば、三秒のクールダウンで伊織へスイッチすることもできる。

 

(今日も一日、よろしく頼むぞ、セナ)

 

 ただし、変身するのはまだだ。

 

 直哉は森川直哉の姿のまま、自宅を出た。

 

 家の近所で《ナオ》の姿を目撃され、普段の自分と仕事上の身元を無駄に結び付けられる必要はない。能力者として働き始めて以来、そこはできるだけ慎重に分けるようにしている。

 

 空港へ到着すると、紅城院家との合流場所へ向かう前に、八咫烏側から案内されていた関係者用の個室へ入った。

 

 鍵を閉める。

 

『【CHARACTER CHANGE】』

 

 青白い粒子が狭い室内に弾け、視界と重心が切り替わる。

 

 備え付けの鏡には、黒いショートヘアの凛とした若い女性が映っていた。

 

 直哉は軽く首を回し、服装に問題がないことを確認する。

 

(よし)

 

 昨日、初めて女子校へ入った時のような変な気まずさや緊張感はもうない。

 

 代わりに、彼の胸の奥にはほんの少しだけ別の感情があった。

 

(沖縄か……。これ、仕事じゃなかったら普通に楽しい旅行なんだけどな)

 

 直哉は苦笑しながら個室を出て、《ナオ》として指定された特別ゲートへ向かった。

 

     ◆

 

 午前。

 

 直哉は空港の特別ゲートを抜け、紅城院家の用意したチャーター機の前へと案内されていた。

 

 一般客がごった返すターミナルや通常便を避け、移動経路と接触者を極力絞り込むための手配だ。暗殺の脅威が想定されている未成年の令嬢を運ぶ以上、警備上の判断としても理解できる。

 

 それでも、目の前に駐機しているプライベートジェットを見ると、直哉は圧倒されるしかなかった。

 

「……チャーター機なんだ」

 

 セナの声で、素直な感想が漏れる。

 

(本当に金持ちなんだな、この紅城院家って。昨日のあのでかい屋敷を見て分かってたはずなのに、規模が違いすぎる)

 

「おはようございます、ナオさん」

 

 背後から、落ち着いた声がかけられた。

 

 振り返ると、質の良いサマードレスに身を包んだ紅城院玲蘭が、付き人のスタッフたちと共に歩いてくるところだった。

 

「おはよ、玲蘭さん!」

 

 直哉がセナの明るい声で挨拶を返すと、玲蘭は昨日の初対面の時のように目を丸くして固まったりはせず、ふっと自然な笑みを浮かべた。

 

 昨日一日を共に過ごしたことで、少なくとも最初に会った時より、ナオに対する玲蘭の警戒はずいぶん薄れているように見える。

 

「今日は沖縄ですわね」

 

 その声には、堅苦しい業務上の挨拶とは少し違う、楽しげな響きが混じっていた。

 

 直哉は首を傾げて笑った。

 

「なんか、すごく嬉しそうじゃない?」

 

「別に。これはあくまで家のお仕事であって、旅行ではありませんけれど」

 

「いやいや、顔に出てるってば」

 

「出ておりませんわ」

 

 そんな軽いやり取りをしながら、二人はタラップを登って機内へと入っていった。

 

 セキュリティ上の規定により、機内でも近接警護担当であるナオは玲蘭のすぐ隣の座席に座ることになった。

 

 チャーター機が滑走路を走り出し、やがて東京の空へと舞い上がった。

 

 窓際の席に座った玲蘭は、ベルトサインが消えてからも、ずっと窓の外に広がる雲海を静かに見つめていた。

 

 ふと、昨日の放課後に彼女が言っていた言葉を思い出し、直哉は声をかけた。

 

「本当に、空が好きなんだね」

 

 玲蘭は窓から視線を外さず、小さく頷いた。

 

「ええ」

 

 少しの間を置いてから、彼女はぽつりとこぼした。

 

「ここにいる間だけは……家のしがらみも、学校のことも、自分を縛る全部のものが、少しだけ遠くなったような気がするのです」

 

 直哉は、セナの姿のまま小さく頷いた。

 

「……なるほどね」

 

 紅城院家という名前から受けられる恩恵は、おそらく直哉には想像もつかないほど大きい。

 

 その一方で、昨日から玲蘭を見ていると、普通の高校生なら背負わずに済むものまで大量に背負わされていることも分かってきた。

 

 機内での時間は、想像以上に穏やかに過ぎていった。

 

 昨日は護衛のルールや暗殺の背景についての硬い話が中心だったが、今日の機内ではもっと普通の日常的な会話が弾んだ。

 

 好きな食べ物の話。学校の先生の愚痴。苦手な数学の小テストの話。休日の過ごし方。

 

「沖縄には、何度か行ったことあるの?」

 

 直哉が尋ねると、玲蘭は少し考えてから答えた。

 

「家の行事や、海外の視察に同行する渡航経験はそれなりにあるのですが……実は、観光として自由に自分の足で歩き回った経験は、意外と少ないのです」

 

「へえ。お嬢様なら、世界中をファーストクラスで旅行して遊び回ってそうだけど」

 

「またその偏見ですの?」

 

 玲蘭がジト目で直哉を睨む。

 

「だってお嬢様だし」

 

「ナオさん、私のことを揶揄う時にその『お嬢様』という言葉を便利な免罪符として使っていません?」

 

「バレた?」

 

 そんな風に会話のテンポが合い始め、玲蘭の表情も徐々に柔らかく解れていった。

 

 だが、話が少しプライベートな方向へ進んだ時だった。

 

 玲蘭がふと、思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、ナオさん。昨日のお話ですけれど」

 

 直哉の背筋が、ピクッと伸びた。

 

(何!? なんか仕事でミスったか!?)

 

 少し身構える直哉に対し、玲蘭はあくまで自然なトーンで続けた。

 

「ナオさんが、女性がお好きだというお話です」

 

(そこ!?)

 

 直哉の脳内で、昨日の女子更衣室で口走った言い訳がフラッシュバックした。

 

 玲蘭は、特に非難するわけでもなく、純粋な興味として尋ねてきた。

 

「そのようなプライベートなこと、ご自身のご家族にはお話しされているのですか?」

 

 直哉は、完全に返答に困窮した。

 

「い、いや……そこまで、ちゃんとうちの親に話したことは、ないかな……」

 

 嘘は言っていない。

 

 三十四歳の独身男が、「俺、女性が好きなんだ」などとわざわざ両親へ宣言する機会など、これまで一度もなかった。

 

「そうなのですね」

 

 玲蘭はそれ以上深く追及することなく、静かに頷いて紅茶を一口飲んだ。

 

 直哉の内心だけが冷や汗で大変なことになっていた。

 

(この子に信用されればされるほど、俺の中の罪悪感が膨れ上がっていくんだけど!?)

 

 直哉は、これ以上この話題が掘り返されないことを心の底から願った。

 

     ◆

 

 那覇空港へ到着し、紅城院家の現地関係者が用意した黒塗りの車へと乗り込む。

 

 現地警備班とも合流し、数台の車列を組んで目的地へと向かった。

 

 車のドアが開き、外へ出た瞬間、強烈な熱気と湿度が体を包み込んだ。

 

 抜けるような青空と、遠くに見えるエメラルドグリーンの海。

 

 いかにも沖縄らしい、眩しい夏の日差しだ。

 

 セナの身体は、直哉本来の男の身体よりも遥かに高い身体能力を持っている。そのためか、この暑さの中でも身体は驚くほど軽かった。

 

 直哉は思わずテンションを上げて声を上げた。

 

「うわ、暑っ。でも海めっちゃきれい!」

 

 隣を歩いていた玲蘭が、呆れたように小さくため息をついた。

 

「ナオさん。私よりも、あなたの方が完全に旅行気分ではありませんか?」

 

「いやいや! ちゃんと目は光らせて仕事してるってば!」

 

 今回の沖縄への訪問理由は、紅城院グループの系列企業が運営する巨大なリゾート施設で、新しい宿泊棟の開業記念式典が行われるためだった。

 

 玲蘭は、紅城院家の『若い世代の代表』の一人としてこの式典に出席する。

 

 当然、彼女が会社の会長の代理として全ての意思決定をしているわけではない。現場には大人の親族や企業の役員たちも多数同席している。

 

 玲蘭に与えられた役割は、来賓への簡単な挨拶、テープカットへの参加、数分間の短い祝辞の代読、そして地元関係者との形式的な交流程度だ。

 

 だが、ホテルへ到着した瞬間、直哉は玲蘭の『変化』を目の当たりにすることになった。

 

 控室に入ると、大勢のスタッフやメイク担当が玲蘭の周囲を取り囲む。

 

 髪がセットされ、フォーマルなドレスへと着替え、式次第の最終確認が行われる。

 

 直哉は近接警護担当として室内に残りつつ、邪魔にならない位置から周囲を確認していた。

 

 着替えの最中は昨日と同じように余計な方を見ず、入口や室内の動きへ意識を向ける。

 

(……昨日よりは慣れた)

 

 一瞬そう思った直後、

 

(いや、慣れていいのか、これ)

 

 とも思ったが、仕事に穴を開けるつもりはなかった。

 

 式典が始まる。

 

 さっきまで機内で「数学の小テストが嫌だ」と普通の高校生のように笑っていた玲蘭が、ひとたび会場へ足を踏み入れた瞬間、完璧な『紅城院家の令嬢』へと表情を切り替えた。

 

「本日はご多忙の中、お越しいただき誠にありがとうございます」

 

 堂々とした立ち振る舞い。

 

 数十人の名士や企業の重役たちを前にしても物怖じせず、相手の名前と肩書きを把握し、自然なタイミングで微笑み、礼をする。

 

 直哉はただただ感心するしかなかった。

 

(……すげえな。十七歳でこれかよ。本当のお嬢様なんだな、この子)

 

 自分が会社員として働いていた頃を思い出しても、十七歳の時点でこれほど大勢の大人を相手に立ち回れる自信など、とてもなかった。

 

 直哉自身も、ただ観光気分で突っ立っていたわけではない。

 

 セナの身体に備わった高い戦闘感覚を使いながら、会場内の警戒を続ける。

 

 出入り口。

 

 人の流れ。

 

 配膳をするホテルスタッフの視線。

 

 来賓の手荷物。

 

 玲蘭に近づく人間の挙動。

 

 昨日の放課後に見かけた、あの不気味なキャンディの少年の件もある。

 

 特に年齢の若い外国人や、会場の空気にそぐわない不自然な人物が紛れ込んでいないか、直哉は神経を尖らせていた。

 

 イヤホンからは、定期的に紅城院家の警備班から連絡が入る。

 

『東側エントランス、異常なし』

 

『こちらも異常なし。予定通り進行中』

 

 直哉も無線に応答し、玲蘭の周囲を警戒する。

 

 結局、二時間近い式典の間に不審な人物が接触してくることも、警備班から異常を知らせる連絡が入ることもなく、行事は無事に終了した。

 

 関係者用のバックヤードを抜け、玲蘭が専用の送迎車両へと乗り込む。

 

 直哉も隣に乗り込み、重い車のドアがバタンと閉まった。

 

 スモークガラスによって、外からの視線が遮断される。

 

 その瞬間だった。

 

「…………疲れましたわ」

 

 さっきまでの完璧で凛とした姿はどこへやら。

 

 玲蘭は革張りのシートにぐったりと体を預け、大きく息を吐き出した。

 

 直哉は目を丸くした。

 

「えっ」

 

「本当に、疲れました」

 

「さっきまでの完璧で美しいお嬢様はどこ行ったの?」

 

 玲蘭は目を閉じたまま、力の抜けた声で答えた。

 

「ここにおりますけれど」

 

「その、シートに沈み込んでるような座り方で?」

 

「今この車内には、ナオさんしか見ておりませんから。構いません」

 

 その言葉に、直哉は一瞬だけハッとした。

 

(……そっか)

 

 大勢の関係者の前では見せていなかった姿だ。

 

 少なくとも自分の前では、少しくらい気を抜いてもいいと思ってくれているらしい。

 

 そう考えると、直哉はなんだか少しだけ嬉しくなった。

 

 玲蘭は目を閉じたまま、小さな愚痴をこぼし始めた。

 

「大人の方々というのは、どうしてあんなに、同じような内容の建前の話を何度も繰り返したがるのでしょうね」

 

 直哉は苦笑した。

 

「まあ、仕事の社交の会話なんて、どこもそんなもんだよ。意味がないことの確認に意味があるっていうか」

 

「ナオさんも、そのようなご経験がおありなのですか?」

 

「まあ、前の仕事でね。嫌っていうほど」

 

 危うく元の会社への愚痴がセナの口から大量に飛び出しそうになり、直哉は言葉を止めた。

 

 玲蘭が薄く目を開けた。

 

「前のお仕事?」

 

 直哉は少しだけ考え、細かい経歴は伏せたまま大枠だけを話すことにした。

 

「うん。普通の会社で働いてたことがあったんだけど。そこがどうしても自分には合わなくて、結局辞めたんだよね」

 

「それで、今の能力者のお仕事に?」

 

「まあ、そんな感じかな」

 

 玲蘭は少しだけ黙り込み、やがて静かに言った。

 

「ご自分で、辞めることを決められたのですね」

 

「うん。そのままいたら、自分が壊れそうだったからね」

 

「……いいですね」

 

 直哉は不思議そうに聞き返した。

 

「何が?」

 

「ご自分で、自分がこれから何をするかを、自由に選べることです」

 

 玲蘭は窓の外へ視線を向けた。

 

「別に、私は紅城院の家が嫌いなわけではありませんの。家族のことも好きですし、何もかも捨てて逃げ出したいとも思っていません」

 

「うん」

 

「ただ……学校も、留学も、付き合う方々も、将来のことも。何を選ぶ時にも、最初に『紅城院家としてどうするべきか』が付いてくるでしょう?」

 

 玲蘭は小さく息を吐いた。

 

「それが、ときどき少しだけ息苦しいのです」

 

 直哉は窓の外を流れる沖縄の風景を見つめた。

 

(何不自由ない金持ちのお嬢様にも、お嬢様なりの楽じゃない事情があるんだな……)

 

 自分も以前は、会社の都合に生活の大半を縛られていた。

 

 もちろん玲蘭とは事情が違う。

 

 それでも、選択肢を奪われる息苦しさなら少しだけ分かる。

 

「でもさ、玲蘭さん」

 

「はい?」

 

「全部が全部、周りの言うことを聞かなきゃいけないってわけじゃないでしょ?」

 

 玲蘭は少し目を伏せた。

 

「……ええ」

 

「自分が本当に嫌だと思うことは、ちゃんと断っていいと思うよ。それで相手がどう思おうと、玲蘭さんの責任じゃないし」

 

 玲蘭は少し驚いたように直哉を見て、それから静かに頷いた。

 

     ◆

 

 式典を終えた一行は、紅城院グループが経営するプライベートリゾートホテルへと到着した。

 

 玲蘭は家の関係者との短い事後打ち合わせへ向かい、直哉は部屋の外のセキュリティラウンジで待機することになった。

 

 ソファに座って一息つこうとした、その時。

 

 仕事用のスマートフォンが短く震えた。

 

 画面には『霧島』。

 

 直哉はすぐには応答せず、まず周囲を確認した。

 

 近くにホテルスタッフはいない。

 

 それでも念のため、人の出入りがないラウンジ脇の通路へ移動してから通話を取る。

 

「はい、森川です」

 

『森川さん。今、少しお話しできますか?』

 

 スピーカー越しに聞こえてきた霧島の声は、いつもの冷静な事務連絡のトーンとは違い、明らかに硬かった。

 

「はい。大丈夫です。何かありましたか?」

 

『現在受けていただいている紅城院玲蘭さんの警護案件について……少し、不穏な情報が入りました』

 

 直哉の表情が変わった。

 

 霧島は単刀直入に本題を告げた。

 

『海外の能力者社会側の情報筋から、極秘の報告がありました。どうやら数日前、紅城院玲蘭さんの殺害について、ある特定の暗殺者一族へ依頼が持ち込まれたらしい、という内容です』

 

「暗殺者一族……?」

 

『まだ正式な裏付けや証拠が取れたわけではありません。裏社会での噂や内部情報のリークに近い段階です。しかし、その依頼を受けたとされる一族の名前が問題でした』

 

 霧島は、重々しい声でその名を口にした。

 

『ヴァレリウス家』

 

 直哉には聞き覚えのない名前だった。

 

『何世代にもわたって各国の裏社会で暗殺や破壊工作を請け負ってきた、海外の能力者社会では非常に悪名高い一家です。特定の国家組織ではなく、裏の仕事を専門に請け負う集団と考えてください』

 

 直哉は思わず顔をしかめた。

 

「伝説の暗殺一家って……そんな漫画や映画みたいな連中が、本当に現実にいるんですか?」

 

『残念ながら、存在します』

 

 霧島の次の言葉で、直哉の表情からわずかな冗談っぽさも消えた。

 

『さらに昨日。その一族の人間が日本へ入国したことも確認されました』

 

「昨日!?」

 

『はい。ヴァレリウス家の末子です』

 

 年齢、十四歳。

 

 名前、ノア・ヴァレリウス。

 

 某国の外交官の家族として、正規の入国手続きを経て日本へ入っている。

 

『入国した時点では、日本国内で犯罪行為を行うという具体的証拠もなく、国際指名手配の対象でもありません。外交関係者の家族という身分も正式なものです。したがって、入国時点で警察や入管が身柄を拘束する法的根拠はありませんでした』

 

 空港から外交関係の車両で移動した後、現在は所在を確認できていないという。

 

 直哉の頭に、昨日の光景が浮かんだ。

 

「……十四歳?」

 

『はい』

 

「十四歳でも、そんな上のTierになることってあるんですか?」

 

『Tierそのものに年齢制限はありません。発現経路や能力の内容も人によって異なりますから、若年だから高Tierになれないというものではありません』

 

 霧島が続ける。

 

『今、森川さんの端末に該当人物の画像を送ります。確認してください』

 

 スマートフォンの画面に、一枚の写真が届いた。

 

 空港の監視カメラから切り出されたらしい、少し粗い画像。

 

 ラフなオーバーサイズのパーカー。

 

 色素の薄い顔立ち。

 

 そして、口元の棒付きキャンディ。

 

 直哉は言葉を失った。

 

「…………」

 

 数秒間の沈黙。

 

「霧島さん」

 

『はい』

 

「俺、昨日……こいつ見ました」

 

『……やはり。現場から報告を上げていただいた、あの少年ですね』

 

 昨日、直哉が紅城院家の警備班へ共有した情報は、八咫烏側へも連携されていた。

 

 学校周辺の監視映像から該当する少年を探し、海外側の情報とも照会した結果、今日になって『ノア・ヴァレリウス』との一致が確認されたという。

 

『森川さんの昨日の報告がなければ、危険人物としての照合にはもう少し時間がかかった可能性があります』

 

 霧島はさらっとそう言ったが、直哉の内心は穏やかではなかった。

 

 昨日感じた違和感は、間違っていなかった。

 

 霧島は続けて、八咫烏が把握している少年の能力情報を転送した。

 

『氏名:ノア・ヴァレリウス』

 

『年齢:14歳』

 

『所属:ヴァレリウス家』

 

『確認区分:Tier2相当』

 

『確認能力:《身体能力強化》』

 

『固有能力:《雷神》』

 

『能力完成度:発展途上』

 

 直哉は画面を見つめたまま、もう一度沈黙した。

 

『Tier2相当』

 

 そして、その下。

 

『発展途上』

 

「ちょっと待ってください、霧島さん」

 

『はい』

 

「Tier2で、しかも『まだ発展途上』って……あまりにも嫌な情報すぎません!?」

 

『私も、心底そう思います』

 

 そこだけは、事務的な霧島の声にも僅かな疲労感が混じった。

 

 直哉は改めて資料を見る。

 

「確認なんですけど。Tierって、能力そのものの強さを直接表してるわけじゃないんですよね?」

 

『はい』

 

 霧島が答える。

 

『Tierは、能力者本人が持つ《魂の定数》を基準とした区分です。簡単に言えば、その人物がどれほど大きな因果律改変を成立させられる存在なのか、その規模を見るための指標です』

 

「魂の定数……」

 

『ですから、同じTierでも戦闘能力や身体能力は全く同じではありません。逆に、Tierが上だからといって、あらゆる能力が下位Tierを自動的に上回るわけでもありません』

 

「なるほど……」

 

 直哉はこれまでの仕事を思い返した。

 

 Tier4だった山岸は、魂の定数の区分では自分より一段下だった。

 

 その上で、セナとの能力相性や基礎戦闘性能の差もあり、一方的に制圧することができた。

 

 今回は事情がまるで違う。

 

 ノアは魂の定数で自分より一段上のTier2。

 

 しかも《身体能力強化》と戦闘用の固有能力を持ち、暗殺を専門とする一家で訓練されてきた人間だ。

 

「その《雷神》って能力、具体的には何が出来るんです?」

 

『全てが解明されているわけではありませんが……』

 

 霧島は八咫烏が把握している範囲を読み上げた。

 

『電気現象を伴う能力です。身体能力強化との併用による極めて高速な近接戦闘、強力な放電攻撃、周囲の電子機器への障害などが過去に確認されています。ただし、詳細な能力の上限や限界は不明です。《雷神》そのものも、現在なお成長途中と評価されています』

 

 直哉は顔をしかめた。

 

(セナと同じ電気系か……)

 

 だから相性が良い、とは到底考えられない。

 

 こちらはセナの戦闘能力を借りているとはいえ、実戦経験を積み始めたばかり。

 

 向こうは十四歳でも、暗殺のために鍛えられた専門家だ。

 

 霧島が声を引き締める。

 

『森川さん。もしノア・ヴァレリウス本人と接触するような事態になった場合、絶対に単独での撃破や制圧を試みないでください』

 

「はい」

 

『あなたの任務は、紅城院さんの退避を最優先することです。交戦せざるを得ない場合も、離脱に必要な時間を稼ぐことだけを目的にしてください』

 

「了解です」

 

『相手はTier2相当です。森川さんの戦闘能力がTier3として高い水準にあることと、この相手と正面から戦って勝てるかどうかは別問題です』

 

「分かってます」

 

 その瞬間。

 

 直哉の意識が、視界の端に浮かぶ《因果集結クロニクル》へ向いた。

 

『因果晶:6,400』

 

 四十連分。

 

(……回すか?)

 

 考えないわけがなかった。

 

 昨日までは、あと4,800集めれば★5確定まで必要な七十連分を揃えられるからと、石を温存していた。

 

 だが今は、自分より上位のTier2、それも暗殺を専門とする戦闘能力者が玲蘭を狙っている可能性が高い。

 

(ここでガチャを回して、戦力を増やした方がいいんじゃ……?)

 

 直哉は現在の表示を確認した。

 

『★5キャラクター確定まで:70回以内』

 

 手持ちは四十連。

 

 全て使っても、★5が出る保証はない。

 

(最悪、6,400全部使って★5なし。それでも天井まであと三十連……)

 

 十連ごとに★4以上のキャラクターは一人保証される。

 

 だが、新しいキャラクターが出る保証はない。

 

 すでに持っているキャラクターが重なり、《因果共鳴》になる可能性もある。

 

 新しい★4を引いたところで、どんな能力なのか、今回の護衛で役に立つのかも分からない。

 

 一方、セナと伊織なら、能力の内容も使い方もすでに把握している。

 

(……いや。今はまだ回さない)

 

 怖くなったからといって、保証のない四十連を全部使うのは違う。

 

 相手と遭遇しないよう警備を強化する。

 

 遭遇したら、勝とうとせずに玲蘭を連れて逃げる。

 

 それが可能なうちは、そちらを選ぶべきだ。

 

 あと4,800。

 

 そこまで貯めれば、少なくとも★5を一人は確実に確保できる。

 

(今は温存だ)

 

 直哉はガチャ画面を閉じた。

 

「霧島さん。こっちでもすぐ警備側に共有します」

 

『お願いします。こちらも引き続き情報を追います』

 

 通話を切った直哉は、即座に紅城院家の現地警備責任者のもとへ向かった。

 

     ◆

 

「責任者! 至急確認してほしい情報がある!」

 

 直哉は霧島から送られてきたノアの資料と画像を、警備側の情報端末へ共有した。

 

 内容を見た警備責任者の表情が一変する。

 

「これは……すぐに東京の本部と八咫烏へ連携を取り、警備計画を全面的に再構築します」

 

 ここから、紅城院家の警備班の動きは早かった。

 

 玲蘭をこれ以降、ホテルの外の公道や市街地へ出さない。

 

 予定されていた自由時間や外出は中止。

 

 ホテル敷地内の警備人員を増やし、使用する出入口も限定する。

 

 翌日に使用する送迎車両も再点検。

 

 そして、月曜日に予定されていた東京での学校への登校も中止となった。

 

 当初の、

 

『三日目:東京都内・学校随伴』

 

 という予定は白紙になり、

 

『三日目予定:再調整中』

 

『東京帰還後、安全区域への移動を優先』

 

 へと変更された。

 

(そりゃそうだよな。Tier2の暗殺者が来てる可能性が高いのに、予定通り学校へ行く理由なんてない)

 

 直哉も異論はなかった。

 

 関係者との打ち合わせを終えた玲蘭が、控室へ戻ってくる。

 

 警備責任者から、ヴァレリウス家とノアについて正式に説明された。

 

 玲蘭は、少し顔を強張らせて直哉を見る。

 

「……昨日の、校門にいたあの少年が、その暗殺者なのですか?」

 

「可能性はかなり高いみたい」

 

「十四歳……なのですよね? そんな子供が、プロの暗殺者だなんて」

 

「Tierには年齢制限がないんだって。十四歳だから弱い、とは考えない方がいいみたい」

 

「……その、Tier2というのは?」

 

 直哉は少し考えてから答えた。

 

「私より一段上のTier。少なくとも、本人が成立させられる因果律改変の規模は、私より明確に上」

 

 それから付け加える。

 

「しかもその子は、身体能力強化と戦闘用の能力を持ってるプロの暗殺者。私一人で正面から戦っていい相手じゃない」

 

 玲蘭の表情が僅かに強張った。

 

 警備責任者が厳しい声で告げる。

 

「お嬢様。本日の残りの外出予定は全て中止とさせていただきます。ホテル内の警備区域のみでの行動に制限いたします」

 

 玲蘭は反論しなかった。

 

「……分かりました」

 

「明日の学校への登校も中止となりました」

 

「……承知しました」

 

 少し残念そうには見えたが、状況を理解してくれたことに直哉は安堵した。

 

 とはいえ、ホテルの奥へ完全に閉じ込めるだけでは玲蘭の負担も大きい。

 

 警備班がホテル敷地内の海辺のテラスと、一般客が入れない管理区画の安全を確認した。

 

 複数名が周囲を警戒し、ナオが至近距離で随伴するという条件付きで、夕方に短時間だけ敷地内の海岸を歩く許可が下りた。

 

     ◆

 

 夕暮れ時。

 

 日差しが少し弱くなり、心地よい風が吹き始めた沖縄の海。

 

 玲蘭と直哉は、穏やかな波が寄せる砂浜をゆっくりと並んで歩いていた。

 

 少し離れた位置には、紅城院家の警備員たちが周囲を警戒している。

 

 玲蘭は波を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。

 

 直哉も急かさず、その歩調に合わせる。

 

 やがて、玲蘭がぽつりと口を開いた。

 

「……ナオさん」

 

「ん?」

 

 少し間を置いてから、彼女は尋ねた。

 

「男性というものは、女性に一度アプローチを振られたくらいで、怒って暗殺者を雇うようなものなのですか?」

 

 セナの姿をした直哉は、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

「いや、普通ではないと思われます……」

 

 妙に丁寧な敬語になってしまった。

 

 玲蘭が顔を向ける。

 

「やはり?」

 

「いやいや、絶対に普通じゃないから! いくらなんでも異常すぎるって!」

 

 直哉が全力で否定すると、玲蘭はほんの少しだけ息を吐いた。

 

「……そうですわよね」

 

「もしかして、気に病んでたの?」

 

 玲蘭は海へと視線を戻した。

 

「ええ。相手の方をお断りした時、少し冷たくしすぎたのかもしれないと。向こうの家の方からは、『もう少し相手の立場を考えるべきだった』とか、『大勢の前で恥をかかせた』とか……そういうことも言われましたから」

 

 直哉はキッパリと言い切った。

 

「玲蘭さんは、自分が嫌なものをちゃんと『嫌だ』って言っただけでしょ?」

 

「はい」

 

「だったら何も間違ってないよ。それで相手のプライドが傷ついたからって、暗殺者まで雇って逆恨みする方が百パーセントおかしい」

 

 玲蘭の肩から、僅かに力が抜けたように見えた。

 

「……そう言っていただけると、少し安心します」

 

 そして。

 

「こういうデリケートなことは……やはり、男性の護衛の方には少し相談しづらいですから。ナオさんが女性で、本当に良かったです」

 

 直哉は表面上、どうにかセナの笑顔を維持した。

 

「そ、そう? よかったよかった」

 

 内心。

 

(ぐあああああ!! 俺も男なんだよなぁ……!!)

 

 昨日の女子更衣室での発言まで思い出す。

 

(本当にごめん……)

 

 それ以上は考えないことにした。

 

 しばらく無言で歩いた後。

 

 玲蘭の足が止まった。

 

「でも……」

 

 先ほどまでの気丈な表情が少し崩れる。

 

「正直に言えば、とても……怖いです」

 

 直哉は玲蘭を見た。

 

 彼女は海を向いたまま、小さな声で続ける。

 

「昨日までは、暗殺者と言われても、映画か何かの話のようで、どこか現実味がありませんでした」

 

「うん」

 

「でも、あの方は昨日、本当に私の学校の門のすぐ前まで来ていたのでしょう?」

 

「……うん」

 

「しかも、ナオさんよりも上のTierの方で……」

 

「そうだね」

 

 玲蘭の指先が、ドレスの裾を強く握っている。

 

 微かに震えていた。

 

 直哉は、彼女に何と言うべきか考える。

 

 ここで「絶対に守る」と格好よく断言することもできる。

 

 だが、相手はTier2。

 

 何が起きても絶対に守り切れるなどと、根拠なく約束する気にはなれなかった。

 

「そりゃ、怖いよ」

 

 玲蘭が顔を上げる。

 

「誰だって、自分の命が狙われてるなんて知ったら怖いって。別に変なことじゃないよ」

 

「……」

 

「でも、今は私がすぐ隣にいるから」

 

 直哉は周囲の警備員にも視線を向けた。

 

「私だけじゃない。警備の人たちもいるし、八咫烏も動いてる。みんなで玲蘭さんを守るために仕事してるんだから」

 

 そして、自分に言える範囲の言葉を続けた。

 

「少なくとも、玲蘭さんを一人にはしないよ」

 

 玲蘭はしばらく直哉を見ていた。

 

 やがて、小さく頷く。

 

「……はい」

 

 二人は再び歩き始めた。

 

 しばらくして、直哉は玲蘭との距離が先ほどより僅かに近くなっていることに気づいた。

 

 歩くたびに、玲蘭の指先がナオのジャケットの袖を軽くつまんでいる。

 

 直哉はそれに気づいたが、何も言わずに前を向いて歩き続けた。

 

     ◆

 

 海岸を歩き終える頃、ホテル敷地内のショップから、警備員が沖縄風のアイスキャンディを二つ買ってきてくれた。

 

 直哉と玲蘭は、テラスのベンチに座ってそのアイスをかじった。

 

「へえ、お嬢様も普通にこういうアイスとか食べるんだね」

 

「まだその言葉を使いますの?」

 

「だって、お嬢様なんだから仕方ないでしょ」

 

「明日から、私のことを『お嬢様』と呼ぶのは禁止いたします」

 

「えー。じゃあ玲蘭ちゃん?」

 

「近すぎます。馴れ馴れしいです」

 

「じゃあ、今まで通り玲蘭さん?」

 

 玲蘭はアイスを一口かじり、少し間を置いてから顔をそむけた。

 

「……それなら、よろしいです」

 

「了解」

 

 揶揄う時の『お嬢様』呼びは禁止され、結局いつもの『玲蘭さん』に落ち着いた。

 

 アイスを食べながら、玲蘭がふと尋ねる。

 

「ナオさんは……今回のお仕事、怖くはないのですか?」

 

 直哉は即答した。

 

「怖いよ」

 

 玲蘭が少し驚いたように目を丸くした。

 

「能力者の方なのに?」

 

「能力者だって普通の人間だもん。怖いものは怖いって。ましてや相手が、自分一人じゃ戦わない方がいいような相手ならなおさらね」

 

 玲蘭はしばらく直哉を見てから、小さく頷いた。

 

「では、なぜこの危険なお仕事を選んだのですか?」

 

 直哉は少しだけ考えた。

 

 お金。

 

 無職から抜け出すため。

 

 《因果集結クロニクル》について知るため。

 

 理由はいくつもある。

 

 その中から、今一番しっくりくる答えを選んだ。

 

「……自分で選んだからかな」

 

「ご自分で?」

 

「うん。誰かに強制されたわけじゃない。自分で『この仕事をやる』って決めたからね」

 

 直哉はアイスを一口かじった。

 

「だから怖くても、途中で勝手に投げ出したくはないかな」

 

 玲蘭は何も言わず、静かに頷いた。

 

     ◆

 

 夜。

 

 玲蘭はホテルのプライベートエリアにある自室へ戻った。

 

 夜間は紅城院家の専属警備班がフロアを固めるため、直哉の今日の直接警護業務はここで一旦終了となる。

 

 直哉自身も同じホテル内の警備区画にある別室で待機し、何かあればすぐ呼び出される。

 

 別れ際、玲蘭が部屋のドアの前で立ち止まった。

 

「ナオさん」

 

「ん?」

 

「今日も一日……本当に、ありがとうございました」

 

 直哉は肩をすくめた。

 

「仕事だからね。気にしないで」

 

 玲蘭が少しだけ不満そうな顔をした。

 

 直哉はそれを見て笑う。

 

「……まあ、それだけじゃないけど」

 

「?」

 

「仕事っていうのもあるけど、玲蘭さんと話すの、普通に楽しいしね」

 

 玲蘭は少しだけ目を細めた。

 

「……そうですか」

 

「うん。じゃあ、また明日」

 

「はい。お休みなさいませ、ナオさん」

 

 ホテルの自室へ戻った直哉のスマートフォンに、警備担当者から翌日の予定変更が届いた。

 

『第三日目予定変更』

 

『学校への登校:全面中止』

 

『東京都内での移動:警備計画を再編の上、安全区域への移動を優先』

 

『警護契約:継続』

 

 明日の月曜日も、直哉は玲蘭の警護に付く。

 

 ただし学校へ行くのではなく、東京へ帰還した後、安全が確保された場所まで玲蘭を移動させることが中心になる。

 

(明日の東京帰還か……。気を抜けないな)

 

 この日は契約二日目。

 

 ノアについての情報は入ったが、実際の襲撃や救助のように、直哉自身の介入で外部の結果を変える出来事は起こらなかった。

 

 視界には、昨日と同じ銀色の通知が表示された。

 

『【活動記録更新】』

 

『集結キャラクターの継続活動を確認しました』

 

『活動内容を記録します』

 

『活動評価完了』

 

『活動報酬を獲得しました』

 

『《育成記録・初級》×6』

 

『クレジット:8,000』

 

 因果晶はなし。

 

 前日の一日目にも同量の活動報酬が支給されていたため、現在の所持数は、

 

『因果晶:6,400』

 

『《育成記録・初級》×38』

 

『クレジット:56,000』

 

 となった。

 

「まあ、今日は本当に護衛してただけだからな」

 

 玲蘭が無事に一日を終えた。

 

 それで十分だ。

 

 ベッドに横になり、部屋の明かりを落とした直哉は、霧島から送られてきた資料をもう一度だけ見直した。

 

『ノア・ヴァレリウス』

 

『14歳』

 

『Tier2相当』

 

『《身体能力強化》』

 

『《雷神》』

 

『能力完成度:発展途上』

 

「……十四歳で、Tier2か」

 

 昨日の放課後の光景が脳裏に蘇る。

 

 棒付きキャンディ。

 

 無邪気な笑顔。

 

 ひらひらと振られた手。

 

 直哉は、そこでふと眉を寄せた。

 

(……待てよ)

 

 昨日。

 

 ノアは道路の反対側から『こちら』を見ていた。

 

 暗殺者であるなら、標的の玲蘭を確認しに来たとしても不思議ではない。

 

 だが。

 

 最後に完全に目を合わせ、笑って手を振った相手は。

 

 玲蘭ではなかった。

 

 護衛として隣に立っていた、『ナオ』だった。

 

 直哉はベッドの上で身体を起こした。

 

(あいつ……玲蘭さんだけを見に来たんじゃない)

 

 護衛の人数。

 

 配置。

 

 能力者の有無。

 

 そして、自分。

 

(俺のことも見に来てたんだ)

 

 直哉はすぐにスマートフォンを手に取った。

 

 霧島と紅城院家の警備責任者が参加している連絡用グループへ、追加情報を打ち込む。

 

『追加報告です。昨日の少年は、私の顔を明確に認識した上で手を振っています。標的だけでなく、護衛戦力と能力者の配置を確認するための下見だった可能性があります』

 

 送信。

 

 しばらくして返信。

 

『承知しました。第三日目の警備計画へ反映します』

 

 直哉はスマホを置き、窓の外に広がる沖縄の夜空を見た。

 

 明日は東京への帰還。

 

(相手はTier2)

 

(遭遇しても、俺から戦いを挑まない)

 

(玲蘭さんを連れて逃げる。必要なら、そのための時間だけ稼ぐ)

 

 霧島から言われた原則を、もう一度確認する。

 

 その上で、昨日の少年の笑顔が脳裏をよぎった。

 

(……あのガキ、何考えてやがる)

 

 直哉はしばらく暗い窓の外を見つめていた。




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