俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
八咫烏でのTier2格上げ手続きと能力測定を終え、直哉が実家へと帰還したのは火曜日の夕食後だった。
風呂を済ませてスウェットに着替えた直哉は、自室のベッドに腰掛けるなり、真っ先に視界の《因果集結クロニクル》を呼び出した。
当然、彼の視線が最も引き寄せられるのは、あの限定ガチャのバナーだ。
『因果晶:12,800』
『★5キャラクター確定まで:30回以内』
そして、直哉の頭の中には『ピックアップ対象外の★5が出た場合、次はピックアップ確定』というルールがこびりついている。
つまり、今の彼には、確実にあの限定の白髪の青年を手に入れるだけの十分すぎる石があるのだ。
問題は、開催期間だった。
金曜日の夜には八日以上残っていた限定バナーも、今ではすでに残り五日を切っている。
直哉は、ジッとバナーを見つめた。
「…………」
視界の端で光る『10回集結』のボタンへ、意識が吸い寄せられるように動く。
あと三回。たった三十連回すだけで、最高レアリティのキャラクターが確定で手に入る。
指が動く。
だが。
ポチッと押す寸前で、その指はピタリと止まった。
直哉の脳裏に、昼間に八咫烏の施設で霧島から頼まれたことが蘇ってきた。
要するに、Tier2への登録更新や能力記録、受注資格などの事務処理が終わるまでの数日間、新しいキャラクターを増やすのを待ってほしい、という話だった。
限定バナーの期限があることを伝えると、霧島も可能な限り優先して処理すると約束してくれた。
直哉は、誰もいない自室で一人言い訳をするように呟いた。
「……分かってるよ。約束くらい守るって」
石がなくて回せないのではない。
石は山ほどある。確定天井も目の前にぶら下がっている。
それなのに、自分の意志で回すのを我慢しなければならない。
「分かってるけどさぁ……これ、石がゼロで回せない時より、よっぽど精神的な拷問じゃないか?」
目の前にご馳走があるのに、「おあずけ」を食らっている犬の気分だ。
とはいえ、社会人として「手続き待ってくれ」と言われた約束を初日で破るほど、直哉は非常識な人間ではなかった。
直哉は、大きなため息と共にガチャのバナーをスッと閉じた。
「ガチャが回せないなら……」
直哉は、メニューのタブを切り替えた。
「そういや、こいつのこと、まだちゃんと調べてなかったな」
キャラクターの一覧画面。
そこに並んでいるのは、東雲セナ。鳴海伊織。
そして、昨日、絶体絶命の危機から玲蘭を救い出した、三枠目の存在。
直哉は、昨日の緊急ガチャで引いた直後から、息つく暇もなかった。
玲蘭の救出、ノアとの一触即発の事態、そして生身に戻ってからの激痛、病院への搬送、一千万円の治療費請求、八咫烏の施設での能力検査。
エレノアの能力を実際に使い、八咫烏の人間たちにも検査してもらったというのに。
肝心の、ゲーム内の『キャラクタープロフィール』や詳細なスキル説明を、まともに読んですらいなかったのだ。
「ちょうどいいか」
ガチャも禁止されている。
今夜は、この初めての星5キャラクターについて、じっくりと腰を据えて確認する時間にしよう。
直哉は、キャラクターのアイコンをタップした。
画面全体が、これまでの★4とは違う、豪華な黄金色のエフェクトで彩られる。
そして、そこに静かに佇む、クラシカルなメイド服の女性の立ち絵が表示された。
『★★★★★』
『エレノア・ヴァイス《時界の従者》』
直哉は、画面のレアリティ表示を見てニヤリと笑った。
「改めて見ると、やっぱり星五なんだよなぁ」
セナも伊織も優秀だが、★4だ。
初めて自分の手で引き当てた(すり抜けだが)最高レアリティの存在。
ガチャゲーマーとして、その事実だけで少しだけテンションが上がってくる。
直哉は、画面の横に表示されている基本プロフィールのテキストを、上から順に読んでいった。
『年齢:29歳』
『身長:172cm』
「二十九歳か」
伊織より二つ年上。直哉自身よりは五つ年下だ。
「見た目の落ち着きからすると、ちゃんと大人な年齢設定だな」
そして、直哉の視線が次の項目で止まった。
『所属:《夜行館》』
『役職:メイド長』
「……夜行館?」
セナの『東都特異災害対策局』とも、伊織の『国家特異災害対策庁』とも違う、全く新しい所属名だ。
そして。
「メイド長」
直哉は、画面上に立つエレノアの姿を改めて見つめた。
派手な装飾のない、機能的だがどこまでも優雅でクラシカルなメイド服。
背筋の伸びた完璧な姿勢。隙のない立ち振る舞い。穏やかで、しかし冷たさも内包した表情。
直哉は少しだけ眺めてから、納得したように頷いた。
「へー、ただのメイドじゃなくて、メイド長か。まあ、見たまんまの威厳はあるよな」
だが。
直哉の脳裏に、昨日の地下駐車場での光景が鮮明にフラッシュバックした。
『パチン』と指を鳴らし、無数の銀色のナイフで空間を埋め尽くし、あのTier2の化け物暗殺者であるノアを、一方的にハリネズミにして制圧した姿。
直哉は画面に向かって、真顔でツッコミを入れた。
「……いや」
「時間を止めて、暗殺者を数百本のナイフで串刺しにするメイド長って、普段一体どんなヤバい館を管理してるんだよ」
気になって、直哉は所属名の『《夜行館》』というテキストをタップしてみた。
すると、ゲームの設定資料のように、簡単な用語説明のウィンドウが開いた。
『《夜行館》』
『夜と朝の境界に存在するとされる、広大な大邸宅。』
『館には多数の使用人が主人に仕え、館の維持管理および来訪者への応対を行っている。』
直哉は眉をひそめた。
「夜と朝の境界……? どこだよそれ」
当然、システムから具体的な住所や座標の答えは返ってこない。
直哉は続きを読む。
『エレノア・ヴァイスは、その使用人たちを統括するメイド長であり、主人の身辺管理、館内秩序の維持、そして来客対応を主な職務として担当している。』
「うん、ここまでは普通の有能なメイド長だ」
だが、最後の一文。
『また、館へ害意を持って侵入した者の“排除”も、彼女の重要な職務に含まれる。』
直哉はため息をついた。
「急に物騒になったな!」
だが、昨日の戦いぶりを思い出せば、激しく納得のいく説明だった。
「なるほどね……ノアを相手にした時のあの冷徹な対応は、『お嬢様を守る』という護衛の延長線上であり、『害意を持った侵入者を排除する仕事』だったってことか」
ここで、直哉の中にも色々な疑問が湧いてきた。
その《夜行館》の主人というのは、一体何者なのか。
使用人は他に何人いるのか。全員がエレノアのように時間を止めたりナイフを飛ばしたりする能力者なのか。
このゲームのキャラクターたちの住む世界そのものは、一体どういう構造になっているのか。
しかし、プロフィールにはそこまで深い設定は書かれていなかった。
直哉は画面の隅をタップしながら呟いた。
「このゲーム、設定資料集とかショップで売ってくれないかな」
当然、今の《因クロ》のショップ機能にそんな親切なアイテムは並んでいない。
夜行館の謎については、これ以上深掘りできないと諦めた。
次に、人物紹介のテキストへスクロールする。
『常に冷静沈着。』
『いかなる事態においても従者としての礼節を崩さず、館に仕える使用人たちから厚い信頼を寄せられている。』
『主人および客人の安全を最優先とし、その身に害意を向けた者へは一切の容赦を見せない。』
「あー……」
直哉は、昨日のエレノアの態度を思い出した。
玲蘭に対する、「お嬢様、お怪我はございませんか」という完璧で優しい従者の態度。
そして、ノアに対する、「お嬢様を傷つけた輩と話をする趣味はございませんので」という、絶対零度の冷酷さ。
このテキストと完全一致している。
さらに、一文が続く。
『彼女にとって戦闘とは、館の秩序を乱すものを“片付ける”という、日常の仕事の一つに過ぎない。』
「だから、あんな温度だったのか」
ノアを数百本のナイフで串刺しにして制圧した時も、彼女は怒りや憎しみを見せることはなかった。ただ、「床に落ちたゴミでも片付けた」ような、極めて事務的で平坦な態度だった。
直哉は感心した。
中身に入っているのは、死ぬほどビビってパニックになっていた三十四歳の直哉だというのに。
身体の所作と、口から出る発話のトーンが、この『エレノア・ヴァイス』というキャラクター像へ完璧に合わせられていたのだ。
「キャラの再現度だけ、異様に高いゲームだよな、これ」
少しだけ、ゲームらしい『好み』などの簡易プロフィールも用意されていた。
『好むもの:整えられた空間、淹れたての紅茶、静かな夜』
『苦手なもの:無作法、予定外の来客、整理されていない部屋』
直哉は苦笑した。
「予定外の来客が苦手なの?」
一拍置いて、昨日のことを思い出す。
「まあ、ノアみたいな最悪のタイミングで来る予定外の暗殺者なんて、メイド長からすれば一番嫌な客だったんだろうな」
ふと、直哉は自分の部屋を見回した。
脱ぎ散らかした服、読みかけの漫画、少し埃の被ったゲーム機。多少散らかっている、一般的な独身男性の部屋だ。
「……これ、エレノアの姿になって自分の部屋を見たら、メイド長の習性で勝手に隅々まで片付けたくなったりするのかな」
人格が完全にキャラに乗っ取られるわけではないことは分かっている。
だが、あの身体の所作は妙に美しく、効率的になるのだ。掃除をさせたら完璧な仕事をしてくれるのではないか。
ちょっと試してみたくなったが、わざわざ夜中にメイド姿へ変身して、自分の部屋の掃除を始めるのも馬鹿らしい。
「……まあ、また今度でいいか」
そして、ステータス画面の端。
『現地登録Tier:2』
直哉の指が、その文字の上で止まった。
「…………」
今日の昼間、八咫烏の施設で霧島から告げられた評価。
『エレノア・ヴァイスの総合評価は、Tier2相当です』。
完全に一致している。
セナの時は、『現地登録Tier:3』で、八咫烏の測定も『Tier3相当』だった。
伊織も同じく、『現地登録Tier:3』で、八咫烏の暫定評価も『Tier3相当』。
そして、星5のエレノアまでが。
「三人連続で一致か」
直哉はスマホのメモ帳を開き、書き留めた。
『セナ:現地表記3 / 八咫烏測定3』
『伊織:現地表記3 / 八咫烏測定3』
『エレノア:現地表記2 / 八咫烏測定2』
「これ……単なる偶然の数字の一致で片付けるには、合いすぎてるよな」
だが、答えは出ない。
《因クロ》のテキストにある『現地』という言葉が、一体どこを指しているのかも不明なままだ。
八咫烏が使っている『Tier』と同じ尺度をゲームシステムが勝手に参照しているのか。それとも、似たような分類法が存在しているだけなのか。
直哉は首を振り、その謎の考察は保留することにした。
「さて」
直哉は、ゲーム画面のタブを切り替えた。ここからが本題だ。
「性能とスキルを見るか」
昨日は、緊急事態すぎてスキルの説明文を読む暇など一秒もなかった。直感だけで能力を振り回していたのだ。
まず、通常攻撃の欄。
『通常攻撃:《銀刻投刃》』
『投擲刃による連続攻撃を行う。最終段でごく短時間の時間停止を挟み、異なる方向へ配置した複数のナイフを同時に射出する』
直哉は呆れたようにツッコミを入れた。
「通常攻撃のコンボの最後に、平然と時止め混ぜてんのかよ」
さすがは星5キャラクターだ。基本の攻撃からして規格外だった。
続いて、スキルの説明。
『スキル1:《静刻歩》』
『短時間の時間停止を行い、停止中に任意の方向へ移動する。時間再開時に、元の位置へ複数の投擲刃をトラップとして残す』
直哉は膝を打った。
「あ、これだ」
ノアが最後まで「瞬間移動か?」と誤認していた、あの神出鬼没の移動の正体。
実際には、一瞬でテレポートしているわけではない。
『時間を止める。自分が歩いて移動する。時間を再開する』。
そのプロセスを挟んでいるだけだ。
「まあ、傍から見ている本人からしたら、完全にテレポートにしか見えないよな」
昨日の戦闘の答え合わせになった。
『スキル2:《銀刻陣》』
『時間を停止し、多数のナイフを生成して指定空間へ配置する。時間再開と同時に、それらを一斉に射出する』
直哉は深く頷いた。
「これも使ったな」
ノアの逃げ道を完全に塞いだ、あの大量のナイフの雨だ。
今日、八咫烏の測定で「ナイフ一本一本の火力は、Tier2としては突出していない」と評価された意味も、ここで完全に理解できた。
エレノアの強さは、一本のナイフが超火力の大爆発を起こすことではない。
『相手の時間を完全に止めてから、絶対に避けられない逃げ場のない状況を完成させること』。
「そりゃ、対人戦だと理不尽なほど強いわな」
さらに、回避アクションの項目。
『回避:《秒針外し》』
『敵の攻撃が命中する直前に回避を行うことで発動。極短時間の時間停止を行い、自分だけ安全な位置へと変更し、時間を再開する』
「回避行動まで、時止めで処理してんのかよ」
ゲームのキャラクターとして見ると、通常攻撃、スキル、移動、回避。
その全ての行動の起点に、『時間停止』というチート能力が組み込まれているのだ。
本当に、時間停止という一点に全てを振った特化型のキャラクターだった。
今日の霧島が下した『時間停止に極端に能力構造が偏っている』という評価とも、完璧に一致している。
そして。
直哉の視線が、スキルツリーの一番下に輝く、豪華な★★★★★演出の項目へとたどり着いた。
『EXスキル』
『《時界終幕・万象再演》』
直哉は、その仰々しい名前を見て息を呑んだ。
「名前からして、どう考えてもヤバそうだな」
直哉は、その説明文をじっくりと読み込んだ。
『現在の戦闘中において、編成内の他のキャラクターが使用したEXスキルをシステムに記録する。』
『記録上限:最大2つ』
『発動時、世界を完全に停止し、記録された他キャラクターのEXスキルをそれぞれ一度ずつ《再演》する』
直哉の思考が、ピタリと停止した。
「…………」
視線が、テキストの上をもう一度往復する。
「……ん?」
もう一回、初めから読み直す。
直哉の頭の中で、現在の編成スロットの状況が組み上がった。
セナ。伊織。エレノア。
例えばだ。
戦闘の序盤で、セナにチェンジしてEXスキル《暁天・千雷一閃》を撃つ。
次に、伊織にチェンジしてEXスキル《遠景・終端射撃》を撃つ。
これで、二人の必殺技がシステムに記録された状態になる。
そして最後に、エレノアへチェンジして、この《時界終幕・万象再演》を発動すると。
エレノアが時間を止めた状態で、
セナのEXが再演され。
伊織のEXも再演される。
直哉の目が見開かれた。
「待って」
「これ……味方の必殺技を、時間止めたままもう一回連続で撃つってこと!?」
ゲーム脳の計算回路が、爆発的な速度で回り始めた。
さらに、恐るべき追加説明のテキストが続く。
『記録されたEXスキルが、発動時に特定の強化条件を満たしていた場合。その強化バフ状態を維持したままの威力で再演される』
「…………」
セナであれば、《臨界駆動》状態からの『《暁天・千雷一閃――極》』。
伊織であれば、観測値最大からの『《遠景・終端射撃――確定》』。
それらの最大火力の強化版を、そのままの威力で。時間を止めたまま。
「強化版まで、そのままコピーして叩き込むのか!?」
直哉は思わず、部屋に響くほどの大きな声を出してしまった。
下のリビングから、母親の声が飛んできた。
「直哉ー? 何かあったのー?」
「何でもない! ちょっとゲームの仕様にビビっただけ!」
直哉は慌てて声を落とし、画面の中のエレノアの立ち絵をまじまじと見つめた。
「お前さぁ……」
「時間を止めるだけでも十分すぎるほど強かったのに、なんだよこの無法な必殺技は……」
だが、興奮が少し落ち着いてから、直哉はそのスキルの『制約』についても冷静に条件を整理した。
これは、何でもかんでも無条件にコピーできる万能魔法ではない。
・『他の編成キャラクターの技』だけ。
・『その戦闘中に実際に一度使用したEXスキル』だけ。
・最大で二種類まで。
・そして当然、エレノア本人のEXゲージも100まで溜める必要がある。
つまり。
この技の真価を発揮するためには、セナで戦い、伊織で戦い、ゲージを管理し、そして最後にエレノアでトドメを刺すという、完璧な『順番の組み立て』が必要になる。
完全なる『編成型のフィニッシャー』だ。
直哉は深く頷いた。
「なるほどな」
エレノア単体だけで完結する、単純な『一人で全部倒せる最強キャラ』ではないのだ。
「これ、むしろセナと伊織をちゃんと育てて、使いこなさないと駄目なタイプか」
星5の強キャラを引いたからといって、これまでの星4キャラたちがお役御免になるわけではない。
むしろ、既存のメンバーが強ければ強いほど、最後に放つエレノアの再演が凶悪になるというシステム。
「……それはいいな」
直哉は、このキャラクター同士の繋がりを感じさせる仕様が、結構気に入っていた。
そこで、ふと別の疑問が浮かんだ。
「……ところで、この『現在の戦闘中』って、どこからどこまでを一戦扱いなんだ?」
一度敵から距離を取った場合。
別の敵との戦闘へ移った場合。
同じ相手と時間を置いて再戦した場合。
どのタイミングで記録が消えるのか、説明文からは分からない。
「これも実際に試さないと分からないか」
未検証項目として頭の隅に置いておく。
そしてもう一つ、直哉の頭に懸念が浮かんだ。
「…………」
今日の昼間。
八咫烏の施設で、霧島がエレノアの能力を評価した言葉。
『時間停止へ能力が極端に偏っている』
『基礎攻撃能力には欠ける』
確かに、現実側の測定データとしては、それは全く間違っていない。
でも。
「……『味方二人の必殺技を時間を止めて再演します』なんていう機能までは、さすがに調べてないよな」
当然だ。
他キャラ二人のEXスキルまで連続で撃たせるような試験は、今日の設定には含まれていなかった。
直哉は、大きなため息をついた。
「……これも、報告案件か」
またしても、霧島のデスクの書類仕事が増えることになる。
「『数日間は手続き待ってくれ』って言われたその日の夜に、追加のヤバい情報増やすの、すげえ申し訳ないな……」
しかし、こんな超火力の必殺技を黙っておいて、後で実戦でぶっ放してバレる方がよっぽど問題だ。
直哉は、明日にでも霧島へ連絡を入れることを心に決めた。
エレノアの全ての性能確認を終え。
直哉は、ベッドの上に仰向けにごろりと寝転がった。
天井を見上げながら、ポツリと呟く。
「夜行館のメイド長」
「時間を止めます」
「ナイフを数百本出します」
「味方の必殺技を二個、強化状態で再演します」
一拍。
「……設定、盛りすぎだろ」
でも。
画面の横で輝く、五つの星。
★★★★★。
「まあ、星五の最高レアリティだしな。これくらい盛られててもいいよな」
直哉は、少しだけ嬉しそうに笑った。
その時だった。
『ピコン』
直哉のスマートフォンが、短い通知音を鳴らした。
「ん?」
《因果集結クロニクル》のシステム通知ではない。
八咫烏が管理している、現実側の『能力者向け業務アプリ』からの通知だ。
今日の昼に『Tier2登録』へと更新されたため、これまでは見えなかった高ランク向けの新しい案件が、直哉の端末にも表示されるようになったのだ。
通知のタイトルを見る。
『【特別警備案件】』
『認可特異物品競売会・特別警備員募集』
直哉は首を傾げた。
「競売会?」
詳細をタップして開く。
それは、一般人には完全に非公開で行われる、八咫烏へ届出と認可がされた『合法的な裏の競売会(オークション)』の警備依頼だった。
参加者は、厳選された登録能力者、企業、研究機関、能力者一族。さらには人外社会の関係者や、海外からの認可参加者も訪れるという。
販売される対象物は。
異界産のレア鉱石。怪異由来の素材。防護能力者が製作した特殊な武装。歴史的な超常物品。
直哉は、画面を見つめて目を輝かせた。
「…………」
「能力者版のオークション?」
途端に、強烈な興味が湧いてきた。
ハクスラやガチャゲーをこよなく愛するゲーマーとして、『珍しいアイテムや装備の一覧』という言葉には、どうしても抗いがたい魅力がある。
「これ、仕事として会場の警備で見に行けて、しかもお金ももらえるの?」
割と、いや、かなり魅力的な響きだった。
ただし。
普通のイベント警備にしては、報酬の額が妙に高い。
しかも、わざわざ『Tier2登録者向けの特別警備枠』として募集がかかっている。
「なんでただのオークションの警備に、Tier2の戦力が必要なんだ?」
直哉の背筋に、嫌な予感が走った。
案件詳細のページをさらに下にスクロールすると。
『特記事項あり』
直哉は、恐る恐るその文字をタップした。
『本競売会に対して、既知の能力犯罪者より明確な犯行予告が確認されています』
直哉は天を仰いだ。
「…………」
「まさか」
そこに記載された、犯罪者の情報データ。
『通称:《怪盗ノクターン》』
『能力犯罪者』
『推定Tier3』
『特異物品および機密情報の窃取を主な犯行とする』
『殺人事案:これまでの活動において確認なし』
『犯行前に予告状を送る傾向あり』
直哉は、乾いた笑いを漏らした。
「……本当に怪盗じゃん」
世の中には、暗殺を家業にする一族もいる。怪異を召喚しようとするカルト集団もいる。
そして今度は、怪盗だ。
「この能力者社会、俺が思ってたよりも本当に何でもありだな……」
だが、直哉は少しだけ気になった。
「推定Tier3?」
自分は今日、Tier2へと格上げされた。エレノアもTier2の規格だ。
相手がTier3の怪盗なら、戦力としてはこちらが上回っている。簡単な仕事なのでは?
そう思った直哉の目に、補足の説明文が飛び込んできた。
『正面戦闘を意図的に回避する傾向が強く、潜入、欺瞞、窃取、および逃走能力に極めて秀でている。』
『Tierの等級のみを基準とした危険度・捕縛難易度の判断は推奨されない。』
『現在に至るまで、八咫烏および警察機関による確保成功例はなし。』
直哉は、今日一日で散々教えられた教訓を思い出した。
「あー……なるほど」
Tierの数字は、そのまま絶対的な強さや勝敗の優劣を示すものではない。
ノアというTier2の化け物を、相性の良さで完封できたように。
「俺の方がTierが高いから楽勝で捕まえられる、って考えたら絶対足元をすくわれるタイプのやつか」
直哉は、この数日で少しだけ学習し、成長していた。
添付ファイルとして、その怪盗が送ってきたという『予告状』の画像が載っていた。
黒を基調とした、上質なカード。そこに銀色の万年筆のような文字で、流麗な文章が書かれている。
『紳士淑女の皆様へ』
『今宵、皆様が大切にお守りになる一品を、頂戴にあがります。』
『どうぞ、存分に警備をお固めください。』
『容易く手に入ってしまっては、せっかくの夜会が退屈なものになってしまいますので。』
――《Nocturne》
直哉は、その画像をじっと見つめた。
「…………」
一回、声に出さずに読む。
「うっわ」
「キザぁ……」
だが、数秒後。
「…………」
「でも、ちょっと格好いいな」
三十四歳の男の、心の奥底にある中二病のロマンが、密かにそれを認めていた。
直哉は、勢いだけで応募ボタンを押すことはしなかった。
三十四歳の社会人として、そしてノア戦の死闘を経験したばかりの能力者として、冷静に危険度を確認する。
怪盗ノクターン。
過去に殺人歴はなし。重大な傷害事件も少ない。主目的はあくまで窃盗。
もちろん、安全というわけではない。
だが、ノアのように「ターゲットを確実に殺害する」ことが仕事のプロ暗殺者とは、明らかに毛色が違う。
会場には八咫烏の人間や、複数のプロの能力者警備員が配置される。直哉一人が孤独に対応するわけでもない。
業務はあくまで『会場の警備および盗難の阻止』だ。
「これなら……まあ」
そして何より、今の直哉は『ガチャ待ち』の期間だ。
八咫烏の事務手続きが終わるまで、新しいキャラクターを取得することはできない。
だが、仕事をするなとは一言も言われていない。
セナ。伊織。エレノア。
三人とも、戦力として十分に実戦投入が可能だ。しかも現在の直哉の登録はTier2。
「どうせガチャ回せないなら、今いる三人で仕事をして稼いでおくか」
タイミングとしてはちょうどいい。
だが、最終的な決め手となったのは、やはり『競売会への純粋な興味』だった。
直哉は、もう一度競売カタログの参考資料を見た。
特殊装備。怪異素材。異界産品。
どれもこれも、これまでの人生で見たこともない、ファンタジーの世界のアイテムばかりだ。
直哉はスマホの画面を指で叩いた。
「……いや」
「これ、普通に見に行きたいわ」
しかも、報酬も高い。
危険はあるだろうが、今回は事前に明確な予告があり、八咫烏側も警戒態勢を敷いている。ノアの時のような不意打ちの奇襲ではない。
少しだけ迷った後。
直哉は、エントリーのボタンを押した。
『この案件へ応募しますか?』
直哉は小さく息を吐いた。
「よし」
タップする。
少しの処理時間があって。
『【受注確定】』
『認可特異物品競売会・特別警備』
『集合場所:――』
『集合日時:水曜日・夕方』
正式な契約が結ばれた。
直哉はスマホをベッドに置き、腕を伸ばして深呼吸をした。
「次は、競売会の警備か」
そして、頭の中にあの添付されていた予告状の銀色の文字が浮かぶ。
《Nocturne》。
「怪盗、ねぇ……」
昨日は、プロの暗殺者。
今度は、キザな怪盗。
「今度こそ、何も起こらない平和な警備で終わってくれればいいんだけどな」
一拍置いて。
直哉は自分で言ってから、肩をすくめた。
「……予告状が来てる時点で、それは無理か」
直哉は苦笑しながら、明日の非日常の夜会に思いを馳せ、静かに部屋の明かりを消した。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!