俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
水曜日の夜。
実家の自室へと帰り着いた直哉は、シャワーを浴びてスウェットに着替え、ベッドの上に寝転がっていた。
今日一日、オークション会場で怪盗ノクターンと繰り広げた虚々実々の駆け引きの疲労が、今になってどっと身体に押し寄せてくる。
だが、そんな肉体の疲れなど、今の直哉の精神状態からすれば完全に些末な問題だった。
直哉の視界には、黄金色に輝く《因果集結クロニクル》のシステム画面が展開されている。
現在の所持リソース。
『因果晶:12,800』
そして、限定キャラクターバナーの天井カウント。
『★5キャラクター確定まで:30回以内』
『次回★5:ピックアップ対象確定』
画面の中央には、『10回集結』のボタンが静かに、だが強烈な誘惑を伴って光を放っている。
前回の地下駐車場での緊急四十連の時は、玲蘭の命がコンマ数秒の危機に晒されており、ガチャを回すボタンは完全に『すがるような祈り』だった。
だが、今は違う。
ここは安全な実家の自室のベッドの上。
石の貯蔵は十分すぎるほどにある。
しかも、今回は『ピックアップ対象確定』という、システムからの絶対的な保証が約束されているのだ。
直哉は、ゆっくりと指先を空中のボタンへと伸ばし、妙な感慨と共に呟いた。
(……落ち着いて、安全な場所でゆっくりガチャを回せるって。こんなに幸せなことだったんだな……)
そして、直哉は意を決して、光り輝く『10回集結』のボタンをタップした。
『因果晶1,600を消費します。実行しますか?』
『YES』
所持していた因果晶の残高が、12,800から11,200へと減少する。
ガチャの排出演出が開始される。
画面の奥から、十個の光の糸が手前へと飛んでくる。
直哉は、一つずつ結果が開いていくのを冷静に見守った。
青い光。★★★武装。
青い光。また★★★武装。
紫の光。今度は★4武装。
直哉の内心は極めて穏やかだった。
(まあ、一発目の十連からいきなり本命の★5が出るなんて、そんな都合よく――)
その時だった。
七枚目の光が、強烈な紫色のエフェクトを放って弾けた。
★4の演出だ。
直哉が身を乗り出した瞬間。
画面に、一人の女性の立ち絵が表示された。
特殊な、ミリタリーテイストの入った制服に身を包んだ女性。
腰のホルスターには護身用の短銃が収められているが、彼女の佇まいは、最前線で敵を制圧する『戦闘員』というよりは、明らかに後方で指揮や情報処理を行う『観測要員』のような理知的な雰囲気を漂わせていた。
『★★★★』
『御影千里(みかげ・ちさと)《万里の観測官》』
「お、新キャラ!」
直哉の顔に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「よし! 星5じゃないけど、新規の星4キャラなら十分大当たりだ」
直哉は、カードに添えられた彼女の二つ名をじっと見つめた。
《万里の観測官》。
(観測官、か。見た目通り、戦闘っていうよりは完全にサポート系のキャラっぽいな)
現在の直哉の手持ちのカードを思い浮かべる。
セナは近接の高速アタッカー。伊織は遠距離の精密スナイパー。エレノアは時間停止による理不尽な制圧。
戦闘力を持つキャラクターは、すでに十分に揃っている。
(むしろ、索敵や観測に特化したサポート役なら、今の俺にとってはめちゃくちゃありがたいぞ)
これまでの仕事を振り返っても、「逃走した能力者がどこに潜んでいるか分からない」「広い異界の中で、要救助者がどこにいるか分からない」といった、『情報の不足』が問題になる場面は何度もあったのだ。
直哉はホクホク顔で、残りの三枚のカードの結果を確認した。
八枚目、青。
九枚目、紫。既存の★4武装。
十枚目、青。
この十連では、本命の★5は出なかった。
(まあ、提供割合〇・六パーセントだし。こんなもんだよな)
十連の結果が確定し、画面下部の天井表示が更新される。
『★5キャラクター確定まで:20回以内』
直哉は小さくガッツポーズをした。
(よしよし。新規の星4が一人引けたなら、この十連は普通に大勝利だろ)
本来なら、そのまま間髪入れずに次の二十連目へ向かいたいところだ。
だが、新しいキャラクターを引いてしまった以上、その性能やプロフィール説明文を隅々まで読み込みたくなるのが、ゲーマーの逃れられないサガである。
直哉は、ガチャ画面を一時停止した。
(いや、ちょっとだけだ。ちょっとだけ、この千里ってキャラの性能を見ておこう)
メニューから《キャラクター》のタブを開き、新しく追加された『御影千里』のアイコンをタップした。
『★★★★ 御影千里《万里の観測官》』
『年齢:24歳』
『身長:160cm』
『属性:光』
『武装:短銃』
『所属:《国家特異災害対策庁・広域観測局第一観測室》』
『役職:広域観測官』
『現地登録Tier:2』
『Lv.1』
『HP:1,780 / 1,780』
直哉の指が止まった。
「……え?」
もう一度、星の数を見る。
★★★★。
その下。
『現地登録Tier:2』
直哉は、すぐにスマートフォンの自分用メモを開いた。
『セナ:現地表記3 / 八咫烏測定3』
『伊織:現地表記3 / 八咫烏測定3』
『エレノア:現地表記2 / 八咫烏測定2』
三人連続で、ゲーム内の『現地登録Tier』と八咫烏の測定結果は一致している。
直哉は、千里の画面へと視線を戻した。
(……こいつも2なの?)
星4。
しかも、説明を見る限り完全な後方支援要員。
それなのに現地登録では、エレノアと同じTier2。
(これ、明日八咫烏で測ったら、本当にTier2って出るんじゃ……)
まだ測定していない以上、断定はできない。
だが、三例連続で一致している以上、無視できる表示でもなかった。
さらに、Lv.1でHPは1,780。
(HPはかなり低めだな。やっぱり戦闘向けじゃないってことか)
直哉は、いったんその疑問を頭の片隅へ置き、その所属名を見て頷いた。
(伊織と同じ『対策庁』の人間か。国家機関の観測官。なんか伊織と似たようなお堅い雰囲気を感じるな)
ただ、伊織が実働の狙撃班であるのに対し、この千里は完全に情報畑の人間らしい。
直哉は、キャラクターの背景説明のテキストへと視線を移した。
『遠隔観測および広域索敵を専門とする、対策庁の観測官。』
『極めて広大な範囲を監視・捜索できる一方、本人の直接戦闘能力は低く、危険な戦闘地域では護衛を前提として行動する。』
直哉は納得した。
(おお、本当に完全な後方サポートキャラなんだな)
(それにしても、『本人の直接戦闘能力は低い』って、ゲームの公式テキストがはっきり弱点として書いちゃうの、なんかちょっと面白いな)
直哉の指が画面をスクロールし、彼女の能力の詳細欄へと進む。
『固有特性:《天眼》』
直哉の脳内で、ファンタジーやゲームの定番用語が紐付けられた。
(千里眼系の能力か。索敵には一番便利だな。どれくらいの距離まで見えるんだろうな。数キロくらいか?)
軽い気持ちで、そのスキルの説明文を読んだ直哉の思考が。
次の瞬間。
完全に、停止した。
『自身から最大40,000km以内に存在する任意地点を、遠隔観測することができる。』
「…………」
直哉は、呼吸を止めて画面を睨みつけた。
『最大40,000km』
(…………四千?)
いや、違う。
直哉は、モニターに顔を近づけ、数字のゼロの数を、指をさしながら一つずつ数え直した。
一。十。百。千。万。
四万、キロメートル。
「…………」
直哉の口から、深夜の自室の静寂を切り裂くような、特大のツッコミが炸裂した。
「桁、間違ってない!?」
親が起きないように声を抑えようとしたが、どうしても抑えきれなかった。
もう一度、目をこすって画面のテキストを読み返す。
40,000km。
やっぱり、変わっていない。
直哉の内心は、完全にパニックになっていた。
(いやいやいや! 東京から大阪がどうとか、北海道から沖縄まで見えるとか、そういう常識的な距離のスケールじゃねえぞ!?)
(四万キロって、地球をぐるっと一周する距離とほぼ同じだろ!! 地球の裏側まで見えちゃうじゃん!!)
直哉は震える指で、さらに続く説明文をスクロールした。
『通常の距離、地形、建造物、その他の物理的な遮蔽物は、彼女の遠隔観測を一切妨げない。』
『観測の視点座標を変更することで、遠方の建物内部、地下施設、その他の直接視認できない密閉空間の内部も観測可能である。』
直哉は、言葉を失った。
「…………」
(壁も障害物も関係ないの!?)
最大四万キロメートルという、規格外の観測射程。
壁抜き、地形貫通、地下施設や密室内部の遠隔透視。
直哉は、この能力の真の恐ろしさに気がついた。
これは単なる「索敵」ではない。完全に、国家レベル、いや、地球規模の『広域監視・索敵能力』だ。
だが、その後に続く一文を読んで、直哉は少しだけホッとした。
『ただし、特殊な認識阻害の結界、高度な観測妨害、異界的な空間隔離などによって、観測精度が著しく低下、または完全に観測不能となる場合がある。』
(ああ、よかった……)
(さすがに、何でもかんでも絶対に見えるわけじゃないんだな。防ぐ手段があるなら、まだゲームのバランスとして――)
そこまで考えて、直哉は真顔で自分にツッコミを入れた。
(いや、それでも十分に頭おかしい性能だわ!)
さらに、直哉の視線は次のスキル欄へと進む。
『スキル2:《広域索引》』
『既知の特徴を検索条件として設定し、《天眼》の観測範囲内から、該当する対象を自動で捜索する。』
直哉の顔から、一気に血の気が引いた。
「えっ」
ここで彼は、単なる遠隔透視よりも遥かにヤバい、このスキルの本質に気がついた。
ただ単に、「知っている場所を遠くから見る」だけではないのだ。
この能力は、「自分が知っている対象を、四万キロの範囲からサーチエンジンで検索して探し出す」ことができるのだ。
説明文が続く。
『対象の外見、所持物、既知の特徴、過去に直接観測した対象などを、検索条件として使用可能。』
『ただし、条件が曖昧な場合や、該当する対象が世界中に過剰に多く存在する場合、検索の精度は大幅に低下する。』
直哉の脳裏に、真っ先に一人の少年の顔が浮かんだ。
(つまり……)
ノア・ヴァレリウス。
昨日、地下駐車場で死闘を繰り広げた、あの暗殺者。
直哉は彼の顔も姿も知っている。直接会話もしているし、戦っている姿も何度も間近で見ている。
(……もしかして。このスキルを使えば、今ノアが地球上のどこにいるか、ピンポイントで検索して探し出せる可能性があるのか?)
直哉は、背筋が寒くなるのを感じた。
強すぎる。情報収集能力としては、間違いなく一線を越えている。
だが、直哉の不安を察したのか、キャラクターのフレーバーテキストの欄には、彼女の倫理観に関する記述があった。
『能力の性質上、他者の私生活や国家の機密をいとも容易く覗き見ることができてしまうため、彼女は自身の観測権限の行使と、他者のプライバシーの保護に対して、人一倍厳格な倫理観を持っている。』
『見えることと、見てよいことは、全く違います』
『ですから、私たち観測官には、目の良さよりも先に……己の意思で目を閉じる能力が必要なんです』
直哉は、そのテキストを読んで心の底から安堵した。
(……よかった。めちゃくちゃまともな常識人だ)
この能力を持った人間が、もし少しでも倫理観のタガが外れていれば、完全に世界最悪の『ストーカー最終兵器』と化してしまうところだった。
そして、最後に直哉は、彼女の必殺技であるEXスキルの欄を開いた。
『EXスキル:《天眼全開・地平総覧》』
『《天眼》の観測領域を、限界の最大半径まで展開する。』
『最大観測範囲内を広域走査し、指定された検索条件に該当する対象・現象を、一括で抽出してマッピングする。』
直哉は、息を呑んだ。
(…………)
もはや、遠隔で一点をピンポイントに見るだけの能力ではない。
半径四万キロメートル圏内という、ほぼ地球全域を対象とした『一斉検索』をかけるというのだ。
だが、これほどの無法なスキルには、当然重い代償が設定されていた。
『発動中は、遠隔観測の処理へ本人の知覚能力の大部分を強制的に使用するため、使用者自身の周辺認識、および物理的な身体操作能力が著しく低下する。』
『安全が確保された観測地点、または強固な護衛下での使用を強く推奨する。』
直哉は、ここで深く納得した。
(なるほど。だから『直接戦闘能力が低い』のか)
これほどの広域検索をかけている間、本体の意識は完全に外に向いている。そんな状態で接近戦へ持ち込まれれば、まともに対応することは難しいだろう。
だからこそ、彼女には必ず強力な『護衛』が必要になるのだ。
直哉は、プロフィールの一番上の表示へと視線を戻した。
『★★★★』
『現地登録Tier:2』
直哉は、画面の星の数を数えた。
「…………」
(星、4?)
もう一回、数える。
一、二、三、四。
やっぱり、四つだ。
(地球の裏側まで見えて、検索までかけられるこいつが……これで星4キャラなの?)
(しかも、現地登録Tierは2?)
エレノアは★5でTier2。
千里は★4でTier2。
少なくとも、ゲームの星の数とTierが、そのまま同じ基準で決まっているわけではないらしい。
(うちのゲーム、レアリティの設定基準、マジでどうなってんだよ……)
だが。
千里のあまりにも規格外なプロフィール説明に呑まれかけていた直哉は、ハッと我に返った。
ふと、画面の端にあるガチャのUIに目を向けたのだ。
『★5キャラクター確定まで:20回以内』
「あっ」
直哉は、自分の頭をペチッと叩いた。
(そうだよ! 俺の今回のガチャの本当の目的、本命の星5がまだだった!)
千里の性能が面白すぎて、完全に満足してガチャ画面を閉じそうになっていた。
直哉は慌ててガチャの画面へと戻り、再び光り輝く『10回集結』のボタンへ指を伸ばした。
第二十連目。
『因果晶1,600を消費します。実行しますか?』
『YES』
因果晶の残高が、11,200から9,600へと減る。
演出が流れる。
青。青。青。
そして、十連保証の紫の光。
表示されたのは、すでに持っている既存の★4キャラクターの被りだった。
システムが淡々とテキストを表示する。
『重複キャラクターを獲得しました』
『《因果共鳴》システムにより、キャラクターの限界突破素材へ変換されます』
直哉の内心は、極めて穏やかだった。
(はいはい、知ってた)
前回の絶望の地下駐車場で、四十連を回して『セナ・セナ・伊織』と立て続けに重複を引きまくった悪夢を経験しているのだ。今回の被りなど、そよ風のようなものだ。
この十連でも★5は出なかった。
結果が確定すると、天井表示が更新される。
『★5キャラクター確定まで:10回以内』
『次回★5:ピックアップ対象確定』
残る因果晶は、9,600。
直哉は、ゆっくりと深呼吸をした。
(次だ)
もう、間違いなく、絶対に次で来る。
すり抜けの可能性もゼロだ。『ピックアップ対象確定』のシステム保証がある。
引けば、必ず、あの白髪の男が出る。
直哉は、その絶対の確定条件を理解しているのに、なぜか心臓がバクバクと高鳴っているのを感じていた。
(確定で出るって分かってても……やっぱり、最後の十連のボタンを押す瞬間って、無駄に緊張するんだよな……)
それが、ガチャという魔のシステムの恐ろしさだ。
直哉は、震える指で、三回目の『10回集結』ボタンをタップした。
9,600から、8,000へ。
これで、予定通りの石の消費だ。
第三十連目の演出が始まった。
一枚目、青。
二枚目、青。
三枚目、紫。
直哉の目は、画面から片時も離れない。
(まあ、十連の中のどこで光るかは分からないからな。焦るな、俺)
四枚目。五枚目。
まだ来ない。
六枚目。七枚目。
まだだ。
八枚目。九枚目。青。
直哉の顔から、スッと表情が消えた。
「…………」
(おい)
(まさか、本当に十連の最後の最後の十枚目、本当の『天井の底の底』まで連れていく気か、このゲームは?)
そして。
最後の一枚。十枚目。
演出が、これまでの青や紫とは全く違う、圧倒的な眩さを持った『黄金色』へと輝きを変えた。
画面全体が、眩い光に包まれる。
そして、光の中から、一人の男の立ち絵がゆっくりと浮かび上がってきた。
真っ白な髪。
全てを見透かすような、冷たく切れ長の目。
黒と紺、そして白を基調とした、豪奢でありながらも洗練された現代風の法服。
そして、彼の手には、青白い光を帯びた鋭い法剣が握られている。
能力に目覚めたあの日から、直哉がずっとガチャの限定バナーで眺め続けていた。
あの、ピックアップの男だ。
直哉の胸の奥で、歓喜が爆発した。
(来た……!)
画面に、黄金色の文字が刻まれる。
『★★★★★』
『白峰レイジ《蒼律の執行官》』
一拍置いて。
直哉は、両手を天に突き上げて絶叫した。
「よっしゃああああああっ!!!」
直後、深夜の実家であることを思い出し、慌てて両手で自分の口を塞いだ。
(やっと……! やっと引けた!!)
能力に目覚めたあの日からずっと、画面の向こうに居座り続けていたピックアップキャラクター。
それを、ついに手に入れたのだ。
ガチャの演出が終了し、メイン画面へと戻る。
直哉は、まず石の残高をしっかりと確認した。
『因果晶:8,000』
(よし。ちゃんと八千残った)
五十連分の石をキープしたまま、本命の★5を回収できた。
限定の★5天井のカウントも『80回以内』にリセットされ、「次回ピックアップ確定」の保証枠も消費された。
直哉は、今回の三十連の結果を頭の中で整理した。
新規取得。
★★★★ 御影千里《万里の観測官》。
★★★★★ 白峰レイジ《蒼律の執行官》。
残りは、既存キャラの重複と武装。
直哉は、一人でニヤニヤと笑った。
(これ、どう考えても俺の完全な大勝利じゃね?)
本命の★5を無傷で確保し、さらに規格外の索敵能力を持つサポート★4まで手に入れた。
石も十分に残っている。文句のつけようがない完璧な結果だ。
直哉は、興奮冷めやらぬまま、メニューから《キャラクター》のタブを開いた。
当然、引いたばかりの新しい★5の性能を確認するためだ。
『★★★★★ 白峰レイジ《蒼律の執行官》』
『年齢:31歳』
『身長:188cm』
『属性:光』
『武装:片手剣』
『所属:《中央因果司法院・特別執行局》』
『役職:首席執行官』
『現地登録Tier:2』
『Lv.1』
『HP:3,980 / 3,980』
直哉は、まずTierの表示を見た。
(やっぱり、2)
エレノアと同じ。
そして、さっき引いた★4の千里とも同じ。
これで少なくとも、★5だからTier2、★4だからTier3、という単純な対応関係ではないことはほぼ間違いない。
そして、その下のHP。
直哉は目を見開いた。
「高っ」
Lv.1で3,980。
さっき見た千里の1,780とは、倍以上の差がある。
(千里の二倍以上あるじゃん。★5だからなのか、それともこいつが単純に耐久寄りのキャラなのか?)
まだ能力の詳細を読んでいない以上、理由までは分からない。
ただ、白峰レイジというキャラクターが、かなり高いHPを持っていることだけは確かだった。
続いて、画面の数字を見て少し引いた。
(でっか)
身長188センチ。三十四歳で平均的な体格の直哉より、頭一つ分以上はデカい。
そして、所属名の欄。
(因果司法院って何だよ。また知らない組織の名前が出てきたな)
エレノアの『夜行館』と同じだ。このゲームのキャラクターたちの出身世界は、本当にどういう構造になっているのか、謎が深まるばかりだ。
人物説明のテキストを読む。
『常に冷静沈着かつ、極めて厳格な執行官。』
『あらゆる判断において明確な証拠と論理を求め、感情論や憶測による行動を極端に嫌う。』
『一見すると冷淡で無慈悲に見えるが、法の保護を受けるべき弱者を守ることに関しては、一切の妥協を許さない熱い信念を秘めている。』
直哉は頷いた。
(なるほど。見た目通りの、クソ真面目な堅物キャラだな)
そして、戦闘スタイルの説明。
『剣術にも極めて秀でており、青白い光を帯びた法剣を用いた、隙のない高速戦闘を得意とする。』
直哉はガッツポーズをした。
(よし!)
見た目だけのお飾りではない。ちゃんと、剣を振って戦ってくれる生粋の剣士キャラクターだ。
セナの雷のような一撃離脱の高速剣術とはまた違う、重厚で隙のない剣術なのだろう。
直哉の指が下にスクロールし、レイジの固有能力の欄へと進む。
『固有特性:《既判適応》』
直哉は首を傾げた。
(きはん……適応? なんか、法律の専門用語っぽいな)
説明文を読み進める。
『自身が攻撃または有害な干渉として一度受け、その影響が成立した事象を、《判例》としてシステムに記録する。』
直哉は少し眉をひそめた。
「……事象?」
続きのテキスト。
『《判例》として成立した事象に対して、自身の肉体と因果が完全対応を獲得し、以後、その事象による有害な影響を一切受けなくなる。』
直哉の思考が、一瞬だけ止まった。
「…………」
直哉は、最初、それをよくあるゲームの耐性スキルのようなものだと解釈しようとした。
(ああ、あれか。「一度毒状態を受けたら、次から毒耐性が+50%される」みたいな、学習型の耐性獲得システムか?)
(だとしたら、長期戦になればなるほど有利になる、なかなかの強キャラだな)
だが。
次の説明文を読んで、直哉のその生温い認識は完全に粉砕された。
『《判例》は、敵の個別の「技」に対してではなく、その根源となる『事象そのもの』に対して成立する。』
直哉の顔から、表情が消えた。
(…………は?)
さらに、親切な例え話のテキストが続く。
『例:敵の雷撃魔法によって《雷》という事象の判例が成立した場合。その後は、敵が攻撃方法、形状、出力をどのように変更しようとも(雷の槍、雷の拳、落雷、雷を纏った剣撃など)。雷という事象に起因する有害な影響には、完全に自動で対応し無効化する。』
直哉は、スマホを持ったままフリーズした。
「待て待て待て待て」
直哉の脳内で、とんでもない計算が成り立っていく。
(技の耐性じゃない)
(雷のパンチを一回食らったら、次の雷のパンチだけが効かなくなる、とかいうケチな話じゃないんだ)
『雷』そのもの。
一度でもその事象が成立し、判例化してしまえば。
以降、相手がどれほど強力な雷の槍を撃ってこようが。
空から巨大な落雷を落としてこようが。
雷を纏った剣で斬りつけてこようが。
出力を桁違いに上げてこようが。
全部、対応して無効化する。
直哉は、思わず声を震わせて叫んだ。
「いや、クソ強えだろ!?」
直哉は、他の事象へ置き換えて考えてみた。
炎の攻撃を一度でも食らって生き延びれば?
炎、熱、燃焼という事象への完全対応。
毒を受ければ?
毒性事象への対応。
重力操作の攻撃を受ければ?
異常重力という事象に対応し、無効化する可能性。
拘束。精神干渉。空間操作。
そして。
直哉の思考が、ある一点でピタリと止まった。
(…………時間停止は?)
直哉の脳裏に、エレノアの姿が浮かんだ。
もし。
エレノアが、レイジに対して時間を止める。
その一回目の発動の時は、当然レイジも止まるだろう。
だが、もしも『時間停止』という現象そのものが、《判例》として彼の因果に成立してしまったら。
二度目の時間停止が発動した時。
(…………)
(もしかして、こいつ……止まった時間の中でも、普通に動けるようになるのか?)
プロフィールを読んでいるだけの推測なので、絶対にそうだとは断定できない。
だが、その可能性に気づいてしまっただけで、直哉は背筋が凍るような戦慄を覚えた。
(こいつの能力、マジでヤバいかもしれないぞ……)
だが、これほど無法な能力には、当然ながら強烈な『弱点』もしっかりと明記されていた。
『新たな未知の事象に対する初回の影響は、防ぐことはできず通常通りに受ける。』
直哉は頷いた。
(ああ、なるほど。当然だよな)
つまり、未知の攻撃に対しては、《既判適応》による保険が一切存在しないということだ。
攻撃を見て避けたり、剣で防いだりすることはできても、一度も《判例》を獲得していない事象を能力そのものが自動で無効化してくれるわけではない。
そこで直哉は、先ほど見たステータスを思い出した。
『HP:3,980 / 3,980』
「……ああ!」
ようやく、あの妙に高い数字の意味が腑に落ちた。
(だからこいつ、Lv.1の時点からHPがやたら高いのか!)
一度その影響を受けて生き残らなければ、《判例》は成立しない。
ならば、最初の一撃を耐え切るためのHPが高く設定されているのは、キャラクター設計として非常に理にかなっている。
(能力とステータスが、ちゃんと噛み合ってるわけだ)
さらに、致命的な一文が続く。
『すでに受けた肉体的な負傷や損耗は、《判例》の成立によって回復することはない。』
ここが、最も重要なポイントだ。
(だから、「とりあえず何でも一回食らって無効化すればいいや!」って雑に突っ込んで、初撃で致命傷を食らったら、そこでゲームオーバーってことか)
一発目で腕をへし折られたら。
二発目から同じ事象で腕が折れなくなったとしても、最初に折れた腕が治るわけではないのだ。
ノアのような、一撃で致命傷を与え得る高火力の相手を前にすれば、安易に攻撃を受けにいく行為は死に直結する。
(なるほど。ハイリスク・ハイリターンな能力だな……)
そして、最後の一文。
『獲得した全ての《判例》の記録は、現在の戦闘が終了した時点で完全にリセットされ、失われる。』
直哉の顔が、無の表情になった。
「…………」
強烈な、嫌な既視感。
エレノアのEXスキルの説明文にもあった。
『現在の戦闘中において――』
直哉は、スマホの画面に向かって激しく突っ込んだ。
(また『戦闘終了』の定義がよく分かんねえテキストが来たよ!!)
(現実世界において、どこからどこまでが『一つの戦闘』としてシステムに判定されるのか、全然分かんねえんだよ!!)
最後に、直哉はレイジのEXスキルの説明を読んだ。
『EXスキル:《終審・蒼天十二断》』
『現在保持している全ての《判例》の記録を参照し、対象へ向けて十二の蒼き斬撃を連続執行する。』
『保持している《判例》の種類が多いほど、最終的な威力が指数関数的に上昇する。』
直哉は天を仰いだ。
(攻撃を食らって耐えれば耐えるほど、防御が完成していく上に、必殺技の火力までどんどん上がっていくのかよ……)
まさに、限定の★5キャラクターに相応しい、デタラメな性能だった。
直哉は、レイジの能力を自分なりに一言で要約した。
(つまり……『一度食らって生き残った事象は、その戦闘中にはもう通じなくなる』)
(そして、『判例が増えれば増えるほど、こっちの必殺技も強くなる』)
非常に分かりやすく、そして恐ろしく強い。
直哉は、今回引いた新規の二人を頭の中で並べてみた。
白峰レイジ。
一度耐えた事象を次々に潰していく、長期戦では手が付けられなくなる化け物。
御影千里。
直接の戦闘能力は低い代わりに、四万キロメートルという地球規模の索敵と監視ができる女。
直哉は苦笑した。
(方向性が、完全に両極端すぎるだろ)
だが、どちらも間違いなく、これからの直哉の活動において圧倒的に役に立つ存在だ。
そこで、直哉はある重大な問題に気がついた。
現在の、《因果集結クロニクル》の編成可能スロットの数。
『3』枠。
対して、直哉が現在所有している実戦レベルのキャラクターは。
セナ。伊織。エレノア。レイジ。千里。
少なくとも、五人いる。
(……三枠しか、ねえぞ)
これまでは、持っているキャラを順番に詰め込んでおけばよかった。
だが、これからは違う。
戦闘メインの仕事なら、誰を連れていく?
広大な異界での索敵任務なら、千里は必須だ。だが、彼女の護衛には誰を置く?
要人護衛なら?
遠距離からの狙撃支援が必要な地形なら?
直哉は初めて、このゲームにおける『編成の取捨選択』という、本格的なゲーマーとしての悩みに直面することになった。
だが、深く考えるのは明日にしよう。
「とりあえず、新キャラの変身テストだけはやっておくか」
直哉は、部屋のドアがしっかりと閉まっていることを確認し、編成画面から『御影千里』を選択した。
能力の本格的な使用テストはしない。ただ、正常に変身できることだけを確認したいのだ。
青白い光が弾ける。
身体が変化し、160センチの女性の視界へと切り替わる。
観測官の特殊な制服。腰の短銃。
直哉は、鏡の前に立った。
中身は普通の三十四歳の男のままだ。
(うん。また女だ)
もう四人目の女性キャラクターへの変身なので、最初のエレノアの時ほどの大騒ぎはしなかった。すっかり慣れたものだ。
直哉は、ほんの少しだけ、《天眼》の能力の片鱗へ意識を向けてみた。
(四万キロの遠隔透視って、本当にできるのかな……)
目を閉じると、何となく、自分の意識が肉体から離れ、遥か遠くの景色を俯瞰して捉えようとする『不思議な感覚』が立ち上がってくるのを感じた。
だが。
直哉はすぐに意識を引き戻し、能力の使用を停止した。
(いや、やめておこう)
ここは実家の自室だ。周囲には普通の住宅街が広がっており、他人の家がたくさんある。
夜中だ。
そして、千里のプロフィールにあった言葉。
『見えることと、見てよいことは違います』。
直哉は頷いた。
(能力を試すにしても、明日、八咫烏の施設かどこか、ちゃんと安全で迷惑のかからない場所を決めてからにしよう)
勝手に近所の家を透視して覗き見るような真似は、直哉の三十四歳の社会人としての倫理観が許さなかった。
次に、直哉は『白峰レイジ』を選択した。
光が弾け、一気に視点が高くなる。
188センチという長身。
黒と白の豪奢な法服に身を包んだ、切れ長の目の冷徹な男。
鏡を見た直哉は、思わず声を漏らした。
(うわ、デカっ)
そして。
(顔がいいな、おい……)
いかにも、女性ファンがたくさん付きそうな、限定の★5イケメンキャラクターだ。
直哉は、発話のフィルターを試すために、何か適当なことを口に出してみることにした。
直哉自身の本音は、(腹減ったな。なんか適当に夜食でも食うかな)という程度のものである。
それが、レイジの口調フィルターを通すと、こう出力された。
「……現在のエネルギー残量を考慮すると、速やかに軽食を摂る必要がありそうですね」
直哉の内心が盛大にズッコケた。
(そこまでクソ堅い言い回しになる!? ただカップ麺食うだけだぞ!?)
直哉は一人で声を殺して笑った。人格が乗っ取られているわけではない。ただ、アウトプットの翻訳機能が極端に厳格なだけだ。
直哉は、レイジの手にある青白い光の法剣を見た。
ゲーマーとして、そして男として。めちゃくちゃ、この剣を振り回してみたい衝動に駆られる。
だが。
ここは実家の、狭い自室だ。
(いや、絶対やめとこう。エレノアのナイフ以上に、部屋の壁とかぶっ壊しそうで危険すぎる)
本格的な能力のテストは、明日だ。
直哉は、変身を解除し、元の三十四歳の男の姿に戻った。
ベッドの上に座り、時計を見る。
時間はもうかなり遅い。
ここで、直哉は昼間の霧島の言葉を思い出した。
『今後、新しいキャラクターを取得された場合は、ガチャを回した後にまずこちらへご連絡ください』
直哉はポンと手を打った。
「あ、そうだ。ちゃんと報告しておかないと」
深夜に直接電話をかけるほど、緊急の事態ではない。
直哉は、八咫烏の業務連絡用のセキュアなメッセージアプリを開き、霧島宛てに簡潔な報告を打ち込み始めた。
『夜分遅くに申し訳ありません。森川です。』
『先ほど、ガチャにて新規キャラクターを二名取得しましたので、取り急ぎご報告します。』
続けて、キャラクターの名前とレアリティを入力する。
『★★★★★ 白峰レイジ《蒼律の執行官》』
『★★★★ 御影千里《万里の観測官》』
そして、彼らの持つ主能力についても、簡単に要約して書き添えた。
『レイジ:現地登録Tier2。攻撃または有害な干渉として一度成立した事象に対して、その戦闘中に完全対応する能力』
『千里:現地登録Tier2。最大40,000kmの遠隔観測、および広域の索敵・検索能力』
直哉は、送信ボタンを押す直前で、ふと指を止めた。
自分が入力した『40,000km』という数字をじっと見る。
(…………)
(これ、自分で書いてても、ただの誤字か打ち間違いにしか見えねえな……)
直哉は念のため、もう一度千里のプロフィール画面を開いて確認した。
40,000。
ゼロの数は四つだ。間違いない。
さらに、そのすぐ上。
『現地登録Tier:2』
(こっちも、明日ちゃんと測らないとな……)
直哉は、えいやっと送信ボタンを押した。
(明日の朝これを見た霧島さん、また頭抱えるだろうな……)
夜遅いので、返信は明日の朝だろうと思っていた。
だが。
数分も経たないうちに、スマートフォンが震え、霧島からの返信メッセージが届いた。
『確認しました。取得のご報告、ありがとうございます。詳細な能力の測定については、明日改めてお時間をいただき確認させてください』
非常に簡潔で、事務的な返信だ。
だが、その数秒後。
もう一通、短いメッセージが追加で送られてきた。
『念のための確認ですが。御影千里さんの最大観測距離の数値は、「40,000km」で間違いありませんか? ゼロの桁数は正しいでしょうか?』
直哉は、ベッドの上で一人大爆笑した。
(ほらぁ!! 絶対確認してくると思った!!)
直哉は、笑いを堪えながら返信を打った。
『間違いありません。俺も自分の目を疑って、三回確認しました』
送信。
少しして。
『承知しました。』
それだけが返ってきた。
これ以上のツッコミも、驚きの言葉もない。
直哉には、画面の向こうで霧島が頭を抱えているような姿が、なんとなく想像できた。
(……霧島さんも大変だよな)
直哉はスマートフォンを置き、改めて自分の所有キャラクターのリストを眺めた。
★★★★★ エレノア。
★★★★★ レイジ。
★★★★ セナ。
★★★★ 伊織。
★★★★ 千里。
(最初は、セナ一人だけだったんだよな……)
無職で引きこもっていた自分が、能力に目覚め、コンビニ強盗を制圧したあの日。
まだそれほど昔のことではないはずなのに、遠い過去のように感じられる。
今の手札は。
一撃離脱の高速近接。長距離の精密狙撃。理不尽な時間停止。事象への完全適応。そして地球規模の広域観測。
(なんか、急に俺の手札のラインナップ、おかしいことになってないか?)
直哉は、最後に千里のプロフィール画面をもう一度開いた。
『現地登録Tier:2』
『最大40,000km』
(明日、これの距離測定のテスト、どうやってやるんだろうな……)
(それに、本当に八咫烏の測定でもTier2になるのか?)
そして、レイジの画面。
『現地登録Tier:2』
『《判例》が成立した事象に対して完全対応を獲得する』
(こっちの、事象への適応ってのも、どうやって安全に測るんだ……?)
直哉は、少しだけ沈黙した後。
ポツリと、完全に他人事のように呟いた。
「……霧島さん、明日のテスト、頑張ってください」
直哉は、明日の八咫烏でのドタバタな測定を想像して少しだけ笑い、満足感と共に目を閉じて深い眠りについた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!