俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
金曜日の朝。
前日に大型物流センターでの異常現象への対応を終えた直哉は、今日も少し遅めに目を覚ました。
昨日の仕事の報酬である三十万円は、無事にアプリ上で決済の確定が通知されている。
能力者向けの仕事とはいえ、お金が確実に稼げている実感は心地よかった。
しかし。
直哉の視界の右上に展開された《因果集結クロニクル》のシステム画面は、そんな三十四歳の社会人のささやかな満足感を、容赦なく粉砕してくる。
『因果晶:0』
そして、限定バナー。
『★★★★★ 九条紫苑《宵刃の巫女》』
『★5キャラクター確定まで:10回以内』
直哉は、ベッドの上で無言になった。
「…………」
必要なのは、あとたったの十連分。
1,600石だ。
直哉は大きく息を吐いた。
「あと、千六百か……」
バナーの期限までは、まだ余裕がある。
終了間際で追い込まれているわけではない。
だから、焦ってはいない。
直哉は自分に言い聞かせるように内心で呟いた。
(別に、石だけが目的で仕事をしてるわけじゃないからな)
一拍置いて。
(……いや、石もめっちゃ欲しいけど)
本音と建前が激しく交差する。
だが、直哉の正直なところを言えば。
(まあ、普通に日本円の方も欲しいしな)
最近、能力者として現場に出て、契約通りに仕事をして報酬を得るという生活サイクルに、直哉はすっかり慣れてきていた。
十一ヶ月間無職だった頃には、会社勤めに戻ることを考えるだけでも気が重かった。
だが今は、自分で案件を選び、条件を確認して働き、仕事が終われば帰るという生活を、以前ほど嫌だとは感じなくなっている。
直哉は、ベッドに座ったまま、スマートフォンの『能力者向け仕事アプリ』を開いた。
案件一覧の画面をスクロールする。
昨日見た企業の倉庫案件とは、また違った毛色の仕事がいくつも並んでいた。
その中に、直哉の目を引く案件が一つあった。
『山間部・送電設備点検の同行警護』
『現場対応能力者:1名募集』
直哉の指が止まった。
「送電設備?」
詳細を開いてみる。
『案件種別:インフラ設備の定期点検・現場の安全確保』
『勤務地:首都圏西部・山間部送電設備区域』
『予定拘束時間:約5時間』
『同行作業員:4名』
『登録Tier:3以上推奨』
『高機動能力、または近接対応能力を有する者を優先』
『業務内容:技術者の点検作業中の安全確保、および小型怪異出現時の退避支援、必要最小限の排除』
『基本報酬:400,000円』
『実際に怪異への対応や救助等が発生した場合は、追加の危険手当あり』
直哉は、募集要項を読んで少し疑問に思った。
(なんでただのインフラの点検に、能力者の護衛が必要なんだ?)
詳細な説明のテキストを読み込む。
対象となる送電設備そのものに、異界化や怪異による破損といった超常的な異常があるわけではないらしい。
今回の点検の主な理由は、山間部に設置された鉄塔周辺の定期点検と、先日の大雨の影響による『斜面や基礎部分の物理的な安全確認』だ。
ただし。
『当該の周辺森林において、最近、小型の野生怪異の目撃情報が数件寄せられています』
まだ、人的な被害は出ていない。
怪異の危険度も、それほど高くはないと見られている。
それでも企業側として、万が一のリスクがある山中に、一般の技術者だけで構成されたチームを入山させるのは避けたい。
だからこそ、保険として、緊急対応が可能な能力者の同行を求めているのだ。
直哉は深く納得した。
(なるほどな)
今回の案件は、怪異の討伐が主目的ではない。
あくまで、『電力設備の点検をする専門の技術者たちを、外部の危険から守る』という純粋な護衛任務だ。
昨日の物流倉庫での案件ともまた違う。
今回は、普通の専門技術者が普通の専門作業を行い、直哉は彼らを外敵から守る。
直哉は募集条件をもう一度見た。
山の中。
足場が悪い。
守るべき作業員が複数。
想定されているのは小型怪異。
(これも、セナでよさそうだな)
キャラクター画面を開く。
『★★★★ 東雲セナ《黎明の遊撃手》』
『Lv.20』
『現地登録Tier:3』
『《因果共鳴》第4段階』
共鳴を第四段階まで解放した、最初から使い続けているキャラクターだ。
直哉は呟いた。
「二日連続でセナの出番になるけど、まあ適任だしな」
直哉は、応募ボタンをタップした。
『応募を受理しました』
『受注確定』
集合時間は、同日の午前十一時半。
直哉は時計を見た。
「おっ、今日の昼からか。準備するか」
直哉は、軽い足取りで家を出た。
◆
首都圏の西部。
山間部にある、電力設備の管理会社の小規模な拠点。
直哉は、事前に人目のない場所を見つけて変身の手順を踏んでいた。
『【CHARACTER CHANGE】』
青白い光。
164センチの少女、東雲セナの姿へと変わる。
首元には、浅草で買った《違和の銀牌》もしっかりと装着してある。
業務表示名は《ナオ》。
拠点には、一般的なロゴが入った設備管理会社の車両と、作業着を着た四名の技術者たちが待機していた。
彼らは皆、ごく普通のインフラの専門技術者たちだが、会社の業務上、能力者や怪異について必要な範囲の事情は共有されているようだった。
現場の責任者らしい、五十歳前後のベテラン技術者の男性が、セナの姿を見て一礼した。
「高木誠司です。本日の現場責任者を務めます」
「本日の警護担当の、《ナオ》さんですね」
セナが、明るくハキハキとした声で答える。
「はい。よろしくお願いします」
高木は、事前の打ち合わせとして、今回の役割分担を明確にした。
「我々は、あくまで設備の物理的な点検作業を行います」
「もし万が一、山中で怪異のような存在が出現した場合でも、我々の方から武器を取って戦うような真似は一切するつもりはありません」
「その場合は、直ちに作業を中断し、ナオさんの指示に従って安全な場所へ退避します」
直哉の内心は、
(よかった。めちゃくちゃちゃんとしてる人だ)
と安心した。
護衛する側としては、守る相手が勝手な行動を取らないだけでもありがたい。
「了解しました。お任せください」
直哉の今日の仕事は、極めて明快だった。
作業中の周囲の警戒。
怪異が出現した際の、作業員たちの誘導と退避支援。
必要と判断した場合の、最小限の怪異の排除。
万が一負傷者が出た場合の、救助の補助。
高木たち技術者は、管理用の四駆の車両に乗り込み、機材の確認を行っていた。
鉄塔の基礎。
接地設備。
大雨による周辺斜面の状態。
ボルト。
周辺の植生。
彼らが専門的な話をしているのを聞いて。
直哉の内心は、
(何やってるのか、俺には全然分からんな……)
と、早々に理解を諦めていた。
だが、今回はそれでいい。
直哉は設備の専門家ではない。
彼の仕事は、彼らの背中を守ることだ。
管理車両で、山の中腹のゲート付近まで移動する。
そこからは、車両を降りて徒歩での移動となる。
最初は、ある程度整備された管理用の山道だった。
途中からは、斜面に沿って伸びる細い道へと変わる。
四人の技術者たちは、工具や測定機器を背負いながら山を登っていく。
対して、直哉――セナは。
身軽な装備のまま、先頭付近を歩いていた。
セナの身体能力なら、この程度の山道を歩くこと自体は大きな負担にはならない。
周囲からは、鳥のさえずりと、木々を揺らす風の音だけが聞こえてくる。
直哉は、澄んだ山の空気を吸い込みながら思った。
(……こういう平和な自然の中を歩く仕事も、悪くないな)
能力者だからといって、毎回血みどろで怪異と殺し合う必要はない。
むしろ、こういう静かな護衛任務の方が心身にはずっと優しい。
やがて。
木々の間を抜けた先に、巨大な送電鉄塔が姿を現した。
山の斜面に、巨大な鋼鉄の建造物が立っている。
高木が、部下たちに指示を出した。
「よし、到着だ。今日は鉄塔の上部へ高く登る作業はない。地上部分の基礎と、周囲の斜面の状態の確認を中心に行うぞ」
技術者たちが、
「了解です」
と機材を下ろし、それぞれの作業を開始した。
基礎部分を確認する者。
写真を撮り、記録をつける者。
斜面の状態を見る者。
直哉は、彼らの作業の邪魔にならない位置に立ち、周囲の森へ目を配った。
一時間ほどが経過した。
木々の揺れる音以外、何も起きない。
直哉は、少しだけ気が抜けていた。
(これ、また今日も何も起きないで終わる平和なパターンかな?)
報酬は四十万円。
何も起きなければ、追加の危険手当は出ない。
因果晶も、出るかどうかは分からない。
(まあ、それでも半日で四十万稼げるんだしな。十分すぎるだろ)
直哉は、普通に現状に満足していた。
だが。
その平和な空気は、微かな音によって破られた。
『ガサッ』
少し離れた斜面上方の茂みが揺れた。
セナが、そちらへ視線を向ける。
技術者の高木も、直哉の動きの変化に気づき、作業の手を止めた。
「ナオさん。何か、いましたか?」
直哉は、まだ剣には手をかけず、慎重に答えた。
「……まだ、分かりません」
動物の可能性もある。
茂みが、再び大きく揺れた。
その奥。
斜面の土が、不自然に盛り上がった。
『ボコッ』
湿った土の塊が崩れ。
地面の下から押し広げられたような、暗い穴が露出する。
そこから、のっそりと姿を現したのは。
イノシシよりも少し小さいくらいの、四足歩行の異形の獣だった。
全身が、岩肌のような灰色の分厚い外皮で覆われている。
特徴的なのは牙ではなく、土や岩を掘るために異常に発達した、シャベルのように巨大で太い前脚だった。
現場の資料にあった目撃情報と一致する。
小型怪異。
仮称、《穿土獣》。
直哉の内心は、極めて冷静だった。
(あのくらいなら、セナで十分対応できそうだ)
怪異は、人間たちを見て低く唸り声を上げた。
「グルルルルッ……」
高木たち作業員は、事前の打ち合わせ通り、一切のパニックを起こさなかった。
即座に手にしていた工具を置き、お互いに声を掛けながら、まとまって後方へ下がり始める。
高木が、短く指示を飛ばす。
「作業、中断! ナオさんの後ろへ退避しろ!」
セナが、スッと前へ出る。
「皆さん、そのまま下がってください」
腰の片手剣を静かに抜き放つ。
怪異が、低く身を沈めた。
次の瞬間。
発達した前脚で地面を強く蹴り、一直線にセナへ突進してきた。
直哉の目が細められる。
(来た!)
「《流光歩》」
セナの身体が滑らかに横へ流れ、突進の正面から外れる。
怪異の巨体が、すぐ横を通過した。
その瞬間。
セナは身体を反転させる。
片手剣の峰を、怪異の首筋へ叩き込んだ。
『ゴスッ!!』
鈍い音。
怪異の身体が大きく傾き、そのまま地面を転がった。
「ギャッ……!」
数メートル先で止まり。
ふらつきながら立ち上がろうとする。
だが、セナはすでにその前にいた。
直哉としても、作業員がすぐ後ろにいる状況で、何度も突進させるつもりはない。
もう一度。
今度は剣を振るう必要すらなかった。
踏み込み。
怪異の頭部へ、体勢を崩すための強烈な蹴り。
『ドンッ!』
穿土獣が、再び地面を転がる。
しばらく起き上がろうとしていたが。
やがて、戦意を失ったように身を起こし、低く唸りながらセナから距離を取った。
そして、先ほど出てきた穴とは別方向。
比較的平坦な林の奥へと走り去っていく。
直哉は、それを追わなかった。
討伐依頼ではない。
作業員への脅威がなくなった以上、深追いする必要もない。
剣を下ろす。
(よし。これで――)
「……ナオさん」
高木の声がした。
先ほどまでとは、明らかに違う。
低い。
直哉が振り返る。
高木は、逃げた怪異ではなく。
怪異が最初に地中から姿を現した斜面を見ていた。
そこには。
土の中へ続く、大きな掘削跡。
人間の腰ほどの高さがある暗い穴。
さらに、その周囲。
湿った土が。
さらさら。
さらさらと。
少しずつ崩れ落ちていた。
高木の表情が変わる。
「……こいつ」
直哉。
「え?」
高木が、穴の周囲へ走る細い亀裂を見る。
「斜面の中を掘ってたのか……?」
先日の大雨。
大量の水を含んだ斜面。
その内部を。
あの穿土獣が、いつからかは分からないが、何本も掘り進んでいた可能性がある。
直哉には、その掘削跡を見ただけで、斜面がどれほど危険な状態なのかは分からない。
だが。
高木には分かった。
周囲の土。
亀裂。
怪異が開けた穴。
その全てを一目見た瞬間。
高木が血相を変えた。
「全員、斜面から離れろ!!」
「え――」
『メリッ』
地面の奥から。
何かが裂けるような、嫌な音。
高木が絶叫した。
「下がれぇぇぇっ!!!」
その直後だった。
『ゴゴゴゴゴゴッ……!』
重く、腹の底へ響くような轟音。
斜面の一部が。
土と。
石と。
木の根を巻き込みながら。
一気に下方へ崩れ始めた。
直哉が怪異との戦闘で斜面を壊したわけではない。
穿土獣が逃げ際に地面を掘ったせいでもない。
大雨で緩んでいた地盤の内部に、以前から掘られていた空洞。
それが、限界を迎えたのだ。
山全体が崩壊するような大規模災害ではない。
鉄塔周囲の局所的な崩落だ。
だが。
そこにいる人間にとっては十分すぎるほど危険だった。
「うわっ!」
若い技術者の一人。
名札には『佐々木』と書かれている。
ちょうど崩落の境界近くにいた彼の足元が崩れた。
佐々木の身体がバランスを失い、土砂と共に斜面下へ滑り落ちていく。
作業員たちの安全管理が雑だったわけではない。
彼らは山間部での作業用にハーネスを装着している。
佐々木も、斜面の状態を確認するため、一時的な安全ラインを使用していた。
そのため、そのまま下まで落ち続けることはなかった。
『ガキンッ!』
安全ラインが伸び切り、佐々木の落下を止める。
しかし。
その勢いで。
佐々木の身体が、大きく横へ振られた。
振り子のように。
そして、その先。
剥き出しの岩壁。
高木が叫ぶ。
「佐々木ぃぃっ!!!」
直哉の目が、その光景を捉えた。
距離がある。
普通に走っていては、間に合わない。
(ヤバい!!)
迷う時間はなかった。
「《瞬雷》!!!」
青白い雷光が弾ける。
セナの姿が、視界から掻き消えるような速度で斜面を駆け下りる。
一瞬。
佐々木の身体が岩壁へ叩きつけられる、その直前。
セナが追いついた。
佐々木の胴体を、両腕で抱える。
だが。
(ここで無理やり止めたら、この人の身体がもたない!)
直哉は、力任せにその場で止めようとはしなかった。
佐々木を抱えたまま、自分も一緒に横へ流れる。
正面の岩壁へ叩きつけられる軌道だけを、セナの身体能力で強引に外した。
『ドンッ!』
二人は岩壁への正面衝突を避け、崩れかけた斜面の中腹へ降りる。
だが、まだ終わっていない。
足元の土は崩れ続けている。
さらに上から。
『バラバラバラッ!』
崩落に巻き込まれた石が落ちてくる。
セナは、佐々木を抱えたまま動いた。
「《流光歩》!」
足場の悪い斜面。
右へ。
左へ。
落石を避けながら、安定した場所を探す。
小さな石はかわす。
だが。
一つだけ、大きめの岩が、避けきれない位置から落ちてきた。
セナは佐々木を庇うように身体を入れる。
(ここで粉々にしたら、破片がこの人に飛ぶ!)
鞘に入ったままの剣を振る。
岩の正面ではなく、側面。
『ゴスッ!』
岩の軌道が横へ逸れた。
二人のすぐ横を通り過ぎ、斜面下へ落ちていく。
ようやく。
崩落が落ち着き始めた。
セナは、比較的安定している岩棚へ移動し、佐々木をゆっくり下ろした。
直哉には医療の専門知識はない。
目立つ大量出血は見えない。
手足が明らかにおかしな方向へ曲がっている様子もない。
だが、内部の怪我までは分からない。
勝手に動かすべきではない。
「動かないでください!」
セナは無線機を取った。
「こちらナオ! 一人確保! 意識あります!」
上から、高木たちの返答が飛んでくる。
『了解! 無事か、佐々木! すぐそっちへ救助用のロープを下ろす!』
高木たちが、救援の準備を始める。
地面に横たわった佐々木は、呆然と自分の身体を見下ろし、それから目の前のセナを見た。
「……お、俺。生きてる……?」
セナは、静かに頷いた。
「生きてます。でも、どこを痛めてるか分からないので、自分から動かないでください」
中身の直哉は、冷や汗を拭うような気分だった。
(……マジでギリギリだった)
(間に合ってよかった……)
上から、救助用のロープとハーネスが下ろされてくる。
ここからは、直哉も高木たちの指示に従った。
残りの技術者たちが、安全な場所から引き上げ作業を行う。
直哉は、セナの身体能力を使って下から支え、指示された通りに救助を補助する。
自分一人で勝手に佐々木を抱えて斜面を駆け上がるようなことはしない。
最終的に。
佐々木は無事に、上の安全な管理道へ引き上げられた。
直哉は、先ほど穿土獣が姿を現した斜面を見る。
大きな穴。
崩れた土。
今となっては、どこまで地中へ通路が伸びていたのかも分からない。
(……あいつ、こんなところ掘り回してたのか)
怪異そのものは、すでに林の奥へ姿を消している。
追うつもりはない。
(今は、あんなの追う意味ないな)
直哉の仕事は、怪異の討伐ではない。
作業員の安全確保だ。
昨日の呪物護衛でもそうだった。
守るべきものが残っているのに、それを放り出して敵を追う必要はない。
斜面の状態が大きく変わり、これ以上の作業は危険だと判断した高木が撤収を宣言した。
「本日の点検作業は、ここまでとする」
設備会社側で、改めて地盤の安全確認を行う必要がある。
直哉も、その判断に異論はなかった。
引き上げられた佐々木には、目立つ大出血などは見られなかった。
ただし、見た目だけで身体の内部まで無事とは判断できない。
高木は、
「すぐに病院で検査を受けさせる」
と決めた。
管理拠点へ戻る。
会社側へ、本日の事故について第一報が行われた。
直哉も、現場で見た怪異の特徴と、斜面崩落の状況を説明した。
特に。
穿土獣が斜面内部から姿を現したこと。
その地点に複数の掘削跡らしき空洞が確認されたこと。
これは今後の安全確認に必要な情報として、高木も詳しく記録していた。
全ての処理が一段落した後。
高木が、セナの前へ歩み寄った。
そして、深々と頭を下げた。
「《ナオ》さん」
「はい」
「本当に、助かりました。ありがとうございました」
直哉は、少し照れながら答えた。
「いえいえ、これが私の仕事ですから。気になさらないでください」
高木は、真剣な顔を崩さなかった。
「あのまま岩壁へ叩きつけられていたら、どうなっていたか分かりません」
「本当に、助かりました」
直哉は、内心で静かに息を吐いた。
(……あれは普通に走ってたら、絶対間に合わなかったよな)
《瞬雷》があったから届いた。
救急搬送される前。
佐々木も、担架の上からセナに向かって頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました……」
「あのまま、あの岩にぶつかってたら……」
そこまで言って、言葉を詰まらせる。
直哉も、その先を勝手に決めることはしなかった。
ただ。
(……なんか、ちょっとだけ、いい仕事したなって気がするな)
それだけは思った。
スマートフォンを開く。
仕事アプリ。
今回の点検自体は、最後まで完了していない。
だが、直哉に依頼されていた安全確保業務については、問題なく終了している。
画面に結果が表示された。
『業務完了』
基本報酬。
400,000円。
さらに。
『緊急救助・怪異対応手当:200,000円』
合計。
『報酬:600,000円』
直哉は、内心でガッツポーズをした。
(よし。六十万)
半日の仕事としては、十分すぎる金額だ。
そして。
直哉は、視界の右上を見た。
少しだけ待つ。
昨日の倉庫では、因果晶は出なかった。
今回はどうなるのか。
その時だった。
『ピロリン』
直哉の身体が、ビクッと跳ねた。
「!」
視界の右上に。
見覚えのある金色の通知ウィンドウが現れる。
『【因果変動記録】』
『外部因果への有意な干渉を確認しました』
『集結者の介入によって成立結果が変動しました』
『活動記録を更新します』
『評価処理完了』
『活動報酬を獲得しました』
報酬欄が開く。
育成記録。
クレジット。
直哉の視線は、そのさらに下へと急いだ。
そして。
『《因果晶》×1,600』
直哉の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
「…………」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「来たぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
叫びかけて。
止めた。
まだ、管理拠点には職員たちがいる。
直哉は慌てて両手で口を押さえた。
「……っ!!!」
セナの顔を真っ赤にしながら、その場で小さく震える。
近くの職員が、
「ナオさん、どうしました?」
と不思議そうにこちらを見る。
直哉は、必死に首を横へ振った。
現在のリソース。
『因果晶:1,600』
そして。
限定バナー。
『★5キャラクター確定まで:10回以内』
必要な石。
1,600。
ぴったり。
直哉は、口を押さえたまま、その数字をじっと見つめた。
「…………」
もう、手の中にある。
十連一回。
天井まで10回以内。
つまり。
今、この1,600石を使えば。
次の十連のどこかで、必ず★5キャラクターが出る。
直哉は、深く息を吐いた。
(揃った……)
一瞬だけ。
九条紫苑の静かな赤紫の瞳が頭に浮かぶ。
五割。
だが、今ここで考えても仕方がない。
直哉は、ガチャ画面を閉じた。
(家に帰ってからだ)
人前で石が出ただけで騒ぎそうになったのだ。
このままここで天井ガチャまで回す気にはならない。
一番落ち着ける自室で回す。
◆
帰りの電車。
直哉は三十四歳の男の姿へ戻り、窓際の席に座って外の景色を眺めていた。
視界の右上には。
『因果晶:1,600』
『★5キャラクター確定まで:10回以内』
限定バナー。
九条紫苑。
直哉は、窓に映る自分の顔を見て、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「……揃ったぞ」
一拍置いて。
誰に聞かせるでもなく、静かに宣言した。
「次は、絶対に★5だ」
直哉を乗せた電車は、夕暮れの街を抜けて、彼の実家のある駅へと向かって走り続けていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!