俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第37話 すり抜けた星5、心臓と手足がありません

 金曜日の夜。

 

 山間部での送電設備の護衛、そして予期せぬ斜面崩落からの作業員救出という、心身ともに削られる激務を無事に終えた直哉は、夕方に実家へと帰り着いていた。

 

 帰宅後、まずは泥と汗にまみれた身体を清めるために、ゆっくりと風呂に浸かった。

 夕食を平らげ、冷蔵庫からよく冷えた炭酸飲料を取り出し、自室へと戻る。

 廊下に誰もいないことを確認してから、しっかりとドアを閉め、鍵をかけた。

 

 ベッドへ深く腰を下ろす。

 風呂上がりの火照った身体を休めながら、直哉は大きく、深い深呼吸を一つした。

 

 そして、満を持して、視界の右上にずっと表示させたままにしていた《因果集結クロニクル》のシステム画面を、視界の中央へと呼び出した。

 

 現在の所持リソース。

『因果晶:1,600』

 

 そして、限定バナーの表示。

『★5キャラクター確定まで:10回以内』

 

 画面の中心には、これまで幾度となく、それこそ穴が開くほど見つめ続けてきた彼女のイラストが輝いている。

 

『★★★★★ 九条紫苑《宵刃の巫女》』

 

 艶やかな漆黒の長い髪。静けさを湛えた赤紫の瞳。

 月夜と青白い狐火を背負って立つ、美しき和装の剣士。

 

 直哉は、無言でそのバナーを見つめ続けた。

 

「…………」

 

 今まで、何度も「引きたい」「回したい」という衝動に駆られてはこの画面を開き、そして『因果晶:0』という絶望的な数字を見ては溜息をついて閉じてきた。

 石が足りない日々が、ずっと続いていた。

 

 だが、今回は違う。

 今日の仕事で、人命を救助した結果としてシステムからドロップした、貴重な1,600石。

 

 次の十連を回せば。

 必ず、100%の確率で、最高レアリティである★5キャラクターが出現することが、システムの天井機能によって確定しているのだ。

 

 直哉は、一人で少しだけ胸を張り、ニヤリと口角を上げた。

 

(……俺、ちゃんと家まで我慢できたな)

 

 昼間の山間部の管理拠点にいた時。

 帰りの電車に揺られていた時。

 帰宅してからの夕食中。

 

 ずっと、ずっと、今すぐにでもボタンを押して回したくて仕方がなかった。

 でも、我慢した。一番落ち着ける自分の部屋に帰ってくるまで、絶対にボタンを押さなかった。

 かつてコンビニのトイレで震えながら単発を回していた頃とは違う。

 

「成長したな、俺……!」

 

 直哉は、まだガチャを回してすらいないというのに、誰もいない部屋で一人、深く頷いて自画自賛していた。

 三十四歳にもなって、ガチャを家まで我慢できただけで成長を実感しているのはどうかとも思うが、本人は至って大真面目だった。

 

 だが、当然ながら、直哉の前に立ちはだかる最大の壁は残っている。

 

 ★5のキャラクターそのものが出ることは、天井システムが確定してくれている。

 だが。

 その★5の枠から、目当てのピックアップ対象である『九条紫苑』が出てくる確率は、50%だ。

 前回の三十連目で白峰レイジを引いているため、現在の直哉には『次回ピックアップ確定』の絶対的なシステム保証は存在しない。

 いわゆる、50/50(フィフティ・フィフティ)の勝負。

 

 直哉は、バナーの紫苑のイラストに向かって、祈るように呟いた。

 

「星5は、絶対に出る」

 

「でも、紫苑(お前)が出る確率は五割だ」

 

 直哉は、両手を合わせて、スマートフォンの画面越しではなく、自身の視界に浮かぶシステム画面そのものに向かって拝むような姿勢をとった。

 

 一拍、置く。

 

「……頼むぞ、マジで」

 

 直哉の指が、黄金色に光る『10回集結』のボタンを、力強く、そして願いを込めてタップした。

 

『因果晶を1,600消費して10回集結を実行しますか?』

『現在:1,600』

『実行後:0』

 

 直哉に、もう一切の迷いはなかった。

 

『集結する』

 

 ガチャの演出が開始された。

 

 画面の奥深くから、十個の光の糸がこちらへと向かって飛んでくる。

 直哉は、息を詰めてその光の行方を見守った。

 

 一枚目。青い光が弾ける。★3のありふれた武装素材だ。

 二枚目。青。これも★3。

 三枚目。青。★3。

 

 直哉の内心は、極めて落ち着いていた。

 

(まあ、今回は道中の色は関係ない)

(どうせ天井なんだ。この十枚のどこかで、必ず金色の光が来る)

 

 四枚目。青。

 五枚目。青。

 六枚目。青。

 七枚目。青。

 

 青い光ばかりが連続で弾け、直哉の口元が、少しだけ引きつる。

 

「……おい」

 

 八枚目。青。

 九枚目。青。

 

 ついに、九枚目まで全てが最低保証以下の青い光で終わった。

 

 残り、最後の一枚。十枚目。

 

 直哉は、完全に息を止めた。

 

 十枚目。

 

 飛んできた最後の光の糸が。

 青でも、紫でもなく。

 

 直哉の視界を埋め尽くすほどの、圧倒的に眩い『黄金色』の輝きを放って、激しく画面全体を染め上げた。

 

 直哉は、堪えきれずに叫んだ。

 

「来たぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 ベッドから半分立ち上がり、両手を強く握り締めてガッツポーズを作る。

 

「よしよしよしよし!!」

 

 画面が切り替わり、新しく取得したキャラクターのシルエットが、光の中からゆっくりと浮かび上がってくる。

 

 長い髪。華奢な女性のシルエットだ。

 

 直哉の心臓が、早鐘のように高鳴る。

(紫苑か!? 勝ったか!?)

 

 しかし。

 直哉の目は、シルエットが実体化して細部が描画されていく過程で、すぐにその『強烈な違和感』に気がついた。

 

 シルエットの手に、紫苑が持っているはずのあの特徴的な太刀が握られていない。

 衣装の輪郭も、どう見ても和装のそれではない。布の広がり方が、もっと洋風で分厚い。

 

 そして何より、背景の空気が全く違ったのだ。

 

 古い鳥居。青白い狐火。静謐な月夜。

 そんな、紫苑のバナーに描かれていた、あの凛とした和の空気感は微塵もなかった。

 

 代わりに展開された背景は。

 

 血のように、暗く、重く、淀んだ深い赤。

 星一つない、絶望的な漆黒の空。

 その空にポツンと浮かぶ、不気味に欠けた赤い月。

 

 直哉の立ち上がりかけた身体の動きが、完全にピタリと止まった。

 

「…………」

 

 画面の中央に、金色の文字が鋭く刻まれる。

 

『★★★★★』

 

 そして。

 

『ヴェルミリア・ノクス』

 

『《血月の残神》』

 

 表示された立ち絵のイラスト。

 銀白色の、腰をゆうに超えるほど長く美しい髪。

 陽の光を一度も浴びたことがないような、透き通るような白磁の肌。

 感情の一切読めない、底無しの深紅の瞳。

 黒を基調とし、赤黒い豪奢で禍々しい刺繍が施された、古風なドレス。

 

 直哉は、ベッドの上で中腰の姿勢のまま、ポカンと口を開けた。

 

「…………」

 

 数秒の沈黙の後。

 

「……誰?」

 

 直哉の呆然とした問いに対する答えのように、システムからの無慈悲なテキストが、画面下部に容赦なく表示された。

 

『ピックアップ対象外の★5キャラクターを獲得しました』

 

 直哉の思考が、数秒間完全に停止した。

 文字列の意味を、ゲーマーとしての脳髄が、ゆっくりと、絶望と共に理解していく。

 

 そして。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 直哉は、頭を抱えて、ベッドの上へバタリと後ろ向きに倒れ込んだ。

 

「すり抜けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 五十パーセント。

 五割の勝負。コインの裏表。天国か地獄か。

 直哉は、その勝負に完全に敗北したのだ。

 

 システムのテキストは、ベッドでのたうち回る直哉の絶望など意に介さず、淡々と無機質に処理を続けていく。

 

『次回★5キャラクター出現時、ピックアップ対象確定』

 

 そして、更新された天井カウント。

 

『★5キャラクター確定まで:80回以内』

 

 直哉は、天井を見上げた虚ろな目のまま、視界の隅に表示されたその数字を見つめた。

 

「…………」

 

 最大80連。

 必要な因果晶は、12,800石。

 

「……遠い……遠すぎるだろ……」

 

 次に★5の光を見れば、九条紫苑は必ず手に入る。次回の保証は得られた。

 だが、現在の所持石は0。その『次の星5』があまりにも遠すぎるのだ。

 

 直哉は、しばらくの間、深い絶望の淵に沈んでベッドのシーツと同化していた。

 魂が抜けたように、身動き一つしない。

 

 しかし。

 数分後。

 

 直哉は、重い身体をゆっくりと起こした。

 

「……いや」

 

 直哉は、パンッと自分の頬を軽く叩き、無理やり自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 すり抜けたのは、確かに悲しい。ショックだ。

 でも。

 

「新しい星5が、一人増えたことには変わりないんだ」

 

 恒常ガチャから出てきた、未所持の最高レアリティキャラクターだ。

 戦力的には、間違いなく大幅な手札の増強になるはずだ。ここで腐っていても仕方がない。

 

「とりあえず……まず性能と、プロフィールだけでも見ておくか」

 

 直哉は、重い指を動かして、メニューから《キャラクター》の図鑑画面を開いた。

 

 新しく追加された、彼女のアイコンをタップする。

 

『★★★★★ ヴェルミリア・ノクス《血月の残神》』

『Lv.1』

『HP:3,200 / 3,200』

『属性:血』

『武装:神血』

『種族:吸血神』

『所属:なし』

 

 直哉は、「ふんふん、吸血鬼系ね」と流し読みしながら、視線を一番下へと向けていった。

 そして、ステータスの最下段の記述を見た。

 

『現地登録Tier:1』

 

 直哉の目が、完全に点で止まった。

 

「…………」

 

 直哉の視線が、もう一度、最後の一行へと戻る。

 

『現地登録Tier:1』

 

 直哉は、掠れた声で呟いた。

 

「……Tier1?」

 

 直哉の脳内から、紫苑がすり抜けたショックと悲しみが、一瞬にして宇宙の彼方へと吹き飛んだ。

 

 Tier1。

 あの霧島でさえ、「日本国内でもごく少数しかいない」「単体で国家戦略級の存在」「一個師団の軍隊を動員しても勝てるか分からない」と表現した、理不尽の極みのような規格外のバケモノの階層。

 

 それが。

 恒常ガチャの★5のすり抜けで、今、何の前触れもなく自分の手持ちに加わったのだ。

 

 直哉は、画面に向かって絶叫した。

 

「待て待て待て待て!!!」

 

「恒常ガチャから、Tier1が普通に出てくるの!?」

 

 直哉は、完全に血の気が引いた顔で、改めて彼女の立ち絵のイラストをじっくりと観察した。

 

 銀白色の長髪。白磁のような肌。深い赤の瞳。黒いドレス。

 そして、靴は履いておらず、裸足だ。

 

 直哉の視線が、ある一点で止まった。

 

「……ん?」

 

 直哉は、スマホの画面の立ち絵を、指でピンチアウトして拡大した。

 

 両腕。

 上腕の途中から先の部分が、深い『深紅』に染まっている。

 

 両脚。

 太腿の途中から下の部分が、同じく『深紅』だ。

 しかも、よく見るとその部分は、背景が少し透けて見えるような『半透明』になっている。

 

 直哉は首を傾げた。

 

「この子、手足だけなんか赤くね?」

 

 直哉のゲーマーとしての最初の認識は、至極当然のものだった。

 

(血の属性の吸血鬼キャラだから、そういうファッション的な演出か?)

(血みたいな色の、半透明の長い手袋とタイツを着けてるみたいな?)

 

 でも。

 さらに画面を限界まで拡大して、よく見てみる。

 

 指先まで、完全に赤い。足の指まで、赤い。爪の先まで赤いのだ。

 そして、その半透明の表面の奥で。

 どろりとした赤い液体が、まるで生き物のように、ゆっくりと流動しているようなエフェクトがかかっている。

 

 直哉は純粋に感心した。

「なんか、随分とエフェクト凝ってんなぁ。最近のゲームはすごいわ」

 

 直哉は、まだ全く気がついていなかった。

 

 直哉は、彼女のプロフィールのテキスト欄を開いた。

 

『かつて、血を神域として支配した古き吸血神。』

『その本来の神体は既に失われており、現在残されているのは頭部、胴体、および神血によって形成された疑似器官のみである。』

 

 直哉の目が、その一行でピタリと止まった。

 

「…………」

 

 直哉の口から、疑問符が漏れる。

 

「神体、失われてる?」

 

 嫌な予感がして、直哉は急いでテキストを下にスクロールした。

 

『神体欠損状況』

 

『心臓:喪失』

『右上肢:喪失』

『左上肢:喪失』

『右下肢:喪失』

『左下肢:喪失』

 

 直哉は、完全に沈黙した。

 

「…………」

 

 直哉は、再び画面を上にスクロールして、立ち絵へと戻った。

 

 赤い、半透明の右腕。

 赤い、左腕。

 赤い、両脚。

 

 そして、プロフィールの『四肢喪失』の文字。

 

 一拍。

 

 直哉の口から、間抜けな声が漏れた。

 

「え?」

 

 さらに、一拍。

 

「待って」

 

 直哉は、立ち絵を限界まで拡大した。

 血がドロドロと流れている、その赤い手足を。

 

「これ、タイツとか手袋の演出じゃねえじゃん!!」

「マジで、手足そのものが無いじゃん!!」

 

 直哉は、震える指で彼女の能力詳細のタブを開いた。

 

『《神血成形》』

『失われた神体の部位を、自身の神血によって疑似的に再構成する。』

『形成された疑似四肢は、通常の身体部位と全く同様に操作可能である。』

『疑似四肢の損傷、および破壊時。自身のHPを消費することで、即座に再形成が可能。』

 

 直哉は頭を抱えた。

 

「腕も脚も、全部自分の血で作ってんの!?」

 

 ただの血の塊が、表面張力か何かの能力で、見た目だけ人間の手足の形を維持しているだけなのだ。

 

 さらに、直哉は最も恐ろしい事実に気がついた。

 

「じゃあ……喪失してる『心臓』は、どうやって動かしてんだよ……?」

 

 詳細テキスト。

 

『《血核》』

『喪失した心臓機能を代替するため、胸郭内部に高密度の神血による疑似循環核を形成する。』

『本来の神体の心臓と比較し、権能の出力および神血の循環効率は、著しく低下している。』

 

 直哉は、天を仰いだ。

 

「…………」

 

「心臓まで、血で代用して作ってんのかよ!?」

 

 人間なら、いや普通の怪異でさえ、即死している状態だ。それを自身の能力だけで補って存在を維持している。

 

 直哉は、プロフィールの最初の方にあった、『現在のTier1』という記述の意味を理解した。

 

 テキストにはこう書かれている。

 

『神体の心臓および四肢を完全に喪失したことにより、本来有していた神権と存在定数の大部分を喪失している。』

『現在の存在階位:Tier1相当』

 

 直哉は、深く頷いた。

 

「……なるほど。これだけ身体がボロボロで欠損してる『弱体化状態』だから、今はTier1止まりになってるってことか」

 

 直哉は、それならば納得できた。Tier1でも十分に頭がおかしいが、神様ならそんなものかもしれない。

 

 だが。

 そのテキストのすぐ下に書かれていた、次の一行を見て。

 

『完全神体時・推定階位:Tier0』

 

 直哉は、完全に石化した。

 

「…………」

 

 長い、長い沈黙。

 

 直哉は、目をこすって、もう一度読んだ。

 

『現地登録Tier:1』

『完全神体時推定階位:Tier0』

 

 直哉は、スマホに向かって叫んだ。

 

「は?」

 

 直哉の理解が、完全に追いつかなくなった。

 

「弱体化してTier1って何???」

「手も足もなくて、心臓もなくて、神様の力の大部分を喪失して弱体化してるのに、それでも『Tier1』って何なの!?」

「どんだけ元のスペック高かったんだよ! 完全な状態だったらTier0って、完全にバグキャラじゃん!!」

 

 直哉は、ブルッと身震いした。

 

「怖っ……!!」

 

 恒常ガチャの中に、こんなとんでもない裏設定を持ったバケモノが仕込まれていたことに、直哉は戦慄を覚えていた。

 

 直哉は、少し落ち着いてから、画面の他の項目もくまなく確認してみた。

 

(……もしかして、ゲームを進めればこの失われた身体のパーツを取り戻せるクエストとかがあるのか?)

 

 だが。

『失われた四肢を取り戻せ』

『心臓回収クエスト』

『神体復元イベント』

 

 などという項目は、メニューのどこを探しても存在しなかった。

 

 つまり。

 この『四肢と心臓が欠損した状態』そのものが、この《ヴェルミリア・ノクス》というユニットの、完成された実装状態なのだ。

 

 直哉は理解した。

 

(なるほど。そういうことか)

 

 そして。

 プロフィールの最下段に、非常に小さく書かれた『注記』のテキストを見つけた。

 

『※本キャラクターは《ヴェルミリア・ノクス》の、欠損状態を基準としてシステムに実装されています。』

 

 直哉は、その一文を読んだ。

「…………」

 二度、読んだ。

 

 そして。

 数々の中華ゲーやソシャゲを長年プレイしてきた、ゲーマーとしての血と経験が、彼に一つの明確な答えを導き出した。

 

 直哉の口から、即座に大声でのツッコミが炸裂した。

 

「これ、絶対あとから『限定ガチャ』で完全版のTier0の姿が来るやつじゃん!!!」

 

 大声で叫んだ。

 ここは自宅の自室だ。今日は誰にも聞かれていないので全く問題ない。

 

「分かるわ!! 完全に運営のやり口が透けて見えるわ!!」

「恒常にわざと『弱体化版』を置いておいて、ハーフアニバーサリーとかの大型の集金タイミングで、完全体を限定のぶっ壊れ星5として出してくる、いつもの悪辣なパターンだろこれ!!」

 

 もちろん、本当に完全版のデータが既にこのシステム内に存在するのかどうかは、今の直哉には分からない。ただのゲーマーとしての予想だ。

 でも、あまりにもそれっぽすぎた。

 

 直哉は、大きく息を吐き出して、少し冷静になった。

 

「いや……待てよ」

 

 Tier1のキャラクター。

 設定上はTier0のバケモノ。

 恒常キャラクターとしての加入。

 そして、次回ピックアップ確定の保証獲得。

 

 直哉は、腕を組んで考えた。

 

「……これ、すり抜けの結果としては、めちゃくちゃ『大当たり』なのでは?」

 

 確かに、目当ての紫苑は出なかった。

 でも、自分の手札の戦力としては、どう考えても大幅な、それも規格外の増強だ。

 

 直哉は、少しだけ機嫌を直して、彼女の詳しい性能を確認することにした。

 

 まずは、通常攻撃だ。

 

『通常攻撃:《緋爪(ひそう)》』

『神血で形成された疑似四肢の指先を一時的に鋭利化し、対象を斬撃する。』

 

 直哉は頷いた。

「なるほど、剣とかの武器を持たない素手キャラか」

 

『スキル1:《血杭(けっくい)》』

『自身の神血を圧縮し、複数の硬質な杭として前方に高速射出する。』

 

「遠距離攻撃もできるのか。自分の血を弾丸やミサイルみたいに撃ち出すタイプだな」

 

『スキル2:《血印(けついん)》』

『自身の神血を対象の身体へ付着させ、血の標識を形成する。』

『《血印》が成立した対象に対し、自身の一部の神血系能力の威力および追尾性能が強化される。』

 

「ターゲットにマークを付けてから、本命の火力を叩き込むタイプか」

 

『移動スキル:《血歩(けっぽ)》』

『神血で形成された下肢を瞬時に変形・液状化させ、物理法則を無視した高速移動を行う。』

 

「血で作った足だからこそできる変態機動か……」

 セナの雷のような直線的な加速とは、また違ったベクトルの機動力だ。

 

『防御スキル:《血衣(けつい)》』

『自身の神血を薄膜状に展開し、対象からの有害な物理・能力現象のダメージを軽減する。』

 

 レイジの《既判適応》のような完全無効化ではないが、ある程度の防御バフも持っている。

 

 そして、固有のパッシブスキル。

 

『《血月の残神》』

『現在のHP減少量に応じて、全ての神血系攻撃の性能と威力が上昇する。』

『ただし、HPが一定のパーセンテージを下回った場合、《神血成形》による疑似四肢の安定性が低下し、機動力が落ちる。』

 

 直哉は、深く頷いた。

 

「なるほどな」

「自分のHPを削って、火力を上げて戦う背水キャラか」

「でも削りすぎると、血で作ってる手足そのものが崩れて弱体化する。めちゃくちゃピーキーで扱いが難しそうな性能だな……」

 

 最後に、EXスキル。

 

『EXスキル:《血月顕現・赤海(せきかい)》』

『大量の神血を周囲の空間へ展開し、一定範囲を自身の神血が支配する領域へと強制的に変化させる。』

『領域内では、《血杭》《血衣》《神血成形》の全性能が大幅に上昇する。』

『発動および維持には、自身の大量のHPを継続消費する。』

 

 直哉は息を呑んだ。

 

「……Tier1の、圧倒的な範囲制圧キャラか」

 

 レイジのような単体での防御特化や、エレノアのような理不尽な時間停止とも違う。

 空間そのものを自分の有利な領域へと書き換えてしまう、完全なバケモノの能力だった。

 

 直哉は、プロフィールの細かいテキストも読んでみた。

 

『嗜好:上質な血/甘味』

『嫌悪:無礼な振る舞い/退屈/自らを哀れむこと』

 

 直哉は少し笑った。

「甘い物好きなんだ……なんか、吸血神とか名乗ってる割に、妙なところで普通で可愛いな」

 

 そして、本人の『欠損』に対する認識のテキスト。

 

『現在の著しい欠損状態について、本人はそれを悲劇とも、致命的な屈辱とも認識していない。』

『「心臓と四肢を失った程度で、この私が私でなくなるものか」と、極めて傲慢に考えている。』

 

 直哉は、素直に感心した。

「メンタル強っ……」

 さすがは神様である。四肢と心臓を失ってこのメンタルは只者ではない。

 

 直哉は、とりあえず彼女のレベルを上げておくことにした。

 

「実戦で使えるようにしとくか」

 

 手持ちの育成素材とクレジットを投入する。

 現在は、キャラのレベル上げに関しては、裏で普通のソシャゲのように素材をポチポチとタップするだけで上げられるようになっている。いちいち特別なイベントにはならない。

 

 Lv1。

 ↓

 Lv5。

 ↓

 Lv10。

 ↓

 Lv15。

 ↓

 Lv20。

 

 一気に現在の上限まで引き上げる。

 

『★★★★★ ヴェルミリア・ノクス《血月の残神》』

『Lv.20』

『HP:4,150 / 4,150』

『属性:血』

『武装:神血』

『種族:吸血神』

『現地登録Tier:1』

 

 直哉は満足して頷いた。

「よし、これでいつでも戦えるな」

 

 新しいキャラクター。

 しかも、初めてのTier1。

 血で作られた手足。吸血神。

 

 当然、直哉のゲーマーとしての好奇心は、彼女の姿に「今すぐ変身して試してみたい」と疼いていた。

 

 直哉の指が、《CHARACTER CHANGE》のボタンへと伸びかける。

 

 だが。

 直哉の指は、空中でピタリと止まった。

 

「…………」

 

(相手は、Tier1の神格だぞ)

(しかも、まだ八咫烏にも報告していない、完全な未知の新形態だ)

 

 ここは、東京の都市部にある実家の自室だ。

 高位のキャラクターへの変身は、それ自体が周囲の空間に少なからずの『因果律改変反応』を発生させることを、直哉はすでに知っている。

 

 直哉は、ゆっくりと指を下ろした。

 

「……さすがに、こんな住宅街のど真ん中で、いきなりTier1のバケモノに変身して試すのはやめとくか」

 

 もし変身した余波で家が吹っ飛んだり、八咫烏のセンサーが真っ赤になって大騒ぎになったら目も当てられない。

 

(実際の初変身は、安全な八咫烏の地下施設か、本当に必要になった仕事の現場のどっちかだな)

 

 直哉は、ここでも三十四歳の社会人としての確かな『成長』を見せていた。

 

 直哉は、スマートフォンを手に取った。

 

 霧島との連絡用のメッセージアプリを開く。

 

 これまで、新しいキャラクターを引くたびに、直哉は八咫烏へ「こんなキャラが出ました」とバカ正直に報告してきた。

 今回も、組織に所属して仕事をもらっている以上、報告そのものは行うつもりだ。

 

 直哉は、文章を打ち始めた。

 

『霧島さん、夜分遅くにお疲れ様です。』

『先ほど、ガチャで新しい★5キャラクターを獲得しました。』

 

 ここまでは普通だ。

 

 次。

 直哉の視界には、『現地登録Tier:1』の文字がある。

 

 直哉は入力した。

『UI上の現地登録Tierの表記は、1です。』

 

 さらに。

 

 直哉の指が、キーボードの上で止まった。

 

「…………」

 

 何を、どこまで書く?

 

 直哉は、ヴェルミリアのプロフィールのテキストを横目で見た。

 

『種族:吸血神』

『完全神体時推定階位:Tier0』

『心臓:喪失』

『四肢:喪失』

 

 これを、全部そのまま馬鹿正直に書いたら。

 絶対に、文章がめちゃくちゃ長くなる。

 そして、霧島たち八咫烏の管理部が、完全にパニックに陥るのは目に見えている。

 

 それ以前に。

 

 直哉は、冷静に考えた。

 

(……このバケモノみたいな裏設定の詳細、本当に『今すぐ』八咫烏に全部言う必要あるか?)

 

 現在、直哉が使える形態は。

 ・Tier1の戦闘力。

 ・吸血鬼系統の能力。

 ・前衛で戦闘可能なタイプ。

 

 八咫烏が直哉に仕事を振る上で必要な情報は、とりあえずそれだけで十分なはずだ。

 

 一方で。

『完全な状態ではTier0の神でした』

『今は心臓と手足を失って弱体化しています』

『能力の詳しい機構は、血の領域展開です』

 

 直哉は、少し前に八咫烏の会議室で、霧島から聞いた話を思い出していた。

 

『第一に、現場の業務上、その情報を共有する必要が全くありません』

『第二に、能力情報そのものがセンシティブだからです。必要もないのに広範囲へ共有すれば、情報漏洩のリスクが増えるだけです』

 

 八咫烏自身が、『必要な人に、必要な情報だけを共有する』というルールの下で、直哉の能力を管理していたのだ。

 

 そして、金曜日に玲蘭から言われた忠告。

『全部を一人で抱え込む必要はありません。でも、全部を誰か一人に完全に預ける必要もありません』。

 

 直哉は、完全に沈黙した。

 

「…………」

 

 そして。

 直哉の顔が、パッと明るくなった。

 

(そうだよ!)

 

(俺が八咫烏に管理されてるみたいに、能力者である俺本人だって、自分の能力の裏設定まで全部バカ正直に国に公開してやる必要はないんだよな)

(仕事に必要な情報だけを、適宜渡せばいいんだ)

 

 直哉は、打ちかけていたメッセージを大幅に修正した。

 

 最終的に完成した文章は、こうだ。

 

『霧島さん、夜分遅くにお疲れ様です。』

『先ほど、新しい★5キャラクターを獲得しました。』

『UI上の現地登録Tierは1です。』

『吸血鬼系で、戦闘可能なタイプです。』

『能力の詳細な仕様については、今後現場で運用が必要になった場合に、改めて安全な場所で共有させてください。』

『よろしくお願いします。』

 

 これだけだ。

 

 直哉は、送信ボタンを押す前に、厳しい『自己監査』を行った。

 

 新★5を引いた。事実だ。

 Tier1である。事実だ。

 吸血鬼系である。事実だ。

 戦闘型である。事実だ。

 能力の詳細は、必要になった時に共有する。事実だ。

 

「…………」

 

 完全神体時Tier0。書いてない。

 四肢欠損。書いてない。

 種族名も、厳密な『吸血神』ではなく、八咫烏がパニックにならないように『吸血鬼系』とボカした。

 

 直哉は、自分に言い聞かせた。

 

(俺は、一つも嘘はついていない)

 

 直哉は、迷いなく『送信』ボタンを押した。

 

「よし」

 

 直哉は、少しだけ緊張しながら返信を待った。

 

 数分後。

 スマホが短く震えた。

 

 霧島からの返信だ。

 

『夜分にご連絡ありがとうございます。』

『承知しました。新規の形態については、「現地登録Tier1」「吸血鬼系」「戦闘可能」という大枠の内容で、こちらでも仮登録として把握しておきます。』

 

 続く文章。

 

『能力情報の詳細を、どこまで他者へ開示するかについては。原則として、能力者ご本人の裁量と判断に委ねられています。』

 

 さらに。

 

『情報管理、およびご自身の能力の秘匿という観点からも、能力の詳細を非公開とすること自体は、何ら違法なことではありません。』

 

 最後に。

 

『森川さんご本人の判断を最大限に尊重します。今後、実戦投入や運用テストで詳細な情報共有の必要が生じた際には、その都度ご相談ください。』

 

 直哉は、そのメッセージを読んで、完全に安堵した。

 

「…………」

 

「いいんだ」

 

 直哉は、心のどこかで「Tier1の危険な能力なのだから、国家機関として詳細を全部報告しなさい!」と高圧的に命令される可能性も少しだけ考えていた。

 でも、違った。

 

 能力者が、自分の身を守るために能力の詳細を秘匿する。

 それは、裏社会においてごく普通のことであり。八咫烏の情報管理の観点からも、当然認められる権利なのだ。

 

 直哉は深く納得した。

「なるほどな……。能力者になったからって、自分のプライバシーの全部を国に丸裸にされて提出しなきゃいけないわけじゃないんだ」

 

 もちろん、重大な事件や、八咫烏との契約の仕事で必要になれば、ちゃんと話すつもりだ。

 でも、今すぐ使ってもいない能力の裏設定や重い背景まで、全部馬鹿正直に提出する義務はない。

 

 直哉は、自分の打ったメッセージと、霧島からの返信を見比べて。

 

「よし」

 

 と、ベッドの上で力強く拳を握り締めた。

 

「相手に、必要な情報だけを的確に伝えた」

 

 一拍置いて。

 

「相手も、それで問題ないってハッキリ言った」

 

 さらに。

 

「情報の防衛ラインの構築……完璧じゃん」

 

 直哉は、腕を組んで、一人で深く頷いた。

 

「成長してるな、俺!!!」

 

 彼は、かなり満足そうだった。

 十一ヶ月間、無職で部屋に引きこもって誰とも連絡を取らなかった男が。

 現在、行政の担当官と契約内容を確認し、仕事を選び、自分の情報の開示範囲まで計算して立ち回るようになっているのだ。

 本人は、大真面目に自分の成長を実感していた。

 

 ただし。

 

『完全神体時推定階位:Tier0』

 

 この爆弾設定については。

 

(……まあ、これはさすがに、本当に必要になってからちゃんと話そう……)

 

 と、直哉も心の奥底に封印した。

 完全に隠し通して墓場まで持っていく決意ではない。本当に必要になれば開示する。ただ、今は必要ないというだけだ。

 

 直哉は、再び《因果集結クロニクル》の画面へと視線を戻した。

 

 現在のリソース。

『因果晶:0』

 

 限定バナー。

『★5キャラクター確定まで:80回以内』

 

 そして、新しく追加された表示。

『次回★5キャラクター出現時:ピックアップ対象確定』

 

 直哉は、紫苑のイラストを見た。

 

「…………遠いな」

 

 でも。次の★5は、絶対に彼女だ。すり抜けの恐怖はもうない。

 

 直哉は、新しく図鑑に加わったヴェルミリアの立ち絵を見た。

 

 恒常のすり抜け。

 Tier1。元Tier0。

 血の手足。心臓なし。甘いもの好き。

 

 直哉は、少し考えて。

 

「まあ、これはこれで、文句なしの大当たりだな」

 

 と、素直に喜んだ。間違いなく、戦力的には圧倒的なプラスだ。

 

 そして。

 直哉の視線が、プロフィールの最下段にある、あの小さな注記のテキストで止まった。

 

『※本キャラクターは《ヴェルミリア・ノクス》の欠損状態を基準として実装されています。』

 

 直哉は、その一文をもう一度読み直した。

 

 そして。

 

「……いや」

 

 彼の中華ゲーマーとしての、長年の血と経験に裏打ちされた確信が、一つの真理を告げていた。

 

「これ、絶対そのうち、限定ガチャで四肢も心臓も揃った『完全版』の別バージョンが来るやつじゃん」

 

 一拍置く。

 

「俺、知ってるからな。この手のゲームの、えげつない集金商売のやり方」

 

 《因果集結クロニクル》のシステムは、当然何も答えない。

 直哉だけが、ベッドの上で一人、深く、深く頷いていた。




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