俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

38 / 70
第38話 友達に誘われたらホワイトハウスに来ていました

 土曜日、昼前。

 

 前日の夜、新たな★5キャラクター《ヴェルミリア・ノクス》を引き当て。

 Tier1。完全神体ならTier0。心臓と四肢の喪失。という、あまりにも重すぎる設定と情報量に散々振り回された直哉は。

 結局、彼女の姿への初変身を試すこともなく、泥のように眠りについた。

 

 そして、翌朝。

 直哉は、休日の特権を存分に行使して、少し遅めに目を覚ました。

 

「ふぁぁ……」

 

 大きく欠伸をして、ベッドの上で身体を伸ばす。

 木曜日、金曜日と立て続けに仕事に出ていたので、今日は特に何も予定を入れていない。

 八咫烏からの急な連絡も、今のところはない。

 

 直哉は、休日の朝の空気を存分に味わいながら、自室でPCを立ち上げた。

 

(今日は、久しぶりに完全休養でいいか。適当にゲームでもしてゴロゴロしよう)

 

 三十四歳の男の、極めて平和で堕落した休日のスタート。

 ……のはずだった。

 

『ブルルルッ』

 

 机の上のスマートフォンが、軽快な着信音を鳴らして震えた。

 

 直哉は、画面に表示された名前を見た。

『ノア』

 

 八咫烏を通して連絡先が共有されてからというもの。

 彼は、仕事の用事でもないのに、普通に「暇だから」という理由だけで電話をかけてくるようになった。

 

 直哉も、もう彼から電話がかかってくることには慣れていた。

 殺し合ったのは過去の話。今は、ある意味で気心の知れた『歳の離れた友人』のような感覚すらある。

 

 直哉は、何の警戒もなく、ただの休日のテンションで通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

 

『ナオ、暇?』

 

 いきなり本題から入る、いつもの軽い声。

 

「暇だけど」

 

『じゃあさ、ちょっと仕事付き合ってくれね?』

 

 直哉の頭に、(ああ、また何か能力者絡みの裏の仕事の誘いか)という程度の認識が浮かんだ。

 浅草での呪物探しのような、ちょっとした調査かお使いだろう。

 

「いいよ。どんな仕事?」

 

 直哉が軽く尋ねた。

 ノアは、本当に近所のコンビニにでも誘うような、極めて軽い調子で答えた。

 

『アメリカ大統領から依頼があってさ』

 

 直哉の動きが、完全に、ピタリと停止した。

 

「…………」

 

 一拍、置く。

 

 直哉は、自分の耳を疑いながら聞き返した。

 

「……ごめん、今、誰からって言った?」

 

『アメリカ大統領』

 

 直哉の脳の処理速度が、限界を超えてショートした。

 

「アメリカ大統領!?」

 

 直哉の自室に、信じられないというような素の絶叫が響いた。

 

「ちょっと待って! 意味が分からない!」

 

 直哉は、ベッドから転げ落ちそうになりながらスマホに向かって叫んだ。

 

「ノア、お前……アメリカ大統領と知り合いなの!?」

 

『うん』

 

 一ミリの迷いもない、即答だった。

 

「なんで!?」

 

 ノアは、電話の向こうで、むしろ直哉がどうしてそんなに驚いているのか不思議で仕方がないという様子だった。

 

『だって、CIAとかNSAの連中が、俺んちの得意客の常連だし』

 

 直哉は、完全に沈黙した。

 

「…………」

 

 さらっと、とんでもない国家機関のアルファベットを並べられた。

 直哉の頭の中に、すっかり忘れかけていた、ノア・ヴァレリウスの本来の肩書きがフラッシュバックする。

 

(……そうだった)

 

(こいつ、浅草で一緒に雷門の前でピースして写真撮ったり。天ぷら定食を奢らせてきたり。休日に「暇?」って電話してきたりするから、完全にただの生意気な中学生だと思って忘れそうになるけど)

 

(実家は、世界的に超有名な『暗殺者一族』の御曹司なんだった……!)

 

 ノアは、キャンディを舐める音をさせながら続けた。

 

『お前さ、うちの家業のこと勘違いしてねえ? 別に、殺しの仕事ばっかり受けてるわけじゃねえぞ?』

『各国の要人の極秘護衛とか、裏社会の情報収集とか、厄介な能力関係の面倒事の処理とか、色々あるんだから。アメリカ政府の連中とも、昔から持ちつ持たれつの付き合いがあるんだよ』

 

 直哉は、震える声で確認した。

 

「……それで、アメリカ大統領本人とも面識があるの?」

 

『何回か会ってるよ』

 

「何回か」

 

 直哉は、天井を仰いだ。十四歳の少年から聞く言葉のスケールではなかった。

 

 直哉は、どうにか気を取り直して、一番重要なことを尋ねた。

 

「で? そのアメリカの大統領が、一体ノアに何を頼んできたんだよ」

 

 ノアは、少しだけ声を落として言った。

 

『アメリカの隣にある国がさ、最近ちょっとゴタゴタしてるらしくてさ』

 

 直哉は首を傾げた。

 

「隣の国?」

 

 アメリカに隣接する国。直哉の三十四年間の一般教養の知識が、二つの国名を弾き出した。

 

「カナダ?」

 

『違う』

 

「じゃあ、メキシコ?」

 

『違う』

 

「じゃあ、どこの国だよ!」

 

 ノアは、極めてあっさりと、そして当然のように答えた。

 

『異次元』

 

 直哉の動きが、本日二度目の完全停止を迎えた。

 

「…………」

 

「……異次元?」

 

『うん。異次元』

 

 ノアも、まだ大統領から正式で詳細なブリーフィングを受けたわけではないため、細かい報告書までは読んでいないという。

 あくまで、事前に電話で聞かされている概要だけを、直哉に説明してくれた。

 

 アメリカ合衆国の国内には。

 地球上の空間とは完全に切り離された、『長期間安定して存在している、異次元領域への境界』が存在しているらしい。

 

 そして、その境界の向こう側には。

 広大な異世界と、そこに住む者たちが築いた『一つの独立した国家』が存在している。

 

 アメリカ合衆国から見れば、それは地球上の地図に引かれた国境ではない。

 しかし、恒常的な境界のゲートを通じて空間が直接接続されているため。

 超常外交の観点から見れば、それは文字通り『アメリカに隣接する国家』として扱われているのだという。

 

 直哉は、ポカンとしたまま尋ねた。

 

「……異次元の国って。現実の国みたいに、国交とかあるの?」

 

『あるよ』

 

「普通に?」

 

『普通に』

 

「大使館とか、外交官のやり取りとかも?」

 

『その辺は、俺も政治の専門家じゃねえから細かくは知らねえけど。条約とか結んでるはずだぜ』

 

 直哉の一般常識が、また一つ、音を立てて崩れ去った。

 聞きたいことはいくらでもあったが、ノア自身も細かいところまでは知らないらしい。どうせ明日、大統領本人から説明を受けるのなら、ここでこれ以上問い詰めても仕方がない。

 

 ノアが、さらに衝撃的な情報を付け加えた。

 

『でさ、その異次元の国なんだけど。そこ、「吸血鬼」の国なんだって』

 

 直哉の反応が、一段階ピクッと跳ね上がった。

 

「吸血鬼?」

 

 直哉の脳裏に、昨夜引いたばかりの新しい★5キャラクター、ヴェルミリア・ノクスの姿がフラッシュバックした。

 彼女のプロフィール。

『種族:吸血神』。

 

(吸血鬼の国……。ヴェルミリアの種族と関係があるのか?)

 

 ヴェルミリアについては、八咫烏にはすでに『現地登録Tier1』『吸血鬼系』『戦闘可能』という大枠だけを報告しているが、ノアにはまだ新しいキャラクターを引いたこと自体を話していない。今ここでわざわざ持ち出す必要もないだろうと、直哉は黙って続きを聞くことにした。

 

 ノアが続ける。

 

『吸血鬼の国って言っても、吸血鬼だけが住んでるわけじゃないらしいぜ。人間も、普通に大勢住んでるってさ』

 

 直哉は少し驚いた。

 

「吸血鬼と人間が、共存してるの? 人間が奴隷とか家畜として飼われてる国じゃなくて?」

 

『いや、長いこと平和にやってたらしいよ』

 

 ノアの言葉を聞いて、直哉は少し安心した。

 どうやら、完全なディストピア国家というわけではないらしい。

 

『向こうの王族とか、上流階級の吸血鬼の子供にはさ、普通にアメリカの大学に留学してくる奴とかもいるんだと』

 

 直哉は、さらに目を丸くした。

 

「異世界の王族が、アメリカの大学に通ってんの!?」

 

『いるらしいよ』

 

「思ったより、めちゃくちゃ国際的でオープンな国だな……」

 

 直哉の中で、その未知の異次元国家に対する恐怖心よりも、『興味』の度合いがかなり跳ね上がっていた。

 

 ところが。

 ノアの声が、少しだけ真面目なトーンに変わった。

 

『でも、その国との連絡が、最近急におかしくなったんだと』

 

 細部の状況については、「アメリカに着いてから、大統領本人から直接聞いてくれ」と言われているらしい。

 だが、ノアが現在把握している範囲の異常は、以下の通りだ。

 

 ・その国の「王」が、数ヶ月前から全く表へ姿を見せなくなった。

 ・アメリカ政府との定期的な外交連絡の回数が、激減した。

 ・国内の上層部の権力構造に、外部から見ても分かるほどの急激な変化の兆候がある。

 ・CIAの分析官が、「これは単なる国内政治上の混乱ではなく、異常事態である」と判断を下している。

 

 ノアは、キャンディを噛み砕きながら言った。

 

『大統領のオッサン曰く、なんか「クーデター」っぽいってさ』

 

 直哉は、息を呑んだ。

 

「クーデター……」

 

 急に、話のスケールが重く、そしてキナ臭いものになった。

 

 直哉は、冷静に状況を整理した。

 

 アメリカ大統領。CIA。

 世界最高の情報機関が、異常事態だと判断している。

 そして、その解決のために動かそうとしているのが、ヴァレリウス家という『暗殺者一族』の御曹司であるノアだ。

 

 直哉は、少しの間、完全に黙り込んだ。

 

「…………」

 

 ノアが、直哉の沈黙の意図を察したのか。

 電話の向こうで、慌てたような声を出した。

 

『あ』

 

『先に言っとくけど。今回の依頼、殺しの仕事じゃねえからな?』

 

 直哉は、無言のまま先を促した。

 

「…………」

 

『クーデターの首謀者を暗殺してこい、とか。そういうドス黒い依頼じゃねえから、安心しろって』

 

 直哉は、ホッと深く息を吐き出して言った。

 

「……それ、一番最初に言ってくれると助かるんだけど」

 

 ノアが、少しだけバツが悪そうに笑った。

 

『お前、そういう血生臭い仕事、嫌いだろ?』

 

「嫌だね」

 

 直哉は、ハッキリと即答した。

 

 ノアも、直哉が暗殺や殺人を仕事として請け負う人間ではないことを、地下駐車場での死闘と、その後の付き合いを通して完全に理解している。

 だからこそ、彼を誘う前に、その条件だけは絶対にクリアしておいたのだ。

 二人が、単なる殺し合いの相手から、『友人』へと確実に関係性を変えている証拠だった。

 

 直哉が尋ねる。

 

「じゃあ、俺たちが向こうへ行ってやる仕事って、具体的に何なの?」

 

 ノアの説明によれば。

 アメリカ側がまず一番に求めているのは、『現在の現地の正確な状況の確認』だ。

 CIAの人間を直接送り込むには、超常外交上のハードルが高すぎる。だから、外部のフリーランスの能力者を使う。

 

 そして、最大の目的。

『王が、本当に自由意思で政務から離れているのかを確認すること』。

 

 もし、王がクーデター勢力によって不当に拘束され、幽閉されているのであれば。

『王の生存確認と接触。そして、必要と判断した場合は、速やかな救出と保護を行うこと』。

 

 ノアは、極めて軽くまとめた。

 

『まあ、城に潜入して、王様見つけて助け出すだけの仕事だと思えばいいんじゃね?』

 

 直哉は、呆れてツッコミを入れた。

 

「それでも、俺の人生のスケールからしたら、十分すぎるほどデカい仕事なんだけど」

 

『そう?』

 

「アメリカ大統領から直接頼まれて、異世界の国の王様を救出に行く仕事を、近所のお使いみたいな日常テンションで扱うな」

 

 直哉の理性が、警鐘を鳴らす。

(外国の政府案件だぞ。しかも、未知の異次元国家。クーデター。絶対に危険だ)

(普通なら、丁重にお断りするべきだ)

 

 だが。

 直哉の心の中の、それを上回る『好奇心』が、完全に勝っていた。

 

 アメリカの地下に接続された、異次元国家。

 吸血鬼という種族。

 人間との共存社会。

 外国へ留学するような、近代的な王族。

 そして、その国で起きているクーデターの疑惑。

 

 直哉は。

 

「…………」

 

『どうする?』

 

 直哉は、少しだけ考えて。

 三十四歳の社会人とは思えないほど、あっさりと答えた。

 

「……面白そうだな」

 

 ノアが、電話の向こうで嬉しそうに笑った。

 

『だろ?』

 

「行くよ。行きたい」

 

 直哉の、明確な心境の変化だった。

 能力者になったばかりの以前の直哉なら、「危険な外国の国家案件なんて絶対無理」と、慎重になって断っていたかもしれない。

 

 だが、今は違う。

 ノアという、背中を預けられる強力な友人が誘ってくれている。

 依頼主は、アメリカ合衆国大統領という、これ以上ないほどハッキリとした存在だ。

 殺しの仕事ではない。人を助ける仕事だ。

 

 それならば。

 未知の異世界を見てみたいという、純粋な男としての好奇心が、恐怖を完全に上回ったのだ。

 

 直哉は、現実的なスケジュールを確認した。

 

「それで、その仕事って、いつから?」

 

『明日』

 

「早っ!!!」

 

 直哉は思わず吹き出した。今日は土曜日。明日は日曜日だ。

 

 ノアは続ける。

 

『明日の午前中に、俺んちの施設まで直接来てくれればいいから』

 

 直哉は、海外旅行の準備を頭に浮かべた。

 

「いや、アメリカに行くんだよな?」

 

『うん』

 

「今から航空券取れるの? パスポートとかどうすんの? 荷造りとか……」

 

 ノアは、呆れたように直哉の言葉を遮った。

 

『航空券なんていらねえよ』

 

 直哉は首を傾げた。

 

「?」

 

『うちの組織の空間転移の能力者に、ワシントンまで直接飛ばしてもらうから』

 

 直哉は、再び沈黙した。

 

「…………」

 

 飛行機という概念すら、能力者社会のトップ層には存在しないらしい。

 

 さらに、ノアは追撃の爆弾を投下した。

 

『向こう着いたら、そのままホワイトハウスに直行して、打ち合わせするからな』

 

 直哉の目が、今日何度目か分からない限界まで見開かれた。

 

「ホワイトハウス!?」

 

『うん』

 

「俺たち、そこまで行くの!?」

 

『大統領のオッサンが、任務の詳細は直接俺に説明したいって言ってるし』

 

 直哉は、恐る恐る尋ねた。

 

「……もしかして。俺も、大統領本人に直接会うの?」

 

 ノアは、何を当たり前のことを聞いているんだという声で答えた。

 

『当然だろ。一緒に仕事行くんだから』

 

 直哉は。

 

「…………」

 

 数秒、無言で天井を見つめた後。

 

「……ノア。俺、ホワイトハウス行くの、人生で初めてだよ」

 

 ノアも、少しだけ言葉に詰まった。

 

『……まあ、そりゃそうだわな』

 

 一拍置いて。

 

『普通の日本人は、一生行かねえもんな』

 

「普通じゃなくても、そんな頻繁に行く場所じゃないと思うぞ……」

 

 直哉は、さらに現実的な問題を気にした。

 

「というか俺、パスポートもなしに、能力で勝手にアメリカに直接入国して、国際法的に大丈夫なの? 不法入国で捕まらない?」

 

 ノアは笑い飛ばした。

 

『その辺の手続きは、向こうの政府が全部特例で通してる。大統領府からの正式な招請扱いだ。転移の受け入れ先も、事前に承認されてるルートだから、お前が捕まることは絶対にない』

 

 超常関係者用の、国家レベルの裏の入国処理。

 直哉は、(大統領すげえ)と感心するしかなかった。

 

 電話を切る直前。

 

 ノアが言った。

 

『じゃあ、明日の午前中な。場所の詳細はあとで送る』

 

「分かった」

 

『絶対遅刻すんなよ』

 

 直哉は、自信満々に返した。

 

「俺が、アメリカ大統領との待ち合わせに遅刻するような人間だと思うか?」

 

 ノアは、フッと笑って。

 

『お前なら、絶対に死んでもしねえと思うわ』

 

「そういう、俺の小市民的なところだけは、やけに信用度高いな!」

 

 直哉がツッコミを入れると、ノアは笑いながら電話を切った。

 

『ツーツー……』

 

 電話が切れた後。

 

 直哉は、スマホをベッドに放り投げ、一人で腕を組んで考え込んだ。

 

 だが、ふと一つ気になって、すぐにスマホを取り直した。

 

 明日から国外へ出る。それも、アメリカ政府が関係する能力者案件だ。直哉は八咫烏の職員ではないので許可を求める必要はないが、現在も八咫烏経由の仕事や契約を持っている以上、担当の霧島へ一言くらい連絡しておいた方がいいだろう。

 

 直哉は、霧島とのメッセージ画面を開いて短く文章を打った。

 

『霧島さん、お疲れ様です。明日から、ノアに誘われてアメリカ政府関係の仕事に同行することになりました。しばらく国外へ出る可能性があります』

 

 送信。

 

 すると、思っていたよりもずっと早く返信が届いた。

 

『承知しております。ノア様から、すでに事前のご連絡をいただいています』

 

 直哉は、画面を見たまま固まった。

 

「…………」

 

「なんだよ、あいつ。先に八咫烏に連絡済みだったのかよ」

 

 電話では、そんなことは一言も言っていなかった。

 

 直哉としては、『明日アメリカな』くらいの勢いで突然誘われたような感覚だったのだ。

 

 そこへ、霧島から続けて返信が届く。

 

『外国政府が関係する能力者業務ですので、事前に関係機関へ連絡を入れるのは当然かと存じます。現在の森川さんの契約日程にも、特に支障はありません』

 

 一拍置いて、もう一通。

 

『お気をつけて行ってらっしゃいませ』

 

 直哉は、少しだけ笑った。

 

『ありがとうございます。行ってきます』

 

 送信。

 

 ノア本人の喋り方があまりにも軽いので忘れそうになるが、ヴァレリウス家は各国政府や情報機関を相手に何世代も仕事をしてきた一族なのだ。必要な根回しくらい、直哉に声をかけるより先に済ませていて当然なのかもしれない。

 

 直哉は改めてスマホをベッドに置き、一人で腕を組んだ。

 

(さて。明日の仕事、誰の姿で行くか……)

 

 任務の内容は。

 未知の異次元国家への潜入。現地の状況確認。王への接触。そして、必要と判断した場合の救出。

 敵対者が人間や吸血鬼など、人型である可能性が極めて高い。

 

 直哉は、視界の《因果集結クロニクル》のキャラクター一覧を開いた。

 

 セナ。伊織。千里。レイジ。エレノア。

 そして、昨日引いたばかりの、ヴェルミリア。

 

 直哉の視線が、一瞬だけヴェルミリアで止まった。

 

(……Tier1。種族は吸血神。そして行き先は、吸血鬼の国)

 

 状況だけを見れば、これ以上ないほど特効キャラクターのように思える。

 

 直哉は少し迷った。

 

(……いや)

 

 直哉は、すぐにその考えを打ち消した。

 

(さすがに、今回はやめておこう)

 

 まだ、彼女の姿に一度も変身したことがないのだ。

 能力の実際の実用感も、HPを消費するリスクの高さも、何も分からない。

 そんな未知数のキャラクターを、いきなり外国政府の国家案件という大舞台に持ち込んで、ぶっつけ本番で初使用するのは、あまりにもリスクが高すぎる。

 

 さらに。

『完全神体時推定階位:Tier0』

 という、あまりにも重すぎる爆弾設定まで抱えているのだ。

 

(ホワイトハウスを経由して、異世界に潜入する任務で、初使用がTier0の元神様とか。怖すぎて心臓に悪すぎるわ)

 

 ヴェルミリアの起用は、完全に却下した。

 

 では、誰で行くか。

 

 直哉の視線が、彼女のアイコンで止まった。

 

『★★★★★ エレノア・ヴァイス《時界の従者》』

 

 直哉は、深く頷いた。

 

「……今回は、メイド長だな」

 

 時間を完全に停止させる能力。

 これは、相手が人型であり、銃や物理的な能力で襲ってくる場合、極端なまでに強い。

 隠密での潜入。王の救出。厳重な警備の突破。対人での制圧。

 全てにおいて、時間停止ほど向いている能力はない。

 

 しかも。

 同行するノア本人が、エレノアのその能力の全容をすでに知っている。

 過去の地下駐車場で実際に戦って、ノアが完全に手も足も出ずに敗北しているのだ。連携を取りやすく、信頼度も高い。

 

 直哉は確信した。

 

(潜入任務なら、これ以上ない最高の人選だろ)

 

 明日の使用キャラクターは、決まった。

 

 翌日――日曜日。

 

 朝。

 直哉は、絶対に遅刻しないように、かなり余裕を持って実家を出た。

 

 ノアから送られてきた待ち合わせ場所は、ヴァレリウス家が日本での活動拠点として使用している、とある都内の施設だった。

 表向きには、ただの瀟洒なオフィスビルにしか見えない。

 

 直哉は、そのビルの地下駐車場へと向かう前に。

 近くの人目のない裏路地で、いつものように変身の手順を踏んだ。

 

『【CHARACTER CHANGE】』

 

 圧倒的な黄金色の光の粒子が、直哉の身体を包み込む。

 三十四歳の男の身体が、一瞬にして切り替わる。

 

 光が収まる。

 

 172センチの長身。

 綺麗に整えられた、白銀系の美しい髪。

 感情の揺れを見せない、端正で冷たい顔立ち。

 そして、塵一つついていない、完璧に整えられたクラシカルなメイド服。

 

 ★★★★★。

 エレノア・ヴァイス《時界の従者》。

 

 直哉は、自分の服装を改めて見下ろした。

 そして、内心で激しいツッコミを入れた。

 

(……改めて、冷静に考えるとさ)

 

(これから、アメリカ合衆国の大統領に会いに行って、ホワイトハウスの中を歩き回る服装が、『メイド服』って。いくらなんでもシュールすぎないか!?)

 

 もしTVで中継されたら、間違いなく世界的な放送事故である。

 

 しかし。

 これが、直哉にとっての『最高の戦闘装備』なのだ。

 ここで無理にスーツなどに着替えてしまえば、能力の発動に支障が出るかもしれない。

 

 直哉は、諦めた。

 

(……まあ、いいか。俺は能力者として仕事をしに行くんだ。見た目の常識なんて、今さら気にしてられるか)

 

 直哉は、エレノアの顔で堂々と歩き出した。

 

 指定された地下駐車場。

 

 ノアは、すでに車の前で待っていた。

 今日の彼は、アメリカへ行くというのに、スーツを着るでもなく、いつものラフなパーカー姿のままだった。旅行用の大きなトランクすら持っておらず、肩から小さなバッグを下げているだけだ。

 

 ノアが、エレノアの姿を認めて手を挙げた。

 

「お、来た」

 

 直哉は、普通に「おう、待たせたな」と返すつもりだった。

 

 しかし、エレノアの完璧な翻訳機能が、またしても容赦なく作動した。

 

 エレノアは、両手でスカートの裾を軽くつまみ、完璧な角度のカーテシー(淑女の礼)を披露した。

 

「お待たせいたしました、ノア」

 

 以前、本人から『ノア様と呼ぶのはやめろ』と言われているため、そこはエレノアの口調でもきっちりと呼び捨てになっている。

 

 だが、ノアはもう、このメイドの外面と中身のギャップに完全に慣れきっていた。

 彼にとっては、ただの「三十四歳のおっさんがそういう設定でプレイしている」程度にしか見えていない。

 

 ノアは、全く気に留める様子もなく、あっさりと返した。

 

「いや、俺も今来たとこ」

 

 直哉は、内心で(お前のその適応能力の高さ、マジで助かるわ……)と感謝した。

 

 ノアの背後には、一台の黒い大型のSUVが停まっていた。

 

 見た目は特別派手ではない。ナンバープレートも、ごく普通の日本のものだ。

 

 だが、運転席に座っているのは、黒いスーツを着たヴァレリウス家の専属の能力者だった。

 彼が、今回の移動のためだけに手配された、『空間転移系』の能力を持つプロフェッショナルだ。

 

 ノアが、顎で車をしゃくった。

 

「これ乗って」

 

 エレノアが、静かに後部座席へと乗り込む。ノアも、その隣に座った。

 重厚な音を立てて、ドアが閉められる。

 

 前席の運転手が、バックミラー越しに二人を確認した。

 

「ノア様。《ナオ》様。準備はよろしいでしょうか」

 

 ノアが、キャンディを口に放り込みながら頷く。

 

「俺はいいよ」

 

 エレノアも、静かに答える。

 

「こちらも、問題ございません」

 

 運転手が、真っ直ぐに前を向いたまま、業務連絡のように淡々と告げた。

 

「それでは、アメリカ合衆国・ワシントンD.C.へ向けて、空間転移を開始します」

 

 直哉の内心が突っ込んだ。

 

(そんな、「次は、品川に停まります」みたいな、新幹線の発車アナウンスと同じトーンで言う台詞か、それ!?)

 

 ノアが、運転手に言った。

 

「行ってくれる?」

 

「承知いたしました」

 

 運転手が、ハンドルを握ったまま能力を発動させた。

 

 車内や外に、魔法陣が浮かび上がるような、そんなファンタジー映画のような派手な演出は一切ない。

 ただ、車の周囲の空間が、水面に石を投げ入れたように『一瞬だけ』グニャリと歪んだ。

 

 直哉は、窓の外の景色を見ていた。

 

 地下駐車場の蛍光灯の光が。

 まるでタイムワープでもしているかのように、ビュンッ!と線のように長く伸びた。

 窓の外が、一瞬だけ完全な漆黒に染まる。

 

 直哉の身体が、フワッとした軽い浮遊感に包まれた。

 耳の奥が、飛行機に乗った時のような、ツンと僅かに詰まる違和感。

 

 それは、たった数秒の出来事だった。

 

 そして。

 車は、何事もなかったかのように、ゆっくりと前へ向かって進み始めた。

 

 窓の外の景色が、戻ってきた。

 

 そこは、日本の薄暗い地下駐車場ではない。

 広大で、明るい照明に照らされた、見知らぬ巨大な地下ガレージだった。

 

 壁面に書かれている案内板の文字は、全て英語。

 立っている警備員たちは、体格の良い外国人ばかり。

 そして、壁には、巨大な『星条旗』が掲げられていた。

 

 直哉は、呆然として窓の外を見た。

 

「…………」

 

 エレノアの口から、信じられないというような声が漏れる。

 

「……もう、到着したのでございますか?」

 

 直哉の内心も。

(え? もう着いたの!?)と叫んでいた。

 

 ノアは、スマホでゲームをしながら、適当に答えた。

 

「うん」

 

 直哉の心の中で、初めての海外旅行への期待感が粉々に砕け散った。

 

(俺の……俺の人生初の海外旅行の情緒、完全にゼロだな!!)

(機内食とか! パスポートにハンコもらうやつとか! そういうの全部すっ飛ばしやがって!)

 

 直哉たちが転移してきたこの場所。

 

 ここは、テレビで見るようなホワイトハウスの正面玄関ではない。

 アメリカ合衆国の政府が、超常関係の要人や、外国からの極秘の能力者使節を秘密裏に受け入れるために用意した、ホワイトハウスの複合施設と直接地下で接続されている『秘匿転移受入区画』だ。

 

 事前の承認を受けた能力者だけが、この地下ガレージへの空間転移を許可される。

 だから、これは不法侵入ではない。最初から、アメリカ政府の完全な許可を得た、正規の『来賓』としての入国なのだ。

 

 車が、指定されたVIP用の駐車スペースで静かに停止した。

 

 車のドアが開き、ノアとエレノアが外へ降り立つ。

 

 すぐに、数名のアメリカ側の警護要員たちが近づいてきた。

 黒いスーツにサングラス、耳には通信用のイヤホン。映画で見る『シークレット・サービス』そのものの風貌だ。

 彼らは、裏の超常社会の存在を完全に知らされている、大統領直属の専門の担当者たちだった。

 

 警護要員の一人が、ノアを見て、ごく普通に敬意を払って挨拶をした。

 

「Welcome back, Mr. Valerius(お帰りなさいませ、ヴァレリウス様)」

 

 ノアも、ポケットに手を入れたまま、軽く英語で返す。

 

「Long time no see(久しぶり)」

 

 直哉の内心は、(こいつ、本当にホワイトハウスのSPたちと顔馴染みなんだ……)と、今さらながらに彼の血筋のヤバさを実感していた。

 

 警護要員たちの視線が、隣に立つエレノアへと移る。

 だが、彼らは過剰に驚くことはなかった。

 すでに事前の招請情報として、『日本から《ナオ》という名の能力者が同行する』という通達が入っているからだ。

 

 簡単な本人確認のデバイスによる照合だけが行われた。

 能力の詳細や、なぜメイド服を着ているのかといった無粋な質問は、一切されない。プロの対応だった。

 

「This way, please(こちらへどうぞ)」

 

 警護要員が、スマートな動作で通路の奥へと案内を始める。

 

 直哉の、人生初のホワイトハウス内部の探索が始まった。

 

 広い地下通路を歩き。

 厳重なセキュリティゲートをパスして、専用のエレベーターに乗り込む。

 

 直哉は、外面は冷静なメイド長を装っていたが。

 内心は、完全にパニックと興奮のるつぼと化していた。

 

(ホワイトハウスだぞ!?)

(俺、今、ニュースでしか見たことないホワイトハウスの中を歩いてるんだよな!?)

 

 だが、直哉の目に映る景色は、ただの真っ白で殺風景な地下の廊下と、無機質なエレベーターの扉だけだった。

 

 直哉は、少しだけ不満に思った。

 

(もっとこう……大統領執務室とか、テレビでよく見るあの丸い部屋とか。そういう豪華なところから案内されると思ってたのに)

(初ホワイトハウスのスタート地点が、地下の搬入口って。なんか絶妙に微妙な気持ちになるな……)

 

 エレベーターが、上層階の『秘匿区画』へと到着した。

 

 案内されたのは、窓のない、重厚な防音扉に守られた小規模な応接室だった。

 

 ドアが開く。

 

 その部屋の中央のソファで、一人の男が待っていた。

 

 六十代後半程度。

 白髪交じりの、威厳のある顔立ち。だが、その目元には、柔和な知性が宿っている。

 高価だが、決して派手ではない落ち着いたスーツ。

 

 テレビのニュースで、世界最強の国家の『元首』として演説している姿を、直哉も何度も見たことがある。

 

 だが、実際に目の前で会う彼は、テレビの印象よりも遥かに気さくで、そして能力者という超常の存在に対しても、全く物怖じしない胆力を備えていた。

 

 直哉は、一目見て確信した。

 

(本物だ)

 

 ロバート・“ボブ”・ウォーレン。

 アメリカ合衆国、大統領。

 

 ウォーレン大統領は、部屋に入ってきた二人を見ると、ソファからゆっくりと立ち上がった。

 

 そして、親しげな笑顔を向けて、第一声を発した。

 

「ようこそ、ホワイトハウスへ」

 

 直哉の内心が、激しく打ち震えた。

 

(うわぁぁぁぁぁっ!!)

(映画とかドラマでしか聞いたことないあの台詞、本当にアメリカ大統領の口から生で言われたぁぁぁっ!!)

 

 直哉は、感動で卒倒しそうになるのを必死に堪えながら。

 エレノアの姿で、完璧な、一枚の絵画のように美しい一礼をした。

 

「お招きいただき、光栄の至りに存じます。大統領閣下」

 

 外面は、完全に冷徹なメイド長。

 だが、中身の三十四歳の日本人は、(俺いま、アメリカ大統領に挨拶してる……! 親に見せたい……!)と、完全に小市民的な感動の涙を流していた。

 

 ウォーレン大統領の視線が、ノアへと向けられた。

 

「久しぶりだな、ノア」

 

 ノアは、ポケットから手を出さずに、軽く手を挙げて応えた。

 

「久しぶり、ボブ」

 

 直哉の内心が、激しく突っ込んだ。

(大統領のこと、ボブって呼ぶんだ!? フランクすぎだろ!)

 

 ウォーレン大統領は、ノアの姿を上から下まで眺めて、少し首を傾げて言った。

 

「少し、身長が大きくなったか?」

 

 ノアは、間髪入れずに不機嫌そうな顔になった。

 

「……嫌味?」

 

 大統領が、わざとらしく驚いた顔をする。

 

「ん?」

 

「俺の身長、前回から一ミリも伸びてねーよ!」

 

 一拍置いて。

 ウォーレン大統領が、腹を抱えて豪快に笑い出した。

 

「ハハハハハ! そうかそうか! すまない、からかい過ぎたな!」

 

「笑うなよ! ボブのその冗談、全然面白くねえからな!」

 

 その、まるで孫と祖父のような短いやり取りを見ただけで。

 二人が、本当に以前から深い親交のある『顔馴染み』であることが、直哉にもはっきりと伝わってきた。

 

 直哉の内心は。

(アメリカ合衆国大統領と、十四歳の暗殺者が、平和に身長の話でイジり合ってる……。どんな異次元の光景だよこれ)と、ただただ圧倒されていた。

 

 ひとしきり笑った後。

 

 ウォーレン大統領が、「おっと」と表情を引き締め、直哉――エレノアの方へと視線を向けた。

 

「それで。君が、ノアの言っていた『噂の彼女』かな?」

 

 直哉は首を傾げた。

 

(噂?)

 

 ノアが、隣で頷いた。

 

「うん。こいつが、ナオ」

 

 エレノアは、再び自然で優雅なメイドの礼をした。

 

「改めまして、《ナオ》と申します。本日はよろしくお願いいたします」

 

 大統領は、温かい目を向けて言った。

 

「会えて嬉しいよ、ナオ。あのノアが、自分から進んで誰かを『相棒』として仕事に連れてくるなんて、本当に珍しいことだからね」

 

 ノアが、不服そうに口を尖らせた。

 

「そうか?」

 

 大統領が笑う。

 

「少なくとも、私は今まで一度も聞いたことがないな」

 

 直哉の内心は、ここで少しだけ嬉しくなっていた。

(ノアの奴、俺のことそんな風に評価してくれてたのか……)

 

 ノア本人は、「ふん」とそっぽを向いて、全く気にしていない様子だった。

 

 直哉は、ウォーレン大統領が自分について、どこまでの情報を持っているのかを少しだけ考えた。

 

 少なくとも、目の前の反応を見る限り。

『日本で活動している、極めて優秀な女性能力者《ナオ》』。

『ノア・ヴァレリウスとの個人的な交流があり、彼が信頼を置いている人物』。

『Tier2級の危険な案件に、複数関与し、解決している実績がある』。

 その程度の情報は入っているのだろう。

 

 だが。

『森川直哉という三十四歳の男性が、能力によって複数のキャラクターへ肉体ごと変身している』という、最深部の秘密まで共有されている様子はない。

 

 ウォーレン大統領は、目の前にいるエレノアを、ごく自然に『《ナオ》という名前の能力者本人』として扱っている。

 

(八咫烏で聞いた通り、本当に必要な情報しか外には出してないんだな)

 

 直哉は、少しだけ安心した。

 

 ふと、ノアが思い出したように言った。

 

「なあ、ナオ」

 

 エレノアが振り向く。

 

「はい?」

 

「メイド長のお前の能力のこと、ボブたちに言っていいか?」

 

 直哉の内心は、(おっ。ちゃんと勝手に言わずに、俺に確認してくれるんだ)と、少し感心していた。

 

 直哉としても、今回の『異世界の城に潜入して、王様を救出する』という依頼内容を考えれば。エレノアの『時間を止める』という反則的な能力は、作戦を立てる上で依頼主側にも必ず知らせておいた方がいいと判断した。

 

 エレノアは頷いた。

 

「ええ。構いません」

 

 ノアが、大統領に向かって極めて雑な説明を始めた。

 

「こいつ、時間を止められるんだわ」

 

 ウォーレン大統領の眉が、ピクリと動いた。

 

「……時間を?」

 

「うん」

 

 ノアは、あっさりと続けた。

 

「自分以外の時間を、完全に止めるタイプ。止めてる間、他の奴は一ミリも動けなくなる」

 

 直哉の内心が突っ込む。

(説明が雑すぎるだろ!! もっと言い方あるだろ!)

 でも、決して間違ってはいない。

 

 さらに、ノアは追い打ちをかけた。

 

「俺も前にこいつと戦ったけど。その能力のせいで、普通に手も足も出ずにボロ負けした」

 

 直哉は。

「…………」

 

 内心で、(おいおい。そこまでアメリカ大統領の前でハッキリ言っちゃうんだ)と、少し申し訳ない気持ちになっていた。

 

 ウォーレン大統領が、驚いたようにノアを見た。

 

「あの君が、敗北したと?」

 

「うん。対人戦だと、マジでクソ厄介なんだよこいつ」

 

 ノアは、全く誇張せずに事実だけを伝えた。

 

「だからさ。今回みたいに、敵の城に潜入して、警備の目を掻い潜って誰かを助け出すとか。そういう隠密任務には、こいつの能力、ピッタリだろ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 ウォーレン大統領の纏う空気が、一瞬にして変わった。

 さっきまで、ノアの身長をからかって笑っていた好々爺のような老人ではない。

 

『時間停止』という、国家レベルの戦略を根底から覆す可能性を秘めた情報を聞いた途端。

 彼の顔は、世界最強の超大国の『国家元首』の顔へと切り替わっていた。

 

 直哉も、その肌を刺すようなプレッシャーを確かに感じ取った。

 

 ウォーレン大統領は、深く頷いた。

 

「……なるほど」

 

 一拍置いて。

 

「それは、我々にとって最高の朗報だ」

 

 大統領は、『時間停止』という能力そのものに対して、過剰にパニックになって驚くようなことはしなかった。

 この世界のアメリカ大統領は、Tier1のバケモノや、超常の異次元国家との外交を日常的に扱っているのだ。未知の強力な能力には慣れている。

 

 ただ、純粋に。

『今回の救出任務において、これ以上ないほど極めて有用な能力である』と、即座に計算し、判断したのだ。

 

 ウォーレン大統領が、直哉へと視線を向けた。

 

「ナオ」

 

「はい」

 

「今回の件について、君はノアから、事前にどこまで説明を受けている?」

 

 エレノアは、少し考えて、正確に答えた。

 

「アメリカ合衆国に隣接する『異次元国家』で、クーデターのような政変の可能性があること」

「その国家が、吸血鬼と人間が共存している国であること」

「そして、国王陛下の状況確認と、必要に応じた救出任務であること。……そこまででございます」

 

 ウォーレン大統領は頷いた。

 

「なるほど」

 

 ノアが、隣で肩をすくめた。

 

「俺も、電話で聞いた以上の細かいところは聞いてないし」

 

 一拍置いて。

 

「とりあえず、有能だから連れてきただけ」

 

 直哉の内心が激しく突っ込む。

(大統領の前で、そんな堂々と言うなよ!! もっとちゃんと説明受けてから来いよ!!)

 

 大統領は、少しだけ呆れたように苦笑した。

 

「そうか」

 

 そして、ノアを見て言った。

 

「君らしいな」

 

 ノアは、ドヤ顔で胸を張った。

 

「だろ?」

 

 直哉の内心は、(いや、大統領絶対それ、お前のこと褒めてないと思うぞ)と冷ややかな目を向けていた。

 

 ウォーレン大統領が、表情を引き締めた。

 

「ならば、最初から我々の口で全てを説明した方がいいだろう」

 

「今回の件は、電話で概要だけを聞いて判断してもらうには、少々複雑で、そして危険すぎる事案だ」

 

 大統領が、ソファから立ち上がった。

 

「会議室へ行こう」

「すでに、CIAとNSAの長官、それに超常案件の専門の担当者たちにも集まってもらっている」

 

 直哉の内心が、悲鳴を上げた。

(うわぁぁぁ。CIAとNSAのトップ、本当に映画みたいに出てくるんだ……!)

 

 ノアは、全く動じることなく「おっけー」と普通に立ち上がった。

 

 応接室を出て、大統領と側近の護衛に案内されながら、ホワイトハウスの地下通路を歩く。

 

 直哉の頭の中は、完全にキャパシティオーバーを起こしていた。

 

 人生初のアメリカ。

 人生初のホワイトハウス。

 人生初のアメリカ合衆国大統領との会話。

 そしてこれから、CIAやNSAのトップとの作戦会議。

 

 これら全ての、一生に一度あるかないかの重大な出来事を。

 

 直哉は、

『メイド服』を着たまま、経験しているのだ。

 

 直哉は、内心で静かに泣いていた。

 

(……なんで俺、メイド服着て、アメリカ大統領と一緒にホワイトハウスの廊下を歩いてるんだろう……)

 

 だが、外面は完璧なメイド長である。直哉は、一言も口に出さずに、静かに大統領の斜め後ろを歩き続けた。

 

 会議室の前。

 厳重に警備された重厚な扉を、担当のSPが開ける。

 

 中に入ると、そこには巨大なオーバル型の長いテーブルと、壁一面の大型モニターがあった。

 すでに、スーツを着た数名の男女が着席し、深刻な顔で資料に目を通していた。

 胸元の識別証や、先ほどのウォーレン大統領の説明を見る限り、CIAやNSAの上層部、それにアメリカの超常案件を担当する専門家たちらしい。

 

 ウォーレン大統領が、上座の自席へと座る。

 ノアと直哉も、案内された席へと着いた。

 

 壁の大型モニターが、パッと点灯した。

 

 最初は、真っ黒な画面。

 次に映し出されたのは。

 アメリカ合衆国の地図と、その中心部の地下深くに『接続』された、巨大な異次元領域の模式図だった。

 

 直哉は、黙ってその図を見つめた。

 

 大統領が、重々しい口を開いた。

 

「では、改めて説明しよう」

 

 一拍置いて。

 

「今回、君たち二人に潜入して調べてもらいたい『国』についてだ」

 

 モニターの画面が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、地球上のどこにも存在しない、赤黒い空の下にそびえ立つ、巨大で禍々しい城の映像だった。

 

 アメリカ合衆国大統領から直接依頼を受ける、異次元の吸血鬼の国への極秘潜入任務。

 

 直哉の初めての海外出張は、どうやら、ただの普通の旅行では終わらなそうだった。

 

 直哉は、目の前のアメリカ大統領と、モニターの異次元国家の図を交互に見比べながら、内心で深くため息をついた。

 

(……俺、木曜日には物流倉庫の異常現象調べて、金曜日には山の中で送電設備の護衛をしてたよな?)

 

(なんで、日曜日にはホワイトハウスで、吸血鬼の国のクーデターについて話を聞くことになってんだよ……?)




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!

YouTubeチャンネルを開設しました!
自作小説の朗読動画を投稿しています。
よかったら、下のリンクから聴いてみてください!

YouTubeチャンネル「パラレル・ゲーマー」はこちら
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。