俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第40話 吸血鬼の王様、牢獄にいました

 ホワイトハウス複合施設内、厳重な警備によって守られた秘匿会議室。

 

 ロバート・“ボブ”・ウォーレン大統領と、CIA、NSAの長官たちによる、異次元の吸血鬼国家《アルビオン吸血鬼公国》への潜入任務のブリーフィングが終了した。

 

 その後。

 ノアと、エレノア姿の直哉は、会議室から少し離れたホワイトハウス複合施設内の別室へと案内された。

 

 そこは、先ほどまでの豪華なテーブルのある部屋とは違い、完全に無機質で実務的な準備室だった。

 

 長い金属製の机の上には、これから始まる任務に必要な物品がずらりと並べられている。

 

 公国の国内で使用できる、現地通貨の札束。

 潜入用の、偽装用の衣服のセット。

 最低限の食料と生活用品が詰められたバックパック。

 アメリカ政府の専用回線にのみ繋がる、秘匿通信機器。

 そして、公国の国内で怪しまれずに行動するための、精巧な偽造身分証明書。

 

 直哉は、机の上に並べられたそれらの物品を見て、思わず息を呑んだ。

 

(…………)

 

(これ、本当に潜入工作なんだな)

 

 昨日までは、頭の中が「アメリカ大統領から直接仕事をもらった!」というスケール感にばかり気を取られて、どこかフワフワしていた。

 だが、これから実際に自分たちがやることは。

 

 他国へと、正規の入国記録を残さずに秘密裏に侵入し。

 偽名を使い。

 政権側に絶対に見つからないように、厳重な王宮の奥深くへ潜入して、行方不明の王を探し出す。

 

 完全に、スパイ映画や裏社会のエージェントがやるような、命懸けの極秘任務なのだ。

 

 まずは、二人の『偽装』から始まった。

 

 アメリカ側の担当官が、二人のために用意された衣服を差し出す。

 

「お二人の現在の服装は、公国の市街地を歩くには、少々目立ちすぎる可能性があります。こちらの衣服に着替えてください」

 

 特に、直哉――エレノアの姿は、どう考えても目立ちすぎた。

 172センチの長身。美しい白銀の髪。そして、クラシカルで目立つメイド服。

 

 直哉自身も、鏡の前で自分の姿を見て内心で突っ込んでいた。

(どう考えても、他国への潜入工作員の服装じゃねえよな、これ。コスプレイベントにでも行くのかって格好だわ)

 

 担当官の指示に従い、エレノアはメイド服の上から、現地の一般的な女性が着るような、落ち着いた色合いのロングコートを羽織った。

 特徴的な長い銀髪も、帽子の中に隠すようにしてまとめる。

 

 ノアも、いつものラフなパーカー姿から、現地の少年らしい、少し地味なジャケットとズボンに着替えた。

 

 二人で並んでみると、先ほどまでの異質な雰囲気はかなり薄れた。

 

 担当官が、二人の偽造身分証を説明する。

 

「お二人の、公国での偽装身分です」

 

「ノアさんは、地方の比較的裕福な人間系の商家の少年」

「そして彼女は、その家に長年仕えている、女性の使用人兼保護者。という設定になっています」

 

 直哉は、感心して頷いた。

 

「なるほど、意外と自然な設定ですね」

 

 十四歳の少年であるノアと。

 成人女性であるエレノア。

 そして、エレノアのあの「お嬢様」といった、丁寧すぎる従者特有の口調。

 これらを全て矛盾なく説明するためには、『少年の保護者である使用人』という設定が一番自然だった。

 

 だが、ノアが隣でジト目を向けてきた。

 

「お前、そもそもそのガッチガチのメイド喋りで、『普通の姉ちゃん』の設定なんてどう考えても無理だろ」

 

 直哉の内心が、激しく抗議した。

(俺が好きでこの喋り方してるわけじゃねえよ!! 身体のシステムが勝手に翻訳してんだよ!)

 

 当然、偽名そのものも、公国で違和感のない現地の名前に設定されている。

 《ノア》《ナオ》《エレノア》といった、足がつく可能性のある名前は、公国内では絶対に口にしないようにと厳命された。

 

 直哉は、渡された偽造身分証を、食い入るように何度も何度も確認していた。

 裏面のホログラム。顔写真の印刷。チップの感触。

 

 その横で。

 ノアは、身分証をチラッと一秒だけ見て、すぐに自分のポケットへと突っ込んだ。

 着替えも一瞬で済ませ、今はもう退屈そうにキャンディの包み紙を開けている。

 

 直哉は、少しだけ呆れて尋ねた。

 

「随分と慣れていらっしゃるのですね、ノア」

 

 ノアは、キャンディを口に放り込みながらあっさりと答えた。

 

「ん? ああ。偽名使って国境越えるなんて、仕事で何回もやってるからな」

 

 直哉は、その言葉を聞いてハッとした。

 

(そういや、こいつ、十四歳のガキだけど。本職はプロの暗殺者だった)

(そりゃ、偽造身分証の扱いなんて慣れてて当然だよな……)

 

 ノアが、逆に直哉を見て言った。

 

「ナオ。お前の方が、変に緊張しすぎなんだよ。そんなんじゃ、検問で一発で怪しまれるぜ」

 

 直哉は内心で、(普通の三十四歳の社会人は、偽造身分証を使って異次元の国家に潜入した経験なんて一回もねえんだよ!!)と泣きそうになっていた。

 

 出発の直前。

 

 直哉は、人目のないところで《因果集結クロニクル》のシステム画面を開き、編成の最終確認を行った。

 

 今回、王宮への潜入や、万が一の戦闘・救出任務において、メインで活躍するのは間違いなく『エレノア』だ。

 時間停止ほど、この任務に向いている能力はない。

 

 だが、直哉はもう一人、重要なキャラクターを編成のサブに組み込んでいた。

 

『★★★★ 御影千里《万里の観測官》』

 

 直哉の意図としては。

(全く知らない未知の国に入るんだから、遠距離から広域の索敵ができる千里は、絶対に編成に入れといた方がいいよな。地図も作れるし)

 という程度の、非常に軽い気持ちだった。

 

 全ての手はずが整い、二人はアメリカ政府の黒い車両に乗り込んだ。

 

 向かう先は、公国へと繋がる『緊急境界路』だ。

 到着したのは、ワシントンD.C.の郊外にある、一見するとただの古い軍事施設の跡地だった。

 

 地下深くへと案内される。

 そこにあったのは、巨大なSF映画に出てくるような光り輝くゲート……ではなかった。

 

 古びた石造りの地下室の壁に、ぽっかりと開いた、人間が数人並んで通れる程度の、薄暗く歪んだ空間の穴だった。

 

 直哉は、少しだけ拍子抜けした。

 

(……なんか、思ったより地味だな)

 

 だが、よく考えれば当然だ。

 これは、軍隊や物資の輸送に使うための正規の巨大ゲートではない。

 あくまで、王族や要人が有事の際に秘密裏に逃げ出すために作られた、『非常口』なのだ。

 地味で目立たないのは、その存在意義からして当たり前のことだった。

 

 境界の前に立つ。

 

 アメリカ側の担当官が、最後の確認と忠告を行った。

 

「お二人とも。ここから先は、アメリカ政府からの直接の支援は一切ありません」

「我々との通信は、一日一回。あらかじめ指定された時間帯に、短時間の暗号通信のみです」

「そして、正規の国境ゲートは現在完全に公爵派に封鎖されています。もし何か問題が発生しても、我々アメリカの能力者部隊が、即座に救援に駆けつけることは不可能です」

 

 完全に、孤立無援。

 直哉の背筋に、冷たいものが走った。エレノアの表情は変わらないが、内心の緊張はピークに達していた。

 

 ノアが、隣で直哉を見てニヤリと笑った。

 

「なんだ、ナオ。今さら怖くなった?」

 

 エレノアは、静かに答えた。

 

「……多少の緊張は、ございます」

 

 直哉の内心は、(当たり前だろ! 怖くないわけあるか!)と絶叫していた。

 

 ノアは、軽い調子で言った。

 

「まあ、別に気負う必要ねえよ。最悪、マジで死にそうになったら、王様置いて二人で逃げればいいじゃん」

 

 直哉は、少しだけ呆れ、そして同時に少しだけ救われた。

 

(こいつの、こういう「自分の命が最優先」っていうプロの暗殺者としてのドライなところだけは、マジで見習いたいわ)

 

 境界を越える時が来た。

 

 ノアが、何の躊躇もなく、ポケットに手を入れたまま先陣を切って境界の暗闇の中へと足を踏み入れた。

 その姿が、空間の歪みの中へとスッと消える。

 

 直哉も、深く息を吸い込み、後に続いた。

 

 一瞬。

 上下左右の感覚が、完全に消失した。

 自分の身体が、無重力空間に放り出されたように軽く浮いたような、不気味な感覚。

 

 それから、ほんの数秒後。

 

『ドンッ』

 

 直哉の足裏に、硬い石畳の感触が戻ってきた。

 視界が開ける。

 

 出た場所は、薄暗い地下室だった。アメリカ側と同じような、古びた石造りの空間だ。

 そこから、階段を上がっていく。

 

 重い木製の扉を押し開けて。

 直哉は、ついに『アルビオン吸血鬼公国』の地へと足を踏み入れた。

 

 扉の外。

 

 直哉が、異次元の国で最初に見上げた景色は。

 

 ごく普通の、青い空だった。

 普通の木々が風に揺れ。普通の草が生え。鳥の鳴き声が聞こえる。

 遠くには、アスファルトで舗装された道路が見え。

 さらに遠くの山肌には、送電線の鉄塔らしき人工物までが建っている。

 

 直哉は、無言で立ち尽くした。

 

「…………」

 

 エレノアが、静かに空を見上げている。

 

 ノアが、不思議そうに尋ねた。

 

「どうした?」

 

「いえ。何でもございません」

 

 直哉の内心は、激しく葛藤していた。

 

(本当に、ここが異世界の国なんだよな……?)

 

 もっと、空が血のように真っ赤で。

 巨大な月が昼間から浮かんでいて。

 空を吸血鬼たちがマントを広げてバサバサと飛んでいるような、そんなファンタジーな世界を、どこかで勝手に期待していたのだ。

 

 でも。

 あまりにも、普通の景色すぎた。

 

 先ほど、ホワイトハウスの会議室で、モニターの映像を見て「近代的な国だ」と理解したつもりではいた。

 だが、実際に自分の足でその大地に立ってみると、その『普通さ』が逆に強烈な違和感となって直哉の脳を混乱させていた。

 

 ノアが、直哉の顔を見て吹き出した。

 

「お前、なんか『すげえ期待外れだった』って顔してない?」

 

 エレノアは、完璧なポーカーフェイスで返した。

 

「そのようなことは、決してございません」

 

 内心は、(ちょっとだけ、いやかなりしてる)だった。

 

 ノアは笑いながら言った。

 

「吸血鬼の国だからって、一年中ずっと夜なわけねえだろ。人間も住んでんだから、太陽くらい普通に出るわ」

 

 直哉は内心で、(俺、そんなこと一言も言ってないんだけど!? なんで見透かされてるんだよ!)と赤面していた。

 

 二人は、非常用の隠しゲートの施設から、少しだけ離れた場所へと移動した。

 

 事前にアメリカ側から指定されていた、山間の細い道路。

 そこで、現地の『王党派の協力者』と合流する手はずになっている。

 

 数分後。

 一台の、少し年季の入った普通の乗用車が、道路の向こうから走ってきた。

 二人の姿を認めると、少し離れた位置でエンジンをかけたまま停止した。

 

 運転席に乗っているのは、四十代から五十代くらいに見える、ごく普通の初老の男性だった。

 服装も、地味なジャケット姿で、全く目立たない。

 

 車は停止したが、男はすぐには降りてこない。

 ノアたちも、警戒してすぐには近づかなかった。

 

 双方が、事前に決められていた『認証の手順』を踏む。

 簡単な合言葉のやり取りと、物理的なハンドサインの確認。

 

 全てが一致した。

 

 そこで初めて、男が車のドアを開けて降りてきた。

 そして、周囲を警戒しながら、深く頭を下げた。

 

「お待ちしておりました」

 

 この現地協力者の男は。

 今回の任務の性質上、『アメリカから、ヴァレリウス家の人間が一人派遣されてくる』ということだけは、事前に知らされていた。

 

 男が、ノアを見て確認する。

 

「あなたが、あのヴァレリウス家の……」

 

 ノアは、ピシャリと遮った。

 

「今は、その名前で俺を呼ばない方がいいんじゃね?」

 

 男は、ハッとして一瞬動きを止め。

 

「……失礼いたしました」

 

 と、すぐに言い直した。

 直哉は、そのやり取りを見て(おお……ちゃんとスパイの潜入工作っぽい緊張感があるな)と感心していた。

 

 一方で。

 男の視線が、ノアの隣に立つエレノアへと向けられた。

 男は、エレノアについては『アメリカからのもう一人の協力者が同行する』とだけしか聞かされていない。彼女の正体も、能力も、全く知らない状態だ。

 

 男は深く追求することなく、ただ「よろしくお願いいたします」とだけ一礼した。

 

 三人で車に乗り込み、移動を開始する。

 

 この車窓からの景色で、直哉は初めて、公国の『実際の生活の風景』をその目で見た。

 

 手入れされた農地。

 郊外の住宅街。

 ガソリンスタンドのような給油施設。

 走っているのは、地球と同じような現代的な車だ。

 

 そして、街へ入ると。

 学校へ向かう子供たち。

 人間と、明らかに肌の白い吸血鬼の住人たちが、同じ歩道を普通に歩き、談笑している姿が見えた。

 服装も似ており、パッと見だけでは、人間か吸血鬼か判別しづらい者も多い。

 

 直哉は、深く納得した。

 

(本当に、普通に一緒に暮らしてるんだな。種族の対立みたいな空気は、表向きは全然ない)

 

 だが。

 そのごく普通の日常の風景の中に。

 異物のような『違和感』が、確かに混ざり込んでいた。

 

 主要な交差点には、武装した軍の兵士が立っている。

 広場の隅には、無骨な装甲車が停められている。

 壁には、政府からの『夜間外出の自粛』を呼びかける告知のポスター。

 幹線道路には、厳しい検問所が設けられている。

 そして、かつては飾られていたであろう王や王家の肖像画が、不自然に撤去されて壁の色が変わっている場所がいくつもあった。

 

 だが、どこかで激しい銃撃戦が起きているわけではない。暴動も起きていない。

 住民たちは、少しだけ顔を伏せがちにしながらも、普通に仕事へ行き、店は営業している。

 

 日常という薄氷の上に、軍事政権の『戒厳状態』という重い空気が、薄く、しかし確実に被さっている。

 それが、現在の公国のリアルな空気だった。

 

 車は、首都の中心部へはまだ入らなかった。

 

 首都の近郊。

 外から見れば、何の変哲もない、ただの古い集合住宅の一室。

 

 だが、その内部だけが、王党派の生き残りが使用している『秘密の連絡拠点』となっていた。

 

 窓のブラインドは全て固く閉じられている。

 部屋の中には、複数の暗号通信機器。

 机の上には、紙の巨大な市街地図と、王宮の古い見取り図が広げられていた。

 部屋の隅には、最低限の護身用の武器が隠されている。

 

 現在の公爵派の政権下では、『王党派』と名乗ることそのものが反逆罪に問われかねない危険な行為だ。だからこそ、この拠点も極めて質素で、生活感がなかった。

 

 ノアが、部屋を見回して言った。

 

「思ったより、ちゃんとした拠点じゃん」

 

 協力者の男が、苦笑して答えた。

 

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 

 拠点に入り、安全が確保されたところで。

 協力者から、公国の『最新の状況』の更新が行われた。

 

 基本的には、ホワイトハウスでCIAから聞いた情報から、大きな変化はない。

 クーデターという言葉は使われていないが、公爵が完全に国を掌握している状態だ。

 

 ただし。

 ここ数日で、事態はさらに悪化しているという。

 

「首都内部の検問の数が、さらに増加しています」

「王宮への物資の搬入ルートも、突然変更されました」

「王宮の直接の警備隊は、完全に公爵の息のかかった部隊へと交代させられました」

「そして……表立って動いていた我々王党派の関係者の拘束が、水面下で一気に進められています」

 

 直哉は、息を呑んだ。公爵派は、完全に反抗の芽を摘みにかかっている。

 

 肝心の、アルフォンス公王本人については。

 

「依然として、何も分かりません」

 

 協力者の男が、悔しそうに拳を握った。

 

「今、王宮の中枢へ入れる人間が、我々の側にはほとんど残っていません」

「陛下が、王宮の『どこに』おられるのか……それすらも、全く掴めていない状態なのです」

 

 そこで。

 直哉の意識が、ピクリと引っかかった。

 

(……王様が、どこにいるか?)

 

 直哉は、記憶を呼び起こした。

 ホワイトハウスの会議室。あの大型モニターに映し出された、公王アルフォンスの顔写真。

 直哉は、その顔を、年齢を、特徴を、ハッキリとその目に焼き付けている。

 

 そして、直哉は自分の手札を思い出した。

 

 御影千里の、《広域索引》。

 過去の八咫烏の試験で、彼女は『写真と特徴だけを与えられた遠方の人物』を、見事に日本列島の規模から検索し、特定してみせた。

 対象を見つけさえすれば、そのまま《天眼》で、現在位置を直接観測できる。

 

 直哉は、完全に沈黙した。

 

「…………」

 

(あれ?)

 

 もう一度、冷静に考える。

 

(俺、王様の顔、知ってるじゃん)

 

 そして。

 

(……もしかして、俺、ここから王様探せるんじゃね?)

 

 直哉は、エレノアの顔をノアへと向けた。

 

「ノア」

 

「ん?」

 

「先に……公王陛下の現在位置を、確認してみてもよろしいでしょうか」

 

 ノアの動きが止まった。

「…………」

 

 協力者の男も、信じられないというようにエレノアを見た。

 

 ノアが、怪訝な顔で尋ねた。

 

「どうやって?」

 

 直哉は、ここで少しだけ迷った。

 

 ノアには以前、自分の手札について話した際に、『四万キロ先まで見える観測官』がいることまでは知られている。

 だが、千里という名前も、その姿も、実際に能力を使うところも見せたことはない。

 もちろん、この現地の協力者には存在自体を知られていない。

 

(……また、俺の手札を一枚、実際に見せることになるんだよな)

 

 情報管理の観点からすれば、手札は隠しておくに越したことはない。

 

 でも。

 今回の最大の、そして最優先の任務は、『王を探し出すこと』だ。

 

 そのために、これ以上ない最適な能力を持っているのに。それを出し惜しみして、手がかりゼロのまま、危険な王宮へ闇雲に突入する方が、どう考えてもおかしい。

 

 直哉は、八咫烏で教えられた情報管理の原則を思い出した。

『必要な人に、必要な情報だけを共有する』。

 

 直哉は決断した。

 

(今のこの状況で、この能力は……『必要な情報』だ)

 

 エレノアが、静かに答えた。

 

「広域の索敵と観測を専門とする変身先を使えば、確認できるかもしれません」

 

 ノアが、すぐに思い出したように言った。

 

「ああ。前に言ってた、四万キロ先まで見える観測官?」

 

 直哉の内心が、少しだけ驚いた。

 

(覚えてたのかよ)

 

 協力者の男だけが、聞き捨てならない数字に目を見開いた。

 

「……四万キロ?」

 

 エレノアは、そちらには答えず、ノアへ視線を戻した。

 

「ええ。実際にこの姿をお見せするのは、初めてですね」

 

「じゃ、見せて」

 

 協力者の男は、完全に話についていけていなかった。

 

「変身先……? どういう意味ですか?」

 

 直哉は、静かに答えた。

 

「少々、お待ちください」

 

 ここは、安全が確保された隠れ家の内部だ。人目はない。

 

 直哉は、偽装用のロングコートを脱ぎ、まとめていた銀髪を帽子から外した。

 ロングコートと帽子を近くの椅子へ置いてから、視界の《因果集結クロニクル》の編成画面を開く。

 

 そして。

 エレノアから、千里へとキャラクターを選択した。

 

『【CHARACTER CHANGE】』

 

 青白い光が、部屋の中を照らす。

 

 172センチの長身の銀髪メイドの姿から。

 160センチの小柄な女性へ。

 特殊な観測官の制服。腰の短銃。いつも少し眠そうな目をした、御影千里。

 

 ノアは。

「…………」

 

 協力者も。

「…………」

 

 二人とも、目の前で起きた完全な別人の入れ替わりを見つめていた。

 

 ただし、反応は全く違った。

 

 ノアは、興味深そうに千里を上から下まで眺めて言った。

 

「へえ。こいつが例の観測官か」

 

 一方。

 協力者の男は、完全に石像のように固まっていた。

 

「……別人に、なった……?」

 

 千里が、静かで落ち着いた声で、簡潔に自己紹介をした。

 

「御影千里です。遠隔観測、および広域索敵を得意とする形態です」

 

 協力者の男は、まだ脳の処理が全く追いついていない。

 

「……あの、先ほどのメイドの女性と。あなたは、同一人物なのですか?」

 

 千里が、無表情で答える。

 

「はい」

 

 ノアが、横から適当にフォローを入れた。

 

「そういう能力なんだよ。慣れろ」

 

 協力者は、頭を抱えた。

 

「無茶を仰らないでください……」

 

 彼ら裏社会のプロでも、直哉の変身能力の異常さは、一目見ただけでは到底受け入れがたいものらしい。

 

 千里は、すぐに観測の準備に入った。

 

 直哉の頭の中には、ホワイトハウスの大型モニターで見た、アルフォンス公王の公式写真が鮮明に焼き付いている。

 

 その顔立ち。年齢感。吸血鬼という種族。背格好。

 それらの情報を、《広域索引》の検索キーへと設定していく。

 

 ノアには最大観測距離まで知られている。

 だが、現地の協力者にまで、千里の能力の細かな仕様を全て説明する必要はない。

 手札の詳細は、必要な分だけ見せればいいのだ。

 

 直哉は、静かに能力を発動した。

 

「《広域索引》」

 

 一瞬にして。

 千里の意識が、自分の肉体から離れ、遥か遠く、広大な公国の全土へと一気に広がっていく。

 

 都市。道路。建物。行き交う人々。

 膨大な現在の情報が、直哉の脳内を駆け巡る。

 

 その無数のノイズの中から。

 指定した『アルフォンス・ヴァン・アルビオン』という、ただ一人の特徴。

 それだけを、システムが高速で拾い上げる。

 

 数秒後。

 

 そして。

 対象が、『一つ』。

 直哉の視界の中で、ピンポイントでハイライトされて見つかった。

 

 直哉の内心が、確信した。

 

(……いた)

 

 千里は、そのまま《天眼》の能力を使い、対象の現在位置へと視点を飛ばした。

 

 首都の中心部。巨大な王宮。

 しかし、視点は地上や、華やかな玉座の間へは向かわない。

 

 視界は、さらに下へ、下へと潜っていく。

 

 分厚い石壁を抜け。

 地下の、古く湿った区画。

 狭い廊下。重い鉄の扉。その前に立つ、武装した見張りの兵士。

 

 さらにその奥。

 

 小さな、窓のない房。

 冷たい石の壁。硬い寝台。

 そこには、王族が着るような豪華な衣装ではなく、簡素な衣服を着た一人の男が座っていた。

 

 直哉は、その顔をハッキリと確認した。

 間違いない。ホワイトハウスで写真を見た、アルフォンス公王本人だ。

 

 生きている。

 座っている。意識もある。

 少なくとも、千里の視界で確認できる範囲では、生存している。

 

 ただし。

 自由ではない。

 扉は外から厳重に施錠されている。部屋の外には見張りがいる。

 そして、公王の手首には、見慣れない拘束具がはめられていた。

 

(Tier2の公王を、一体どうやって拘束しているのか……?)

 その具体的な仕組みまでは、千里の目でも分からない。

 

 だが。

 この場所が、公式発表にあったような『快適な療養室』などではないことだけは、誰の目にも明らかだった。

 

 そこは。

 王を幽閉するための、『牢獄』だった。

 

 隠れ家の部屋の中。

 椅子に座っていた千里が、静かに目を開けた。

 

 ノアが、身を乗り出して尋ねた。

 

「どう?」

 

 千里は、淡々と答えた。

 

「……見つけました」

 

 協力者の男が、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。

 

「陛下を!?」

 

「はい」

 

 千里は、一拍置いて、最も重要な事実を告げた。

 

「ご生存を確認しました」

 

 協力者の男の表情が、一気に崩れた。

 

 これまで、ずっと安否が分からなかった。すでに暗殺され、死んでいる可能性すら十分にあったのだ。

 それが、まず間違いなく生きている。

 その事実だけで、男の顔には明確な安堵の涙が滲んでいた。

 

「……よかった……」

 

 彼が小さく漏らしたその言葉は、本心からのものだった。

 

 だが。

 千里は、冷酷な事実を告げた。

 

「ただし」

 

 部屋の空気が、一瞬にして張り詰めた。

 

 ノアが鋭く問う。

 

「何?」

 

 千里は、見たままの事実を報告した。

 

「王宮の、地下におります」

 

 協力者の男が、息を呑んだ。

 

「地下……?」

 

「はい」

 

 一拍置いて。

 

「牢獄です」

 

 沈黙が落ちた。

 

 ノアの顔から、いつものニヤニヤした余裕の笑みが消え、完全に仕事モードの真顔になった。

 

「……牢屋?」

 

「はい」

 

 千里は、見えたものを簡潔に説明した。

 外から施錠された狭い房。武装した見張り。手首の拘束具。

 王本人が、自分の意思で自由に出入りしているような形跡は、微塵もない。

 

 協力者の男は、ワナワナと震える両方の拳を強く握り締めた。

「…………」

 

 やがて。

 彼は、絞り出すような低い声で言った。

 

「やはり……」

 

「完全に、クーデターだったのか」

 

 だが。

 ここで直哉は、決して感情に流されて断定することはしなかった。

 

 千里の冷たい声が響く。

 

「その可能性は、極めて高いかと存じます」

「ですが」

 

 千里は、ノアと協力者の顔を交互に見た。

 

「私が現在確認できたのは、『公王陛下が現在、王宮の地下で不当に拘束されている』という事実だけです」

 

 公爵への政務委任の文書を書いた時点で、すでに拘束されて脅されていたのか。

 それとも、最初は合意の上だったが、途中から状況が変わり、裏切られて幽閉されたのか。

 何を人質に脅迫されているのか。

 なぜ、邪魔な王をすぐに殺さず、生かして拘束しているのか。

 

 それは、千里の観測だけでは分からない。

 

「公爵への政務委任が、公王陛下ご本人の『自由意思』によるものだったのかどうかについては。まだ、確認できていません」

 

 だから。

 

 本人に直接会って、その口から真実を聞き出さなければ、この任務は終わらないのだ。

 

 ノアが、ため息をついて言った。

 

「いや」

 

 少し間を置いて。

 

「それでも、九割九分、クロだろこれ」

 

 千里は、首を振らなかった。

 

「否定はいたしません」

 

 ノアが呆れたように言う。

 

「自分の国の王様を、地下牢にぶち込んで拘束しておいて。『政務の委任は本人の自由意思です』なんて言い訳、いくらなんでも無理があるだろ」

 

 直哉の内心も、(まあ、俺も100%お前の言う通りだと思うわ)と完全に同意していた。

 だが、仕事の要件として、最後の一パーセントの確認を怠るわけにはいかないのだ。

 

 少しだけ、張り詰めた緊張が解けた後。

 

 ノアが、興味津々といった目で千里を見た。

 

「っていうかさ」

 

「はい?」

 

「四万キロ見えるのは前に聞いたけど」

 

 ノアは、王宮の方向を指差した。

 

「人物を条件指定して、その範囲から直接検索までできんの?」

 

 千里が、淡々と答える。

 

「はい。《広域索引》は、既知の特徴を検索条件として設定し、観測範囲内から該当する対象を捜索できます」

 

 ノアが、少しだけ顔を引きつらせた。

 

「……そっち、先に言えよ。距離より使い方ヤバいじゃん」

 

 千里は、涼しい顔で返した。

 

「必要がございませんでしたので、詳細までは共有しておりませんでした」

 

 ノアが、ジト目を向ける。

 

「最近、お前、手札隠すの上手くなったよな」

 

 千里は、全く表情を変えない。

 

「お互い様でしょう」

 

 ノアは一瞬黙った後、小さく笑った。

 

「それもそうか」

 

 直哉の内心は、(成長したんだよ、俺は!!)と胸を張っていた。

 

 王が見つかった以上。

 千里の姿のまま、もう少しだけ現状を観測しておくことにした。

 

 ただし、千里の能力は万能ではない。

 分かるのは、『今、そこに見えているもの』だけだ。

 

 過去に何があったかは分からない。未来も予測できない。

 歩いている兵士を見ただけで、その能力のTierや正体を全て鑑定できるわけではない。

 扉の鍵がどういう仕組みなのかも分からないし、見えない罠の仕組みも分からない。

 

 それでも。

 

 王のいる地下牢獄までの、大まかな地形。

 地下通路の構造。階段の位置。

 警備兵の現在位置と、巡回ルート。

 外部へ繋がる複数の出入口。

 

 それらは、全て完璧にマッピングできる。

 

 千里が、見たままの情報を正確に口頭で報告していく。

 

 協力者の男が、机の上に広げた王宮の古い見取り図に、次々と印をつけていく。

 

「その螺旋階段なら、ここですね」

「その隠し扉の先は……」

 

 地図上で、王の現在位置が徐々に絞り込まれていく。

「では、公王陛下が現在おられるのは……」

 

 地図の、王宮の地下深く。

 現在はほぼ使われていないはずの、旧拘禁区画。

 

 ここで、場所の完全な特定が完了した。

 

 ここからは、三人それぞれの役割分担が綺麗に機能し始めた。

 

 千里は、現在の内部状況をリアルタイムで見る。

 協力者は、その場所が王宮の図面上のどこなのか、昔はどう使われていたのかを説明する。

 ノアは、その情報をもとに、「どこから侵入すれば警備を避けられるか」をプロの暗殺者として判断する。

 

 ノアが、地図の一点を指差した。

 

「この入り口は?」

 

 協力者が答える。

「昔の使用人用の搬入口です。現在は封鎖されているはずですが」

 

「こっちのルートは?」

「古い地下水路の保守通路ですが、現在使用されているかは……」

 

 千里が、即座に報告する。

 

「現在、その通路には複数の人影と、人の出入りが確認できます」

 

 ノアが即決する。

「じゃあダメだ。見張りがいる。次」

 

 という具合に、作戦会議が猛スピードで進んでいく。

 千里の能力だけで全てを解決させるのではなく、ノアの『暗殺者としての潜入技術』と、協力者の『現地の知識』が組み合わさることで、初めて完璧な潜入ルートが構築されていくのだ。

 

 ノアが、ふと思いついたように言った。

 

「じゃあさ。このままお前が千里の姿のままで、俺についてくれば、ずっと敵の位置が見えてて楽じゃね?」

 

 直哉は、ここで明確にその案を否定した。

 

 千里の姿のままでは、直接の戦闘能力が低すぎるのだ。

 プロフィールにも、「危険地帯での運用は、強力な護衛が前提である」と書かれている観測専門形態。

 

 しかも、直哉は、千里とエレノアの能力を『同時』には使えない。

 千里で観測している間は、時間停止のエレノアは使えないのだ。

 

 今回の目的は、王を見つけることだけではない。

 厳重な警備を突破して、王本人の意思を確認し、拘束されているなら連れ出すことだ。

 戦闘や強行突破になる可能性は極めて高い。

 

 だから、実際の侵入時には、エレノアへと戻る予定だった。

 

 千里が答える。

 

「内部構造と、現在の警備配置を完全に記憶した後は。エレノアの姿へと戻る方が、作戦上安全かと存じます」

 

 ノアは、「あー」とすぐに理解した。

 

「確かに、いざとなったら時間を止めてもらった方が、圧倒的に楽だわ」

 

 直哉の内心は、(お前、俺の能力を便利ツールか何かだと思ってないか?)と少し呆れていた。

 

 協力者の男は、呆然として机の上の地図を見つめていた。

 

 本来なら。

 王宮周辺の偵察を行い。

 王宮の内部関係者へ慎重に接触し。

 数週間かけて内部情報を収集し。

 ようやく、公王の居場所の候補を絞り込む。

 

 これだけで、一体何ヶ月かかるか分からなかった。

 

 それが。

 

 アメリカから派遣されてきたこの二人が。

 公国へ入った、初日。

 この隠れ家へ着いてから、わずか数分で。

 

 王の生存と、正確な現在位置までが、完全に判明してしまったのだ。

 

 協力者は、深い感嘆の息を漏らした。

 

「……アメリカ政府は、一体こんな恐ろしい能力者を、どこから連れてきたのですか……」

 

 ノアが、キャンディを噛み砕いてあっさりと答えた。

 

「日本」

 

 協力者が、真顔で突っ込んだ。

 

「そういう国籍の意味で聞いたのではありません」

 

 直哉は内心で笑ってしまった。

 

 必要な観測を全て終えた直哉は。

 

『【CHARACTER CHANGE】』

 

 圧倒的な黄金色の光の粒子が、千里の身体を包み込む。

 光が収まると、そこには再び、長身の銀髪のメイド――エレノア・ヴァイスが立っていた。

 

 直哉は、椅子に置いていた偽装用のロングコートを羽織り直し、銀髪をまとめて帽子の中へ収めた。

 

 協力者は、無言のまま、しばらくそのメイド長の姿を見つめていた。

 

「…………」

 

「……本当に、元の姿に戻るのですね」

 

 ノアが笑う。

 

「だから、こいつは『ナオ』だって言ってんだろ」

 

 協力者はため息をついた。

 

「それで納得できるのは、あなただけです」

 

 直哉の内心も、(まあ、俺も客観的に見たら全く納得できない自信があるからな)と同意していた。

 

 もう、「王がどこにいるのか」を調べる必要はなくなった。

 

 残った課題は。

 王宮へ入る。

 地下の牢獄まで到達する。

 公王本人へと直接会う。

 彼の意思を確認する。

 不当に拘束されているなら、解放する。

 そして、王宮から安全に連れ出す。

 

 ノアが、地図を見ながらニヤリと笑った。

 

「じゃあ、これで話がめちゃくちゃ早くなったな」

 

 エレノアが尋ねる。

 

「と、申しますと?」

 

 ノアは、指で地図の王宮の地下牢獄を叩いた。

 

「王様の場所、分かったじゃん」

 

「あそこに入って、会って、連れて帰る。それだけだ」

 

 エレノアは、冷ややかな声で返した。

 

「非常に簡単に仰いますね」

 

「実際、俺たちがやることはそれだけだろ?」

 

 直哉の内心が絶叫した。

(だから、その『入って出てくる』のが一番大変なんだよ!! ゲームのRPGのお使いクエストじゃないんだぞ!)

 

 ここで、直哉は慎重なストップをかけた。

 

 ノアの性格なら、「よし、じゃあ今日の夜にでも早速行こうぜ」くらい言い出しかねない。

 でも、直哉は慎重だった。

 

 現在位置が分かったからこそ、焦る必要はないのだ。

 王は、少なくとも今は生きている。

 

 先に。

 警備兵の正確な交代の時間。

 搬入口の鍵の構造。

 脱出時の逃走経路。

 市街地の検問の配置。

 そして何より、『王を連れた状態で、どうやってこの首都から脱出するか』。

 

 そこまで完全に確認し、ルートを構築してからでなければ、絶対に動くべきではない。

 

 エレノアが、静かに進言する。

 

「公王陛下を見つけるだけならともかく。今回は、救出後に陛下を連れて脱出する必要があります」

「事前の脱出ルートの確保は、絶対条件です」

 

 ノアは、少しだけ考えて。

 

「……まあ、それもそうか」

 

 と、素直に頷いた。

 

 この役割分担も、上手く機能していた。

 ノアは、攻める専門家だ。

 直哉は、仕事として絶対に失敗しないように、全体を俯瞰して安全を確保するストッパーだ。

 

 協力者の男は、最初。

 アメリカから来たこの若い二人を、「王の安否を探るための、ただの外部の助っ人」程度にしか見ていなかった。

 

 だが。

 片方は、世界的な暗殺者であるヴァレリウス家の、恐るべき少年。

 もう片方は。

 メイド姿から全くの別人へと変化し。

 王宮の地下を遥か遠方から遠隔観測し。

 たった数分で、行方不明だった王を発見してみせた、規格外の能力者。

 

 明らかに、自分の想定を遥かに超えるバケモノたちだった。

 

 それでも、工作員は浮かれることはなかった。

 

 彼は、地図上の王宮を見た。

 

「公王陛下が、生きておられる」

 

 まず、その事実だけを深く噛み締める。

 そして。

 

「ですが……あそこから無事に連れ出すとなれば、話は別です。警備は厳重を極めています」

 

 ノアが、自信満々に笑った。

 

「分かってるって」

 

 机の上。

 広げられた王宮の見取り図。

 その地下部分。

 

 千里の観測によって確認された一点に、赤いペンで印が付けられていた。

 

 協力者が、その印をしばらく見つめていた。

 そして、静かに言った。

 

「これで、少なくとも一つははっきりしました」

 

 エレノアとノアが、彼を見る。

 

「陛下は、病気で療養しているのではありません」

 

 彼の指先が、王宮地下の牢獄を指す。

 

「囚われています」

 

 重い沈黙が、部屋を満たした。

 

 ノアが、ガリッとキャンディを噛み砕く音をさせた。

 

「じゃあ」

 

 ノアは、地図を覗き込み、暗殺者の瞳で笑った。

 

「次は、ここに入る方法を考えようぜ」

 

 直哉も、王宮地下へ付けられた赤い印を見つめた。

 

 公王は、生きている。

 そして、囚われている。

 

 アメリカ政府が最も知りたがっていた答えの半分は、もう出た。

 

 残る半分は。

 

 なぜ王は牢獄にいるのか。

 なぜ公爵は、邪魔なはずの王を殺さずに生かしているのか。

 

 その答えを知っているのは、地下牢にいる本人だけだ。

 

 直哉は、王宮の見取り図へ視線を落とした。

 

(……今度は、直接聞きに行くしかないな)

 

 次の目的地は決まった。

 

 王宮地下。

 アルフォンス公王が囚われている牢獄だ。




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