俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第44話 ようやく本命の限定ガチャを回せます

 日曜日、夜。

 

 アルビオン吸血鬼公国での任務を終えて帰国し、霧島への事務的な業務連絡まで全て済ませた直哉は。

 実家の自室に戻るなり、すぐさま風呂場へと直行した。

 

 シャワーで異次元の国の土埃と、死闘の嫌な汗を完全に洗い流す。

 その後、少し遅めの夕食をサッと平らげ。

 冷蔵庫から、キンキンに冷えた炭酸飲料を一本だけ取り出し、自分の部屋へと戻った。

 

 ドアを、静かに閉める。

 さらに、ご丁寧に鍵までカチャリとかける。

 

 そして、ベッドの上に、正座するような姿勢で腰を下ろした。

 

 ここまでの一連の行動は、全てが妙に丁寧で、儀式的ですらあった。

 理由は、ただ一つだ。

 

(今夜だけは、絶対に、誰にも何事にも邪魔されたくない)

 

 直哉は、大きく、深く、深呼吸をした。

 そして。満を持して。

 

 視界の《因果集結クロニクル》のシステム画面を、展開する。

 

 最初に、直哉の目に飛び込んでくる数字。

 

『因果晶:32,000』

 

 直哉は、しばらくの間、無言のままその数字を見つめ続けた。

 

「…………」

 

(やっぱり、夢じゃないよな)

 

 もう一度、目を擦ってから見る。

 

『因果晶:32,000』

 

 間違いなく、三万二千個。

 

(二百連分……)

 

 直哉の口元が、だらしなく緩む。

 クロイツ戦での命の危機も、アメリカ大統領との会談の緊張感も、疲労も、全てが一瞬にして宇宙の彼方へと吹き飛んだ。

 

 ここで、王宮での戦闘終了後にポップアップした、いくつかのシステムメッセージにも目を通す。

 

『育成機能が拡張されました』

『キャラクターレベル上限が解放されました』

『新規機能《並列集結》が解放されました』

 

 それぞれに、黄金色の《NEW》のマークが点灯している。

 だが、直哉はそれらの項目を一瞬だけチラッと見て。

 

(これは、施設でちゃんと確認してからだ)

 

 と、即座に思考を切り離した。

 霧島にも、「八咫烏の施設で一緒に確認してほしい」と伝えてある。

 特に《並列集結》などという物騒な名称の機能は、名前からして何が起きるのか全く予想がつかない。

 自宅の自室で、深夜にポチポチと適当に試していいような代物ではないことだけは、直哉の三十四歳の理性も理解していた。

 

 しかし。

 その素晴らしい理性は。

 

 限定バナーの画面を開いた瞬間に、完全に終了した。

 

 画面の中央。

 これまで、何度も、何度も、穴が開くほど見つめ続けてきた、あの立ち絵のイラスト。

 

 静寂な月夜。

 古びた鳥居。

 青白い狐火。

 艶やかな、美しい長い黒髪。

 静謐な赤紫色の瞳。

 白と黒を基調とした和装。

 そして、腰に差した一振りの太刀。

 

『【限定キャラクター集結】』

『★★★★★ 九条紫苑《宵刃の巫女》』

 

 そして、現在の直哉のシステム状態の表示。

 

『因果晶:32,000』

『★5キャラクター確定まで:80回以内』

『次回★5キャラクター出現時:ピックアップ対象確定』

 

 前回のガチャで、恒常のヴェルミリアですり抜けた。

 そのため、天井までのカウントはリセットされて、初期値の80に戻っている。

 だが、その代わりに。

 次に金色の★5が出れば、100%の確率で、ピックアップ対象である『九条紫苑』が出現する。

 これは、すでにシステムによって完全に保証され、確定している未来だ。

 

 直哉は、画面の紫苑を見つめ続けた。

 

「…………」

 

 長かった。

 本当に、長かった。

 

 最初にこのバナーを見た時点では、直哉は五十連分の石しか持っていなかった。

 黒髪ロング、和装、日本刀。その外見と属性だけで、直哉のオタク心にブチ刺さり、「絶対に欲しい」と思ったキャラクターだった。

 

 そこから、石が尽き。

 危険な仕事をしては、少しずつ貯めて回し。

 また尽き。

 ようやく天井まで到達したと思ったら。

 恒常の神様にすり抜けられた。

 

 直哉が、小さく呟く。

 

「長かったわ……マジで……」

 

 だが。

 今日は、違う。

 

 天井までに最大80連が必要だとしても、消費するのは12,800石。

 そして今、直哉の手元には、32,000石という圧倒的な暴力がある。

 

(もう、絶対に逃がさねえぞ……!)

 

 完全に、ガチャゲーマーの怖い発想になっていた。

 

「今日は、天井だろうが何だろうが、絶対に来てもらうからな……紫苑……!」

 

 直哉の指が、最初の『10回集結』のボタンを、力強くタップした。

 

『因果晶を1,600消費して10回集結を実行しますか?』

『現在:32,000』

『実行後:30,400』

 

 当然だ。

 直哉は『集結する』を押す。

 

 演出開始。

 十個の光の糸が飛んでくる。

 

 青。

 青。

 紫。

 青。

 青。

 青。

 

 紫色の光から出たのは、すでに所持している★4の武装だった。

 残りは全て、★3の武装中心。

 

 黄金色の光は、なし。

 

 だが、直哉は極めて平然としていた。

 

(うん。まあ、一発目の十連目からいきなり出るとは、俺も思ってないしな)

 

 現在の石の残高、30,400石。

 まだ、190連分も残っている。

 

「余裕、余裕。全く問題ない」

 

 直哉は、鼻歌交じりに二回目のボタンを押した。

 

 20連目。

 

『因果晶:28,800』

 

 またしても、黄金はなし。

 ★3武装の山と、既所持の★4キャラクターが一人。

 重複分は、淡々と因果共鳴の素材へと変換されていく。

 

 直哉は。

「まあまあまあ」

 まだ、余裕で笑っていた。

 

「天井の80連目まで引っ張られても、全然余裕だから。焦る時間じゃない」

 

 今までの、ようやく十連分の石を貯めては祈るように回していた時とは、直哉の精神状態がまるで違った。

 石がある。

 その圧倒的な安心感が、三十四歳の男に王者のような余裕をもたらしていた。

 

 30連目。

 

 演出開始。

 青、青、青、紫……。

 

 三回目も、黄金はなし。

 

 直哉の余裕の笑顔が、ほんの少しだけ、薄くなった。

 

「…………」

 

 だが、システム上の数字を確認する。

 30連で4,800を消費したので、残高は。

 

『因果晶:27,200』

 

 正しい。

 まだ、170連分も残っているのだ。

 

 直哉は、自分に言い聞かせるように内心でツッコミを入れた。

(いやいやいや。何を焦ってるんだ俺は)

(まだ残り170連だぞ。普通のソシャゲなら大富豪の部類だろ)

 

 改めて考えると、異常な数字の暴力だ。

 

 直哉は、ベッドの上で深く座り直し、少しだけ真面目な顔になってボタンを押した。

 

「次」

 

 40連目。

 

 四回目の演出。

 

 青。

 紫。

 青。

 青。

 紫。

 

 直哉の目が、徐々に真剣なものへと変わっていく。

 

 黄金は、なし。

 

『因果晶:25,600』

 

 直哉は、無言になった。

「…………」

 

 さっきまで、三万二千石という数字を見て「今日は完全に俺の勝ちだ」と思っていた。

 だが、ガチャというシステムは恐ろしい。

 どれだけ資源量があろうと、ハズレを引き続けるという行為そのものが、人間の精神を確実に削っていくのだ。

 

(いや、落ち着け。まだ天井の半分の四十連目だ。確率的には出なくて普通だ)

 

 そして。

 次は、五十連目。

 

 直哉は、一度机の上に置いた炭酸飲料の缶を手に取り、ゴクリと一口飲んだ。

 缶をコトンと置き、正座の姿勢を正す。

 

「……頼むぞ」

 

 祈るような声で。

 五回目の『10回集結』を、タップした。

 

 50連目。

 

 演出開始。

 光の糸が飛んでくる。

 

 一枚目。青。

 二枚目。青。

 三枚目。紫。既所持の★4キャラクター。

 四枚目。青。

 五枚目。青。

 六枚目。青。

 

 直哉は、息を詰めて画面を見つめた。

「…………」

 

 そして。

 七枚目。

 

 画面の光が。

 今までとは違う、圧倒的な眩さへ変わった。

 

 黄金。

 

 直哉の目が見開かれた。

「……っ」

 

 黄金色の光が、画面いっぱいに激しく弾け飛ぶ。

 直哉の身体が、ベッドから半分立ち上がった。

 

「来た!!!」

 

 今回は、すり抜けない。

 システムによる絶対のピックアップ保証がある。

 金色が出た瞬間に、誰が出てくるのかは100%分かっている。

 

 それでも、直哉は演出をスキップしなかった。

 絶対に、飛ばさない。

 

 画面の背景が、月夜に染まる。

 古びた鳥居。青白い狐火。

 その中央の空間へ、一人の女性がゆっくりと姿を現す。

 

 艶やかな長い黒髪が、夜風に揺れる。

 白と黒を基調とした、凛とした巫女の装束。

 腰に携えた、一振りの美しい太刀。

 

 彼女が、静かにその赤紫の瞳を開く。

 

 そして、画面に名前が刻まれる。

 

『★★★★★』

 

『九条紫苑』

 

『《宵刃の巫女》』

 

 直哉は。

「…………」

 

 一秒間、完全に停止して、その美しい立ち絵を脳裏に焼き付け。

 

 そして。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 三十四歳の男性の、歓喜の雄叫びが自室に響き渡った。

 

「紫苑だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 ようやく。

 本当に、ようやく。

 待ち続けていた、本命の限定キャラクターが、彼の手元へと降り立ったのだ。

 

 三十四歳。独身男性。実家の自室。日曜日の深夜。

 一人で、ガッツポーズをして絶叫している。客観的に見ればヤバい絵面だが、本人は今、世界で一番幸せだった。

 

 十連ガチャ自体は、まだ終了していない。

 

 八枚目。青。

 九枚目。青。

 十枚目。紫。既所持の★4。

 

 だが、直哉の目には、そんなものは全く入っていなかった。

 結果一覧の画面の中央に鎮座する、あの黄金の枠。

 

『九条紫苑《宵刃の巫女》』

 

 それだけしか、見えていなかった。

 

 五十連で、排出。

 消費した石は、8,000石。

 

 残高のステータスを確認する。

 

『因果晶:24,000』

 

 つまり。

 本命の紫苑を確実に確保して。

 まだ、150連分もの石が残っているのだ。

 

 直哉は、その残高の数字を見て。

「…………」

 さらに、ニヤリと深く笑った。

 

「最高かよ……」

 

 直哉は、興奮冷めやらぬまま、すぐに《キャラクター》の図鑑画面を開いた。

 

 新しく黄金の枠で追加された、紫苑のアイコンをタップする。

 

 まずは、基本プロフィールの確認だ。

 

『★★★★★ 九条紫苑《宵刃の巫女》』

『Lv.1』

『HP:3,480 / 3,480』

『年齢:22』

『身長:166cm』

『属性:月』

『武装:太刀』

『種族:人間』

『所属:九条家』

 

 直哉は、「人間で22歳か。よかった、普通の人間だ」と変なところで安堵しながら、一番下の行を見た。

 

『現地登録Tier:1』

 

 直哉の視線が、そこでピタリと止まった。

 

「…………」

 

 目をこすって、もう一度見る。

 

『現地登録Tier:1』

 

 直哉は、思わず声を上げた。

 

「またTier1かよ!?」

 

 ヴェルミリアに続いて、二人目のTier1キャラクター。

 もっとも、ヴェルミリアは恒常ガチャのすり抜けでの登場だったが、今回は堂々たる限定の★5キャラクターだ。

 

 直哉の内心は。

(いや、そりゃ限定星5なんだから、Tier2じゃなくてTier1だろうなっていう、強い可能性はあると思ってたけど)

(本当にTier1かよ……)

 

 今の日本国内において、正式に『Tier1』と認定されている能力者は、約二十人程度しかいないと霧島から聞いている。

 そんな、国家戦略級の領域のキャラクターが、また一人、直哉の手札に増えたのだ。

 

 直哉は、興奮しながら彼女の基本能力の詳細をスクロールして読んでいく。

 

 まずは、固有能力からだ。

 

『固有能力:《宵刃(よいば)》』

『対象に存在する構造・境界・接続を認識し。

 その境界に対する「斬断」を成立させます。』

 

 直哉は首を傾げた。

 

「……境界?」

 

 補足説明のテキストを読む。

 

 彼女の剣は、硬い物体を『純粋な力で叩き切る』という物理的な切断ではないらしい。

 物体。能力の防壁。空間の構造。

 その中に存在する、「ここからここまでが別のものだ」という『境目(境界)』を、彼女の能力で認識する。

 そして、その境目に対して、刃の概念を通す。

 結果として、対象の物理的な硬度や装甲を、大幅に無視して斬り裂くことができる。

 

 直哉は深く納得した。

 

(ああ、なるほど)

(敵の防御力を、圧倒的な攻撃力で上回って殴るタイプじゃなくて)

(そもそも、防御力という数値を参照しない方向性の能力か)

 

 防御無視の概念斬撃。対人戦においては、かなり嫌で厄介な能力だ。

 

 次に、スキルの確認。

 

『《月影一閃(つきかげいっせん)》』

『認識した対象に対して最短の斬撃線を形成し。

 抜刀と同時に、その対象への斬撃を成立させます。』

 

 直哉は「居合か」と思った。

 だが、単なる高速の抜刀術ではないようだ。

 能力によって成立した斬撃のラインは、通常の刀身の物理的な距離よりも遥かに広く、遠くまで届く。

 一定の距離内であれば、「そこまで物理的に刀を届かせる」ことよりも、「対象に斬撃という結果を成立させる」ことを優先する。

 通常の間合いという概念を大きく逸脱した、極めて回避困難な居合斬りだ。

 

『《縁断(えんだん)》』

『二つ以上の対象間に現在成立している「接続」を認識し。

 その接続のみを、斬断します。』

 

 直哉は。

「…………」

 少しだけ考えて。

 

 そして、大きな声で言った。

 

「これ、マジでクロイツ戦の時に欲しかったな……!!」

 

 今回の公国での敵だったクロイツは、本人と国家境界機構が強制的に接続され、外部からTier1級の莫大な出力を得ていた。

 もし、あの現場に紫苑がいて、その接続の構造を正確に認識できていれば。

 クロイツ本体を殴り倒したり、ヴェルミリアのように巨大な腕で城ごと物理破壊したりする前に。

 クロイツと国家中枢の『接続そのもの』を、スマートに斬り裂いてバフを剥がすことができた可能性がある。

 

 もちろん、クロイツの出力が強すぎて実際には斬れなかったかもしれないが。説明を読む限り、明らかにそういう用途のサポートも可能な能力だ。

 

 能力者と、外部装置。

 遠隔操作の能力と、術者。

 能力による構造と、その供給源。

 拘束具と、対象。

「繋がっている」という状態そのものへ、ダイレクトに攻撃できる。

 

『《無明連閃(むみょうれんせん)》』

『複数の斬撃線を連続で設定し。

 極短時間内に、一斉に斬断します。』

 

 近距離での集団戦。巨大な怪異などの大型対象。多重に張られた障壁。複数個所への同時攻撃。

 これらを、まとめて一瞬で斬り捨てる乱舞技。

 紫苑本人の身体能力も、Tier1の戦闘型として極めて高い。

 

 つまり、

『概念寄りの防御無視の斬撃能力を持つ上に、本人も普通に身体能力が高くて速くて強い、最強の剣士』ということだ。

 

 直哉は、感嘆のため息を漏らした。

「強っ……。さすが限定星5」

 

 最後に、EXスキル。

 

『EX:《宵刃・万象断(ばんしょうだん)》』

『認識範囲内に存在する複数の境界を選択し。

 一斉に斬断します。』

 

 ただし。その下に、重要な制約が書かれていた。

 

『認識不能な対象』

『自身を上回る、強固な因果的保護』

『上位法則によって固定された対象』

『以上に対しては、斬断は保証されません。』

 

 ここが重要だ。

 Tier1単体としての紫苑の能力は、決して『何でも無条件で斬れる万能能力』ではない。

 存在している境界を正しく認識し、それに対して通常より異常に強い斬撃を通すことができる、という枠組みの中のTier1なのだ。

 

 ここまでが、紫苑本人の単体としての能力だった。

 

 直哉は頷いた。

「いや、これだけでも十分に頭おかしいくらい強いけどな」

 

 直哉は、プロフィールのテキストを読み終えようとして、一番下へとスクロールした。

 

 すると、そこに。

 今まで見たことのない、新しい項目が追加されていた。

 

『推奨専用武装』

 

『★★★★★ 神刀《月白(げっぱく)》』

 

 直哉の動きが、ピタリと止まった。

 

「…………」

 

 直哉のゲーマーとしての直感が、嫌な予感を告げる。

 

 恐る恐る、その項目をタップする。

 画面が《キャラクター》から《武装》のタブへと切り替わる。

 

 そこには。

 紫苑のキャラクターバナーとは別の、新しい限定バナーが光り輝いていた。

 

『【限定武装集結】』

『★★★★★ 神刀《月白》』

 

『九条紫苑・専用武装』

 

 月光を受けたように輝く、白銀の太刀。

 刀身はほぼ純白であり、その刃文の部分だけが、淡い紫色に怪しく光っている。

 

 直哉は、画面を見つめたまま。

 

「…………」

 

 一拍置いて。

 

「専用武器ガチャまであんのかよ!!!」

 

 直哉は、頭を抱えた。

 中華ゲーである。これぞまさに、中華ゲーの集金システムである。

 キャラクターを引かせた後に、さらに性能を引き出すための専用武器ガチャを用意する。悪魔の所業だ。

 

 直哉は、まず深呼吸をして、限定武装ガチャの仕様の説明テキストを読んだ。

 

 キャラクターガチャとは、天井のカウントが独立している。

『★5武装確定まで:60回以内』

 

 ★5武装が出た場合、ピックアップ武装が高確率で出現する。

 もしすり抜けた場合は、次回はピックアップが確定する。

 

 ここは武装ガチャとしての初登場なので、直哉も「なるほど、武器の方は天井が60回で少し浅いのか」と、ちゃんとルールを理解した。

 

 そして、自分の所持石を見る。

 

『因果晶:24,000』

 

 150連分。

 武器の天井は、最大でも60連だ。

 

 直哉は。

「…………」

 腕を組んで、考え込んだ。

 

 紫苑というキャラクター本体は、もう無事に手に入れた。

 別に、この専用武器を引かなくても、彼女本人だけで十分にTier1の最強戦力だ。

 普通に考えれば、ここで撤退しても全く問題ない。

 むしろ、150連分の石を温存しておけば、次の新しい限定キャラクターの時にも、ほぼ確実に引くことができる。

 

 三十四歳の、社会人としての理性的な部分が、直哉に囁きかける。

(ここは、絶対に貯めるべきでは? これ以上追うのは、ただの無駄遣いだぞ)

 

 直哉は、呻いた。

「…………」

 

 だが、直哉の視線は、もう一度、専用武器の性能表示へと向かってしまった。

 

『★★★★★ 神刀《月白》』

 

 そのすぐ下。

 

『九条紫苑装備時、専用効果解放』

 

 直哉は。

 

「…………」

 

 十秒後。

 

『10回集結』

 

 直哉の指は、何のためらいもなくボタンを押していた。

 

 武器ガチャ、10連目。

 

『現在:24,000』

『実行後:22,400』

 

 直哉の内心は、完全に自分への言い訳で満たされていた。

(いや、これは無駄な浪費じゃないから。手持ちの最高戦力である紫苑をさらに完璧にするための、必要な『戦力強化』への投資だから)

 完全に、重課金者の理論に染まっていた。もちろん、現金は一円も払っていないのだが。

 

 一回目。

 紫の光のみ。★5はなし。

 

 20連目。

 なし。

 直哉は「まだ大丈夫、まだ焦る時間じゃない」と強がる。

 

 30連目。

 なし。

 直哉の顔から笑顔が消える。「…………」

 さっきキャラクターガチャでハマっていた時と、全く同じ重い空気になってくる。

 

 40連目。

 演出の光が、一瞬だけ強く光った。

 直哉が「来た!?」と身を乗り出す。

 

 だが、出たのは紫色の★4武装だった。

 

「違う!! お前じゃない!!」

 直哉はベッドに倒れ込んだ。

 だが、まだ石の残高には余裕がある。すぐに起き上がる。

 

 50連目。

 

 五回目の十連。

 光の糸が飛んでくる。

 

 一枚。二枚。三枚。

 黄金の光は、なし。

 

 直哉の顔が、完全に真剣な仕事モードになる。

 

 そして、十連の最後の方。

 

 画面に、眩い『黄金色』の光が走った。

 

「来た!!!」

 

 今度は、キャラクターのシルエットではない。

 白い刀身が、暗い画面の中央へと、ゆっくりと浮かび上がってくる。

 

 淡い月光のような輝き。紫の美しい刃文。

 

『★★★★★』

『神刀《月白》』

 

 直哉は、ガッツポーズをして叫んだ。

 

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 

 ピックアップ直撃。

 すり抜けなし。武器側も、天井の60連に到達する前の、50連目での排出。

 

 キャラクターガチャで、50連。

 武器ガチャで、50連。

 合計、100連。

 

 消費した石は、16,000石。

 

 つまり。

『因果晶:16,000』

 

 直哉は、その数字を見て。

 

「…………」

 

 まだ、100連分もの石が残っている。

 

 目当ての限定キャラと、そのモチーフである最強の専用武器を両方確保して。

 200連分の報酬の、ちょうど半分が残っているのだ。

 

 直哉は、心から笑った。

「今日の俺……ガチャ運、勝ちすぎでは?」

 

 完全勝利だった。

 

 直哉は、さっそく手に入れた神刀《月白》のプロフィールと詳細な性能を開いた。

 

『★★★★★ 神刀《月白》』

『種別:太刀』

『専用適合者:九条紫苑』

 

『固有効果:《理刃同調(りはどうちょう)》』

 

 通常の状態でも、攻撃力や補正が極めて高い高位の武装だ。

 だが、重要なのは、紫苑だけが使える『専用効果』の方だ。

 

『《理刃同調》』

『九条紫苑が装備した場合、彼女の固有能力《宵刃》との完全な同調を開始します。』

 

 さらに。

 

『完全同調時、《宵刃》の干渉対象を大幅に拡張します。』

 

 直哉は、ふんふんと頷きながらスクロールした。

 

 そして。

 次のテキストで、直哉の思考が完全に止まった。

 

『完全同調状態では、

「斬断」という限定された理(ことわり)に対する、掌握権を獲得します。』

 

 直哉は、首を傾げた。

 

「……掌握?」

 

 続きを読む。

 そこには、恐ろしい概念の逆転が記されていた。

 

 通常の紫苑の能力は、

『物体や能力に、あらかじめ存在している境界(境目)を見つけて、そこを斬る』というものだ。

 

 だが、この神刀《月白》と完全同調した状態では。

 

『「斬る」という結果を世界に成立させるために。自らの意思で、斬るべき境界を対象に強制的に定義する』ことができるようになる。

 

 直哉は。

「…………」

 その文章の本当の意味を理解するまで、数秒かかった。

 

 そして、震える声で言った。

 

「……因果が、逆じゃん」

 

 普通は、境界があるから、そこを斬れる。

 だが、専用刀を持った紫苑は違う。

『私がここを斬ると決めたから、そこに境界が生まれる』のだ。

 

 システムの説明が続く。

 

 完全同調した紫苑は。

 物質。エネルギー。能力による絶対的な防壁。空間の繋がり。

 能力者と、能力の接続。

 外部の供給源との接続。

 異常な再生能力を維持している、生命の連続性。

 相手の攻撃が、自分へ届くまでの空間的な連続。

 

 そういった、およそ『斬れるはずのない概念的なもの』に対して。

 《斬断》の理を、強制的に適用して切り裂くことができる。

 

 もちろん、完全に万能な全能の神になるわけではない。

 未知の対象に対して、無条件で何でも通る万能能力ではない。

『何を斬るのか』『何がそこに存在しているのか』という、彼女自身の正確な認識は依然として重要だ。

 

 そして。

『Tier0級』の、世界そのものを支配するような上位法則に対しては。

 紫苑側の《斬断》の理と、相手側の法則による、『権能同士の激しい競合』になるという。

 

 つまり、紫苑自身がTier0の神格に到達しているわけではない。

 だが、単なるTier1でもない。

 

 武器プロフィールの最下部。

 

 直哉は、そこに表示された『階位』を見て、目を疑った。

 

『九条紫苑・神刀《月白》装備時』

 

『現地登録Tier:1』

 

『完全同調時・推定実効戦力:Tier0.5相当』

 

 さらに小さく。

『※Tier0.5は正式な登録階位ではありません。』

 

 直哉は。

「…………」

 何度も目を擦って、もう一度読んだ。

 

『推定実効戦力:Tier0.5相当』

 

 直哉は、間抜けな声を出した。

「ゼロ点五?」

 

 直哉も、最近では八咫烏の資料や霧島からの説明を聞いて、能力者社会の知識をそれなりに得ている。だから、その言葉の持つ意味は分かる。

 

 正式なTier制度には、そんな小数点以下の数字はない。

 だが、実務上の脅威度を測る上で。

 Tier2の枠を大きく超えているが、Tier1には届かない者を『Tier1.5』。

 そして。

 Tier1の枠を明確に上回り、しかし完全なTier0の神格とは呼べない領域に達した者を。

 極一部の専門家たちの間で、非公式に『Tier0.5』と呼ぶことがある。

 

 それは、非公式でありながら、確かに実在する絶望的な戦力帯なのだ。

 

 直哉は、頭を抱えた。

 

「いや待て待て待て」

 

 紫苑単体では、Tier1。

 だが、この専用刀を装備した瞬間。

 Tier0.5に跳ね上がる。

 

「専用武器一本持たせただけで、戦力上がりすぎだろ!? なんだよTier0.5って!!」

 

 さらに、専用装備による追加のEXスキルが一つ記載されていた。

 

『専用EX:《宵神楽・一切断(よいかぐら・いっさいだん)》』

『使用条件:九条紫苑が神刀《月白》と完全同調している状態』

 

 効果。

『指定対象に対し、「斬断」を成立させるために必要な境界を、強制的に定義します。』

『物理構造、空間構造、能力接続、因果接続。』

『認識可能な対象に対して複合干渉を行い、ただ一太刀による斬断を試行します。』

 

 そして、そのスキルの演出説明も、極端に地味だった。

 紫苑が、刀を抜く。

 一振りする。

 納刀する。

 それだけだ。

 ヴェルミリアの《赤海》のような派手な爆発もない。巨大な光線も出ない。

 

 その後。

 対象が、ただ『斬れている』。

 それだけなのだ。

 

 直哉は。

「…………」

 

(こっわ……)

 と、本気で戦慄した。

 

 ヴェルミリアのような、血の海を広げ、巨大な腕で城ごと物理的に破壊するような大怪獣の戦い。ああいう分かりやすい暴力とは、完全に真逆のベクトルだ。

 静かに、一刀。

 それだけで、結果だけが世界に残る。恐ろしいほどの殺傷能力。

 

 一つだけ、直哉が気になった点があった。

 プロフィールで明確にされている部分だ。

 

 紫苑自身の種族は、あくまで。

『人間』

 

 神格ではない。吸血神でもない。

 《月白》を装備したからといって、彼女自身が神になるわけではないのだ。

 ただし、《斬断》という『たった一つの理』に限り、準神級の掌握権を持つことができる。

 

 したがって、総合的な存在としてのTier0には至らない。

 あくまで、一つの概念的な攻撃に極端に特化したからこその、『Tier0.5』なのだ。

 

 直哉は呟いた。

 

「いや、人間って書いてあるんだけどな……」

 

 直哉の中で、『人間』という言葉の定義が、もはやゲシュタルト崩壊を起こし始めていた。

 

 直哉の視線が、画面の右下にあるボタンへと向かった。

 

『変身』

 

 紫苑になってみたい。

 めちゃくちゃなりたい。あの綺麗な和装を着て、あの白銀の専用刀を抜いてみたい。

 

 直哉の指が、ボタンへ向かって伸びる。

 

 だが。

 指が、画面の数ミリ手前で、ピタリと止まった。

 

 今日。仕事が終わった後。

 直哉は、霧島へ自分からメッセージを送ったのだ。

『新しく解放された機能も含めて、今度、安全な八咫烏の施設で確認してもらいたい』と。

 

 しかも。

 今回手に入れたのは、素の状態でTier1。

 さらに専用装備で、Tier0.5に跳ね上がるという、文字通りの規格外のバケモノだ。

 

 こんな住宅街のど真ん中にある実家の自室で。

「ちょっと素振りしてみよう」くらいの軽い気持ちで試し斬りしていい能力では、絶対にない。

 もし間違って空間ごと家を斬り裂いてしまったら、取り返しがつかない。

 

 直哉は。

「…………」

 

 ゆっくりと、指をボタンから離した。

 

「……施設で確認してからだ」

 

 直哉は、少し苦しそうな顔で呟いた。

 

「八咫烏の施設で、ちゃんと確認してからにしよう」

 

 三十四歳の男は。

 新しいおもちゃを手に入れた子供のような衝動を、必死に理性で抑え込んだ。

 

 直哉は、改めて現在のガチャのステータス画面を見た。

 

『因果晶:16,000』

 

 直哉は、無言になった。

「…………」

 

 100連。

 まだ、100連分も石が残っている。

 

 今回だけで。

 本命の九条紫苑。

 そして、彼女を最強にする神刀《月白》。

 その両方を入手した。

 

 普通なら。

 ここで終わりだ。完全勝利。

 誰がどう見ても、満足して即座に撤退すべき大勝利の場面である。

 

 直哉も、頭ではそれは十分に分かっている。

 分かっているのだが。

 

 直哉の視線が。

 もう一度、九条紫苑の限定バナーへと戻ってしまった。

 

「…………」

 

 直哉は、紫苑のアイコンをタップし、ステータス画面を開く。

 そして、《因果共鳴》の項目を見た。

 

『九条紫苑《宵刃の巫女》』

 

『因果共鳴:0』

 

 直哉の喉が、ごくりと音を立てて鳴った。

 

(…………凸)

 

 そう。

 中華ゲーには。

 キャラクターを引いた後にも、まだ終わりのない『戦い』が待っているのだ。

 

 同じキャラクターを重ねて引く。

 因果共鳴の段階を進める。

 それによって、能力をさらに限界を超えて強化する。

 

 今までだって、セナや伊織の重複を引くたびに、因果共鳴の段階が進んでいくのを見てきた。

 

 なら。

 限定★5。Tier1。しかも専用武器込みでTier0.5。

 そんな、すでにぶっ壊れている九条紫苑を。

 

(……凸ったら)

 

 一体、どうなる?

 どんな恐ろしい追加効果が解放される?

 

 直哉の指が。

 再び、限定バナーの『10回集結』のボタンへと近づいていく。

 

「…………」

 

 だが、指が止まる。

 

 今、手元にあるのは16,000石。100連分。

 多い。滅茶苦茶多い。つい一時間前の直哉なら、泣いて喜ぶような大金だ。

 

 しかし。

 紫苑を一人引いた時点で、天井のシステムによる『次の★5はピックアップ確定』という保証は消滅している。

 再び、確率は五十パーセント。50/50の勝負に戻っているのだ。

 

 もしここで欲を出してすり抜ければ、またゼロから天井までの保証を作り直すという地獄の作業が始まる。

 

 しかも。

 今後、どんな魅力的な限定キャラクターが新しく実装されるのか、全く分からない。

 《因果集結クロニクル》は、キャラクターの所持数そのものが、現場での『戦術の幅』に直結する。

 

 前衛。遠距離狙撃。広域観測。時間停止。吸血神。そして今回、斬断特化。

 これまでだって、違う能力を持つキャラクターが増えるたびに、直哉の『できること』そのものが劇的に増えてきたのだ。

 

 つまり。

 一人を凸って極限まで強くするか。

 それとも、次の新しいキャラクターを取るために、この100連分の石を大切に残しておくか。

 

 直哉の顔が、激しい苦悶に歪んだ。

 

「…………」

 

「……つらい」

 

 つい数分前まで。

 目当ての限定キャラが来た。

 専用武器も来た。

 石も100連分残った。

 大歓喜の、人生最高のガチャタイムだったはずなのだ。

 

 なのに。

 

「なんで、大勝利して勝った直後に。こんな苦しい二択の選択させられてんだよ……!」

 

 誰も、彼に強制などしていない。

 完全に、ガチャゲーマーとしての自業自得の苦しみである。

 

 直哉は、ベッドの上で頭を抱えてのたうち回った。

 

(凸りたい……!!)

 紫苑を、誰よりも強くしたい。最強にしたい。

 

(でも、新キャラも絶対に欲しい……!!)

 持っていない、新しい能力のキャラクターを増やしたい。

 

(でも、限定の凸は、バナーが出ている『今』しか狙えないかもしれない……!)

 期間限定。この言葉が、ゲーマーの心に重くのしかかる。

 

(いや待て、もし次のガチャで、紫苑よりもっと好みのキャラが来たらどうする!?)

 黒髪ロングの和装刀娘を引いて大喜びした直後に、もう次の新しい女のことを考えている。

 最低の思考回路である。

 しかし、ガチャゲーマーとは、そういう悲しき生き物だった。

 

 直哉は、限定バナーを開く。

 閉じる。

 《キャラクター》の図鑑を開く。

 紫苑の立ち絵を見る。

 閉じる。

 また、限定バナーを開く。

 

「…………」

 

『10回集結』

 指を近づける。

 止める。

 離す。

 また、近づける。

 

「…………」

 

 直哉は、数分間その無意味な動作を繰り返し。

 

「いや……」

 

「今日は、やめよう」

 

 ようやく、血を吐くような思いで、その言葉を絞り出した。

 

 そして、画面を完全に閉じようとして。

 もう一度、バナーを開く。

 

「…………」

 

 閉じる。

 

「寝よう」

 

 また、開く。

 

「…………」

 

 直哉は、そのままベッドへ仰向けに倒れ、天井を見上げた。

 

 さっきまでの純粋な幸福感とは全く別種の。

 どうしようもなく楽しくて、そして途方もなく苦しい感情が、胸いっぱいに広がっている。

 

(ガチャって……)

 

 一拍、置く。

 

(石がなくて引けない時も地獄だけど)

 

(石が大量にある時も、普通に地獄だな……)

 

 直哉の視界の端には、システムが常に表示している数字がある。

 

『因果晶:16,000』

 

 その下には、黄金の枠。

『★★★★★ 九条紫苑《宵刃の巫女》』

 

 そして、メニューの隅には、未確認のまま放置されている通知。

『新規機能《並列集結》』

 

 直哉は。

 それら全部を、見なかったことにするように、布団を頭の先までスッポリと被った。

 

「……明日、考えよう。とりあえず、寝る」

 

 だが。

 目を固く閉じても。

 

 直哉の頭の中では、ずっと。

 

 凸るか。

 貯めるか。

 

 その二択だけが、朝までぐるぐると回り続けていた。




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