俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第45話 新キャラと新機能をまとめて検証します

 数日後。

 

 アメリカの異次元国家での大仕事を終え、十分に休息を取った直哉は。

 事前の日程調整通り、都内の八咫烏の能力検証施設へとやって来ていた。

 

 今日、ここで確認すべき事項は、大きく分けて三つある。

 

 一つ。新しく入手した限定★5キャラクター、九条紫苑《宵刃の巫女》の基本的な実能力の確認。

 二つ。彼女の専用武装である、神刀《月白》の性能確認。

 そして三つ目。あの二百連分の石と共に新しく解放された、謎の新規機能《並列集結》の仕様検証だ。

 

 厳重な防壁で囲まれた地下の安全区画。

 霧島は、いつもの冷静な管理官としての顔を保っていたが、今日ばかりは通常よりも遥かに慎重な空気を纏っていた。

 

「森川さん」

 

 霧島が、少しだけ声を潜めて確認する。

 

「……事前にメッセージで頂いていましたが。改めてお聞きします。その新しく引いたキャラクターの登録情報の画面には、本当にそう表示されていたのですね?」

 

 直哉は、真顔で頷いた。

 

「はい。俺も自分の目を疑って、何度も見直しました」

 

「紫苑単体の状態でも、Tier1。そして、専用の刀を装備した状態だと……『推定実効戦力・Tier0.5相当』と書いてありました」

 

 霧島は。

「…………」

 数秒間、完全に無言になった。

 

 そして、重い溜息をついた。

 

「……『Tier0.5』という呼称は、八咫烏の正式な行政の階級制度には存在しません。ですので正確な人数は断言できませんが、少なくとも私が資料上で把握している範囲では、日本国内に三人もいませんよ。そんな存在」

 

 直哉は驚いた。

 

「え、そんなに少ないんですか?」

 

 霧島は、言葉を選びながら言った。

 

「はい。少なくとも、行政側で存在を把握できている範囲では、その戦力帯に属する能力者は、そう何人も存在するようなものではありません」

 

 直哉の内心は、(うわ、俺のガチャから出た和装の女の子、国内でも数えるほどしかいない戦力帯のバケモノなのかよ……)と、少しだけ震えていた。

 

 まずは、何はともあれ、その九条紫苑への初変身からだ。

 

 安全区画の中央に立つ。

 直哉は、視界の《キャラクター》一覧から、紫苑のアイコンを選択した。

 

『【CHARACTER CHANGE】』

 

 その変身の演出は、今まで直哉が見てきたどのキャラクターとも違っていた。

 ヴェルミリアのようなおぞましい血液の渦でもなく。エレノアのような眩い黄金の粒子でもない。

 

 直哉の足元に、青白い『狐火』がポツリと数個浮かび上がった。

 それが、直哉の身体の周囲を、円を描くように静かに、そして素早く巡り始める。

 やがて、月光のような冷たく白い光の柱が直哉の身体を包み込み。

 

 光がスッと晴れると。

 そこに、九条紫苑が立っていた。

 

 艶やかな、腰まで届く長い黒髪。

 白と黒を基調とし、動きやすさと美しさを兼ね備えた巫女装束。

 166センチの、すらりとした長身。

 そして、静寂を感じさせる赤紫色の瞳。

 

 まだ専用武装を呼び出していないため、腰には彼女の通常武装である飾りのない太刀が差されている。

 

 霧島と、周囲に待機していた研究担当者たちが、一斉に手元の計測端末を確認し始めた。

 

 室内の因果律改変反応の数値。

 身体能力の出力。

 空間への圧力。

 

 しばらく、計器の音だけが静かな室内に響き。

 

 やがて、霧島が顔を上げた。

 

「……なるほど」

 

「森川さんのご報告通り、『Tier1』で間違いないようですね」

 

 直哉の内心は。

(おお……本当に、Tier1なんだ……)

 

 システム画面の表示を信用していなかったわけではない。

 だが、こうして現実の世界で、国家の専門機関から直接「あなたはTier1のバケモノです」と保証されると、その言葉の重みが全く違った。

 

 そのまま、紫苑の固有能力《宵刃》の簡易的な検証に移った。

 

 いきなり、施設の防壁や危険な呪物を全力で斬るような無茶はしない。

 検証用に用意された、一般的な金属板。

 次に、特殊な強化材。

 そして、別の能力者の防御能力によって強固に補強された試験対象。

 それらを、段階的に斬ってみる。

 

 紫苑が、腰の太刀を静かに抜く。

 まずは、能力を意識せず、ただの剣術として普通に斬りつける。

 金属板は両断された。純粋な身体能力と剣術だけでも、極めて高い戦闘力だ。

 

 次に。

 固有能力《宵刃》を意識して、対象を斬る。

『境界を認識して、そこに刃を通す』というイメージ。

 

『スッ』

 

 金属が斬れるような抵抗音は、全くしなかった。

 

 霧島たちが、切断された強化材と、能力による防壁の残骸を急いで計測する。

 

「……硬度そのものを、力で突破しているわけではない?」

 

 研究担当者が、モニターを見ながら報告する。

「はい。物理的な切断ではなく……切断された線に沿って、対象の構造的な『連続性』が、剣が触れるより先に失われています」

 

 霧島が頷く。

 

「事前のご説明の通りですね。『境界を認識して、そこに斬撃という結果を成立させる』能力。防御力という概念をすり抜けています」

 

 直哉の報告通り、現実でもその恐ろしい性質が確認された。

 

 ただし、ここでの試験はあくまで《月白》を装備していない、素の紫苑の状態だ。

 無理に限界を試すような試験は行わない。

 相手はTier1の能力だ。八咫烏側も、まずは「どういう性質の能力なのか」を安全に確認する程度に留めておくのが定石だった。

 

 次だ。

 

 直哉は、《武装》のタブを開き。

『★★★★★ 神刀《月白》』を呼び出した。

 

 紫苑の手に、白銀の太刀が握られる。

 月光を反射するような純白の刀身。淡い紫色の刃文が、呼吸するように怪しく光っている。

 

 その刀が出現した瞬間。

 八咫烏側の研究者たちの反応が、明らかに一変した。

 

「……数値が、跳ね上がりました」

「呪物検査、因果反応、計測不能のピークを越えました!」

 

 測定器がけたたましい警告音を鳴らし、担当者たちが慌てて長時間チェックのモードへと切り替える。

 

 数分後。

 担当者が、汗を拭いながら報告した。

 

「……間違いありません。この刀そのものが、極めて強力な呪物です」

 

 霧島が、少しだけ顔を引きつらせて紫苑に尋ねた。

 

「呪物、ですか?」

 

 紫苑が、静かに答える。

 

「はい。それも、私のこの能力と完全に同調する、極めて強力なものでございます」

 

 刀単体でも強い。

 だが、紫苑がこの《月白》を持った瞬間、計測される因果干渉の規模が急激に、爆発的に増大したのだ。

 

 霧島が、少しだけ顔を引き締めて言った。

 

「システムにあった『専用武装』という説明は、全くの誇張ではなさそうですね」

 

 そして。

 あの『推定実効戦力・Tier0.5相当』という恐るべき文言についても。

 現時点で、この狭い地下施設で、本当にそれだけの最大出力が出るのかどうかを試すわけにはいかない。

 もし本当に出たら、施設ごと空間が真っ二つになる可能性があるからだ。

 

 だから、ここでの結論は。

「Tier0.5を完全に実証した」ではなく、「少なくとも、通常のTier1の測定枠を明確に大きく外れる、異常な兆候が確認された」という程度に留めることになった。

 

 霧島が、慎重に提案した。

 

「……森川さん。ここで、この専用刀の最大出力を試すのは、やめておきましょう」

 

 紫苑は、刀を鞘に収めてコクリと頷いた。

 

「私も、その方がよろしいかと存じます」

 

 直哉の内心は。

(うわぁ……。八咫烏側から、ガチのトーンで『試すのはやめましょう』ってストップかけられる武器、マジで怖いな……)

 と、自分の手札のインフレ具合に少し引いていた。

 

 紫苑と《月白》の初期検証は、無事に終わった。

 

 ここからが、本日の本命の検証だ。

 

 霧島が、タブレットを操作しながら言った。

 

「では。もう一つの、新しいシステムの機能を確認しましょうか」

 

 直哉は、視界のメニューを開いた。

 あのアメリカからの帰国直後から、ずっと未読のまま放置していた詳細テキストを、ここで初めて開く。

 

『新規機能《並列集結》』

 

 システムの説明文が表示される。

 

『《並列集結》』

『編成中のキャラクターを、最大3名まで同時に集結(実体化)することが可能になります。』

 

『並列集結された各身体は、全て集結者本人として扱われます。』

 

 直哉は。

「…………」

 

 霧島が、横から画面の情報を聞いて、眉をひそめた。

 

「……全て、本人?」

 

 直哉は、さらに続きを読む。

 

『各身体は、独立して行動することが可能です。』

『各キャラクターの固有能力は、通常通りそれぞれの身体で使用できます。』

 

 直哉は。

「…………」

 

 霧島が、メガネの位置を直した。

 

「……とりあえず、試してみましょうか」

 

 直哉は、安全確認を優先し、現在編成に入れているキャラクターの中から、今回の検証に使う三名を選択した。

 

 九条紫苑。白峰レイジ。エレノア・ヴァイス。

 

 そして。

『並列集結』のボタンを、タップした。

 

 その瞬間。

 直哉の感覚が、突然、爆発的に『広がった』。

 

 一つだった視界が。

 パキッと割れるように、明確に三つに分かれたのだ。

 

 紫苑としての視界。

 レイジとしての視界。

 エレノアとしての視界。

 

 その三つの視界が、脳内で完全に並行して、同時に処理されている。

 そして、その三つの身体の感覚、呼吸、触覚。全てが、間違いなく『自分自身』のものとして存在している。

 

 身体が、三つある。

 それぞれが立っている場所も、少しずつ違う。

 互いの視界の端に、互いの姿が見えている。

 

 直哉の第一印象は。

 

(…………うわ)

 

(何これ、気持ち悪っ!?)

 

 だった。

 三つの視点が同時に存在するという、人間の脳の処理能力を完全に超えたバグのような状況。

 

 だが。

 直哉の頭が、三倍の処理でパンクして狂ってしまうようなことはなかった。

 非常に不自然で奇妙な感覚ではあるが、システム側で人間の脳でも処理できるように上手く調整してくれているらしく、直哉は三つの身体を『普通に』動かすことができた。

 

 紫苑が、スッと右手を上げる。

 レイジが、横を向く。

 エレノアが、一歩前へ歩き出す。

 

 全部、直哉の意思だ。

 全部、直哉自身だ。

 

 霧島は。

「…………」

 

 目の前に突如として現れた、紫苑、レイジ、エレノアの三人を見回して。

 少しだけ引きつった顔で言った。

 

「これは……森川さんの『分身』、ですか?」

 

 レイジの口から、低く落ち着いた声が出た。

 

「そのように見えますね」

 

 その声を発しているのも、直哉だ。

 同時に、そのレイジの声を自分の横で聞いている紫苑も、直哉だ。

 エレノアも、直哉だ。

 

 エレノアが、自分の白魚のような手を見つめながら言った。

 

「体感といたしましては……『自分が完全に三人になった』と申し上げるのが、最も事実に近い感覚でしょうか」

 

 レイジが頷く。

「私も、全く同じ感覚です」

 

 霧島は、三人の顔を順番に見て。

 

「……今喋っているのは、お二人とも、中身は森川さんなんですよね?」

 

 三人が、同時に、全く同じタイミングで、ピタッと霧島の方を見た。

 

 霧島は、一歩後退った。

 

「……ちょっと、怖いですね、それ」

 

 霧島は、慎重に確認を重ねた。

 

「森川さん。それぞれのキャラクターの『人格』が、独立して自動で動いているような感覚はありますか?」

 

 エレノアが即答する。

 

「一切ございません」

 

 レイジも答える。

 

「何を言い、どう動くかを判断しているのは、全て私一人の意思です」

 

 紫苑も、静かに頷いた。

 

 人格が三つに分裂したわけではない。

 キャラクターのAIが勝手に自律して動いているわけでもない。

 森川直哉という、たった一人の三十四歳の意識が、三つの別々の身体を、同時に自分の身体として持っているのだ。

 

 ただし。

 喋ろうとして発話する際には、これまで通り、それぞれのキャラクターのフィルターを通した言葉へと自動で変換される。

 

 だから、同じ直哉が同時に喋っているのに。

 レイジの渋い男言葉。エレノアの完璧なメイド言葉。紫苑の静かな和風の言葉。

 それぞれが、全く違う喋り方で会話を成立させているのだ。

 

 直哉本人にとっても、一人で三人芝居をしているようで、だいぶ奇妙でシュールな感覚だった。

 

 次に、三人同時に能力が正常に使えるかどうかの、簡易試験が行われた。

 

 レイジ。

 通常通り、身体能力と能力反応が正常に発揮されるか確認。問題なし。

 

 エレノア。

 周囲に影響が出ない安全な条件で、軽く《静刻歩》を発動してみる。

 正常。

 

 紫苑。

 《宵刃》の境界認識が作動するか確認。

 正常。

 

 霧島が、計測端末のデータを見ながら、感嘆の息を漏らした。

 

「……なるほど。これは驚きました」

 

「ただ単に、三つの身体を同時に外へ出せるというだけではないんですね」

「三名全員が、それぞれ一切の出力低下もなく、『完全な能力者』として個別に機能している」

 

 エレノアが答える。

 

「そのようでございますね」

 

 霧島は、本気で感心したように言った。

 

「森川さん、これは……かなり凄い能力ですよ」

 

 これまでは。

 直哉が一度に現場に出せる身体は、常に一人だけだった。

 編成に三人をセットしていても、状況に合わせて一人ずつ切り替えて使うことしかできなかった。

 

 だが、これからは。

 強力な能力を持つ三人が、同時に現場で戦えるのだ。

 

 霧島が、戦術的な見地から評価する。

 

「単純な足し算の計算はできませんが……少なくとも、森川さんが現場で取れる戦術の幅は、三倍どころの騒ぎではないでしょうね」

 

 そこで、霧島が当然の疑問を口にした。

 

「ところで」

「この並列集結している三人のうち、どなたが『本体』なんですか?」

 

 三人は。

「…………」

 顔を見合わせた。

 

 エレノアが言った。

 

「少々お待ちください」

 

 直哉は、三人の視界の端に浮かんでいるUIの、システム説明の続きを確認した。

 

『並列集結中に形成された全ての身体は、集結者本人です。』

 

『本体・分身体という区別は、存在しません。』

 

 エレノアが、顔を上げて報告した。

 

「……なるほど」

 

 霧島が首を傾げる。

「システムには何と?」

 

 エレノアが、極めて真面目に答えた。

 

「全員が、本体だそうです」

 

 霧島は。

「…………」

 

 レイジが、隣で言った。

「私も、本体です」

 

 紫苑も、静かに言った。

「私も、本体です」

 

 エレノアも、微笑んで言った。

「私もです」

 

 霧島は、額を押さえた。

 

「……余計に、意味が分からなくなりましたね」

 

 システム説明の、さらに続きを読み進める。

 そこには、重要な仕様が書かれていた。

 

『各身体のHPは、完全に個別に管理されます。』

 

『HPが0になった身体は、並列集結の状態から強制的に消失します。』

 

『最後の1体の集結身体のHPが0になり消失した場合、並列集結を終了し、通常の変身解除処理へと移行します。』

 

 直哉は、その説明を霧島へそのまま伝えた。

 

 霧島も、少し考え込んだ。

 

「……つまり」

 

「一人を安全な後方の場所に残しておけば。残りの二人を、最前線でかなり大胆で危険な運用ができるということですね」

「前線の二人がHP0になって消失しても、最後の一人が残っていれば並列集結そのものは終了しない」

 

 エレノアが頷いた。

「戦術的な可能性は、十分にございます」

 

 ただし。

 直哉は、これまでの経験から補足した。

 

「ですが、以前の私の能力の経験から考えますと。一度HPが0になって消失したキャラクターは、おそらくその日は回復するまで再使用できなくなるはずです」

 

 つまり、無限に増殖して使い捨てられる『無限残機』というわけではない。

 

 霧島は納得した。

 

「なるほど。一身体ごとの損失には、従来通り重いコストがあるわけですね。無敵の不死身というわけではないと」

 

 霧島は、少しだけ意地悪な笑みを浮かべて言った。

 

「でも、森川さん」

 

「これで、お仕事も『三倍』できますね」

 

 三人の直哉が。

「…………」

 一斉に無言になった。

 

 霧島が、淡々と業務のシミュレーションを語る。

 

「Aの現場で要人の護衛をしながら。同時にBの現場で広域観測を行い。さらにその間に、Cの現場で怪異と戦闘することもできる」

「本当に、羨ましいほど便利な能力ですね」

 

 エレノアが、少しだけ引きつった笑顔で返した。

 

「……そうでしょうか」

 

 直哉の内心は。

(仕事が三倍になることを『羨ましい』って言うなよ! 完全にブラック企業の管理職の発想じゃねえか!)

 と、かつてのブラック企業時代の記憶が少しだけ疼いていた。

 

 ただし。

 今の直哉の仕事は、誰かに強制されているわけではない。自分で選び、正当な報酬が出る契約仕事だ。断る自由もある。

 だから、本気で嫌がっているわけではない。

 

 むしろ。

 

(……これ、三件の仕事を同時にこなしたら、報酬の日本円も三件分同時に貰えるってことだよな……?)

 

 完全に、現金な三十四歳の発想だった。

 

 そして、直哉の思考はさらに飛躍する。

 

(てことは……仕事が三倍なら。システムからドロップする『因果晶の石』も、三倍になるのか……!?)

 

 直哉の目は、完全にガチャ欲に眩んでいた。

 

 検証の最後。

 エレノアが、ふと重要な疑問を口にした。

 

「霧島さん。もう一点、どうしても確認しておきたいことがございます」

 

「何でしょう」

 

「並列集結された、この三つの身体同士の。『最大維持距離』についてです」

 

 全員が、こうして同じ部屋の中にいる間は問題ない。

 だが。

 これが十メートル離れたらどうなる?

 百メートル。一キロ。十キロ。

 それとも、距離制限は一切なし?

 

 現時点では、システムUIのどこを見ても、『最大〇〇メートルまで』といった明確な距離表示は存在しなかった。

 

 霧島も、真剣な顔になった。

 

「確かに、それは作戦を立てる上で非常に重要ですね」

 

 もし、半径100メートル以内しか維持できないのであれば、あくまで『一つの現場での三人同時戦闘用』のスキルだ。

 だが、もし数十キロ以上離れても維持できるのであれば。

 霧島が冗談で言ったように、完全に『別々の現場で同時に活動できる』ことになる。

 この能力の戦術的、戦略的な意味合いが、全く変わってくるのだ。

 

 まずは、距離を測る前に、別の実験を行った。

 

 紫苑が言った。

 

「では、先に『この紫苑の身体だけ』、変身を解除してみます」

 

 霧島が頷く。

「お願いします」

 

 紫苑の身体だけが、青白い光に包まれて解除される。

 

 光が消えた後。

 そこには。

 

 三十四歳の男性、森川直哉本人が立っていた。

 

 そして、直哉の目の前には。

 白峰レイジ。

 エレノア・ヴァイス。

 二人のキャラクターが、そのまま消えずに残っていた。

 

 直哉は、自分自身の生身の肉体で、目の前の二人を見上げた。

 

「おー……」

 

 直哉は、レイジを見上げて呟いた。

 

「こうして生身の自分の目で見ると……レイジ、マジでデカくてイケメンだな……」

 

 次に、エレノアを見る。

 

「エレノアも、スタイル良すぎる美女メイドすぎるだろ……」

 

 霧島が、少しだけ笑って言った。

 

「まあ……お二人とも、客観的に見てかなり容姿が整っておられますからね」

 

 直哉は、少しだけ肩を落とした。

 

「なんか、中身は自分なのに。生身の自分が一番ショボく見えて悔しいな……」

 

 レイジが、低い声で言った。

 

「では、私も解除してみましょう」

 

 直哉の目の前で、レイジの身体が青白い光となって消える。

 

 だが、男性の直哉が二人になるわけではない。

 現在存在している直哉本人の生身の身体へと統合されるような形で、レイジの質量だけがフッと消失したのだ。

 

 残ったのは。

 三十四歳の森川直哉と。

 銀髪のエレノア。

 二人だけ。両方とも、直哉の意識だ。

 

 この奇妙すぎる光景を見て。

 霧島も、ついにため息をついて呟いた。

 

「……これを、『分身』という言葉で呼んでいいのかどうか。だんだん私にも怪しくなってきましたね」

 

 そして、いよいよ射程距離の試験だ。

 

 いきなり能力を使って遠距離へ転移するのではなく、普通の交通手段を使って、少しずつ距離を伸ばしていくことにした。

 

 エレノアが言う。

 

「では、私はこちらから離れてみます」

 

 直哉の本体が答える。

 

「頼む」

 

 霧島が指示を出す。

 

「一定距離ごとに、こちらへ状態を報告してください」

 

 エレノアは、八咫烏の地下施設を出た。

 徒歩で地上へ上がり。最寄りの駅へ向かい。普通の電車へと乗り込む。

 

 直哉の本体は、施設側の椅子に座ったままだ。

 だが。

 同時に。直哉の脳内には、電車に乗って吊り革に掴まっているエレノア側の視界も、ハッキリと存在している。

 

 極めて、奇妙な感覚。

 自分が、静かな地下施設の椅子に座っている。

 同時に、自分が、揺れる電車の中に立っている。

 

 景色が流れる。

 

 霧島が、施設にいる直哉へ尋ねた。

 

「森川さん。感覚は?」

 

 直哉は、目を閉じて答えた。

 

「あります」

「普通に、向こうの電車の窓からの景色も見えてます」

「ちょっと言葉では説明しづらいですけど……本当に、俺が同時に二か所に存在している感じです」

 

 数キロ。

 問題なし。

 

 十数キロ。

 問題なし。

 

 エレノアの身体も消えない。

 施設にいる直哉の本体にも、疲労や能力出力の低下のような変化は全くない。

 操作に支障が出るような視界の遅延も、体感上は確認できなかった。

 正確な遅延の有無までは、この場では測定できない。

 

 さらに、エレノアは電車を乗り継いで移動する。

 

 施設から、かなり離れた。

 東京都内の、全く別の地域。

 

 それでも、問題なし。

 

 霧島が、携帯で確認する。

 

「まだ、維持されていますね」

 

 直哉が答える。

 

「全然平気です」

 

 エレノア側も、電話で答える。

 

「こちらも、異常はございません」

 

 そして、いよいよ。

 エレノアを乗せた電車は、東京都の境界を越えた。

 

 東京都外へと出る。

 

 都境を越えても維持できるか。

 その確認になる。

 

 霧島も、少しだけ緊張した面持ちで結果を待った。

 

 だが。

 何も起きない。

 

 施設側の直哉。普通。

 電車側のエレノア。普通。

 

 どちらも、プツンと消えたりはしない。意識の接続も切れない。能力も正常に維持されている。

 

 霧島が、息を吐き出した。

 

「……都外へと出ても、問題なし、ですか」

 

 直哉が頷く。

 

「ですね」

 

 エレノアが電話口で言う。

 

「こちらも、何の違和感も、距離による減衰も感じられません」

 

 さらに、そこから多少距離を伸ばしてみたが。

 やはり、完全に維持されたままだった。

 

 夕方。

 検証は、いったんここで打ち切られることになった。

 

 理由は、極めて単純だ。

『限界が来なくて、消えないから』だ。

 今日の数時間の移動の範囲では、この能力の限界距離を見つけることはできなかった。

 

 施設に残っている直哉が、エレノア側の現在位置を意識しながら霧島へ尋ねた。

 

「霧島さん。結局、これ何キロまでいけるんですかね?」

 

 霧島は、首を横に振った。

 

「分かりません」

 

「少なくとも、『東京都内での同時任務』程度であれば、全く意味のある制限にはならないということが証明されました」

「そして、都外へ出ても完全に維持された」

 

 霧島は、タブレットに結論を打ち込んだ。

 

「現時点では、『最大維持距離・不明』と記録するしかありませんね」

 

 直哉が、冗談めかして言った。

 

「まさか、一人は東京にいて、もう一人は北海道にいる、みたいな全国規模の並列行動ができたりしませんよね?」

 

 霧島は、真顔で答えた。

 

「今の結果を見る限り、その可能性も否定できません」

 

 直哉は。

「…………」

 

 さらに言えば。

 一人が日本。もう一人が海外。

 あるいは、一人が現実世界で、もう一人が異界の中。

 そこまで行けるかもしれない。

 

 ただし、今日それを試すことはしない。

 まだ分からないことが多すぎる。射程は、恐ろしいほどの可能性を秘めたまま、未確定となった。

 

 検証の最後に。

 

 エレノア側が提案した。

 

「霧島さん。もしよろしければ、しばらくの間、この二人で分かれた状態のまま、日常生活を過ごしてみましょうか」

 

 直哉側も同意する。

 

「そうですね」

 

 数時間の短い試験だけでは、分からないことも多い。

 二倍の疲労が蓄積するのか。睡眠はどうなるのか。食事は両方で取る必要があるのか。数日間という長時間の維持は可能なのか。

 

 霧島は頷いた。

 

「有益なデータになると思います。ただし、決して無理のない範囲でお願いしますね」

 

 直哉は答えた。

 

「分かりました」

 

 そこで、今後しばらく、直哉自身が日常的に使ってみながら、少しずつその奇妙な仕様を探っていくという方針になった。

 

 施設の入り口。

 

 施設に残って霧島と話している、三十四歳の直哉。

 そして、遠くの帰りの電車に揺られている、エレノア。

 

 同時に、二人の自分。

 

 直哉は呟いた。

 

「…………」

 

 エレノア側の自分が、電車の窓の外の夕焼けを見る。

 施設側の自分は、目の前の霧島を見る。

 

 直哉は、少しだけ疲れた声で言った。

 

「……これ、そのうち慣れるんですかね……?」

 

 霧島は、全く同情していない声で返した。

 

「森川さんの適応力なら、そのうち普通に慣れるんじゃないですか?」

 

「雑ですね、励まし方が」

 

 直哉は、ふと、ある致命的な問題に気がついた。

 

「ところで、霧島さん」

 

「はい?」

 

「この後、エレノアが家に帰ったら。実家で、俺とエレノアが『鉢合わせ』するんですよね?」

 

 霧島は、当然のように頷いた。

 

「そうなりますね」

 

 直哉は、頭を抱えた。

 

「…………」

 

 自宅の、狭いリビングに。

 ジャージ姿の三十四歳の自分と。

 銀髪で長身の美女メイドの自分が。

 二人で並んで座っている図。

 

(……このまま二人で帰宅して、リビングで両親と鉢合わせしたら。俺、社会的に死ぬな)

 

 ここは、絶対に人目を避けなければならない。自分の家であっても油断は禁物だ。

 

 電車に乗っているエレノアが、通信越しに言った。

 

「では、実家の最寄り駅の近くで、帰宅前に一度合流して、解除いたしましょう」

 

 直哉が頷く。

 

「お願いします」

 

 一拍、置いて。

 

 直哉は、二つの視界を同時に処理しながら、改めて思った。

 

(俺……本当に、物理的に『増えた』んだな)

 

 視界の片方では、八咫烏の無機質な地下施設。

 もう片方では、東京から離れていく夕暮れの車窓。

 

 全く違う景色。全く違う身体。

 なのに。

 どちらの思考も、間違いなく『自分』なのだ。

 

 《並列集結》。

 それは、直哉が想像していたよりも遥かに便利で。

 そして、想像していたよりも遥かに、不気味で奇妙で『変な』機能だった。




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
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