俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
あの新キャラクター《九条紫苑》と、新規機能《並列集結》の仕様検証を八咫烏の地下施設で行ってから、数日が経過した。
直哉は、再び都内の八咫烏の施設へと足を運んでいた。
《並列集結》については、あの検証以降も、直哉が自宅にいる間などに『長時間維持のテスト』など、最低限の記録だけは取り続けている。
しかし、今日直哉がここに呼ばれた理由は、そういった能力の試験のためではない。
ごく普通に、『仕事の相談』のためだった。
霧島が、いつものように冷静な顔で、直哉の前に一台のタブレットを差し出した。
仕事の本題に入る前に、霧島が何気ない調子で切り出した。
「それと、森川さん。先日のアルビオン公国での作戦で使用された、あの『ヴェルミリア』という形態については、アメリカ政府側から正式に報告を受けています」
直哉は、少しだけ肩をすくめた。
「あ、もうそっちから連絡来てるんですね」
「はい。現地では、かなり『派手な』立ち回りをされたそうで」
直哉は、視線をスッと逸らした。
「……まあ、あそこの城は結構壊れました」
霧島が、何とも言えない微妙な顔をした。
「…………」
霧島も、それ以上は追求せず、すぐに本題へと戻った。
「本日は、能力の確認ではありません。お仕事の相談です」
直哉は、心底ホッとしたように息を吐いた。
「よかった。今日は、何を斬ったらどうなるとか、どこまで離れたら限界が来るとか、そういう神経を使うテストじゃないんですね」
「ええ。森川さんにも、そろそろ《並列集結》を実際の現場で使っていただいた方が、我々としても具体的な運用データが取れて参考になりますので」
直哉の内心は、(やっと、金が稼げる普通の仕事だ)と少し嬉しくなっていた。
霧島が、タブレットに今回の依頼の概要を表示させた。
「今回の依頼は、以前森川さんが《境留めの鉄楔》の輸送警護を行った、あの呪物の所有者側からです」
前回、白峰レイジの姿で襲撃を完璧に防ぎ、対象の呪物を無事に輸送しきったことから。
先方からの、八咫烏およびレイジに対する評価は、極めて高いものになっているらしい。
だから、今回の依頼にも。
「可能であれば、今回も白峰レイジさんにお願いしたい」という、強い指名が入っている。
直哉は、苦笑した。
「本当に、また名指しで指名が来たんだ……」
霧島が頷く。
「以前からお伝えしていた通り、先方からの白峰さんへの評価と信頼は、非常に高いですよ」
直哉の中では、未だに。
(その現場で完璧な仕事をしたのは、俺なんだけどなぁ……)という、自分のキャラクターに対する微妙な嫉妬がくすぶっていた。
だが、今回に限っては、少し事情が違った。
霧島が説明を続ける。
「ただし、今回の輸送対象は、一か所ではありません」
都内近郊にある、二つの別々の保管施設。
そこから、複数の高価値な呪物を、同じ一つの『最終保管施設』へと移すという、大規模な移送計画だ。
しかも。
保管施設側の受け入れ時間の制限や、道中の警備体制の都合により。
「二つの輸送隊を、ほぼ同時刻に出発させ、同時に進行させる」必要があるのだという。
本来、このようなケースであれば。
・第一輸送隊(A隊)に、上位の護衛能力者を一人。
・第二輸送隊(B隊)に、上位の護衛能力者を一人。
・そして、後方で全体を監視し、情報の連携を取るオペレーターの能力者を一人。
最低でも、三人以上のプロフェッショナルによる編成が必要になる。
依頼主は、最も重要なA隊の護衛に、白峰レイジを希望していた。
B隊については、八咫烏が別の実力ある能力者を用意する予定だった。
しかし。
霧島が、真っ直ぐに直哉の目を見て言った。
「森川さん。今のあなたなら、この大掛かりな依頼を……『一人で全て』引き受けることができます」
直哉は。
「…………」
一拍、置いた。
そして、冷静にツッコミを入れた。
「霧島さん、言い方がおかしいんですよ」
「『一人で全部やる』って言うと、ブラック企業のワンオペ夜勤みたいじゃないですか」
ここで、直哉は一つの現実的な疑問を確認した。
「でも、俺の八咫烏での登録上の扱いは、『森川直哉という一人の人間』ですよね」
「俺が三人同時に現場で働いて、契約とか保険の処理って大丈夫なんですか?」
霧島は、全く動じることなく普通に答えた。
「問題ありません」
即答だった。
直哉が「早いな」と感心する。
霧島によれば。
世の中には、分身能力者や、複数の身体・使役体を同時に運用する能力者が以前から存在している。
一人の登録主体が、複数の現場で同時に稼働するケースもあるし。
一人で複数人分の役割と責任を担って、一つの『チーム契約』として依頼をまるごと受けるケースも、すでに前例があるのだという。
だから、八咫烏の契約システム、活動記録、保険の適用、そして報酬の支払い処理などは、全てそういった事態にすでに対応済みだ。
直哉一人のために、わざわざ新しい行政の制度を作り直す必要はない。
霧島が、タブレットの契約書案を指差す。
「今回の場合は、『一件のチーム契約』として処理することができます」
「白峰レイジさんが、第一輸送隊の護衛」
「エレノア・ヴァイスさんが、第二輸送隊の護衛」
「御影千里さんが、後方からの広域観測支援」
「これで、合計『三稼働分』の契約となります」
直哉の顔が、少しだけ引きつった。
「三稼働分……」
嫌な単語だ。前職のブラック企業時代に、「今日はお前、三人分の仕事な」と理不尽に仕事を押し付けられた時の感覚が一瞬だけ蘇る。
(仕事が、三倍……)
だが。
霧島は、極めてクリアな声で宣言した。
「当然、報酬の額も。それぞれの稼働分が、個別に満額で計上されます」
直哉は、食い気味に即答した。
「受けます」
霧島が、少しだけ呆れたように言う。
「……森川さん、まだ具体的な金額を説明していませんが」
「聞きます。今すぐ聞きます」
この直哉の現金な即落ちに、霧島も小さく笑ってしまった。
霧島から、今回の報酬案が提示される。
今回は、アルビオンのような国家存亡の危機や、危険度の高い戦闘殲滅任務ではない。
あくまで、『特殊な物流の厳重な警備』だ。
ただし、三つのポジション全てに、Tier2級の専門的な能力を持つプロフェッショナルを配置するのだから、当然高額になる。
報酬案の内訳は、以下の通りだ。
白峰レイジ:800,000円
(第一輸送隊の主護衛)
エレノア・ヴァイス:700,000円
(第二輸送隊の主護衛、および緊急時の遊撃対応)
御影千里:500,000円
(両輸送隊への広域観測支援、および通信オペレート)
合計の基本報酬。
『2,000,000円』
実際に襲撃などが発生して戦闘行為に及んだ場合は、別途危険手当が加算される。
直哉は、その数字を見て息を呑んだ。
「二百万円……」
半日程度の仕事だ。
ただし、使役する身体は三人。
直哉の頭の中で、変な感覚が渦巻いていた。
(いや、三人分の働きを完璧にこなすんだから、三人分の報酬をもらうのは資本主義として当然なんだけど)
(でも、実際に動かしてる俺の意識は、『一人』なんだよな……)
そして、直哉は一つの恐ろしい真実に気がついた。
(これ、《並列集結》の機能がある限り。俺が本気で稼ごうと思えば、今までより圧倒的なペースで稼げるってことだよな……)
今回の編成は、以下の三名に決定した。
『白峰レイジ』
『エレノア・ヴァイス』
『御影千里』
直哉自身も、このラインナップを見て感心していた。
「これ、編成としてめちゃくちゃそれっぽくて綺麗だな」
ゲームのパーティで例えるなら。
前衛のタンク(レイジ)。
特殊対応の遊撃アタッカー(エレノア)。
そして、後方からの索敵支援(千里)。
完璧なバランスの、三人編成だ。
特に、千里の存在が大きい。
これまでは、直哉が千里に変身してオペレーター役をやっている間は、他のキャラクターを直接現場で動かすことはできなかった。
だが、今は違う。
千里の《天眼》で全体の戦況を俯瞰しながら。同時に、現場のレイジとエレノアを直接、自分の意思で完璧に動かせるのだ。
直哉は、改めてこの新機能の恐ろしい実用面に気がついた。
(これ、《並列集結》って、千里との相性が一番ヤバいんじゃないか?)
だが、今は長々と戦術分析をしている場合ではない。
今日は、仕事だ。
八咫烏施設内の、人目を制限した限定区画。
直哉は、そこで《並列集結》を発動させた。
青白い光が三つ弾ける。
御影千里。
白峰レイジ。
エレノア・ヴァイス。
三人が、同時にその場に立つ。そして、その全てが『直哉』だ。
直哉の意識の中に、三つの視界が同時に展開される。
だが、人間の脳とは思えない不思議な処理能力で、普通に違和感なく知覚できている。
千里は、施設の奥にあるオペレーションルームへと向かう。
レイジは、第一輸送隊の集合場所であるA施設へ。
エレノアは、第二輸送隊の集合場所であるB施設へ。
ここで、初めて。
『三つの身体が、一つの仕事のために、三つの方向へと散っていく』。
直哉自身が、その事実を強く実感して、内心で震えた。
(うわ)
(俺、本当に……三人で出勤してる……)
御影千里は、八咫烏施設内のオペレーションルームに入った。
そこは、壁一面に大きなモニターが並ぶ、ごく普通の支援室だ。
周囲には、八咫烏の正規職員たちも何人か待機している。
千里一人が、全ての業務を丸投げされてやるわけではない。
八咫烏側の職員たちが、
・リアルタイムの通行規制情報の取得。
・警察や道路管理側との裏の連携。
・車両のGPS位置情報の確認。
・輸送会社との事務的な連絡。
などを分担して担当する。
千里は、そこに。
『人間や機械では絶対に不可能な、広域の俯瞰観測情報』をピンポイントで追加していくのだ。
担当の職員が、千里に向かって言った。
「御影さん。二隊とも、出発の準備が完了したとのことです」
千里が、静かに答える。
「承知いたしました。これより、周辺状況の確認を開始いたします」
『《天眼》』
千里の視界が、一気に大きく広がる。
第一輸送隊の車両。
第二輸送隊の車両。
二つが通る予定の道路。交差点。沿道の建物。
そして、遥か遠方にある、最終的な合流地点となる保管施設。
その全てが、千里の意識の中に一つのジオラマのように観測対象として収まった。
そして、同時に。
千里が『上空から』見下ろしている、第一輸送隊の車列の中には。
『自分自身』である、白峰レイジが立っているのが見える。
もう一方の第二輸送隊の現場には、『自分自身』であるエレノアがいる。
直哉の内心は。
(……なんかこれ、完全にリアルタイムストラテジー(RTS)のゲーム画面みたいになってきたな)
と思っていた。
ただし、実際のゲームと違うのは。盤上の駒も、それを動かす指揮官も、全部が自分だということだ。
一方、レイジの視点。
第一輸送隊の集合場所。
そこには、以前の呪物輸送の際にも関わった、依頼主側の担当者である三枝(さえぐさ)の姿があった。
彼女は、レイジの長身の姿を見るなり、心底安堵したような顔になった。
「白峰さん。また今回もお願いできて、本当によかったです」
レイジは、低く落ち着いた声で返した。
「お任せください。必ず、無事に送り届けます」
中身の直哉は。(だから! レイジだと台詞がいちいち格好いいんだよ!)と突っ込んでいたが、依頼主からの信頼は絶大だった。
今回、レイジは先頭を走る警備車ではなく、最も重要な輸送対象の呪物を積んだ車両の、すぐ直近に配置された。
もし何かあった場合、「敵を追いかけて討伐する」ことよりも、「どんな攻撃からも貨物を守り抜く」ことを最優先とするためだ。前回の経験が活きている。
そして、エレノアの視点。
第一輸送隊から、数十キロ離れた場所にある別の保管施設。
エレノアも、第二輸送隊の車両のそばで待機していた。
こちらの現場担当者は、エレノアのことを『八咫烏から派遣されてきた、全く別人の能力者』として普通に扱っている。
「エレノアさん。本日は長丁場になりますが、よろしくお願いします」
エレノアは、完璧なメイドの礼をした。
「ええ。お任せくださいませ」
直哉の中では。
(レイジ側でも今、全く同じタイミングで「よろしくお願いします」って言われてるんだけどな)
という、極めて奇妙でシュールな感覚が渦巻いていた。
第二隊では、エレノアは特定の車両に固定されるのではなく、状況に応じて前後の車両へと自由に動ける『遊撃』のポジションを任された。
時間停止は、あくまで緊急時の切り札だ。無闇に連発して痕跡を残すようなことはしない。
ほぼ、同時刻。
第一隊、出発。
第二隊、出発。
千里も、本格的な観測を開始。
ここで、初めて実務として。
『三つの場所で、三つの作業を同時進行する直哉』という異常な状態が、本格的にスタートした。
千里は、空から全体の景色を俯瞰する。
レイジは、目の前の車列と、行き交う周囲の車両を警戒する。
エレノアは、数十キロ離れた別の道路の状況を監視する。
耳に入ってくる音も、三つ。
視界も、三つ。
風を感じる身体の感覚も、三つ。
それでも。
『今、どれが自分なのか分からなくなる』というような、人格の混乱は起きなかった。
全部が、自分だからだ。
直哉の感覚としては。
「一つの巨大なモニターを三分割して見ている」のではない。
「三つの普通のモニターを、それぞれ全く別の視界として、同時に普通の大きさで認識している」という感じだ。
直哉は、途中で考えるのをやめた。
(人間の脳の処理限界について深く考えても分からん。とにかく今は、目の前の仕事に集中しよう)
輸送が開始されてしばらくした頃。
最初の、小さな問題が起きた。
激しい戦闘ではない。
だが、『三人が同時に別の場所にいる意味』が、しっかりと発揮されるトラブルだった。
第二輸送隊の進行方向。
数キロ先の交差点。
千里の観測範囲内で、大型トラックと乗用車による、突発的な交通事故が発生した。
まだ起きたばかりで、警察の道路情報システムやナビの渋滞情報にも、完全には反映されていない。
だが、すでに車線が塞がり始め、渋滞の列が形成されつつあった。
千里が、それを上空から認識した瞬間。
当然ながら。
第二隊の車列に乗っている『エレノア側の直哉』にも、ほとんど同時に同じ情報が入ってくる。
エレノアの視線が、即座に運転席のナビの画面へと向いた。
隣に座っていた警備担当者が、不思議そうに尋ねる。
「どうされました?」
エレノアは、冷静に告げた。
「この数キロ先で、今しがた大きな交通事故が発生しております。渋滞に巻き込まれる前に、次の交差点から右折して、迂回した方がよろしいかと存じます」
担当者が、ポカンとする。
「事故? まだこちらには何も情報が入っていませんが……」
その直後だった。
車内の無線が鳴った。
『第二隊へ。こちら本部、御影さんより緊急の観測連絡。第二隊の進行方向、三キロ先で交通事故を確認。現在、迂回経路を――』
担当者が、目を見開いてエレノアを見た。
「……エレノアさん。もう、ご存じだったんですか?」
エレノアは、一瞬だけ言葉に詰まった。
直哉の内心が、(あ、ヤバ。千里から連絡来る前に言っちゃった)と焦る。
だが、キャラクターの完璧な口調が、自然にそれを処理した。
「ええ。後方の御影とは、常に『完璧な連携』が取れておりますので」
直哉は内心で、(嘘はついてない。究極のレベルで連携が取れている)と自分を納得させた。
ここで重要なのは。
直哉が『同じ意識を共有しているから、いちいち無線で連絡する必要はない!』といって、通信をサボるような真似はしなかったことだ。
現場には、八咫烏の職員や、民間の警備員といった『他人』がいる。
後でトラブルになった時のために、正式な業務上の記録も必要だ。
だから、千里は八咫烏のオペレーションルームから、ごく普通に無線のマイクを使って指示を出す。
「第二隊。次の交差点を右折してください。その先で、本来の経路へと安全に復帰可能です」
エレノアが、車内の無線機で真面目に返事をする。
「承知いたしました」
直哉の内心。
(いや、もう知ってるけどな)
だが、業務上、このやり取りは絶対に必要だ。
これで。
『内部の自分自身の意識では、ほとんど同時に情報を共有しつつ。外部のチームとの仕事では、普通の通信プロセスもきちんと維持する』という、極めて使いやすい運用ルールが確立された。
第二隊が、千里の指示でスムーズに迂回処理をしている、ほぼ同じ時刻。
第一隊の方でも、動きがあった。
レイジ側の視界。
後方から、同じ黒いワゴン車が。二度、三度と、同じ曲がり方をして、一定の距離を保ったままついてきている。
レイジ側でも、当然バックミラー越しにその不審な動きは見えている。
だが、直哉はすぐに「敵だ! 襲撃だ!」と過剰反応して剣を抜くようなことはしなかった。
(……ただの尾行か? それとも偶然か?)
ここで、千里側の視点へと意識を向ける。
上空から、より広く、客観的にその黒いワゴン車を観察する。
千里が、八咫烏の職員へ声をかける。
「第一隊の後方、約百メートル。黒色のワゴン車が追尾しています。念のため、ナンバーの確認をお願いします」
職員が、システムで即座にナンバーを照会する。
数分後、結果が出た。
「確認しました。近隣の企業の、ごく普通の営業車です。配送の目的地が、途中まで同じルートだっただけのようです」
実際、数分後には、そのワゴン車は全く別の方向へと交差点を曲がっていった。
レイジも、当然それを追いかけたりはしない。
直哉は、内心でホッとした。
(危な……。強力な戦闘能力とか警戒心を持つと、ちょっとでも怪しい奴が全部敵に見えそうになるな)
ここで。
強力な『観測能力』があったとしても。
観測=相手の本当の意図まで全て透視できるわけではない、という事実も、直哉の中で自然に維持された。
輸送の中盤。
明確な襲撃事件は、起きていない。
でも、直哉は死ぬほど忙しかった。
千里が報告する。
「第一隊、現在予定通り進行中」
同時に。
エレノア側で、現場担当者から声がかかる。
「エレノアさん、次の合流地点まであと十五分です」
さらに、レイジ側では。
「白峰さん。念のため、貨物の状態の確認をお願いします」
三つの場所で、三つの要求に、それぞれ別々の口調で同時に対応する。
直哉の意識は、完全にフル回転だった。
(これ……全く息を抜く暇がないぞ)
一人のキャラクターだけで現場に出ている時なら、車での移動中に、少しだけぼんやりと窓の外の景色を見る時間もあった。
だが、三人いると。
一人が暇な移動時間でも、別の自分がどこかで何かの作業をしているのだ。
直哉は、深く実感した。
(これ、仕事の量としては、マジで純粋に三倍に増えるな……)
だが。
不思議と、嫌な気分ではなかった。
理由は、極めて単純だ。
「三人分の仕事をしろ」と、会社から理不尽に強制されているわけではないからだ。
自分で、受けた。
自分で、断ることもできた。
拘束される時間も、手に入る報酬も、最初から全て明示され、納得した上で働いている。
前職のブラック企業との、決定的な違いだ。
(同じ「仕事量が三倍に増える」でも。こんなにも、気分の良さが全然違うんだな……)
直哉は、その違いを噛み締めながら、三つの仕事を同時にこなし続けた。
やがて。
二つの輸送隊が、ほぼ予定通りの時刻に、最終的な搬入施設へと到着した。
第一隊が、先に到着。
レイジが車から降り、貨物周辺の安全を確保して周囲を警戒する。
少し遅れて、第二隊が到着。
エレノアが車から降りる。
そして。
白峰レイジと、エレノア・ヴァイスが。
同じ施設の、同じ場所に、同時に立った。
一般の依頼関係者たちにとっては、これは初めて見る光景だ。
もちろん、誰も。
「あれ? この二人、実は同じ三十四歳のおっさんが変身してる同一人物なんじゃないか?」
などと、疑う者は一人もいなかった。
逆だ。
完全に、別々の、それぞれに優秀な二人のプロフェッショナル。
第一隊の担当者である三枝が、エレノアに声をかけた。
「エレノアさんも、無事の到着、お疲れ様でした」
エレノアは、優雅に一礼した。
「恐れ入ります。そちらもご無事で何よりです」
レイジは、そのエレノアの横で、無言で腕を組んで普通に立っている。
直哉の内心は。
(そりゃ、こんな絵面を見せられたら、ますます別人だと思うよな……)
と、一人で妙に納得していた。
最後の、保管庫への搬入作業が開始される。
施設の職員が、二人に指示を出そうとした。
「ええと、白峰さんはこちらの通路の警戒を……」
と言いかけた、その時だった。
その時点では、すでに千里の《天眼》で、搬入口や通路、施設周辺の状況までまとめて確認できていた。
その情報を共有しているレイジは、職員が指示を出し終える前に、必要な警戒位置へと無言で移動していた。
別の職員がエレノアへ指示を出そうとする前に。
エレノアも、レイジとは別方向を警戒できる位置へと、流れるようにスッと移動を完了させていた。
依頼主側の責任者たちが、目を丸くした。
「……お二人とも、初めて組むはずなのに、かなり完璧に連携が取れてますね」
レイジが、前を見据えたまま低く答える。
「問題ありません」
エレノアが、微笑んで答える。
「互いの動きの意図は、完全に把握しておりますので」
直哉の内心。
(把握どころか、動かしてるの中身全部俺だからな)
と、一人で少しだけ笑っていた。
最後の貨物が、無事に地下の保管区画へと収められた。
八咫烏のオペレーションルームにいる千里が。
遠隔から、施設周辺の状況を最終確認する。異常なし。
千里が、八咫烏の担当者へ報告する。
「外周、搬入口、周辺道路。現時点で、不審な動きは確認されておりません」
作業完了だ。
現場の担当者が、無線のマイクを取る。
「御影さんも、長時間のサポート、お疲れ様でした」
千里が、静かに答える。
「お疲れ様でした」
そして、同時に。
現場にいるレイジとエレノアの耳にも、その千里の声がインカム越しに聞こえている。
直哉は。
(自分に向かって、自分で「お疲れ様」って言いたくなってきたな……)
と、三人の自分を褒め称えていた。
全ての輸送が終了した。
盗難なし。
事故なし。
戦闘なし。
完全に、予定時間内での完璧なミッション成功。
依頼主側の責任者が、レイジとエレノアの前に立ち、深々と頭を下げた。
さらに、無線越しの千里にも向かって、丁寧な礼を述べる。
そして。
責任者が、本心から頼み込むように言った。
「今後、また同種の重要な輸送がある場合も。可能であれば、今回と同じ『この三名様のチーム』に、ぜひお願いできますでしょうか?」
直哉は。
レイジの身体。エレノアの身体。千里の身体。
三つ同時に。
(マジか。チーム単位でリピート来た)
と思った。
だが、三人の口から出力される言葉は、それぞれ見事に違った。
レイジ。
「必要であれば、対応いたします」
エレノア。
「ご用命いただけましたら、喜んで」
千里。
「日程の都合が合えば、対応可能です」
直哉は、全部自分の意思で喋っているのに、このシュールすぎる光景に一人でジワジワきていた。
仕事が終了した後。
八咫烏の地下施設。
三人が、同じ施設へと戻ってきた。
一般職員の立ち入りが制限された限定区画で、直哉は《並列集結》を解除した。
三つの身体が、青白い光となって一つに統合される。
最後に残ったのは。
生身の、三十四歳の森川直哉、一人。
直哉は、急に視界が一つだけになったことで、思わずよろめきそうになった。
「……狭い」
直哉は、両手で自分の顔を覆って呟いた。
霧島が、不思議そうに首を傾げた。
「狭い?」
「いや、さっきまで三つの視界があったのに。急に視界が一個だけになると、なんか世界が急に狭く感じて……」
霧島が、何とも言えない微妙な顔で突っ込んだ。
「……森川さん。つい数日前まで、あなたの人生にとって、それが『普通』だったんですよ」
直哉は、ハッとして笑った。
「……ですよね」
身体感覚や、世界の認識そのものが、システムによって確実に少しずつ変容し始めている。
直哉は、それを軽い笑いで誤魔化した。
そして、いよいよ。
待ちに待った、報酬の精算処理だ。
霧島が、タブレットに業務完了の承認を入力する。
『第一輸送隊護衛:800,000円』
『第二輸送隊護衛:700,000円』
『広域観測支援:500,000円』
合計:2,000,000円。
直哉は、タブレットの数字を見て。
「…………」
「本当に、二百万満額で振り込まれるんですね」
霧島が、当然のように頷く。
「ええ。三つの役割を、全て正常に、かつ完璧に完了されていますので。当然の対価です」
直哉は、喉を鳴らした。
「いや、頭では分かってるんですけど」
自分の口座へ、半日の仕事で、三人分の報酬が振り込まれる。
霧島が、最後に今後の働き方について説明した。
これからは。
・一人だけを出して現場へ向かう、通常の案件。
・二つの身体を同時に使う案件。
・今回のように、三つの身体で一つのチームを組んで請け負う案件。
・全く別の、二つ以上の案件を、別の場所で同時に受ける形式。
その全てが、八咫烏のシステム上で選べるようになる。
もちろん、どの形式を選ぶかは、直哉本人の判断次第だ。
霧島が、釘を刺すように言った。
「森川さん。《並列集結》が使えるからといって、常に毎日三人分、限界まで働く必要はありませんからね」
直哉は、即答した。
「それは、絶対に守ります。俺自身の命のルールとして」
「『お前は三人分働ける能力があるんだから、毎日三人分働けよ』なんて言われ始めたら。一気に前職のブラック企業のトラウマがフラッシュバックして、逃げ出すので」
霧島は、苦笑した。
「ご安心ください。八咫烏は、能力者に対してそのような非人道的な運用を強制することはありませんよ」
直哉は、深く息を吐いた。
「それなら、安心です」
帰宅。
自室に戻った直哉は、ベッドに倒れ込みながら、《因果集結クロニクル》の編成画面を開いた。
三つの枠。
『御影千里』
『白峰レイジ』
『エレノア・ヴァイス』
これまでは。
ゲームの画面上だけの、ただの『パーティ編成』だと思っていた。
でも、今日。
本当に。
一人は、司令室で。
一人は、第一輸送隊で。
一人は、第二輸送隊で。
三人で、一つの仕事を完璧に成し遂げた。
直哉は、画面を見つめて呟いた。
「……とうとう、このゲームの編成画面が。そのまま、俺の『勤務表』みたいになってきたな」
直哉は、少しだけ考えて。
スマートフォンの銀行アプリを開いた。
今日の仕事だけで、報酬二百万円。
直哉は。
「…………」
もう一度、編成画面を見る。
「いや」
「便利すぎるだろ、これ」
最後に、直哉の頭の中に、ほんの少しだけガチャ脳の欲が顔を出した。
「……あとはこれで。システムから出る『石』まで、三人分になって三倍に増えてくれれば、完璧なんだけどな……」
直哉は、期待を込めて視界の右上を見つめた。
しかし。
システムは、完全な無反応だった。沈黙している。
そもそも、今回は因果変動の判定自体が発生していない。石は0だ。
直哉は、一人で苦笑して、画面を閉じた。
「……ですよね」
世の中、そこまで甘くはできていないらしい。
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