俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第49話 仕事の優先順位を間違えないようにします

 倉庫の上空に、突如として創造された巨大な石柱。

 直径数メートル、長さ十数メートルにも及ぶその巨大な質量が、紫苑と、彼女の背後に立つ十一名の石化した警官たちへ向けて、凄まじい轟音と共に落下してきた。

 

 直哉は、千里、レイジ、紫苑という三つの身体全てを通じて、その絶望的な状況を同時に認識していた。

 

(でっか!? 避けれねえじゃんこんなの!!)

 

 いや。紫苑単体であれば、絶対に避けられる。

 Tier1の規格外の身体能力があれば、あんな大質量の落下攻撃など、軽く数歩横へ跳躍するだけで完全に回避できるのだ。

 

 だが。

 紫苑の視線が、一瞬だけ背後へと向いた。

 

 そこには、身動き一つとれない、無防備な十一名の石像たち。

 そして、彼らを守るために周囲を囲んでいる、すでに疲弊しきった警察の能力者班がいる。

 

 直哉の内心は、瞬時に最悪の計算を弾き出した。

 

(俺が避ければ、俺は助かる)

(でも、避けた瞬間……後ろの石化した人たちが、全員まとめて跡形もなくペシャンコに潰される!!)

 

 直哉の思考から、一切の迷いが消え去った。

 

(だったら――やるしかねえだろ!!)

 

 紫苑が、腰の太刀を静かに抜く。

 その顔には、焦りも恐怖もない。ただ、冷徹なまでの静けさがあった。

 

「《月影一閃》」

 

 最初の一閃。

 

 紫苑の瞳が、落下してくる巨大な石柱の中に存在する『構造の境界』を正確に捉える。

 物理的な硬度や質量など関係ない。ただ、その巨大な物体を両断する『線』を引き、刃を通すだけだ。

 

 音もなく。

 巨大な石柱が、縦方向に見事に真っ二つに切断された。

 

 だが。

 直哉は、自分の放った一撃の結果を見て、すぐに気がついた。

 

(ダメだ!)

(斬っただけじゃ、質量そのものが消滅するわけじゃない!)

 

 真っ二つになった巨大な石の塊が、そのままの勢いで警官たちの方へと落ちてくる。

 一つの塊だった時よりも、むしろ落下範囲が広がり、さらに危険な散弾のようになって降り注ごうとしているのだ。

 

 紫苑は、全く動揺することなく、即座に次の一手へと移行した。

 

「《無明連閃》」

 

 一閃。

 二閃。

 三閃。

 十数回の、視認できないほどの超音速の斬撃の嵐。

 

 空中にあった巨大な石柱が、次々と、サイコロのように細分化されて斬り刻まれていく。

 だが、直哉は決して闇雲に刀を振り回しているわけではなかった。

 

 紫苑の圧倒的な身体能力と、直哉の冷静な判断力。

 落ちてくる破片の軌道を瞬時に計算し。

 大きな破片は、警官たちのいない左右の無人区画へと意図的に落とすように斬撃の角度を調整する。

 

 そして、それでも警官たちの方へ向かって落ちてくる致命的な軌道の破片だけを、さらに細かく、細かく切断していく。

 

 最後。

 拳大の石片が一つ、石化した警官の顔面へ向かって真っ直ぐに飛んでいくのが見えた。

 当たれば、石の顔面が砕けるかもしれない。

 

 紫苑が、半歩だけ鋭く踏み込んだ。

 太刀の切っ先を、ほんの数ミリだけ動かす。

 

『パキンッ』

 

 その小さな石片が、空中で真っ二つに割れ、警官の両耳の横をスレスレに通り抜けて、背後の床へと落下した。

 

『ズドドドドドドドドッ――!!!』

 

 凄まじい轟音が響き渡る。

 大量の石の破片が倉庫の床を激しく叩き、建物全体が地震のように大きく震えた。

 もうもうと舞い上がる土埃。

 

 しかし。

 

 数秒後、土埃が晴れた時。

 十一名の石化した警官たちには。

 ただの一つの石片も、傷一つも、当たってはいなかった。

 

 直哉は。

(危なっ……!)

(マジで危なかった……! 心臓止まるかと思ったわ!)

 と、内心で冷や汗を拭っていた。

 

 倉庫の最奥。

 

 巨大な空間ゲートを創造した金髪のギャルは、遠くからその信じられない光景の結果を確認していた。

 

 自分の放った巨大な石柱の質量攻撃が、たった一人の剣士によって完全に処理されたのだ。

 

 彼女は、少しだけ目を丸くして呟いた。

 

「うわぁ」

 

「マジで全部切り刻んだよ、あの巫女。バケモノじゃん」

 

 そして、彼女は少しだけ苦笑した。

 

「やっぱウチ、ああいう理不尽に強い脳筋タイプ、マジで相性悪くて嫌いだわー」

 

 だが、彼女の顔に焦りの色は全くなかった。

 彼女の背後では、部下たちが重要な呪物の入ったケースを、次々とゲートの向こう側へと運び込んでいる。

 

 彼女にとって、今の石柱の攻撃は。あの厄介なTier1の巫女を『倒す』ためのものではなかった。

 ただ、彼女の足を止めて、撤収のための『数十秒の時間を稼げれば』それでよかったのだ。

 

 ギャルが、面倒くさそうに指を振る。

 

『ゴゴゴゴッ!』

 新たに、倉庫の床から巨大なコンクリートの防壁が何枚も生成され、紫苑へと続く通路そのものを物理的に塞ぐ。

 さらに、左右の壁からは鋭い金属の柱が飛び出し、紫苑の進路を複雑な迷路のように遮断していく。

 

 ただ紫苑へ直接攻撃をぶつけるだけでなく、進路を塞ぎ、後方の石化警官側へと攻撃の余波を逸らし続けることで。

「紫苑が仲間を守らざるを得ない状況」を作り出し、こちらへ追跡してこられないように完全に足止めしているのだ。

 

 ギャルが、楽しそうに笑う。

 

「別に、勝たなくていいからねー」

「ウチらが安全に帰る時間だけあれば、それで仕事終わりだし」

 

 彼女は、決して戦闘狂などではない。

 極めて実務的で、合理的な現場指揮官だった。

 

 その頃。

 レイジ側でも、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 レイジは、警察の能力者班の前線を押し上げ、敵のTier3級の犯罪者を一人叩き伏せて警察へ引き渡していた。

 そして、さらに奥へと進もうと通路の角を曲がった、その時だった。

 

 通路の向こう側に、一人の男が立っている。

 

 年齢は三十前後。長めのコートを着て、手には短い杖にも見える細長い呪具を持っている。

 直哉の第一印象は。

 

(うわ。なんか、めちゃくちゃファンタジーの『魔法使い』っぽい奴出てきたな)

 

 しかし、男自身の能力は、既存の魔術体系とは異なる彼だけの固有能力のようだった。

 炎、水、氷、土など、全く性質の異なる複数の現象を、次々と発生させることができるらしい。

 

 男が、レイジの姿を見た。

 一瞬。

 

 男の顔が、この世の終わりでも見たかのように、ものすごく嫌そうな顔に歪んだ。

 

「……嘘だろ」

「よりによって、あいつかよ! なんで白峰レイジがこんなところに湧いてんだよ!!」

 

 直哉の内心は。

(え、俺のこと知ってるの?)

 と少し驚いた。

 

 どうやら、あの蛇神の降臨事件や、《境留めの鉄楔》の襲撃防衛の一件を通じて。裏社会の界隈では、『白峰レイジ』というバケモノの情報がかなり出回ってしまっているらしい。

 

 レイジが、大剣を静かに構えた。

 

「投降を勧告します」

 

 男が、顔を引きつらせて叫んだ。

 

「するかバカ!! お前相手に捕まったら死ぬまでタダ働きさせられるに決まってんだろ!」

 

 男の手元から、巨大な炎が噴き出した。

 それは、一本の鋭い炎の槍となって、レイジへと向かって一直線に飛んでくる。

 

 レイジが、法剣を振るって防御の体勢をとる。

 しかし、その炎の出力は直哉の予想以上だった。

 完全には軌道を逸らし切れず、炎の一部がレイジの肩口へと直撃する。

 

『ドスッ!』

 

 重厚な法服が焦げ、システムUIのHPが少しだけ削られた。

 

 直哉は。

(うお、結構重いなこいつの攻撃!)

 

 システムが、無機質に処理を完了する。

 

『《判例》登録:高熱燃焼事象』

 

 男が、二発目の炎の槍を放つ。

 レイジは、今度は剣で防ぐことすらせず、そのまま無防備に身体で受けた。

 

 だが。

 今度は、炎がレイジの身体へ触れた瞬間。

 まるで水でもかけられたかのように、急速に勢いを失い、ただの温かい空気となって霧散した。

 

 男が、それを見て顔を歪めた。

 

「……やっぱりな! 噂通りの理不尽な適応能力かよ!」

 

 だが、男は。

 自分の最強の攻撃が効かなかったことに「バカな!」と驚いて立ち尽くすような、三流の悪役ではなかった。

 

 すぐに、攻撃の属性を完全に変更したのだ。

 

 レイジの足元から、突如として高圧の水流が噴き出した。

 

 初見の攻撃だ。

 レイジの巨体が、そのすさまじい水圧によって真横へと強引に押し流される。

 そのまま、コンクリートの壁へと激突した。

 

『《判例》登録:高圧水流事象』

 

 直哉が、体勢を立て直そうとする。

 だが、男は決して『二発目の水』は撃ってこなかった。

 

 直哉は、ハッとした。

 

(こいつ――)

(もう、レイジの能力の仕様を完全に理解したのか!?)

 

 レイジが、距離を詰めようと前進する。

 男は、巧みに後退しながら、次々と全く異なる現象を切り替えて放ってきた。

 

 まず、氷。

 通路の床が一気に凍結し、レイジの足が氷漬けにされて固定される。

 直哉が、力任せに氷を砕いて進む。

 これで、氷も《判例》に登録された。二度目は効かない。

 

 次。土。

 床のコンクリートが隆起し、鋭い土の槍となって下から襲ってくる。

 一本目が、レイジの脇腹を浅く切り裂く。HPが減少。

 しかし、男が立て続けに放った二本目の土の槍は、レイジの身体へ届く前にポロポロと崩壊して砂に戻った。

 

 さらに。闇。

 男の周囲から、真っ黒な靄のような現象が広がる。

 レイジの視界が完全に潰され、一瞬だけ完全な暗闇に包まれる。

 その一瞬の隙に、男がさらにレイジから距離を取る。

 だが、これも《判例》に登録された。二度目からは、同じ黒い領域の中にいても、レイジの視覚情報が阻害されることはなくなる。

 

 男が、叫んだ。

 

「炎、ダメ!」

「水も、もう覚えたな!」

「氷もダメ!」

「土もダメ!」

「闇の目くらましまで効かなくなった!!」

 

 レイジが、表情一つ変えずに、淡々と前進を続ける。

 

 男が、半泣きのような声で絶叫した。

 

「お前それ、マジで反則だろ!!」

「このチートイケメン野郎が!! ゲームバランス考えろ!!」

 

 レイジが、低く落ち着いた声で返す。

 

「褒め言葉として、受け取っておきましょう」

 

 直哉の内心が突っ込む。

(そこで相手を煽るな!! お前は本当に外面だけは良いな!)

 

 コメディ調のやり取りではあったが。

 直哉は、決して相手の男を軽く見てはいなかった。

 

(こいつ……強いな)

 

 Tier2。単純な攻撃力の出力だけではない。

 レイジの《既判適応》の仕組みを、最初の炎一発だけでほぼ見抜き。

 同じ手を二度は繰り返さず、「一回だけ通る初見の攻撃」を次々とローテーションで切り替えることで。

 レイジを倒すのではなく、『進ませない』という目的に特化しているのだ。

 

 目的が、非常に明確だ。

 

 レイジが一歩進むたびに、男は新しい現象を一つ切って足止めする。

 結果として。レイジは全ての攻撃を無効化して圧倒的に勝っているように見えるが。

 実際には、一歩も前へと進ませてもらえていないのだ。

 

 直哉は、状況を冷静に分析した。

 

(こいつの目的も、俺を倒すことじゃない)

(完全に、時間稼ぎだ)

 

 千里の視界では、その間にも、奥のゲートへと価値の高い呪物ケースが次々と運ばれ、撤収作業が進んでいるのが見えていた。

 

 紫苑側の視界。

 

 紫苑は、創造された強固なコンクリートの壁を斬り。

 飛び出してくる金属柱を斬り。

 次々と目の前に展開される障害物を処理しながら、少しずつ、だが確実に前へと進んでいた。

 

 その障害物の向こうには、Tier1のギャルの姿がある。

 さらにその後ろには、逃走用の巨大なゲート。

 

 距離は、確実に縮まっている。

 

 直哉の内心は、熱くなっていた。

(いける)

(このままのペースで追えば、あいつが逃げる前に間に合うかもしれない)

 

 特に、紫苑の《宵刃》であれば。

 逃走用のゲートそのものではなく、「こちらの空間と、向こう側の空間を繋いでいる『接続』」という概念の境界を認識できれば、ゲート自体を斬り裂いて閉じることもできる可能性がある。

 

 ここでゲートを斬れれば、敵の撤退を完全に阻止できる。

 盗まれた貴重な呪物も、全て回収できる。

 そして、この忌々しいTier1のギャルも、捕まえられるかもしれない。

 

 直哉の、生粋のゲーマー的な感覚が。

「ここでボスを逃がしたくない」「フルコンプで勝ちたい」と、欲を出して囁いていた。

 

 だが。

 

 ギャルが、また嫌らしい攻撃を放ってきた。

 

 紫苑の頭上を越える、無数の金属の槍。

 それは紫苑を狙ったものではない。

 紫苑の横をすり抜け、その後方――石化している警官たちへ向かって降り注ぐ軌道だった。

 

 紫苑が、舌打ちをして即座に振り返る。

 

 一閃。

 金属の槍を、全て空中で斬り落とす。迎撃は完璧だ。

 

 だが、そこで。

 紫苑の足が、完全に止まってしまった。

 

 直哉は、改めて、後方にいる石化した警官たちを見た。

 

 十一人。

 全員、身動き一つとれない。呼吸もない。

 本当に、無事に元の姿へ戻せるのかすら、まだ分からないのだ。

 

 彼らを守っている警察の能力者班も、先ほどの戦闘で負傷者が増え、疲労の色が濃い。

 レイジは、別の強敵である多属性の男に足止めされている。

 

 もし、ここで。紫苑までが、敵のボスを追ってさらに奥へと進んでしまったら。

 この場所を確実に守り切れる高位能力者が、誰もいなくなる。

 

 直哉の頭の中に、一瞬だけ。

(警官たちをここに置いて、俺が一人で奥へ追えば――敵のボスを捕まえられる)

 という、非情な考えが浮かんだ。

 

 だが。

 

 直哉自身が、即座にその考えを全力で否定した。

 

(いや)

(そんなこと、できるわけないだろ)

 

(目標を、間違えるな)

 

(俺たちは、あいつら犯罪者をブチのめして全滅させるために、呼ばれたんじゃない)

(警察の人たちの、命を守る『支援』に来たんだ)

 

 さらに、直哉は理詰めで自分を納得させる。

 

(最悪、敵のボスには逃げられてもいい)

(盗まれた呪物を全部持っていかれても、また後からいくらでも追える。八咫烏の仕事だ)

(でも。ここで、あの石になった人たちの誰かが壊れて死んだら。それは、二度と取り返しがつかないんだぞ)

 

 結論は、出た。

 被害者を、これ以上絶対に一人も出さない。

 それこそが、直哉の第一優先の仕事だった。

 

 直哉は、紫苑の身体で。

 逃げるギャルの方へと向いていた身体を、クルリと反転させた。

 そして、再び石化警官たちの前へと戻り、刀を構えて立ち塞がった。

 

(俺は、追わない)

 

 ギャルは、遠くからその紫苑の動きを見ていた。

 

 追撃してこない。

 また、石像の前へと戻って防御の構えをとった。

 

 女は、少しだけ感心したように眉を上げた。

 

「へえ。……意外と、ちゃんとした仕事人なんだ」

 

 彼女は、それ以上は語らなかった。

 敵の内心や過去を、ここでダラダラと語る必要はない。

 

 ただ。

 ギャルは、自分の部下たちの方へ向き直った。

 

「ほら、向こうのヤバいのは追ってこなくなったよ。時間できたじゃん」

「残り、急いで全部ゲート通しちゃってー」

 

 ここで、彼女にとっても。

『紫苑を足止めして時間を稼ぐ』という目的は、完全に達成されたのだ。

 勝敗はどうでもいい。彼女は、ただ淡々と撤収作業の指揮を続けた。

 

 レイジ側。

 

 レイジは、確実に、少しずつ距離を詰めていた。

 多属性の男の方も、魔力の使いすぎでかなり消耗している。

 

 炎。水。氷。土。闇。

 さらに、雷や空気の衝撃など、使える全く異なる現象を順番に全て切ってきた。

 だが、そのどれもが、一つずつ着実にレイジの《判例》へと登録され、完全に無効化されていく。

 

 男が、忌々しげに舌打ちをした。

 

「クソッ!」

 

 男が、自分の手元の呪具を見た。

 どうやら、彼が短時間に使用できる『異なる現象』の数には、明確な限界があるらしかった。

 

 男が呟く。

「炎、終わり。水、終わり。氷も終わり。……マジかよ、手札が尽きたぞ」

 

 そこへ。

 男の耳元の通信機から、ギャルの明るい声が響いた。

 

『あと十秒くらいで、こっちの撤収終わるよー。逃げる準備しといてー』

 

 男が、余裕のない声で叫び返す。

「分かってるっての!!」

 

 レイジが、法剣を構え、一気に重い足取りで踏み込んだ。

 もう、距離は数メートルしかない。

 

 男が顔を引きつらせる。

「ヤバい、マジで回数切れた!!」

 

 男が、奥歯を強く噛み締めた。

 

「しゃーねえ!!」

 

 男が、自分の能力へ向かって。何かを無理やり上乗せするように、自分の胸を強く叩いた。

 

「前借り!!」

 

 直後。

 男の顔色が一気に青ざめる。

 鼻から、ツーツーと血が流れ出した。腕の皮膚に、亀裂のような内出血が走る。

 明確な、能力の過剰使用による反動のダメージだった。

 

 直哉は。

(前借り?)

 と、その奇妙な単語に首を傾げた。

 

 男が、吐き捨てるように叫ぶ。

 

「クソ厄日だ!!」

 

 そして。

 彼がここまで、一度も使っていなかった属性の攻撃が放たれた。

 

 空間が歪むほどの、巨大な雷撃。

 倉庫内が、一瞬にして真っ白な閃光に包まれる。

 

 凄まじい轟音。

 その雷撃が、レイジの巨体へと直撃した。

 

 完全に初見の攻撃だ。《既判適応》では防げない。

 レイジの188センチの身体が、数メートル後方へと吹き飛ばされ、壁へと激突する。

 HPのゲージが、大きく削り取られた。

 

 だが。

 レイジは、倒れない。

 壁からゆっくりと離れ、再び剣を構える。

 

 システムが、無機質に処理を完了する。

 

『《判例》登録:高電圧放電事象』

 

 男は、それを見て、半泣きで絶叫した。

 

「知ってるよ!!」

「次撃ったら、もうそれ絶対効かねえんだろ!! バケモノが!!」

 

 当然、男は二発目の雷撃を撃とうとはしなかった。

 

 男は、その雷撃の一撃で作り出した数メートルの距離と時間を利用して。

 

 踵を返し、奥のゲートへ向かって全力疾走を始めた。

 

 レイジが、ゆっくりと起き上がる。

 今から全速力で追えば、ギリギリで追いつける可能性はある。

 

 だが。

 直哉の意識には。

 千里の視界。紫苑の視界。

 石化している警官たち。負傷して座り込んでいる能力者警官。

 そして、倉庫内に残っている敵の残党の姿が映っていた。

 

 直哉は、決断した。

 

(……こっちも、追わない)

 

 今の直哉の仕事は、逃亡者の執拗な追跡ではない。現場の安全確保だ。

 レイジが、深追いを止めて、大剣を下ろした。

 

 逃げる男が、遠くから最後に振り返って叫んだ。

 

「じゃーな、チートイケメン野郎!」

「二度と、テメエの顔なんて見たくねえよ!!」

 

 レイジは、低く落ち着いた声で返した。

 

「それは、こちらの台詞です」

 

 直哉の内心は。

(こういう奴に限って、また別の現場で絶対会うパターンじゃん……)

 と、少しだけウンザリしていた。

 

 倉庫の最奥。

 

 最後の重要なケースが、ゲートの向こう側へと運び込まれる。

 

 ギャルが、周囲を見回した。

 まだ、床には重そうな木箱や、いくつかの中身の分からない呪物が残されている。

 しかし、彼女は全部を回収する気は全くなかった。

 

「はい、そこまでー」

「残りの荷物は置いてっていいよ。逃げるよー」

 

 部下たちが、慌ててゲートの中へと飛び込んでいく。

 そこへ、息を切らした多属性の男も駆け込んできた。

 

 ギャルが笑う。

「遅いよー」

 

 男がキレる。

「うるせえ! こっちの相手は白峰レイジだったんだぞ! 死ぬかと思ったわ!」

 

「えー、ウケる。かわいそー」

 

「他人事みたいに言うな!!」

 

 彼ら敵側にも、最低限のブラック企業のようなチーム感があった。

 

 最後。

 ギャル自身が、ゲートの前に立った。

 遠くにいる、紫苑の方を見る。

 

 一瞬だけ、二人の目が合った。

 

 ギャルが、ニカッと笑って。

 

「じゃーね、巫女さん。バイバーイ」

 

 と、手をひらひらと振った。

 そして、ゲートの向こう側へと足を踏み入れる。

 

 直後。

 空間の接続が、シュルシュルと音を立てて閉じ始めた。

 

 紫苑の《宵刃》なら、この距離からでもまだ斬り込んでゲートの閉鎖を止められる可能性はあった。

 だが、直哉は動かなかった。

 

 数秒後。

 ゲートが完全に消失し、倉庫の中央に、ただのコンクリートの壁が戻った。

 

 敵主力の、撤収成功。

 

 戦闘が、終了した。

 

 敵の主力が逃走した。

 倉庫内に残っていた下っ端の犯罪者の一部は、立て直した警察の能力者班によって全て制圧され、確保された。

 

 観測できる範囲に、新たな敵の増援の反応はない。

 千里が、上空から倉庫全体を再確認する。異常なし。

 レイジも、周囲の警戒を解く。

 

 紫苑は、石化した警官たちの前で、静かに太刀を納めた。

 

 警察の隊長が、無線で報告を上げる。

 

「敵主力、ゲートによる離脱を確認!」

「現場に残っていた確保対象を、全て拘束!」

「各員、負傷者の確認を急げ!」

 

 直哉は、勝った負けたの結果よりも先に。

 急いで、石像の数を数えた。

 

 一。二。三……。

 十一。

 

 全部、ある。

 戦闘の余波で腕が折れたり、破損したりしている石像は一つもない。

 

 直哉は。

(……よし)

 

 これだけで、まずは心底安堵して、一つ目の大きなため息をついた。

 

 しかし。

 彼ら警官たちは、まだ石像のままだ。

 事件は、全く終わっていない。

 

 直哉の内心に、焦りが戻る。

(問題は、こいつらを元の姿に『戻せるか』だ)

 

 警察側も、同じだった。

 石化の解除方法が分からない以上、不用意に触れて移動させることもできない。

 

 八咫烏の、呪物対応の専門担当者が、防護服を着て倉庫内へと入ってくる。

 能力者の要員のみだ。

 

 千里も、《天眼》の視界で倉庫内部を隅々まで確認する。

 

 石化が最初に発生した、中央区画の周囲。

 床下。壁の裏。天井の梁。

 そこに、複数の『呪物』が隠されているのが見えた。

 

 その中で、一つだけ。石化が起きた後も、未だに強い魔力の異常反応が継続しているものを、八咫烏の担当者が発見した。

 

 それは、黒い石でできた、小さな不気味な祭具のような石板だった。

 

 警察が、証拠品として慎重に保全の準備をする。

 ただし、それに触れて解除を試みる前に。紫苑へと確認を求めてきた。

 

 紫苑が、石化した警官と、その黒い石板の呪物を、順番に見つめる。

 

 直哉自身には、魔力を見通すような超常の感知能力はない。

 だが、紫苑の《宵刃》という能力には。

『認識できた既存の構造・境界・接続を斬る』という性質がある。

 

 もし、あの呪物が、今も継続してこの警官たちの石化状態を『固定』しているのだとすれば。

 

 紫苑の能力の視点から見れば。

 それは、「切断対象になり得る『接続の糸』」として、明確に認識できるはずだ。

 

 直哉は、目を細めた。

 

(……ある)

 

 感覚として。

 石化した十一名の警官たちと。あの黒い石板の呪物との間に。

 現在の石化状態を維持するための、目に見えない強固な『接続のライン』が成立しているのが分かった。

 

 もちろん、呪物の作りの全容や、石化のメカニズムまでは分からない。

 でも。

 

(これ、俺なら切れる)

 

 直哉は、確信まではしなかったが。

 

「一人だけ、試してみます」

 

 と、警察と八咫烏の担当者へ確認を求めた。

 

 隊長も、苦しい判断だった。

 だが、このまま石像として永遠に放置する方法もない。

 彼は、紫苑を信じて頷いた。

 

「……許可します。お願いします」

 

 紫苑が、最初の石像の前へと歩み寄った。

 

 周囲の隊員たちが、息を呑んで緊張して見守る。

 直哉自身も、心臓がバクバクと鳴っていた。

 

(頼む)

(これで、治ってくれ……!)

 

 紫苑が、静かに太刀を抜いた。

 

 人間の身体には、触れない。

 石像そのものも、斬らない。

 呪物も、斬らない。

 

 狙うのは。彼らの間に存在する、『呪いの接続』だけだ。

 

「《縁断(えんだん)》」

 

 一閃。

 

 紫苑が、警官と呪物の間の、何もない空間をスッと斬ったように見えた。

 

 一秒。

 何も、起きない。

 

 二秒。

 石像の胸元に、ピキッという小さな亀裂が入った。

 

 警察の隊員が、悲鳴を上げそうになる。

「待て――」

 

 亀裂が、一気に全身へと広がる。

 だが、身体そのものが砕けているわけではなかった。

 

 灰色の石の表面そのものが、まるで卵の殻のように、ボロボロと剥がれ落ち始めたのだ。

 

 その下から。

 

 人間の、温かい皮膚が。

 紺色の制服が。

 髪の毛が。

 元の色彩が。

 

 石化が逆流するように、みるみると消えていく。

 

 そして。

 完全に元の姿に戻った警官が、力が抜けたように膝から崩れ落ちた。

 

「――っ、げほっ! がはっ!」

 

 激しく、むせるような咳。

 肩が上下に動き、空気を吸い込む呼吸。

 

 生きている。

 

 警察の隊長が、顔をくしゃくしゃにして叫んだ。

 

「戻ったぞ!!」

 

 周囲の隊員たちも、歓喜の声を上げる。

「生きてる! おい、しっかりしろ!」

 

 警察の能力者の医療要員が、すぐに駆け寄ってバイタルを確認する。

 

 意識あり。

 石化中の記憶は、飛んでいるらしい。

 目立った外傷や、身体の欠損は全くなし。

 

 直哉は。

 千里、レイジ、紫苑の三つの身体すべてで。ほぼ同時に。

 

(無事かーーー……!)

 

 と、本気で全身の力が抜けていた。

 

(よかった……。マジで、よかった……)

 

 敵のボスに逃げられたこと。

 価値の高そうな重要呪物を、何箱か持っていかれたこと。

 そんなことは、この瞬間、直哉にとってはどうでもいいことだった。

 

 一人、無事に戻ったのだ。

 なら、残りの人間も全員救える可能性が極めて高い。

 

 紫苑が、静かに次の石像の前へと進む。

 

「《縁断》」

 

 二人目。石化解除。

 三人目。解除。

 

 一人ずつ。決して急がない。

 接続を確実に認識してから、丁寧に糸を切っていく。

 警察側も、解除された人間をすぐに安全な後方の区画へと運んでいく。

 

 四人。五人。六人。

 全員、無事に生存。

 

 七人。八人。九人。十人。

 

 そして、最後。

 十一人目の、若い警官。

 

「《縁断》」

 

 石の殻が剥がれ落ちる。

 警官が、大きく息を吸い込んで、倒れ込むのを同僚が支えた。

 

 無事だ。

 石化していた警官、十一名。

 全員、生還。

 

 直哉は、深く息を吐いた。

 

(全員、戻った……)

 

(マジで……よかった)

 

 ここは、大げさに「俺が英雄だ!」と誇るような場面ではない。

 直哉の心の中にあるのは、ただ純粋な『安堵』だけだった。

 

 石化を解除された警官たちは、救急車で医療機関へと搬送されていく。

 幸い、全員大きな怪我はなかった。

 戦闘中に負傷した能力者警官たちも手当てを受けているが、死者は一人もいない。

 

 警察の隊長が、現場の指揮を落ち着かせた後。

 レイジと紫苑の前に立ち、深く頭を下げた。

 千里のいるオペレーションルームへも、通信が繋がっている。

 

「白峰さん」

「九条さん」

「そして、後方の御影さんにも」

 

 隊長は、涙ぐんだ声で言った。

 

「本当に、ありがとうございました。あなた方がいなければ、彼らはどうなっていたか……」

 

 直哉は。

 三つの身体で、同時にその礼を受けていた。

 

 内心は。

(いや、それ全員中身は俺一人なんだけどな……)

 とは思う。

 だが、そのシュールな事実を口に出して雰囲気をぶち壊すような真似はしない。

 

 レイジが、低く落ち着いた声で返す。

「我々は、我々の職務を果たしたまでです」

 

 紫苑が、優しく微笑んで返す。

「皆様がご無事で、何よりでございました」

 

 千里が、無機質だが確かな声で返す。

「こちらも、被害状況の最終確認を完了しました。全員の生存を確認しています」

 

 三人それぞれの、キャラクターの口調で完璧に返す。

 だが、中身で安堵して喜んでいるのは、全部、直哉一人の感情だった。

 

 今回の、作戦の戦果の整理が行われる。

 

 警察と八咫烏が倉庫内の完全な制圧を完了した。

 

 結果。

 逃げ遅れた敵の構成員、複数名を逮捕。

 倉庫拠点を、完全制圧。

 石化のトラップに使われた呪物を、安全に押収。

 倉庫内に残されていた、盗難品とみられる複数の呪物を回収。

 

 大戦果だ。

 

 ただし。

 敵側が「重要度が高い」と判断した品の一部は、ゲートで完全に持ち逃げされた。

 Tier1の金髪ギャル。

 多属性を操るTier2の男。

 その他の、組織の主力メンバー。

 彼らは全員、逃走に成功した。

 

 ゲートの出口がどこだったのかも、不明。

 敵組織の本当の本拠地も、依然として不明のままだ。

 

 つまり。

 この犯罪組織は、これで終わったわけではない。

 

 むしろ今回、警察側にとって恐ろしい事実が判明したのだ。

『彼らは、呪物をただ集めて保管しているだけではない。盗品を防衛設備として実際に運用し、使いこなしている』。

『さらに、Tier1を含む、極めて強力な高位能力者たちが複数所属している』。

 

 警察側からすれば、重大な危機的進展だった。

 

 倉庫の外。

 撤収作業が続く中、一段落ついた直哉は。

 三つの身体で、改めて状況を整理していた。

 

(逃げられたな)

 

 それ自体は、紛れもない事実だ。

 あの時、紫苑でギャルを追っていれば。ゲートを切って、全てを回収できたかもしれない。

 レイジで無理にでも突破して追撃していれば、多属性の男を捕まえられたかもしれない。

 

 直哉は、少しだけ悔しさを感じた。

 だが。

 

 直哉は、後ろを振り返った。

 

 解除された警官たちが、仲間同士で泣きながら肩を叩き合っている姿が見える。

 担架に乗せられながら、「俺、何があったんだ?」と混乱している者もいる。

 

 十一人。

 全員、あそこにいる。

 

 直哉は、深く頷いた。

 

(……いや)

(これで、いい)

 

(あそこで俺が敵を追って。その結果、あの石像が一つでも壊れて死人が出てたら。たぶん俺、一生後悔してたわ)

 

 そして、直哉は前を向いた。

 

(敵は、また追える。逃げたなら、また見つけて捕まえればいいだけだ)

(でも、あの人たちの命は、今日、絶対に守らなきゃいけなかったんだ)

 

 ここで、直哉は自分の『仕事の優先順位』が間違っていなかったことを、確信した。

 目標を、間違えなかったのだ。

 

 任務終了後。

 三つの身体を解除する直前。

 

 直哉の視界に、見慣れた黄金のシステム表示がポップアップした。

 

『【因果変動記録】』

『外部因果への有意な干渉を確認しました』

『集結者の介入によって成立結果が変動しました』

『活動記録を更新します』

『評価処理完了』

『活動報酬を獲得しました』

 

 いつものように、育成素材やクレジット類の報酬の表示が続く。

 

 そして。一番最後。

 

『《因果晶》 × 3,200』

 

 直哉の目が、少しだけ見開かれた。

 

「……お」

 

 20連分の石だ。

 

 現在の所持数、16,000石。

 今回の報酬、3,200石。

 合計、19,200石。

 120連分だ。

 

 直哉の脳裏に、一瞬だけ。

(……紫苑の凸……)

 という、ガチャの悪魔の誘惑が浮かんだ。

 

 だが。

 直哉は、すぐにブルブルと首を振ってその思考を消し去った。

 

(いや、今日は回さない! 疲れてる時にガチャ回すと絶対後悔するから!)

 今ここで、狂ったようにガチャ画面へ直行するようなことはしない。

 

 直哉は、少しだけ考えた。

 

(なんで今回、報酬が出たんだろうな?)

 

(石化して死にそうだった警官たちを助けたからか?)

(敵の主力たちを、倉庫から撤退させたからか?)

(盗まれてた呪物を、一部だけでも回収したからか?)

(それとも、全部込みでの評価か?)

 

 当然、システムは何も答えてくれない。

 今回も、因果報酬の明確な評価基準は、完全なブラックボックスのままだ。

 

 直哉は、小さくため息をついた。

 

(……まあ、考えても分からんか)

 

 そこで、深く追求することはやめた。

 石が貰えたのだから、素直に喜んでおけばいい。

 

 直哉が、最後に、倉庫の前を見た。

 

 石化から戻った若い警官の一人が。

 能力者の同僚に向かって、不安そうに言っている。

「俺、途中から記憶が飛んでて、何も覚えてないんだけど。俺、どうなってたんだ?」

 

 同僚が、彼の肩を軽く叩いて笑った。

「後でゆっくり説明してやるよ。とりあえず、お前が生きててくれて本当に安心したわ」

 

 その光景を見る。

 

 直哉は。

(全員、無事か)

 

 敵の主力には、逃げられた。

 組織の本当の正体も、まだ分からないままだ。

 Tier1のギャルも、多属性の男も、捕まえられなかった。

 

 それでも。

 

(……今日は、それで十分だな)

 

 直哉の心には、清々しい達成感があった。

 新居に引っ越すための家賃も稼いだ。

 ガチャ石も増えた。

 敵の組織との、因縁もできた。

 

 だが、その全部より先に。

 十一人の人間が、今日、無事に生きて家に帰れるのだ。

 

 その事実だけを最後の感情にして。

 直哉の、三人の身体を使った初めての本格的な戦闘任務は、静かに幕を下ろした。




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