俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
八咫烏の施設で能力検査を受けてから、二日後の月曜日。
週の始まりということもあり、両親はいつもより少しだけ早く、それぞれの職場へと出かけていった。
一人になったリビングで簡単な朝食のトーストをかじりながら、直哉はスマートフォンを開いていた。起動しているのは、八咫烏の霧島から案内された『能力従事者向け求人アプリ』だ。
現在時刻は午前八時前。
この二日間、直哉は暇さえあればアプリに並ぶ仕事を眺めていた。一昨日見た時より新しい案件がいくつも追加されている一方、募集人数が埋まったらしい仕事はすでに一覧から消えている。
(研究協力とか防護装備のテストは、一番安全そうだし金にもなるんだけど……)
コーヒーを一口飲みながら、直哉は画面をスクロールした。
(あれだと、基本的には言われた通りに動いてデータ取られるだけなんだよな。《因クロ》の報酬条件を調べるなら、もう少し現実の結果に手を突っ込めそうな仕事の方がいい)
次に『特殊搬送』のカテゴリを見る。
呪物や特殊な荷物を目的地へ運ぶ仕事だ。それ自体は興味深いが、何事も起こらず安全に届けるだけで終わった場合、《因果集結クロニクル》が「成立結果を変動させた」と判定するかは分からない。
『護衛』も似たようなものだ。依頼としては何も起こらず平穏に終わることこそ最高の結果なのだろうが、直哉が知りたいのは、仕事としての成功条件ではなく《因クロ》側の判定条件だった。
直哉の目的は、一年ぶりの労働で社会復帰の汗を流すことではない。
《因果集結クロニクル》が、現実のどのような変化を評価し、どんな時に何を報酬として渡してくるのか。そのゲームシステムの仕様を知ることだ。
そんなことを考えながら一覧を下へ送っていた直哉の指が、一つの案件で止まった。
『【固定異界・定期踏査業務/前衛戦闘員募集】』
詳細タブを開く。
『案件番号:TK-EX-0417』
『業務区分:固定異界・定期踏査』
『業務地域:東京都多摩地区・管理区域』
『募集枠:前衛戦闘員 1名』
『受注条件:登録Tier3以上』
『現場経験:不問』
『想定拘束時間:約5時間』
『危険度:低~中』
『業務内容:既知固定異界内の定期踏査、観測機器の交換、現地試料の回収、異界性生物と遭遇した際の前衛対応』
『報酬:80,000円』
『備考:既知区域のルート/踏査実績多数/経験者同行/緊急撤退基準設定済み』
「……これ、ちょうどいいんじゃないか?」
思わず独り言が漏れた。
まず、『前衛戦闘員』という募集内容が東雲セナの戦闘スタイルに合っている。八咫烏の検査でも近接戦闘と前衛適性は正式に確認されているので、応募資格の面でも問題はない。
それに仕事内容も都合がいい。ただ異界生物と戦うだけではなく、観測機器の交換、試料の回収、現地生物への対応と、異なる種類の作業が含まれている。
この仕事を最後までやり遂げた時に《因クロ》が反応すれば、それだけでもコンビニ強盗とは違う二件目のデータが取れる。
(よし。最初の仕事はこれにするか)
直哉は画面下にある『応募する』をタップした。
すると、案件への応募画面ではなく、初回だけ表示される登録ページが開いた。
『初回業務応募には、システム上で使用する業務表示名(ハンドルネーム)の設定が必要です』
説明文によれば、八咫烏へ登録されている法的氏名や住所などの個人情報は、管理や契約、報酬処理に必要な範囲を除いて他の能力者へ公開されないらしい。現場では、業務表示名を使って互いを呼ぶのが一般的だという。
「おお、仕事先ではハンドルネームでいいんだ。これは結構ありがたいな」
能力者というだけで、普通の仕事より個人情報に慎重になる理由はいくらでもあるのだろう。直哉としても、会ったばかりの仕事相手へ住所や本名まで公開されない制度に不満はない。
入力フォームに指を置く。
(業務用の名前か……)
せっかく能力者になったのだから、少しくらい格好いいコードネームを付けてもいいのではないか。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎった。
だが、『黒雷』だの『ライトニング』だのと入力し、それを公的な仕事現場で三十四歳の自分が名乗る姿を想像したところで耐えられなくなった。
結局、昔オンラインゲームでも使っていた、何の捻りもない名前を入力する。
『業務表示名:《ナオ》』
『登録しますか?』
『YES』
登録すると、すぐに公開プロフィールが生成された。
『《ナオ》』
『登録Tier:3』
『業務適性:近接戦闘/前衛』
『登録機関能力検査:完了』
『完了業務:0件』
『本人確認:済』
本名も年齢も性別も、具体的な能力内容もない。
仕事相手に必要なのは、誰であるかよりも、管理機関による本人確認を済ませ、どの程度の仕事に対応できる能力者なのかという情報なのだろう。
直哉はそのまま応募を確定しようとして、一度指を止めた。
Tier3の検査は通ったし、ダミー相手ならセナの戦闘能力も確認している。
しかし、能力者としての実務経験は完全にゼロだ。それどころか、『異界』と呼ばれる場所へ入ったことすら一度もない。
(いきなり行って迷惑かけるのは嫌だな……)
そこで、応募前に募集元へメッセージを送ることにした。
『応募を検討しています。登録検査では前衛適性ありと判定されていますが、能力者向けの仕事に参加すること自体が今回初めてになります。異界へ入るのも初めてですが、大丈夫でしょうか?』
数分後、返信が来た。
『ご連絡ありがとうございます。問題ありません。今回の踏査区域は過去に複数回調査済みの既知ルートのみとなります。また、現場には異界探索経験のあるリーダーおよび後衛が同行します』
『登録Tier3・近接戦闘適性確認済みであれば実務経験は不問です。現地にて安全手順および撤退基準をご説明します』
直哉は安堵の息を吐いた。
「じゃあ、やってみるか」
『受注』を押す。
少しの処理時間のあと、緑色のチェックマークが表示された。
『受注確定』
『集合時刻:本日 09:30』
『集合場所:多摩第六異界管理所』
直哉はスマートフォンをテーブルへ置いた。
約十一ヶ月ぶりに、仕事へ行く予定が決まった。
それなのに、以前のように胃が重くなる感覚はなかった。朝の満員電車に揺られ、この先何時間会社に拘束されるのかと考えていた頃とはまるで違う。
むしろ、知らないゲームで初めて新しいマップへ向かう前のような高揚感が、少しだけ胸の奥にあった。
◆
午前八時半。
財布とスマートフォン、八咫烏から交付されたカード型の登録証をウエストポーチへしまい、出発の準備を済ませた直哉は自室の姿見の前に立った。
《因果集結クロニクル》を展開する。
『★★★★ 東雲セナ』
『Lv.20』
『HP:3,430 / 3,430』
『【CHARACTER CHANGE】』
意識を重ねる。
青白い光が身体を包み込み、骨格と筋肉、視線の高さ、髪、声、衣服までが一瞬のうちに置き換わっていく。
数秒後、鏡に映っていたのは三十四歳の男ではなく、濃紺の戦闘用ジャケットを着た、黒いショートヘアの若い女性だった。
東雲セナ。
(仕事へ行く前に女になるって、よく考えると俺、とんでもない生活になったな……)
鏡を見ながらそんなことを考えつつ、短い前髪を指で軽く整える。
「まあ、行こっか」
口から出た声と言葉遣いは、当然のようにセナのものだった。
戦闘服のままでは街中で少し目立つため、その上から大きめのマウンテンパーカーを羽織り、装備ベルトが見えないよう前を閉める。
そのままセナの姿で自宅を出て、指定された管理施設へ向かった。
◆
午前九時十五分。
東京都多摩地区にある『第六異界管理所』は、外観だけを見れば少し大きな物流倉庫と、役所の出張所を組み合わせたような無機質な建物だった。
入口の受付でスマートフォンの業務用QRコードを提示する。
「業務表示名《ナオ》様ですね。本人認証を確認しました。本日の集合場所は第三準備室となっております。奥の通路を右へお進みください」
「ありがとうございます」
案内された通りに廊下を進み、『第三準備室』と書かれた重いスチール扉を開く。
室内には長机とパイプ椅子が並び、壁にはホワイトボードと異界内部らしい地図が貼られていた。そこにはすでに、今日一緒に働く三人が揃っている。
「おはようございます。ナオさんですか?」
一番手前にいた、短髪で少し日に焼けた三十代前半ほどの男性が立ち上がった。
「はい。ナオです。今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。今回、リーダーと進行を担当するハルです」
ハルは人当たりの良さそうな笑顔で頭を下げた。
登録Tierは4。能力は防御系の《局所障壁》で、透明な板状の障壁を短時間、任意の位置へ展開できるらしい。ただし今回の仕事では能力そのものより、異界探索経験の長いハルが地図の把握や進行、安全判断を担当することの方が重要なのだという。
続いて、隣にいた二十代後半ほどの女性が立ち上がった。
「シオリです。よろしくね」
動きやすそうなカーゴパンツ姿で、腰には複数の小型センサーが入ったポーチを下げている。彼女もTier4で、探索と感知を担当する能力者だった。
能力は《反響知覚》。
一定範囲の生物の動きや大きな空洞などを捉えやすいが、壁越しに何でも見通せるような万能の索敵能力ではないらしい。
最後に、壁際でタブレットを見ていた二十代半ばほどの青年が顔を上げる。
「レンです。後衛担当です。今日はよろしくお願いします」
少し長めの前髪に、動きやすそうなゆったりした服装。
見た目だけならごく普通の青年だったが、公開プロフィールの能力欄には『火炎系術式』と表示されている。
直哉が頭の中で思い浮かべる、いかにも王道の魔法使いらしい能力だった。
全員、名乗ったのは業務表示名だけだ。
それで何の問題もなく自己紹介が終わり、ハルが打ち合わせへ入ろうとしたところで、直哉は先に一つだけ確認しておくことにした。
「事前のメッセージでも伝えたんだけど、私、こういう能力者の仕事をするのは今日が本当に初めてなんだ。異界へ入るのも初めてだし、一応戦うことはできると思うんだけど、足引っ張っちゃわないかな?」
ハルは穏やかに首を振った。
「大丈夫ですよ。今回のルートは俺たちも何度か入っている既知区域ですし、未知の場所へ突っ込む仕事でもありません。分からないことはその都度聞いてください」
「そうそう。それにTier3の前衛が来てくれるなら、こっちとしてはかなり助かるよ」
シオリもそう言って笑う。
レンも少し安心したようだった。
「公開プロフィールの完了業務がゼロだったんで、どんな人が来るのかちょっと緊張してたんすけど、普通に話しやすそうな人でよかったっす」
「そこはごめんね。今日が本当に一件目だから」
「いやいや、謝るところじゃないっすよ」
軽いやり取りで空気がほぐれたところで、ハルが壁のホワイトボードへ大きな地形図を貼り付けた。
「では、本日の業務内容とルートを確認します」
地図には、複雑に入り組んだ洞窟のような構造が描かれている。
「今回入るのは正式名称『固定異界第六管理区・青灰回廊』。現場では普通に『青灰ダンジョン』と呼んでいます」
青灰回廊は十数年前から出入口の位置が安定しており、内部の既知区域については何度も調査が行われている固定異界だった。灰色の岩壁と青い発光苔に覆われた洞窟状の環境が広がり、今回歩くルートについては八咫烏側でもかなり細かく地図が作られている。
ハルが地図上の四か所を順番に示した。
「今日の目的は、第一観測地点での環境センサー交換、第二観測地点のデータログ回収、最奥部の指定地点での鉱物試料採取、それから道中で確認できた異界生物の個体数と分布の記録です」
全行程は往復でおよそ四時間。
途中の休憩と作業時間を合わせ、五時間ほどを見込んでいる。
説明を終えたハルは、前衛担当である直哉へ視線を向けた。
「ナオさん。一つ重要なことですが、異界生物を見つけても、こちらを襲ってこない限り自分から追いかける必要はありません。今回の目的は討伐ではなく環境調査です」
「倒すことが一番の仕事じゃないんだね」
「はい。前衛の一番大事な仕事は、俺たちやシオリが安全に作業できる時間と場所を確保することです。危険だと思ったら無理をせず下がってください。撤退の最終判断は俺が出します」
直哉は素直に頷いた。
(ゲームだったら経験値欲しさにマップの敵を全部狩りたくなるけど、これは仕事なんだよな)
同じダンジョン探索でも、ゲームとはずいぶん勝手が違うらしい。
◆
打ち合わせを終えた四人は、施設の最奥にある管理区画へ向かった。
二重扉を抜け、職員による装備確認を受ける。
「帰還予定時刻、十四時三十分。通信用ビーコン正常。救急キット所持を確認しました。それでは皆様、ご安全に」
その先にあった光景を見て、直哉は思わず足を止めた。
巨大な機械式ゲートがあるわけではない。
広いコンクリートの部屋の中央に、何もない空間そのものが、水面のようにゆらゆらと揺らめいている。
向こう側の景色は見えない。
ただ、そこに現実の空間とは違う何かが接続されていることだけが、直感的に分かった。
「……これに入るの?」
「入りますよ」
ハルが当たり前のように答える。
「すごいね……」
(うおお……マジでダンジョンじゃん)
内心だけは完全にゲームを始めた少年のようになりながら、直哉も三人に続いて境界へ足を踏み入れた。
一瞬、足元が消えたような浮遊感と、鼓膜を軽く押される感覚がある。
次に目を開けた時、そこはもう東京のコンクリート施設ではなかった。
空気は少し冷たい。
灰色の岩壁が複雑な通路を作り、その表面へ群生した淡い青色の発光苔が、洞窟全体をぼんやりと照らしている。
直哉は思わず周囲を見回した。
「うわぁ……」
シオリが横で笑った。
「初めての人、大体そうなるよ。私も最初はずっと周り見てたし」
「なんか、別の惑星に来たみたい」
実際に歩き始めてみると、最初の一時間は驚くほど平和だった。
異界へ入った途端に怪物の群れが襲ってくるわけでも、床から罠が飛び出してくるわけでもない。
ハルが地図と現在位置を照合し、シオリが《反響知覚》で周囲の動きを確認する。直哉は前方の警戒を担当し、レンが最後尾から全体を見ながら歩いていた。
途中、シオリが軽く手を上げる。
「右の通路の奥に小さい反応が二つ。動いてないから、そのまま通って大丈夫」
直哉が目を凝らしても、暗い岩陰には何も見えない。
素直にシオリの判断に従い、全員で音を抑えて通過する。
やがて第一観測地点へ到着した。
岩壁に固定された古いセンサーボックスを、ハルとシオリが手際よく取り外し、新しい機材へ交換していく。
直哉とレンはその間、左右の通路へ意識を向けて周囲を警戒する。
(ああ、本当に仕事なんだな)
直哉は少し妙な感慨を覚えた。
ダンジョンに入ったからといって、宝箱を探しているわけでも、最深部のボスを倒しに来たわけでもない。やっていることは、一定期間使った観測器を取り外して新しいものへ交換し、正常に動作するか確認するという地道な保守作業だ。
異界という超常的な場所でさえ、人間が継続して利用しようとすれば、結局こうして誰かが定期的に歩き、機械を交換し、記録を持ち帰らなければならない。
その妙な現実感が、直哉には面白かった。
第一観測地点での作業を終え、次の目的地へ向かって十分ほど歩いた頃、先頭のシオリが足を止めた。
「前方の開けたところに動く反応。四つ」
ハルの声が少しだけ低くなる。
「種類は?」
「大きさからすると灰甲犬だと思う。こっちへ向かってきてる」
ほどなくして、薄暗い通路の向こうから四足歩行の生物が姿を現した。
大型犬ほどの体格だが、皮膚の一部は周囲の岩と似た硬い灰色の甲殻に覆われている。眼球らしいものが見当たらない平坦な顔をこちらへ向け、迷うことなく接近してきた。
この青灰回廊の生態系へ定着している異界原産生物で、怪異とは別の存在らしい。
ハルが即座に指示を出す。
「ナオさん、前のラインをお願いします。無理に全部倒す必要はありません。足止めを優先してください」
「分かった!」
直哉が右手を前へ出すと、青白い粒子が集まり、『★★★《制式霊装刀・四式》』が実体化する。
四体のうち三体が正面から迫り、残る一体が壁沿いに回り込もうとした。
直哉は迷わず《瞬雷》を発動する。
「――遅い!」
青白い雷光とともに距離を詰め、横へ回ろうとした一体へ強烈な斬撃を叩き込んだ。倒し切ることを狙った一撃ではなく、まず進行方向を乱して四体を前方へまとめる。
すぐに正面の三体が飛びかかってくるが、《白雷剣式》の連続した斬撃で爪と牙を弾き、後衛へ抜けようとする動きを押し戻した。
その時、背後からレンの声が飛ぶ。
「ナオさん、そのまま三秒お願いします!」
「了解!」
次の瞬間、直哉の耳へ、あまりにも分かりやすい詠唱が聞こえてきた。
「燃え盛る炎よ、我が前に集いて槍となれ。定めし敵を穿て――《炎槍》!」
レンの前方へ赤い炎が渦を巻きながら集まり、一本の細長い槍へと圧縮されていく。
(うおおおお! 本当に詠唱してる!)
火炎の槍が放たれる。
直哉のすぐ横を抜けた赤い光が灰甲犬の群れへ直撃し、爆発とともに熱風が洞窟の中を走った。
「すごい! 本当に魔法みたい!」
直哉が思わず声を上げると、レンが少し誇らしげに答えた。
「魔法ですよ、一応!」
「本当に声に出して詠唱するんだね!」
「俺のは、ちゃんと唱えた方が威力も安定するんです!」
会話はそこまでだった。
直哉は爆炎で崩れた前線へ踏み込み、残った灰甲犬を二体続けて斬り伏せる。最後の一体は仲間が倒れたことで戦意を失ったのか、そのまま暗い通路の奥へ逃げていった。
「追わなくていいです」
ハルの指示に、直哉はすぐ刀を下げた。
「了解」
最初の戦闘は、誰も怪我をすることなく数十秒で終わった。
レンが感心したように声をかける。
「ナオさん、普通に強いっすね。あいつら四体相手に前線ほとんど下げなかったじゃないですか」
「戦うのは結構得意みたい」
直哉はそれだけ答えて、刀を消した。
移動を再開してからも、直哉の興味はさっき見た魔法へ向いたままだった。
我慢できず、レンへ尋ねる。
「さっきのって、本当に魔法なの?」
「八咫烏の分類だと術式系能力って扱いですけど、俺自身は普通に魔法って呼んでますよ」
「やっぱり、あんなふうに詠唱しないと使えないの?」
「小さい術なら無詠唱でもできます。でも、声に出して言葉へまとめた方が出力も安定性も全然違いますね」
横を歩いていたハルが補足した。
「能力者ごとに違いますが、レンの場合は『呪文を唱えて魔法を使う』という形式そのものが、能力を成立させる条件の一つになっています。言葉にして手順を固定する分、結果も安定するわけです」
「へえー……」
直哉は素直に感心した。
世界のどこかに誰でも使える共通の魔法体系が存在しているという話ではなく、レンという個人の因果律改変能力が、本人にとっての『魔法』という形で成立しているらしい。
自分のようにゲームそのものが出てくる能力者もいれば、本当に呪文を唱えて炎を飛ばす能力者もいる。
「能力って、本当に何でもありなんだね」
「そこが面白いところでもあり、管理する側には面倒なところでもありますね」
ハルが苦笑した。
◆
その後の道中で、直哉は戦闘能力とは別の意味で、自分が本当の新人であることを思い知らされた。
二方向から小型の異界生物が現れた時だった。
セナの速度なら両方ともすぐ処理できる。
そう判断した直哉は、前方の敵へ一気に踏み込み、そのままもう一群までまとめて倒そうとした。
だが、後ろから鋭い声が飛んだ。
「ナオさん、前へ出すぎです! 戻って!」
「あ、ごめん!」
直哉は即座に足を止め、元の位置まで下がった。
敵との間合いも分かる。剣の振り方も分かる。攻撃をどの方向へ流せば次の一撃へ繋がるのかも、セナの身体は最初から知っている。
しかし、直哉自身には、複数人で一つの現場を動く前衛としての経験がない。
自分一人なら敵を倒せる場所まで前へ出ても、調査担当のシオリから離れすぎれば意味がない。後衛が撤退しようとした時に、自分の位置が邪魔になることもある。レンが魔法を撃とうとしても、直哉自身が射線上にいれば火力を通せない。
ハルは前方を警戒したまま、短く説明した。
「ナオさんは全部自分で倒そうとしなくて大丈夫です。この通路なら、後衛へ抜かせないことだけ考えてください」
直哉は通路の幅と三人の位置を見直した。
「なるほど。このラインより後ろへ通さなければいいんだね」
「そうです。それで十分です」
次の戦闘から、直哉はすぐに動きを変えた。
敵を深追いせず、前線を一定の位置で維持する。横から抜けようとする相手だけを《瞬雷》で止め、倒せそうな敵が後退しても追わない。レンが詠唱を始めれば射線を空け、シオリが動けばその前方を優先して守る。
数度の遭遇を経た頃には、ハルから改めて注意されることもなくなっていた。
「修正が早いですね。助かります」
「指示が分かりやすいからね。何すればいいか分かったら動きやすいよ」
その言葉に、ハルも満足そうに頷いた。
行程の半分ほどを過ぎたところで、安全が確認されている小さな空洞に入り、昼休憩を取ることになった。
全員が壁際へ座り、それぞれ持ってきた携帯食や飲み物を取り出す。直哉もセナの姿のまま、ウエストポーチからゼリー飲料を出した。
シオリが隣から声をかけてくる。
「ナオちゃんって、本当に今週登録されたばっかりなの?」
「うん。まだ一週間も経ってないよ」
「それでTier3かあ。すごいね」
レンも水筒を持ったまま話に加わった。
「しかもあんな動きできるの、普通にすごいっすよ。前から格闘技とかやってたんです?」
直哉は一瞬だけ考えた。
「私も自分の力のこと、まだよく分かってないんだよね」
嘘ではない。
東雲セナの剣術がなぜ自分の身体で完全に使えるのかも、そもそも東雲セナという人物が何なのかも、直哉自身まだ何一つ知らないのだから。
ハルが地図へ現在位置を書き込みながら尋ねた。
「能力者の仕事は、今後も続ける予定なんですか?」
「多分。まだ色んな仕事を試してみたいと思ってる」
これも直哉の本心だった。
「自分に何が向いてるかも分からないし、せっかくだから色んな現場を見てみたいんだ」
「それなら、今回みたいな低危険度案件から慣れていくのはいいと思いますよ」
休憩を終える前、レンが直哉へ笑いかけた。
「ナオさん、こういう探索の仕事、結構向いてると思いますよ」
「本当?」
「前衛って、単純に強ければいいってものじゃないんで。指示が出た時にすぐ動きを変えてくれる人は、後ろにいる側からするとすごくありがたいっす」
「じゃあよかった。初日から迷惑かけて、次から来なくていいって言われたらどうしようかと思ってたから」
「そんなこと絶対ないっすよ」
レンが笑い、直哉もつられて笑った。
それは特別な意味などない、初めて一緒に仕事をした同僚同士の気楽なやり取りだった。
◆
休憩を終え、第二観測地点へ向かう途中。
前を歩いていたシオリが急に手を上げた。
「ちょっと待って。前方の広い空間に、一体だけ大きい反応がある」
ハルが足を止める。
「種類は分かる?」
「動き方からすると岩殻蜥蜴だと思う。この辺まで出てくるのは少し珍しいね」
ハルは手元の地図へ視線を落とした。
「最近、生息範囲がこっちへ寄ってきてるのかもしれないな。位置は記録しておきましょう」
今回の仕事には、異界生物の分布確認も含まれている。予定と違う場所で確認されたこと自体が、持ち帰るべき調査結果の一つなのだろう。
ほどなくして、通路の奥から大きな影が姿を現した。
大型バイクほどの体躯を持つ巨大な蜥蜴で、全身が岩石のような甲殻に覆われている。
危険度そのものは極端に高い相手ではないらしいが、ハルたちTier4三人だけなら、無理をせず迂回や撤退も検討する程度には厄介な生物だった。
問題は、その向こう側に第二観測地点があることだった。
ハルはしばらく相手の動きを見てから、直哉へ確認する。
「ナオさん。あの相手の足止め、いけそうですか? 難しいと思ったら迂回します」
直哉も岩殻蜥蜴を観察した。
《因クロ》は何も教えてくれない。
敵の名前も、HPも、弱点部位も、危険度も表示されない。
ゲームの見た目をしているくせに、現実で起きることに対しては驚くほど不親切な能力だ。
「一回やってみたい。ただ、危ないと思ったらすぐ下がるね」
「分かりました。それでいきましょう」
岩殻蜥蜴が低い咆哮を上げ、巨体を揺らしながら突進してくる。
直哉は正面へ出たが、その質量をまともに受け止める気はなかった。
(HPがゲームみたいにダメージを肩代わりしてくれる仕組みなのかもしれないけど、まだ何が起きるか分かってないんだ。わざわざ食らって試す理由はない)
《流光歩》で一歩だけ横へ滑る。
巨大な頭部が数センチ横を通り抜けた瞬間、
『《極限回避》成立』
の表示が現れた。
そのまま次の通常攻撃を繰り出す。
《反雷》。
直哉の身体が岩殻蜥蜴の背後へ一気に回り込み、刀を振り下ろす。
ガキンッ!
硬い手応え。
刃は甲殻表面へ浅い傷を残しただけで弾かれた。
「硬っ!」
背後からレンの声が飛ぶ。
「ナオさん、最大火力入れます! 詠唱に五秒!」
「任せて!」
岩殻蜥蜴が方向を変え、詠唱を始めようとしているレンへ視線を向ける。
直哉はすぐに《瞬雷》で側面へ入り、頭部へ斬撃を叩き込んで再び自分へ注意を引き戻した。
《励起》状態のまま《白雷剣式》の第二段を命中させ、《電位》を一つ獲得する。振り回された尾をぎりぎりでかわして《極限回避》を成立させ、《反雷》で二つ目。さらに相手の横を抜けながら第五段の高速斬撃を当てたところで、三つ目の《電位》が点灯した。
『《電位》×3』
その間にも、後方ではレンの詠唱が続いている。
「紅蓮の炎よ、我が声に応じて集え。熱を束ね、形を成し、阻むものを焼き穿て――」
何重もの火炎がレンの前方へ集まり、巨大な槍の形へ圧縮されていく。
(長い! でも格好いいなこれ!)
「――《灼熱槍》!」
白く輝くほど高温になった火炎の槍が放たれる。
直哉はその瞬間だけ大きく横へ抜け、射線を空けた。
炎槍が岩殻蜥蜴の胴体へ直撃し、爆炎が広がる。表面を覆っていた甲殻が一気に赤熱し、冷たい洞窟内へ熱気が押し寄せた。
「今です!」
ハルの声。
直哉はすぐに踏み込む。
「うん!」
三つの《電位》を消費し、《雷走・反転》を発動する。
火炎で赤く焼かれた甲殻の一点へ高速で接近し、交差するような斬撃を叩き込んだ。
今度は刃が弾かれない。
加熱されて脆くなった甲殻が大きく砕け、その下まで斬撃が通る。
岩殻蜥蜴は巨体を大きく揺らし、そのまま重い音を響かせて地面へ倒れ込んだ。
直哉は数秒相手が動かないことを確認してから、後ろへ振り返った。
「今の最後の魔法、すごかったね!」
レンは少し息を切らしながら首を振った。
「いや、ナオさんが五秒きっちり持たせてくれたから撃てたんですよ。俺一人じゃ、あんな長い詠唱絶対させてもらえないっす」
ハルも二人のところへ歩いてくる。
「いい連携でした。あれが前衛と後衛の役割分担です」
「なるほど……」
その言葉を聞いて、直哉はようやく実感した。
自分一人なら、《瞬雷》で接近し、《雷走・反転》から必要ならEXまで叩き込み、自分の火力だけで相手を倒す方法を考えていただろう。
しかし、パーティーでは違う。
自分が前で敵の注意を引きつける五秒間があれば、後ろにいるレンは一人では撃てない大技を使える。その火炎で甲殻を焼いたからこそ、自分の剣も簡単に通った。
(ゲームの編成みたいだな)
そう思ってから、直哉は少しだけ笑った。
だが、これは《因クロ》の編成画面ではない。
実際に隣で歩き、自分の判断で動き、互いに役割を補い合う、生身の人間と組んだパーティーだった。
岩殻蜥蜴を排除できたことで、四人は予定通り第二観測地点へ到達した。
もし戦闘を避けていたなら、迂回路を探すか、この地点の作業を後日へ回す判断になっていた可能性もある。
シオリがデータログを回収し、観測装置の状態を確認する。その後、最奥の採取地点まで進んで指定された鉱物試料も確保した。
ハルが業務端末へ最後のチェックを入れる。
『踏査項目:全項目完了』
直哉はその表示を見ながら、少しだけ期待した。
(これなら、何か変えたって判定されないかな)
しかし、《因クロ》にはまだ何の反応もない。
仕事はまだ終わっていないらしい。
◆
帰り道は大きな戦闘もなく、かなり穏やかだった。
一度だけ灰甲犬を遠くに確認したが、こちらへ近づいてくることもなく、そのまま別の通路へ消えていった。
シオリが時刻を確認する。
「順調だったね。予定より少し早く帰れそう」
直哉も肩の力を抜いた。
「初仕事で残業しなくて済みそうでよかったよ」
ハルが少し笑う。
「異界探索の仕事にも残業はありますよ」
「うわ、聞きたくなかったな、その情報」
レンが声を出して笑った。
今日初めて顔を合わせた四人だったが、半日近く一緒に歩き、何度か戦闘まで経験したことで、出発前よりずっと自然に会話できるようになっていた。
固定境界を通り、現実側の管理施設へ戻る。
人工照明の明るさに一瞬目が眩んだ。
職員による人数確認、負傷の有無、採取試料の提出、貸与機材の返却。決められた手続きを一つずつ終えると、四人のスマートフォンへ同時に業務完了通知が届いた。
『業務完了』
『実働時間:4時間41分』
『達成項目:4 / 4』
『事故報告:なし』
『報酬:80,000円』
『支払処理:確定(明日付振込)』
直哉は報酬額を見て、思わず二度見した。
(半日で八万……マジか)
以前の会社で、月に何十時間も残業しながら手取り二十万円台だった頃の感覚からすると、金額の桁がおかしく感じる。
もちろん毎日必ず受けられる仕事ではないだろうし、今日は命の危険が完全にない仕事でもなかった。
それでも、一件の仕事に対して最初から報酬と終了条件が明示され、終わればきちんと終わるというだけでも、直哉にはずいぶん健全に感じられた。
解散前、直哉は三人へ頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました! 初めてだったから、色々教えてもらえてすっごく助かりました」
ハルも満足そうに頷いた。
「こちらこそ助かりましたよ。最初に一度注意したくらいで、その後はすぐ合わせてくれましたし、前衛として十分以上でした」
「よかった」
シオリも笑う。
「また一緒になったらよろしくね、ナオちゃん」
「うん、よろしく!」
最後にレンが声をかけてきた。
「あ、ナオさん」
「ん?」
「俺ら、この青灰の定期踏査、来週も入る可能性あるんですけど。もし予定空いてたら、また前衛お願いしていいっすか?」
その言葉に、直哉は一瞬だけ目を瞬かせた。
初めて能力者として仕事をして、その日のうちに「また来てほしい」と言われたのだ。
以前の会社では、早く仕事を終わらせれば、そのぶん誰かの終わっていない仕事を追加されるだけだった。
今回は違う。
今日、自分が役に立ったから、次も一緒に仕事をしたいと言ってもらえた。
相手からそういう意味で声をかけてもらえたことが、直哉には思った以上に嬉しかった。
自然に笑顔になる。
「はい、もちろん! 予定が合えば、またお願いしますね!」
「ありがとうございます。お願いします!」
レンが頭を下げる。
ハルとシオリにももう一度挨拶をして、三人とはそこで別れた。
◆
一人になった管理施設のロビーで、直哉は改めてスマートフォンを確認した。
『報酬:80,000円』
「初仕事、無事終了っと」
そう呟いた瞬間。
視界の右上に、見覚えのある金色の光が走った。
『【因果変動記録】』
直哉の足が止まる。
『外部因果への有意な干渉を確認しました』
『集結者の介入によって成立結果が変動しました』
『活動記録を更新します』
『評価処理完了』
『活動報酬を獲得しました』
直哉は息を呑んだ。
「……出た」
仕事として依頼され、報酬として日本円を受け取る行為でも、《因クロ》の報酬は発生する。
少なくとも「無償の人助けでなければならない」とか、「偶然事件に巻き込まれなければならない」といった条件ではないらしい。
続いて、報酬欄が開く。
『《育成記録・初級》×12』
『《クレジット》×15,000』
そして、その下。
『《因果晶》×1,600』
直哉の動きが止まった。
「…………千六百?」
一瞬、自分が桁を読み間違えたのかと思った。
もう一度見る。
『《因果晶》×1,600』
現在の所持数を確認する。
『因果晶:1,600』
発現した初日から、ずっとゼロだった数字。
コンビニ強盗を止めても一個も増えず、入手方法すら分からなかったガチャ用通貨が、初めて増えている。
しかも――。
直哉はすぐに限定集結の画面を呼び出した。
『集結1回:因果晶×160』
『10回集結:因果晶×1,600』
所持数。
『因果晶:1,600』
ぴったりだった。
「十連分じゃん!!」
思わず声が大きくなる。
近くを通った職員が驚いて振り返り、直哉は我に返った。
「……すみません。何でもないです」
慌てて頭を下げ、ロビーの隅へ移動する。
その間も、内心では歓喜が止まらなかった。
(やった! 石の入手方法、本当にあった! しかもいきなり十連できる!)
ガチャの項目が存在するだけで、無課金では永遠に回せないという最悪の可能性はこれで消えた。
仕事をして、現実の結果を変える。
そうすれば、日本円だけではなく、《因クロ》側からも報酬が返ってくる可能性がある。
しかも今回は、初仕事一件で十連分。
直哉の親指が、そのまま『10回集結』のボタンへ伸びる。
あと少し触れれば押せる。
だが、そこで止まった。
(……いや、待て)
ここは管理施設のロビーだ。
さっき石を見ただけで声を上げて職員に振り返られたばかりなのに、この状態でガチャまで回したら何を叫ぶか自分でも分からない。
それに、これは初めて自分で手に入れた石で回す十連だ。
どうせなら落ち着いて回したい。
直哉は名残惜しそうに集結画面を閉じた。
「……家まで我慢しよ」
◆
夕方。
両親が帰宅する前に家へ戻った直哉は、自室へ入り、キャラクターチェンジを解除した。
青白い光が消え、森川直哉の身体へ戻る。
半日歩き回った疲れもあって、そのままベッドへ腰を下ろした。
スマートフォンには、
『本日の業務報酬:80,000円』
《因果集結クロニクル》には、
『因果晶:1,600』
『クレジット:15,000』
『育成記録・初級:12』
が表示されている。
仕事一件で、八万円。
そして十連分の石。
直哉はその二つを交互に眺めてから、机の上にあったメモ帳を取った。
コンビニ強盗の時の報酬を書き、その横へ今日の結果を並べる。
コンビニ強盗。
《育成記録・初級》二十。
《クレジット》二万。
《因果晶》ゼロ。
青灰回廊。
《育成記録・初級》十二。
《クレジット》一万五千。
《因果晶》千六百。
直哉は二組の数字をじっと見比べた。
「……やっぱり、石だけ別判定っぽいな」
育成記録もクレジットも、コンビニ強盗の方が多い。
ところが因果晶だけは、コンビニではゼロだったのに、今回は一気に千六百も支給されている。
もし現実での活躍を単純な総合点へ換算し、その点数に応じて全報酬が増減するだけなら、この結果にはなりにくい。
少なくとも、育成素材、クレジット、因果晶では、どこかに別々の評価軸がある可能性が高い。
直哉はメモ帳へ条件を書き足した。
今回、コンビニ強盗にはなく、青灰回廊にはあったもの。
異界。
正式な仕事。
複数人での協働。
複数の作業目的。
異界生物との戦闘。
途中で撤退する可能性があった状況から、全項目完了まで結果を変えたこと。
逆に、コンビニ強盗にしかなかったものもある。
偶発的な事件。
一般人への直接的な危害を防いだこと。
犯罪行為の阻止。
ほぼ一人で結果を変えたこと。
候補はいくらでもある。
まだ二件しかデータがない以上、何が因果晶の支給条件なのかを断定するのは無理だ。
それでも、一つだけ前よりはっきりした。
「仕事でも報酬は出る。それに、因果晶には因果晶で別の条件がある可能性が高い」
なら、違う種類の仕事をいくつか試して比較すればいい。
護衛。
特殊搬送。
怪異対応。
救助支援。
異常現象調査。
能力者向けアプリには、まだ見たこともない仕事がいくらでも並んでいる。
そして、それらをこなせば現実の金も稼げる。
以前なら、「働く」という言葉を考えただけで憂鬱になっていた。
しかし今は、自分で受ける仕事を選べる。拘束時間も報酬も危険度も先に分かる。終わればそこで一度きちんと仕事が終わる。
しかも今日のように、誰かから「次もお願いします」と言ってもらえることまである。
直哉はメモ帳を閉じた。
「……これ、やっぱり結構いいな」
それから、改めて《因果集結クロニクル》を開く。
『【限定キャラクター集結】』
『★5提供割合:0.6%』
『★4提供割合:5.1%』
『80回集結以内に★5キャラクター確定』
『★5キャラクター出現時、50%の確率でピックアップ対象が出現』
『ピックアップ対象外の★5キャラクターが出現した場合、次に出現する★5キャラクターはピックアップ対象確定』
画面下。
『因果晶:1,600』
『10回集結:因果晶×1,600』
今度こそ、何の不足もない。
第1話では、何も分からないまま突然与えられた無料十連を回した。
今回は違う。
自分で仕事を探した。
初めて異界へ入り、他の能力者と一緒に働き、結果を変え、その報酬として手に入れた石だ。
働いて稼いだ、初めての十連。
直哉はしばらく集結ボタンを見つめたあと、ふと時計を確認した。
まだ両親が帰ってくるまで少し時間がある。
喉も渇いている。
汗もかいた。
直哉は一度だけ深く息を吐いて、画面を閉じた。
「……よし。先に風呂入って、飲み物用意してから回そう」
初めて自分で稼いだ十連なのだ。
どうせなら、落ち着いて楽しみたい。
ベッドから立ち上がりながら、直哉はもう一度だけ閉じた画面へ視線を向けた。
何が出るかは分からない。
★5の確率は、わずか〇・六パーセント。
それでも、今度は本当に自分の力でガチャを回せる。
直哉は自然と口元を緩めた。
「さて……何が出るかな」
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