俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第51話 十数年ぶりの国際線が、呪物回収の仕事になりました

 実家を出て、新しい賃貸マンションでの一人暮らしをスタートさせてから、数日が経過した。

 

 広いリビングには、まだ中身を開けていない段ボール箱がいくつか積まれている。

 しかし、直哉の生活の生命線であり、仕事道具であり、最大の趣味の場でもあるPCデスクの環境だけは、引っ越したその日のうちに真っ先に構築を完了させていた。

 

 デュアルモニターが放つ光に照らされながら、直哉は新調したばかりの快適なワークチェアに深く腰を下ろしていた。

 

「……おっ」

 

 画面の隅にポップアップした業務用の連絡ツールを見て、直哉は小さく声を上げた。

 送信元は、八咫烏の窓口となっている霧島からだ。

 だが、その案件の詳細を開くと、依頼主の欄には、直哉にとって見覚えのある企業名が記載されていた。

 

 以前、直哉が白峰レイジの姿で《境留めの鉄楔》という呪物の輸送警護を担当した、あの特殊物流会社からの依頼だった。

 

 添付された依頼書には、今回も明確に『白峰レイジさんに』という強い指名が入っている。

 

 直哉は、口元を少しだけ緩めた。

 

「リピート依頼か」

 

 三十四歳。

 つい少し前まで、十一ヶ月ものあいだ実家暮らしの無職だった男だ。

 それが今ではどうだ。

 

(前に仕事をして評価してくれた相手から、「次もぜひあなたにお願いしたい」と直接声がかかるようになっている)

 

 直哉は、自分の成長を大げさに自慢したり、声に出して誇ったりはしない。

 ただ、素直に嬉しかった。

 

「なんだかんだで、こういう普通の仕事の依頼も増えてきたな」

 

 一度、きっちりと仕事を受けて、問題なく最後まで終わらせれば、また次も声がかかる。

 それは、会社員時代にも似たようなことはあった。

 

 だが、「上司から理不尽に押し付けられる仕事」と、「自分が選んだ相手から、自分の働きを正当に評価されて受ける仕事」とでは、精神的な気分が全く違うのだ。

 

 直哉は、送られてきた依頼の詳細を確認した。

 

 今回の依頼内容は、少し特殊なものだった。

 

 依頼主である特殊物流会社が、海外で開催されたオークションにて、ある『呪物』を落札した。

 

 品物は、『日本刀』だという。

 

 第二次世界大戦の敗戦後、日本の混乱期にどさくさに紛れて国外へと流出してしまった、曰く付きの刀。

 元々は国内の由緒ある旧家が所有し、厳重に管理していたものだが、戦後は海外の個人所有者や、複数のオカルトコレクターの手を転々としていた。

 

 それが近年になって、ようやく欧州でその所在が確認され。

 今回、オーストリアのウィーンで開催されたオークションへと出品された。

 それを、日本の管理会社が競り落とし、正式な手続きを経て日本へと買い戻すことになったのだ。

 

 直哉は、感心してモニターを見た。

 

「へえ……。そんな呪物の日本刀まで、海外のオークションに出たりするんだな」

 

 霧島からの補足メッセージには、こう書かれていた。

 

『戦後に国外へ流出した呪物や危険な超常物品は、現在でも時々、海外の市場で見つかることがあります』

 

 超常社会の裏側でも、ただの一般的な美術品だけでなく、『呪物版の海外流出文化財問題』という厄介な事情が存在しているらしい。

 

 だが、今回の直哉の仕事は、その刀の呪いをその場で解いたり、強奪犯と戦って奪い返したりすることではない。

 

 競売そのものは、すでに無事に終了している。

 代金の支払いも完了済み。

 刀の危険度も、そこまで高い『超高危険物』には指定されていない。

 

 直哉に頼みたい仕事は。

 

 現地であるウィーンへ赴き、オークション会社から『現物の受領』を行うこと。

 現物確認。封印・保管状態の確認。

 そして、所有権移転の書類の手続きに立ち会い。

 最後に、現地の専門の超常輸送会社へと刀を引き渡す。

 

 そこまでだ。

 

 つまり。

 

(ウィーンへ行って、落札した刀を受け取って、輸送業者へ渡して帰ってくる)

 

 基本的には、ただの『お使い』である。

 

 直哉は、少し不思議に思ってメッセージを返した。

 

『それ、わざわざ俺が行かなくても、他の人でもよくないですか?』

 

 すぐに、管理会社側の意向が返ってくる。

 

『もちろん、他の方でも手続き自体は可能です。ただ、国外で呪物を扱うという性質上、可能であれば、すでに信頼と実績のある白峰さんへお願いしたいとのことです』

 

 そして、当然ながら。

 

『海外出張案件』であるため、渡航費、宿泊費、現地での移動費は全て先方負担。

 さらに、海外での拘束手当込みで、報酬も非常に美味しい金額が提示されていた。

 

 依頼条件の中には、もう一つ。

 

『海外案件のため、補助要員二名まで同行可。渡航費・宿泊費・現地移動費は依頼主負担』

 

 という一文もある。

 

 直哉の指は、迷いなくキーボードを叩いた。

 

『受けます』

 

 直哉の返信は、相変わらず早かった。

 

 依頼を正式に受けた後。

 直哉は、改めて今回の『行き先』の文字を見た。

 

 オーストリア共和国。

 ウィーン。

 

 直哉は、ここで初めて。

 

「……国際線か」

 

 と、少しだけ実感を伴って呟いた。

 

 直哉が最後に、普通の旅客機へ乗って海外へ行ったのはいつだろうか。

 記憶を掘り起こす。

 

 高校の時の、修学旅行だ。

 行き先はシンガポールだった。

 

 その後、つい最近になってアメリカへ行ったことはある。

 ノアの家が用意した空間転移能力で、東京からワシントンD.C.へ一瞬で飛ばされた。

 

 そこからさらにアルビオン吸血鬼公国という、とんでもない場所へまで足を運んでいる。

 

 だが。

 

 パスポートや渡航書類を準備し、空港へ行き、国際線に乗って普通に外国へ向かう。

 

 そんな、ごく一般的な意味での『海外旅行』は、高校の修学旅行以来だった。

 

 大学時代も、バイトとゲームばかりで海外旅行など行かなかった。

 会社員時代も、国内のブラックな営業ばかりで、海外出張の機会など一度もなかった。

 無職になってからは、言うまでもない。

 

 直哉は、一人で苦笑した。

 

(高校の修学旅行でシンガポールに行ったきりだから……もう十年以上どころの話じゃないな)

 

(まさか、次に国際線へ乗るのが。三十四歳になってからの、オーストリアへの『呪物の日本刀回収の出張』になるとは思わなかったわ)

 

 人生、本当に何があるか分からない。

 

 直哉は、視界の《編成》画面を開いた。

 

 今回は海外案件。

 しかも依頼条件として、補助要員を二名まで同行させることが認められている。

 

 なら、枠を使わない理由はない。

 

 直哉は、サクサクと編成を決めた。

 

『東雲セナ』

『白峰レイジ』

『御影千里』

 

 この三人だ。

 

 理由も、非常にシンプルで実務的だ。

 

 レイジ。

 今回の仕事の『主担当』だ。

 依頼主からの指名であり、彼がメインで動く。

 

 千里。

 外国という不慣れな土地での、広域の索敵と警戒。

 そして現物確認の際の《天眼》のサポートに、圧倒的に便利だ。

 

 セナ。

 機動力と近接戦闘の担当。

 もし何か予期せぬトラブルが起きた場合の、遊撃・予備戦力だ。

 

 そして。

 

(最近、セナの姿で仕事する機会も減ってたしな。ちょうどいいか)

 

 もちろん、そんな個人的な理由まで依頼主へ説明する必要はない。

 

 海外渡航にあたっての、面倒な手続き。

 

 これは、驚くほど呆気なく、全てが事前に終わっていた。

 

 能力者としての、国外での業務申請。

 オーストリア側の超常事案担当機関への事前登録。

 武装や、能力の使用に関する申告。

 セナ、レイジ、千里、それぞれの渡航に必要な身分証明と書類。

 そして、オークション会社への事前の身分登録。

 

 八咫烏の専門の担当部署と、依頼主の特殊物流会社が、連携して全てを完璧に事前処理してくれていたのだ。

 

 直哉は、送られてきた分厚いPDFの書類データを眺めて。

 

「……こういう、死ぬほど面倒くさい行政の手続きを、全部プロに丸投げしてやってもらえるの、本当に最高だな」

 

 と、深く感心するだけだった。

 

 彼がやらなければならないことは。

 必要な渡航書類を忘れずに持ち、指定された日時に、指定された飛行機に乗るだけだった。

 

 さらに今回は、現地での会話用として、管理会社から業務用の翻訳呪物も三人分貸与されている。

 

 以前、ノアが使っていたものと同系統の、現代の主要言語同士の日常会話を補助するタイプだ。

 複雑な専門文書までは無理だが、現地で普通に仕事の会話をする程度なら問題はないらしい。

 

 出発の当日。

 

 成田空港の、国際線の出発ロビー。

 

 直哉は、新居を出る前に、すでに《並列集結》を発動させていた。

 

 空港のロビーに。

 

 東雲セナ。

 白峰レイジ。

 御影千里。

 

 三人の、全く外見の違う男女が並んで立っている。

 でも、その中身の意識は、全て三十四歳の森川直哉だ。

 

 直哉は、三人分のスーツケースと手荷物をカートに載せて確認しながら。

 ふと、不思議な感覚に陥った。

 

(……高校の修学旅行の時は、クラスの友達とバカみたいに騒ぎながら空港に来たっけな)

 

(でも、今回は。こうして三人で連れ立って空港に来ているのに)

 

(この三人、全員『俺』なんだよな……)

 

 直哉は、自分の現状のシュールさに。

 

(……なんだこれ。孤独なんだか、賑やかなんだか、全然分からんな)

 

 と、一人で首を傾げていた。

 

 空港での手続きは、全てが『三人分』だ。

 

 搭乗手続きのカウンター。

 セナ、レイジ、千里が、それぞれ必要な渡航書類を提示する。

 

 保安検査のセキュリティチェック。

 三人とも、順番にゲートをくぐる。

 

 そして、飛行機の座席。

 ビジネスクラスの三席。

 

 直哉は、三人分の航空券を眺めて思った。

 

(これ、客観的に見たら『三人での海外出張』だけど。意識の主体は俺一人なんだから、実質『一人旅』って言っていいのか……?)

 

 当然、飛行機のチケット代も、三人分の旅費がクライアントから支払われている。

 中身は、一人なのに。

 

 依頼条件に、補助要員二名までの費用は先方負担と明記されていたとはいえ。

 

(三人分のビジネスクラス代、本当に出してくれるんだな……)

 

 直哉は一瞬だけ遠い目をした。

 

(海外の呪物案件って、金かかるんだなあ)

 

 だが、それは依頼主が必要経費として判断したことだ。

 

(……まあ、それは俺が気にして悩むことじゃないな。ありがたく座らせてもらおう)

 

 直哉は、社会人としての図太さで、すぐに思考を切り替えた。

 

 飛行機が、滑走路を走り、重力を振り切って離陸する。

 

 機体が安定し、シートベルトのサインが消える。

 直哉の、三つの身体の使い方は、かなり馴染んできていた。

 

 窓側の席に座るセナは、外の雲の景色をぼんやりと眺めている。

 レイジは、手元で今回の落札品の刀に関する資料を真面目に読み直している。

 千里は、タブレットを開き、ウィーン到着後のスケジュールと移動ルートを頭に入れている。

 

 三つとも、直哉の意識だ。

 

(セナの目で窓の外の雲を眺めながら。同時に、レイジの手で仕事の資料をめくり。千里では到着後のスケジュールを確認する……)

 

(慣れてきたとはいえ、改めて考えると、人間の脳の処理限界を超えてる酷い能力だな)

 

 まさに、『三窓プレイ』の海外出張版だった。

 

 長いフライトの途中。

 

 直哉は、三つの身体でそれぞれ過ごしながら、ぼんやりと思った。

 

(次に国際線へ乗る時。自分が、若い女性剣士と、無口な観測官の女性と、法服を着た大男のイケメンの『三人』になって、オーストリアへ飛ぶことになるなんて)

 

(高校生の頃の俺に言っても、絶対に、一千万パーセント信じないだろうな)

 

 直哉は、三人分の身体で同時に、少しだけ笑ってしまった。

 

 さらに言えば。

 

(そもそも、《因果集結クロニクル》のガチャで引いたキャラクターに変身して、国外に流出した呪物の刀を回収しに行く仕事をしてる人生なんて、誰が信じるんだよ)

 

 自分でも、未だにたまに意味が分からなくなる。

 

 だが、今さらである。

 

 長時間のフライトを終え。

 飛行機は、オーストリア共和国の首都、ウィーンの国際空港へと到着した。

 

 空港のゲートを抜け、外へ出る。

 

 そこでようやく、直哉は。

 

「あ、本当に俺、ヨーロッパまで来たんだな」

 

 と、強く実感した。

 

 案内板に書かれた、見慣れないドイツ語の標識。

 行き交う人々の、全く違う言語の響き。

 空港の建物のデザイン。

 

 直哉は、ヨーロッパへ来るのは人生で初めてだった。

 

 気の利いた感想など、すぐには出てこない。

 

 ただ、純粋に。

 

「うわ……ヨーロッパだ。すげえ」

 

 と、素直に圧倒されていた。

 

 現地で手配されていた送迎の車に乗り込み、市街地へと向かう。

 

 車がウィーンの歴史地区へと入っていくと。

 窓の外には、石造りの重厚で美しい街並み、歴史を感じさせる教会、そして古い宮殿のような建物が次々と姿を現した。

 

 直哉は、セナの視界で、空高くそびえるシュテファン大聖堂の巨大な尖塔を見上げた。

 レイジの側では、窓の向こうを流れていく石造りの建物の装飾を眺めている。

 千里の目では、次の交差点を曲がる対向車の車列を見ていた。

 

 三人分の視界で同時に見る、初めてのウィーンの街並み。

 

 直哉の感想は。

 

(……情報量が多すぎて、頭パンクしそう)

 

 だった。

 

 ホテルへ向かう道中。

 直哉の頭の中に、三十四歳の社会人らしい『欲』が顔を出した。

 

(せっかく、オーストリアまで来たんだから。仕事だけじゃなくて、少しくらい観光して帰りたいよな)

 

 直哉は、頭の中でスケジュールを確認した。

 

 今日。

 オークション会社へ行き、現物を受領し、書類の確認を行う。

 

 明日。

 指定された現地の専門輸送業者へと刀を引き渡し、完了の確認をする。

 

 その後、そのまま帰国。

 

 仕事の進行次第では、明日の引き渡しが終わった後、飛行機の時間まで数時間の空きができそうだった。

 

 直哉は、少しだけワクワクした。

 

「終わったら、有名なカフェで本場のザッハトルテ食って、美味しい飯くらいは食えるかな」

 

 今のところ、本当にただの平和な海外出張だ。

 

 車は、ウィーンの中心部にある、目的地へと到着した。

 

 そこは、老舗のオークション会社だった。

 

 外観は、周囲の街並みに溶け込むような、歴史ある荘厳な石造りの建物だ。

 表向きには、ごく普通の、絵画や骨董品を扱う高級美術オークションも開催している。

 

 しかし。

 能力者社会の裏側では、『呪物、異物、そして特殊な超常美術品を専門に扱う部門を持っている』ことで有名な会社だった。

 

 だが、直哉が想像していたような「いかにも怪しい黒服が立っている、裏社会の闇オークション会場!」というような、派手で胡散臭い雰囲気は全くなかった。

 

 表から見れば、完全に格式高い、普通の高級オークション会社そのものだ。

 

 受付へと向かう。

 事前に八咫烏を通じて身分登録が済んでいるため、確認は極めてスムーズだった。

 

 担当の初老の職員が、丁寧な英語で挨拶をしてきた。

 

 三人の耳には、出国前に貸与された翻訳呪物が装着されている。

 職員の英語が、ほとんど違和感なく意味として伝わってきた。

 

「日本から、はるばるお越しいただきありがとうございます。白峰様」

 

 レイジが、低く落ち着いた声で答える。

 

「仕事ですから」

 

 直哉が頭の中で作った軽い返答は、レイジらしい簡潔な言い回しへと自然に変換された。

 

 だが、中身の直哉の内心は。

 

(いやー……。本当に俺、今ウィーンで仕事してるよ。親に見せたいわ)

 

 と、まだ自分の状況に少しだけ感動して浮かれていた。

 

 直哉たちは、担当者の案内で、建物の地下にある奥の保管区画へと通された。

 

 厳重なセキュリティゲートをいくつも抜けた先。

 特殊な呪物や異物を保管するための、専門の収蔵室。

 

 そこの中央のテーブルに。

 今回の落札品である、長い専用のジュラルミンケースが置かれていた。

 

 直哉は、三人の役割を分ける。

 

 まず、レイジ。

 日本側の管理会社から渡されていた書類のデータと、ケースの管理番号、そして施された封印が一致しているかを確認する。

 

 次に、千里。

 《天眼》の視界を使い、ケースを開ける前に、内部の物理的な状態を確認する。

 

 ケースの内部に、資料通りの寸法の日本刀が確かに存在している。

 物理的な破損や、すり替えられた形跡も見当たらない。

 

 そして、セナは少し離れた位置で、周囲の警戒に当たる。

 

 担当者が、ロックを解除し、ケースの蓋を開けた。

 

 中には。

 

 古い白鞘に収められた、一振りの日本刀が横たわっていた。

 

 直哉の内心は。

 

(……まあ、正直、俺には刀の年代とか、出来の良さとか、サッパリ分からないんだけどな)

 

 ただのゲーマーである直哉は、刀剣マニアではない。

 

(ただ、これが八十年近くも国外を転々として。ようやく、日本へと帰る刀なんだと思うと。……なんだか、妙な気分にはなるな)

 

 直哉は、管理会社から渡された資料に書かれていた、この刀の簡単な来歴を思い出した。

 

 敗戦後の混乱期に、国外へと流出。

 複数の個人所有者やコレクターの手を経て、欧州へと渡り。

 今回、このオークションへと出品された。

 

 それを、日本の会社が買い戻した。

 

 全ての確認が完了した。

 

 レイジが、受領の確認書類にペンでサインをする。

 

 これで、本日の直哉の仕事の『半分』は終了だ。

 

 あとは、予定通りならば。

 明日の朝、現地の専門輸送業者へとこのケースを渡し、彼らが日本へと運ぶのを見届ければ終わり。

 

 直哉は、かなり気楽な気分になっていた。

 

(海外案件って言うから、ちょっと身構えてたけど。今のところ、本当に何もない平和な仕事だな)

 

(刀を確認して、書類にサインして、明日業者に渡す。これなら、本当に観光して美味しいもの食べる時間くらいは――)

 

 直哉の思考が。

 

 そこで、止まった。

 

 収蔵室の外、建物内の空気が。

 不意に、変わった。

 

 廊下の遠くの扉が、バタンと重い音を立てて閉まるのが聞こえた。

 オークション会社の職員たちが、慌てた様子でインカムを押さえ、何か深刻そうな顔で話し始めている。

 

 受付のある上の階の方向から、ざわざわとした騒がしい声が、地下まで響いてきた。

 

 直哉の内心が、少しだけ警戒レベルを引き上げる。

 

 数分後。

 オークション会社の担当者が、小走りで収蔵室へと戻ってきた。

 

 その表情は、さっきまでの愛想の良いビジネススマイルとは完全に違い、ひどく強張っていた。

 

 担当者が、申し訳なさそうに言った。

 

「誠に申し訳ありません。白峰様」

 

「しばらくの間、こちらのお部屋で待機していただけますでしょうか」

 

 レイジが、眉をひそめて問う。

 

「何か?」

 

 担当者が、額の汗を拭いながら答えた。

 

「ただいま、当館に……現地の当局による、『立入検査』が入りました」

 

 直哉は。

 

(立入検査?)

 

 当然、直哉の頭に最初に浮かんだ疑念は。

 

(俺たちが今受け取ったこの刀、何か法的な問題でもあったのか!? 盗品扱いとか!?)

 

 というものだった。

 

 しかし、どうやら違った。

 

 廊下の向こうから、複数の足音が近づいてくる。

 

 現地の警察や、超常当局の人間と思われる、スーツ姿の男たち。

 

 そして。

 

 その男たちの集団の中に。

 

 明らかに、周囲の人間たちとは『纏っている雰囲気』が違う、一人の女性が立っていた。

 

 二十代後半程度に見える。

 派手な格好ではない。

 機能的なダークスーツ姿だ。

 

 ただし。

 

 彼女の胸元には、小さな『銀色の十字架』が光っていた。

 

 彼女が、オークション会社の責任者らしき人物に対して、手帳のような身分証を提示した。

 

 周囲の職員たちの反応から、彼女がただの警察や、ただの一般の教会関係者ではないことが、直哉にもハッキリと伝わってきた。

 

 彼女は、責任者と何か短い言葉を交わした後。

 

 その鋭い視線を。

 収蔵室にいる。

 

 セナ。

 レイジ。

 千里。

 

 三人の姿へと、真っ直ぐに向けた。

 

 女性は、手元の端末のデータで、事前情報を確認するように視線を落とし。

 

 そして。

 流暢な日本語で、彼らに向かって言った。

 

「日本から来られた、登録能力者の方々ですね?」

 

 レイジが、一歩前に出て答えた。

 

「そうですが」

 

 女性は、銀色の十字架を揺らしながら、冷静な声で言った。

 

「申し訳ありませんが。少しだけ、お時間をいただけますか」

 

 直哉の内心は。

 

 さっきまで頭の中にあった、ザッハトルテと観光の予定を思い浮かべながら。

 

(……なんか、面倒くさいのが始まったな)

 

 と、ただ深くため息をついていた。




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