俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
実家を出て、新しい賃貸マンションでの一人暮らしをスタートさせてから、数日が経過した。
広いリビングには、まだ中身を開けていない段ボール箱がいくつか積まれている。
しかし、直哉の生活の生命線であり、仕事道具であり、最大の趣味の場でもあるPCデスクの環境だけは、引っ越したその日のうちに真っ先に構築を完了させていた。
デュアルモニターが放つ光に照らされながら、直哉は新調したばかりの快適なワークチェアに深く腰を下ろしていた。
「……おっ」
画面の隅にポップアップした業務用の連絡ツールを見て、直哉は小さく声を上げた。
送信元は、八咫烏の窓口となっている霧島からだ。
だが、その案件の詳細を開くと、依頼主の欄には、直哉にとって見覚えのある企業名が記載されていた。
以前、直哉が白峰レイジの姿で《境留めの鉄楔》という呪物の輸送警護を担当した、あの特殊物流会社からの依頼だった。
添付された依頼書には、今回も明確に『白峰レイジさんに』という強い指名が入っている。
直哉は、口元を少しだけ緩めた。
「リピート依頼か」
三十四歳。
つい少し前まで、十一ヶ月ものあいだ実家暮らしの無職だった男だ。
それが今ではどうだ。
(前に仕事をして評価してくれた相手から、「次もぜひあなたにお願いしたい」と直接声がかかるようになっている)
直哉は、自分の成長を大げさに自慢したり、声に出して誇ったりはしない。
ただ、素直に嬉しかった。
「なんだかんだで、こういう普通の仕事の依頼も増えてきたな」
一度、きっちりと仕事を受けて、問題なく最後まで終わらせれば、また次も声がかかる。
それは、会社員時代にも似たようなことはあった。
だが、「上司から理不尽に押し付けられる仕事」と、「自分が選んだ相手から、自分の働きを正当に評価されて受ける仕事」とでは、精神的な気分が全く違うのだ。
直哉は、送られてきた依頼の詳細を確認した。
今回の依頼内容は、少し特殊なものだった。
依頼主である特殊物流会社が、海外で開催されたオークションにて、ある『呪物』を落札した。
品物は、『日本刀』だという。
第二次世界大戦の敗戦後、日本の混乱期にどさくさに紛れて国外へと流出してしまった、曰く付きの刀。
元々は国内の由緒ある旧家が所有し、厳重に管理していたものだが、戦後は海外の個人所有者や、複数のオカルトコレクターの手を転々としていた。
それが近年になって、ようやく欧州でその所在が確認され。
今回、オーストリアのウィーンで開催されたオークションへと出品された。
それを、日本の管理会社が競り落とし、正式な手続きを経て日本へと買い戻すことになったのだ。
直哉は、感心してモニターを見た。
「へえ……。そんな呪物の日本刀まで、海外のオークションに出たりするんだな」
霧島からの補足メッセージには、こう書かれていた。
『戦後に国外へ流出した呪物や危険な超常物品は、現在でも時々、海外の市場で見つかることがあります』
超常社会の裏側でも、ただの一般的な美術品だけでなく、『呪物版の海外流出文化財問題』という厄介な事情が存在しているらしい。
だが、今回の直哉の仕事は、その刀の呪いをその場で解いたり、強奪犯と戦って奪い返したりすることではない。
競売そのものは、すでに無事に終了している。
代金の支払いも完了済み。
刀の危険度も、そこまで高い『超高危険物』には指定されていない。
直哉に頼みたい仕事は。
現地であるウィーンへ赴き、オークション会社から『現物の受領』を行うこと。
現物確認。封印・保管状態の確認。
そして、所有権移転の書類の手続きに立ち会い。
最後に、現地の専門の超常輸送会社へと刀を引き渡す。
そこまでだ。
つまり。
(ウィーンへ行って、落札した刀を受け取って、輸送業者へ渡して帰ってくる)
基本的には、ただの『お使い』である。
直哉は、少し不思議に思ってメッセージを返した。
『それ、わざわざ俺が行かなくても、他の人でもよくないですか?』
すぐに、管理会社側の意向が返ってくる。
『もちろん、他の方でも手続き自体は可能です。ただ、国外で呪物を扱うという性質上、可能であれば、すでに信頼と実績のある白峰さんへお願いしたいとのことです』
そして、当然ながら。
『海外出張案件』であるため、渡航費、宿泊費、現地での移動費は全て先方負担。
さらに、海外での拘束手当込みで、報酬も非常に美味しい金額が提示されていた。
依頼条件の中には、もう一つ。
『海外案件のため、補助要員二名まで同行可。渡航費・宿泊費・現地移動費は依頼主負担』
という一文もある。
直哉の指は、迷いなくキーボードを叩いた。
『受けます』
直哉の返信は、相変わらず早かった。
依頼を正式に受けた後。
直哉は、改めて今回の『行き先』の文字を見た。
オーストリア共和国。
ウィーン。
直哉は、ここで初めて。
「……国際線か」
と、少しだけ実感を伴って呟いた。
直哉が最後に、普通の旅客機へ乗って海外へ行ったのはいつだろうか。
記憶を掘り起こす。
高校の時の、修学旅行だ。
行き先はシンガポールだった。
その後、つい最近になってアメリカへ行ったことはある。
ノアの家が用意した空間転移能力で、東京からワシントンD.C.へ一瞬で飛ばされた。
そこからさらにアルビオン吸血鬼公国という、とんでもない場所へまで足を運んでいる。
だが。
パスポートや渡航書類を準備し、空港へ行き、国際線に乗って普通に外国へ向かう。
そんな、ごく一般的な意味での『海外旅行』は、高校の修学旅行以来だった。
大学時代も、バイトとゲームばかりで海外旅行など行かなかった。
会社員時代も、国内のブラックな営業ばかりで、海外出張の機会など一度もなかった。
無職になってからは、言うまでもない。
直哉は、一人で苦笑した。
(高校の修学旅行でシンガポールに行ったきりだから……もう十年以上どころの話じゃないな)
(まさか、次に国際線へ乗るのが。三十四歳になってからの、オーストリアへの『呪物の日本刀回収の出張』になるとは思わなかったわ)
人生、本当に何があるか分からない。
直哉は、視界の《編成》画面を開いた。
今回は海外案件。
しかも依頼条件として、補助要員を二名まで同行させることが認められている。
なら、枠を使わない理由はない。
直哉は、サクサクと編成を決めた。
『東雲セナ』
『白峰レイジ』
『御影千里』
この三人だ。
理由も、非常にシンプルで実務的だ。
レイジ。
今回の仕事の『主担当』だ。
依頼主からの指名であり、彼がメインで動く。
千里。
外国という不慣れな土地での、広域の索敵と警戒。
そして現物確認の際の《天眼》のサポートに、圧倒的に便利だ。
セナ。
機動力と近接戦闘の担当。
もし何か予期せぬトラブルが起きた場合の、遊撃・予備戦力だ。
そして。
(最近、セナの姿で仕事する機会も減ってたしな。ちょうどいいか)
もちろん、そんな個人的な理由まで依頼主へ説明する必要はない。
海外渡航にあたっての、面倒な手続き。
これは、驚くほど呆気なく、全てが事前に終わっていた。
能力者としての、国外での業務申請。
オーストリア側の超常事案担当機関への事前登録。
武装や、能力の使用に関する申告。
セナ、レイジ、千里、それぞれの渡航に必要な身分証明と書類。
そして、オークション会社への事前の身分登録。
八咫烏の専門の担当部署と、依頼主の特殊物流会社が、連携して全てを完璧に事前処理してくれていたのだ。
直哉は、送られてきた分厚いPDFの書類データを眺めて。
「……こういう、死ぬほど面倒くさい行政の手続きを、全部プロに丸投げしてやってもらえるの、本当に最高だな」
と、深く感心するだけだった。
彼がやらなければならないことは。
必要な渡航書類を忘れずに持ち、指定された日時に、指定された飛行機に乗るだけだった。
さらに今回は、現地での会話用として、管理会社から業務用の翻訳呪物も三人分貸与されている。
以前、ノアが使っていたものと同系統の、現代の主要言語同士の日常会話を補助するタイプだ。
複雑な専門文書までは無理だが、現地で普通に仕事の会話をする程度なら問題はないらしい。
出発の当日。
成田空港の、国際線の出発ロビー。
直哉は、新居を出る前に、すでに《並列集結》を発動させていた。
空港のロビーに。
東雲セナ。
白峰レイジ。
御影千里。
三人の、全く外見の違う男女が並んで立っている。
でも、その中身の意識は、全て三十四歳の森川直哉だ。
直哉は、三人分のスーツケースと手荷物をカートに載せて確認しながら。
ふと、不思議な感覚に陥った。
(……高校の修学旅行の時は、クラスの友達とバカみたいに騒ぎながら空港に来たっけな)
(でも、今回は。こうして三人で連れ立って空港に来ているのに)
(この三人、全員『俺』なんだよな……)
直哉は、自分の現状のシュールさに。
(……なんだこれ。孤独なんだか、賑やかなんだか、全然分からんな)
と、一人で首を傾げていた。
空港での手続きは、全てが『三人分』だ。
搭乗手続きのカウンター。
セナ、レイジ、千里が、それぞれ必要な渡航書類を提示する。
保安検査のセキュリティチェック。
三人とも、順番にゲートをくぐる。
そして、飛行機の座席。
ビジネスクラスの三席。
直哉は、三人分の航空券を眺めて思った。
(これ、客観的に見たら『三人での海外出張』だけど。意識の主体は俺一人なんだから、実質『一人旅』って言っていいのか……?)
当然、飛行機のチケット代も、三人分の旅費がクライアントから支払われている。
中身は、一人なのに。
依頼条件に、補助要員二名までの費用は先方負担と明記されていたとはいえ。
(三人分のビジネスクラス代、本当に出してくれるんだな……)
直哉は一瞬だけ遠い目をした。
(海外の呪物案件って、金かかるんだなあ)
だが、それは依頼主が必要経費として判断したことだ。
(……まあ、それは俺が気にして悩むことじゃないな。ありがたく座らせてもらおう)
直哉は、社会人としての図太さで、すぐに思考を切り替えた。
飛行機が、滑走路を走り、重力を振り切って離陸する。
機体が安定し、シートベルトのサインが消える。
直哉の、三つの身体の使い方は、かなり馴染んできていた。
窓側の席に座るセナは、外の雲の景色をぼんやりと眺めている。
レイジは、手元で今回の落札品の刀に関する資料を真面目に読み直している。
千里は、タブレットを開き、ウィーン到着後のスケジュールと移動ルートを頭に入れている。
三つとも、直哉の意識だ。
(セナの目で窓の外の雲を眺めながら。同時に、レイジの手で仕事の資料をめくり。千里では到着後のスケジュールを確認する……)
(慣れてきたとはいえ、改めて考えると、人間の脳の処理限界を超えてる酷い能力だな)
まさに、『三窓プレイ』の海外出張版だった。
長いフライトの途中。
直哉は、三つの身体でそれぞれ過ごしながら、ぼんやりと思った。
(次に国際線へ乗る時。自分が、若い女性剣士と、無口な観測官の女性と、法服を着た大男のイケメンの『三人』になって、オーストリアへ飛ぶことになるなんて)
(高校生の頃の俺に言っても、絶対に、一千万パーセント信じないだろうな)
直哉は、三人分の身体で同時に、少しだけ笑ってしまった。
さらに言えば。
(そもそも、《因果集結クロニクル》のガチャで引いたキャラクターに変身して、国外に流出した呪物の刀を回収しに行く仕事をしてる人生なんて、誰が信じるんだよ)
自分でも、未だにたまに意味が分からなくなる。
だが、今さらである。
長時間のフライトを終え。
飛行機は、オーストリア共和国の首都、ウィーンの国際空港へと到着した。
空港のゲートを抜け、外へ出る。
そこでようやく、直哉は。
「あ、本当に俺、ヨーロッパまで来たんだな」
と、強く実感した。
案内板に書かれた、見慣れないドイツ語の標識。
行き交う人々の、全く違う言語の響き。
空港の建物のデザイン。
直哉は、ヨーロッパへ来るのは人生で初めてだった。
気の利いた感想など、すぐには出てこない。
ただ、純粋に。
「うわ……ヨーロッパだ。すげえ」
と、素直に圧倒されていた。
現地で手配されていた送迎の車に乗り込み、市街地へと向かう。
車がウィーンの歴史地区へと入っていくと。
窓の外には、石造りの重厚で美しい街並み、歴史を感じさせる教会、そして古い宮殿のような建物が次々と姿を現した。
直哉は、セナの視界で、空高くそびえるシュテファン大聖堂の巨大な尖塔を見上げた。
レイジの側では、窓の向こうを流れていく石造りの建物の装飾を眺めている。
千里の目では、次の交差点を曲がる対向車の車列を見ていた。
三人分の視界で同時に見る、初めてのウィーンの街並み。
直哉の感想は。
(……情報量が多すぎて、頭パンクしそう)
だった。
ホテルへ向かう道中。
直哉の頭の中に、三十四歳の社会人らしい『欲』が顔を出した。
(せっかく、オーストリアまで来たんだから。仕事だけじゃなくて、少しくらい観光して帰りたいよな)
直哉は、頭の中でスケジュールを確認した。
今日。
オークション会社へ行き、現物を受領し、書類の確認を行う。
明日。
指定された現地の専門輸送業者へと刀を引き渡し、完了の確認をする。
その後、そのまま帰国。
仕事の進行次第では、明日の引き渡しが終わった後、飛行機の時間まで数時間の空きができそうだった。
直哉は、少しだけワクワクした。
「終わったら、有名なカフェで本場のザッハトルテ食って、美味しい飯くらいは食えるかな」
今のところ、本当にただの平和な海外出張だ。
車は、ウィーンの中心部にある、目的地へと到着した。
そこは、老舗のオークション会社だった。
外観は、周囲の街並みに溶け込むような、歴史ある荘厳な石造りの建物だ。
表向きには、ごく普通の、絵画や骨董品を扱う高級美術オークションも開催している。
しかし。
能力者社会の裏側では、『呪物、異物、そして特殊な超常美術品を専門に扱う部門を持っている』ことで有名な会社だった。
だが、直哉が想像していたような「いかにも怪しい黒服が立っている、裏社会の闇オークション会場!」というような、派手で胡散臭い雰囲気は全くなかった。
表から見れば、完全に格式高い、普通の高級オークション会社そのものだ。
受付へと向かう。
事前に八咫烏を通じて身分登録が済んでいるため、確認は極めてスムーズだった。
担当の初老の職員が、丁寧な英語で挨拶をしてきた。
三人の耳には、出国前に貸与された翻訳呪物が装着されている。
職員の英語が、ほとんど違和感なく意味として伝わってきた。
「日本から、はるばるお越しいただきありがとうございます。白峰様」
レイジが、低く落ち着いた声で答える。
「仕事ですから」
直哉が頭の中で作った軽い返答は、レイジらしい簡潔な言い回しへと自然に変換された。
だが、中身の直哉の内心は。
(いやー……。本当に俺、今ウィーンで仕事してるよ。親に見せたいわ)
と、まだ自分の状況に少しだけ感動して浮かれていた。
直哉たちは、担当者の案内で、建物の地下にある奥の保管区画へと通された。
厳重なセキュリティゲートをいくつも抜けた先。
特殊な呪物や異物を保管するための、専門の収蔵室。
そこの中央のテーブルに。
今回の落札品である、長い専用のジュラルミンケースが置かれていた。
直哉は、三人の役割を分ける。
まず、レイジ。
日本側の管理会社から渡されていた書類のデータと、ケースの管理番号、そして施された封印が一致しているかを確認する。
次に、千里。
《天眼》の視界を使い、ケースを開ける前に、内部の物理的な状態を確認する。
ケースの内部に、資料通りの寸法の日本刀が確かに存在している。
物理的な破損や、すり替えられた形跡も見当たらない。
そして、セナは少し離れた位置で、周囲の警戒に当たる。
担当者が、ロックを解除し、ケースの蓋を開けた。
中には。
古い白鞘に収められた、一振りの日本刀が横たわっていた。
直哉の内心は。
(……まあ、正直、俺には刀の年代とか、出来の良さとか、サッパリ分からないんだけどな)
ただのゲーマーである直哉は、刀剣マニアではない。
(ただ、これが八十年近くも国外を転々として。ようやく、日本へと帰る刀なんだと思うと。……なんだか、妙な気分にはなるな)
直哉は、管理会社から渡された資料に書かれていた、この刀の簡単な来歴を思い出した。
敗戦後の混乱期に、国外へと流出。
複数の個人所有者やコレクターの手を経て、欧州へと渡り。
今回、このオークションへと出品された。
それを、日本の会社が買い戻した。
全ての確認が完了した。
レイジが、受領の確認書類にペンでサインをする。
これで、本日の直哉の仕事の『半分』は終了だ。
あとは、予定通りならば。
明日の朝、現地の専門輸送業者へとこのケースを渡し、彼らが日本へと運ぶのを見届ければ終わり。
直哉は、かなり気楽な気分になっていた。
(海外案件って言うから、ちょっと身構えてたけど。今のところ、本当に何もない平和な仕事だな)
(刀を確認して、書類にサインして、明日業者に渡す。これなら、本当に観光して美味しいもの食べる時間くらいは――)
直哉の思考が。
そこで、止まった。
収蔵室の外、建物内の空気が。
不意に、変わった。
廊下の遠くの扉が、バタンと重い音を立てて閉まるのが聞こえた。
オークション会社の職員たちが、慌てた様子でインカムを押さえ、何か深刻そうな顔で話し始めている。
受付のある上の階の方向から、ざわざわとした騒がしい声が、地下まで響いてきた。
直哉の内心が、少しだけ警戒レベルを引き上げる。
数分後。
オークション会社の担当者が、小走りで収蔵室へと戻ってきた。
その表情は、さっきまでの愛想の良いビジネススマイルとは完全に違い、ひどく強張っていた。
担当者が、申し訳なさそうに言った。
「誠に申し訳ありません。白峰様」
「しばらくの間、こちらのお部屋で待機していただけますでしょうか」
レイジが、眉をひそめて問う。
「何か?」
担当者が、額の汗を拭いながら答えた。
「ただいま、当館に……現地の当局による、『立入検査』が入りました」
直哉は。
(立入検査?)
当然、直哉の頭に最初に浮かんだ疑念は。
(俺たちが今受け取ったこの刀、何か法的な問題でもあったのか!? 盗品扱いとか!?)
というものだった。
しかし、どうやら違った。
廊下の向こうから、複数の足音が近づいてくる。
現地の警察や、超常当局の人間と思われる、スーツ姿の男たち。
そして。
その男たちの集団の中に。
明らかに、周囲の人間たちとは『纏っている雰囲気』が違う、一人の女性が立っていた。
二十代後半程度に見える。
派手な格好ではない。
機能的なダークスーツ姿だ。
ただし。
彼女の胸元には、小さな『銀色の十字架』が光っていた。
彼女が、オークション会社の責任者らしき人物に対して、手帳のような身分証を提示した。
周囲の職員たちの反応から、彼女がただの警察や、ただの一般の教会関係者ではないことが、直哉にもハッキリと伝わってきた。
彼女は、責任者と何か短い言葉を交わした後。
その鋭い視線を。
収蔵室にいる。
セナ。
レイジ。
千里。
三人の姿へと、真っ直ぐに向けた。
女性は、手元の端末のデータで、事前情報を確認するように視線を落とし。
そして。
流暢な日本語で、彼らに向かって言った。
「日本から来られた、登録能力者の方々ですね?」
レイジが、一歩前に出て答えた。
「そうですが」
女性は、銀色の十字架を揺らしながら、冷静な声で言った。
「申し訳ありませんが。少しだけ、お時間をいただけますか」
直哉の内心は。
さっきまで頭の中にあった、ザッハトルテと観光の予定を思い浮かべながら。
(……なんか、面倒くさいのが始まったな)
と、ただ深くため息をついていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!