俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
「日本から来られた、登録能力者の方々ですね?」
銀色の小さな十字架を胸元に下げた女性が、レイジたちに向かってそう問いかけた。
「申し訳ありませんが。少しだけ、お時間をいただけますか」
直哉の内心は、静かにため息をついていた。
(……なんか、面倒くさいのが始まったな)
せっかく刀の受け取りを終えて、あとは美味しいものを食べて帰るだけだと思っていたのに。
立入検査だの、当局の人間だの、明らかに面倒事の臭いしかしない。
だが、表面上の白峰レイジは、極めて冷静な大人の態度を崩さなかった。
「理由を伺っても?」
女性は、まず、深々と丁寧な礼をした。
「失礼いたしました。私は、エリーズ・ヴァロワと申します」
彼女は、スーツの内ポケットから手帳を取り出し、身分証を提示した。
「『カトリック教会』に所属しており、特異事案の調査を担当しております」
直哉の内心が、ここで初めて大きく跳ね上がった。
(カトリック教会!?)
この世界には、八咫烏のような超常事案を扱う秘密行政組織が存在し、呪物があり、怪異があり、吸血鬼まで実在しているのだ。
ならば当然、世界最大規模の宗教勢力の一つであるカトリック教会の側にも、そういった超常的な事象に対応する『裏の部門』があるだろうことくらいは、直哉も頭では理解していた。
だが、実際に。
オーストリアのオークション会社の地下で、突然「カトリックの能力者調査官」が目の前に現れると、話は全く別だ。
しかも。
直哉の貧困なオタク的想像力では、カトリックの裏の討伐者といえば「白い修道服! 背丈ほどもある巨大な十字架! そして聖剣!」みたいな、分かりやすいファンタジーな姿を想像していた。
しかし、目の前にいるエリーズ・ヴァロワは。
栗色の髪を低い位置でまとめ、青灰色の理知的な瞳をした、完全な機能的ダークスーツ姿の女性だった。
胸元の小さな銀の十字架を除けば、どこからどう見ても『優秀な民間企業のキャリアウーマン』か『凄腕の警察の捜査官』にしか見えない。
直哉は内心で、(……思ってたより、全然普通の格好してるな……)と、少しだけ拍子抜けしていた。
エリーズは、まず最初に、直哉たちが一番気にしているであろう懸念を晴らした。
「先に一点、どうかご安心ください」
彼女は、レイジの横のテーブルに置かれたジュラルミンケースへと視線を向けた。
「皆様が本日、こちらのオークションで受領されたその日本刀の呪物は。今回の我々の捜査対象ではありません」
直哉の内心が、盛大に安堵の声を上げた。
(よかったぁぁぁぁぁぁ……!!)
せっかくウィーンまで長旅をしてきて、「実は、あなたが今受け取ったその刀も、盗難品の一部でした」なんて言われたら。
依頼そのものが根本からひっくり返り、書類の手続きや没収騒ぎで、途方もなく面倒なことになるところだった。
レイジは、小さく頷いた。
「では、この刀については、我々が予定通り日本へと移送して問題ないと?」
「現時点では、そのように認識していただいて結構です。ただし、館内の立入検査が終了するまでは、念のため物品の移動は控えてください」
「承知しました」
会話は、非常に事務的でスムーズだった。
エリーズの態度には、権力を笠に着て無駄に威圧するような高圧さは一切ない。
だが、直哉としては、一つ気になっていたことがあった。
レイジの口調で、静かに尋ねる。
「一つ、伺っても?」
「どうぞ」
「教会という宗教組織が、直接この種の犯罪捜査を行う権限を持っているのですか?」
エリーズは、少しだけ考えてから、丁寧に説明した。
「正確には、我々教会だけで勝手に捜査や強制執行を行っているわけではありません」
今回の、このオークション会社への立入検査そのものは。
あくまで、オーストリア政府の『司法および超常事案担当機関』が、正式な令状に基づいて実施しているものだ。
カトリック教会側の立場は、『被害当事者』であり、かつ呪物の扱いに長けた『専門の助言者』だ。
エリーズは、教会側の調査責任者として、現地の警察組織に『同行』しているに過ぎない。
だから、「外国の巨大な宗教組織が、自分たちの権限だけで、勝手に他国の民間企業へと踏み込んできた」というような、横暴な真似をしているわけではないのだ。
直哉は、話を聞きながら小さく納得した。
エリーズは、直哉たちに「なぜ声をかけたのか」という理由に繋がる、必要な範囲だけの説明を始めた。
「約、二週間前のことです」
「北イタリアにある、教会の厳重な管理施設から。ある一つの重要な聖遺物が盗み出されました」
「《銀枝の聖櫃》と呼ばれる品です」
直哉の内心のゲーマー魂が、少しだけピクッと反応した。
(聖遺物……!)
さっきまでは、戦後に流出した日本の呪物。
今度は、イタリアの教会から盗まれたヨーロッパの聖遺物。
直哉は、(おお、ちゃんと外国の裏側に来たって感じがするな)と、少しだけテンションが上がっていた。
エリーズが、手元の端末を操作し、簡単な参考画像を見せた。
それは、手のひらより少し大きいくらいの、銀製の小さな箱だった。
派手な宝石の装飾などはなく、全体的に古びて黒ずんでおり、表面に緻密な植物の枝のような彫刻が施されている。
レイジが、画像を一瞥して尋ねた。
「その品の、価値は?」
エリーズが、わずかに首を傾げる。
「金銭的な意味、でしょうか?」
「いえ。それを盗んだ側にとっての、実用的な価値の意味です」
その的確で実務的な質問に、エリーズはほんの少しだけ目を細め、レイジを改めて評価するように見た。
「なるほど」
エリーズは、少しだけ声のトーンを落とした。
「極めて高いでしょう」
エリーズが、《銀枝の聖櫃》の具体的な性質について説明する。
「この聖櫃は。周囲の一定範囲内において、『呪物、怪異、悪意ある超常現象から受ける有害な影響を、大幅に弱める』という超常的な作用を持っています」
直哉は、即座に理解した。
(あ、それ。裏社会の犯罪者なら、普通に喉から手が出るほど欲しい奴だわ)
例えば、非常に危険で不安定な呪物を密輸・保管する犯罪組織があったとする。
その聖櫃を、作業台の横に置いておくだけで。呪いによる作業員の被曝や、不慮の暴走事故の確率を、劇的に下げることができるのだ。
他にも、重度に汚染された場所への侵入や、怪異案件の現場の安全化など。
『完全無効化』ではないにせよ、実務的な用途はいくらでも考えられる。
だからこそ、裏市場での需要は計り知れない。
レイジが確認する。
「単なる高額な美術品としての売却目的とは、限らないと?」
「ええ」
エリーズは頷いた。
「むしろ、我々は、何らかの危険な超常犯罪のための『実用目的』で盗まれた可能性を、高く見ています」
直哉は、端末に映し出された古びた銀の箱を見た。
(少なくとも、行き当たりばったりに盗んだって感じじゃなさそうだな)
ただ、直哉が今受けている仕事とは無関係だ。
彼がウィーンへ来た目的は、あくまで日本刀を安全に受け取って帰ることだった。
直哉は、レイジの口調で尋ねた。
「そのイタリアで盗まれた聖遺物が。なぜ今、ここウィーンのオークション会社と結びついたのですか?」
エリーズが、淡々と説明する。
聖櫃そのものが、この会社のオークションの目録に出品されたわけではない。
盗難後。
犯人側は、複数の仲介人、偽名、偽造身分、そして複数国を跨いだ複雑な取引ルートを使って、聖櫃の行方を隠蔽しようとした。
だが、教会の専門の調査部隊が、その微細な痕跡を追跡した。
その結果。
聖櫃の流通に関わった可能性が極めて高い『一人の仲介人』が浮上した。
「その男が。数日前、このオークション会社へと、全く別の超常品を持ち込んで取引を行っていたことが判明したのです」
しかも、彼が提出した身分証は精巧な偽造だった。
だから、エリーズたちは「この会社の地下金庫に聖櫃が隠されています」と決めつけて踏み込んできたわけではない。
「聖櫃の流通に関わった重要な参考人が、この会社のシステムを利用している」という段階での、証拠の保全と情報の洗い出しの検査なのだ。
エリーズは、はっきりと付け加えた。
「オークション会社側も、偽造身分に騙された『被害者』である可能性が高いと考えています」
その後も、エリーズは現地当局の担当者、オークション会社の責任者、警備責任者から短時間で情報を集めていった。
質問は短く、必要なことだけを聞く。
返ってきた答えも、その場で次の確認へと繋げている。
すでに彼女は。
男が使用した偽造身分証のデータ。
過去の入館記録。
搬入口の利用履歴。
地下の保管庫へのアクセス記録。
そして、該当する時間帯の防犯カメラの映像。
それら全てを、現地当局と連携して照合し終わっていた。
しかも。
「……一件、記録が合わない人物がいます」
と、彼女はすでに不審な点を見つけ出していたのだ。
そして、事情聴取の一環として。
現場の収蔵室にいた、セナ、レイジ、千里の三人の『登録情報』についても、当然確認が行われた。
もちろん、エリーズは『この三人が、全て森川直哉本人である』という事実までは知らない。
ごく普通に、日本から来た能力者のチームだと思っている。
エリーズが、端末を見ながら確認する。
「今回の受領業務の責任者は、白峰さんで?」
レイジが頷く。
「はい」
「東雲さんと、御影さんは?」
「私の、サポートと補助要員です」
それだけだ。
直哉も、必要のない能力の内情まで説明する気はない。
エリーズは、タブレットの画面を見ていた。
白峰レイジ。
Tier2。
しかし、その実績欄には。
日本の巨大な蛇神案件への対処。
危険な呪物の防衛輸送。
そして、複数の実戦での成功事例が、公開可能な範囲で記載されていた。
エリーズの、画面をスクロールする指がピタリと止まった。
「……白峰レイジ」
レイジが、首を傾げる。
「何か?」
「いえ」
エリーズは、青灰色の瞳を少しだけ細めて、レイジの長身を見上げた。
「お名前は、存じておりました」
直哉の内心が、少しだけビクッとした。
(え? 俺の噂、ヨーロッパまで行ってんの!?)
エリーズが、少しだけ口元を緩めて言った。
「日本に、少々『変わった』防御と適応の能力を持つ方がいるとは、教会の情報部からも耳に入っておりましたので」
直哉はホッとした。
超常案件を専門に扱う教会の情報部だからこそ、日本の有力な能力者の情報として把握していた。
その程度らしい。
レイジは、謙遜するように低く答えた。
「噂ほどのものではありません」
直哉の内心は。
(いや、たぶん性能的には完全に噂通りのバケモノだと思います)
と訂正していた。
そして。
エリーズの視線が、レイジの横で静かに立っていた、千里へと移った。
「御影千里さん」
千里が、無表情のまま視線を返す。
エリーズが、確認するように言った。
「観測と、索敵に特化した能力者だと伺っております」
直哉の内心が、ピンときた。
(来たな)
エリーズは、能力の限界と適性を確認するように尋ねた。
「対象となる『人物の捜索』も、可能ですか?」
千里が、静かに答える。
「条件次第です」
「どのような?」
「具体的な対象のイメージが必要です。その人物の顔や外見的特徴を、私が直接確認できれば。捜索の精度は、飛躍的に上がります」
エリーズは、深く頷いた。
「なるほど」
エリーズは、すぐに手元の端末を操作した。
画面に映し出されたのは。
三日前。このオークション会社の、地下の搬入口の防犯カメラの映像だった。
帽子を深く被り、灰色のコートを着た、三十代後半程度の白人男性。
顔が一瞬だけ、防犯カメラのレンズに向かってかなり鮮明に写っているフレームがあった。
今回の、聖櫃の流通に関わったとされる仲介人。
使用していた身分証の名前は、偽名だった。
エリーズが、その顔写真を千里へと見せた。
「現在、我々がこの建物内で最も重要視し、行方を追っている人物です」
千里が、その画像をじっと見つめる。
直哉の意識が、その男の顔、輪郭、特徴を完全に認識した。
(検索キー、成立)
直哉は、ここで勝手に能力を使うことはしなかった。
ここは外国だ。
他国の、他組織の捜査現場なのだ。
千里は、静かに言った。
「対象の確認だけでしたら。お手伝いすることは、可能ですが」
エリーズが、怪訝そうに首を傾げた。
「?」
「私が申し上げているのは、『この人物が、現在どこにいるか』ということです」
エリーズの表情が、初めて驚きに変わった。
「それが……今すぐ、可能なのですか?」
千里は、淡々と答えた。
「はい。顔を、確認できましたので」
エリーズは、すぐに同行しているオーストリアの現地当局の責任者へ向き直り、手短に確認を取った。
日本側の能力者への、捜査における一時的な協力要請。
登録情報の正当性。
オーストリア国内での、限定的な能力使用の許可。
全てを、その場で数分でクリアにした。
超常事案を扱う機関同士であれば、こういった緊急時の協力も珍しいものではないらしい。
エリーズが、再び千里へ向き直り、深く頭を下げた。
「正式に、観測のご協力をお願いできますでしょうか」
千里は、短く答えた。
「承知いたしました」
直哉は、内心で呟いた。
(じゃ、パパッと探して終わらせるか)
千里が、対象の男を指定した。
一瞬。
二瞬。
そして。
千里の視線が、スッと、自分たちのいる建物の『下』の方角へと向けられた。
「…………」
エリーズが、少し緊張した声で尋ねる。
「御影さん?」
千里が、目を開けた。
「……いました」
エリーズが、息を呑む。
「え? どこに?」
千里は、極めて無機質な声で答えた。
「この、建物の中です」
一拍、置いて。
直哉の内心も。
(え? まだここにいんの!?)
と、激しく驚いていた。
千里が、見えたままの情報をリアルタイムで告げていく。
「地下二階」
「北側の、スタッフ用のサービス通路」
「対象は現在、搬入口の方向へ向かって、早歩きで移動しています」
エリーズの顔から、柔らかさが完全に消え失せた。
冷徹な、本物の『調査官』としての仕事モードの顔だ。
「服装は?」
「写真と同じ、灰色のコートです。顔も完全に一致」
「所持品は?」
千里が、透視した視界から情報を拾う。
「肩掛けの革鞄を一つ、所持しています」
エリーズが鋭く問う。
「大きさは!?」
千里が、簡潔に寸法を説明する。
それは、エリーズが探している《銀枝の聖櫃》の箱が、ちょうどすっぽりと入る程度の大きさだった。
収蔵室の空気が、一瞬にして張り詰めた。
現地の担当者が、困惑したように呟いた。
「どうして、まだ館内にいるんだ? 立入検査が入ったのに、なぜもっと早く逃げなかった?」
エリーズが、冷たく言った。
「逃げなかったのでは、ありません」
千里の視界では、男の歩調が徐々に速くなり、今まさに焦ったように走り始めようとしていた。
エリーズが結論を出す。
「我々が立入検査に入ったことを知って。今まさに、移動を開始したのです」
つまり。
まだ、間に合う。
エリーズの指示は、電光石火だった。
「地下の搬入口を、即座に完全閉鎖してください!」
「東側の通路へ、人員を二名! 正面の出口の警備はそのまま現状維持!」
「一般のお客様を、絶対に地下へ近づけないで!」
現地の当局員たちが、彼女の指示に従って一斉に動き出す。
直哉は、内心で感嘆していた。
(うわ、この人、頭の切り替えと指示出しめちゃくちゃ早っ……!)
現地当局の部隊が、地下二階へと急行する。
千里は、その様子と逃走者の動きを、リアルタイムで観測し続けていた。
「対象、走って加速しました」
その直後だった。
地下二階。
男の目の前で、警備システムによって分厚い防火扉が閉鎖された。
普通なら、これで袋の鼠だ。
しかし。
男が、その金属製の防火扉へと、素手をベタッと置いた。
次の瞬間。
分厚い金属の扉の一部が、まるで水面のようにグニャリと不気味に揺らいだ。
男が、その揺らいだ金属の中へと、自分の身体を強引に押し込んでいく。
そして、そのまま。
壁をすり抜けるようにして、扉の向こう側へと完全に抜け出てしまった。
千里が、微塵も驚かずに報告する。
「……対象が、閉鎖された扉を透過して通過しました」
エリーズが、舌打ちをした。
「能力者……!」
彼女の手元の事前の登録情報には、あの男が能力者であるという記載はなかった。
ここで初めて、相手がただの仲介人ではなく、超常の力を持つ逃亡者であることが確定したのだ。
エリーズが、着ていた長いダークコートをバサリと翻した。
その内側。
彼女の腰の左右のホルダーに。
ずらりと並んだ、銀色に輝く『杭』。
全部で十二本の、美しい銀の杭が装備されていた。
直哉の内心が、ここで一気にテンションを上げた。
(うわっ!)
(急に、カトリックの討伐者っぽくなった!! カッコいい!!)
エリーズは、素早い動作でその銀杭を二本だけ引き抜いた。
「私が、直接追います」
現地の当局員が慌てて止める。
「ヴァロワ調査官、危険です! 応援の部隊が到着するまで――」
エリーズは、即答した。
「待っている間に、外の市街地へと出られます」
迷いは、一切なかった。
そこで、直哉は一瞬迷った。
直哉は今回、あくまで『日本の会社が落札した刀の受け取り』のためにウィーンへ来ただけだ。
カトリック教会の聖遺物の盗難事件は、完全に契約外の出来事。
しかもここは、勝手も分からない外国だ。
直哉たちには、あの男を命懸けで追跡しなければならない義理も理由も、一切ない。
レイジが、エリーズの顔を見た。
エリーズも、当然そのことを理解していた。
だから、彼女は直哉たちに向かって、深く一礼して言った。
「白峰様。御影様。皆様には、ここでお待ちいただければ結構です。観測のご協力、本当にありがとうございました」
彼女は、自分たちの面倒事に、無関係な日本の能力者を巻き込もうとはしなかったのだ。
直哉の、エリーズに対する好感度が、ここで一気に跳ね上がった。
(まともだ。この人、本当に無関係な相手を巻き込む気がないんだな)
ところが。
千里は、まだあの逃走者の位置を完璧に捕捉し続けている。
この事実が、現地側にとっては大きすぎた。
現地当局の責任者が、エリーズへと耳打ちする。
「調査官。ここで、彼女のあの『観測支援』を失うのは、あまりにも惜しい。逃げられます」
そこで。
責任者が、レイジたちに向かって、深く頭を下げた。
「白峰殿。誠に勝手なお願いで恐縮ですが」
「対象の追跡のナビゲートに限り。緊急の短期協力として、力を貸していただけないでしょうか!」
直哉は。
すぐには「はい、いいですよ」と即答しなかった。
まずは、自分たちの本来の仕事が最優先だ。
レイジが、オークション会社の責任者へ向かって確認する。
「我々が預かっている、この刀のケースはどうなりますか?」
責任者が、青ざめながらも力強く答えた。
「我々が責任を持って再封印し、最も安全な最深部の収蔵室へと保管いたします! 警備も最大まで引き上げます!」
契約品の安全は、これで確保された。
直哉は、心の中で呟いた。
(……なら、まあ)
(ちょっとだけ、手伝ってやるか)
直哉の中で、三人の役割が一瞬にして決まった。
千里。
彼女は動かない。
この安全な収蔵区画に残ったまま、広域観測を続ける。
直接追いかける必要はない。
セナ。
彼女の機動力で、最速で対象に追いつき、足止めする。
レイジ。
エリーズと同行し、もし戦闘になった場合の制圧と防衛の要となる。
もちろん、三人の身体でわざわざ相談する必要はない。
エリーズから見ると。
三人が、言葉も交わさずにほぼ同時に動き始めたように見えた。
彼女は、少しだけ驚いたように目を見開いた。
「……素晴らしい。連携が、異常なほど早いですね」
レイジが、腰に差した青白い法剣の柄へ手を添えながら、低く答える。
「慣れていますので」
直哉の内心は。
(そりゃ、三人とも中身は全部俺だからな)
と、少しだけドヤ顔をしていた。
千里が、リアルタイムで報告を飛ばす。
「対象、地下一階のエリアへと上がりました」
セナが、弾かれたように走り出した。
階段の段差など無視し、手すりを利用して一気に階層を駆け上がる。
足元に雷光を纏わせ、床を蹴るたびに青白い軌跡を残して加速する。
人のいないサービス通路を、一直線に、猛烈な速度で移動していく。
エリーズとレイジの二人も、セナとは別のルートで後を追う。
エリーズは、両手に銀色の杭を二本。
レイジは、黒と紺を基調とした重厚な法服を翻しながら、その腰には青白い法剣。
カトリックのダークスーツ姿の聖杭使いと。
法剣を携えた長身の執行官。
二人とも、表情は極めて真剣だ。
だが、中身の直哉だけは。
(……なんか、すげえラノベとかアニメっぽい、コテコテのファンタジーな組み合わせになったな……)
と、ほんの一瞬だけ場違いなことを考えていた。
すぐに、千里の観測情報が更新される。
「対象が、搬入口へのルートから外れました」
「地下駐車場側へと、方向を転換しています」
さらに。
「停めてある、一台のバンへ向かっています。逃走用の車両です!」
千里の声が、通信越しに響く。
「対象、車へと向かっています」
走りながら、エリーズが問う。
「距離は!?」
「セナから、約九十メートル」
セナが、雷光を強めてさらに一段階加速した。
男も、背後から迫る異常な気配に気がついた。
走りながら、バッと振り返る。
そこで、初めて。
セナと逃走者の男の、視線が交錯した。
男が、セナの姿を見て呟く。
「……日本人?」
セナが、鋭い声で叫んだ。
「止まって!」
だが、男は当然止まらない。
むしろ、持っていた革の鞄をしっかりと抱え直し、逃走の意志を固めた。
その男の手が。
駐車場の、巨大なコンクリートの柱へと触れた。
柱の表面が、先ほどの扉と同じように、水面のようにグニャリと揺らぐ。
直哉は、舌打ちをした。
(また壁抜けか! 逃げられる!)
エリーズの声が、通信機越しに鋭く飛んだ。
「東雲さん! その男を、絶対に逃がさないでください!」
セナは、短く答えた。
「分かってる!!」
地下駐車場に、眩い雷光が弾け飛んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!