俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第57話 京都に、二人の追加戦力を投入します

 怪異の封印が解かれた現場の処理は、急行してきた京都呪術協会の実働班へと素早く引き継がれた。

 同時に発生した二つの空白地帯については、京都府警による周辺の徹底的な捜査と、協会による節点の安全確認、そして復旧準備が現在も並行して進められている。

 

 事態は、明らかに次のフェーズへと移行していた。

 

 現場のすぐ外に停められた車両の陰で。

 レイジの姿をとる直哉は、霧島と短く、しかし決定的な相談を行っていた。

 

 もはや、今朝の車内での「千鶴様がいるから千里はまだ要らない」と言っていた段階ではない。

 犯人は、千鶴の観測網を意図的に潰して回っているのだ。

 このままでは、今後さらに京都の地図に黒い『空白』が増えていく可能性が極めて高い。

 

 レイジが、低く落ち着いた声で告げた。

 

「霧島さん。状況が変わりました。……御影千里を、投入しましょう」

 

 霧島も、今回は反論しなかった。

 

「……ええ。私も、それが最善だと思います」

 

 今朝の車内での判断を、事態の変化に合わせて自然に撤回した。

 

 しかし、直哉にはもう一つ、強く懸念していることがあった。

 

 犯人はすでに、たった今、封印されていた危険な怪異を実際に解放してみせたのだ。

 そして、奴らの手には《結ぶ鍵》と《解く鍵》という、現実の構造を組み替える最悪の兵器がある。

 次に飛び出してくるものが、千鶴一人で無傷で処理できる程度の相手とは限らない。

 

 直哉は、決断した。

 

「それと」

 

 レイジが、霧島を真っ直ぐに見据える。

 

「九条紫苑も、同時に呼びます」

 

 霧島の表情が、少しだけ止まった。

 

「……九条さんも、ですか」

 

「はい」

 

 霧島は、眼鏡の奥で探るような視線を向けた。

 

「……あの、専用武装の《月白》込みで?」

 

 レイジは、一切の躊躇なく頷いた。

 

「そのつもりです」

 

 八咫烏側の、今回の任務でのシステム上の使用許可や書類の手続きなどは、霧島が裏で全て迅速に処理する。

 問題は、そこではないのだ。

 

 霧島が、少しだけ言いにくそうに口を開いた。

 

「レイジさん。一つだけ、気になることがあるのですが」

 

「何でしょうか」

 

「九条さんの……『威力の調整』です」

 

 直哉の内心は。

(…………)

 と、痛いところを突かれたように沈黙した。

 

 前回、八咫烏の地下検証施設で、紫苑+《月白》の底知れないヤバさを直接見ている霧島だからこその、極めて真っ当な懸念だった。

 

 ここは、京都市街地のど真ん中だ。

 周囲には、古い住宅、文化財級の寺社仏閣、何百年単位の歴史を持つ結界の要石が山ほどある。

 そこに、推定実効戦力Tier0.5相当という『概念ごと斬り裂く斬撃兵器』をフルスイングで投入するのだ。

 

 霧島が、冷静に警告する。

 

「もし、京都の街中で彼女の最大出力を誤って使用することになった場合。周辺の歴史的建造物や一般市民への影響が、少々心配です」

 

 直哉も、言われればそれは重々承知していた。

 

(まあ……そうだよな)

(紫苑の全力を街中でぶっ放して、間違って金閣寺とか真っ二つにしたら、俺、一生かかっても賠償金払えないもんな)

 

 でも。

 

 すでに、危険な怪異が一体、白昼堂々と解放されたのだ。

 敵の手には《天国の双鍵》がある。次に何が出てくるか全く分からない。

 

 直哉は、生粋のゲーマーだ。

『出し惜しみをして戦力不足で全滅し、後悔する』ことの方を、何よりも嫌う。

 

 レイジが、静かに、しかし断固とした口調で返した。

 

「おっしゃる懸念は理解しています。ですが……何か最悪の事態が起きてからでは、遅いですから」

 

 霧島は、小さくため息をついて、頷いた。

 

「……そうですね」

 

 直哉の内心は。

(そうだよ! 寺とか古い建物とかも歴史的価値があって大事だろうけど! 人の命が失われたら、それこそ絶対に取り返しがつかないんだからな!)

(危なかったら使わずに済ませればいいだけだ! 持っていかない理由にはならない!)

 

 この時の直哉は。完全に正論だと思っていた。

 

 秘密保持の原則。

 

 千鶴の強力な京都観測網の『内側』で、《並列集結》の変身プロセスを堂々と見せるような不用意な真似は絶対にしない。

 

 レイジと霧島は、一時的に現場を離れ、京都の結界の完全な外側へ。

 八咫烏側が事前に用意していた、人目のない安全なセーフハウスの敷地内へと車で移動した。

 

 直哉は、そこで能力を発動した。

 

『《並列集結》』

 

 青白い光と共に。

 まず、御影千里。

 そして、九条紫苑。

 

 これで。

 白峰レイジ。御影千里。九条紫苑。

 現在出せる上限いっぱいの、三人体制のフルパーティが完成した。

 

 直哉の内心は、大きく燃え上がっていた。

 

(よし!)

 

(見えなくなった敵を見つける、千里!)

(ヤバいバケモノが出てきたら斬り捨てる、紫苑!)

(未知の初見攻撃を真正面から受け止める、レイジ!)

 

(今回は、完璧だ。かなり万全の布陣だろ!)

 

 紫苑の手には、すでに神刀《月白》が握られている。

 完全同調状態の、フルスペック装備だ。

 

 霧島が、その白銀の刀身を見て、念のため紫苑本人へ確認を入れた。

 

「九条さん」

 

 紫苑が、静かに振り返る。

「何でしょうか?」

 

「その《月白》の出力についてですが。街中での、細かな威力のコントロールはできますよね?」

 

 紫苑は、コクリと頷いた。

 

「できます」

 

 霧島が、少しだけホッとして息を吐こうとした。

 その時、紫苑が付け加えた。

 

「……おそらくは」

 

 霧島。

「…………」

 

 レイジ。

「…………」

 

 直哉の内心。

(たぶんを付けるなあああああ!! こういう時はウソでも自信満々に「任せとけ」って言えよ!)

 

 それでも。編成の変更はしない。

 

 霧島が、レイジの方をチラリと見た。「本当に、これで行くのですか?」という顔だ。

 

 レイジは、無表情のまま頷いた。

 

「この編成で参りましょう。問題ありません」

 

 直哉の内心。

(大丈夫だろ! 俺がちゃんとブレーキかけるから!)

(何かあってから後悔するよりマシだ!)

 

 ここから、八咫烏の行政的なカバーストーリーが機能する。

 

 表向きには。

 御影千里と九条紫苑の二人は、『事態の悪化を受けて、東京の八咫烏本部から新幹線で緊急で追加派遣されてきた能力者』という扱いだ。

 レイジが、外でその二人と合流して、一緒に京都の対策拠点へと戻ってきた。

 ただ、それだけのことだ。

 

 千鶴にも、エリーズにも、彼女たちが直哉の分身であるという《並列集結》の事実は一切見せない。

 三人それぞれが、独立した一人の人間として、ごく普通に京都の対策拠点へと入った。

 

 京都側の対策拠点。

 そこには、千鶴、エリーズ、そして京都側の担当者たちが待機していた。

 

 そこへ、レイジたち三人が入室する。

 千里は、無表情のまま礼儀正しく一礼。紫苑は、いつも通り静かに立っている。

 

 千鶴の視線が、紫苑の腰に差された《月白》へと向いた。

 

「まあ」

 

 千鶴が、感心したように目を細める。

 

「ずいぶんと立派なお刀まで、お持ちになりましたなぁ」

 

 紫苑が、淡々と答える。

「必要になるかもしれないと伺いました」

 

 千鶴が微笑む。

「そうでございますか」

 

 レイジが一歩前に出て、責任を被るように言った。

「私の判断で、持ち込ませました」

 

 千鶴は、決してそれを咎めたり、危険だと責めたりはしなかった。

 少しだけレイジの顔を見て。

 

「念には念を、ということでございますな。よろしおす」

 と、むしろその慎重さを肯定した。

 

 本命の投入だ。

 テーブルの上に、京都の地図が広げられる。

 

 千鶴の目から見えなくなった、あの二つの空白地帯が赤くマーキングされている。

 

 レイジが、千里を見た。

 

「御影。お願いします」

 

 千里が、静かに頷く。

「分かりました」

 

 即座に。

『《天眼》』

 

 千里の視界が、一気に京都の街へと広がる。

 そして、その視線を。

 千鶴の観測網からは完全にブラックアウトして見えないはずの、あの一箇所目の空白区域へと向けた。

 

 結論から言えば。

 

 普通に、見えた。

 

 何の障害も、ノイズもなかった。

 千里の《天眼》は、鏡宮家の張り巡らせた結界のネットワークのシステムとは、根底から全く無関係な独立した能力だからだ。当然といえば当然だ。

 

 住宅の屋根。道路のアスファルト。歩いている人間。建物の内部。地下の構造。

 その全てが、障害物など存在しないかのように、千里の視界にクリアに透過して映し出された。

 

 直哉は、レイジの裏側で。

 

(…………)

 

(見える)

 

 二つ目の、怪異が解放された空白地帯を見る。

 見える。

 

 さらに、その周辺の路地を見る。

 普通に、全てが見える。

 

 直哉のテンションが、爆発的に跳ね上がった。

 

(うおおおおおおおおお!!)

 

(見えるじゃん!! 普通に全部、丸見えじゃん!!)

 

(千里、マジでチート過ぎんだろ!!!)

 

 さっきまで、「京都限定なら千鶴の完全劣化版」のように思われていた千里の評価が。

 千鶴に弱点の穴が生まれた途端、一気に『唯一無二の最強レーダー』へと大逆転したのだ。

 

 千鶴自身も。

 自分には全く見えなくなった闇の中を、千里が平然とした顔で見透かしていることに、素直に感心していた。

 

「……なるほど」

 

「これは、本当に便利でございますなぁ」

 

 直哉の内心は。

(やったぜ! 京都最強の人から『便利』の評価いただきました!!)

 と、ちょっとだけドヤ顔をして嬉しくなっていた。

 

 ただし。ここには大きな問題があった。

 

『見える』。

 でも、『犯人が誰なのかが分からない』のだ。

 

 空白地帯となっている住宅街には、普通に生活している一般の住民が山ほどいる。通行人もいる。

 誰が犯人で、誰が一般人なのか、上空から透視しただけでは判別がつかない。

 

 千里が、無機質に報告する。

 

「……人は、たくさんいます」

「ですが、今の情報だけでは、誰を標的として追えばいいのか分かりません」

 

 当然だ。《広域索引》を完璧に機能させるためには、顔や特徴などの具体的な『検索キー』が必要なのだ。

 

 千鶴の知識と、千里の目が組み合わさった。

 

 千鶴が、京都の地図上で。

 犯人が、次に《双鍵》を使って狙いそうな場所を次々と指定していく。

 

 結界の重要な節点。

 古い怪異の封印。

 人外との旧い契約地点。

 歴史ある寺社。

 現在使われていない地下の支線。

 

「御影はん。まず、こちらをお願いできますやろか?」

 

 千里が頷く。

「はい」

 

 千鶴が、長年の経験と知識で「見るべき場所」を選ぶ。

 千里が、その場所を《天眼》で実際にピンポイントで覗き込む。

 

 二人の能力は、綺麗に噛み合っていた。

 

 一箇所目。

 異常なし。普通の神社の境内。

 

 二箇所目。

 京都側の修復班が作業中。

 

 三箇所目。

 普通の観光寺。

 

 そして。

 四箇所目。

 

 千里の視線が、ピタリと止まった。

 

「……います」

 

 犯人、爆速で発見。

 

 京都市内の、とある古い超常地点。

 そこに、複数人の男女の姿があった。

 日本人と、外国人の混成。府警が集めた目撃証言と完全に一致している。

 

 そして。

 一人の外国人の男の手元に。

 見覚えのある特殊なジュラルミンケース。

 

 千里の《天眼》が、そのケースの内部へと視線を通そうとする。

 

 だが。

 

「……見えません」

 

 レイジが、僅かに眉を動かした。

「ケースの中が、ですか?」

 

「はい。このケースだけ、内部の観測が遮断されています」

 

 壁も。

 地下も。

 人体も。

 ほとんど問題なく見通す千里の《天眼》が。

 

 そのケースの内側だけは、完全に捉えることができなかった。

 

 エリーズの表情が、一瞬で鋭く変わった。

 

「その特徴で間違いありません」

 

「《天国の双鍵》を保管していた、教会の特殊保管ケースです」

 

 直哉の内心。

(よっしゃあああ!! 見つけたあああああ!!)

 

 ここまで。

 京都府警が必死に聞き込みをし。防犯カメラを漁り。証言を集めても。

 犯人の尻尾すら掴めなかったのだ。

 

 それが、千里を投入して、わずか数分。

 あっさりと発見。

 

 直哉はすぐに(いや、顔写真のデータがなかったから仕方ないんだけどさ!)と自分でフォローを入れていた。

 

 そして、最大の突破口が開かれた。

 

 千里が、そのまま観測を続ける。

 犯人の一人が、何かの作業をするために、顔を覆っていたマスクを少しだけ下へとずらした。

 

 その瞬間。

 犯人グループの一人の、『具体的な個人として認識できる顔情報』を、直哉たちは手に入れたのだ。

 

 千里が、淡々と告げる。

 

「対象の一名。顔を、完全に確認しました」

 

 直哉の内心。

(来た!! これで勝確だ!!)

 

 顔。体格。明確な人物像。

 極めて強固な検索キーが成立した。

 

『《広域索引》』

 

 千里の、真のチート能力が一気に本領を発揮する。

 

 同じ人物を、京都全域のマップ上で完全に捕捉し、追跡する。

 さらに、その人物と一緒にいる他の人間たちも、関連対象として芋づる式にタグ付けしていく。

 

 千里の能力は、過去の行動履歴そのものを録画再生のように見る能力ではない。あくまで『現在位置』をベースにした索引だ。

 

 しかし。

「今現在、彼らがどこにいて、どこへ向かおうとしているのか」なら、リアルタイムで完全に追えるのだ。

 

 一人。また一人。

 別地点に潜伏していた仲間。

 さらに、別のルートを移動している一人。

 

 それぞれが、バラバラに動いている。

 だが、彼らの目的地は、ハッキリと一つの場所へと収束しつつあった。

 

 千里が報告する。

 

「対象者たち。全員が、同じ一つの場所へと集まっています」

 

 霧島が問う。

「どこです?」

 

 千里が、地図上の一点を指差した。

 

 京都市内にある、山際の古い寺だ。

 

 千里は、《天眼》の視界を、その寺の内部へと向けた。

 

 壁。屋根。地下構造。

 全て関係ない。透過する。

 

 そこは、一般の観光客や参拝客が入るような表の区域ではない。

 普段は閉ざされている古い堂。そのさらに地下に隠された秘密の空間。

 

 そこに。

 異様な光景が広がっていた。

 

 石造りの祭壇。

 奇妙な配置で並べられた呪具。

 床に描かれた、見慣れない古い紋章。

 不気味な奉納物。

 

 そして、その中央に置かれた、二本の《天国の双鍵》。

 周囲を取り囲む、複数の能力者たち。

 

 千里が、その床に描かれた『紋章』の形を、言葉で詳細に説明した。

 

 それを聞いた瞬間。

 千鶴が。ピタッと、完全に動きを止めた。

 

「……今の、紋」

 

 千里が、もう一度、その複雑な図形の特徴を繰り返す。

 

 千鶴は。

「…………」

 深く、沈黙した。

 

 それは、彼女自身の二十年の人生の記憶ではない。

 歴代の鏡宮当主たちから受け継いできた、遠い過去の継承記憶。

 古い時代。激しい戦い。血塗られた封印。

 そして、ある狂信的な集団の記憶。

 

 千鶴が、静かに息を吐いた。

 

「……ようやく、話の線が、繋がりましたな」

 

 霧島が、緊張した声で尋ねる。

「彼らは、何者なのですか?」

 

 千鶴は、冷たい声で答えた。

 

「《第九奉祀会(だいくほうしかい)》」

 

 全員が、顔を見合わせた。聞き覚えのない名前だ。

 

 千鶴が続ける。

「《九番目の御霊(みたま)》を、奉じる者どもでございます」

 

 最低限の説明が為される。

 

 過去。京都という土地そのものに対して、強烈な怨恨を抱いて死んだ、巨大な怨霊。

 その目的は、極めて単純だ。

『京都の地に生きる全ての人間へ、無差別の災厄をもたらすこと』。

 

 京都という因縁の土地に存在する限り、その怨みと土地との接続によって、異常なまでに際限なく強化され続ける。

 最盛期には、推定実効戦力・Tier0.5相当にも達したという、最悪のバケモノだ。

 

 歴代の京都の能力者たちが、総力を結集して、莫大な犠牲を払いながらなんとか封印した。

 彼らを狂信的に崇拝していた《第九奉祀会》も、その後衰退し、完全に壊滅したと思われていたのだ。

 

 だが、千鶴は冷静だった。

 

(……第九奉祀会の残党だけで、これほどの手際の良いことができるはずがおまへん)

 

 彼らが、知りすぎているのだ。

 現代の、鏡宮家のネットワークの仕組み。

 千鶴の観測の弱点。

 補助節点の正確な位置。

 空白地帯の作り方。

 そして、本命の古い封印の解き方。

 

 千鶴は、静かに呟いた。

 

「……それだけでは、説明がつきまへんな」

 

 霧島も、即座にその言葉の裏を察した。

 内部情報の漏洩。京都呪術協会の中枢に、裏切り者がいる。

 

 だが、千鶴はこの緊急の場で「裏切り者を探せ!」と犯人探しを始めるような愚は犯さなかった。

 今は、あの寺の儀式を止めることが最優先だ。

 

 直哉の内心は、少しだけ楽観的だった。

 

 敵の正体も分かった。

 居場所も完全に特定した。

 千里の能力で、常時監視している。

 こっちには、紫苑という最強の斬撃兵器もいる。

 

(これ、こっちが完全に先手取ってるし、かなり有利じゃないか?)

 

 しかし、千鶴だけは違った。

 

 空白の形成。

 双鍵の存在。

 第九奉祀会。

 

 全てを理解した千鶴の顔には、かつてないほどの焦燥が浮かんでいた。

 

「……急ぎましょう」

 

 レイジが問う。

「何か、問題が?」

 

 千鶴は、キッパリと答えた。

 

「問題しか、ございません」

 

 レイジが、実務的に返す。

「ですが、敵の位置は完全に把握できています。今から急行して制圧すれば──」

 

 千鶴が、遮るように言った。

 

「ええ。間に合えば、のお話ですが」

 

 そして、千鶴は残酷な真実を口にした。

 

「もしかすると。《天国の双鍵》が、この京都の地へと持ち込まれたその時点で」

「わたくしたちは、すでに半ば『手遅れ』やったのかもしれまへん」

 

 直哉は。

「……え?」

 と、耳を疑った。

 

 空白地帯の、もう一つの意味。

 

 犯人は、単に千鶴の目を潰して隠れるため『だけ』に、節点を切ったわけではないのだ。

 

《解く鍵》で、京都の一部を正規のネットワークから完全に切り離す。

 その後。

 見えなくなったその穴の中で、《結ぶ鍵》を使って。

 

 あの《九番目の御霊》へと繋がる古い霊的系統へ、少しずつ、少しずつ『再接続』を行っていた可能性があるのだ。

 

 つまり。

 空白地帯とは、千鶴から見ればただの「何もない穴」だった。

 しかし、その実態は。

 九番目の御霊が、現代の京都へと完全復活して戻ってくるための、強固な『足場』だったのだ。

 

 千鶴たちが会話している間も、千里は寺の内部を観測し続けていた。

 

 突然、千里が声を上げた。

 

「……動きました」

 

 全員の視線が、千里に集まる。

 

 千里の視界。

 祭壇の前。

《解く鍵》が、何か古い封印の基点へと押し当てられる。

 そして、《結ぶ鍵》が、別の何かへと接続される。

 

 その瞬間。

 寺の地下で、巨大で悍ましい超常反応が爆発した。

 

 千里が、無機質に告げる。

 

「何かが、出てきます」

 

 千鶴は、千里が説明を終える暇すら与えなかった。

 

「参ります」

 

 即座に、周囲の京都側職員へ指示を飛ばす。

 

「あの寺の周辺一帯から、一般の方を大至急避難させてください!」

「府警へ連絡! 周辺道路の完全封鎖!」

「京都呪術協会の実働班を全て回しなさい! 消防と救急も待機!」

 

 直哉のフルパーティが、ついに出動する。

 

 レイジ。

 千里。

 紫苑。

 三つの身体、全てだ。

 

 千里は、車での移動中も常に《天眼》で内部を観測し続ける。

 紫苑は、すでに《月白》を抜き放つ準備ができている。

 レイジは、前衛として飛び込む構えだ。

 エリーズも同行している。

 そして、千鶴も、自ら現場へと向かう。霧島も調整役として車に同乗している。

 

 千里がいるおかげで、敵の動きは完全に丸見えだった。

 

 移動中の車内。千里から、リアルタイムの報告が飛ぶ。

 

「敵の構成員三人が、地下の入り口方面へ移動しました」

「一人は、地上の入り口で警戒に残っています」

「鍵を持っている人物は、祭壇の前から動いていません」

 

 直哉の内心は。

(便利すぎる!!!)

 

(これ、敵からしたら完全にチートのウォールハック使われてるクソゲーだろ!!)

 

 直哉は、千里の圧倒的な強さを存分に堪能していた。

 

 しかし、千鶴は全く喜んでいなかった。

 

「……急いでください」

 

 ただ、それだけだ。

 これは、完全に時間との勝負だった。

 

 車が、目的の古寺へと到着した。

 

 観光地として有名な場所ではないが、歴史を感じさせる立派な木造の建造物がいくつも並んでいる。

 直哉は、一瞬だけ。

(うわ。結構立派で高そうな寺だな……)

 と、程度に思っていた。

 

 千鶴が、車を降りるなり宣言した。

 

「わたくしは、周辺への被害の拡大を抑えることに専念します」

 

 レイジが問う。

「よろしいのですか?」

 

 千鶴は、悲痛な顔で頷いた。

「ええ。あれを相手にするなら。それが、わたくしの一番大事なお役目でございます」

 

 千鶴自身が、Tier0.5の力で殴りに行けば、確かに強いだろう。

 でも。京都の街を、あの怨念の波及から守り切ることができるのも、京都のシステムに繋がっている千鶴だけなのだ。

 

 突入。

 

 千里が、入り口に残っている敵の正確な位置を共有する。

 レイジが先頭に立ち、扉を破る。

 

 奉祀会の構成員たちが、レイジへと襲いかかる。

 レイジは腰の法剣を抜き放ち、短時間で次々と制圧していった。

 

 紫苑が、行く手を阻む霊的な結界の境界を認識し、必要最小限の振りでスパスパと斬り裂いて道をこじ開けていく。

 

 直哉は、内心で祈っていた。

(紫苑、頼むから建物の柱とか、寺の本体は斬るなよ……。絶対高いからな……)

 

 地下の奥深くにある、古い祭壇の間。

 

 そこには、《天国の双鍵》が置かれた祭壇があった。

 儀式を続ける第九奉祀会のメンバーたち。

 

 そして、その中央。

 破られた古い封印陣の中から。

 

 巨大な、黒い『何か』が、ドス黒い瘴気を放ちながら浮かび上がり始めていた。

 

 あと一歩、間に合わなかった。

 

 エリーズが叫ぶ。

「止めてください!」

 

 紫苑が刀を構え、レイジが突入する。

 

 だが。

 祭壇の前で、男が最後の接続を完了させた。

 

 空間が、激しく震えた。

 寺全体が軋む。

 千鶴が、顔を苦痛に歪めた。

 

《九番目の御霊》。

 降臨。

 

 完全に全盛期の状態を取り戻したわけではないかもしれない。

 ただ、京都という土地との強固な因縁の接続が、双鍵によって強制的に成立してしまったことで。

 その力は、一気に『Tier0.5級』へと跳ね上がった。

 

 幾重にも重なった無数の人間の怨念が、無理やり巨大な人型を形成しているような悍ましい姿。

 その巨体は、古い堂の天井近くまで届きそうだった。

 

 直哉は、レイジの視界でそれを見上げて。

(デカッ!!)

 と、純粋に圧倒されていた。

 

 九番目の最初の行動は、直哉の予想を裏切るものだった。

 

 普通なら、目の前に突入してきた侵入者であるレイジたちを殴り飛ばすはずだ。

 でも、九番目の怨念の目的は、そんなチンピラのようなものではなかった。

 

『京都に生きる人間を、無差別に殺すこと』。

 それそのものが、この怪異の存在理由なのだ。

 

 だから、九番目は目の前のレイジたちをほぼ完全に無視した。

 

 その巨大な顔のない頭部が、ゆっくりと。

 堂の壁を抜け、外の『京都の街』の方向へと向けられた。

 

 千鶴が、即座にその意図に反応し、絶叫した。

 

「……あきまへん!!」

 

《九番目の御霊》。

 その能力の発動。

 

 低い、地鳴りのような声が響いた。

 

「──この都に生きる、すべての者へ」

 

 巨大な怨念が、京都全域へと向けて爆発的に伸びていく。

 

「災厄を」

 

 いわゆる、《死の視線》と呼ばれる攻撃だった。

 ただし、単なるビームや物理的な視線攻撃ではない。

 

《九番目の御霊》が、『京都にいる人間』という概念を認識し。

 その全員の命を、『死』という結果へと強制的に結びつける、広域の因果攻撃なのだ。

 

 千里の《天眼》には、その絶望的な光景がハッキリと見えていた。

 

 京都全域。

 歩いている無数の人々。

 

 その全員の身体へと。

 九番目の御霊から、無数の黒い『死の因果の糸』が、蜘蛛の巣のように伸びて繋がっていくのが見えた。

 

 いつもは無感情な千里の、声色が変わった。

 

「……これは」

 

 レイジが問う。

「何が見えますか?」

 

 千里が、戦慄を含んだ声で答える。

 

「京都中の、全ての人間の命に。何かが、強制的に繋がっています」

 

 千鶴には、歴代当主の記憶がある。

 過去にも、同じことがあった。これの本当の恐ろしさを知っている。

 

 千鶴の声が、かつてないほどに強く、焦燥に満ちて響いた。

 

「九条はん!!」

 

 千鶴が、紫苑を見る。

 

「あれを、一本でも通したら。絶対にあきまへん!!」

 

 紫苑の《宵刃》の瞳にも、それは明確に『見えて』いた。

 

 物理的な物質ではない。

 でも、九番目と、京都中の人間たちとの間に、たった今成立したばかりの『死の接続』として、確かにそこに存在している。

 

 ならば。

 それは、《宵刃》の切断対象の条件を、完全に満たしている。

 

 紫苑が、静かに言った。

 

「……見えます」

 

 レイジが問う。

「斬れますか?」

 

 紫苑は、一切の迷いなく。

 

「はい」

 

 紫苑が、神刀《月白》を鞘から抜き放った。

 

 フル装備にして、持ち込んできた意味が。この瞬間のためにあった。

 

 直哉の内心が、激しく沸き立つ。

(来た!!)

 

 今朝、霧島が懸念した『最大火力』。

 今は、絶対にそれが必要だ。

 必要どころか、ここでこの火力がなければ、京都中の人間が一斉に死ぬ。

 自分の判断は、完全に正しかったのだ。

 

 紫苑は、紫苑らしく。

 長々と自分の能力の理屈を説明するような野暮なことはしなかった。

 

「繋がっているのでしたら」

 

《月白》の、白銀の刀身を中段に構える。

 

「斬れる」

 

 最大出力の、《宵刃》。

 

 一閃。

 いや、数連撃の、見えない神速の斬撃。

 

 空中に展開されていた。普通の人間には決して見えない、巨大な因果の構造。

 九番目と、京都市民を結びつけようとしていた、無数の黒い接続の糸。

 

 それが。

 ズタズタに、粉々に、綺麗に切断されて消え去った。

 

 一人ずつの糸を斬ったのではない。

『京都中の人間へ、死を結ぶ』という、その巨大なシステム構造そのものの境界を認識し、根元からまとめて一刀両断したのだ。

 

 千里の《天眼》が、結果を確認する。

 

 京都全域に伸びていた黒い接続が、フッと完全に消失した。

 

 京都の人々は、自分たちが今、死の淵に立たされていたことなど何も知らず。

 普通に、通りを歩いている。

 車を運転している。

 店で働いている。

 観光を楽しんでいる。

 

 誰も、死んでいない。

 

 直哉は。

 レイジの無表情の裏で。

「…………」

 

 数秒間、完全に言葉を失い。

 

 そして。

 

(うおおおおおおおおおおおおおおお!!!)

 

(紫苑すげえええええええええええ!!!)

(マジで最高だお前!! フル装備で連れてきて大正解だったああああ!!)

 

 と、完全に大喜びで歓喜の雄叫びを上げていた。

 

 千鶴も、驚愕に目を見開いていた。

 

 歴代当主の記憶のアーカイブを探っても。

 あのような、広域の死の因果攻撃を、ただ剣で物理的に『斬って解除する』などという豪快な対処法は、どこにも存在しなかったのだから。

 

 千鶴が、呆れたように呟く。

 

「……まあ」

「ずいぶんと、豪快な解き方をしはりますなぁ」

 

 紫苑が、刀を下段に構え直して、ポツリと言った。

 

「斬っただけです」

 

 直哉は、内心でツッコミを入れた。

(その一言の説明で済ませるなよ!! もっとカッコつけろよ!)

 

 だが、これで勝ったわけではない。

 

 死の視線を、間一髪で防いだだけだ。

 九番目の御霊の本体は、まだピンピンして目の前に健在だ。

 すぐに、次の強大な攻撃の準備動作に入っている。

 

 本格的な決戦は、これからだ。

 

 ……の、前に。

 

『ミシッ……』

 

 直哉の耳に。

 何か、嫌な音が聞こえた。

 

(ん?)

 

 直哉が、音のした方を見上げる。

 

 古い寺の、本堂。

 その、巨大で立派な木造の屋根。

 

 そこに。

 一本の、極めて美しい、真っ直ぐな『切断線』が走っていた。

 

 屋根が、重力に従って。

 数センチ。

 

『ズッ……』

 

 と、横にずれた。

 

 直哉は。

「…………」

 

(え?)

 

 千鶴も、それを見上げた。

 霧島も、絶望的な顔でそれを見た。

 紫苑も、無表情のままそれを見つめた。

 

『ズズズズズズズズッ──!!』

 

 そして。

 

『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』

 

 巨大な轟音。

 屋根の、巨大な一角が。

 太い梁が。歴史ある柱が。

 古い堂宇の半分が、綺麗に両断され、崩落した。

 

 もうもうと舞い上がる、大量の土煙。

 

 レイジの表情は、キャラクターの補正によって極めて冷静だった。

 だが。

 

 中身の直哉は。

 

(寺があああああああああああああああああああああ!!!)

(歴史ある文化財の寺がああああああああああ!!!)

 

 と、両手で頭を抱えて、魂の底から絶叫していた。

 

 直哉は、紫苑を見た。

 

 紫苑は、《月白》を持ったまま。

 少しだけ崩れた寺の残骸を、静かに見つめて。

 

「…………」

 と、無言で目を逸らした。

 

 直哉は、内心で激怒した。

(おい)

(おいおいおいおいおい)

(お前、今目逸らしたな!! これ、絶対お前の斬撃の余波だろ!!)

 

 直哉の脳裏に、数時間前の霧島の懸念が蘇った。

 

 九条紫苑の最大出力を京都市街地で使った場合、周辺の歴史的建造物や一般市民へ被害が及ぶのではないか。

 

 そして、紫苑本人の。

 

『……おそらくは』

 

 という、なんとも心許ない回答。

 

 直哉の内心は、涙目で叫んだ。

 

(霧島さんの心配!!)

 

(速攻で、見事に当たったああああああああああああ!!!)

 

 九番目の御霊は、まだ目の前で元気に吼えている。

 寺は、半分壊れた。

 京都全滅攻撃は、なんとか防いだ。

 

 本格的な決戦は、これからだ。

 

 直哉は、必死に自分へと言い聞かせていた。

 

(い、いや! でも、京都中の人の命が助かったんだから!!)

(これくらいの建物の被害は、絶対に必要な経費……だよね!?)

(これ、後で俺に請求書来ないよね!? 俺のせいじゃないよね!?)

 

 三十四歳の男の、悲痛な自己正当化の叫びが響き渡る中。

 京都の古寺を舞台にした、最悪のバケモノとの死闘が幕を開けようとしていた。




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