俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

58 / 76
第58話 京都の守護者と、京都の怨敵

 凄まじい轟音。

 土煙。

 粉々に砕け散った瓦礫。

 真っ二つに折れ、崩落した巨大な梁と屋根。

 

 もうもうと舞い上がるその土埃の向こう側に。《九番目の御霊》と呼ばれる巨大な黒い影が、いまだに不気味な姿を保って立っていた。

 

 先ほど、紫苑の《月白》による斬撃で、京都全域へと向けられていた『死の視線』の巨大な因果接続が完全に破壊された。

 その結果として。九番目の御霊の注意が、ここで初めて、自分を攻撃したちっぽけな存在である『紫苑』へと明確に向けられた。

 

 顔のない、巨大な闇のような頭部が。ゆっくりと、ギシギシと嫌な音を立てて、紫苑の方を捉える。

 

 紫苑は、白銀の神刀《月白》を下段に構えたまま。表情一つ変えずに、ピタリと動きを止めていた。

 

 レイジは、腰の法剣の柄に手を掛け、いつでも飛び出せるよう重心を低くしている。

 千里は、少し後方で《天眼》の視界を維持し、戦況の全てを俯瞰している。

 エリーズは、本堂の奥にある、《天国の双鍵》が置かれた祭壇付近で警戒している。

 千鶴は、寺の外側の敷地と、その背後にある京都市街を完全に背負う位置で、両手を広げて立っていた。

 

 この異常な緊張感の中。

 崩壊した寺の惨状について、呑気に口にする者は誰一人としていなかった。

 直哉の意識は、三つの身体を通じて、完全に『戦闘』の処理だけへと極限まで集中していた。

 

 九番目の御霊が、動いた。

 

 巨大な、怨念の塊でできた黒い腕。

 先ほどの、緩慢な動きとは比較にならない、異常な速度。

 それが、紫苑の華奢な身体を完全に押し潰そうと、上段から猛烈な勢いで振り下ろされた。

 

 だが。

 

 その直撃の、ほんの数センチ手前で。

 紫苑の姿が、フッと空間からブレて消えた。

 

 遅れて、紫苑が立っていた足元の石床が爆発した。

 

『ドンッ!!』

 

 凄まじい脚力による踏み込みの反動。硬い石畳が粉々に砕け散る。

 紫苑は、すでに九番目の巨大な腕を掻い潜り、数十メートル先の懐へと入り込んでいた。

 

 さらに、鋭く踏み込む。

 またしても、足元の地面が弾け飛ぶ。

 

 今度は、九番目の巨大な背後を取った。

 

『《月白》』。一閃。

 

 物理的な肉を斬る手応えはない。

 だが、紫苑の瞳は、巨大な黒い腕を構成し、繋ぎ止めている『怨念の構造の境界』を正確に認識していた。

 

 白銀の軌跡が宙を走る。

 九番目の巨大な右腕が、根元からボロボロと崩壊して地に落ちた。

 

 紫苑の、本格的な超高速戦闘が始まった。

 

 彼女は、一箇所に止まらない。

 右。左。上空。背後。

 

 寺の広い境内を、目で追えないほどの超音速で縦横無尽に走り回る。

 

 彼女が踏み込むたびに。

 足場の石畳が割れる。

 土が爆ぜてクレーターができる。

 舞い上がった瓦が、衝撃波で粉々に吹き飛ぶ。

 周囲の古い樹木が、暴風を受けたように激しく揺れる。

 

 紫苑は、九番目の巨大な黒い身体へ向かって、次々と理不尽な斬撃を浴びせ続けた。

 相手は、単なる物理的な肉体ではない。

 だから、九番目の存在を構成している『怨念の繋がり』そのものを《宵刃》で認識し、スパスパと切断していく。

 

 肩が崩れる。

 もう一本の腕が切り裂かれる。

 太い胴体に、巨大な×印の亀裂が走る。

 次々と、黒い巨体が崩壊していく。

 

 だが。

 九番目の御霊は、倒れない。

 

 一度紫苑に切り飛ばされた巨大な腕が。

 周囲からドス黒い怨念の靄がシュルシュルと集まり、ほんの数秒で完全に『再形成』されてしまう。

 胴体に走った致命的な裂け目も、すぐにドロドロと溶けるように塞がっていく。

 

 紫苑が、舌打ちをして大きく距離を取った。

 

 千里が、後方から淡々と報告する。

 

「対象、再生しています」

 

 レイジが、前衛から千里へ尋ねる。

「これほどの再生力。供給元の位置は分かりますか?」

 

 千里は、《天眼》の視界の深度をさらに上げ、九番目の身体の構造をさらに深く観測した。

 

 千里の目には。

 巨大な九番目の身体へ向かって、無数の『何か』が流れ込んでいるのが見えていた。

 

 地下から。寺の周囲から。

 さらに、遠く離れた京都市内の各地から。

 複数方向から、異常なまでの莫大な力が、九番目の身体へと入り込み、その存在を維持させている。

 

 それは、第九奉祀会が《天国の双鍵》を使って無理やり作り出した、一時的な接続だけではない。

 

 《九番目の御霊》という怨霊が、長年、この京都という土地に対して抱き続けてきた『強烈な怨恨』。

 その因縁そのものが、京都という土地との間に、切っても切れない巨大な関係のネットワークを形成しているのだ。

 

 千里が、インカム越しに報告する。

 

「対象の身体へ向かって、複数の場所から、莫大な力が流れ込み続けています」

 

 千鶴が、その報告を聞いて、即座に事態を理解した。

 

「……なるほど。京都という土地との『縁』を使うて。無尽蔵に、自分の身体を維持してはるんですな」

 

 つまり。

 このままでは、どれだけ紫苑が斬り刻んでも。京都にいる限り、九番目の身体を完全に削りきることはできないのだ。

 

 紫苑が、再び九番目の足元を斬る。

 足が崩れる。

 しかし、すぐに再生する。

 

 レイジが、紫苑と交代するように接近する。

 重厚な法剣を、九番目の胴体へと力任せに叩き込む。

『ドゴォッ!』と、黒い身体が大きく揺らぐ。

 それでも、すぐに元の形へと戻ってしまう。

 

 単純な物理火力でのゴリ押し戦では、絶対に終わらない相手だ。

 

 ここで、九番目の御霊が、ターゲットを直哉たちから外した。

 

 その巨大な身体の奥底から、信じられないほどの質量の、黒い呪いの波が膨れ上がる。

 それは、紫苑やレイジへ向けて放たれたものではなかった。

 

 寺の、外。

 遠くに見える、京都市街地の、住宅地が密集している方向。

 

 そこへ向かって、巨大な黒い津波のような攻撃が放たれた。

 

 千鶴が、スッと両手を広げた。

 

『《返照(へんしょう)・極(きわみ)》』

 

 千鶴の目の前の空間が、まるで巨大な透明の鏡面のように歪む。

 九番目から放たれた黒い波が、その鏡面へ激突する。

 

 直撃。

 しかし、黒い波の進路は、鏡面で完全にポキリと上空へと折れ曲がった。

 

『ドガアアアアアアアアン!!』

 

 空高くへと弾き飛ばされた黒い波が、安全な上空で大爆発を起こす。巨大な衝撃音が京都の空に響き渡ったが、街には一切届かない。

 

 千鶴が、振り返りもせずに凛とした声で言った。

 

「そちらは、皆様にお任せいたします!」

 

 紫苑が、短く答える。

「承りました」

 

 再び、九番目から巨大な黒い波が放たれる。

 市街地へ向かうその攻撃を、千鶴がまたしても反射する。

 

 安全な方向へと逸らした、その先。

 それは、寺院の広い敷地の、別の区画だった。

 

 黒い一撃が、地面へと深く突き刺さる。

 立派な日本庭園が、一瞬で吹き飛ぶ。

 歴史ある重そうな石灯籠が、跡形もなく消え去る。

 古い土塀が、数十メートルにわたってガラガラと崩壊する。

 

 それでも。

 その場にいる誰も、その甚大な被害について口を開こうとはしなかった。

 ただ、次の攻撃に備えて神経を研ぎ澄ませているだけだった。

 

 九番目が、今度は目障りな紫苑を狙って、巨大な両手を振り下ろしてきた。

 紫苑の退路と進路を完全に潰すような、広範囲の叩きつけ攻撃。

 

 そこに。

 レイジが、腰の法剣を構えて横から割り込んだ。

 

『ドゴォォォン!!』

 

 レイジは、その巨大な一撃を、最初の一発だけは真正面から受け止めた。

 レイジの巨体が、ボロ布のように大きく後方へと吹き飛ばされる。

 寺の古い壁を一つぶち抜き、瓦礫の中に埋もれた。

 

 しかし。レイジはすぐに、何事もなかったかのように立ち上がった。

 

『《既判適応》』。

 

 九番目が、再び同じような巨大な腕による叩きつけ攻撃を、レイジと紫苑へ向けて放ってくる。

 

 今度は、レイジの身体には全く通らない。

 レイジが、弾き飛ばされることなく、正面からその巨大な腕の質量を押し返す。

 

 法剣の腹で巨大な腕を強引に弾き飛ばし。

 紫苑が駆け抜けるための、完璧な『進路』をこじ開けた。

 

 レイジによって、九番目の巨大な身体の防御が、ほんの僅かに開いた。

 

 紫苑が、その隙を見逃すはずがない。

 限界まで加速する。

 踏み込んだ石畳が、完全に粉砕されてクレーターになる。

 

 紫苑の身体が、九番目の胴体の中心を、一気に駆け抜ける。

 

『《宵刃》』。

 

 黒い巨体が、その斬撃の線に沿って、上下に大きくズレた。

 一瞬だけ。完全に、上下に真っ二つに切断された。

 

 しかし。

 またしても、切断面から黒い怨念がドロドロと溢れ出し、集まり始めてしまう。

 

 千里は、《天眼》の視界の解像度を限界まで引き上げていた。

 

 九番目の身体へと流れ込んでいる、複数の莫大な接続の糸。

 最初は、ノイズのように入り乱れていて、どれが何だか判別がつかなかった。

 

 だが、紫苑とレイジの激しい戦闘によって、九番目の表面の怨念の構造が何度も壊され、剥がれ落ちたことで。

 その奥にある、根本の接続の『線』が、ようやく見えやすくなってきたのだ。

 

 千里が、報告する。

 

「重要な接続を、確認しました」

 

 レイジが問う。

「数は、いくつですか?」

 

「現在、対象の維持に直結している明確に識別できるものが……『四つ』あります」

 

 外側から観測していた千鶴も、同意するように頷いた。

 

「それを切らんことには、何度倒しても、あの御霊は戻ってきはります」

 

 紫苑が、刀を構えたまま短く言った。

 

「場所を、お願いします」

 

 一本目。

 

 千里が、正確な位置を指示する。

「対象の、右肩付近。そこから、地下の奥深くへと続く接続です」

 

 物理的な右肩の肉体ではない。

 紫苑の目には、その空間に重なって存在している『関係性の糸』として、ハッキリと認識できた。

 

『《宵刃》』。

 

 白銀の軌跡。

 斬断。

 

 何もない空間を斬ったように見えたが。

 九番目の巨大な身体が、グラリと大きく揺らいだ。

 先ほどまでの異常な再生速度が、明らかに僅かに落ちている。

 

 一つ目の接続を切られたことで。九番目の御霊が、ついに激昂した。

 

 巨大な黒い腕を、背中からさらに何本も形成し、寺全体を無差別に薙ぎ払うように暴れ狂い始めたのだ。

 

 レイジが、その一撃を前衛で引き受ける。

 紫苑は、超高速で残りの攻撃を回避する。

 千鶴は、敷地の外の市街地へと抜けようとする攻撃だけを、次々と反射して空へ逸らす。

 

 その結果。

 戦場の余波を受けた、本堂の残っていた部分が完全にペシャンコに潰れた。

 奥にある別棟が、ガラガラと倒壊する。

 美しい木造の渡り廊下が、木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 立派な山門の一部が、衝撃で崩れ落ちる。

 

 それでも。

 誰一人として、戦闘の歩みを止める者はいなかった。

 

 二本目。

 

 千里の的確な指示が飛ぶ。

「左側。同じく、地下の別の方向へと伸びています」

 

 紫苑が、地を蹴って駆ける。

 九番目が、それを防ごうと巨大な腕を何本も叩きつける。

 レイジが、法剣を盾にして、その腕の群れを真正面から受け止める。

 

 ほんの一瞬。九番目の防御の動きが止まった。

 

 紫苑が、その隙間をすれ違う。

 斬撃。

 

 二本目の接続が、綺麗に消滅した。

 九番目の黒い巨体が、目に見えてさらに薄く、不安定になった。

 

 その時。

 本堂の奥、祭壇の付近。

 

 エリーズは、一人で《天国の双鍵》が置かれた祭壇へと近づこうとしていた。

 周囲には、まだ第九奉祀会の残党の構成員たちが数人残っている。

 

 構成員の一人が、隙を突いて祭壇の鍵へと手を伸ばそうとした。

 

 エリーズが、冷徹に銀の杭を投げつけた。

『《聖別》』。

 

 祭壇と、その周囲の空間が、淡い光に包まれる。

 これ以上、この鍵を使って異常な接続を作らせないための、『固定状態』への強制移行だ。構成員の手が弾かれる。

 

 だが、そこへ。

 九番目の御霊から、目障りなエリーズを排除しようと、巨大な黒い塊が飛んできた。

 

 レイジが、即座に二人の間に割り込んだ。

 ドンッ!

 黒い塊を、巨大な背中で受け止める。

 すでに同種の攻撃は適応済みだ。レイジには全く通らない。

 

 エリーズが、背後から短く言った。

「……ありがとうございます」

 

 レイジは、前を見据えたまま答える。

「鍵の確保を、お願いします」

 

「はい」

 

 三本目。

 

 千里が、さらに別の接続を発見した。

 今度は、九番目の身体から。第九奉祀会の構成員たちが作り上げた、あの『古い祭壇』へと直接繋がっている糸だった。

 

 紫苑が、祭壇へと向けて走る。

 だが、祭壇そのものを物理的に破壊するわけではない。《月白》の力は、そんな野蛮なものではない。

 

 九番目と、祭壇との間の『関係』だけを切るのだ。

 

 一閃。

 祭壇の石材には、傷一つついていない。

 だが、そこにあった接続だけが、完全に消滅した。

 

 九番目の巨大な身体が、崩れるように大きく体勢を崩した。

 

「残り、一本」

 

 レイジが確認する。

 だが。

 

 千里が、急に沈黙した。

 《天眼》の視界を、さらに深く、広く展開して見つめる。

 

「……最後の一つが、今までのものとは違います」

 

 レイジが問う。

「何が違うのです?」

 

 千里は、少しだけ声に緊張を滲ませて言った。

 

「他の三つの接続とは、規模が……遥かに、大きすぎます」

 

 それは。

 京都という土地の広範囲。

 その土地に住む、無数の人々。

 そして、積み重なった古い歴史。

 

 それら無数のものと複雑に絡み合った、巨大すぎる『接続の塊』だった。

 

 千鶴も、外側からその巨大な気配を感じ取り、顔を険しくした。

 

「……それが、あの御霊の力の『本体』ですな」

 

 それは、奉祀会が作った単なる儀式の魔法陣の線などではない。

 《九番目の御霊》が、京都という土地に対して憎悪し続けてきたこと、そのもの。

 京都という土地と、九番目の間に、何百年もかけて形成されてしまった巨大な『因縁』。

 

 その関係性によって。京都にいる限り、九番目は異常な力を得続けるのだ。

 

 千鶴が、紫苑へ向かって叫んだ。

 

「九条はん! あれと京都を、完全に切り離せますか!?」

 

 紫苑は、九番目の巨体を見上げた。

 さらに、その背後に広がる、京都の街へと伸びる巨大な因縁の構造を見る。

 

「……確認します」

 

 九番目の御霊も、自分の命綱である接続が次々と切られていることを理解した。

 

 巨大な身体が、さらにドス黒く膨張していく。

 寺の地下から、上空の雲にまで届きそうなほどの、膨大な怨念の塊。

 それを。京都全域へ向けて、一気に放射しようと溜めを作った。

 

 千鶴が、悲痛な顔で両手を前に突き出す。

 

『《返照・極》』

 

 巨大な透明の鏡面が展開される。だが、今までよりも遥かに大きく、分厚い。

 千鶴の表情にも、明らかな過負荷の苦痛の色が浮かんでいる。

 

「これほどの力……長うは、持ちまへん!!」

 

 レイジが、動いた。

 九番目の注意を、完全に自分へと引きつけるためだ。

 

 法剣を構え、真正面から、九番目の懐へと突っ込んでいく。

 巨大な怨念の攻撃を、全て真正面から受ける。適応する。さらに前へ。

 九番目の巨体へと、法剣を深々と突き立てる。

 

 レイジの巨大な力が、黒い身体が攻撃を放とうとするのを、強引に押し留める。

 

 全ては。

 紫苑が最後の一撃を放つための、ほんの僅かな時間を作るためだ。

 

 千里が、その巨大な接続の構造の全貌を捉えた。

 

 九番目の御霊。

 京都という土地。

 両方を同時に広域観測し、その巨大な関係性の弱点を探る。

 

 無数の細い線のように見えていたものが。実際には、一つの大きな『構造』として成立している。

 その、構造の根幹。

 

「九条さん」

 

 千里が、インカム越しに。紫苑へと、その正確な位置と構造の形を伝達する。

 

「確認できました。斬断のポイントを共有します」

 

 紫苑が、神刀《月白》を静かに構えた。

 

 紫苑の、最後にして最大の、超音速の突撃が始まった。

 

 踏み込み。

 地面が爆発し、紫苑の姿が消える。

 

 九番目の周囲。一方向からではない。

 右。左。背後。上空。

 何度も、何度も。

 

 超高速で空間を駆け回りながら。紫苑は《月白》を振るい続けた。

 

 一撃。

 二撃。

 三撃。

 

 巨大な京都との接続を。

 まるで巨木を切り倒すように、細分化して次々と切断していく。

 

 九番目の黒い身体から、京都へと伸びていた巨大な関係性が。

 紫苑の白銀の斬撃が走るたびに、一本、また一本と、確実に消えていく。

 

 土地との物理的な接続。

 封印から再構築された霊的な接続。

 京都へ向けられた怨恨を媒介にして成立している、精神的な接続。

 

 すでに存在している、それらの強固な構造を。

 紫苑が『認識』し。

 

 切る。

 

 切る。

 

 切る。

 

 最後の一本。

 

 紫苑が、ピタリと動きを停止した。

 九番目の、真正面。空中に静止する。

 

 《月白》を、大上段に構える。

 

 千鶴が、祈るように言った。

「……お願いします」

 

 紫苑が、短く答える。

 

「承りました」

 

 一閃。

 

 最後の、最も巨大な因縁の接続が。

 音もなく、綺麗に切断された。

 

 その瞬間。

 

 九番目の身体から、今まで放たれていた異常なまでの圧力が、嘘のようにフッと消え去った。

 巨大な身体が、スライムのように不安定にドロドロと崩れ始める。

 

 京都という土地から、もう力が流れ込んでこない。

 異常な再生能力も、完全に停止した。

 

 九番目は、まだそこに存在している。

 だが、もう『京都限定Tier0.5』の無敵の怪物ではない。

 ただの、的のデカい怨霊に成り下がったのだ。

 

 千里が、無機質に告げる。

「対象の再生機能、完全に停止しています」

 

 一気に、押し切る。

 

 レイジが、九番目の巨体を力任せに押さえつける。

 法剣を、胴体へとさらに深く突き込む。

 九番目が、最後の抵抗でレイジを払いのけようとする。しかし、先ほどまでの圧倒的な力はもうない。

 

 紫苑が、再び鋭く踏み込む。

 千里が、弱点となっている核の箇所を的確に示す。

 エリーズの《聖別》によって、祭壇からの再接続も完全に抑え込まれている。

 千鶴も、市街地への攻撃を警戒しつつ、最後の一撃の軌道だけを、反射の力でわずかに補助して整える。

 

 千鶴が整えた、その一瞬の軌道へ。

 紫苑が踏み込んだ。

 

 九番目を、一つの巨大な怨霊として形作っている、最後の構造の基点。

 紫苑の瞳が、それを完全に認識した。

 

 《月白》。

 一閃。

 

 巨大な黒い身体へ。

 無数の白銀の亀裂が、網の目のように走った。

 

 九番目の御霊が、音にならない絶望の怨嗟を上げる。

 

 次の瞬間。

 その巨大な身体が、砂上の楼閣のようにガラガラと崩れ落ちた。

 

 黒い粒子となって。

 長年の怨念ごと。

 空中の彼方へ、次々と溶けるように消滅していった。

 

 完全な、静寂が訪れた。

 

 攻撃が止まる。

 京都を覆っていた、超常的な反応も急速に消え去っていく。

 

 千里が、静かに報告する。

「対象の反応、完全に消失しました。……討伐完了です」

 

 紫苑が、ゆっくりと《月白》を鞘へと納めた。

 レイジも、法剣を鞘へと納める。

 千鶴が、大きく息を吐いて《返照・極》の巨大な鏡面を解除する。

 エリーズが、祭壇の前からホッとしたように顔を上げる。

 

 誰も、すぐには喋らなかった。

 あまりにも激しい死闘の余韻が、現場を包み込んでいた。

 

 直哉は、レイジの視界で。

 改めて、周囲の景色をゆっくりと見渡した。

 

(…………)

 

 立派だった本堂。

 ない。木っ端微塵だ。

 

 古い由緒あるお堂。

 ない。屋根が完全に吹き飛んでいる。

 

 立派な山門。

 半壊して、柱だけが傾いて残っている。

 

 大きな鐘楼。

 無残に横倒しになっている。

 

 美しかった石畳。

 ほぼ全部、紫苑の踏み込みと怪異の攻撃で割れて粉々だ。

 

 手入れされていた庭。

 巨大なクレーターがいくつも口を開けている。

 寺の地下施設まで、一部が地面から露出してしまっている。

 

 直哉は。

(…………)

 

 もう一度、ゆっくりと見渡す。

 

(寺が……)

 

(完全に、更地に……!)

 

 直哉は、ようやく現実に気がついた。

 

 さっきまで、戦っている間は、必死すぎて完全に被害を無視していたのだ。

 改めて冷静になって見てみると、本当に酷い。

 

 境内のかなりの広範囲が。

『歴史ある美しい寺院』から。

『大規模な重機による解体工事の途中』みたいな、悲惨な荒野へと変貌してしまっている。

 

 直哉の内心が、激しく震え始めた。

(あわわわわわわわわわ……)

 

 千鶴は、相当に疲労しているはずだ。

 それでも、いつものような穏やかな調子で歩み寄ってきた。

 

「皆様、本当にお疲れ様でございました。見事な連携でございましたな」

 

 そして。

 千鶴は、周囲の惨状をぐるりと見渡した。

 

 少しだけ、間を置いて。

 

「……お寺が、見事に更地になりましたなぁ」

 

 直哉は、内心で絶叫した。

(言わないでええええええええええええ!!!)

(分かってるから! 俺が一番気にしてるから、わざわざ口に出して言わないで!!)

 

 エリーズも、祭壇の方から歩いてきて、周囲の惨状を見た。

 

 大量の瓦礫。

 倒れた柱。

 吹き飛んだ屋根。

 紫苑の《月白》による、鋭く巨大な無数の斬撃痕。

 

 エリーズは。

「…………」

 しばらくの間、無言でそれを見つめていた。

 

 そして、ポツリと。

 

「これは……本当に、酷い惨状ですね」

 

 直哉の内心。

(エリーズさんまでええええええええええええ!!!)

(やめて! 常識人の調査官からの正論、一番心に刺さるから!)

 

 直哉の内心は、完全にパニックに陥っていた。

 だが、レイジの外面は、キャラクター補正によって極めて冷静な大人の態度を保っていた。

 

 レイジが、咳払いをして。少しだけ声のトーンを硬くして尋ねる。

 

「……この寺の、修復についてですが」

 

「この甚大な被害は、金銭的には、どのような扱いになりますでしょうか」

 

 霧島も、無言で壊れた寺の残骸を見つめている。

 即答は、しなかった。

 その沈黙が、直哉にとっては死刑宣告を待つ時間のように怖かった。

 

 だが、エリーズが、誰よりも先に口を開いた。

 

「教会からも。この寺の修復のための専門の人員と、多額の費用を出させていただきます」

 

 レイジが、少し驚いたように聞き返す。

「……よろしいのですか?」

 

 エリーズは、毅然とした態度で頷いた。

「当然の義務です」

 

 彼女は、祭壇に残された《天国の双鍵》を振り返って見た。

 

「そもそも。今回のこの大事件の発端は、我々教会が管理していた《天国の双鍵》という危険物を、不用意に盗まれてしまったことにあります」

 

 さらに、エリーズは千鶴と霧島の方を見て言った。

「我々の不始末で起きた事態です。京都側や、日本側だけに、この被害の修復の責任と費用を押し付けるようなつもりは、教会には一切ありません」

 

 直哉の内心は。

 

(!!!!)

 

(よ、良かったあああああああああああああああ!!!!)

 

(全部俺のせいにして、「お前が壊したんだからお前が弁償しろ」って、億単位の請求が来るわけじゃないんだ!!)

 

 別に、誰もそんな理不尽な話はしていなかった。

 でも、三十四歳の小市民である直哉本人は、本気で心の底から安堵して泣きそうになっていた。

 

 千鶴が、パンッと軽く手を叩いて、話を切り替えた。

 

「まあ」

 

 千鶴は、瓦礫の山を見渡して、柔らかく微笑んだ。

 

「修復のややこしいお話は、また後日の『別件』ということにいたしましょう」

 

 直哉にとって、それはまさに神の慈悲のような言葉だった。

 

 そして。

 千鶴の視線が、奥の祭壇へと鋭く向いた。

 

「それよりも」

 

「今は、あの《天国の双鍵》を。誰かに触られる前に、安全に確保してしまわなあきまへんな」

 

 現場の空気が、再び少しだけ引き締まった。

 

 エリーズは、さっきまで寺の惨状を見て絶句していたはずなのに。

 すぐに、有能な調査官としての表情へと切り替えた。

 

「はい」

 

 エリーズが、祭壇へと足早に向かう。

「急ぎます」

 

 双鍵は、まだ祭壇の上にある。

 犯人が、先ほどまで使用していた直後だ。どんな呪いや罠が残っているか分からない。不用意には触れない。

 エリーズは、教会側の正式な手順に従って、慎重に特殊な布で鍵を包み、回収の作業を進める。

 

 レイジたちも、最後まで警戒を怠らない。

 

 千里が、周囲の広範囲を再び《天眼》で確認する。

 逃げた第九奉祀会の構成員が、どこかに潜んでいないか。別の罠が起動していないか。

 

 レイジは、回収作業を行うエリーズのすぐ傍で、護衛として立つ。

 

 紫苑は、《月白》をゆっくりと鞘に納めつつ、鋭い視線で周囲の気配を探っている。

 

 千鶴は、京都の結界網のシステムへと意識を向け。

 九番目の御霊との接続が、本当に完全に消滅していることを、最終確認していた。

 

 崩れ落ちた、古い寺。

 そこら中に散乱する、大量の瓦礫と木材。

 

 その中央の祭壇で、エリーズが《天国の双鍵》を無事にケースへと収める。

 

 直哉は、レイジの姿のまま。

 改めて、周囲の惨状をゆっくりと見渡した。

 

 本当に、酷い。目も当てられない。

 

 だが。直哉は内心で、自分に必死に言い聞かせていた。

 

(……いや)

 

(京都全滅の危機を救ったんだから)

 

(これは、絶対に必要な被害……)

 

 真っ二つに割れた、本堂の屋根の残骸を見る。

 

(……必要な被害、だよね? うん、そうに決まってる)

 

 直哉の、その少しだけ自信のない自己正当化と共に。

 京都を揺るがした、最悪の兵器と怨霊との死闘は、完全に終結した。




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!

YouTubeチャンネルを開設しました!
自作小説の朗読動画を投稿しています。
よかったら、下のリンクから聴いてみてください!

YouTubeチャンネル「パラレル・ゲーマー」はこちら
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。