俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第59話 京都で後始末をします

 《九番目の御霊》との戦闘の翌日。

 

 直哉は、京都呪術協会側が用意した対策施設の一室にいた。

 

 あの激戦の舞台となった古い寺は、現在も厳重な結界と黄色い規制線によって完全封鎖されている。

 京都府警、京都呪術協会、八咫烏、そしてカトリック教会側。

 複数の組織の専門チームが、合同で慎重な後処理と現場検証を進めていた。

 

 直哉は、今日も引き続き白峰レイジの姿のままだ。

 さらに、千里と紫苑の身体もまだ維持したままにしている。

 事件の残党狩りや、未知の呪いの残滓の確認など、事態の『完全収束』を見届けるまでは、この最強の三人体制を崩すつもりはなかった。

 

 まず、千鶴側から最も重要な朗報がもたらされた。

 

「《死の視線》による、京都市民の犠牲者は……ゼロでございます」

 

 直哉の内心は。

(よかったああああああああああああ!!)

 と、心の底からガッツポーズをしていた。

 

 寺の周辺地域では、急な避難指示による混乱や、転倒などでの軽傷者は出た。

 また、実働班の能力者警官たちの中には、第九奉祀会の残党と交戦した際の重傷者もいる。

 だが。

 あの巨大な御霊による、京都全域への致死的な呪いの攻撃は、紫苑の《月白》によって完全に水際で防がれていたのだ。

 

 レイジは、静かに、しかし深い安堵を込めて言った。

「……それは、何よりです」

 

 寺の歴史ある本堂は木っ端微塵の更地になってしまったが、京都中の人々の命は助かったのだ。

 直哉は、自分の判断が間違っていなかったことを改めて実感し、深く安心していた。

 

 ただし、その『寺の更地問題』については、見なかったことにはできない。

 

 霧島から、修復関係の途中経過が報告された。

 

 寺院側の関係者、京都呪術協会、行政の文化財担当、そしてカトリック教会。

 それぞれの代表者が集まり、現在協議を開始しているという。

 

 エリーズが前日の戦闘後に約束した通り、カトリック教会側からも、修復のための莫大な資金と、歴史的建造物の修復の専門家チームが出されることが決まっている。

 

 ただし。「誰が過失の何割を負担するのか」というような、生々しい保険屋のような細かい話は、まだ決着がついていないらしい。

 

 直哉の内心は。

(決まってなくていい。全然決まってなくていい)

(とりあえず、俺のところにだけは個人的に億単位の請求書が回ってこないなら、それでいい!)

 

 と、極めて小市民的な保身に走っていた。

 

 そして、最大の目的の回収だ。

 

 エリーズから、正式な報告があった。

 

「《結ぶ鍵》。そして、《解く鍵》」

「双方とも、無事に回収を完了いたしました」

 

 専門の調査機関による超常反応の検査の結果。

 偽物とのすり替えの形跡もなし。二本揃って、紛れもない本物だった。

 

 現在は、カトリック教会側と八咫烏の、双方の厳重な監視下において一時保管されている。

 エリーズが「うちのものですから」と勝手にアタッシュケースに入れて持ち帰るのではなく、事件の全貌の処理が終わるまでは、日本側の行政も立ち会って確認できる状態に置かれているのだ。

 

 エリーズが、ホッとしたように言う。

「二本とも、間違いなく《天国の双鍵》です。破損もありません」

 

 直哉も、それを聞いて完全に安心した。

 これで、これ以上京都の結界に穴を開けられる心配はなくなった。

 

 次は、第九奉祀会の『残党処理』だ。

 

 寺の地下で拘束された構成員。

 混乱に乗じて現場から逃亡した者。

 あるいは、別地点で車両や資材を用意して待機していた後方支援の者。

 彼らは複数人存在していた。

 

 ここで、千里の能力が、またしても無法なまでのチートっぷりを発揮した。

 

 彼女は、昨日の戦闘中に、現場にいた彼らの『顔』のデータをすでに全て観測し、取得し終えていたのだ。

 

『《広域索引》』

 

 千里が、無表情のまま淡々と報告する。

 彼らの現在位置が、次々とリアルタイムで丸裸にされていく。

 

「対象A、現在、京都市北部の山道を徒歩で逃走中」

「対象B、市内のビジネスホテル内で停止」

「対象C、すでに盗難車で京都市外へと向かっています」

 

 逃亡者側からすれば、完全に地獄と絶望のシステムだ。

 

 その千里の神の目からの完璧なナビゲートを受け。

 京都府警の特殊部隊と、京都呪術協会の合同実働班が、一斉に現場へと急行する。

 

 次々と、無線から「確保!」の報告が入る。

 

 直哉は、レイジの視界でそれを見ながら。

(……これ、ただの逃亡犯相手に使ったら、完全にゲームバランス崩壊する反則だろ……)

 

 と思っていたが、今回は相手が京都を滅ぼしかけた大テロリストなのだ。微塵も遠慮するつもりはなかった。

 

 ただし、逮捕そのものは、あくまで『警察』が行う。

 

 京都呪術協会や八咫烏が、勝手に犯罪者を私設の牢屋へぶち込んで私刑にするわけではないのだ。

 犯罪としての身柄の拘束と取り調べは、京都府警が正式な手続きで行う。

 能力関連、怪異関連の証拠処理の裏付けを、協会と八咫烏が技術的に支援する。

 

 海外から入り込んでいたメンバーについては、エリーズを通じてカトリック教会や各国の捜査機関との国際的な照会も始まっていた。

 

 そして、この事件における『最大の後始末』。

 

 第九奉祀会というカルト集団が。

 なぜ、千鶴の現在の観測網のシステムや、古い補助節点の位置、死角の作り方、そして《九番目の御霊》の封印の解き方まで。

 そんな最高機密を、『知りすぎていた』のかという問題だ。

 

 千鶴の元へ、付き人が一枚の報告書を持ってきた。

 

 昨日の事件直後から。

 千鶴は、鏡宮家の内部に対して、極秘の『緊急監査』を命じていた。

 

 過去数年間にわたる。

 ・古文書や、封印記録へのアクセス履歴。

 ・結界の図面の閲覧者。

 ・外部へのデータの持ち出し記録。

 ・古い関係先の旧家との不自然な連絡。

 

 それらを全て、夜通しで洗い直させたのだ。

 

 すると。

 その全ての条件に、不自然な形で符合する『一人』の人物が浮かび上がった。

 

 その人物は、鏡宮家の分家筋に属する、古参の重鎮の一人だったという。

 

 しかも、その立場上。

 古い文書や、昔の封印の記録、古い結界図などに、合法的に深くアクセスできる権限を持っていた。

 

 だからこそ、普通の協会の職員よりも遥かに深い情報――千鶴本人の現代のネットワークの仕様や死角まで――を、詳細に知ることができたのだ。

 

 そして、決定的な証拠が出た。

 

 第九奉祀会側から押収した通信端末と、暗号化された文書データ。

 それらと、鏡宮家内部の通信記録を照合した結果。

 

 その内部協力者から。

 ・古い補助節点の正確な位置。

 ・千鶴の観測の及ぶ範囲と、その切り方。

 ・《鏡渡り》の物理的な制限事項。

 ・《九番目の御霊》の旧封印の詳細な解除資料。

 

 それらの情報が、確実に第九奉祀会側へと『意図的に渡されていた』ことが判明したのだ。

 

 霧島が、渋い顔をして呟いた。

「……やはり、情報が内部から漏れていましたか」

 

 千鶴は、目を伏せて静かに言った。

「そのようですなぁ」

 

 しかし、その分家の古参の男本人は、すでに姿を消していた。

 

 昨日の時点で、寺での儀式が失敗し、第九奉祀会が制圧されたという情報を知ったのだろう。

 即座に逃亡したのだ。

 

 普通なら、ここから長い時間をかけた逃亡者の大捜索が始まるはずだ。

 

 しかし。

 この部屋には、千里がいる。

 

 千鶴が、付き人から受け取った『裏切り者の顔写真』を、千里へと提示した。

 

 千里が、画像を見る。

 

「確認しました」

 

『《広域索引》』

 

 数秒。

 本当に、たったの数秒だった。

 

 千里が、顔を上げる。

 

「います」

 

 直哉の内心。

(速い!!! もう見つけたの!?)

 

 逃亡劇は、始まりすらしなかった。

 

 京都から遠く離れようとしていた、内部協力者の男。

 千里の視界には、京都駅の新幹線ホームで東京方面の列車へ乗り込もうとしている姿が、はっきりと映っていた。

 

 その位置情報が、即座に京都府警へと送信される。

 

 数十分後。

 身柄確保の連絡が入った。

 

 千鶴と、その裏切り者との対面の場。

 

 直哉は、レイジの姿で、その短いやり取りに立ち会った。

 

 拘束され、手錠をかけられた分家の男。

 そして、二十歳の当主、千鶴。

 

 男は、千鶴を睨みつけていた。

 だが、詳しい動機を語ろうとはせず、第九奉祀会への情報提供の事実だけを認めた。

 

 千鶴は、それ以上は何も聞かなかった。

 

「……そうですか」

 

 千鶴は、派手に怒鳴り散らすようなことはしなかった。

 自分の家から、京都を滅ぼしかけた裏切り者を出したのだ。

 でも、彼女は泣かない。怒らない。その場で彼を私刑にして呪殺するような真似もしない。

 

 ただ、静かに、氷のように冷たい声で。

 

「わたくしどもの、身内の不始末でございましたなぁ」

 と呟いただけだった。

 

 そして、府警と京都側の担当者へ向かって。

「必要な調べと、法的手続きを、お願いいたします」

 

 それだけを告げた。

 処罰は、あくまで現代の法と、組織の正式なルールに則って行う。

 千鶴が感情的に私刑を下さないことで、京都呪術協会もまた、単なる古いカルトではなく、ちゃんと現代の法治社会に適応した組織であることが、直哉にも伝わってきた。

 

 だが、直哉の内心は。

 千鶴のその異常なまでの冷静さに、少しだけ恐怖を感じていた。

 

(……自分の家から、あれだけの大事件を起こした裏切り者が出たのに。顔色が、一ミリも変わらないのか)

 

 歴代当主、三十六人分の記憶。

 京都という巨大な土地を背負う、重圧。

 

 直哉は、改めて思った。

(本当に……この人、中身は二十歳じゃないよな……)

 

 並行して、京都側による『空白地帯』の修復作業が進められていた。

 

 《九番目の御霊》との因縁の接続は、紫苑の《月白》が完全に根こそぎ斬り裂いた。

 《天国の双鍵》も、無事に回収された。

 

 だから、結界の再接続作業が本格化している。

 ただし、パソコンの再起動のように「ポチッとボタンを押して、はい全部元通り」とはいかない。

 

 節点の一つ一つを、慎重に確認する。

 異常な接続や呪いが残っていないか。

 第九奉祀会が、爆弾のような細工を残していないか。

 《結ぶ鍵》の残留影響が、別のネットワークへ干渉していないか。

 全部の安全を調べながら、少しずつ、少しずつ京都の本体へと戻していくのだ。

 

 やがて。

 千鶴の瞳に、少しだけ光が戻った。

 

 一つ。

 また一つ。

 

 昨日まで黒く塗りつぶされていた『空白だった領域』が、鏡宮家の観測ネットワークへと無事に復帰していく。

 

 千鶴が、小さく息を吐き出して言った。

 

「……見える場所が、戻ってきましたな」

 

 その言葉を聞いて、現場の空気がフッと緩んだ。

 事件が、本当に終わり始めているという確かな実感が、ようやく湧いてきたのだ。

 

 直哉の心の中にも、ようやく本物の安堵が広がった。

 

 敵は、倒した。

 鍵は、回収した。

 残党は、全て捕まった。

 内部の裏切り者も、捕まった。

 観測網も、復旧中だ。

 寺は……まあ、修復の話し合いが進んでいる。

 

 直哉は。

(終わった……)

 

 ようやく、事件の完全な収束を実感して、肩の力を抜いた。

 

 そこで。

 ふと、直哉の頭の中に。

 一つだけ、『嫌な疑問』が浮かんだ。

 

 直哉は、少し離れた場所にいたエリーズを見た。

 

 先日の事件では。

 北イタリアの教会の管理施設から、《銀枝の聖櫃》が盗まれ、ウィーンで回収した。

 今回。

 イタリアの施設から、カトリックの最高機密である《天国の双鍵》までが盗まれた。

 

 直哉は。

(…………)

 

 一つ、どうしても確認しておかなければならないことがあった。

 

 レイジが、極めて丁寧にエリーズへ歩み寄り、声をかけた。

 

「エリーズさん。一点、確認してもよろしいでしょうか」

 

 エリーズが振り向く。

「もちろんです。何でしょうか?」

 

 レイジが、真っ直ぐに彼女の目を見て尋ねた。

 

「今回、カトリック教会から盗難された、そういった危険なアーティファクトというのは……」

 

 一拍、置く。

 

「この二つで、『全て』でしょうか?」

 

 エリーズは。

「…………」

 ピタッと、動きを止めた。

 

 直哉は。

「…………」

 その不自然な反応を見て、嫌な汗をかいた。

 

 エリーズが、ゆっくりと。

 レイジから、スッと目を逸らしたのだ。

 

 直哉の内心。

(おい)

 

(なんで今、目を逸らしたんだよ!!)

 

 エリーズが、少しだけ早口で言い訳を始めた。

 

「……カトリック教会という組織も、非常に長く、複雑な歴史を持っておりますので」

 

 レイジが、真顔で返す。

「はい」

 

「その二千年近い長い歴史の中では、さまざまな品が保管され、あるいは戦争で移動され、書類上の所在が変化し、行方が分からなくなったことも、多々ございます」

 

 レイジ。

「はい」

 

 内心は。

(聞いてるのは、そこじゃない。一般論で誤魔化すな)

 

 レイジが、さらに鋭く追及する。

 

「現在、明確に『行方不明』になっている、危険な超常物品は他にあるのですか?」

 

 エリーズは。

「…………」

 再び沈黙し。

 

 そして、少し強めの声で、早口で言った。

 

「今回のような、世界を揺るがす重大案件については!」

 

「ひとまず、大丈夫です!」

 

 直哉の内心。

(ひとまず!? ひとまずって何!?)

 

 さらに、エリーズが追い打ちをかける。

 

「……きっと」

 

 直哉。

(きっと!? 希望的観測!?)

 

 エリーズも、自分で「今の言い方はマズい」と思ったのか、慌てて付け加えた。

 

「す、少なくとも。私が把握している情報と権限の『範囲では』、大丈夫です!」

 

 直哉。

(範囲では!? つまり上層部の隠し事があるかもしれないってことじゃねえか!)

 

 直哉は、どんどん不安の沼に引きずり込まれていった。

 

 数秒。

 直哉は、レイジの思考で冷静に考えた。

 

 カトリック教会。

 二千年級の歴史。

 世界規模の組織。

 数え切れないほどの秘奥と聖遺物。

 そして、縦割りの情報管理。

 

 直哉は。

(…………)

 

(よし)

 

(忘れよう!)

 

 これ以上深く聞くのを、スパッとやめた。

 聞いてしまったら、また何かとんでもない世界規模のテロ事件に巻き込まれそうな気がしたからだ。

 

 レイジは、外面のクールさを保ったまま。

 

「……承知いたしました。安心しました」

 

 エリーズが、心底ホッとしたように「はい」と頷いた。

 

 後処理の会議が一段落したところで。

 

 千鶴が、レイジ、霧島、そして別室で待機していた千里と紫苑も含めた三人のチーム《ナオ》へと声をかけた。

 正式な、お礼の場だった。

 

 千鶴が、直哉たちに向かって、深く頭を下げる。

 

「今回の京都の一件」

「ほんまに、助かりました」

 

 千鶴ほどの立場の、京都呪術協会のトップである人物が、きちんと頭を下げる。

 レイジたちも、それに倣って静かに礼を返した。

 

 千鶴は、三人の功績をそれぞれ完璧に把握していた。

 

 千里を見て。

「御影はんがおられへんかったら。うちの目を潰されたまま、後手後手に回り続けていたことでしょう。見事な観測でした」

 

 紫苑を見て。

「九条はんがおられへんかったら。あの『死の縁』を瞬時に切ることは、わたくしの能力では難しかった。京都の民が救われました」

 

 レイジを見て。

「そして、白峰はんにも。ずいぶんと前線で、無茶をして支えていただきました」

 

 まとめて「君たち強かったね」ではなく。

 三人それぞれが、全員必要不可欠だったということを、彼女は正しく評価していた。

 

 そして、千鶴が言った。

 

「今回、チーム《ナオ》の皆はんには」

 

 少しだけ、悪戯っぽく笑う。

 

「随分と、大きな『借り』ができてしもうたようですなぁ」

 

 レイジは、仕事人としてクールに返す。

「我々は、正式な依頼を受けて、それに対応しただけです。お気になさらず」

 

 千鶴が首を横に振る。

「それでも、でございます」

 

 京都中の人々が、命の危機に晒されたのは紛れもない事実なのだ。

 それを、チーム《ナオ》が救ってくれた。

 

 千鶴が、京都からの『約束』を口にした。

 

「今後。チーム《ナオ》はんが、何かでお困りの折には」

 

「京都呪術協会としても。できる限り、お力になりましょう」

 

 これは。

「我々はあなたの絶対服従の部下になります」というような無条件の同盟ではない。

 でも。

 京都呪術協会。鏡宮家。京都の巨大な超常ネットワーク。

 それらの全てへと頼れる『太いパイプ』が、完全に出来上がったのだ。

 これは、途方もなく大きい。

 

 直哉の内心は。

(…………)

 

 京都限定とはいえ、推定Tier0.5の当主。

 歴史ある巨大組織。

 数え切れないほどの寺社。旧家。

 人外の領域。

 そして、日本最大級の結界網。

 

(これ……)

(下手したら、現金もらうより、普通にデカい報酬じゃないか?)

(ガチで、裏社会で生きていくには便利すぎるコネだ)

 

 レイジは、外面の完璧な態度で。

「ありがとうございます」と一礼した。

「非常に、心強いお言葉です」

 

 千鶴が微笑む。

「ええ。遠慮せんと、いつでも頼ってくださいませ」

 

 霧島も、組織間の調整役として進み出た。

 

「八咫烏としても。今回の共同対応について、改めて京都側へ正式なお礼を申し上げます」

 

 千鶴が返す。

「こちらこそ」

 

 東京と京都。

 明治から続く、色々なしがらみと歴史がある。

 それでも、今回は見事な連携で共闘が成功したのだ。

 両組織の関係も、これによって少しだけ風通しが良くなったのは間違いない。

 

 千鶴が、ふと紫苑の方を見た。

 

「ただし」

 

 紫苑が、無表情で首を傾げる。

「はい?」

 

 千鶴は、あの完全に更地になった寺を思い出すように、少しだけ間を置いて言った。

 

「次に京都で、その《月白》をお使いになる時は……」

 

「できれば、もう少しだけ、控えめに出力調整をお願いできますやろか?」

 

 紫苑は。

「…………」

 少しだけ、沈黙して。

 

「……善処いたします」

 と、目を逸らして答えた。

 

 直哉の内心。

(善処!! 『絶対にしません』とは言わない!!)

(これ次も絶対建物を壊すやつだ!!)

 と、一人で笑っていた。

 

 京都を離れる準備が始まった。

 

 事件処理が一段落したとはいえ、千里と紫苑を、この京都呪術協会の施設内でいきなり光になって解除するわけにはいかない。

 

 だから、京都へ入った時と逆の手順を踏む。

 表向きは、千里と紫苑の二人は「任務完了のため、東京の八咫烏本部へ新幹線で帰還した」ということにする。

 

 三人で、京都の結界の外へ出る。

 そして、八咫烏が用意した安全なセーフハウスの中で。

 千里と紫苑の、《並列集結》を解除。

 

 青白い光が消え、白峰レイジ一人の身体へと戻る。

 

 さらに、残されたレイジの変身も解除し。

 必要な八咫烏の事務手続きを済ませ。

 

 直哉は、ようやく三十四歳の『森川直哉』の生身の姿へと戻った。

 

 久しぶりの、自分自身の身体の感覚。

 

 直哉は、大きく伸びをした。

(疲れた……)

 

 本当に、心身ともに疲れ果てていた。

 大事件が、ようやく終了したのだ。

 

 新幹線で東京へ戻り、新しい高級マンションの自室へ。

 

 やはり、自分の部屋へ帰ってくると「終わった」という一区切り感がある。

 

 直哉は、熱い風呂に入り。

 適当なご飯を食べ。

 フカフカのソファへと、どさりと身を沈めた。

 

 その時だった。

 

 直哉の視界の右上に、黄金のシステム表示がポップアップした。

 《因果集結クロニクル》。

 

『【因果変動記録】』

 

『外部因果への有意な干渉を確認しました』

『集結者の介入によって成立結果が変動しました』

『活動記録を更新します』

『評価処理完了』

『活動報酬を獲得しました』

 

 直哉は、目を瞬かせた。

(お)

 

 久々の、クリア報酬だ。

 今回は、京都全域の危機を救ったのだから、因果への干渉の規模はかなり大きかったはずだ。

 

 そして。

 最後に表示された、最も重要な報酬。

 

『《因果晶》 × 32,000』

 

 直哉は。

「…………」

 数秒、完全に固まった。

 

 そして。

 

(さんまん、にせん……!?)

 

 もう一度、表示を見る。

 

『《因果晶》 × 32,000』

 

 見間違いではない。

 

 直哉のテンションが、一気に跳ね上がった。

 

(ふふふふ……!)

(吸血鬼公国と同じ額!!!!)

 

 以前。

 アルビオン公国で起きた、あの大事件。

 

 あの時に獲得した《因果晶》も、32,000個だった。

 

 今回も。

 32,000個。

 

 直哉は、一瞬だけ「さすがに多すぎないか?」と思ったが。

 

 すぐに、京都で起きたことを思い返した。

 

 《天国の双鍵》。

 第九奉祀会。

 《九番目の御霊》。

 京都という土地そのものとの、数百年単位の因縁。

 そして最後には、京都中の人々をまとめて『死』へと繋げようとした、あの《死の視線》。

 

 紫苑が間に合わなかったら。

 

 本当に、京都そのものが壊滅していたかもしれない。

 

 直哉は。

(……まあ)

(京都、普通に壊滅するかもしれなかったし!!!)

 と、あっさり納得した。

 

 そして。

 そこで、もう一つ気付いた。

 

(ん?)

 

 アルビオン公国の大事件。

 32,000個。

 

 今回の京都の大事件。

 32,000個。

 

 もちろん、まだ二回だけだ。

 これだけで完全な法則だと断定するには、データが少なすぎる。

 

 それでも。

 

(これ……)

(大事件だと、報酬の額にもある程度の法則性が見えてきたな……)

 

 少なくとも。

 国や大都市そのものの存亡に関わるような、極端に大きな因果変動を起こした場合。

 

 《因果集結クロニクル》は、とんでもなく大量の因果晶を吐き出す。

 

 そういう傾向は、なんとなく見えてきた気がする。

 

 直哉は、ニヤニヤしながら現在の所持石を確認した。

 

 20,800個。

 

 プラス、32,000個。

 

 合計。

 

 52,800個。

 

 つまり。

 

 330連分。

 

 直哉の視界の端に。

 

『因果晶:52,800』

 

 という、今まで見たこともないほど頼もしい数字が光り輝いている。

 

 直哉は。

「…………」

 

 思わず、もう一度計算した。

 

 キャラクターの限定ガチャ。

 天井は、80連。

 

 現在の直哉のシステム状態は、前回の紫苑でピックアップ確定枠を消費しているため、次回の★5は通常の50/50のすり抜け勝負だ。

 

 最悪の場合。

 

 一回目、80連まで引っ張られてすり抜ける。

 次、さらに80連でピックアップ確定。

 

 限定★5一人につき、最悪160連。

 

 そして。

 今の直哉は、330連分持っている。

 

 直哉は。

「…………」

 

 口元を、思いっきり緩ませた。

 

(これ……)

(最悪の最悪まで毎回引っ張られても)

 

(限定★5、二人確定で取れるじゃん!!!)

 

 160連。

 さらに160連。

 

 合計320連。

 

 それでも、まだ10連分残る。

 

 ここで、ガチャゲーマーとしての至高の満足感が、直哉の胸を満たした。

 

 でも。

 直哉は、今すぐ「よし、新しいキャラ欲しい!」と限定バナーを開いて回すような真似はしなかった。

 

 今回の京都で、かなり強力な手札を使った。

 千里の広域観測。紫苑の概念斬撃。レイジの適応防御。

 全員が、それぞれの役割で大活躍し、不足は全く感じなかった。

 

 今すぐ、戦力不足を補うために無理に新しいキャラクターを引く必要は、全くないのだ。

 

 直哉は、むしろ右上の貯蓄額を見て。

 

(……いいな)

(この、限定★5を二人分まで絶対に確定で取れるっていう心の『余裕』。めちゃくちゃいい)

 

 と、深く安心していた。

 

 無職時代に、ギリギリの貯金残高で怯えながら生きてきた直哉だからこそ。

 金銭的にも、そしてガチャ石的にも、この「圧倒的な余裕」がある状態が一番好きなのだ。

 

 直哉は、ソファの背もたれに深く頭を沈めた。

 

 京都。

 カトリック教会。

 天国の双鍵。

 巨大怨霊。

 Tier0.5の当主。

 

(…………)

 

 そして。最後に、どうしても。

 直哉の脳裏に、あの『完全に更地になって瓦礫の山になった、歴史ある古い寺』の光景がよぎってしまった。

 

(……あれ、ちゃんと元通りに直るよね?)

(俺のせいにされないよね?)

 

 直哉は、一人で乾いた笑いを漏らした。

 

 そして。

 視界の右上の、

 

『因果晶:52,800』

 

 の表示を、もう一度だけ見て。

 

「まあ」

 

「とりあえず、今回も無事に死なずに終わったんだから……良し!」

 

 直哉は、エリーズの『ひとまず、大丈夫です。……きっと』という不穏な言い訳を思い出しながら。

 

(…………)

(全部、忘れよう!)

 

 と、強制的に思考をシャットダウンして、目を閉じた。

 これで、長かった京都出張の仕事は、本当に全て終わったのだ。




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