俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
京都での大立ち回りから戻り、ノアと休日に映画を見に行った日から、さらに少し後。
今日は、仕事ではない、別の約束があった。
直哉が久しぶりに会う相手。それは、紅城院玲蘭だ。
今日は、彼女を命懸けで守るような危険な護衛依頼でも、怪異の討伐任務でもない。
純粋な、お互いの近況報告を兼ねたお茶の約束だった。
都内の高級ホテルにある、人目を気にせず静かに話せる個室のラウンジ。
大理石のテーブルの上には、上品な香りの紅茶と、色鮮やかな焼き菓子が美しく並べられている。
そこに座っているのは。
玲蘭と――長い銀髪を美しく結い上げた、エレノア・ヴァイスだ。
今日の直哉は、わざわざエレノアの姿を選んでここへ来ていた。
玲蘭は、すでに以前から『直哉がガチャのシステムで複数の姿へ変身できること』を知っている。
以前、ノアとの地下駐車場での戦いの際にも、このエレノアの姿になって宙吊りにされていた玲蘭を助け出しているため、お互いに面倒な隠し事や「はじめまして」の説明は必要ない。
エレノアは、いつもの完璧な背筋の伸びた姿勢で。カップの底に音を立てることなく、静かに紅茶を嗜んでいる。
中身の直哉は。
(こういう、格式高いちゃんとしたお茶の席だと、俺の生身よりエレノアの姿の方が、圧倒的に空間に馴染むんだよな……)
という、非常に実務的な理由でこの姿を選んでいた。三十四歳のジャージのおっさんでは、この高級ラウンジの空気に耐えられない。
玲蘭が、ティーカップを置いて、穏やかに微笑んだ。
「お久しぶりです、エレノアさん」
エレノアは、優雅に一礼して答える。
「はい。お嬢様も、お変わりなくお元気そうで、何よりでございます」
玲蘭が、ふふっと嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
完全に、平和で優雅な始まりだった。
当然、お茶の席の話題は、最近の直哉の仕事のことへと移る。
玲蘭も、京都で何か大きな超常事件があったこと自体は、八咫烏周辺の空気からそれとなく耳にしていた。
ただし、カトリックの秘奥がどうとか、巨大な怨霊がどうしたというような、最高機密の詳細までは知らない。
玲蘭が、少し気遣うように言った。
「京都では。ずいぶんと、大変で危険なお仕事だったそうですね」
エレノアは、表情を変えずに淡々と答える。
「ええ。少々、大掛かりな案件でございました」
直哉の内心は。
(『少々』どころの騒ぎじゃなかったけどな!! 京都全滅しかけたわ!)
と激しく突っ込んでいたが、お嬢様に心配をかけるような武勇伝は語らない。
玲蘭が、心配そうに尋ねる。
「皆様、お怪我は?」
「問題ございません。チーム《ナオ》のメンバーには、大きな人的被害は一切ありませんでした」
その言葉を聞いて、玲蘭は心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。
「……よかったです」
そして。玲蘭が、少しだけ言いにくそうに、躊躇しながら口を開いた。
「その……」
「とある歴史あるお寺が、大変なことになったとも伺いましたけれど……」
エレノアの、ティーカップを置く手が。
ピタッと、止まった。
「…………」
数秒の、重い沈黙。
そして。
「ええ」
エレノアは、静かに事実だけを認めた。
「見事に、更地になりました」
玲蘭が、目を丸くする。
「……噂通り、本当に更地なのですね」
「はい。木っ端微塵でございます」
直哉の内心は、頭を抱えてのたうち回っていた。
(そこまで広まってんの!? お嬢様の耳にまで入ってんの!?)
ノアからも先日言われたばかりだ。直哉は、京都での武勲よりも『寺を壊した』という噂だけが、異常な伝播力で裏社会を駆け巡っていることに、深い絶望を感じていた。
玲蘭が、少しだけ興味深そうに身を乗り出した。
「そういえば」
「京都では、また『新しい方』が増えたのですよね?」
直哉は、以前から玲蘭に対しては、自分の視界に直接表示される《因果集結クロニクル》のガチャによって、新しいキャラクターの姿を増やしているという仕組み自体は、大まかに説明している。
エレノアが頷く。
「はい。九条紫苑という、新しい★★★★★(星5)の剣士を引き当てました」
「非常に、強力な方でございます」
玲蘭が、少しだけ首を傾げて。
「その方が、お寺を……?」
エレノア。
「…………」
一瞬の沈黙。
「はい」
「悪気はなかったのですが」
直哉は(またその話に戻るのかよ!)と泣きそうになっていた。
ただし、エレノアの口から、紫苑が寺を壊した理由が『京都中の人々の命を、見えない死の呪いから救うために、巨大な因果を斬り裂いた余波だった』という真実は、しっかりと説明しておいた。
玲蘭は、それを聞くと、すぐに真面目な顔になって深く頷いた。
「でしたら、仕方がありませんね」
「建物よりも、人の命の方が重いのは当然です。立派なご決断だったと思います」
そこは、玲蘭も一切の迷いなく肯定してくれた。彼女自身、命の危機に晒された経験があるからこそ、その言葉には重みがあった。
エレノアは、ホッと息を吐いた。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、紫苑も救われます」
直哉の内心は。
(お嬢様は、本当に優しくていい子だなぁ……。どこぞの口の悪い暗殺者と違って)
と、玲蘭の優しさに心から癒されていた。
話が、自然とガチャのことへと移ったことで。
エレノアが、ほんの少しだけ、いつもより得意げな調子で口を開いた。
「ちなみに、お嬢様」
玲蘭が首を傾げる。
「はい?」
「今回の京都の事件の解決で。システムから、かなり多くの報酬をいただきまして」
玲蘭が、パッと顔を明るくして興味を示す。
「まあ。以前おっしゃっていた、『ガチャ』を引くためのポイントのことですか?」
「はい」
エレノアは、見た目は完璧で優雅なメイドの無表情のままだが。
中身の三十四歳の男は、完全に『ガチャゲーマーとしての自慢モード』に入っていた。
「現在。わたくしどもは、《因果晶》を『五万二千八百個』保有しております」
玲蘭が、少し不思議そうな顔をする。
「五万……?」
当然、裏社会のお嬢様には、その数字だけ言われても、ガチャシステムにおける価値が全く分からない。
エレノアが、ほんの少しだけ胸を張って補足する。
「ガチャの回数に換算いたしますと」
「『三百三十連分』でございます」
玲蘭は。
「…………」
数秒考えて。
「……それは、多いのでしょうか?」
と、素直に尋ねた。
エレノアは。
「非常に、多いです」
と、即答した。
エレノアが、ガチャの天井システムについて、少し熱を込めて解説する。
限定★5のキャラクターは、最大で80連回せば『天井』に到達して必ず排出される。
現在は、前回の紫苑で確定枠を消費しているため、次の★5は50パーセントの確率での『すり抜け勝負』だ。
つまり、最悪の、最も運が悪いパターンを引いたとしても。
80連で、すり抜ける。
さらに80連で、ピックアップが確定する。
「つまり、160連分の石さえあれば。どんなに運が悪くても、限定の最高レアリティのキャラクターを、確実に一名確保できるのです」
エレノアが、紅茶のカップを置いて、キリッと言った。
「現在の、わたくしどもの三百三十連分という保有量であれば」
「『最悪の結果が二回連続で続いた場合でも、限定の★★★★★を二名、絶対に確実に確保できる』という、圧倒的な余裕の数字なのでございます」
玲蘭は、目を丸くして。
「まあ」
と、小さく手を叩いた。
エレノアが、静かに頷く。
「はい。そういうことでございます」
内心の直哉は。
(ふふふふ……!! どうだ! これが大人の財力と貯蓄の余裕だ!!)
と、完全に得意絶頂で自慢していた。
玲蘭も、エレノアのその微かな感情の揺れに気づいて、クスクスと上品に笑った。
「ふふ。エレノアさん、なんだかとても嬉しそうですね」
エレノアは。
「……はい」
と、そこは素直に否定せずに認めた。
その、平和な自慢話の最中だった。
直哉の視界の右上に、常に小さく表示されている《因果集結クロニクル》のシステム画面に。
不意に、小さな変化が起きた。
『ピコンッ』
という、新しい通知のアイコンが点灯したのだ。
直哉の意識が。
(ん?)
エレノアの、ティーカップを持ち上げようとしていた動きが。
ピタッと、完全に止まった。
玲蘭が、不思議そうに声をかける。
「エレノアさん?」
「…………」
直哉は、視界のシステムの《集結》タブを開いて、確認した。
そこには。
昨日までは存在していなかった、全く新しい『限定ピックアップ』のバナーが、華々しく追加されていた。
直哉の内心。
(……え?)
(今!?)
さっきまで。
「俺、330連も持ってるんですよ! 余裕ですよ!」
と、玲蘭の前で得意げに自慢話でドヤ顔をキメていた、まさにその完璧なタイミングで。
新限定キャラクターの、追加。
中身の直哉は。
(うおおおおおおおおおおお!? マジで!? 新キャラ来た!!)
と、椅子から飛び上がりたいほどの衝撃を受けていた。
しかし、外見のエレノアは、ほぼ完全な無表情のまま固まっている。
玲蘭が、心配そうに覗き込んでくる。
「あの……何か、ございましたか?」
エレノアが、ゆっくりと玲蘭の方を見た。
「……申し訳ございません、お嬢様」
一拍、重い間を置く。
「非常に、重大なお知らせが入りました」
玲蘭の表情が、一気に緊張した。
「……事件、でしょうか?」
どこかで、また怪異やテロが起きたのか。
エレノアは、極めて真面目な顔で、首を横に振った。
「いいえ」
「『限定ピックアップ』が、更新されました」
玲蘭は。
「…………」
数秒、ポカンとして。
「……あの、ガチャの?」
「はい」
玲蘭の顔から、事件の緊張感が一瞬で消え去った。
直哉は、完全に意識を新しい限定バナーへと持っていかれていた。
そこに、大きく表示されているのは。
腰のあたりまで伸びた、流れるような美しい白銀の長髪。
知性と優しさを感じさせる、澄んだ翡翠色の瞳。
白を基調にしつつ、淡い翡翠色と金の装飾があしらわれた、どこか浮世離れした大陸風の『仙衣』。
ふわりとした柔らかな微笑みを浮かべる、息を呑むほど美しい女性の立ち絵だった。
直哉は、食い入るようにステータス表示を読んだ。
『★★★★★』
『神級仙薬師《白芷(ジー)》』
『Tier:1』
『所属:なし』
そして、彼女の固有能力。
『《万象丹炉(ばんしょうたんろ)》』
詳細な説明のテキストを確認する。
『この世界に存在する、あらゆる物質や超常的な素材の性質を瞬時に解析し。それを、自身の丹炉を用いて、効果的な「丹薬」として再構成します』
直哉は。
「…………」
さらに、概要の続きを見る。
薬材の解析。
怪我や病の治療薬。
猛毒の解毒。
生命力の滋養。
一時的な身体強化。
未知の超常的な状態異常への、対策薬の作成。
そして。
『使用する素材次第では、既存の処方に存在しない、全く新しい未知の丹薬そのものまでを、新しく創り出すことができます』
直哉は。
「…………」
(欲しい)
即決に近かった。
千里。紫苑。レイジ。エレノア。伊織。
現在、直哉がメインで使っているどのキャラクターとも、完全に役割が違う。
純粋で、完全な、『生産・治療・対策支援型』のキャラクター。
しかも、最高レアリティの★5で、Tier1のバケモノだ。
直哉の内心は、完全に沸騰していた。
(いやこれ!! 絶対、死ぬほど便利じゃん!! 一家に一台欲しいやつじゃん!!)
当然ながら、目の前に座っている玲蘭からすると。
エレノアが、突然、何もない空中の虚空をジッと凝視したまま、完全にフリーズしているようにしか見えない。
玲蘭が、恐る恐る尋ねた。
「その……新しく追加された方は、どのような能力の方なのですか?」
エレノアは、ようやく虚空から視線を外し、玲蘭を見て説明した。
「神級仙薬師の、《白芷(ジー)》という名前です」
「薬の調合や、超常的な素材の扱い、そして治療を専門とする、★★★★★の方のようです」
玲蘭が、目を丸くする。
「仙薬師……ですか?」
「はい」
エレノアが、先ほど読んだ《万象丹炉》の能力の内容を、手短に分かりやすく玲蘭へ説明する。
玲蘭も、それを聞いて深く感心したように頷いた。
「まあ。それは……ずいぶんと便利で、素晴らしい能力ですね。皆さんの怪我の治療もできますし」
エレノアは、力強く即答した。
「はい」
「非っ常ぉーーーに、便利で素晴らしいと思います」
あまりにも食い気味な、やけに強い返答だった。
玲蘭が、エレノアの顔を、じっと見つめた。
エレノアは、ハッとして無表情を作った。
「…………」
玲蘭が、クスクスと笑いを堪えるようにして言った。
「エレノアさん」
「……はい?」
「今、すごく、その方をお引きになりたいのでしょう?」
エレノアは。
「…………」
直哉の内心が、恥ずかしさで爆発した。
(バレてる!! お嬢様に、俺の強欲なガチャ欲が完全にバレてる!!)
エレノアは、三十四歳の理性的な大人として、一応の反論を試みた。
「……現在のわたくしどもの戦力に、緊急の致命的な不足があるわけではございませんので」
「必ずしも、今すぐここで無理をして石を使って引く必要は、全く――」
玲蘭が、首を傾げて、少しだけ上目遣いでエレノアを見た。
「でも。本当は、欲しいのですよね?」
エレノアは。
「…………」
数秒間の沈黙の後。
「……はい。喉から手が出るほど欲しいです」
見事な、即落ちだった。
玲蘭が、ついに声を出してクスクスと笑った。
「ふふっ。でしたら」
「この場で、今すぐお引きになってはいかがですか?」
エレノアが、驚いて玲蘭を見た。
「……よろしいのでしょうか?」
護衛対象であり、大切なお嬢様とのお茶の席の最中なのだ。
玲蘭は、上品に微笑んで言った。
「ガチャを引くことに、わたくしに許可を取る必要はないと思いますけれど」
それは、完全に正論だった。
さらに、玲蘭は少しだけワクワクしたように付け加えた。
「それに。せっかくですから、わたくしも見てみたいです」
「エレノアさんが新しい方を引いて、その姿へと変わられるところを」
エレノアは。
「…………」
少しだけ、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「では」
「お嬢様のお言葉に、甘えさせていただきます」
直哉の内心は。
(じゃあ!!!)
(遠慮なく、引くぞおおおおおおおおお!!)
と、完全にガチャの悪魔に魂を売り渡していた。
直哉が、視界の《集結》の画面を開く。
限定ピックアップバナー。白芷。
現在の所持《因果晶》は、52,800個。
330連分。圧倒的な余裕だ。
直哉は、迷わず最初の10連ボタンを押した。
『1,600消費』
光の演出。
★5の黄金の光は、なし。
直哉は、冷静だ。
(まあまあまあ。最初の10連なんてこんなもんだ。挨拶代わりだ)
20連。
なし。
30連。
なし。
目の前にいる玲蘭には、直哉が見ているガチャの光の演出も、結果の画面も、一切見えていない。
ただ、エレノアが微動だにせず空中の虚空を見つめながら、ときどき微妙に眉をひそめたり、口角を下げたりして表情を動かしているだけだ。
玲蘭が、不思議そうに尋ねる。
「……エレノアさん。今、引いていらっしゃるのですか?」
エレノアが、虚空を見たまま真顔で答える。
「はい。ただいま、全力で引いております」
40連。
紫の光のみ。★5はなし。
エレノアが報告する。
「現在、四十連が経過いたしました。まだ出ません」
玲蘭が、少し困ったように笑う。
「……わたくしからは、何も起きていないように見えますので。なんだか、少し不思議な光景ですね」
エレノアが答える。
「お嬢様の視覚には、システムの表示が一切見えませんので、無理もございません」
直哉の内心。
(こっちは、徐々に石が減っていくプレッシャーで結構ドキドキしてるんだけど!!)
そして。
50連。
まだ、来ない。
直哉は、少しだけ焦り始めた。
(おいおい。いくら石に余裕があるからって、そろそろ一回くらい光ってもいいんじゃないか!?)
そして。
60連目。
10連ボタンを、押す。
因果晶が消費される。
その瞬間。
演出の光が、一気に変わった。
直哉の目が、見開かれる。
(……来た!)
画面全体に、眩い黄金色の光が弾け飛ぶ。
『★★★★★確定』の演出だ。
エレノアの身体が、緊張でわずかに硬直した。
玲蘭が、その小さな変化にすぐ気がついた。
「来たのですか?」
エレノアが、少しだけ声のトーンを上げて答える。
「はい。最高レアリティが確定いたしました」
だが。
直哉の戦いは、まだ終わっていない。
今回は、50/50の勝負なのだ。ここで恒常キャラにすり抜ければ、またゼロから天井を目指さなければならない。
直哉は、祈った。
(頼む!)
(すり抜けるなよ……!! ここで白芷ちゃん来てくれ!!)
光の演出が収束し。
画面の中央に、一枚の美しいイラストが浮かび上がる。
白銀の長髪。翡翠の仙衣。
『★★★★★』
『神級仙薬師《白芷》』
見事。
50/50の勝負に打ち勝ち、ピックアップ命中。
直哉の内心が、歓喜の雄叫びを上げた。
(よっしゃあああああああああああああああああ!!! 一発ツモだあああ!!!)
外側のエレノアは。
静かに、しかし深い安堵の微笑みを浮かべて。
「……無事に」
「ピックアップ対象の、白芷を獲得いたしました」
と、報告した。
玲蘭も、自分のことのように嬉しそうに拍手をした。
「おめでとうございます、エレノアさん」
「ありがとうございます」
玲蘭が、ふふっと笑う。
「本当に、とても嬉しそうですね」
エレノアは。
「はい」
今回は、全く否定せずに素直に頷いた。
直哉は、残りの石を確認した。
60連消費で、9,600個。
52,800から引いて、現在の残高は43,200個。
残り、270連分。
直哉は、小さくガッツポーズをした。
(よし!)
(まだ、270連分も残ってる!!)
限定★5を一人確実に取るための「160連」をキープした上で、さらに110連分のお釣りが来る。
非常に、心強く、安心できる数字だ。
さっきまで330連あったので、少し減った感覚はある。
だが、新限定キャラを60連の50/50勝利で確保したことを考えれば、大勝利と言っていい結果だった。
直哉は、満足してガチャ画面を閉じた。
(よし、今日はここまで。いい引きだった!!)
専用武器のガチャへは、今日は行かない。深追いは禁物だ。
玲蘭が、興味深そうに目を輝かせて尋ねてきた。
「その……新しく引かれた、『白芷』さんという方へ」
「今、この場で、お姿を変わることもできるのですか?」
エレノアは、優雅に頷いた。
「はい。可能でございます」
玲蘭が、少しだけ楽しそうに身を乗り出した。
「もしよろしければ」
「わたくしにも、そのお姿を拝見させていただいても?」
直哉としても、当然、新しく引いたキャラクターを今すぐ試してみたかった。
むしろ、こんなに可愛いキャラクターを、早く自分で動かしてみたい。
エレノアは、微笑んで答えた。
「もちろんでございます」
防音の効いた、人目のない個室であることを確認し。
直哉は、システムの能力を切り替えた。
『【CHARACTER CHANGE】』
淡い翡翠色の光と、清涼な薬草の香りを伴う白い霞が、エレノアの身体を包み込む。
金色の光粒が、その周囲を丹薬のように巡った。
やがて、霞と光が、フッと消え去る。
そこに立っているのは。
腰のあたりまで長く伸びた、ふわりと柔らかな白銀の長髪。
深く澄み切った、優しい翡翠色の瞳。
白を基調にしつつ、淡い翡翠色と金の装飾で彩られた、どこか神秘的な大陸風の『仙衣』。
エレノアの時とは、全く違う。
戦う武人でもなく。完璧なメイドでもなく。鋭い剣士でもない。
どこか浮世離れした、包み込むような柔らかな雰囲気を纏った、美しい女性が立っていた。
玲蘭が、思わず感嘆の息を漏らす。
「まあ……」
神級仙薬師《白芷》の姿となった直哉も、自分の新しい身体を軽く見下ろして確認した。
細い手。美しい髪。仙衣の肌触り。
自分の視界の高さ。
そして。
(……ん?)
直哉は、少しだけ違和感を覚えた。
今までの、レイジやセナといった戦闘特化のキャラクターになった時とは、頭の中に入ってくる『感覚』が、明らかに違うのだ。
白芷の瞳で、目の前に座っている玲蘭を見る。
ただ、それだけで。
直哉の頭の中に。
何となく、ではない。
玲蘭の現在の『身体の状態』に関する膨大な情報が、極めて正確なデータとして、スッと自然に流れ込んできたのだ。
直哉の内心は。
(え?)
と、困惑した。
白芷の翡翠色の瞳が、玲蘭を静かに見つめる。
肌の血色。
髪の毛の艶。
瞳の動き。
呼吸のリズム。
姿勢のわずかな歪み。
ただ見つめるだけで、そこから大量の医療情報が、神級の仙薬師としての知識によって自然に理解され、紐解かれていく。
過去を透視したわけではない。
でも。
今の、玲蘭の身体の奥底には。
少し前まで、強いストレスや疲労によって受けていた『負担の痕跡』が、まだ微かに残っているのが分かる。
そして、それが現在は、非常に良い方向へとかなり改善しつつある状態だということも、ハッキリと読み取れる。
直哉の内心は、驚愕していた。
(何これ!?)
(ちょっと顔色を見ただけで、レントゲンかMRIみたいにこんなに正確に身体の状態が分かるの!? 医療チートじゃん!)
しかし、直哉の口から発せられた声は。
白芷というキャラクターらしい、非常に穏やかで、慈愛に満ちた柔らかいものだった。
「あら……」
玲蘭が、不思議そうに首を傾げる。
「はい?」
白芷が、玲蘭に向かって、優しく微笑みかけた。
「お嬢様」
「少し前まで、随分と……お辛く、お疲れだったようですね」
玲蘭の表情が。
ピタッと、驚きに止まった。
「……分かるのですか?」
「はい」
白芷は、深く静かに頷いた。
しかし、白芷は、医者が重病を告知するような深刻な言い方は決してしなかった。
あくまで、相手を安心させるように、優しい声で続ける。
「ですが、どうかご心配なさらなくても大丈夫ですよ」
「お嬢様のお身体は、今はもう、随分と良くなっておられる最中です。生命力に満ちています」
その言葉を聞いて、玲蘭はホッと安心したように、小さく息を吐いた。
白芷が、続ける。
「ただ」
白芷の視線が、玲蘭の髪へと向けられた。
「その美しい髪に。少しだけ、以前のお身体の負担の『名残』が、ダメージとして残っていらっしゃいますね」
玲蘭が、ハッとして自分の髪をそっと触る。
「髪に……?」
白芷が、ゆっくりと頷く。
「ええ」
「髪も、爪も、肌も。お身体の内側の状態を、とてもよく映し出す鏡のようなものですから」
玲蘭本人には、今の自分の髪にそこまで大きな違和感や不調は感じていなかった。
でも、白芷の目にはハッキリと分かる。
以前の巨大なストレスや疲労によって、僅かに髪質が荒れ、栄養が不足している部分があるのだ。
現在は自然回復している途中であり、決して病気でも重大な異常でもない。
そこで、白芷が、ごく自然な調子で提案した。
「よろしければ」
「私が、お嬢様のために。特製の『仙丹』を一つ、処方いたしましょうか?」
玲蘭が、きょとんとする。
「仙丹……?」
白芷は、ふんわりと微笑んだ。
「はい」
「それをお飲みいただければ、お身体の回復をもう少しだけ早められますし」
「何より、その髪が、今よりもっと艶やかに綺麗になりますよ?」
玲蘭は。
「…………」
新しい能力者が、いきなり強力な武器を見せつけるでもなく、結界を張るでもなく。
「髪が綺麗になるお薬を作りましょうか?」と提案してきたことに。
予想もしていなかった方向からのアプローチに、玲蘭は思わず、声を出して笑ってしまった。
「ふふっ……」
「それは……女性としては、とても気になりますね」
白芷も、嬉しそうに目を細めた。
「ふふ」
「では、今度お会いする時に、必ずお作りしてお持ちいたしますね」
ここで、直哉自身も、白芷の《万象丹炉》の性質と限界を理解し始めていた。
白芷は、魔法使いのように、何もない虚空からポンと万能薬を生み出せるわけではない。
薬を作るためには、必ず『薬材(素材)』が必要になるのだ。
今回の玲蘭への提案のような、軽い美容や滋養が目的なら。
危険な怪異の肝や、貴重な呪物のような珍しい超常素材など、全く必要ない。
市販されている漢方薬の材料や、一般的な薬草などでも十分に効果的な仙丹が作れる。
ただ、今このホテルのお茶の席には、調薬に使える薬材が何もない。
白芷が、少し申し訳なそうに言う。
「今は、あいにく調薬に使える薬材がございませんので」
「次にお会いする機会に、必ずお持ちいたします」
玲蘭が、恐縮して言う。
「そんな、わたくしのためにわざわざ……」
白芷は、優しく首を横に振った。
「いえいえ」
柔らかく微笑む。
「この程度の調薬でしたら。私にとっては、大した手間ではございませんから」
「どうか、お気になさらないでください」
玲蘭が、嬉しそうに頭を下げる。
「ありがとうございます。白芷さん」
直哉の内心は。
(……このキャラ)
(めちゃくちゃ優しくて、いい人だな!?)
と、自分で動かしていながら、そのキャラクター性に感動していた。
ただし、実際に思考して判断しているのは直哉本人だ。
白芷の口調、専門知識、そして立ち振る舞いの補正がシステムによって完璧にかかっているため。外から見れば、めちゃくちゃ徳の高い『仙人』のような、優しい会話が成立しているのだ。
玲蘭は、改めて白芷の姿を、尊敬の眼差しで見つめた。
「でも」
「本当に、わたくしの髪や顔色を少し見ただけで。以前まで疲れていたことまで、全て分かってしまうのですね」
「魔法のようです」
白芷は、静かに首を振った。
「過去そのものを、透視して見ているわけではございませんよ」
ここは、能力の性質の誤解を防ぐために、きっちりと説明しておく。
「私はただ、今のお嬢様のお身体に残っているものを、『診ている』だけです」
「疲れも、過去の病も、毒も。身体には、それぞれ違った足跡や痕跡を残しますから」
玲蘭が、感嘆の息を漏らす。
「わたくしには、とても真似できそうにありません」
白芷が、少しだけ得意そうに笑う。
「ふふ」
そして、一言。
「仙薬師、ですので」
直哉の内心が、激しく突っ込む。
(いや! ただの仙薬師じゃなくて、『神級』の仙薬師だからだよ!!!)
玲蘭と和やかに話しながら。
直哉は、白芷の身体で理解できる能力の知識を、頭の中で軽く整理していた。
治療だけではない。
猛毒。未知の呪い。
討伐した特殊な怪異の素材。人外由来の物質。未知の超常素材。
それらを解析し。性質を純粋に取り出す。
そして、全く別の効果や目的を持つ『丹薬』として、完璧に組み直すことができる。
直哉は、確信した。
(これ……)
(めちゃくちゃ、使い道と可能性があるぞ?)
強敵と戦う前に、耐性を上げる対策薬を作る。
戦った後に、即効性の治療薬で回復する。
怪異を倒したら、その素材を無駄なく回収して再利用する。
珍しい素材が手に入れば、誰も見たことがない新しい丹薬を作る。
そして。
玲蘭の、嬉しそうな顔を見ながら。
(……一般人向けの、安全で効果絶大な美容薬や、滋養強壮薬も作れる)
少し間を置いて。
(これ、もし裏社会の金持ちとかに売ったら……めちゃくちゃ、ボロ儲けできるんじゃ……?)
三十四歳の元無職は。
早速、神級の仙薬師の能力から、極めて俗物的な『金の匂い』を嗅ぎ取っていた。
玲蘭は、白芷をしばらく見つめた後。
とても穏やかな声で言った。
「今までの、エレノアさんや他の方々とは。また随分と、雰囲気が違いますね」
白芷が、首を傾げる。
「そうでございますか?」
「はい」
玲蘭からすると。
セナ。伊織。エレノア。レイジ。その他の姿。
どれも、裏社会で生きる『能力者としての圧倒的な強さ』が、まず第一印象にあった。
でも、白芷は違う。
初対面で、彼女が一番最初にやったことが。
玲蘭の体調を気遣って、優しく美容用の薬を提案してくれただけなのだ。
玲蘭が、心底嬉しそうに微笑んだ。
「とても、お優しい方なのですね」
直哉の内心は。
(中身は俺なんだけどな!! 俺が優しいみたいでなんか照れるな!)
でも、口から出る言葉は、白芷らしく。
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
と、柔らかく、美しく返された。
お茶会が、終わる頃。
直哉は、まだ白芷の姿のままで、頭の中はこれからのことでいっぱいになっていた。
これから、直哉に必要なもの。
まず、調薬のための『薬材』だ。
《万象丹炉》で、一体何ができるのか。
市販されているような普通の漢方素材で、どこまでのものが作れるのか。
もし、八咫烏から危険な超常素材を仕入れたら、どうなるのか。
試してみたいことが、一気に山のように増えている。
今まで、新しい戦闘キャラクターを引いた時とは、全く違う感覚だった。
「早く敵と戦って、強さを試したい」ではない。
「早く、何かを作ってみたい」。
直哉の内心は、ワクワクしていた。
(帰ったら、とりあえず薬局とか漢方薬局を回って、色んな草とか材料を買ってみるか)
(普通の材料でも、俺の能力ならどこまですごい薬が作れるんだろ)
そして。
(怪異の素材とか、呪物の欠片とか、八咫烏の倉庫に余ってないかな……。今度、霧島さんに交渉してみよう)
直哉の頭は、どんどん『素材集め』と『錬金術』の方向へと向かっていった。
玲蘭が、最後に自分の髪を愛おしそうに触りながら。
「白芷さんの仙丹。少し、楽しみに待っていますね」
と言った。
白芷は。
「はい」
と、この世の全てを包み込むような、柔らかい微笑みを浮かべて。
「どうぞ、私にお任せくださいませ」
直哉の内心は。
(任せろ!!)
(俺も、早く作ってみたくてウズウズしてるから!!)
直哉の新しい能力者としての生活に、また一つ、全く違うベクトルの『新しい遊び』が追加された瞬間だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!