俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
紅城院玲蘭とのお茶の席で、素晴らしいガチャの引きを見せつけた翌日の朝。
都内の新居。広々とした2LDKのリビングのソファに深く腰を下ろし、直哉は視界の右上に展開された《因果集結クロニクル》のシステム画面を、一人でニヤニヤと眺めていた。
『★★★★★』
『神級仙薬師《白芷(ジー)》』
『Tier:1』
『固有能力:《万象丹炉(ばんしょうたんろ)》』
直哉の内心は、一晩明けてもまだホクホクと温かかった。
(いやー……)
(昨日は、マジで最高の引きだったなぁ!)
六十連目での、五十パーセントのすり抜け勝負を見事な一発勝利。
現在の《因果晶》の残高は、四万三千二百個。まだ二百七十連分という、圧倒的な大富豪の余裕が手元に残っている。
そして何より、これまで直哉の手札には一切存在しなかった、『純粋な生産と治療に特化したTier1』を獲得できたことが大きい。
直哉は、昨日の玲蘭とのやり取りを思い返した。
初変身した白芷の目で玲蘭を診察し、彼女の髪に僅かな疲労とストレスの名残を見つけた直哉は、こう申し出たのだ。
『よろしければ、仙丹を一つ処方いたしましょうか?』
玲蘭も、目を輝かせてその約束を楽しみにしてくれていた。
(……よし)
(まずは、お嬢様に約束した仙丹をさっそく作るか!)
直哉は意気込んで立ち上がりかけたが、すぐにハッと気づいて足を止めた。
《万象丹炉》は、無から有を生み出す魔法の箱ではない。素材の性質を解析し、再構成するための能力だ。
つまり、ベースとなる『薬材』がなければ、クラフト自体が始まらないのだ。
(まずは、薬材を買いに行かないとな)
直哉はスマートフォンを取り出し、ブラウザで『都内 漢方薬局 生薬』と検索した。
すると、本格的な乾燥薬草や生薬の量り売りを行っている老舗の店舗が、都内にもいくつかヒットした。
(へえ。こういう本格的な素材って、普通にその辺の店でも売ってるんだな)
最初は、いつものジャージ姿のまま買いに行こうかと思った直哉だったが。
すぐに、根本的な自分の欠陥に思い当たった。
(……いや待てよ)
(俺、漢方とか薬草の知識なんて、マジで一ミリも無いぞ?)
普通の三十四歳の森川直哉が漢方薬局へ行ったところで、店員に「えーと、髪に良さそうな草をください」と素人丸出しで頼むことしかできない。
もちろん、それでも買い物は成立するだろう。でも、それでは最高の仙丹は作れない気がする。
(ジーの姿に変身すれば、神級仙薬師としての膨大な専門知識が、システム補正で丸ごと使えるじゃん)
(というか、俺が素人のまま買い物するより、最初から専門家のジーの姿で店に行った方が、絶対にいい素材が選べるだろ!)
直哉は、ポンと手を打った。極めて合理的な判断だ。
(よし!)
(今日の買い物は、ジーで行くぞ!)
直哉は、リビングの中央に立ち、《因果集結クロニクル》のキャラクター一覧から、★★★★★神級仙薬師《白芷》を選択した。
『【CHARACTER CHANGE】』
直哉の身体を、淡く美しい翡翠色の光がふわりと包み込む。
それは、レイジの闘気や、セナの雷光とは全く違う。清涼な、スッと鼻を抜けるような心地よい薬草の香りを伴う、白い霞のような光だった。
金色の微小な光粒が、身体の周囲を蛍のように静かに巡る。
光が収まると。
そこに立っていたのは、絶世の美しさを持つ銀髪の仙薬師だった。
腰のあたりまでゆったりと伸びる、白銀の長髪。
深く澄み切った、優しい翡翠色の瞳。
白を基調にしつつ、淡い翡翠色と金色の装飾で彩られた、浮世離れした大陸風の『仙衣』。
直哉は、洗面所の鏡の前に立ち、自分の新しい姿を改めてじっくりと確認した。
(……うん)
(分かっちゃいたけど、やっぱりすげえ美人だな)
昨日のホテルでは、初変身の驚きや会話の勢いがあり、自分の外見を客観的にじっくりと確認する余裕がなかった。
改めて鏡を見ると、まさに中華系のソーシャルゲームの看板を張るような、神秘的な限定★5キャラクターそのものの圧倒的な美貌だ。
ただし。
今からこの仙女が向かうのは、雲の上の仙境でもなければ、血で血を洗う戦場でもない。
東京都内の、ごく普通の漢方薬局である。
直哉は、鏡の中の自分を見つめて、少しだけ躊躇した。
(……これ、普通に街を歩いたら、ちょっと目立つか?)
銀髪に、ヒラヒラとした仙衣。どう贔屓目に見ても、一般的な日本人の休日の服装ではない。
しかし、直哉はすぐに思考を切り替えた。
(まあ、今さらだよな)
これまでも、セナやエレノアなどの派手な姿で何度も外出してきた実績がある。
少しくらい通行人の視線を集めたところで、今更恥ずかしがるような段階ではない。
(『すごくクオリティの高いコスプレの人だな』くらいに思われるだけだろ。気にしない気にしない)
直哉は、三十四歳特有の図太さでそう結論づけると。エコバッグ代わりの買い物用の鞄を手に持ち、颯爽と新居のマンションを後にした。
昼前。
都内の、とある歴史ある漢方薬局。
自動ドアが開くと、店内には生薬独特の、複雑で奥深い香りが充満していた。
壁際には数え切れないほどの木箱の引き出しがズラリと並び、ガラスの瓶には乾燥した植物や木の実が詰められ、棚には綺麗に包装された薬包が整然と陳列されている。
白芷の姿で、その店へと一歩足を踏み入れた瞬間。
直哉は、生身の自分の姿でいる時とは、世界の見え方が『全く違う』ことに気がついた。
(……おお?)
店内に漂う、様々な薬材の入り混じった香り。
直哉の本来の嗅覚なら、ただ「漢方っぽい匂いがするな」で終わるだけの情報だ。
しかし、白芷の感覚器官を通すと、その香りの一つ一つが明確に分離して脳へと届いてくる。
香りの違いを感じ取るだけで、その奥の棚にある薬材にどのような性質が含まれているのか、その一端がパラメーターのように理解できるのだ。
さらに、視覚。
棚に並べられた木箱のラベルや、瓶の中の乾燥した葉を見るだけで。
『この薬材は、血の巡りを良くする性質がある』
『これとこれを組み合わせれば、解毒の作用が生まれる』
『この木の実を特定の温度で精製すれば、鎮静効果を引き出せる』
そういった、膨大な仙薬師としての専門知識とレシピのデータが。直哉の頭の中に、まるで最初から知っていた自分の記憶のように、ごく自然にスラスラと思いついては浮かび上がってくるのだ。
直哉の内心は、激しく感動していた。
(……え?)
(俺、この店に置いてある商品のこと、かなり完璧に分かるぞ!?)
昨日まで、漢方の知識なんて本当に一ミリも無かったのだ。
それなのに今は、店内のどの材料がどんな目的に向いていて、どう処理すればその性質を最大限に引き出せるのかが、手に取るように分かる。
(すげえ……)
(本当に、歩く専門家になってるんだな、俺)
直哉が、店内の棚を興味深そうに眺めていると。
奥から、白衣を着た年配の店員が声をかけてきた。
銀髪に仙衣という白芷の出で立ちに、一瞬戸惑ったようだが、すぐにプロの接客態度へと戻る。
「いらっしゃいませ。……何か、お探しの生薬でございましょうか?」
白芷は、振り返り、極めて優雅に、そして柔らかく微笑んだ。
「ええ。少し、薬材を見せていただけますか?」
その声は、直哉の意識でありながら、この世の全てを包み込むような深い慈愛に満ちた、美しい響きを持っていた。
店員も、そのただならぬ気品に当てられたのか、さらに背筋を伸ばして丁寧に応じた。
「もちろんでございます。どのような効能のものを、お探しでしょうか?」
白芷は、店内の棚をゆっくりと見渡しながら、静かに答えた。
「穏やかな滋養に用いるものと……髪や肌の気を整えるためのものを、少々。まずは、扱いやすい生薬から見せていただければと存じます」
直哉の内心は、歓喜の声を上げていた。
(うおおお……!)
(俺、今、プロの漢方薬局の店員さん相手に、普通に対等に専門的な買い物の交渉してる!! すげえ楽しい!!)
店員に案内され、カウンターの奥にある特別な生薬の並ぶ棚へと通される。
白芷は、店員が棚から下ろしてくれた、乾燥した生薬の見本の入った木箱を、一つ手に取った。
無闇に包装を開けたり、ベタベタと触ったりするような下品な真似はしない。
見本として確認できる部分を、スッと目を細めて眺め、顔を近づけてその香りと外観の状態を確かめる。
ただ、それだけで。
『品質』
『保存状態』
『薬材としての利用可能性質』
『現在の状態から、《万象丹炉》でどこまで純度の高い性質を精製できるか』
そういった、成分分析機にでもかけたかのような詳細なデータが、白芷の知識のフィルターを通して、直哉の脳裏へと直接叩き込まれてくる。
直哉の内心は、またしても驚愕していた。
(……うわ、マジか。見ただけで、商品の細かい『品質』まで分かるのかよ)
同じ種類の、同じ名前の薬材であっても。自然の産物である以上、その品質には明確な個体差がある。
乾燥の度合い。保存されていた環境。素材そのものが元々持っている大地の気。
当然、品質が良ければ値段も高い。
ただし、高価な最高級品を買えば、それで必ず良い薬ができるという単純なものでもない。
白芷にとって重要なのは、『自分がこれから作りたい丹薬のレシピに、完璧に合致する性質を持っているかどうか』なのだ。
白芷は、ある一つの乾燥した木の実の入った瓶を見て、満足そうに微笑んだ。
「あら。こちらの品は、随分と状態がよろしいですね」
「気の巡りが、とても綺麗に保たれています」
店員は、目を見開いて驚いた。
「……お客様、お目が高い。そちらは、つい先日、現地の特別な農園から直接入荷したばかりの、非常に質の良いものなんですよ。香りだけでお分かりになるとは」
白芷は、ふふっと上品に笑った。
「なるほど。これでしたら、とても良いものが作れそうです」
直哉の内心は、得意絶頂だった。
(……俺、今まで草木の勉強なんて一秒もしたことないのに)
(めちゃくちゃ自然に、プロの目利きで品定めできてるんだけど!! チート能力って最高だな!!)
もちろん、最終的に「これを買おう」と判断して決定しているのは、直哉本人の意思だ。
しかし、その判断を下すために必要な、圧倒的な専門知識と長年の経験というデータベースが、白芷の形態に最初から完璧に備わっているのだ。
さて。
今回、ここへ買い物に来た一番の目的は、玲蘭のための仙丹の材料を揃えることだ。
白芷の脳裏に、昨日のホテルでの玲蘭の診察結果がフラッシュバックする。
玲蘭の身体のベースは、至って健康だ。
以前のノアによる襲撃事件などで強いストレスを受けていた痕跡はあるが、現在は安全な環境で順調に改善中である。
重病に侵されているわけでもないし、死の呪いがかけられているわけでもない。
ならば、やるべきことは一つ。
髪質に残る、僅かなストレスの傷みを整え、彼女自身の自然な回復力を優しく助けてあげること。
そこへ、劇薬のような強力すぎる超常的な丹薬を放り込む必要は全くない。過ぎたるは猶及ばざるが如しだ。
白芷は、その目的に向けて、最適な薬材の候補を絞り込んでいく。
「こちらの、ナツメを少し。それから……あちらのクコの実も、状態の良いものをいただけますか」
店員が、手際よくそれらを量りにかけていく。
「かしこまりました。他にはいかがいたしましょうか?」
白芷の選定には、一切の迷いがなかった。
今の玲蘭の身体に、何が必要か。どの素材の性質を組み合わせれば、最も美しいシナジーを生むか。
そして、どれだけの分量を買うべきか。全てが、完璧なレシピとして頭の中で完成している。
さらに、同じ棚にある複数の瓶を見比べ、最も品質と相性の良いものだけをピンポイントで指名していく。
直哉は、内心で感心していた。
(……これ、すげえな)
(買い物の素材選びの段階で、すでに完成品の性能に圧倒的な差が出るんだな)
単に、一番高価な薬草を大量に買い込んで、適当に鍋にぶち込めばいいというものではない。
目的に完全に合致した素材を、必要な分量だけ、最高の品質で見極めて選ぶ。
それこそが、神級仙薬師の『買い物』だった。
玲蘭用の、美容と滋養のための材料は、完璧に揃った。
本来の目的は達成されたのだから、ここで店を出て家に帰ってもいい。
しかし。
直哉は、店内に所狭しと並ぶ、無数の薬材の棚を、ぐるりと見回した。
(…………)
(……せっかく、ここまで来たんだし)
(もうちょっとだけ、色々買ってみてもいいよな?)
ここから、直哉の三十四歳のゲーマーとしての『素材収集欲』と『クラフト魂』が、完全に暴走を始めた。
白芷の姿で、店内の棚を一つ一つ眺めていると。それぞれの素材が持つ、隠された無数の可能性が、ポップアップのように次々と頭の中に浮かび上がってくるのだ。
強い滋養強壮。
肉体の疲労の、強制的な回復補助。
精神の昂ぶりを抑える、深い鎮静作用。
未知の毒を中和する、解毒のベースに利用できそうな性質。
これとこれを組み合わせた時に、全く別の化学反応として生じる劇的な変化。
全部、試してみたい。全部、自分の手で調薬してみたい。
(これも欲しいな)
(あっちの根っこみたいなやつも、面白そうだぞ)
(こっちの赤い実と、あっちの葉っぱ、組み合わせたらどういう効果の丹薬になるんだ?)
白芷が、先ほどとは違う棚の前に歩み寄り、店員へ声をかけた。
「申し訳ありません。こちらも少し、量っていただけますか?」
さらに、別の棚へ。
「あら。こちらも、大変良いものですね。これもお包みください」
次々と、気になった素材を指名していく。
直哉の内心は、完全にゲームの中に入り込んでいた。
(やべえ、超楽しい!!)
(これ、完全にRPGの街の『素材屋』で、新しいレシピのために爆買いしてアイテム欄を埋めてる時の感覚になってきた!!)
ただし、直哉は社会人としての理性を失って、何でもかんでもキロ単位で大量に買い占めるような無謀な真似はしなかった。
まずは、あくまで『実験用』として、少量ずつ数日分だけを購入する。
家に帰って《万象丹炉》で試してみて、本当に必要だと分かれば、また後日買い足しに来ればいい。
その辺りの資金管理は、元ブラック企業社員らしく比較的慎重だった。
買い物が、終了した。
レジカウンター。
自分用の実験のための普通の生薬を、数種類。
そして、玲蘭用の美容仙丹のための材料。
それらを全て、紙袋に小分けにして包んでもらった。
少量ずつ多品種を購入したため、合計金額を聞いて、直哉は少し驚いた。
全部合わせても、数千円程度に収まっていたのだ。
白芷は、財布から千円札を数枚出し、極めて丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます。おかげさまで、大変良い薬材が揃いました」
店員も、深々と頭を下げて見送ってくれた。
「こちらこそ、誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
自動ドアを抜け、店を出る。
直哉は、薬材の入った買い物袋を手に下げて歩きながら、内心で呟いた。
(……安いな)
もちろん、裏社会の闇オークションで取引されるような呪物や超常素材ではなく、一般の漢方薬局で売られている普通の植物や木の実なのだから、この価格なのは当然ではある。
しかし。
これから直哉が自宅に帰って、《万象丹炉》の能力を使って精製するのは。
Tier1の、神級仙薬師の技術の結晶である『仙丹』なのだ。
この、その辺で数千円で買ってきた普通の生薬から。一体、どこまでのチート性能の薬が作れるのか。
直哉の頭の中で、早くも材料費の計算が始まっていた。
(……この値段で凄い仙丹ができたら、相当お得なんじゃないか?)
(まあ、まずは家に帰って、実際に作ってみてからだな!)
直哉は、足取りも軽く、新居のマンションへと向かって歩き出した。
午後。
都内の、新居の2LDKマンション。
直哉は、白芷の姿のまま帰宅した。
広いリビングのテーブルの上に、買ってきた薬材の入った小袋を次々と並べていく。
買ってきたばかりの、香りの強い薬材たち。
それらを一時的に保管するための、ガラスの密封容器。
調薬のプロセスと結果を記録するための、ボールペンとメモ帳。
ごく普通の、一般家庭のリビングの一角。
だが、その中央に立っているのは、白と翡翠の仙衣を纏い、銀髪を揺らす神級の仙薬師だ。このギャップが凄まじい。
直哉は、目の前のテーブルにズラリと並んだ材料を見て、深く満足げに頷いた。
(うんうん)
(やっぱり、こういうクラフト用の素材がいっぱい目の前に並んでると、ゲーマーとしては無条件にテンションが上がるな!)
白芷の口から、自然と柔らかな、鈴を転がすような声が漏れる。
「ふふ。大変、よい薬材が揃いましたね」
直哉の内心が突っ込む。
(自分で買ってきたんだけどな!! 誰に話しかけてるんだ俺!)
この部屋には、誰もいない。だから、誰かに聞かせるために白芷のキャラクターを演じる必要はないのだ。
ただ、白芷の形態でいると、精神がその性質に引っ張られて、自然と穏やかで優雅な話し方になってしまうのだ。
「さて」
白芷が、スッと姿勢を正した。
いよいよ。
《万象丹炉》の能力の、初使用だ。
まずは、買ってきた薬材の、詳細な『解析』からだ。
白芷が、買ってきた袋の中から、一つの乾燥した植物の根を手に取った。
買い物の最中にも、目視と香りで大まかな品質や用途は理解できていた。
しかし、ここからは、正式に《万象丹炉》のシステムを使って、素材の奥底の性質までを丸裸にして調べるのだ。
『《万象丹炉》』。
白芷が、固有能力を発動し、手に持った薬材へと意識を深く集中させる。
すると。
(……おおっ!?)
直哉の頭の中に。
その素材に含まれる、目に見えない様々な『性質』が。まるで成分表のデータが空中にホログラムで展開されたかのように、極めて明確に理解できたのだ。
この素材の、どの性質が利用できるのか。
どういう温度と手順で精製すれば、その一番美味しい性質だけを純度100パーセントで取り出せるのか。
他のどの素材と組み合わせれば、相乗効果を生むのか。
逆に、目的の丹薬を作るにあたって、どの性質が邪魔になるから分離して捨てるべきなのか。
直哉の内心は、興奮で震えていた。
(これ、完全にゲームの『素材解析スキル』じゃん!!)
(しかも、めちゃくちゃ詳しくて細かいところまで全部分かる!!)
白芷は、さらに別の素材を手に取り、解析をかける。
すると、先ほどの素材と、この素材の『相性』が、パズルのピースがカチッとはまるように直感的に分かる。
三種類目の素材を解析する。
今度は、それら三つを組み合わせた場合に、どのような化学変化が起きて、どういう可能性が生まれるのかが分かる。
ここで直哉は、この能力の正しい使い方を理解した。
白芷の能力そのものは、あくまで『素材の性質を読み取り、それを丹薬として再構成する』というものだ。
直哉が何も考えていないのに、システムが勝手に「はい、回復薬できました」と全自動でレシピを生成してくれるわけではない。
直哉自身が、「俺は今、こういう効果の薬を作りたい」という明確な目的を決める。
それに対して、白芷の持つ膨大な知識と能力を用いて、最適なアプローチを導き出すのだ。
直哉は、深く頷いた。
(なるほどなぁ……)
(これは、ただ素材を適当に鍋に突っ込んで混ぜればいいってものじゃないんだな。奥が深いぞ)
最初の目的。
初めての調薬だ。
いきなり、玲蘭へ渡すための本番の仙丹を作るのは、万が一失敗した時のことを考えると少し不安がある。
まずは、練習として『自分で使うためのもの』を試作してみたい。
そこで、直哉は決めた。
作るべきは、《滋養丹》。
戦闘による肉体の強烈な疲労を軽減し、自己回復力を優しく助けるための基本的な丹薬だ。
Tier1の呪いを解呪するとか、欠損した魂を修復するといった、大げさな奇跡の治療薬ではない。
ごくごく一般的な、ベースとなる滋養強壮が目的だ。
(まあ、最初はチュートリアルとして、基本のレシピから試すのが定石だよな)
直哉は、頭の中で目指す効果のゴールを設定した。
すると、白芷の知識が連動して働き、テーブルの上の薬材の中から、必要な材料を自動的にピックアップしていく。
素材の性質。その完璧な組み合わせ。必要な分量。
そして、それをどういう方向性で精製していくべきか。
それらのロードマップが、頭の中で自然に完成した。
白芷は、小さく頷いて微笑んだ。
「まずは、こちらの処方から作ってみることにいたしましょうか」
直哉の内心が、ガッツポーズをした。
(よし!)
(記念すべき、俺の初クラフト作業の開始だ!!)
白芷が、テーブルの上に、必要な薬材を決められた分量だけ整えて並べた。
そして。
両手を、その薬材の上へと静かにかざす。
『《万象丹炉》』。
淡い、美しい翡翠色の光が、白芷の手から溢れ出し、並べられた薬材たちをふわりと包み込み始めた。
直哉の想像では、ここで部屋の中に巨大な鉄の釜や炉がドカンと出現して、そこでグツグツと煮込むのかと思っていた。
しかし、そうではなかった。
物理的な巨大な炉を用意する必要はない。白芷自身の持つ固有能力の光そのものが、空間に『精製の場』としての見えない丹炉を形成しているのだ。
光に包まれた薬材たちが、少しずつ、形を変えて変化していく。
不要なアクや、毒性のある性質が、黒い靄となって分離され、消滅していく。
必要な、滋養と回復の成分だけが、光の粒子となって抽出される。
そして、複数の全く違う素材が持っていた性質同士が、反発することなく、完璧な調和を保って融合していく。
最後に、それを一つの『丹薬』として、長時間効果が劣化しないように安定化させる。
それらの複雑怪奇な超常の処理が。白芷の能力によって、静かな光の中でオートマチックに進んでいく。
直哉の内心は、目を輝かせてその光景を見つめていた。
(うおおおおおお!?)
(マジで、目の前で錬金術みたいに薬材が精製されてる!!)
これは、現代の一般的な調理器具や、最新の化学プラントの設備だけでは、絶対に再現できない超常的な調薬のプロセスだった。
元あった薬材は、精製の過程で完全に消費され、その本質的な性質だけが、一つの小さな丹薬へと凝縮して集約されていくのだ。
やがて。
翡翠色の光が、スッと一つに収束した。
テーブルの上には。
元あった大量の葉や根っこの姿は消え失せ。
小さな、丸い一粒の『丹薬』だけが、コロンと残されていた。
淡い琥珀色をしており、表面にはほんのりと美しい真珠のような艶がある。
白芷が、その一粒を指先でそっと摘み上げ、柔らかく微笑んだ。
「ふふ。とても綺麗に仕上がりましたね」
直哉の内心が、歓喜の声を上げた。
(できたあああああああ!!)
直哉の、人生で初めてのクラフトアイテム、《滋養丹》の完成だった。
直哉は、完成した《滋養丹》を目の高さに掲げて、ジッと見つめた。
そのまま、《万象丹炉》の解析能力を、今度はこの『完成品』へと向けて品質を確かめる。
結果は、極めて良好だった。
使用した材料は、その辺の漢方薬局で買ってきた、普通の安い薬材だ。
したがって、これでTier1級の即死の呪いを解いたり、千切れた腕を瞬時に生やしたりするような、奇跡のポーションにはなっていない。
しかし。
『滋養・疲労回復・身体の回復補助』という、最初に設定した目的に対しては。
異常なほどに、完成度が極まっていた。
素材の中に眠っていた有効な性質だけが、一滴の無駄もなく抽出されている。
眠気を催すような不要な副作用は、極力完璧に取り除かれている。
さらに、各素材の性質が互いに喧嘩することなく、身体の中で最も効率よく吸収される形へと、極限まで整えられているのだ。
直哉は。
「…………」
と、無言でその小さな丸薬を見つめていた。
(これ、材料は本当に、さっき買ってきたただの草の根っこだったよな?)
白芷が購入した薬材は、裏社会で取引されるような特殊な超常素材ではない。一般の人がお茶にしたりする程度のものだ。
それが。Tier1の神級仙薬師の『精製能力』というフィルターを一度通しただけで。
市販の高級な栄養ドリンクなど比較にならないレベルの、極めて高品質な超常の丹薬へと昇華されているのだ。
直哉は、ここで初めて。
(……なるほどな)
(素材自体が普通のものでも。それを作って精製する奴の腕が『神級』なら、完成品はこんなに凄いものに化けるのか)
『生産系Tier1』という存在の、戦闘能力とは全く別方向の、恐ろしいチートっぷりを肌で実感していた。
ここで、直哉は、ある極めて重要な疑問に気がついた。
(……待てよ?)
(これ、俺が白芷の変身を解除して、元の生身の姿に戻っても。この作った薬は、そのまま消えずに残るよな?)
今回作った、この《滋養丹》。
これは、白芷の能力の光によって精製された物体だ。
しかし、それが白芷の形態を解除した後に、魔法が解けるようにスッと消えてしまうのか、それとも物質として存在し続けるのかは。直哉自身で、まだ実証して確認していなかった。
直哉は、一応、それを試してみることにした。
完成した《滋養丹》を、テーブルの上の小さな小皿のトレーへとそっと置く。
そして。
白芷の変身を、解除した。
変身の光が収まり、白銀の髪が消え去り。
三十四歳の、ジャージ姿の森川直哉の生身の身体へと戻る。
直哉は、恐る恐る、テーブルの上を見た。
そこには。
先ほど白芷の姿で作った、淡い琥珀色の丹薬が。
全く変わらぬ姿のまま、コロンと残されていた。
「…………」
直哉は、手を伸ばして、それを指先で摘んでみた。
触れる。硬い感触がある。
鼻を近づけると、スッキリとした良い香りがする。
消えていない。
完全に、独立した物理的なアイテムとして、この世界に定着している。
「おおっ!」
直哉は、思わず声を上げた。
(残ってる!! 消えないぞ!)
(よし! ってことは、これ、時間のある時に大量に『作り置き』ができるじゃん!!)
これは、直哉の今後の運用において、途方もなく大きな発見だった。
白芷の姿で安全な場所で作っておいた丹薬を、ポケットに入れておけば。元の直哉の姿でいる時や、他のキャラクターで戦闘している最中にも、アイテムとして使用できるのだ。
さらに、玲蘭や霧島のような『他人』へと譲渡して渡すことも可能だ。
白芷本人が、常に危険な最前線へ同行しなくても。事前に作った丹薬というバフアイテムだけを持っていける。
《万象丹炉》は、戦闘前の『事前準備』において、無類の強さを発揮する生産能力だった。
直哉は、ニヤリと笑った。
(……これは、とんでもなく便利だぞ)
さて。
作り置きができることは分かったが、実際の『効果』のほども、自分の身体で確かめておきたい。
直哉は、指先で摘んだ滋養丹を見つめた。
(……よし、飲んでみるか)
もちろん、自分が初めて作った未知の丹薬を、ノータイムで丸呑みするようなアホな真似はしない。安全性には十分に気をつける。
だが、白芷の解析能力で、毒性や不適切な副作用がないことは、すでに完璧に確認済みだ。
それに、次に玲蘭へ「これ飲んでください」と渡す予定のものとは別に。まずは、自分用の試作品から効果と安全性を身をもって確認しておくのが、直哉という男の慎重で真っ当なところだ。
直哉は、水と一緒に、その《滋養丹》をゴクリと飲み込んだ。
そのまま、ソファに座ってしばらく待つ。
「…………」
数分間。最初は、特に劇的な変化は感じなかった。
(……ん? 効いてるのか、これ?)
しかし。
さらに数分が経過した頃。
直哉の身体の奥底から。じんわりと、まるで温かいお湯に浸かった時のように、重い疲労感が溶けて抜けていくのを感じた。
ずっと凝り固まっていた肩の重さ。
PCのモニターを見続けていた目の奥の疲労。
ここ数日の、京都での死闘や引っ越しの作業で、何となく骨の髄に残っていた身体の鉛のようなだるさ。
それらが。
嘘のように、スーッと自然に薄れ、霧散していくのだ。
直哉は。
「……おお?」
と、目を見開いて、自分の肩をグルグルと回してみた。
身体が、異常なほどに軽い。
エナジードリンクを大量に飲んで、無理やりカフェインで眠気を吹き飛ばした時のような、心臓がバクバクするような不自然な刺激や焦燥感は全くない。
ただ純粋に、自分の身体の細胞の『回復力』そのものが、極限まで促進され、ベストな状態へと引き戻されている感覚だった。
「……すげえ」
直哉の内心は、感動で震えていた。
(本当に、バッチリ効いてるじゃん!!)
(ただのその辺で買ってきた普通の薬草から、こんなチートみたいな回復アイテム作れんの!?)
しかも。
直哉の頭の中で、元会社員としての計算式が弾き出された。
(これ、材料費……一粒あたりに換算したら、めちゃくちゃ安くないか?)
直哉は、テーブルの端に置いてあった、漢方薬局の買い物のレシートへと目を向けた。
今日購入した薬材は、あれだけ色々買っても、全部合わせても数千円程度だった。
そのうち、この《滋養丹》一粒を精製するために消費した生薬の量は、ほんの一握りの一部に過ぎない。
直哉は。
「…………」
(……あれ?)
一粒あたりの、純粋な材料費の『原価』を、ざっくりと頭の中で計算してみる。
(……安っ)
恐ろしく、安い。数十円から、いっても数百円の世界だ。
当然ながら、これを工業的に大量生産できるかどうかは全くの別問題だ。白芷が能力を使って一つ一つ調薬する時間と労力もかかる。品質の安定化の管理も必要になるだろう。
それでも。
(これ、もし商品化して売ったら、凄くないか?)
市販されている一般的な滋養強壮剤やサプリメントでは、絶対に再現できないであろう、即効性と圧倒的な回復効果。
しかも、使っている材料は、法に触れるような怪しい麻薬でも何でもない、ただの普通の生薬だ。
直哉の脳内で、黒い商売の可能性がムクムクと膨らみ始める。
(……売れる)
(現代の、疲労困憊してる金持ちの経営者とか、裏社会の連中相手なら。これ、一粒数万円でも絶対に需要あるだろ。ボロ儲けだ)
ただし。
直哉は、三十四歳の常識人だ。ここで無謀に「よし! 明日からメルカリで売ろう!」などという犯罪的な行動には出ない。
効果のある医薬品まがいのものを、無許可で勝手に販売すれば、当然薬機法などの法律の規制に引っかかる。
そもそも、自分一人の身体で一度試しただけだ。長期的な安全性や、他人への効果の検証も全く済んでいない。
直哉は、冷静に頭を振った。
(まあ、いきなり個人で怪しい薬売りを始めるわけにはいかないよな。捕まるわ)
(その辺のビジネス展開は、後で八咫烏の霧島さんに、合法なルートがないか相談してみるか)
金儲けの野望は、とりあえず頭の片隅の保留ボックスへと放り込んだ。
今の、最大の目的は。
玲蘭のための、本番の仙丹を作ることだ。
直哉は、立ち上がり、再び能力を発動した。
『【CHARACTER CHANGE】』
淡い翡翠色の光。白い霞。
再び、銀髪の仙薬師《白芷》の姿へと戻る。
今度は、目的が極めて明確だ。
玲蘭の、あの傷んだ髪と、身体の状態に完璧に合わせた『美容と滋養のための丹薬』を作ること。
白芷の脳裏に、昨日の玲蘭の精密な診察結果を思い出す。
現在の玲蘭は、ベースは健康だ。
以前のノアによる襲撃事件や、その前後の強いストレスによって、身体の深くへ多少の負担は残っているものの、順調に回復傾向にある。
髪質も、ほんの少し毛先が傷んで、パサついている程度だ。
白芷の知識が、最適な処方のレシピを自動で組み立てていく。
今、彼女に必要なのは。
弱った身体を無理やり作り変えるような、強烈で劇薬のような丹薬ではない。
少しだけ不足している気を補い、彼女自身の自然な回復を穏やかに助け、全身に行き渡らせるような、優しい薬だ。
白芷は、フッと優しく微笑んだ。
「お嬢様でしたら。こちらの処方で、十分に綺麗になられますね」
直哉の内心は、感心していた。
(へえ……)
(こういう薬を作る時は、『とにかく一番強い効果にすればいい』ってもんじゃないんだな)
(相手の体質や状態に合わせて、引き算をして、ちょうどいい強さの薬を選ぶ。それがプロってことか)
神級仙薬師としての、深い専門知識があるからこそ。相手の身体を壊さない、最適な強さの薬を処方できるのだ。
白芷は、テーブルの上に残っている薬材の中から、必要なものをスッスッと迷いなく選んでいく。
その中には、先ほどの《滋養丹》の精製に使用したのと同じ素材も、一部含まれている。
しかし。
目指す『効果』のゴールが違えば、そこへ至るための精製方法も全く変わってくるのだ。
先ほどの滋養丹では、肉体の疲労を強制的に回復させる成分を最優先で抽出した。
だが今回は、髪や肌へ栄養を行き渡らせて整え、身体の気の巡りを『穏やかに』促進することが目的だ。
そのため、全く同じ素材を使っていても。
抽出する成分の部位。加熱のイメージ。他の素材との配合比率。
それらが、全く異なる複雑なプロセスを辿るのだ。
直哉の内心は、ワクワクしていた。
(……おおっ!)
(同じ材料を使っても、やり方を変えれば、全く別のアイテムの薬が作れるのか!)
それは、まるで自由度の高いクラフトゲームで、レシピをあれこれと組み替えて試行錯誤している時の、あの楽しい感覚にそっくりだった。
『《万象丹炉》』。
再び、翡翠色の光が薬材を包み込む。
薬材の精製。
不要物の分離。
性質の抽出。
そして、緻密な融合。
丹薬としての、完璧な安定化。
今度は、一回目でコツを掴んだため、直哉も最初の滋養丹の時よりも、ずっと落ち着いてその作業のプロセスを見守ることができた。
(……なるほど。こういう感じか)
(うん、だいたい能力の使い方が分かってきたぞ)
白芷の口から、自然と柔らかな、自信に満ちた言葉がこぼれる。
「ふふ。これならきっと、お嬢様にも喜んでいただけますね」
やがて。
光が、テーブルの中央へとスッと収束した。
そこには。
先ほどの滋養丹よりも、さらに透き通るような淡い翡翠色を帯びた。
小さく、宝石のように美しい丹薬が完成していた。
《潤髪丹(じゅんぱつたん)》。
白芷は、完成した《潤髪丹》を手に取り、その品質を解析した。
主な効果。
髪質の、根本からの改善。
髪の艶や手触りを、最も美しい状態へと整える。
身体の疲労回復を、極めて『穏やかに』補助する。
全身の栄養状態の、最適な調整。
特に、強いストレスや疲労によって後天的に傷んだ髪質の回復に対しては、劇的な効果を発揮する。
玲蘭の現在の身体のバイタル状態との相性も、完璧だ。
直哉は、内心でガッツポーズをした。
(……完璧じゃん)
自分用に作った、汎用的な滋養丹よりも。さらにターゲットの用途をピンポイントに絞り込んだ、見事なオーダーメイドの処方になっている。
大事なのは、何でも治せる強い万能薬を作ることではない。
『玲蘭という一人の人間に必要な効果を、必要な強さで持たせたこと』。
それこそが、白芷という仙薬師の、真骨頂の仕事だった。
白芷は、完成した丹薬を見て、静かに、そして誇らしげに微笑んだ。
「これなら。よろしいでしょう」
直哉の内心も、大満足だった。
(よし!)
(これで、お嬢様との約束も、最高のクオリティで守れるぞ!!)
ただし、直哉はこれを今すぐ郵送で送りつけたりはしない。
渡す際に、白芷の姿で改めて現在の玲蘭の体調を診察し、処方の意図と使用上の注意点を直接丁寧に説明してから渡す予定だ。
その辺りのアフターケアのきめ細かさにも、仙薬師としてのプロの慎重さが表れていた。
直哉は、完成した二種類の仙丹を、小さなガラスの保管容器に入れて、テーブルの上に並べた。
琥珀色の《滋養丹》。
淡い翡翠色の《潤髪丹》。
色も、見た目の艶も、少しだけ違う。
そして、込められている用途も、全く異なる。
直哉は、その二つの小さな瓶を、うっとりと眺めていた。
(…………)
(……いいな、これ)
今日、その辺の薬局で買ってきた、ただの普通の薬材。
それを、自分の能力で解析し、必要な性質を選び出し、調薬して作り上げた。
完成したものには、それぞれ明確なゲームのアイテムのような効果が付与されている。
しかも、素材の選び方や組み合わせを変えれば、また全く違う効果のものが作れるのだ。
直哉の心が、少年のように躍っていた。
(これ……)
(めちゃくちゃ、面白いんだけど!!)
それは、実際に直哉が大好きなゲームを徹夜で遊んでいる時に感じる、あの興奮に似ていた。
フィールドでアイテムを集める。
図鑑で性能を見る。
レシピを考える。
組み合わせる。
そして、誰も見たことがない新しいアイテムを作る。
その、終わりのない試行錯誤の繰り返し。
しかも、ゲームの画面の中の話ではない。
完成したアイテムは、現実の世界で、実際に使えるのだ。
(……やばい)
(これ、時間が溶ける。無限に遊べるやつじゃん!!)
直哉は、用意していたメモ帳に。今日完成した丹薬の名前と、使用した薬材の分量、そして目的の効果を、几帳面な字で記録していった。
こういうところは、元会社員としての実務的なデータ管理の癖が抜けていない。
後で調薬に失敗した時の比較データや、同じ薬を量産したい時にも必ず役立つからだ。
二種類の丹薬は、無事に完成した。
玲蘭へのお土産を作るという、今日の本来の目的は、これで完全に達成されたのだ。
しかし。
直哉の興味と探究心は、これで満足して終わるどころか、むしろここから風船のように大きく膨らみ始めていた。
直哉は、白芷の姿のまま、腕を組んで考えた。
(……待てよ)
(今日買ってきた、ただの普通の薬草で、これだけのチート性能の薬が作れたんだぞ)
(だったら。もし、『本物の超常素材』を使ったら……一体どうなるんだ?)
白芷の固有能力、《万象丹炉》。
その説明文には、こう書かれていた。
『あらゆる物質や超常素材の性質を解析し、丹薬へ再構成する』。
今回は、一般の漢方薬局で誰でも買える薬材しか使っていない。
それでも、これだけ実用的で凄い仙丹が作れたのだ。
では。
もし、切っても切ってもすぐに再生する能力を持っていた、あの怪異の身体の素材を釜に入れたら?
どんな猛毒にも耐える、人外の生物の素材を使ったら?
超常的な炎のダメージに耐性を持つ物質なら?
呪いを吸収して無効化する、特殊な植物の根なら?
直哉の頭の中に、次々と『未知の新しい丹薬』の可能性が、星の数ほど浮かんでくる。
ただし、それが具体的にどんなバフ効果を持つアイテムになるかは、実際に実物を手に入れて解析してみないと分からない。
そこが、逆にゲーマーの心を激しくくすぐるのだ。
(うわ……)
(未知の素材を手に入れたら、それからどんな凄い薬が作れるか、全部解析して分かるってこと?)
(これ、完全に……敵を倒した後の『素材ドロップの楽しみ』が、百倍に増えたじゃん!!)
これまで、直哉にとって。裏社会の仕事とは、『依頼を受けて、怪異や敵を倒して、日本円の報酬をもらうこと』自体が目的だった。
しかし、白芷という生産系キャラクターを得たことで。
敵である怪異の『素材』そのものにも、今まで以上の途方もない価値と、アイテムとしての魅力が生まれたのだ。
直哉は、目をギラギラと輝かせた。
(……素材集め(ファーミング)したいな)
完全に、素材を狩り尽くす気満々の、恐ろしいゲーマーの顔になっていた。
そこで。
直哉は、一番手っ取り早く、安全にレア素材が集まりそうな場所を思い出した。
(そういえば)
八咫烏。
日本の能力者登録や、全ての超常事件の管理を一手に担う、秘密行政組織。
彼らは、日々、日本中で発生する様々な超常物品や、怪異に関連する証拠品を回収し、扱っている。
当然、それらを研究したり、安全に保管したりするための、巨大な『素材の保管庫』があるはずだ。
直哉は推測した。
(八咫烏なら、絶対にああいう超常素材とか、死ぬほどいっぱい倉庫に持ってるよな?)
討伐した怪異から回収した素材。
特殊な超常的性質を持った鉱物。
人外由来の未知の物質。
超常的な影響を受けて変異した植物。
研究用のサンプルの試料。
あるいは、「これ、何に使うか分かんないから、とりあえず塩漬けにして保管しとくか」という感じで、倉庫の奥で埃を被っている未分類のアイテム。
そういったものが、山のようにあるかもしれない。
もちろん、直哉も常識人だ。八咫烏の倉庫へ忍び込んで勝手に泥棒して使えるなどとは思っていない。
証拠品として保全されているものもあるだろうし、取り扱い厳禁の危険物もあるはずだ。そこは理解している。
(でも、研究用に少しだけ分けてもらえる、安全な不要品くらいあるんじゃないか?)
(タダが無理なら、仕事の報酬から引いてもらって、普通に買えるなら買ってもいいし)
ここで、直哉の頭の中に、いつもお世話になっているクールな女性管理官の顔が浮かんだ。
(……よし。ちょっと、霧島さんに電話して聞いてみるか)
夕方。
直哉は、白芷の変身を解除し、ジャージ姿の三十四歳、森川直哉の姿へと戻った。
スマートフォンを手に取り、八咫烏の専用回線から、霧島へと連絡を入れる。
しばらくして、電話が繋がった。
「はい。八咫烏、霧島です」
いつもの、感情の読めない冷静な声だ。
直哉は、少しだけテンション高めに言った。
「あ、お疲れ様です! 森川です」
霧島が、少しだけ警戒したような間を置いた。
「……お疲れ様です。何か、緊急の事態でもございましたか?」
直哉は、明るく答えた。
「いや、事件じゃないです! ええと、実はですね」
「昨日、ガチャで……『新しいキャラクター』を引きまして」
霧島は。
「…………」
電話の向こうで、完全な、冷ややかな沈黙を落とした。
直哉は、焦った。
「あ、もしもし? 霧島さん?」
霧島が、ひどく疲れたような、低い声で確認してきた。
「……新しい方、ですか?」
「はい! 見事に★★★★★(星5)です!」
霧島。
「…………」
直哉は、さらに追い打ちをかける。
「しかも、Tier1です!」
霧島。
「…………」
直哉の内心は。
(……あれ?)
(なんか今、電話越しに、霧島さんが無言で胃の辺りを強く押さえてる気配がするぞ……)
当然だ。
数日前、以前引いたTier1(実効Tier0.5級)の紫苑を京都の現場に投入した結果。歴史ある寺が一つ、見事に更地になったばかりなのだ。
管理官である霧島が、「また新しい火薬庫が増えたのか」と胃痛を起こすのも無理はない。
直哉は、慌てて誤解を解くために弁明した。
「あ、でも! 今回は安心してください! 戦闘型じゃないんですよ!」
霧島が、少しだけ怪訝そうに言う。
「……戦闘型ではない? そうなのですか?」
「はい!」
直哉は、胸を張って答えた。
「『仙薬師』です!」
「薬を作るのが専門の、回復と生産の能力でして!」
霧島が、少しだけホッとしたように、しかし驚きを含んで繰り返した。
「……薬を、作る能力?」
直哉は、白芷の固有能力《万象丹炉》の概要について、霧島へ詳しく説明した。
あらゆる物質や、未知の超常素材を解析できること。
その素材の性質を純粋に抽出し、利用して、『丹薬』というアイテムを作れること。
今日、試しにその辺の漢方薬局で買ってきた普通の薬草を使っただけでも、極めて高品質な滋養丹が精製できたこと。
さらに、対象の目的に合わせて、全く新しい処方の薬を組めること。
霧島は、直哉の説明を、途中で遮ることなく静かに聞いていた。
そして、深く納得したように言った。
「……なるほど」
「それは、八咫烏にとっても、非常に興味深く、有益な能力ですね」
戦闘型のTier1のバケモノとは、ベクトルの全く違う能力だ。
それでも、医療。研究。怪我をした能力者の支援。
そして何より、持て余している『超常素材の有効利用』。
非常に多くの分野へ、安全に応用できる可能性を秘めている。
直哉は、嬉しそうに言った。
「ですよね!」
「なので、霧島さんに一つ、ご相談がありまして」
「はい。何でしょうか」
直哉は、単刀直入に切り出した。
「八咫烏の倉庫で管理して余っているような『超常素材』って、俺の実験用に、少し分けてもらえたりしませんか?」
霧島は。
「……超常素材、ですか?」
と、少しだけ声のトーンを下げた。
直哉は、今回の買い物から、自宅での調薬実験までの経緯を、熱く語った。
普通の薬材でも、これだけ凄い滋養丹が作れた。
お嬢様である玲蘭用の、美容と回復の仙丹も完璧に完成した。
しかし、もし本物の『超常素材』を使えば。さらに特殊で、強力な効果を持つ丹薬が作れる可能性があるのだ。
例えば。
未知の怪異が持つ、超常的な毒への完全な対策薬。
特定の怪異の攻撃に対する、一時的な耐性を付与するバフ薬。
能力の過剰使用による、魂や身体への致命的な負担を軽減する薬。
火山や深海のような、特殊な極限環境で活動する能力者のための支援薬。
もちろん、それらはまだ直哉のゲーマーとしての『推測』と『可能性』の話に過ぎない。
素材次第で、できることも、できないことも変わってくる。
霧島は、しばらくの間、真剣に思考しているようだった。
「……承知しました」
「我々としても、その能力の可能性には非常に魅力を感じます。研究用として安全に提供できる素材のストックがあるか、上層部と倉庫管理の部門へ確認してみます」
直哉は、ガッツポーズをした。
「本当ですか! ありがとうございます!」
だが、霧島は厳しい管理官としての釘を刺すことを忘れなかった。
「ただし。その新しい能力と、精製された丹薬については。素材をお渡しする前に、一度、八咫烏の施設で『正式な能力検証』を行わせていただきたいですね」
直哉は、即答した。
「もちろんです! いつでも行きますよ!」
正式に能力検証を行い、作った薬の安全性や、応用範囲を科学的・超常的な観点から確認する。
八咫烏としても、非常に価値の高い新しい生産能力なのだから、データを取りたいのは当然だ。
そこで。直哉は、霧島を安心させようと、一応明るい声で付け加えた。
「あ、でも! 今回の検証は、絶対に安全ですから大丈夫ですよ!」
霧島が、不審そうに聞き返す。
「……何がでしょう?」
「ほら、今回は薬を作るだけなんで! 建物を真っ二つに壊したりするような、危ない能力じゃないので!」
霧島は。
「…………」
数秒の、非常に重い、冷たい間が空いた。
「……ええ」
「私も、心からそう願っております」
直哉の内心。
(全然信用されてねえええええええ!!!)
京都の寺を更地にした件のトラウマが、霧島の中でまだ強烈に尾を引いているようだった。
電話を終え。
直哉は、リビングのテーブルの上を見た。
今日、意気揚々と買ってきた、大量の薬材の入った袋。
自分用に試作した、琥珀色の《滋養丹》。
そして、紅城院玲蘭へ渡す予定の、美しく透き通る翡翠色の《潤髪丹》。
ただの普通の材料だけで、ここまでの二種類の仙丹を完成させることができたのだ。
直哉は、その仙丹の入った保存容器を手に取り、照明の光に透かして眺めた。
(……いやー)
(今日は、マジで楽しかったな!)
今まで、新しいキャラクターをガチャで引いた時には。
まず、「こいつの戦闘能力はどれくらい強いのか?」「どんな敵の異能を無効化して倒せるか?」という、戦闘面での検証を試すことが圧倒的に多かった。
しかし、今回は全く違う。
もっと、色々な薬を作ってみたい。
新しい、未知の素材を解析して調べてみたい。
八咫烏から貰えるかもしれない、珍しい超常素材を釜に入れてみたい。
そして、そこからどんなとんでもない効果の丹薬が完成するのか、自分の目で確かめたい。
直哉の心は、完全にクラフトゲームにハマった少年のように躍っていた。
(……これ)
(しばらく、飽きずに無限に遊べるぞ!)
今度のお茶会で、玲蘭へ《潤髪丹》を渡して、実際に喜んでもらうのも楽しみだ。
霧島から、超常素材の提供について良い返事が来るのも、待ち遠しい。
直哉は、テーブルの上の薬材を眺めながら、一人でニヤニヤとだらしない笑みを浮かべていた。
(神級仙薬師《白芷》。……マジで、このタイミングで引いておいて大正解だったわ!!)
そして、直哉の頭は、早くも次のステップへと向かっていた。
(……さて)
(次は、一体どんなヤバい『素材』が手に入るかな?)
三十四歳の、元無職の男。
新しく始まった、果てしない『素材集め』と『仙丹づくり』の底なし沼に、彼はすっかりと首まで夢中になって浸かっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!