俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
新しく引いた神級仙薬師《白芷》の能力で、普通の薬材から見事な仙丹を作り出してから、数日が経過した。
直哉の元に、八咫烏から正式な業務連絡が入った。
『新しいTier1能力形態の、正式な性能検証を実施します』
『内容は、生産能力《万象丹炉》の基礎性能の確認と、作成された丹薬の専門家による解析です』
場所は、以前に紫苑の武装テストでも利用した、八咫烏の地下の能力検証施設だ。
さらに、その業務連絡の末尾には。霧島からの個人的なメッセージとして、こう書き添えられていた。
『追伸:先日ご相談いただいた、研究用として提供可能な「超常素材」についても。いくつか安全な候補が見つかりましたので、本日の検証時に合わせてご用意いたします』
直哉の内心は、大きく跳ね上がった。
(おっ!)
(マジで!? レア素材、もう見つかったの!? 霧島さん仕事早っ!!)
先日、その辺の漢方薬局で買ってきた普通の生薬を使って《滋養丹》と《潤髪丹》をクラフトして以来。
直哉のゲーマー魂は、完全に『素材収集』と『調薬』の底なし沼にハマっていた。
ただの普通の草の根っこでも、あれだけチートみたいな高品質な仙丹が完成したのだ。
では、もし本物の、裏社会でしか手に入らないような『超常素材』を釜に入れたら?
一体、どれほどのバグ性能のアイテムが完成するのか。
その疑問を実際に確かめられる機会が、早くも今日やってきたのだ。
直哉は、意気揚々と立ち上がった。
(よーし!)
(今日は、待ちに待った新しい素材が見られるぞ!)
遠足の日の小学生のように、非常に楽しみにしながら、直哉は八咫烏の施設へと向かった。
当日。
八咫烏の、厳重なセキュリティに守られた地下検証施設。
直哉は、まず関係者以外が立ち入れないように隔離された専用の更衣室のような小部屋に通され、そこで《白芷》への変身プロセスを実行した。
当然ながら、「三十四歳のジャージのおっさんが、光に包まれて絶世の銀髪美女の仙人に変身する」というシュールすぎる映像を、八咫烏の一般職員たちの前で不用意に公開するわけにはいかない。
《因果集結クロニクル》のシステムの正体を知っている霧島が、その辺りの面倒なプライバシーの手続きは全て完璧に調整してくれていた。
『【CHARACTER CHANGE】』
直哉の身体を、淡く美しい翡翠色の光が包み込む。
スッと鼻を抜ける清涼な薬草の香りを帯びた、白い霞。
金色の微小な光粒が、身体の周囲を静かに巡る。
光が収まり。
そこに現れたのは、白銀の長髪と、深い翡翠色の瞳を持つ、神級仙薬師《白芷》だった。
白芷は、長い仙衣の裾を優雅に翻しながら、小部屋から出て検証室へと続く廊下を歩く。
直哉の内心は、少しだけ不思議な気分だった。
(いやー……)
(まさか、俺が『薬を作る能力』を真面目に検証される日が来るとはな)
これまで、セナやレイジの時は、単純な近接戦闘能力や、攻撃に対する防御力・適応性能のテストだった。
紫苑の時は、《月白》の異常な切断能力を、装甲板や結界相手にどう使うかという純粋な破壊兵器のテストだった。
しかし今回は、薬材と、丹薬だ。
同じTier1という階位のバケモノであっても、やっていることのベクトルが全く違うのだ。
検証室の重厚な扉の前。
そこには、白衣を着た数名の研究員たちと共に、スーツ姿の霧島がクリップボードを持って待機していた。
霧島が、足音に気づいて顔を上げる。
「お待ちしておりました。白芷さん」
白芷は、ふわりと柔らかく微笑んで、極めて上品な一礼を返した。
「本日はお世話になります、霧島様」
霧島も、丁寧にお辞儀を返す。
「こちらこそ。本日はよろしくお願いいたします」
霧島は、顔を上げた際、白芷の姿を改めて頭からつま先まで、ジッと確認した。
中国風の、白と翡翠を基調とした美しい仙衣。
背中の下まで流れる、絹のような銀髪。
翡翠色の瞳。
そして何より、その全身から溢れ出ている、この世の全てを慈しむような非常に穏やかで平和な雰囲気。
霧島は、心の中で(……少なくとも、見た目と雰囲気だけなら、歴史ある寺を問答無用で真っ二つに両断して更地にするような、危険な戦闘狂には見えないな)と、少しだけ安堵していた。
しかし。
白芷の翡翠色の瞳が。
霧島の顔を、ジッと見つめて、ピタリと止まった。
「あら……」
霧島が、不思議そうに首を傾げる。
「何か?」
白芷が、少しだけ心配そうに眉をひそめて言った。
「霧島様。……最近、少し胃の調子がよろしくないようですね?」
霧島は。
「…………」
ピタッと、瞬きを止めて固まった。
直哉の内心は。
(あっ!)
(見える! 霧島さんのストレスによる胃のダメージが、完全に透けて見えるぞ!)
白芷の仙薬師としての『診察能力』が、対象を見ただけで自然にオートで働いているのだ。
霧島の、ファンデーションで隠された僅かな顔色の変化。
極度の疲労の蓄積。
身体の内部に残る、自律神経の負担。
そして、特に『胃』の周辺に顕著に現れている、キリキリと痛むような不調の傾向。
白芷には、それらの医療情報が、問診もなしに一瞬で完全に理解できるのだ。
ただし、今すぐ倒れるような重病や潰瘍になっていると断定するほどの深刻な状態ではないことも、同時に分かっている。
白芷が、心底気遣うような優しい声で言う。
「随分と、夜遅くまでお忙しくお仕事をされているのでしょう。少し、お身体を休められた方がよろしいですよ?」
霧島は。
「……お気遣い、ありがとうございます」
と、少しだけバツの悪そうな顔をして視線を逸らした。
「ですが、私の立場上、なかなかそうも参りませんので」
直哉の内心は。
(……まあ、そうだよな)
(あの京都の大事件の、各所への謝罪とか後始末の仕事も、山ほど残ってるだろうしな)
直哉は、少しだけ思考を巡らせて。
(……俺のチームがやらかしたせいで、理不尽に増えた事務仕事の胃痛も、多分に混ざってるんだろうな)
と、そこはさすがに若干の申し訳なさを感じていた。
そこで。
白芷が、優しく微笑んで提案した。
「それでしたら」
「私が、霧島様のために。少し、胃の負担をいたわる『仙丹』を、一つお作りいたしましょうか?」
霧島が、少し驚いたように目を見張る。
「……私に、仙丹、ですか?」
「はい」
白芷は、穏やかに頷く。
「今の霧島様のお身体の状態でしたら、それほど強い劇薬のようなお薬は必要ございません」
「ただ、胃のキリキリとした負担を優しく和らげ、ご自身の持つ自然な回復力を助ける程度の、穏やかなもので十分かと思います」
霧島は、少し考え込んだ。
今日の本来の目的は、そもそも「白芷の《万象丹炉》による仙丹の精製能力の検証」なのだ。
それなら、適当なテスト用の薬を作ってもらうよりも。実際に不調を抱えている自分の『胃』に合わせたオーダーメイドの薬をその場で作ってもらう方が、より実践的で有意義なデータが取れる。
霧島が、真面目な顔で頷く。
「……分かりました。では、本日の正式な能力検証の一環として。そのお薬の調薬を、お願いできますか?」
白芷が、嬉しそうに微笑む。
「もちろんでございます」
直哉の内心は。
(よし!)
(せっかくの機会だし、いつもお世話になってる霧島さんの、ストレスでボロボロの胃も助けてあげよう!)
それに、先日、自宅で行った初検証では、滋養丹と美容の丹薬の二種類しか作っていないのだ。
『特定の臓器の不調(胃痛)を対象にした仙丹』なら、また全く別の処方のレシピを試すことができる。直哉のクラフト欲求を満たすのにも丁度良かった。
一行は、検証室の内部へと入った。
今回の検証室は、前回の紫苑の武装テストで使ったような、頑丈な装甲板が並ぶ無骨な射撃場のような場所ではない。
完全に、清潔な『研究・医療用のラボラトリー』だった。
薬材を扱うための、殺菌されたステンレスの巨大な作業台。
完成した仙丹を無菌状態で保管するための特殊なガラス容器。
空間の微細な超常反応の数値をリアルタイムで測定する、見慣れない最新の検査機器の数々。
そして。
作業台の奥には、白衣を着た一人の職員が待機していた。
霧島が、その人物を紹介する。
「本日は、白芷さんが作成した完成品の丹薬について。こちらの八咫烏所属の『鑑定担当者』にも、詳細を確認してもらいます」
彼こそが、八咫烏が誇る、Tier2級の《鑑定》能力を持つ専門の検査官だった。
この能力者は、対象となる物品を視認し、触れることで。
その物品の持つ本質的な性質。
超常的な作用。
隠された危険な呪いやトラップの反応の有無。
生産能力によって、どのような効果が付与されたのか。
そして、過去のデータベースにある既知の超常物品との『類似性』。
といった、極めて高度な情報をシステム的に読み解くことができるのだ。
もちろん、彼の能力も全知全能の万能鑑定ではない。相手がTier0の神格の遺物など、格が違いすぎたり、複雑すぎる構造を持っていれば、完全に読み取れずにエラーを起こす部分もある。
しかし。今回は、白芷が一般的な薬材から作る、比較的穏やかな部類の仙丹だ。
Tier2の鑑定能力をもってすれば、相当な範囲の正確なデータを調べられるはずだ。
白芷は、優雅に一礼した。
「ええ。よろしくお願いいたします」
さっそく、《養胃丹》の調薬が開始された。
作業台の上に、検証用として用意された薬材が並べられる。
白芷が先日漢方薬局で個人的に買い集めた一般的な生薬の残りと、八咫烏の施設側が成分を完全に確認済みの、安全な標準材料のセットだ。
白芷は、まず目の前に並んだ薬材の数々を、《万象丹炉》の能力でスッと解析する。
『胃の痛みの原因となっている、負担の緩和』
『身体の根幹の、回復力の補助』
『そして何より、仕事中の集中力を削ぐような、過剰な刺激や眠気を与えないこと』
霧島の現在のバイタル状態に合わせ、最も適切で、最も優しい処方のレシピを頭の中で組み立てていく。
白芷が、小さく満足げに頷いた。
「ふふ。これでしたら、よろしいでしょう」
そして、両手を薬材の上へと静かにかざす。
『《万象丹炉》』
淡く美しい、翡翠色の光が、作業台の上の薬材たちをふわりと包み込む。
素材の中に眠る性質が、光の粒子となって抽出される。
胃に負担をかけるような、不要な作用やアクが分離され、消滅していく。
必要な性質だけが、完璧な調和を保って融合し、安定化していく。
複数の異なる薬材が。光の中で、全く別の新しい一つのアイテムへと変化していく。
直哉の内心は。
(……相変わらず、目の前で見ると魔法みたいで凄い光景だな)
と、何度見ても感心していた。
しかし、周囲を取り囲んでいる白衣の研究員たちや鑑定担当者は、直哉以上に真剣な、食い入るような目でその超常現象を観察し、数値を記録していた。
彼らからすれば。
通常の巨大な製薬プラントの設備も、複雑な化学合成の機械も、加熱のためのバーナーすら一切使わずに。
ただ『能力の光を当てただけ』で、ただの草の根っこが、全く別の超常的な物品へと瞬時に精製されていくのだ。
しかも、測定器の示す超常反応の数値は、暴走する気配を見せず、極めて安定した波形を保っている。
科学と超常技術の常識を覆す、恐るべき生産能力だった。
やがて。
翡翠色の光が、スッと一つに収束した。
作業台の上の小皿には。
淡い琥珀色を帯びた、真珠のように艶やかな小さな丹薬が一つ、完成していた。
《養胃丹(よういたん)》。
白芷が、その完成品をピンセットで専用の保管容器へと移し、霧島へと微笑んだ。
「こちらでございます」
すぐに、Tier2の鑑定担当者が、その《養胃丹》の入った容器を手に取り、能力を発動させた。
『《鑑定》』
担当者の瞳に、微かな超常的な光が宿る。
短い、沈黙。
担当者の表情が、データを受信するにつれて、少しだけピクッと驚きに変わった。
「……これは」
霧島が、即座に尋ねる。
「何か、危険な問題でもありましたか?」
「いえ。問題というより……」
担当者が、丹薬をもう一度、信じられないものを見るように確認する。
「間違いありません」
「この丹薬の構造は。大陸系……特に、古い中国の『仙人文化』に由来する、《仙丹》の技術体系と、完全に一致しています」
霧島が、少しだけ目を見開く。
「仙丹……」
担当者が、興奮を抑えきれない様子で説明を続ける。
「主な作用は、事前に伺っていた通り。胃腸の過剰な負担を極めて穏やかに緩和し、自身の回復力をピンポイントで促進するものです」
「そして、何より驚くべきは……現在私の能力で確認できる範囲では、眠気や倦怠感といった『不要な副作用』が、ほとんど完全にゼロに近いレベルで抑え込まれています」
「それに……」
担当者が、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「使用されている材料は、その辺で買える一般的な生薬のはずなのに」
「薬としての効能が、極めて高い水準で、完璧に安定して定着しています。これは、名人が何十年もかけて作り上げた国宝級の秘薬と言われても、信じてしまうレベルです」
もちろん、たった一回の鑑定能力だけで。この丹薬の十年後の長期的な安全性や、全ての人間の体質へのアレルギーの適合性までを、完全に100パーセント保証できるわけではない。
そこは、今後の科学的な成分検査の対象となる。
それでも。
この丹薬が、単なるプラシーボ効果の偽物や、気休めのサプリメントなどではない、『本物の超常的な薬』であることは、八咫烏の公式な鑑定によって十分に証明されたのだ。
霧島が、深く頷く。
「……なるほど。見事ですね」
白芷が、優しく微笑んで補足する。
「今の霧島様のお身体の強さに合わせて、最適に調整しておりますので。決して、強すぎる作用で胃を荒らすようなことはございませんよ」
担当者も、同意して頷く。
「はい。少なくとも、私の今回の鑑定結果のデータは、白芷さんのその説明と完全に一致しています」
直哉の内心は、得意絶頂だった。
(おおっ!!)
(Tier2のガチの鑑定能力にかけても、ちゃんと『本物の仙丹です』ってお墨付きが出るんだな! 俺のクラフト能力、マジで本物じゃん!)
基本的な安全性の検証が、一段落した。
白芷は、容器に入った《養胃丹》を、両手で丁寧に霧島へと差し出した。
「こちらは、霧島様に」
「これを飲まれて。少しでも、お身体の痛みが楽になればよろしいのですが」
霧島は、その琥珀色の丹薬を見つめて。
「…………」
数秒間、無言になった。
そして。
「……では。ありがたく、受領させていただきます」
と、深く頭を下げて、両手で容器を受け取った。
白芷が、ふふっと笑う。
「どうぞ、お仕事もほどほどに。お大事になさってくださいね」
霧島が、真摯な声で返す。
「ありがとうございます」
直哉の内心は、少しだけ嬉しかった。
(……霧島さん、顔はいつも通り冷静だけど、結構喜んでくれてる?)
ここで霧島が、今すぐこの場でパクッと胃薬を飲む必要はない。
八咫烏の職員として、まずは施設での精密な成分検査の記録を残し、使用上の安全確認のルールを終えてから、後でゆっくり飲めばいいのだ。
ただ、霧島本人としても。ここ最近の京都のゴタゴタで悲鳴を上げていた胃をいたわる、特製のオーダーメイド仙丹をもらえたのは、純粋にありがたいことだったのだろう。
直哉は、非常に満足していた。
(よかったよかった!)
(京都じゃ、俺が寺壊して散々迷惑かけたからな! これで少しは罪滅ぼしになっただろ!)
《万象丹炉》への、研究員たちからの評価と質問の時間は、まだ続いていた。
先日、直哉が自宅で個人的に作った《滋養丹》のデータと記録も、すでに八咫烏へ提出している。
今回の《養胃丹》と、その二つのデータを比較する。
同じ、ごく一般的な市販の薬材をベースに使用している。
それなのに、目的に応じて、抽出する性質を完全に変え、全く違う用途の丹薬として精製し分けることができるのだ。
そして、そのどちらもが、極めて品質が高い。
一人の研究員が、身を乗り出して質問した。
「白芷さん。この、今回作られた薬の『処方』のレシピというのは、あなたの中で完全に固定された決まったものなのですか?」
白芷は、優雅に首を横に振った。
「いいえ」
「お薬の処方は、その時に手元にある『使う薬材』の組み合わせや、患者から必要とされる『効能』によって、無限に変化いたしますよ」
「例えば、同じ『胃の薬』を作るにしても。患者様のお身体の強さや、その日の体調の陰陽に合わせて、強さを微調整して全く違う配合でお作りすることができます」
研究員が、目を見張る。
「……つまり、患者一人一人に合わせた、完全なオーダーメイドの個別の処方が、即座に可能なのですね?」
「ええ」
白芷は、穏やかに、しかし誇りを持って頷いた。
「患者様のお身体に、最も優しく合ったものをお作りするのが。私たち仙薬師の、一番の務めですから」
直哉の内心は。
(……これ、やっぱり回復アイテムを作る『医療方面』の能力としては、他の追随を許さないくらい強いな)
研究員たちも、タブレットに猛烈な勢いでメモを取りながら、かなり高い興味を示している。
ただし。今回はあくまで『基礎性能の確認』だ。
この丹薬を、具体的な病気の治療薬として、一般の病院などで全面的に実用化して配布するような話は、まだ法律的にも倫理的にも全く決まっていない。
それでも、八咫烏という組織としては。
白芷の存在が、極めて価値の高い、最重要保護対象レベルの新しい能力形態であると、確固たる認識が共有されたのだ。
ひとまず、午前中の検証プログラムが終了し、休憩時間に入った。
霧島は、タブレットでこれまでの測定データと報告書の確認を行っている。
白芷は、部屋の隅に用意されたパイプ椅子に、優雅に腰掛けて休んでいる。
直哉は、手持ち無沙汰に。視界の右上に展開されている《因果集結クロニクル》のシステム画面を、何気なく開いて眺めていた。
新しく追加された、白芷のステータス画面。
★★★★★。
Tier1。
《万象丹炉》。
そのキャラクターのプロフィール情報を、上から下へとスクロールして眺めていると。
ある一つの項目が、直哉の目に留まった。
『専用武装:未装備』
直哉は。
「…………」
(あっ)
(そういえば!!)
直哉は、完全に失念していた。
白芷を引いた時のことだ。玲蘭のお嬢様の前でお茶をしながら、勢いでガチャを回して、60連でピックアップに見事勝利した。
その後は、初変身した白芷の姿の美しさと、見ただけで体調が分かる診察能力に大興奮して、お嬢様と盛り上がった。
そして、翌日にはウキウキで漢方薬局へ薬材の買い出しに行き、自宅での初クラフトに夢中になっていた。
すっかり、頭から抜け落ちていたのだ。
紫苑の《月白》に続いて。
白芷にも、ガチャで別途入手する『専用武装』が存在していたということを。
直哉の内心は、激しく頭を抱えた。
(武器ガチャ引くの、完全に忘れてたああああああああ!!!)
(俺としたことが、なんたるゲーマーにあるまじき大失態!)
直哉は、慌てて武装関連のガチャ画面を確認した。
白芷の、専用武装。
画面に表示されたのは。
『★★★★★』
『《百草神鼎(ひゃくそうしんてい)》』
詳細な能力のテキストを読む。
『薬材の解析能力の向上。精製効率の劇的な短縮。高位の超常素材を扱う際の、丹炉の安定化』
『複数の複雑な薬材や、高度な処方を同時に制御する能力を付与』
『《万象丹炉》の能力を補助し、その生産性能をさらに高みへと引き上げるための、神級の薬鼎(くすりなべ)』
直哉は。
「…………」
(……欲しい)
(いや、これ! 生産とクラフトの効率が上がる装備とか、ゲーマーなら絶対に死んでも欲しいやつだろ!!)
白芷は、別にこの専用武装を持っていなくても、先ほどのように手ぶらで能力の光だけで調薬することができる。
そこは、すでに自宅でもこの検証室でも確認済みだ。
でも。
専用武装を装備すれば。同じ素材を使って薬を作るにしても、白芷の精神的な負担が減り、調薬にかかる時間が短縮され、より複雑で高度なレア素材の処方にも対応できるようになるのだ。
生産特化キャラにとって、これほど重要なバフ強化アイテムはない。
直哉は、即決した。
(……よし)
(石の余裕もあるし。せっかくだし、今ここで引いちゃおう!)
白芷が、報告書を真剣な顔で確認していた霧島へ、静かに声をかけた。
「あの、霧島様」
霧島が、タブレットから顔を上げる。
「はい。何でしょう?」
白芷は、極めて穏やかな、天使のような笑みを浮かべて言った。
「一つ、とても大切なことを思い出しまして」
霧島が、少しだけ警戒したように問う。
「……大切なこと、とは?」
白芷は、上品に微笑んだまま。
「わたくしの『専用武装』を。まだ、集結(ガチャ)しておりませんでした」
霧島は。
「…………」
数秒、沈黙した。
直哉の内心は。
(いや、ただ単に『武器ガチャ引くの忘れてました!』って言ってるだけなんだけど。なんか言葉が丁寧すぎて逆に怖いな)
霧島が、呆れたような声で確認する。
「……今から、ここで引かれるのですか?」
白芷が、コクリと頷く。
「ええ。せっかくですので」
霧島は、少し考えた。
直哉が見ているガチャの画面や演出の光そのものは、霧島や周囲の研究員たちには一切見えない。
ただ、もしここで新しい強力な武装を入手してくれれば、その後の午後の性能検証のデータ取りにも、すぐに実物が利用できる。八咫烏としても悪い話ではない。
霧島が、許可を出す。
「……分かりました。構いません」
「ただし、引いた武器の実物をこの空間に取り出される際は、事前にこちらで安全確認をしてからお願いいたします」
白芷が、嬉しそうに微笑む。
「もちろんでございます」
直哉の内心は、ガッツポーズだった。
(よーし!)
(じゃあ、サクッと武器ガチャ行くぞ!!)
直哉が、視界の中で、武装の集結(ガチャ)画面を開く。
狙うは、白芷の専用武装《百草神鼎》。
現在の《因果晶》の残高は、43,200個。
270連分。
武器ガチャの天井は、キャラクターのガチャとは別の枠でカウントされており、『60連』で天井に到達する優しい親切設計だ。
直哉は、余裕の笑みを浮かべた。
(……まあ)
(運悪く一番深い天井まで連れて行かれても、たったの60連だからな)
(石は十分すぎるほどある! 絶対に取れる!)
もちろん、少ない石で安く引けるなら、それに越したことはない。
直哉は、さっそく最初の10連ボタンを押した。
『1,600消費』
光の演出。
紫の光。★5は、なし。
直哉は、冷静だ。
(まあまあ。最初なんてこんなもんだ)
20連。
なし。
30連。
なし。
霧島から見ると。
白芷がパイプ椅子に優雅に座ったまま。無言で、時々虚空を見つめて、微かに眉をひそめたりしているだけにしか見えない。
霧島が、少し気まずそうに尋ねる。
「……現在、どういった状況なのでしょう?」
白芷が、虚空を見つめたまま、真顔で答える。
「三十連ほど進みましたが、まだ目当てのものは出ておりません」
霧島が、渋い顔をする。
「……そうですか」
直哉の内心。
(やっぱりこれ、他人から見たら何やってるか全然分からなくて、シュールな絵面なんだよな)
40連。
まだ、来ない。
直哉は、少しだけ舌打ちをした。
(おいおい……。今回も、天井近くの深いところまで引っ張られるパターンか?)
そして。
50連目。
10連ボタンを押す。
因果晶が消費される。
その瞬間。
演出の光が、劇的に変わった。
直哉の内心が、大きく跳ねる。
(……来た!!)
画面全体が、眩い黄金色の光に包まれる。
★★★★★の、最高レアリティの武装確定演出だ。
光の中から、画面の中央に、一つの美しい『古代の薬鼎(くすりなべ)』のイラストが浮かび上がる。
三本足で立つ、重厚な鼎。
表面には、美しい翡翠色の紋様と、金色の装飾が施されている。
小さな薬草や、瑞獣の模様が緻密に刻まれた、見るからに神秘的なオーラを放つ器だった。
表示。
『★★★★★』
『専用武装《百草神鼎》』
獲得。
直哉の内心は、大歓喜の雄叫びを上げていた。
(うおおおおおおおおおおおおお!!!)
(50連!!!)
(天井の60連に行く前に、見事に引けたああああああ!!)
外側の白芷は。
椅子に座ったまま、とても嬉しそうに、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「……ふふ」
霧島が、その変化に気づいて尋ねる。
「……何か、良いことがございましたか?」
白芷が、深く頷く。
「はい。無事に、専用武装を入手いたしました」
霧島が、少しだけホッとして言う。
「……おめでとうございます」
直哉は、心の中で(よっしゃああああ!!)と万歳三唱していた。
白芷が、立ち上がり、微笑みながら霧島へ言った。
「やはり。自宅で一人で引くよりも、こちらの八咫烏様の施設で引かせていただいた方が……『ガチャ運』がよろしい気がいたしますね」
霧島は。
「……気のせいではないでしょうか?」
と、極めて冷静にツッコミを入れた。
白芷が、ふふっと笑う。
「あら。そうでしょうか?」
「ええ。場所の移動と、システムの確率の抽選結果の間に、何らかの因果関係があるとは、科学的には考えにくいですが」
直哉の内心は。
(えー? でも、ゲーマーからすると、こういうオカルトなジンクスって絶対にあるんだよ! 教会の前で引くと神引きできる、みたいなさ!)
もちろん、本当に八咫烏の施設で引いたからガチャ運の確率が上がるというような、都合のいい隠し設定がシステムにあるわけではない。
単なる、三十四歳のゲーマー特有の思い込みとオカルトだ。
むしろ、大真面目に科学的見地から否定してくる霧島の冷静な反応が面白かった。
白芷が、優雅に微笑む。
「ふふ。ですが、結果としてよいものを引けたのですから。わたくしにとっては、それで十分でございます」
霧島も、小さく頷く。
「……それは、確かにそうですね」
直哉は、現在の残りの所持《因果晶》を確認した。
今回の武器ガチャで、50連を消費。
8,000個のマイナス。
元の所持石は、43,200個。
したがって。
『因果晶:35,200個』
残り、220連分だ。
直哉の内心は、ホクホクだった。
(……おおっ)
(まだ、220連も残ってるじゃん!!)
前回の、白芷のキャラクターガチャで、60連。
今回の、専用武装《百草神鼎》で、50連。
合計で、110連分も回したのだ。
それでも。京都中の人々の命を救った大事件の報酬として、莫大な貯蓄が増えていたおかげで、まだ十分すぎるほどの石が手元に残っている。
この先の新ガチャで、次の限定★5キャラクターを『最悪のすり抜け天井(160連)』で確保しなければならなくなったとしても。それを余裕でカバーできるだけの石があるのだ。
直哉は。
(……ふふふ)
(やっぱり、あんな京都が滅びかけるような大事件を解決した報酬って、伊達じゃないくらいデカいな!)
と、非常に満足していた。
ただし。だからといって、石欲しさに「よーし! 次はどこの街で大事件が起きるかな!」と、自分から危険なトラブルを探しに行くようなアホな真似は絶対にしない。
今の直哉は、ひたすら安全な場所で、薬師としての能力検証と素材集めのクラフトに夢中なのだ。
午後の検証が再開される前。
霧島が、少し興味深そうに尋ねた。
「ちなみに。その、今引かれた専用武装というのは、どのような形状のものなのでしょう?」
「刀ですか? それとも、杖のようなものでしょうか?」
白芷は、静かに首を横に振った。
「いいえ。『薬鼎(くすりなべ)』でございます」
霧島が、目を丸くする。
「……薬鼎、ですか?」
「はい。調薬の火加減や成分の融合を補助するための、器ですね」
実物を取り出して安全確認を行うため、白芷たちは検証用の防爆区画へと移動した。
霧島と研究員たちが、ガラス越しに固唾を呑んで見守る中。
白芷が、専用武装をシステムから装備する。
淡い翡翠色の光が、白芷の右手の掌の上に集束していく。
光が弾けると。
そこに、小さな『三足の鼎』が、フワリと宙に浮いた状態で出現した。
翡翠色と金色の、緻密で美しい紋様。
金属のようでもあり、透き通った玉石のようでもある、不思議な質感。
それは、白芷の掌の少し上で、静かに、そして神秘的なオーラを放ちながら自律して浮遊していた。
霧島が、感心したように呟く。
「……なるほど」
「これはまた、随分と珍しく、美しい武装ですね」
白芷は、浮かぶ薬鼎を愛おしそうに撫でて、柔らかく微笑んだ。
「ふふ。私たち薬師にとっては、何よりも頼りになる、とても便利な道具なのですよ」
直哉の内心は、大興奮だった。
(うおおおおお!!)
(マジで、中華ファンタジーの仙人の専用装備じゃん!! 浮いてる! 鍋が浮いてるぞ!)
刀でもない。銃でもない。
しかし、神級の仙薬師にとっては、この鍋こそが最強の『専用武装』なのだ。
せっかく検証施設にいるのだから、専用武装の有無でどれほどの性能差が出るのか、簡単な比較試験が実施されることになった。
今度は、午前中に使ったのと同じ、一般的な薬材を使用する。
目的も、全く同じレシピの《滋養丹》だ。
武装なしでの調薬のプロセスと、かかった時間の記録は、すでに手元にある。
今回は、この《百草神鼎》を補助に使って、同じものを調薬する。
白芷が、手の上に浮遊する小さな鼎へと、意識を向ける。
『《万象丹炉》』。
再び、翡翠色の光が薬材を包み込む。
すると。
直哉は、自分の中の感覚の『明確な違い』に気がついた。
(……おっ!?)
薬材から抽出される複雑な性質のデータを、頭の中で整理し、分類する感覚が。
武装なしの時よりも、圧倒的にクリアで、扱いやすくなっているのだ。
複数の異なる素材の成分を、同時にぶつからないように制御し、融合させるための『精神的な負担』が、極端に軽い。
精製のエネルギーの流れが、鼎の補助によって完璧に安定化されている。
そして、何より。
調薬のプロセスにかかる『時間』が、劇的に短縮されていた。
直哉は、内心で歓喜した。
(……これ!)
(めちゃくちゃ便利じゃん!! 全然違うわ!!)
もちろん、武装なしの丸腰の状態でも、白芷は神級の仙薬師だ。すでに極めて高品質な仙丹を作ることができる。
しかし、《百草神鼎》というバッファーが加わることで、直哉の処理能力に圧倒的な『余裕』が生まれるのだ。
これなら、もっと複雑で危険な超常素材を複数掛け合わせるような、高度な処方にも安全に対応できる。
ガラスの向こうで測定していた研究員が、興奮気味に報告する。
「……精製にかかる時間が、午前の武装なしの時に比べて、明らかに短くなっていますね!」
「完成した丹薬の性質の数値も、さらに高いレベルで均一に安定しています!」
霧島も、深く頷く。
「……なるほど。これが、専用武装による強力な補助効果ですか」
白芷が、微笑んで答える。
「ええ。複雑で、難しいお薬を作る時ほど、この鼎はとても役に立つと思いますよ」
これなら、わざわざ50連分の石を使って武器ガチャを引いた意味が、十二分にあったというものだ。
一連の、基礎的な能力検証のプログラムが全て終了した。
研究員たちは、膨大な測定記録を整理し、レポートにまとめる作業に入っている。
霧島と白芷は、別室の静かな応接室へと移動し、今回の検証結果について総括の話し合いをしていた。
霧島が、タブレットを置いて言った。
「……能力の有用性は、今回の検証で十分に確認できました。八咫烏としても、非常に高く評価できる能力です」
白芷が、優雅に一礼する。
「それは、何よりでございます」
霧島が。
「ただ……」
と、少しだけ考え込むような、難しい顔をして間を置いた。
「この、『中国系』の仙人という能力形態については。八咫烏としても、今後の対外的な扱いで、少々考えることが増えそうですね」
白芷が、不思議そうに首を傾げる。
「あら。わたくしの姿に、何か不都合がございましたか?」
直哉の内心は。
(え?)
(中国系のキャラだと、何か問題あるの?)
と、純粋に疑問だった。
霧島は、首を横に振った。
「いいえ。能力そのものの問題ではありません。何度も言いますが、能力としては極めて有益で素晴らしいものです」
ただし。
「この方の、表向きの『対外的な説明』について。行政機関として、少々政治的な配慮が必要になりそう、という話です」
霧島が、直哉にも分かりやすいように説明を始めた。
これまで、チーム《ナオ》に新しく加わってきた高位の戦力たち。
白峰レイジ。御影千里。九条紫苑。
彼らは皆、名前も、容姿も、使っている能力体系も、『日本国内で発現した能力者』として、書類上の体裁を整えるのが非常に簡単だった。
もちろん、チームにはエレノアやヴェルミリアのような、明らかに国外の文化圏の能力形態を持つ者も存在する。
ただ、彼女たちの場合は、そもそも活動の場面が裏社会の戦闘に限定されていたり、特別な事情があったりで、扱いが少し違う。
今回の、白芷は。さらに別の、厄介な事情があるのだ。
誰が見ても、明確に大陸の『仙人文化』を体現している、Tier1の能力者。
しかも、戦闘狂ではなく、非常に高位の回復と生産の『仙薬師』だ。
霧島が、真剣な顔で言う。
「日本国内で活動している特例の能力者として、八咫烏で彼女の登録書類の辻褄を合わせること自体は、いくらでも可能です」
「しかし。名前や、その能力体系から、明確に『中国系の出自』を連想させる方が。日本で大々的に活動するとなりますと」
「確実に、国外の組織から『強い関心』を持たれる可能性がございます」
白芷は、静かに頷いた。
「なるほど……」
直哉の内心は。
(あー……)
(確かに、外国のめちゃくちゃ強い能力者が、急に日本に現れて活動し始めたら、他国の情報機関は絶対に気にするよな)
霧島が続ける。
「中国側にも、当然ながら、能力者を管理・統制する巨大な政府の裏の機関が存在します」
「もし、日本国内で、『中国系のTier1の仙人』が活動しているという情報が彼らの耳に入れば。間違いなく、彼女の出自や目的について、情報収集の探りを入れてこようとするでしょう」
直哉の内心。
(……あー)
(ノアも言ってたもんな。Tier1って、一個人で『国家級』の存在なんだって)
(そりゃ、中国政府も黙って見過ごせないわな)
白芷は、極めて穏やかな声で尋ねた。
「では、わたくしがこの日本で活動することで。何か、国際的な問題や、争いが起こるのでしょうか?」
霧島は、少しだけ表情を和らげて首を振った。
「現時点では、特に何も問題はありません」
まず大前提として、白芷が『中国国籍』の人間だと確定しているわけではない。
システムから生み出された存在なのだから、戸籍などない。名前や文化的な特徴が中華風だからといって、それだけで特定の国家に所属する義務が生じるわけではないのだ。
それに、日本国内で活動している外国由来の能力者自体は、珍しくもない。
問題は、ただ一つ。彼女の能力者の『格』が高すぎることだ。
Tier1ともなれば、国家として無関心ではいられない。
今後、白芷がその能力で大きな医療的成果を上げたり、裏社会で「凄い薬師がいる」という活動が広く知られるようになれば。
中国側から、八咫烏に対して「彼女を引き抜きたい」というような問い合わせや、秘密裏の接触があるかもしれない。
霧島が、少しだけ肩をすくめて言う。
「その場合に備えて。彼女の活動名義や、対外的な説明のストーリーを、事前に八咫烏の方でしっかりと矛盾なく整理しておく必要がある、というだけのことです」
白芷は、深く頭を下げた。
「色々と、ご面倒をおかけいたしますね」
霧島は、仕事人としての顔で返す。
「いえ。そうした政治的な防波堤の調整も、我々八咫烏の仕事ですので」
ここで、直哉は、ふと純粋な疑問を抱いた。
これまで、直哉の能力者としての仕事は、基本的に日本国内で完結していた。
アルビオンやオーストリアなど、海外へ出張に行ったこともあるが、各国の能力者社会の細かい実情について、詳しく知っているわけではない。
特に、お隣の中国。
今回、せっかく中華ゲーのキャラクターのような白芷を引いたのに、実際の中国の能力者事情についての知識が、直哉にはほとんどなかった。
白芷が、興味深そうに霧島へ尋ねた。
「そういえば。中国という広大な土地にも、やはり能力者の方々は多数いらっしゃるのですよね?」
霧島が頷く。
「ええ。もちろんです」
白芷が問う。
「あちらでは、どのような能力体系の方々が多いのでしょうか?」
霧島は、記憶のデータベースを引き出すように、少し考えた。
「そうですね……」
「中国の場合、他の国とは少し違い、歴史と文化の影響が、能力の発現に非常に色濃く反映されているのが特徴ですね」
霧島が説明する。
「中国という国は、政治的な王朝や国家の体制の形は、歴史の中で何度も激しく変わってきました」
「しかし、その根底にある文化的な伝統や思想は、長く途切れることなく受け継がれてきました」
「特に。古代からの『仙人』や『道教』に由来する能力体系を持つ者たちは、現在でも裏社会でよく知られています」
白芷が、相槌を打つ。
「仙人……でございますか」
霧島が頷く。
「はい。まさに、白芷さんのような能力体系の方々ですね」
中国系の能力者には、古い仙人伝承と結びついた系統が確かに存在するという。
例えば。
丹薬や仙薬の精製。
体内の気の操作。
離れた場所の剣を操る、飛剣。
呪符を用いた、符術。
長命化や、肉体の超常的な強化。
ただし、仙人を名乗る全ての能力者が、同じような万能の能力を持っているわけではない。
同じ仙人系でも、修行の方向性によって能力は大きく異なる。
そして、その中でも。白芷のような純粋な『神級仙薬師』は、かなり珍しい部類に入るらしい。
霧島が、真剣な顔で言う。
「仙薬を扱う能力者自体は、中国にも存在します。しかし、それが『Tier1』という国家級の階位となると、話は全く別です」
「それも、あらゆる物質を解析できる《万象丹炉》のような破格の能力となれば……他国から注目されない方が、不自然でしょう」
白芷は、少しだけ困ったように微笑んだ。
「まあ……」
直哉の内心は。
(……やっぱり俺、また相当ヤバい大当たりを引いてるのか!?)
霧島は、さらに別の系統についても話を続けた。
「それから、中国では『武術』に由来する能力体系を持つ者たちも有名ですね」
白芷が首を傾げる。
「武術、でございますか?」
「はい」
拳法。剣術。内功。気の制御。極限の身体能力の強化。
そうした、伝統的な武術や厳しい修練と結びついた能力を持つ人々。
彼らは、単に「生まれつき身体能力が強化される異能」を振り回しているだけではない。長年の血を吐くような修行によって、その能力を一つの『技術』として極限まで磨き上げている系統の者たちだ。
霧島が補足する。
「もちろん、ただ修行すれば誰でもTierが上がるという、単純な精神論の話ではありません」
「ですが、自分の持って生まれた能力を、非常に長い時間をかけて鍛え上げ、一つの武の形として完成させている方は多いですね」
直哉の内心は、大興奮だった。
(おお……!!)
(めっちゃ『武侠もの』の小説や映画っぽいじゃん!!)
(内功とか、飛剣とか、修行とか! 完全に中華ファンタジーの世界だ!)
そして霧島は、最後にもう一つの系統について話した。
「もちろん、そういった古い伝統とは全く無関係な方々も、数多く存在します」
白芷が問う。
「それは、どのような方々でしょう?」
「現代のストレス社会の生活環境や、強い精神的な負担、あるいは突発的な事故などをきっかけにして。ある日突然、能力に『覚醒』した方々ですね」
いわゆる、現代の覚醒型だ。
本人が、山に籠もって武術を学んでいたわけでもない。仙人の弟子だったわけでもない。
ある日突然、理不尽に能力を発現してしまう。その理由や経緯はさまざまだ。
霧島が、少しだけ疲れたように息を吐く。
「中国は、圧倒的な人口規模を誇る国ですから。当然ながら、それに比例して『能力者の絶対数』も非常に多いのです」
「古い伝統に縛られた修練系と、新しい価値観を持った覚醒型が、同じ国の中で共存し、時に摩擦を起こしているのが、あちらの特徴の一つと言えますね」
直哉は。
(へー……)
(そりゃ、あっちの八咫烏みたいな管理組織は、めちゃくちゃ大変そうだな)
もちろん、これは中国だけの問題ではない。日本にも、世界中にも、さまざまな形で能力者が存在する。
中国では、その人口規模と文化的な背景によって、独特の複雑な能力者社会が形成されているということだ。
霧島が、話をまとめるように言った。
「ですから。白芷さんのような、明らかに『中国の仙人系』を体現している方が、この日本で活動されるとなれば。必ず、注目する人間は現れるでしょう」
「神級仙薬師というだけでも珍しいのに、Tier1なのですから」
白芷は、少し考え込むように視線を落とした。
「なるほど……」
直哉の内心は。
(そっかー)
(俺はただ純粋に、『やった! めっちゃ便利な可愛い薬師キャラ引けた!』ってゲーム感覚で喜んでたけど)
(現実の世界でこいつを動かすとなると、外国との政治的な関係とか、そういう面倒なことも考えなきゃいけないんだな……)
ただし。直哉は、ただの三十四歳の元営業マンだ。国際政治の専門家ではない。外交関係に詳しいわけでもない。
ここで直哉が一人で頭を抱えて悩んだところで、何か画期的な解決策が閃くわけでもないのだ。
そこで。
白芷は、極めて優雅に微笑んで。
「その辺りの、難しい対外的な調整のことは」
「全て、霧島様と八咫烏様にお任せしてしまっても、よろしいでしょうか?」
と、完璧な笑顔で丸投げした。
霧島は。
「……ええ」
少しだけ、深い疲労を滲ませて。
「私どもで、全て滞りなく調整いたします」
と、引き受けた。
直哉の内心。
(よろしくお願いします!! 丸投げしてすいません!!)
ここで、霧島は、今後の白芷の活動名義や、提出すべき偽装の登録書類について、頭の中でスケジュールを組み始めていた。
必要になる、各省庁への根回しと調整。
国外からの問い合わせがあった場合の、想定問答の作成。
能力情報の、他国への公開範囲の線引き。
医療関連の法律のすり合わせ。
超常素材の提供に関する、稟議書の作成。
新しく引かれた専用武装《百草神鼎》の、危険物登録の追加書類。
直哉の内心は。
(……あれ?)
(なんか、俺が今日ここに来たせいで。また霧島さんの仕事、爆発的に増えてないか?)
そして、霧島は。先ほど白芷から受け取った、《養胃丹》の入った小さな容器を、机の上でジッと見つめた。
「…………」
白芷が、申し訳なさを込めて、柔らかく微笑みかける。
「ふふ。どうぞ、お薬を飲んで。お身体を大切になさってくださいね」
霧島が、少しだけ自嘲するように答えた。
「……ありがとうございます。本当に、助かります」
直哉の内心。
(……うん)
(最初に胃薬、渡しておいて大正解だったかもしれない)
一通りの、難しい政治的な話が終わったところで。
霧島が、表情を引き締めて、話題を切り替えた。
「さて、白芷さん」
「先日、お電話でご相談いただいていた、『研究用の超常素材』の提供についてですが」
直哉の内心が、一気に跳ね上がった。
(……来た!!!)
霧島が、手元の端末を操作する。
「研究目的で、安全に利用できそうなものを、倉庫からいくつか選定いたしました」
白芷が、目を輝かせる。
「まあ。それは、大変ありがたいですね」
霧島が、ガラスの向こうの担当職員へ合図を送る。
運ばれてきたのは、厳重にロックされた、チタン合金製の複数の小さな保管容器だった。
中に入っているのは、当然ながら、一般の薬局や裏社会の市場でも絶対に売っていないような、八咫烏の厳重管理下にある代物だ。
今回は、初回ということで、安全性の高い三種類程度が用意されていた。
霧島が、一つ一つの容器のラベルを読み上げる。
「一つ目は。強力な『自己修復能力』を持っていた怪異から採取された、組織片です。現在は完全に不活性化処理が施されています」
「二つ目は。超常的な熱や炎の影響を一切受けないという、特異な性質を示す、小さな鉱物の試料です」
「三つ目は。微弱な『浄化作用』と呪いの減衰効果が確認されている、特殊な変異植物の、乾燥した根です」
いずれも、比較的危険性が低く、研究利用としての持ち出しが特別に認められたものだ。
八咫烏としても、押収した危険な証拠品や、未処理の呪物を、直哉に勝手にホイホイと横流しするわけにはいかないのだ。
まだ、正式な提供量や、持ち出しの際の扱い方については、上層部との最終調整が必要らしい。
だが、少なくとも『検証の候補』として、実物をこの場で見せてもらうことはできた。
白芷が、その三つの厳重な容器の中を、ガラス越しにジッと見つめた。
「あら……」
普段から、何事にも動じない温和な彼女の表情が。この時ばかりは、少しだけ隠しきれない『楽しそうな色』を帯びていた。
「これは。なかなか、興味深いものばかりですね」
直哉の内心は、絶叫していた。
(うおおおおおおおお!!!)
(本物のレア素材きたああああああああ!!!)
その辺の薬草とは、明らかに放っているオーラが違う。
そこに含まれている、未知の超常的な性質。
その複雑に絡み合った構造。
《万象丹炉》と《百草神鼎》を使えば、それらを利用して、一体どんなとんでもないものが作れるのか。
白芷の目には、すでに色々な可能性のレシピの情報が、ホログラムのように見え始めている。
ただし、まだここでは正式な解析や、調薬の実験は行わない。
容器越しに確認できる範囲の、視察だけだ。
直哉は、早くその実物を自分の手に取って、釜に入れてみたくて仕方がなかった。
(……あっちの怪異の組織片と、こっちの浄化の根っこを組み合わせたら、どうなるんだ?)
(熱に強い鉱物も、全部試してみたい!!)
霧島が、冷静にストップをかける。
「まずは、安全性を完全に確認したものから、順番に、少しずつ検証していきましょう」
白芷が、優雅に頷く。
「ええ。もちろんでございます」
直哉の内心は。
(よし!!)
(次は、ついに本物の超常素材を使っての、ワクワクのクラフト作業だ!!)
八咫烏の、地下検証施設。
白芷の前に並べられた、三種類の未知の超常素材。
そして、その傍らには、今日入手したばかりの専用武装《百草神鼎》が、静かに宙に浮いている。
直哉は、改めて自分の手札の充実ぶりを噛み締めていた。
前回は、その辺の普通の漢方薬局で買ったただの薬草から、見事な仙丹を作った。
今回は、その仙丹の性能を、八咫烏のTier2鑑定能力者にも、公的に「本物だ」と認めてもらえた。
さらに、調薬効率を爆上げする専用武装まで手に入った。
そして、今。
目の前には、普通に生きていれば絶対に手に入らない、レアな超常素材が並んでいるのだ。
(…………)
(……やばいな)
(これ、どんどん楽しくなってきたぞ!!)
白芷の口から、自然と柔らかな、期待に満ちた声が漏れる。
「ふふ。これから、どんな素晴らしいお薬ができるのか。本当に楽しみですね」
直哉の内心も、完全にシンクロしていた。
(俺も!!)
(めちゃくちゃ楽しみ!!!)
今度は、一体何が作れるのか。
即効性の回復ポーションなのか。
炎を防ぐ耐性バフのアイテムなのか。
それとも、今までの世界に存在しなかった、全く新しい未知の薬なのか。
材料を、実際に丹炉に入れて解析してみるまでは、誰にも分からない。
だからこそ。クラフトゲームは、面白いのだ。
三十四歳の男の、終わらない素材探求の冒険は。まだまだ始まったばかりだった。
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