俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

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第64話 時間停止メイド、強盗事件を三秒で解決します

 東京都内、午後四時過ぎ。

 

 ある民間施設の周囲は、赤色灯の光と、張り詰めたような緊迫感に包まれていた。

 一般の通行人はすでに完全に避難させられ、規制線の内側には多数の警察車両が壁のように並べられている。

 

 そこは、登録された能力者や、関連企業向けに『超常物品』の展示や査定を専門に行っている特殊な施設だった。一般客が自由に出入りできるような場所ではない。

 

 その施設の、強固なセキュリティで守られた一階の展示区画で。

 現在、完全武装した強盗団による『立て籠もり事件』が発生していた。

 

 現場の指揮を執っているのは、警視庁の特務担当・相原(あいはら)警部だ。

 四十代のベテランであり、能力者が絡む厄介な事件にも何度か対応してきた経験がある、極めて冷静で優秀な現場指揮官だった。

 

 相原は、設営された前線指揮所のテントの中で、通信機を握りしめながら厳しい顔つきで部下の報告を聞いていた。

 

「内部の状況に、変化は?」

 

 部下が、緊張した声で報告を上げる。

「変化ありません。人質六名については、全て生存を確認しています」

「ただし……犯人側は、いまだに要求を変えていません。逃走用の車両と、展示品の持ち出しを許可しろと」

 

 相原は、短く、重い息を吐いた。

「……分かった。交渉の班は、引き続き対話を続けろ。相手を刺激するな。絶対に、こちらから先に手を出すな」

 

 警察側は、決して無能ではないのだ。

 すでに、犯人の人数が四名であること、人質六名の正確な位置、施設の複雑な内部構造、そして突入した際の避難経路などは、全て完璧に把握し終わっている。

 通常のテロリスト相手であれば、とっくに特殊部隊が突入して制圧を完了させている時間だ。

 

 しかし。

 彼らが、未だに展示区画を奪還できずに膠着状態に陥っているのには、明確な『理由』があった。

 

 犯人の強盗団は、四名。

 彼らは本来、展示されている高額な超常物品を奪って、手際よく逃走するだけのつもりだったのだろう。

 しかし、施設の警備システムが彼らの予想以上に強固だったため、外へ脱出できなくなり。結果として、施設に取り残されていた職員や来訪者を人質に取り、立て籠もるという最悪の手段に出たのだ。

 

 警察が、無理に強行突入できない最大の理由。

 

 それは、犯人のリーダー格の男が。『Tier3』に相当する、極めて危険な【爆発系】の能力者だったからだ。

 

 対象の空間に、任意のタイミングで致命的な爆裂現象を発生させる異能。

 事件の初動で警察が現場へ駆けつけた際、その男は威嚇として能力を使用し、パトカーを一台完全にスクラップにしてみせたのだ。

 

 もちろん、警察側にも、特殊部隊の中にはTier3級の能力者は所属している。

 しかし。

『強力な攻撃能力を持っていること』と、『人質を一人も傷つけずに、密室で犯人を安全に制圧できること』は、全く別問題なのだ。

 

 あの爆発能力が、もし人質のいる狭い展示室のど真ん中で使用された場合。突入した部隊がどれだけ強かろうと、人質の命を確実に守りきれる保証はどこにもない。

 

 だから、相原は無理に動けなかった。

 人質の命が、最優先だからだ。

 

 相原は、施設側から提供された監視映像越しに、施設内部の様子を確認した。

 

 人質は、六名。

 施設の職員が五名と、たまたま来訪していた外部の鑑定関係者が一名。

 全員が、床に座らされ、恐怖で青ざめている。

 

 その中に。まだ仕事に慣れていないであろう、若い女性職員の姿があった。

 彼女だけが、他の職員たちから少し離された位置で、犯人の一人に腕を乱暴に掴まれたまま、壁際に立たされていた。見せしめの盾として使われているのだ。

 女性職員は、恐怖で完全に顔色を失いながらも、犯人を刺激しまいと必死に声を殺して震えていた。

 

『警察はまだなのか!!』

 リーダーの爆発能力者が、苛立ちを隠せない様子で、女性職員の耳元で怒鳴り散らす。

『さっさと車を用意しろ! こっちは、いつまででも待ってやる義理はねえんだぞ!』

 

 女性職員の肩が、ビクッと大きく跳ねる。

 

 相原は、モニターを睨みつけながら、ギリッと拳を握りしめた。

(……クソッ)

 

 今すぐ、踏み込んであの女性を助け出したい。

 しかし、今ここで中途半端に動けば、犯人は間違いなくあの女性を巻き添えにして自爆する。

 

 警察側は、ジリジリと犯人との交渉を続けて、時間を稼ぐことしかできなかった。

 

 ここで、相原は決断を下した。

 これ以上、膠着状態が続けば、犯人が自暴自棄になって人質を手にかける危険性が高まる。

 

 相原は、警察の上層部を通じて、『八咫烏』へと正式な応援要請を出した。

 

 通常の警察の能力者では、危険が大きすぎる。

 今回、ピンポイントで必要なのは。

『犯人に抵抗する暇を与えず、一瞬で人質全員を安全な場所へと引き離せる、特殊な能力者』だ。

 

 要請を出してから、数十分後。

 八咫烏側から、適任者を選定したという回答が届いた。

 

『チーム《ナオ》から。今回の状況に最も適した専門の能力者を、一名派遣可能です』

 

 相原は、眉をひそめた。

「チーム《ナオ》?」

 

 その名前は、相原も聞いたことがあった。

 先日の、京都で発生したという未曾有の大事件。それに深く関わり、事態を解決に導いたという噂。

 最近、裏の能力者社会において、急速にその評価と知名度を高めているフリーランスのチームだ。

 ただし、所属能力者の正確な一覧や、個々の能力の詳細な資料までは開示されていなかった。

 

 八咫烏のオペレーターが、事務的に告げる。

『派遣するのは。エレノア・ヴァイス氏です』

 

 相原は、名前を手元のメモに書き留めた。

「……エレノア・ヴァイス。能力は?」

 

『Tier2の、【時間干渉系】の能力者です』

 

 その説明を聞いて、相原の表情が一気に変わった。

(時間干渉……!)

 

 確かに、今回のような人質事件において、それはこれ以上ないほど有効な能力かもしれない。

 だが、時間干渉と一口に言っても、様々なタイプがある。

 数秒だけ、相手の動きを遅くする能力なのか。

 瞬間的に、自分自身の肉体だけを加速させる能力なのか。

 それとも……。

 

 相原は、詳細については、本人が現場に到着した後に直接確認することにした。

 

 しばらくして。

 八咫烏が手配した黒塗りの送迎車両が、警察の厳しい規制線の内側へと静かに滑り込んできた。

 

 相原が、数名の部下を連れて出迎える。

 車両の後部座席の扉が、ゆっくりと開いた。

 

 そこから、現場へと降り立ったのは。

 一人の、女性だった。

 

 相原は。

「…………」

 

 言葉を、失った。

 後ろに控えていた部下たちも、思わず目を丸くして呆然と見つめた。

 

「……メイド?」

 部下の一人が、思わず素っ頓狂な声を漏らした。

 

 現れたのは。

 クラシカルで、一切のシワのない上品なメイド服に身を包んだ、美しい銀髪の女性だった。

 

 整った容姿。

 極めて落ち着いた、洗練された立ち居振る舞い。

 何より。周囲の警察官たちがピリピリと殺気立っているこの強盗事件の現場の緊迫感から、彼女一人だけが完全に浮いているような、異常なまでに優雅な雰囲気を纏っていた。

 

 その女性は、ポカンとしている相原の前まで静かに歩み寄ると。

 両手を前で揃え、完璧な角度で、深く一礼した。

 

「お待たせいたしました」

「チーム《ナオ》所属、エレノア・ヴァイスと申します」

「本日は、よろしくお願いいたします」

 

 相原は、ハッと我に返り、慌てて挨拶を返した。

「あ、ああ……。警視庁の相原だ。こちらこそ、急な要請に応えていただき感謝する」

 

 しかし、相原の内心は、強烈な疑念で渦巻いていた。

 

(……本当に、この人がTier2の高位能力者なのか?)

 

 もちろん、相原もプロだ。「能力者は、外見や年齢で判断してはならない」という鉄則は、嫌というほど知っている。

 幼い少女の姿でも強大な念動力を操る者はいるし、ただの冴えない会社員のような格好をしたTier2も存在する。

 

 それでも。

 完全武装した強盗団が立て籠もる、今にも爆発が起きそうな血生臭い事件現場に。

『完璧なメイド服の女性が、たった一人で派遣されてくる』などとは、到底想像していなかったのだ。

 

 相原は、すぐに気を取り直し、エレノアを前線指揮所のテントへと案内した。

 

 テント内のモニターには、施設内の監視カメラが捉えた現在の映像が、いくつも分割して表示されている。

 

 相原が、状況を一通り説明する。

 人質六名の、正確な配置。

 犯人四名の、立ち位置と武装。

 リーダーが、極めて危険な爆発系能力者であること。

 すでに事件発生から一時間以上が経過しており、犯人側の要求がエスカレートしてきていること。

 

 エレノアは、モニターを静かに見つめながら、相原の説明に一つ一つ頷いていた。

 

「承知いたしました」

 

 説明が終わると、エレノアが極めて事務的な、落ち着いた声で確認を入れた。

 

「念のための確認をさせていただきたいのですが。……人質の皆様は、現時点では、全員ご存命ということでよろしいでしょうか?」

 

「はい。今のところ、六名全員の生存を確認しています」

 

 エレノアは、ホッとしたように小さく息を吐いた。

「それは、何よりでございます」

「また、犯人側の人数は『四名』で間違いございませんか? 別室に隠れている共犯者などは?」

 

「我々のセンサーとカメラで確認できている限り、四名で間違いありません」

 

「かしこまりました」

 

 エレノアは、淡々と、しかし必要な情報を確実に拾い上げていく。

 決して、自分の力を過信した軽率な態度ではない。むしろ、警察側が提供する情報を、実務的に、非常に的確に理解してくれている。

 

 相原は、彼女のその対応を見て、少しだけ安心した。

(……服装は奇抜だが。少なくとも、修羅場を潜ってきた現場経験は、豊富にありそうだ)

 

 だが。

 エレノアが次に発した言葉に、相原は完全にフリーズすることになる。

 

「では」

 

 エレノアは、スカートの裾を軽く整えて言った。

 

「私が、今から内部へ入り。人質の皆様全員を、無傷でお連れいたします」

 

 相原は。

「…………」

 

 数秒遅れて。

 

「……はい?」

 と、間の抜けた声を出した。

 

 相原が、慌てて詳しく確認する。

 

「ま、待ってください。八咫烏からは、あなたの能力は『時間干渉系』だと聞いておりますが……」

 

 エレノアが、静かに頷く。

「はい。私の能力は、《時間停止》でございます」

 

 相原が、息を呑む。

「……時間停止?」

 

「文字通り、この世界の『時間の流れそのものを停止させる』能力です」

 

 相原は、言葉を失った。

 時間干渉系の能力者の存在自体は、知識としては知っている。

 しかし、実際に『完全に時間を止める』という、神の領域のような能力を持つ者に、目の前で直接会うのはこれが初めてだった。

 

「それは……特定の対象の動きだけを、局所的に止めるという意味でしょうか?」

 

 エレノアは、首を横に振った。

「いいえ。対象を個別に選んで拘束するような、不便なものではございません」

 

「私が能力を発動している間。私以外のこの世の全ての存在は、完全に停止した状態となります」

 

 相原は。

「…………」

 あまりのスケールの大きさに、完全に理解が追いつかなかった。

 

 エレノアが、実務的な注意点として補足する。

 

「もちろん、時間が止まっている間は、人質の方々も停止いたします。ですから、その間、人質の方々にご自身で歩いて移動していただくことはできません」

「ですが。停止した状態の人質の方々を、私が抱えて、安全な場所へとお運びすることは、可能でございます」

 

 相原は、ようやく彼女の作戦の意図を少しだけ理解した。

 

「……つまり。犯人側も、全く動けなくなる。爆発の能力を発動させる暇もない」

「その、停止した時間の中で。あなたが一人で、人質を全員抱えて、外まで移動させるということですか?」

 

「はい」

 

「……そんなことが、本当にできるのですか?」

 

 エレノアは、一切の迷いなく、断言した。

 

「可能でございます」

 

 相原は、改めて、目の前に立つ優雅なメイドをまじまじと見つめた。

(……警察は、とんでもないバケモノを呼んでしまったのでは?)

 

 エレノアの能力がどれほど万能であろうと。警察側の『現場のプロ』としての役割がなくなるわけではない。

 

 相原は、即座に頭を切り替え、警護と救出のプロセスを調整し始めた。

 

「分かりました。では、人質の避難先を指定します」

 

 相原が、施設の図面を指差す。

 展示区画からは完全に離れた、すでに警察側が制圧し、安全を確保している裏側の通路。

 そこには、救護担当の隊員たちがすでに待機している。

 

「人質の六名を、この位置まで移送していただければ。後は、我々警察の救護班が全力で保護します」

 

 エレノアが頷く。

「かしこまりました」

 

 相原が続ける。

「そして、犯人四名についてですが。特に、あの爆発能力者は危険です」

「時間を再開させた直後に、あの男がパニックになって能力を暴発させる危険性があります」

 

 エレノアが、静かに答える。

「ご安心ください」

「犯人の方々につきましては。危険な武装を全て取り上げ、手足の自由を奪い、完全に抵抗できない状態に無力化してから、お引き渡しいたします」

 

 相原は。

「…………」

(……ずいぶん、簡単に言うな)

 と、心の中で少しだけ苦笑した。

 

 しかし、エレノアが、自分の能力を過信して「私が全員殺して制圧しますから!」というような、血の気の多い独断専行をするつもりではないことは分かった。

 あくまで、警察との連携を重視した、完璧なプロの仕事だ。

 

 ここで、相原は最も重要な確認を行った。

 

「エレノアさん。あの爆発能力者には、十分に注意してください」

 

 犯人の具体的な能力の発動条件を、警察もまだ完全には把握しきれていないのだ。

 少なくとも、初動でパトカーを吹き飛ばした時は、『本人が意識的に能力を発動させて爆発を起こしていた』ことは確認できている。

 

 だが。

「もし彼が、『自分が気を失ったり、死亡したりした瞬間に、自動で大爆発を起こす』ような、厄介なデッドマンズ・スイッチの性質を持っていた場合。不用意に彼を攻撃して気絶させると、人質を巻き込んで自爆する可能性があります」

 

 エレノアは、その警察側の専門的な知見を聞いて、深く頷いた。

「なるほど……。非常に重要なご指摘です」

 

 そして、彼女は一切の迷いなく言った。

 

「では、作戦の優先順位を徹底いたします」

「何があろうと、まず最初に『人質の皆様を全員、完全に安全な場所へ避難させること』だけを最優先いたします」

 

「犯人の制圧と武装解除につきましては、人質の皆様が全員いなくなった後で、ゆっくりと行います」

 

 相原は、深く息を吐いて頷いた。

「……それで、お願いします」

 

 つまり。

 今回、エレノアは敵を倒すことよりも先に、純粋な『人質の救出』のみを行うのだ。

 犯人側がどれほど危険な能力を持っていようと。守るべき一般市民が全員、安全な場所へ消えてしまえば。

 その後の警察の対応は、格段に容易になる。

 

 そして、その「誰にも気づかれずに順番に救出する」というプロセスにおいて。

 エレノアの『時間停止』は、まさに無敵の最適解だった。

 

 内部の緊張感は、限界に達しようとしていた。

 

 監視映像の中。

 犯人との交渉が長引いていることに、リーダーの爆発能力者が完全に苛立っていた。

 

『いつまで待たせるつもりだ!!』

『警察のクソども! こっちは本気だって言ってんだろ!!』

 

 男が、腕を掴んでいる若い女性職員の顔の横で、能力の火花を散らして威嚇する。

 女性職員は、悲鳴すら上げられずに、涙目でガタガタと震えている。

 

 相原は、モニターを睨みつけながら、歯軋りをした。

 状況は、決して好転していない。いつ犯人が自暴自棄になって、最悪の凶行に走るか分からない。

 

 その時。

 

 エレノアが、相原の横に立ち、静かに告げた。

 

「相原様」

 

「……はい」

 

「準備が、整いました」

 

 相原が顔を上げる。

 エレノアは、普段と全く変わらない、落ち着き払ったメイドの表情をしている。

 まるで、これからお茶の準備でもしに行くかのような、優雅な佇まいだった。

 

「それでは」

 

「参ります」

 

 相原が、真剣な声で見送る。

「……お気をつけて」

 

「ありがとうございます」

 エレノアが、丁寧に一礼し。テントを出て、施設の中へと歩き出した。

 

 エレノアは、警察が安全を確保している裏側の通路から、目標である展示区画の扉の前へと向かった。

 施設の管理者の協力により、電子ロックなどの必要な扉の解錠は、すでに事前の遠隔操作で全て済ませてある。

 

 相原は、指揮所のメインモニターで、エレノアの背中をジッと確認していた。

 

 エレノアが、展示区画の分厚い扉の、すぐ手前へと到着した。

 通信機から、静かな声が届く。

『相原様。こちらは準備が整いました』

 

 相原が頷き、部下のストップウォッチを確認する。

「……作戦開始!」

 

 部下が計測を始めた。

 画面の中の彼女が、ほんの一瞬、静かに足を止めたように見えた。

 

 次の、瞬間。

 

「…………?」

 

 相原は。

 大きく、目を瞬かせた。

 

 モニターの映像が、おかしい。

 

 さっきまで、扉の前の廊下に確かに立っていたはずの、エレノアの姿が。

 もう、そこにいない。

 

 そして。

 隣のモニターに映っている、展示室の内部。

 

 さっきまで、床に座らされていた五名の人質。

 そして、犯人に腕を掴まれて泣きそうになっていた、若い女性職員。

 

 その『六名全員』の姿が。

 忽然と、影も形もなく、消え失せていた。

 

 実際には。

 エレノアは、扉の前で時間を停止させた後。

 彼女の主観時間で、すでに『十数分』という長い時間をかけて、入念な作業を行っていた。

 

 まず、完全に静止した世界の中で、展示区画の内部へと歩いて入る。

 犯人四名と、人質六名の正確な位置を確認する。

 当然、誰も一ミリも動かない。爆発能力者も、怒鳴っている口を開けたまま完全に静止している。

 

 エレノアは、最初に。

 人質六名を、一人ずつ抱え上げて、事前に警察から指定された安全な通路のポイントまで、何度も往復して移動させた。

 停止中の人質たちは、自力で立ち上がったり歩いたりすることはできない。だから、エレノアが丁寧にお姫様抱っこをして、一人ずつ運ぶしかないのだ。

 

 年配の鑑定士の人質は、時間が再開した後に突然立たされていては転倒して怪我をする恐れがあるため。わざわざ通路にあるベンチの上の、安全な位置に座らせておく。

 犯人に腕を強く掴まれていた若い女性職員については、腕に怪我をさせないように、そっと犯人の拘束を外して慎重に運んだ。

 

 全員の移送が完全に終わったことを確認してから。

 エレノアは、ようやく犯人側への対応へと移る。

 

 この『順番』が、極めて重要なのだ。

 エレノアは最初の数分間、敵を誰一人として攻撃していない。ただひたすらに、人質の安全確保と移送だけを、黙々と行っていた。

 

 これもまた、彼女の『メイドらしさ』だ。

 主人から命じられた仕事を。一つずつ、丁寧に、最も確実な手順で、完璧にこなしていく。

 エレノア本人にとっては、特別な必殺技を披露しているというよりも、『依頼されたお部屋の片付けの仕事を片づけている』という感覚に近いのだ。

 

 人質の移送を全て終えたエレノアは。

 次に、犯人四名の制圧へと移った。

 

 誰も動けない。

 反撃もできない。

 能力の発動すら、絶対に不可能だ。

 

 エレノアは、警察側との事前の打ち合わせに従い。

 犯人たちが手に持っていた拳銃やナイフなどの物理的な武装を、全て丁寧に取り上げる。

 そして、彼らの手足を、現場にあったケーブルタイなどで適切に拘束する。

 

 最も危険な爆発系能力者については。他の犯人たちとも離した、爆風の被害が出にくい安全な隔離された位置へと、一人だけ運んで移動させる。

 

 エレノアに、犯人の能力そのものを封じる力があるわけではない。

 危険な能力者については、時間が再開した直後に、警察側の専門の突入要員が引き継いで確保する前提だ。

 

 エレノアが実行したのは。

『人質と犯人を物理的に完全に引き離し』。

『危険物を取り上げ』。

『警察が、安全に確保・突入できる、完璧な状況のセットアップを行うこと』だ。

 

 そして。最後に、もう一度展示区画を見渡して確認する。

 

 人質は、全員避難済み。

 犯人は、四名とも逃走不可能で、拘束された状態。

 犯人の周囲に、巻き込まれる一般人はゼロ。

 警察側が指定した安全通路には、無傷の人質六名が並べられている。

 

 エレノアの主観時間にとっては、十数分以上の、地道な肉体労働の作業だった。

 

 しかし。

 外側の現実の時間は、一切進んでいない。

 

 全ての完璧なセットアップを終えたエレノアが。

 静かに、元の警察側の通路のカメラの前へと戻る。

 

 そして。

『時間』を、再開させた。

 

 三秒後。

 

 相原は、指揮所のモニターを食い入るように見つめながら、完全に理解がフリーズしていた。

 

 さっきまで、確かにそこにいた人質六名が、全員消えている。

 犯人たちの立っていた位置も、バラバラに変わっている。

 武器を構えていた男は、もう手ぶらで拘束されている。

 一番危険な爆発能力者は、別の隔離された部屋の隅で転がっている。

 

 しかも。

 突入したはずのエレノア本人は、いつの間にか、元の警察側の通路のカメラの前に戻ってきているのだ。

 

 全てが。

 監視カメラの映像のコマが、突然『十数分間分』すっ飛ばされたような、全く意味不明な変化だった。

 

 部下が、悲鳴のような声を上げた。

「警部!!」

 

 相原が、ハッとして叫ぶ。

「……何だ!? 何が起きた!?」

 

 部下が、別のモニターを指差す。

「人質が!!」

 

「……どうした!? 殺されたのか!?」

 

「いえ! 全員……こちらの指定した『安全区画』にいます!!」

 

 相原は。

「…………は?」

 と、完全に口を半開きにして間抜けな声を出した。

 

 その時、指揮所の通信機から。

 極めて落ち着いた、涼しげな女性の声が届いた。

 

『相原様』

 

『人質の皆様六名は。ご指定の安全な場所へ、無事にお連れいたしました』

 

『犯人四名につきましても。武装を解除し、制圧の準備が完全に整っております』

『警察の皆様に、身柄の確保と突入をお願いいたします』

 

 相原は。

「…………」

 

 言葉が出なかった。

 

 横にいる部下が。

 手元のストップウォッチを見て、震える声で呟いた。

 

「……三秒」

 

 相原が、ギギギッと首を動かして部下を見る。

「……何?」

 

「作戦開始から、エレノアさんの完了報告まで……」

「まだ、『三秒』しか経っていません」

 

 一時間以上。

 警視庁の精鋭が集まり、手も足も出ずに膠着していた、最悪の人質立て籠もり事件が。

 

 外から見れば、わずか『三秒』で、実質的に完全に解決したのだ。

 

 その頃。

 展示室の、犯人たち。

 

 彼らの状況は、完全にコメディだった。

 

 リーダーの爆発能力者は。

 ついさっき、コンマ一秒前まで。人質の女性の耳元で「さっさと車を用意しろ!」と怒鳴り散らしていたのだ。

 

 しかし、次の瞬間。

 

「…………」

「……は?」

 

 目の前にいたはずの、人質の女性がいない。

 それどころか。

 自分が立っている場所が、さっきまでいた展示室の壁際ですらない。隔離された別の部屋の隅だ。

 

 しかも。

 両手両足が、なぜかガチガチにケーブルタイで拘束されている。

 

 男は、完全に理解が追いつかず、ただポカンとしていた。

 

 他の犯人たちも、同様だった。

 

「……おい!?」

「何だここ!? 俺、なんで縛られてんだ!?」

「俺の銃は!? どこ行った!?」

「人質は!? おい、人質はどこ行ったんだよ!!」

 

 彼らが、パニックになって喚き散らしている、その時には。

 

「突入!!!」

 

 相原の指示を受けた、警察側の重武装した突入部隊と、能力者対応の専門要員たちが。

 安全が確保された展示室へと、一斉になだれ込んでいた。

 

 犯人たちは、抵抗しようにも。すでに武器もなく、拘束されており、何より最大の切り札であった『人質』を完全に失っているのだ。

 

 数分後。

 犯人は、四名とも、呆気ないほど無抵抗のまま、警察によって身柄を確保された。

 

 逮捕を行い、法的な処理をするのは、あくまで警察だ。

 エレノアはあくまで、『能力を使った、一時的な制圧と救助の協力者』という立場に徹している。

 警察と八咫烏の役割分担にも、何ら問題はなかった。

 

 一方。

 救出された、人質たち。

 

 あの、冒頭で犯人に腕を乱暴に掴まれていた、若い女性職員。

 

 彼女の認識では。

 犯人に恐ろしい声で怒鳴られ、恐怖で目をギュッと瞑った、その次の『瞬間』。

 

 景色が、全く違うものへと変わっていた。

 

「…………?」

 

「……え?」

 

 目を開けると。

 目の前には、さっきまで腕を掴んで怒鳴っていた犯人ではなく。

 見慣れた制服を着た警察官と、医療キットを持った救護担当の隊員たちが立っていたのだ。

 

 腕を掴んでいた犯人の手の感触は、すでにない。

 自分が立っている場所も、展示室ではなく、見慣れた裏側の安全なバックヤードの通路だ。

 

 救護担当の女性隊員が、優しく毛布をかけながら声をかけてくれた。

 

「大丈夫ですか。もう、安全ですよ」

 

 女性職員は。

 何が起きたのか、全く分からないまま。ゆっくりと、夢を見ているように周囲を見回した。

 

 一緒に人質になっていた同僚たちも、全員無傷で横に座っている。

 

 彼女は、ようやく。

 自分が、地獄から助け出されたのだと、理解した。

 

「……たすかっ、た……?」

 

「はい。もう大丈夫です。よく頑張りましたね」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 彼女の中で、ピンと張り詰めていた緊張の糸が、プツリと切れた。

 

「ああああっ……!」

 彼女は、その場にへたり込み、顔を覆って大声で泣き始めた。

 

 別の人質も、震える手でスマホを取り出し、家族への無事の連絡を求めている。

 年配の鑑定士の男性は、腰を抜かしたように、ぼう然としたままパイプ椅子に座り込んでいる。

 

 全員。身体的な大怪我は、一つもなかった。

 もちろん、長時間死の恐怖に晒された精神的なショックは大きい。そこからは、警察と救護班が、専門的なケアと必要な対応を行っていく。

 

 エレノアが使った能力は、外から見れば、ほんの一瞬の『三秒』の出来事だったかもしれない。

 しかし。

 助け出された人々にとっては、間違いなく、自分たちの命と人生が救われた、奇跡の時間だったのだ。

 

 事件が、完全に収束し、安全が確認された後。

 

 相原は、指揮所の外で、エレノアと対面した。

 

 相原の顔には、深い疲労と、そしてそれ以上の強烈な戸惑いが浮かんでいた。

 

「……エレノアさん」

 

 エレノアが、優雅に一礼する。

「はい。何でしょうか?」

 

 相原は、意を決して尋ねた。

「確認させてください」

 

「どうぞ」

 

「……あなたは。今、いったい『何』をしたのですか?」

 

 エレノアは。

 不思議そうに、小首を傾げた。

 

「お約束通り。人質の皆様を、安全な場所へお連れいたしました」

 

 相原は、頭を抱えそうになった。

「……ええ。それは、結果を見れば分かっています」

 

 エレノアが続ける。

「その後。犯人の方々の危険な武装を取り上げ、警察の皆様が安全に身柄の確保が可能な状態にいたしました」

 

 相原。

「…………」

「……それで、全部、ですか?」

 

「はい。六名の方々を、順番に丁寧にお運びいたしました」

 

 相原は。

「…………」

 一瞬、自分が質問の意図を間違えたのかと思った。

 

「……その、全ての工程を。たったの『三秒』で、やったのですか?」

 

 エレノアは。

 クスッと、小さく微笑んで、首を横に振った。

 

「いいえ」

 

 ここで、相原は少しだけホッとした。

(……なんだ。やっぱり、何か警察側の時計の計測ミスか、映像のタイムラグの勘違いだったのか)

 

 ところが。

 

 エレノアは、極めて真面目な顔で、こう付け加えた。

 

「停止した時間の中での私の主観では。もう少々、お時間がかかっております」

 

 相原は。

「…………」

 

「……ああ、そうでしたね」

 

 相原は、もう何も言えなかった。

 このメイドには、常識という尺度が全く通用しないのだ。

 

 事件後。

 相原と部下は、指揮所のテントで、監視カメラの映像の最終確認を行っていた。

 

 システムの時刻情報は、完全に正常だ。

 

 作戦開始の合図から、エレノアの救助完了報告の通信まで。

 正確に、『三秒』。

 

 その、たった三秒の間に。

 展示室の映像から、人質六名が忽然と消えた。

 犯人四名は、全く別の位置へと瞬間移動し、武器を失い、ケーブルタイで拘束された。

 そして、エレノアは、元の通路のカメラの前へと帰ってきている。

 

 しかし。

 その間の、彼女が移動している途中の映像プロセスは。コマ落ちしたように、一切記録されていないのだ。

 

 相原が、疲れた声で呟く。

「……映像システムの、不具合ではないのか?」

 

 部下が、真顔で答える。

「複数の異なるカメラで、全く同様の状態です。サーバーの時刻情報にも、一切の異常や改ざんの痕跡は確認されていません」

 

 相原は。

「…………」

 

 相原は、これまで警察官として、能力者が関わる不可解な事件には何度も遭遇してきた。

 炎を出す者。空を飛ぶ者。弾丸を弾く者。

 

 それでも。

 ここまで、人間の理解の範疇を超えた、理不尽で完璧な『結果』だけを、目の前で突きつけられたのは初めてだった。

 

 相原が、呆然と呟く。

「……これが、『Tier2』」

 

 普通のTier3の爆発能力者ですら、警察にとっては十分に手を焼く、極めて危険な存在なのだ。

 それなのに。その上のTier2という階位には、これほどまでに常識外れの規格外のバケモノが存在しているのか。

 

 そして、相原は思い出した。

 八咫烏のオペレーターは、確かにこう言っていた。

 

『チーム《ナオ》から。今回は彼女を一名、派遣します』と。

 

 つまり。

 この、時間停止という神のごとき力を持つメイドは。チーム《ナオ》という組織の、単なる『一員』に過ぎないのだ。

 他にも、これと同等、あるいはそれ以上の高位能力者が、あのチームには所属しているらしい。

 

 相原は、ゴクリと唾を呑み込んだ。

(……いったい、どういう恐ろしいチームなんだ。あの《ナオ》というのは)

 

 これが、外部の一般社会や警察組織から見た、『チーム《ナオ》』に対する、極めてリアルで恐ろしい評価の始まりだった。

 

 事件現場からの、完全な撤収作業が始まった。

 

 相原は、帰還の準備をしているエレノアの元へ歩み寄り。

 改めて、警察の制帽を脱いで、深く、深く頭を下げた。

 

「エレノアさん。本日は、本当にありがとうございました」

 

「あなたのおかげで。人質六名を、全員無事に、誰一人欠けることなく救出することができました。警察を代表して、感謝いたします」

 

 エレノアは。

 その相原の深いお辞儀を見て。

 

 極めて優雅に、美しく、丁寧なカーテシーで一礼を返した。

 

「いいえ。もったいないお言葉でございます」

 

「皆様が、事前に建物の安全を確保し、状況を正確に整理してくださったおかげでございます」

「相原様をはじめとする、警察の皆様の的確なご尽力がなければ。私も、ここまで迅速で安全な対応はできなかったでしょう」

 

 相原は、そのエレノアの言葉に、少しだけ驚いたように顔を上げた。

 

 高位の能力者の中には、自分の絶対的な力を誇示し、警察や一般人を「足手まといだ」と見下すような傲慢な者も少なからずいる。

 しかし。彼女は、警察側の地道な交渉の努力や、避難経路の準備といった裏方の仕事を、きちんとプロとして評価し、敬意を払ってくれているのだ。

 

 相原は、心から感服して言った。

「……ありがとうございます」

 

 エレノアが、柔らかく微笑む。

「また、私どもでお手伝いできることがございましたら。いつでも、遠慮なくお申し付けくださいませ」

 

 そして、エレノアは、最後にこう付け加えた。

 

「警察の皆様が、お怪我をなさらなくて。本当に、何よりでございました」

 

 その言葉には。

 強大な能力者としての驕りではない。ただ純粋に、人の命が守られたことを安堵するような、深い優しさが感じられた。

 

 相原は、エレノアの背中を見送りながら、改めて思った。

 

(……ただ、能力が強いだけじゃない)

(この人、本当に『仕事』が丁寧で、信頼できるプロなんだな)

 

 事件が終わった後は。

 当然ながら、警察官には地獄のような『書類仕事』が待っている。

 

 犯人四名の逮捕手続きと記録。

 人質六名の救出状況の調書。

 押収した超常物品の管理記録。

 施設の被害確認報告。

 そして何より。

 今回の、能力者による特殊な『救出活動の記録』だ。

 

 相原は、前線指揮所のテントを片付けながら。部下が作成した報告書のドラフトへ目を通していた。

 

 そこには、極めて事務的な文章で、こう書かれている。

 

『八咫烏からの派遣能力者が、警察が確保した安全区域内へ、時間干渉能力によって人質六名を移送』

『その後、犯人四名の武装を物理的に除去し、制圧可能な状態へと移行』

『作戦開始の合図から、完了の報告まで。所要時間は、約三秒』

 

 相原は。

「…………」

 と、無言でその報告書を見つめていた。

 

 横にいた部下が、不安そうに尋ねる。

「……警部?」

 

 相原が、疲れた顔で部下を見る。

「……お前。これ、本当にこのままの文章で、上に提出する報告書に書くのか?」

 

 部下が、真顔で答える。

「……はい。我々が確認した、客観的な事実ですので。これ以外に書きようがありません」

 

「…………」

 相原は、深く、重い息を吐いた。

 

 確かに、事実だ。

 監視カメラの映像もある。誤魔化しようがない。

 しかし。この報告書を、本庁で初めて読む上司は、間違いなく「お前ら、集団で幻覚でも見たのか? 三秒で強盗事件が解決するわけないだろ!」と怒鳴り込んでくるだろう。

 

 相原は、頭を抱えた。

(……これ、上に説明するの、絶対に死ぬほど面倒くさいな……)

 

 事件現場から、八咫烏の送迎車両が走り去っていく。

 

 相原は、その車両が見えなくなるまで、無言で見送っていた。

 

 横に立つ部下が、感嘆の声を漏らす。

「警部。あの方……本当に、凄かったですね」

 

 相原が頷く。

「ああ。規格外だ」

 

「所属は、チーム《ナオ》でしたっけ?」

 

「そうらしいな」

 

 部下が、ゴクリと唾を呑み込んで問う。

「……あのチームには。ほかにも、あんなレベルの能力者がいるんでしょうか?」

 

 相原は、少し考えた。

 裏社会に流れている、京都事件の噂。

 Tier2の『白峰レイジ』という防御のバケモノ。

 神刀を扱い、概念を斬るという『九条紫苑』。

 そして、今日、自分の目の前で見た、時間を止めるメイド。

 

 相原は、静かに答えた。

「……いるんだろうな」

 

 部下が。

「…………」

 と、絶句する。

 

 相原が、さらに付け加える。

「しかも。恐ろしいことに、これで全員というわけじゃないらしい」

 

 部下が、震える声で呟いた。

「……とんでもないチームですね」

 

 相原は、深く同意して頷いた。

 

「……ああ」

 

 今回の事件で、相原は『エレノア』という一人の働きしか見ていない。

 それでも、チーム《ナオ》という存在の底知れなさを理解するには、十分すぎるほどのインパクトだった。

 

 相原が、このチーム《ナオ》という名前を忘れることは、一生ないだろう。

 

 その日の夜。

 

 都内の、新居のマンション。

 

 直哉は、帰宅するとすぐにエレノアの変身を解除し。

 ジャージ姿の生身へと戻り、リビングのソファへとどさりと深く倒れ込んだ。

 

「あー……」

 

 直哉は、大きく伸びをして、内心で呟いた。

 

(……いやー!)

(今回は、本当にマジで楽勝の仕事だったな!)

 

(動かない人質六人を、抱えて何往復も安全地帯まで運ぶのは、物理的にちょっと重労働で大変だったけどさ)

 

 犯人の数は、四人。

 相手には、厄介なTier3の爆発能力者もいたらしい。

 しかし。時間を止めてしまえば、そんなものは全く関係ない。爆発させようという思考すら、停止しているのだから。

 直哉としては、ただ慎重に人質を運び、武器を安全な場所へ片づけ、後は警察の突入部隊へ「はいどうぞ」と引き渡しただけだ。

 

 直哉は、ニヤリと笑う。

(それにしても。エレノアの時間停止って、こういう人質救出みたいなシチュエーションだと、やっぱ完全に反則級の能力だわ)

 

 しかも、警察の指揮官の相原からは、非常に深く感謝され、尊敬の眼差しで見送られた。

 当然、八咫烏を通した正式な緊急依頼なので、高額な特別報酬もきっちりと支払われる。

 

 さらに、帰りの車内では、あの金色の通知まで届いていた。

 

『【因果変動記録】』

『外部因果への有意な干渉を確認しました』

『集結者の介入によって成立結果が変動しました』

『活動記録を更新します』

『評価処理完了』

『活動報酬を獲得しました』

 

『《因果晶》×1,600』

 

 直哉は、あらためて視界の所持数を確認した。

 

『因果晶:36,800』

 

(おおっ! 十連分も貰えた!!)

(これで合計230連分か!)

 

 京都のような大事件で手に入れた報酬と比べれば、小さな数字だ。

 だが、普段の仕事でもこうして因果晶を獲得できるのは嬉しい。

 

(うんうん! こういう積み重ねが重要なんだよな!)

(毎回あんな大事件が起きたら困るし、普通の仕事で十連分も稼げたなら十分だろ!)

 

 もちろん、どんな仕事でも必ず因果晶が貰えるわけではない。そこはまだ、システムの基準が分からないままだ。

 それでも、人質六人を無事に救えて、金も石も手に入ったのだから、今日は文句なしの大成功だった。

 

 直哉は、大満足だった。

(……よし!)

(今日も、人助けをして金も稼いだ! いい仕事したな、俺!)

 

 そして、直哉はふと、現場での出来事を思い出した。

 

(……あの相原って警部さん、最後、すげえ呆然とした顔で驚いてたな)

(まあ、そりゃそうか)

 

(一般の警察からしたら。突然メイドがやって来て、三秒で強盗事件が完全解決するなんて、意味不明すぎて頭おかしくなるよな!!)

 

 直哉は、最後に一人でクスクスと小さく笑うと。

 満足感に包まれながら、冷蔵庫へ冷たいコーラを取りに向かった。




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