俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
青森の山あいにある神社で迎える、居候生活二日目の朝。
小鳥のさえずりと、木々の葉が擦れ合う涼やかな音で目を覚ました直哉は、十畳の客間に敷かれた布団の上で大きく伸びをした。
障子を開け放つと、縁側のガラス戸越しに、澄み切った秋の陽光と色づき始めた裏庭の木々が目に飛び込んでくる。車の走行音や都会の喧騒が一切ない、静まり返った朝の空気。自分が今、東京から遠く離れた北国の古い神社に身を寄せているのだと改めて実感する。
直哉は手早く布団を三つ折りに畳んで押し入れへと片付けると、洗面所へ向かって冷たい水で顔を洗った。
意識の片隅では、遠く離れた東京都内の新居マンションで活動している、御影千里とエレノア・ヴァイスの二身体の感覚も問題なく繋がっている。あちらはあちらで、霧島さんから連絡された本日の八咫烏のスケジュールを確認し、通常通りの業務をこなす準備を進めていた。
簡単な朝食を済ませた後、直哉は客間の座布団にあぐらをかいて座り、スマートフォンを眺めながらのんびりとお茶をすすっていた。昨日東京から発送の手配をしたばかりのゲーミングPC一式は、まだここには届いていない。
そこへ、廊下から軽快な足音が近づいてきて、スパッと勢いよく襖が開いた。
「ナオさん! 同居人が増えたんだから、今日はこれから買い出しに行くわよ!」
朝の境内の掃き掃除を終えたばかりなのか、糊の効いた真っ白な小袖と鮮やかな緋袴姿の御巫梓が、腰に手を当てて立っていた。
直哉はスマホから顔を上げて目を輝かせた。
「おっ! 買い物ですか!」
「そそ。一人分ならあり合わせで適当に済ませるんだけど、せっかく働き手の男が一人増えたんだし、あーし、今日は夜に鍋をするつもりなの!」
「おおー! 鍋! めちゃくちゃいいですね!」
「何その小学生みたいなテンション。そんなに鍋が好きなの?」
「好きですよ! こういうちょっと肌寒いところで食べる温かい鍋って、最高じゃないですか!」
直哉が心の底から嬉しそうに答えると、梓も「ふふ、素直でよろしい」と満足げに笑った。
「じゃあ決まりね。あーし着替えてくるから、麓のスーパーまで付き合って!」
「了解です! 重たい荷物持ちは全部任せてください!」
東京での一人暮らしでは、時間停止のメイド長に頼るか、あるいは生身の自分で適当な惣菜や簡単な自炊で済ませてしまうことも多かった。こうして誰かと一緒に献立を決めて、スーパーへ食材を買い出しに行き、同じ釜の飯ならぬ同じ土鍋を囲むというのは、三十四歳の独身男にとって素直にワクワクするイベントだった。
普段は一人でこの広い神社を切り盛りしている梓にとっても、買い物の同行者ができたことは少しばかり新鮮に映っているようだった。
ただ、部屋を出ていこうとした梓は、ふと足を止めて振り返ると、座布団から立ち上がった直哉の姿を頭の先からつま先までじーっと眺めた。
「……そういやさ、ナオさん。出かける前に一個確認しときたいんだけど、あんた結局どんな能力者なの?」
「え?」
「いや、昨日『東京に二人分身を残して働かせてる』って話は聞いたけどさ。ここにあーしの警護で来たって言う割に、目の前にいるあんた本人は、どう見ても全然強そうに見えないのよねー」
直哉は、自分の着ているごく普通のパーカーとジーンズを見下ろして苦笑した。
「まあ、この生身の俺は、ただの運動不足の三十四歳のおっさんですからね」
「正直、その身体から出てる力だけ見たら、その辺のTier4の下の方か、ちょっと霊感のある一般人にしか見えないわよ?」
「……結構、言葉にオブラート包まず辛辣に言いますね!?」
「事実じゃん。八百がわざわざあーしのところに送り込んできたって言うからには、ただ留守番できるだけの能力ってわけじゃないんでしょ?」
腕を組んで小首を傾げる梓を見て、直哉は少しだけ考えた。
自分の能力の根幹である《因果集結クロニクル》の仕様については、八咫烏の内部でもごく一部の人間にしか明かしていない最高機密だ。
しかし、目の前にいる梓は、あの八百比丘尼が幼少期から知る御巫家の当主であり、これから同じ屋根の下で暮らし、いざという時には背中を預けて共闘することになる相手だ。いざ神格が現れてから「実は美少女や大男に変身できます」と見せるよりは、今のうちに最低限の手札を共有しておいた方が、現場での連携もスムーズにいくに違いない。
「あ、梓さん。じゃあちょっと実際にお見せしますけど、一応、これから見せることはよそには内密でお願いしますね」
「ん? 何よ、改まって」
「俺の能力、八咫烏の現場でも全部の仕組みを公開してるわけじゃないので」
「はいはい、分かってるって。他人の手の内をそこら中でペラペラ喋ったりしないわよ。これでもあーし、古い家の当主なんだから、その辺の守秘義務くらい常識よ」
「ありがとうございます!」
能力者社会の暗黙のルールを当然のようにわきまえている梓の言葉に頷き、直哉は客間の障子や襖が閉まっていて外部からの視線がないことを確かめてから、システム画面の編成枠を意識した。
なお、現在東京で稼働している千里とエレノアの二身体はそのまま維持し、青森にいる生身の自分自身の枠だけを使って変身を行う。
『【CHARACTER CHANGE】』
直哉の足元から、青白い狐火がふわりと浮かび上がった。
冷たく澄んだ月光のような光の柱が三十四歳の男の肉体を包み込み、そのシルエットを瞬く間に書き換えていく。
光がスッと霧散した時、客間の畳の上に立っていたのは、先ほどまでの冴えない中年男性ではなかった。
腰まで届く艶やかな漆黒の長髪。白と黒を基調とした、凛とした巫女装束に似た戦装束。そして、その腰には白銀の鞘に収められた神刀《月白》が静かに携えられている。
★★★★★、九条紫苑《宵刃の巫女》。
目の前で起きた劇的な変化に、それまで余裕綽々だった梓の目が、大きく見開かれた。
「……おお!?」
紫苑の姿となった直哉は、赤紫色の静謐な瞳で梓を見つめ、流れるような美しい所作で一礼した。
「九条紫苑と申します。以後、お見知りおきを」
声帯から発せられる涼やかで澄み切った女性の声に、梓は数秒間ポカンと口を開けていたが、やがてその瞳に術者としての鋭い光が宿った。
「へー! あんた、自分自身の肉体を別人に作り変える変身系なのね!」
「その通りでございます」
「しかも、今のその姿……相当強いじゃん。あーしが本気で術を組まないと抑えきれないレベルよ。腰の刀も、ちょっと尋常じゃない気配がしてるし」
直哉は内心で舌を巻いた。
能力を一切発動させておらず、ただ変身して立っているだけなのに、実効Tier0.5の領域にいる梓には、紫苑と《月白》が持つ異常な因果の規模が肌感覚として正確に伝わっているらしかった。
直哉は続けて、もう一つの主力形態へと切り替えを行った。
再び青白い光が弾け、今度は百六十六センチの黒髪美少女から、一気に百八十八センチの長身を誇る白髪の青年騎士へと姿が変わる。
黒と紺の重厚な法服に身を包み、青白い法剣を腰に差した★★★★★、白峰レイジ《蒼律の執行官》だ。
「うわ、今度は男!? しかも、めちゃくちゃ背が高くてイケメンじゃん!」
梓が素直な驚きの声を上げる中、レイジの姿の直哉は恭しく胸に手を当てて一礼した。
「白峰レイジです。よろしくお願いいたします」
「……なんか、姿が変わるたびに喋り方まで別人みたいに変わるのね」
「ええ。変身形態の性質が、言葉遣いや立ち振る舞いにも反映される仕様となっております」
重低音の響く渋い声で答えながらも、直哉の内心はいつもの『俺』のままだ。紫苑やレイジという別人格が勝手に喋っているわけではなく、直哉の思考がそれぞれのキャラクターのフィルターを通して出力されているに過ぎない。
梓は、顎に指を当てて感心したようにレイジの周りをぐるりと半周した。
「……へえ、なるほどねー。ただ見た目のガワを幻術で変えてるんじゃなくて、肉体のスペックも、持ってる異能の性質も、その姿ごとに丸ごと切り替わるわけだ」
直哉はそこで変身を解除し、元のパーカーとジーンズ姿の三十四歳へと戻った。
「そういうことです! どうです?」
「いや、普通にめちゃくちゃ凄いじゃん! さっきの生身のあんたとは完全に別物ね!」
「おお! ありがとうございます!」
世界最高峰の封印術者から手放しで褒められ、直哉は年甲斐もなくパッと顔をほころばせて喜んだ。そのあまりにも素直で庶民的な反応が、さっきまでの超然とした美少女剣士や冷徹な美青年騎士との落差を際立たせていたらしく、梓は「ぷっ」と吹き出して笑った。
それから梓は、ふと疑問に思ったように人差し指を立てた。
「で、その変身と、昨日言ってた『三人に分身する能力』を組み合わせて使ってるわけでしょ? その場合、東京にいる二人とここにいるあんた、どれが『本体』なの?」
「あ、それよく聞かれるんですけど、全部が本体ですね」
「……は?」
直哉は、《並列集結》の基本的な生存仕様について説明した。
同時に最大三つの身体を展開でき、そのすべてが自分自身の本体として扱われること。もし戦闘で一つの身体が致命傷を受けて消滅しても、他の身体がどこかに残っていれば、そちらに自分の生存をそのまま引き継げること。さらに、控えに別の変身形態が残っていれば、交代して戦い続けることもできること。
説明を聞いた梓は、「あー、なるほどね」と大きく頷いた。
「よくあるゲーム系能力の『残機型』ってやつね」
直哉は、少しだけ拍子抜けして目を瞬かせた。
「……あれ? そういうの、この業界だとそんなに珍しくないんですか?」
「自分の命をストックして、一回死んでも身代わりで復活するタイプの残機型自体は、別にそこまで珍しくないわよ。近代のゲーム系の能力者じゃちょくちょく聞く話だし」
「ええー……俺、結構唯一無二の凄い能力だと思ってたんですけど」
「いや、そこにとんでもないTierの変身と、長距離で同時に動ける分身を組み合わせてるのは間違いなく異常だし、あんたの能力が反則級に凄いのは確かよ?」
「おお! よかった!」
直哉がホッと胸を撫で下ろした直後、梓はニヤリと悪戯っぽく口角を上げて付け加えた。
「ま、あーしみたいな封印術者からしたら、そういう残機型は『最高のカモ』だけどね」
「……え? カモ、ですか?」
「そうよ。考えても見なさいよ。残機型の能力ってさ、『殺されても次の身体で復活できる』のが最大の強みなんでしょ?」
「はい、そうですね」
「だったら、最初から『殺さずに生きたまま封印』しちゃえばいいのよ」
直哉の背筋に、ゾクリと冷たいものが走った。
梓は、こともなげに指を折って解説を続ける。
「命を奪わずに、意識ごと空間や呪具の中にピタッと封じ込めて隔離しちゃえば、『死亡判定』が出ないから次の残機が発動するきっかけそのものが潰れるでしょ? 三つ身体があるなら、遠くにいる残りの二つが助けに来る前に、一個ずつ順番に手足を縛って箱に詰めて封印していけば、どれだけ強い予備の変身を持ってようが、手も足も出ずに一丁上がりよ」
もちろん、東京にいる別の身体が異変に気づいて遠隔で集結を強制解除できるかどうかなど、細かいシステムの噛み合わせは実際に試してみなければ分からない部分もある。だが、「殺すと復活して面倒だから、殺さずに生きたまま封印して無力化する」という封印術者の戦術思想そのものが、直哉のような能力者にとって最悪の天敵になり得るというのは、聞いていてぐうの音も出ない正論だった。
直哉は、ゴクリと唾を呑み込み、神妙な顔つきで頭を下げた。
「なるほど……。俺、最近は強い姿も増えて、ちょっと無敵になったような気になって慢心してましたけど、上には上がいるし、封印されたら終わりですね。勉強になります」
せっかく最強クラスのキャラクターたちを引き当てても、油断して相手の土俵で封じ込められては何の意味もない。ここでその弱点をはっきり自覚できたのは大きな収穫だった。
そのうえで、直哉は一歩後ろへ引きながら、真剣な目で梓を見た。
「……あの、梓さん」
「ん?」
「俺のこと、絶対に封印しないでくださいね!?」
「はあ? しないわよ、味方なんだから。あんたが夜中にあーしの部屋に忍び込むとか、変な悪さをしない限りはね!」
「その最後の条件付けがめちゃくちゃ怖いんですけど!? 寝ぼけてトイレと部屋を間違えただけでも永久封印されそうなんですが!」
「じゃあ寝ぼけないように気をつけなさいよ!」
ケラケラと笑う梓を見ながら、直哉は内心で冷や汗を拭った。
(……この人、普段の喋り方はこんなに気さくなのに、やっぱり中身はガチのTier0.5の専門家なんだな……! 絶対に怒らせないようにしよう!)
梓の方も、目の前の男がただのゲーム中毒の居候ではなく、八百比丘尼が見込んで送り込んでくるだけの規格外の能力を持った実力者であることをしっかりと認識したらしく、その瞳には先ほどまでよりも確かな信頼の色が浮かんでいた。
「ま、あんたの手札の凄さは大体分かったわ。じゃ、着替えてくるから、買い物行くわよ!」
「了解です!」
「……それにしても、あんな絶世の美少女とか超イケメンの騎士に変身できる能力の持ち主が、中身はこんなどこにでもいそうな普通の中年男性だなんてねー」
「……あの、梓さん。『どこにでもいそうな中年男性』って言い方、地味に心に刺さって傷つくんですけど」
「事実じゃん! 三十四歳なんでしょ!」
「いや、紛れもない事実ですけどね!?」
そんな軽口を応酬しながら、二人は朝の神社を出発したのだった。
◆
神社から麓の町へと続く山道を、梓の所有する軽自動車がトコトコと走っていく。
巫女装束から着替えた梓の私服は、落ち着いたベージュのニットにデニムのパンツという、年相応のシンプルで清潔感のある装いだった。長い黒髪も後ろでゆるくまとめられており、派手な装飾はなくとも元々の顔立ちの良さがよく引き立っている。
山あいの神社で一人暮らしをしているだけあって運転は手慣れたもので、カーブの続く坂道をスムーズに下りながら、梓はハンドルを握ったまま何気なく話しかけてきた。
「でさ、ナオさん。あんた普段は東京で八咫烏の仕事をしてるんでしょ?」
助手席に座る直哉は、シートベルトを軽く直しながら頷いた。
「はい。登録能力者として、八咫烏の窓口の人からいろいろ仕事を紹介してもらってますね」
「へー、その凄い能力で、いつ頃からこっちの業界で働いてるの?」
「いや、実はまだそんなに長くないんですよ。この能力に目覚める前は、しばらく無職で実家に引きこもってましたし」
「……無職?」
梓が、信号待ちで車を止めながら、心底意外そうに助手席の直哉を見た。
「そそ。前に勤めてた商社が結構なブラック企業でして、徹夜続きで心身ともに限界が来て辞めた後、十ヶ月以上ずっと働いてなかったんですよ」
「はあ!? そんなTier1だか何だかのデタラメな能力持ってて、十ヶ月も無職やってたの!?」
「いやいや、違いますって! 能力が使えるようになったのは、無職になってから十ヶ月以上経った後の、つい最近の話なんです!」
直哉は、前の会社を逃げ出すように退職してからのモラトリアム期間と、ある日突然能力が発現して八咫烏と関わるようになった経緯を簡単に説明した。
一度は社会のレールから外れた身だが、今は自分のペースで納得して働けているため、直哉の語り口に暗い卑屈さはない。
「ふーん、後天的な突然変異の覚醒ってわけね。じゃあ、能力者になって最初の頃はどんな仕事をしたの?」
「最初は、既知の異界に潜る調査チームの前衛とか、山の中で増えすぎた異界生物の狙撃とかですね。あ、あと、かなり大きなお屋敷のお嬢様の身辺警護もやりました」
「へえ、お嬢様の護衛?」
「はい。海外の逆恨みから本職の暗殺者に命を狙われまして、最初は逃げるはずだったんですけど、地下駐車場の出口を空間ごとループさせられて完全に退路を塞がれちゃったんで、やむを得ず直接対決になりました」
さらりと語る直哉に、運転席の梓も「ちょっと待って、初期の仕事から随分と物騒な修羅場くぐってない?」と真面目な顔になった。
「相手の殺し屋も相当な手練れで、一度は俺の変身も解除させられて危なかったんですけど、その場で新しく引いた……じゃなくて、新しく使えるようになった『時間を止めるメイド』の姿でなんとか完封して、お嬢様を助け出したんです」
「……へー、たいしたもんじゃん。で、そのお嬢様を狙ってきた暗殺者の奴は、警察に突き出したの?」
「いえ、今は俺の友達ですね」
「…………」
車を走らせていた梓が、一瞬だけすごい顔で助手席の直哉を二度見した。
「……は? あんた、今なんて言った?」
「ですから、その時の暗殺者とは、その後いろいろあって友達になりまして。この前も一緒に浅草を観光したり、映画を見に行ったりしましたよ」
「あんた、どういう神経してたら自分を殺しかけた暗殺者と友達になって映画見に行くのよ!? 人間関係バグってんじゃないの!?」
「だから、ほんとにいろいろあったんですって! 今はもうお嬢様を狙う契約も終わって、あいつもただの休暇中の観光客なんです!」
紅城院玲蘭の個人名やノア・ヴァレリウスの具体的な家名など、守秘義務に関わる部分は伏せつつも、直哉が笑顔で説明する横で、梓は「八百の周りには変な奴しか集まらないのかしら……」と深く頭を抱えていた。
やがて車は麓の町にある大型スーパーマーケットに到着し、二人はカートを押しながら店内へと入った。
最初に向かったのは精肉売り場だ。今日の献立は、鶏肉や野菜をたっぷり入れた王道の寄せ鍋である。
直哉は冷蔵ケースの前で、大盛りパックの鶏もも肉や鶏団子を次々と手に取り、カゴの中へと放り込んでいった。それを見た梓が、横から慌ててストップをかける。
「ちょっとナオさん! 肉ばっかりそんなに何パックも買ってどうすんのよ!」
「いや、今日は二人分ですからね! 鍋の肉は多ければ多いほど幸せになれるじゃないですか!」
「二人分ったって、あんたがカゴに入れた量、どう見ても食べ盛りの運動部五人前はあるわよ! 絶対多いって!」
「大丈夫ですって! もし余ったら、明日の昼にうどんと卵を入れて食べれば最高じゃないですか!」
「……まあ、明日の昼ご飯の手間が省けるなら、それもそうね。じゃあ鶏団子は一パック戻して、その分こっちの豚バラにしなさい」
「おお、鶏と豚のダブルメイン! さすが梓さん、分かってますね!」
カゴの中身を二人であれこれ調整しながら、梓はふと先ほどの会話の続きを思い出したように尋ねてきた。
「そういやさ、その暗殺者の友達の件もそうだけど、あんた海外関係の仕事とかにも首突っ込んでたりするの?」
「ありますよ。実はその友達からの紹介で、アメリカ政府から直接依頼を受けたこともあります」
「……アメリカ政府?」
豚肉のパックを手に持ったまま、梓が少し目を丸くした。
「へー、また随分とスケールのでかい話ね。向こうで何したの?」
直哉は、近くにほかの客がいないことを確かめて声を落とした。「詳しい場所は伏せますけど、吸血鬼が治める異次元の国で政変がありまして。幽閉されていた王様の救出を手伝ったんですよ」
「…………」
直哉がさも近所の町内会のトラブルを解決したかのようなテンションで言うと、梓は数秒間黙り込んだ後、同じように声を落として「あー、アルビオンねー」と意外なほどあっさり頷いた。
今度は直哉の方が驚く番だった。
「えっ、梓さん、あの吸血鬼の国のことを知ってるんですか!? 名前を出さなかったのに!」
「まあ、名前と存在くらいはね。あーしも一応、昔から裏の世界の封印術を受け継いでる御巫家の当主だし、海外の超常国家の知識くらい一通り頭に入ってるわよ」
「へえー! さすがですね!」
すると梓は、精肉売り場のコーナーを移動しながら、何でもないことのようにさらりと言った。
「というか、うちの御巫家の『分家』も、昔からアメリカに渡って向こうに拠点を構えてるしね」
「ええっ!? 御巫家って、アメリカにも一族がいるんですか!?」
「いるわよ。明治とか戦後のドサクサで海外に渡った能力者の一族なんて、別にうちだけじゃなくて結構あるでしょ」
「なるほど、それはそうかもしれませんね。じゃあ、アメリカに行く時は親戚として頼れたりするんですか?」
「無理無理。あーしら本家とアメリカの分家、昔からびっくりするくらい仲悪いから」
「……え? 仲悪いんですか!?」
「うん。もうね、笑っちゃうくらいめちゃくちゃ仲悪いわよ」
梓は特に深刻ぶる様子もなく、あっけらかんと肩をすくめた。
「古い術者の家系ってさー、どこもそういうのが面倒くさいのよ。本家だの分家だの、どっちが受け継いでる術の解釈が正統だのって、先代の頃からずーっと揉めててさ。特にアメリカの連中は、合理主義っていうか何ていうか、昔からあーしら本家のやり方と根本的に考え方が合わないのよねー」
「うわぁ……そういう親戚同士のドロドロした確執、どこの世界にもあるんですねえ……」
直哉がしみじみと同情すると、梓は「ま、普段は海を挟んで別々に暮らしてるから、関わらなきゃいいだけの話なんだけどね」と軽く受け流してから、再び直哉の方を見た。
「で、そのアルビオン公国の王様を助けたって話、結局どうなったのよ?」
直哉は、軍事機密やホワイトハウスの内部事情は伏せ、公王の救出後、国の中枢の力を悪用した敵が現れたため、自分が残って戦ったという大筋だけを小声で話した。人の出入りがある売り場で、作戦の具体的な目的や手順まで語るつもりはなかった。
「へー! あんた、本当に国家レベルのヤバい仕事までこなしてるんだ! 見かけによらず大活躍じゃん!」
「いやー、相手が国の力を引き出してTier1級のバケモノになっちゃってたんで、こっちも一番火力のある姿で、かなり派手に戦いましたけどね」
「派手って、どのくらい?」
直哉は、スーパーの天井の照明へと少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……ええと、相手を止めるために戦ってたら、王様の住んでたお城が、丸ごと崩れて更地になっちゃいました」
「…………は?」
梓の足が、ピタリと止まった。
「い、いや! 聞いてください! ちゃんとアメリカと公国の市民を守るための正当な理由があったんですよ!? 不可抗力ですって!」
「ちょっと待って! なんで王様を助ける隠密の救出任務に行って、最終的に王様のお城が更地になってんのよ!? 過程がすっ飛びすぎでしょ!」
「だから、敵が国の中枢と繋がって、城の建材まで取り込んで巨大化してたんですよ! それで敵ごと設備をぶっ壊すしかなかったんですって!」
必死に弁明する直哉の横で、梓は「お城を更地にする居候って、うちの古い社務所は大丈夫なのかしら……」と、本気で不安そうな目をして直哉を見つめていた。
◆
精肉売り場を抜け、二人は続いて色とりどりの野菜が並ぶ青果コーナーへと足を踏み入れた。
梓がずっしりと詰まった白菜の断面を見極めてカゴに入れ、直哉がその隣で太くて新鮮そうな長ネギと椎茸のパックを選んでいると、梓がまた興味深そうに尋ねてきた。
「あんた、そのアメリカの吸血鬼の国以外にも、海外へ仕事に行ったことあるの?」
「ありますよ。ついこないだも、オーストリアのウィーンまで出張に行ってきました」
「ウィーン? へえ、ヨーロッパまで! 今度は何を壊しに行ったの?」
「壊しに行ったわけじゃありませんよ!? 人聞きの悪いこと言わないでください!」
直哉は長ネギをカゴに収め、ほかの買い物客から少し離れて声を落とすと、ウィーンでの本来の仕事内容を説明した。
「元々は、戦後の混乱期に海外へ流出しちゃってた呪物の『日本刀』を、日本の管理会社が向こうのオークションで買い戻したんで、それを現地で受け取って輸送業者へ引き渡すだけの、ごく平和なお使いの仕事だったんです」
「ふーん、そういう流出文化財の回収みたいな仕事もあるのね」
「はい。ところが、オークション会社の地下で刀を受け取ってたら、ちょうどそこに『カトリック教会』の特異事案調査官の人が現地警察を連れて立入検査に入ってきまして」
「……カトリック教会?」
「ええ。イタリアの施設から《銀枝の聖櫃》っていう大事な聖遺物を盗み出した犯人の仲間が、そのオークション会社に潜伏してるって話になって、成り行きでうちの索敵能力と機動力を貸して、地下駐車場で壁抜けの犯人を捕まえる手伝いをしたんです」
梓は、白菜を抱えたまま呆れたようにため息をついた。
「……ねえ、あんたさ。なんでただ日本刀を受け取りに行っただけの平和なお使いで、カトリック教会の聖遺物泥棒の捕り物に巻き込まれてんのよ? そういう体質なの?」
「いや、それは俺が一番聞きたいですよ! 普通にザッハトルテ食べて観光して帰るつもりだったのに!」
「ほんと、行く先々で変なトラブルばっか拾ってくるわねー」
クスクスと笑う梓に、直哉も苦笑しながら言葉を続けた。
「で、そのウィーンで協力したカトリックの調査官のエリーズさんって人にすっかり見込まれちゃいまして。その縁で、つい先日、さらにヤバい聖遺物が日本に持ち込まれたってことで、指名で『京都』の仕事に呼ばれたんです」
その『京都』という二文字が直哉の口から出た瞬間だった。
エノキ茸のパックへと伸ばされていた梓の手が、ピタリと空中で止まった。
「……京都?」
直哉が「はい、京都です」と頷くと、梓はエノキ茸をカゴに入れながら、今日一番の露骨に嫌そうな、苦虫を噛み潰したような顔を作った。
「……うわー、京都ねー。あそこに行ってきたんだ」
「えっ? どうかしました?」
「いやね、あーし、京都の術者連中って、昔からあんまり好きじゃないのよねー!」
調味料売り場へとカートを進めていきながら、梓はぷりぷりと不満げに愚痴をこぼし始めた。
「なんでかっていうとね、あっちの一部の古い家の連中って、あーしら地方の術者に対して、妙に上から目線で偉そうなのよ!」
「へえ……そういう地域間の空気みたいなのがあるんですか」
「大ありよ! 東京に日本の首都が移ってから、もう百五十年以上経ってると思ってんのよ!? それなのにいまだに『自分たち京都の呪術界こそが日本の超常の中心で、格式が一番上だ』みたいな顔してふんぞり返ってる奴がいるの!」
鍋用の昆布だしとポン酢のボトルを棚から取りながら、梓の舌鋒はさらに鋭くなる。
「何百年も前から続いてる古い家柄だの、代々の由緒だのって言うなら、そんなのあーしら東北の御巫家だってまったく同じなんだけど! 寒い青森の山奥でずーっと危険な封印を地道に守り続けてる家が、京都の連中より格下だなんて、一体どこの誰が決めたのよって話じゃん!」
「あー……なるほど……」
以前、京都へ向かう新幹線の中で霧島さんから聞いた「京都呪術協会はとにかく古くて、昔からのしがらみや権威意識が強く残っている」という説明を、直哉は思い出した。地方の旧家の当主である梓からすると、まさにこうした『中央気取りの傲慢さ』が気に入らないのだろう。
もちろん、八咫烏と京都呪術協会が公的に協力関係にあるのと同じように、御巫家も業務上の連絡や連携を拒絶しているわけではないのだろうが、感情的な部分では昔から相当に相性が悪いようだ。
ただ、直哉はそこで、自分が京都で実際に会って共闘した少女のことを思い出し、素直な感想を口にした。
「でも、京都で一緒に仕事をした『鏡宮千鶴』さんは、全然そんな偉そうな感じじゃなくて、すごく丁寧でいい人でしたよ?」
その名前を聞いた途端、梓の険しかった表情がふっと緩み、少し驚いたように目を丸くした。
「……千鶴? 鏡宮家の当主の?」
「はい。京都駅までわざわざ迎えに来てくれて、現場でも最前線で一緒に戦いました」
「へえー、あんた、あの子にも直接会ったんだ。……ふーん。あの子、まだ二十歳そこそこなのに、当主の縛りで京都の結界から一歩も外に出られないんでしょ?」
「あ、やっぱりご存知なんですね」
梓はポン酢のボトルをカゴに置き、少しだけ遠い目をして静かに頷いた。
「まあね。同業の古い家の当主だし、鏡宮の特殊な継承のことは聞いてるわよ。……ああいう家も、ほんと大変よねー。土地そのものに命ごと結びついた役目なんて、本人がどれだけ嫌だと思っても、そう簡単に投げ出して捨てられるもんじゃないし」
先ほどまでの威勢のいい悪口とは打って変わって、その声には、同じように地方の神社で代々の封印を一人で背負い続けている者ならではの、確かな理解と共感が滲んでいた。
梓は、照れ隠しのように軽く鼻を鳴らした。
「ま、勘違いしないでよね。あーしが嫌いなのは、あくまで京都の一部の連中の偉そうな権威主義のところだけよ。あそこで真面目に土地を守る仕事をしてる術者全員が嫌いってわけじゃないから」
「なるほど。まあ、組織が大きくて歴史が長ければ、どこにでも面倒な人とまともな人の両方がいますもんね」
「そそ! そういうこと! あんた、話が早くていいわね!」
変に知ったかぶりをせず、かといって京都側を一方的に悪く言うのでもなく、フラットに話を受け止める直哉の態度が心地よかったのか、梓はご機嫌に頷いた。
「で、その千鶴ちゃんと一緒に、京都で一体どんな仕事をしたのよ?」
直哉は、周囲に聞こえないよう声を落とし、カトリック教会から盗まれた秘奥《天国の双鍵》が京都へ持ち込まれ、《第九奉祀会》によって《九番目の御霊》が復活した事件の概要を説明した。具体的な捜査情報や、公開されていない組織の内情までは伏せておく。
千鶴が《返照》の力で京都市街地への無差別攻撃を必死に防ぎ、直哉の動かす千里が後方から《天眼》で構造を観測し、レイジが前衛で攻撃を受け止め、そして先ほど梓にも見せた九条紫苑の姿で《月白》を振るい、御霊と京都の土地を繋いでいた巨大な因縁の接続をすべて断ち切って討伐した、と。
話を聞いた梓は、封印術の専門家として心底感心したように目を輝かせた。
「へー!! あんたら、京都の土地と結びついたそのクラスの特大の御霊相手に、正面から因縁を断ち切って勝ったんだ!」
「ええ、まあ。俺一人じゃなくて、地元の結界を知り尽くしてる千鶴さんが街を守ってサポートしてくれたおかげですけどね」
「いや、それでも凄いわよ! 普通、ああいう土地の怨念と一体化したバケモノって、力押しじゃ何度でも再生するから、何日もかけて少しずつ接続を弱めてから二重三重に封印し直すしかないのよ。それを刀一本で『土地との繋がりごと斬り捨てる』なんて、さっきの紫苑って子の能力、マジでとんでもないわね!」
専門家ならではの視点から絶賛され、直哉が「いやあ、それほどでも」と照れ笑いを浮かべた、その直後だった。
直哉は、先ほどのアルビオン公国の時とまったく同じように、スーッと気まずそうに視線を泳がせた。
「……ただ、ですね。その京都の御霊を斬った時にも、ちょっとだけ不可抗力の被害がありまして」
「……ん? ちょっとだけ、何?」
「ええと、最初は紫苑の刀で、京都中の人に向いていた『死の視線』の因果を斬ったんですけど……その余波で、お寺の本堂の屋根や柱まで斬れて崩れ始めちゃいまして」
「……お寺が、崩れ始めて?」
「その後も御霊との総力戦が続いて、紫苑やレイジの攻撃と御霊の反撃で、ほかの建物まで壊れまして……最終的には、お寺一帯がほぼ更地になりました」
「…………」
スーパーの通路の真ん中で、カートを押していた梓の動きが完全に氷結した。
「……は?」
「い、いや! これもちゃんと理由があったんですよ!? あそこで全力で斬らなかったら、京都中の人が呪いで死んじゃうところだったんですって!」
「ちょっと待って待って!! あんた、アメリカで吸血鬼の王様のお城を更地にしただけじゃなくて、京都でも御霊を倒したついでに歴史あるお寺を丸ごと更地にしたの!?」
「だから『ついで』みたいに言わないでください!! 人命救助の尊い結果なんです!」
「いや、理由がどうあれ、京都の古いお寺を物理的に更地にしたら、あっちのうるさい術者連中に絶対めちゃくちゃ文句言われるやつじゃん! よく無事に帰ってこれたわね!」
「めちゃくちゃ嫌な顔されましたし、修復の相見積もり取るだけで霧島さんの胃が死にかけましたよ!!」
必死に当時の苦労を訴える直哉を見て、梓は三秒ほど目を丸くした後──スーパーの店内に響き渡らないよう口元を手で押さえながら、肩を震わせて吹き出した。
「ぷっ……くくく、あははははは! そりゃ言われるわよ! 京都の連中が一番大事にしてる格式高いお寺を、東京から来た助っ人が総力戦でほぼ更地にして帰ったんでしょ!? あいつらの引きつった顔が目に浮かぶようだわ!」
「笑い事じゃないんですよ! こっちは賠償金請求されないか生きた心地がしなかったんですから!」
「……あんた、間違いなく京都の重鎮連中とは一生仲良くできそうにないわねー。あはは! でも、あーしはそういう豪快なの嫌いじゃないわよ! ますます面白いわ、あんた!」
涙を浮かべて笑う梓に、直哉は「まったく、人の苦労を……」とぼやきつつも、彼女がこうして屈託なく笑い飛ばしてくれたことで、なんだか肩の力が抜けていくのを感じていた。
◆
鍋に欠かせない木綿豆腐とシメ用のうどんをカゴに入れ、二人がレジへと向かって歩いている途中、すっかり直哉の武勇伝(と破壊工作)を聞くのが楽しくなったらしい梓が、ニヤニヤしながら肘で直哉の脇腹を軽くつついてきた。
「で、その京都のお寺を更地にした後は? 最近はまたどっかのお城とか歴史的建造物を壊して回ってんの?」
「壊してませんよ!? 俺をなんだと思ってるんですか、解体業者じゃないんですから!」
「ほんとー? あんたに神社の留守番頼んだら、帰ってきた時にうちの拝殿が真っ二つになってたりしないでしょうね?」
「いや、信用なさすぎません!? 最近の東京での仕事は、どれも建物一つ壊さない、極めてクリーンで模範的な人助けばっかりですよ!」
直哉は汚名を返上すべく、ここ数日の自分のクリーンな実績を胸を張って報告した。
「たとえばついこの間は、超常物品の展示施設に爆発系の能力者の強盗団が立て籠もった事件がありまして、人質を六人、無傷で助け出しました」
「へー、人質救出。それは普通にいい仕事じゃん」
「はい! さっき話した『時間を止めるメイド』の姿で行きまして、時間を止めてる間に人質六人を全員お姫様抱っこで安全地帯まで運んで、犯人四人の武器を取り上げて縛り上げたんで、外の警察から見たら『作戦開始からわずか三秒』で事件が完全解決しました!」
「…………は? 三秒?」
梓が、またしてもギョッとした顔で直哉を見た。
「あんた……本当に、この世界の時間そのものをピタッと止められる変身まで持ってんの?」
「ええ、まあ、そのメイドの姿になった時だけですけどね」
「いや、『だけ』ってレベルの話じゃないんだけど!? 空間を封じるあーしが言うのもなんだけど、時間を止めて一方的に相手を拘束するなんて、対人戦じゃ一番タチの悪い反則じゃないの……!」
さらに直哉は、呪物泥棒の倉庫に警察と踏み込んだ際、石化トラップにかかって石像にされてしまった警察官十一名を、紫苑の《縁断》の技で呪物との接続だけを切り離して全員無事に元に戻した話も付け加えた。
「へー……。お寺を更地にした女剣士の姿で、そんな手術みたいに器用で繊細なこともできるのね」
「そうなんですよ。ただ力任せに斬るだけじゃなくて、目に見えない『繋がり』だけを綺麗に切ることもできるんです」
そして直哉は、つい数日前に成し遂げたばかりの、もう一つの誇らしい仕事の話を口にした。
「それから最近は、新しい変身先として『神級の仙薬師』の女の子が増えまして。その子の能力で薬を調合して、三年前の怪異事件で右腕を失っちゃってた元能力者の人の腕を、元の通りに再生させましたね」
その言葉を聞いた瞬間、梓の足が止まった。
「……腕を、再生?」
「はい。右上腕から先が完全に無くなって義手をつけてた方なんですけど、八咫烏の倉庫にあった自己修復能力を持つ怪異の素材から再生の性質だけを抽出して、その人の身体に合わせた特製の仙丹を作ったんです。お医者さんたちの栄養管理の協力もあって、数日で骨から神経まで綺麗に元の生身の右腕が戻りましたよ」
患者である高瀬修吾の個人名などは伏せたまま、直哉が穏やかに語ると、梓はこれまでのどの戦闘の話よりも真剣な顔つきになり、まじまじと直哉の顔を見つめた。
「……ちょっと待って。傷口を塞ぐんじゃなくて、何年も前に完全に欠損した四肢をゼロから生やしたってこと? それ、普通の最高峰の治癒能力者でも絶対に無理な領域のやつでしょ?」
「ええ、そうらしいですね。素材と設備の条件が揃わないと作れない特注の薬ですし、誰にでも同じ薬が効くわけじゃないんで簡単な話ではないんですけど、その人が奥さんや娘さんと生身の右手で手を握り合って喜んでくれたんで、本当にやってよかったです」
当時の病室の光景を思い出して柔らかく微笑む直哉を見て、梓はしばらく言葉を探るように黙り込んでいたが、やがてふっと息を吐いて言った。
「……あんたさ、本当にそんなことまでできるのね」
自分自身が『封印術』という極めて専門的な技術の頂点に立っているからこそ、梓には分かるのだ。何かを封じる力や壊す力と、失われた人間の肉体を正常に再構築して救う医療の技術は、まったく別次元の尊さと難しさを持っているということが。
「あんたのその能力、変身先によって本当に何でもできるのねー……。なんか、ちょっと見直したわ」
「おお、ありがとうございます!」
「最初は、八百に言われてノコノコやってきて、真っ先にゲーミングPCの心配をしてるただのゲーム中毒のダメ男かと思ってたけど……あんた、その力で結構ちゃんと真面目に人助けの仕事をしてるのね」
からかうような響きのない、真っ直ぐな称賛の言葉に、直哉は少し照れくさくなって鼻の下を掻いた。
「いやあ、ゲームばっかりしてるダメ人間なのも、半分くらいは本当なんですけどね!」
「そこは否定しないんだ!?」
梓が吹き出し、それからふと思い出したように直哉が言葉を付け足した。
「あ、そうだ。その薬を作る仙薬師の能力で、こないだは今までお世話になったお嬢様向けに『髪の毛がシルクみたいにサラサラになる美容の仙丹』も作ってプレゼントしましたよ。めちゃくちゃ喜ばれました!」
レジの列に並びかけていた梓の足が、今日一番の鋭さでピタリと止まった。
「……髪?」
「はい。ストレスとか疲れでちょっと傷んでた髪質を、根本からツヤツヤのサラサラに改善する薬です」
梓の黒曜石のような瞳が、かつてないほどの真剣な輝きを帯びて直哉へと向けられた。
「……え、ちょっと待って。それ、城を壊した話なんかより、めっっちゃくちゃ気になるんだけど」
「えっ、そこですか!?」
「当たり前でしょ! 飲むだけで髪が根本からサラサラになるんでしょ!? あーし、こんな風に黒髪を長く伸ばしてるから、毎日のお手入れとか乾燥対策がどれだけ大変か……! ねえ、それって、あーしにも作れる?」
「世界最高峰の封印術者の人が、一番食いつくのが美容の薬なんですか!?」
「封印術者だって女よ! 髪が綺麗になるなら欲しいに決まってんでしょ!」
普段の凛とした巫女姿やサバサバした言動からは想像もつかない、年頃の女性らしいストレートな関心に、直哉は思わず笑ってしまった。
「もちろん作れますよ。ただ、その人に合わせた処方が必要なんで、また後日、その仙薬師の姿に変身して梓さんの髪と体調を直接診察してから、材料を揃えて調合しますね」
「マジで!? やった! 絶対よ、約束だからね!」
こうしてレジでの会計を済ませ──約束通り直哉が食材費を多めに支払い──二人は両手いっぱいの買い物袋を提げてスーパーを後にした。
「あ、ついでにお米の十キロの袋も買っちゃったけど、ナオさん、それ一人で持って重くない?」
「全然大丈夫ですよ! 男ですからね、これくらい余裕です!」
駐車場までの道を、片手で十キロの米袋を抱え、もう片方の手で大根や白菜が詰まった重い袋を軽々と持って歩く直哉の横顔を、梓は少しだけ柔らかい目で見上げていた。
「……へー。ありがと、助かるわ」
「いえいえ! 居候の務めですから!」
超常の能力を使わなくとも、こうして日常のちょっとした場面で自然に荷物を持って気を遣う三十四歳の男に、梓の表情は少しだけ柔らかくなっていた。
◆
神社へと帰り着いた頃には、山の端へと日が傾き、空が美しい茜色に染まり始めていた。
社務所の奥にある台所は、古い木造の梁が残る広い空間だったが、システムキッチンや大型の冷蔵庫は現代の使いやすいものが導入されている。
買ってきた食材を冷蔵庫へとしまいながら、直哉は腕まくりをしてエプロン姿の梓の隣に立った。
「よし、じゃあ俺も下ごしらえ手伝いますよ。何を切ればいいですか?」
「ん、ありがと。じゃあナオさんは、そこの白菜をざく切りにしてくれる? あと、こっちの長ネギを斜め切りでお願い」
「了解です!」
直哉は水で洗った白菜をまな板の上に乗せると、包丁を握ってトントンとリズミカルな音を立てて切り始めた。芯の部分と葉の部分を分け、鍋に火が通りやすいよう適切な大きさに揃えていく。続けて長ネギも、迷いのない手つきで綺麗に斜め切りにしていく。
隣で鶏肉の下処理をしていた梓が、その包丁さばきを横目で見て、少し驚いたように声を上げた。
「……へー。あんた、意外と普通に料理できるじゃん」
「いや、三十四歳の独身男性ですからね!? しかも十ヶ月も無職で家にいたんですよ、自炊くらい一通りできますって!」
「だって、昨日から『ゲームができないと死ぬ』だの何だのばっかり言ってるから、てっきりカップ麺とコンビニ弁当しか食べられないダメ男かと思ってたわよ」
「失礼な! ゲーム廃人だって、健康のために野菜くらい切りますよ!」
東京のマンションではエレノアが完璧な料理を作ってくれることもあるが、直哉自身も会社員時代や無職時代に培った一般的な家事スキルはちゃんと持っている。
ただ、やはり毎日この台所に立っている梓の手際の良さは格別だった。昆布とカツオから丁寧に取った澄んだ一番だしを大きな土鍋に張り、酒やみりん、醤油、そして隠し味の塩麹などを絶妙な目分量で加えていく。
ぐつぐつと湯気が立ち上り、台所中に食欲をそそるいい香りが広がったところで、梓がお玉で少しだけスープをすくい、小さな味見用の小皿に移して直哉の顔の前へと差し出した。
「ほら、ナオさん。ちょっと出汁の味見してみて」
「え、俺ですか?」
「一緒に食べるんだから、あんたの好みの濃さかどうかも見ときたいでしょ。ほら、熱いから気をつけて」
「あ、ありがとうございます。……ふー、ふー……」
直哉は小皿を受け取り、湯気を吹いてから一口すすった。
瞬間、上品な出汁の旨味と、まろやかで奥深い塩気が口いっぱいに広がった。
「……おおっ! めちゃくちゃ美味しいじゃないですか、これ!」
「でしょ? 完璧な味加減よね」
「これ、普通の醤油と出汁だけじゃないですよね? 何か特別なもの入れてるんですか?」
「ふふーん。それはね、あーしの企業秘密!」
「ええー!? 居候にも教えてくれないんですか!?」
「やだよーだ! そんな簡単に秘伝のレシピを教えるわけないじゃん!」
悪戯っぽく笑って舌を出す梓に、直哉もつられて笑い返す。
出会ってからまだ丸一日しか経っていないというのに、同じ台所に並んで立ち、湯気の向こうでこうして軽口を叩き合っていると、まるでずっと前からこうして一緒に暮らしていたかのような自然な空気感がそこにはあった。
やがて居間の卓袱台の上にカセットコンロがセットされ、具材が山盛りに詰め込まれた大きな土鍋が運ばれてきた。
蓋を開けると、真っ白な湯気とともに、黄金色のスープの中で煮えたぎる鶏肉、豚肉、くたくたに味が染みた白菜や長ネギ、ぷるぷるの豆腐、そして椎茸やエノキ茸が顔を覗かせる。
「……だから、お肉買いすぎだって言ったじゃん。土鍋の半分近くが肉で埋まってるわよ」
「いや、食べきれますって! 鍋の肉なんてなんぼあってもいいんですから!」
「ほんとー? 食べきれなかったらあんたの責任だからね?」
「任せてください! 余ったら明日のお昼にうどんを入れて食べましょう!」
「……まあ、そうするけど。はい、じゃあ冷めないうちに食べましょ!」
二人で「いただきます」と手を合わせ、それぞれのとんすい(小鉢)に熱々の具材と出汁を取り分けて食べ始めた。
ハフハフと息を吹きかけながらプリプリの鶏もも肉を頬張ると、噛むたびにジューシーな肉汁と特製のスープが絡み合い、直哉は思わず「うまっ……!」と声を漏らした。
梓も美味しそうに豆腐をハフハフと食べながら、昼間の買い物中の会話を思い出したように直哉を見た。
「それにしてもさー、ナオさん。あんた、本当に凄いのねー」
「ん? 何がですか?」
「いや、今日聞いたあんたの今までの仕事の話よ。普通にびっくりしたわ」
「ああ……まあ、振り返ってみると、なんか毎回とんでもない事件にばっかり巻き込まれてますね」
「そりゃそうでしょ。吸血鬼の王様を助けたり、京都の御霊を倒したり、なくなった腕を再生させたり……。こうして目の前で鍋をつついてる姿からは、とても想像できないわねー」
「いや、中身は本当にただの普通のおっさんですから!」
「あはは! 自分で『普通のおっさん』って言い切るな!」
梓は楽しそうに笑った後、少しだけ真面目な目をして直哉を見つめた。
「でも、そういうことなら、あの八百がわざわざあんたを連れてきたのも少しは分かるわ」
直哉は、とんすいを持ったまま頷いた。
「まあ、梓さんがとんでもなく凄い術者だっていうのは、俺も今日でよく分かりましたからね」
「でしょ?」
「はい。相手を殺さずに封じ込める封印術って、俺の手持ちにはない分野なんで、正直かなり羨ましいですよ」
「ふふん。もっと褒めていいわよ?」
「いや、お世辞抜きで本当に凄いと思いますよ」
直哉が素直にその実力を認めると、梓は嬉しそうに口元を緩めたが、すぐにいつもの気さくな調子へと戻った。
「ま、あーしにかかれば、どんな神様だろうと怪異だろうと大抵のことは何とかなるからね!」
「頼もしいですねー」
「だから、あんたの警護なんか最初から必要ないって言ってるじゃん」
「まあまあ! いくら梓さんが強くても、念のためですよ!」
「はいはい。どうせ本当のところは、昨日言ってた『ガチャ石』のためでしょ?」
「……もちろん、それもあります!」
「やっぱり!」
ちゃぶ台を挟んで、二人の笑い声が重なる。
ガチャ石目当てで動いていることを知っていても、梓は直哉を本気で軽蔑してはいないらしい。今日の話を聞く前よりも、からかう声には親しみが混じり、笑顔もずっと自然なものになっていた。
そんな風に鍋をつついていると、梓がふと直哉の器の中身に気づいて眉をひそめた。
「……ちょっとナオさん。あんた、さっきから肉ばっかり取ってない? 野菜も食べなさいよ」
「いや、ちゃんと食べてますって!」
「さっきから鶏肉と豚肉ばっかじゃん!」
梓はそう言うと、菜箸を伸ばして土鍋の中からよく煮えた白菜と長ネギをたっぷりとすくい上げ、直哉のとんすいの中へと容赦なく追加した。
「ほら、これもちゃんと食べて」
「いやいや、梓さん、俺もう三十四歳ですよ!?」
「三十四歳なら、人から言われる前に野菜くらい食べなさいよ!」
「……ぐっ、それは返す言葉もない正論ですね」
「でしょ?」
呆れつつも面倒見よく笑う梓に促され、直哉は出汁の染みた甘い白菜をありがたく口に運んだ。
そして直哉は、そのお返しとばかりに、土鍋の底に残っていた一番大きくて柔らかそうな鶏もも肉を菜箸でつまみ上げると、梓の器へとひょいと入れた。
「じゃあ、この一番いい鶏肉は梓さんに進呈します。特製の出汁、めちゃくちゃ美味しいお礼です」
「お、気が利くじゃん。ありがと!」
どちらか一方だけが世話を焼くのでもなく、ごく自然に相手の器を気遣いながら、大きな土鍋の中身はみるみるうちに減っていった。
鍋が半分ほど平らげられた頃、今度は直哉の方から尋ねてみた。
「そういえば、梓さんって、普段はどんな仕事をしてるんですか?」
「ん? あーし?」
「はい。この神社の掃除とか管理だけじゃないですよね?」
梓は、長ネギを頬張りながらコクリと頷いた。
「まあねー。御巫家は代々封印を受け継いでる家だからさ」
「はい」
「表向きの神社の仕事もあるけど、昔からこの土地や社で管理してるいくつもの封印の定期点検もあるし、時々よその地方の術者や八咫烏から『手に負えない呪物があるから封じてくれ』って相談が持ち込まれることもあるわよ」
「へえー! じゃあ、結構忙しそうですね」
「んー、そうでもないわよ。毎日毎日、封印が破れそうになって大騒ぎになるわけでもないしね」
「あ、そうなんですか?」
「そりゃそうでしょ。封印なんてものは、毎日何も起きないのが一番成功してる証拠なんだから」
さらりと言った梓の言葉に、直哉は深く感心した。
(……なるほど。そういう意味じゃ、封印術って派手な討伐じゃなくて、インフラの保守管理や警備の仕事に近いのか)
異常が起きてから敵をぶっ飛ばす直哉の仕事とは違い、そもそも異常を起こさせないように毎日地道に点検し、平穏を維持し続ける仕事。誰も見ていない山奥でそれを一人で続けているのだから、頭が下がる思いだった。
すると、梓も直哉に向かって尋ねてきた。
「そういうあんたはどうなのよ? これから先も、ずっと今みたいな能力者の仕事を続けるつもりなの?」
直哉は、一秒の迷いもなく即答した。
「続けますよ! まだまだガチャ引きたいですし!」
「……またそれ!?」
「俺にとっては人生の最重要事項なんですよ!」
「あははは! 分かった分かった、あんたが筋金入りのガチャ中毒だってことはよく分かったわよ!」
梓は呆れたように大笑いしながらも、どこか眩しそうな目で直哉を見た。
もちろん、梓はこの生まれ育った神社も、自分が受け継いだ封印術の誇りも大切に思っているし、この生活を嫌っているわけではない。ただ、直哉のように自分の意思で好きな仕事を選び、時には海外まで飛び回りながら自由気ままに力を振るう生き方は、神社の封印管理を長く空けるわけにはいかない彼女にとって、少しだけ新鮮で興味深く映ったようだった。
◆
山盛りだった鍋を二人で見事に食べ尽くした後、直哉がシンクで食器を洗い、梓がコンロや土鍋を片付けて、台所の後始末もあっという間に終わった。
食後のひと息にと、二人は新しく淹れた温かいほうじ茶の湯呑みを持って、居間の縁側へと並んで腰を下ろした。
ガラス戸の向こうには、山の静かな夜が広がっている。昼間よりもぐっと気温が下がり、吐く息がわずかに白くなりそうな肌寒さの中で、両手に伝わる湯呑みの温かさが心地いい。
夜の庭を眺めながら、梓がぽつりと言った。
「……いやー、今日はなかなか面白かったわ」
「そうですか?」
「うん。二人で買い物に行くのもそうだけど、あんたのこれまでの仕事の話。こんな山奥にこもってたら絶対聞けないような、ぶっ飛んだ話ばっかりだったし」
「まあ、仕事柄、いろんなところに行きますからね」
「ふーん」
梓は湯呑みに口をつけ、温かいお茶を一口飲んでから、ふっと柔らかく口元を緩めた。
「……あんたが来てから、なんかこの神社も急に賑やかになったわねー」
直哉は、隣に座る梓の横顔を見て、素直に頷いた。
「そうですね! 俺も、今日一日すごく楽しかったですよ!」
「……そっか」
「はい。梓さんの作ってくれた鍋も、本当にめちゃくちゃ美味しかったですし!」
「ふふ、ありがと。お肉いっぱい運んでくれたお礼よ」
昨日までは、この広い社務所で一人で食事を作り、一人で食べて、一人で静かな夜を過ごしていた。
それが今日は、誰かと一緒にスーパーで肉の量を巡って言い合いをし、並んで野菜を切り、湯気の向こうで笑いながら同じ鍋をつついている。
何か劇的な大事件が起きたわけではない。ただ、一つ屋根の下に一緒にいる相手が増えただけだ。
梓は湯呑みを両手で包み込み、隣に座る直哉をちらりと見てから、どこか楽しそうに目を細めた。
そんな穏やかな夜の空気の中、梓がふと湯呑みを置いて直哉に尋ねた。
「で、ナオさん。お腹もいっぱいになったところで、今日はこれから寝るまでどうすんの?」
直哉は、待ってましたとばかりにキリッとした顔で即答した。
「ゲームですね!」
「…………」
「あ、まだ東京から送ったゲーミングPC一式が届いてないんで、今夜はスマホの方のゲームですけど!」
それまでのしみじみとしたいい雰囲気を台無しにするあまりにもブレない回答に、梓は半眼になってため息をついた。
「……あんた、ほんっとうに四六時中ゲームのことばっかりねー」
「好きですねえ。俺の人生の最大の楽しみですから!」
「まあ、今日あんたの話を散々聞いてると、ゲーム好きが高じすぎて能力まであんなゲームみたいな仕組みになったんじゃないかって思えてくるわ」
「いやー、俺もぶっちゃけそう思います!」
「……そこ、否定しないんだ」
呆れ果てたように肩を揺らして笑うと、梓は立ち上がって軽く伸びをした。
「ま、あーしも明日は朝から神社の仕事があるし、もうお風呂入って寝るわよ。あんたも夜更かしはほどほどにしなさいよ?」
「了解です!」
直哉も湯呑みを持って立ち上がり、自分の客間へと戻ろうとした。
その背中に向かって、廊下の先に立った梓が、ふと思い出したように声をかけた。
「……あ、ねえ、ナオさん」
「はい?」
直哉が振り返ると、梓は少しだけ視線を横に逸らしながら、いつもの気さくな調子で言った。
「今日みたいなの、また付き合ってよ」
「買い物ですか?」
「そそ。別に毎日じゃなくていいけどさ、重たいもの買う時とか、二人で行った方が楽だし」
直哉は、なんの気負いもなく笑顔で頷いた。
「もちろんです! いつでも声かけてください。梓さんの鍋もまた食べたいですし!」
「……ふふ、そっか。じゃあ、次は別の味の鍋にしてあげるわ」
梓は少しだけ嬉しそうに微笑むと、ひらりと片手を振った。
「じゃ、おやすみー、ナオさん」
「おやすみなさい、梓さん!」
◆
直哉が客間の襖を閉めて自室へと戻っていく足音を聞きながら、梓は少しの間だけ廊下に立ち止まり、手に持った空の湯呑みを見つめた。
一人で静かに過ごしていた昨日までよりも、間違いなく今日の方がたくさん笑ったし、ご飯も美味しかった。
悪くない居候が来たものだと、梓の口元に自然と柔らかな笑みが浮かんだ。
「……ま、ほんっと変な男だけどねー」
誰に聞かせるでもなくいつもの調子で小さく呟くと、最強の巫女さんは軽い足取りで台所へと向かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
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『元おっさんの吸血姫は引きこもりたい。』
ゲーム三昧で引きこもりたい元おっさんが、銀髪の美少女吸血鬼に。ところがTier1の怪異使いが、怪異退治へ連れ出そうとしてくる! TS・現代異能・怪異バトルが好きな方はぜひ。
『元おっさんの吸血姫』を読む