俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~ 作:パラレル・ゲーマー
外部の組織から御影千里への協力要請が相次いでいるという話を霧島から聞かされてより、数日後の午前。
青森の御巫神社で生身の直哉が梓との穏やかな日常を過ごし、都内のマンションでは鳴海伊織の身体が待機している中、もう一つの身体である御影千里は、東京都内の指定された待ち合わせ場所へと向かっていた。
黒塗りの公用車の前で待っていたのは、いつものように眼鏡をかけ、落ち着いたスーツに身を包んだ八咫烏の霧島だった。
「おはようございます、御影さん。本日はよろしくお願いいたします」
「おはようございます、霧島さん。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ミリタリーテイストの入った観測官の制服姿の千里が丁寧に一礼すると、霧島は後部座席のドアを開けて乗車するよう促した。
二人が並んでシートに腰を下ろすと、車は静かに都心の官庁街へと向かって滑り出した。
本日の訪問先は、日本の警察組織の中枢である『警察庁』だ。
先日、霧島から海上保安庁や消防、研究機関などからのオファーのリストを見せてもらった際、それとは別枠で警察庁からも「全国の都道府県警察で難航している行方不明事案の捜索支援について、ぜひ一度直接お話を伺いたい」という正式な打診が届いていたのである。
流れるビル群を車窓から眺めながら、千里は隣に座る霧島へと静かに尋ねた。
「本日は、警察庁の方々への捜査協力のご相談ということでしたね」
「はい。全国の警察組織を束ねる調整機関として、御影さんの《天眼》および《広域索引》による支援がどの程度実務に組み込めるか、担当者の方が直接お話を伺いたいとのことです」
「……これまで現場で警察の特殊部隊の方々とご一緒する機会はございましたが、警察組織そのものでも、普段から能力者による捜査は広く行われているのでしょうか?」
千里が素朴な疑問を口にすると、霧島は少しだけ意外そうな顔をして目を瞬かせた。
「ええ、もちろんです。むしろ、警察における能力者の活用は、かなり昔から日常的に実施されていますよ」
「そうなのですね」
千里の無表情な顔の裏で、直哉は(……あれ? 警察って、俺が思ってたよりずっと超能力を普通に捜査へ使ってる感じなのか?)と内心で首を傾げた。
これまでは強盗の制圧や呪物泥棒のアジト突入など、武力衝突を伴う現場で警察の能力犯罪対策班と関わることが多かったため、純粋な『捜査実務』において超常の力がどう使われているのかまでは深く考えたことがなかったのだ。
霧島は、タブレットの画面を確認しながら淡々と説明を続けた。
「警察庁も各都道府県警察も、事件解決や人命救助のために利用できる能力であれば、昔から極めて積極的に捜査へ取り入れております。通常の科学捜査や聞き込みだけではどうしても得られない情報というものが、現実には存在しますので」
「なるほど」
「もちろん、一般のニュースや表向きの広報で『超能力を使って捜査しました』などと大々的に発表されることはありませんが、内部の捜査実務としては、現代的な能力者登録制度が整う以前から続いているごく当たり前の手法ですね」
◆
千里は、霧島の言葉にさらなる興味を惹かれて尋ねた。
「たとえば、具体的にどのような捜査で能力者の方々が活躍されているのでしょうか?」
霧島は少しだけ考えてから、最も代表的な例を挙げた。
「そうですね。一般の方にも最も分かりやすいものですと、行方不明者の『生死判定』でしょうか」
「……生死判定、ですか?」
「はい。行方不明届が出された対象者が、現在もこの世で生存されているのか、それともすでに亡くなられているのかを判別する業務です」
千里は一瞬だけ思考を巡らせ、静かに聞き返した。
「……それは、いわゆる霊能者の方に依頼されるのですか?」
「ええ。対象の写真や遺留品などを通じて生死を正確に判定できる霊能者の方々へ、警察は随分と昔から正式な業務として鑑定を依頼しています」
その説明を聞いた瞬間、千里のクールな仮面の裏で、直哉の脳内に衝撃が走った。
(…………)
(……あっ!! そりゃそうだ!!)
(この世界には本物の霊能者や能力者が普通にいるんだから、行方不明の人が今生きてるか死んでるか分かる能力があるなら、警察がそれを使わない理由なんて一個もないじゃん!!)
フィクションの映画や漫画であれば、警察が超能力者や霊能者の言うことを「非科学的だ」と馬鹿にして信じないのがお約束の展開だったりする。
しかし、現実に怪異や能力者が何百万人も存在し、国が八咫烏のような機関を作って管理しているこの世界において、警察がそんな便利な能力を無視するはずがなかったのだ。
霧島は、極めて実務的な観点からその利点を語った。
「当然のことながら、対象者が現在もどこかで生存している可能性が高い場合の捜索と、すでに亡くなられていてご遺体を発見するための捜索とでは、警察が取るべき初動の体制も、人員の配置もまったく異なってまいります」
「確かに、その通りですね」
「たとえば山岳遭難や誘拐事案において、霊能者の方から『まだ生きている』という判定が得られれば、救命を最優先とした緊急の捜索体制を継続する強い根拠になります。ですので、生死に関する確度の高い情報が得られるだけでも、捜査方針の決定において非常に大きな意味を持つのです」
直哉は内心で深く感心しながら相槌を打った。
ただ、霧島はそこで言葉を区切り、千里の方へと視線を向けた。
「もっとも、その霊能者の方々の力で対象の『生死』までは判定できても、では具体的に『今どこの山のどの斜面にいるのか』という正確な現在位置までをピンポイントで割り出せるかというと、そこまでは不可能なケースがほとんどです。生死と位置の双方を広範囲で特定できる能力者となると、極めて希少なのが実情です」
「なるほど。……そこが今回、警察庁の方々が私の能力を必要とされる理由なのですね」
「はい。従来の霊能捜査によって『生存している』と判明していながら、広大な捜索範囲のどこにいるか分からず難航している事案において、御影さんの《天眼》と《広域索引》であれば、その最後の決定的なピースを補完していただける可能性がございます」
(……おお! なるほどなあ!)
直哉は、千里の能力の立ち位置を改めて理解した。既存の霊能者たちの仕事を奪う上位互換なのではなく、霊能者が「生きている」と判定したバトンを受け取り、千里が「ここにいる」と場所を見つけ、現場の警察や救助隊が実際に助けに行くという、プロ同士の見事なリレーが成立するのだ。
◆
そこで、直哉の頭の中に、生死判定の話から連想されたもう一つの素朴な疑問が浮かび上がった。
千里の口調を通して、隣の霧島へと尋ねる。
「ところで、霧島さん。生死を判定できる霊能者の方がいらっしゃるということは……この世界には、いわゆる『幽霊』も実際に存在しているのでしょうか?」
これまで異界の怪物や、怨念の集合体である怪異、さらには吸血鬼や神格といった存在とは何度も遭遇してきたが、よくよく考えれば、亡くなった人間個人の『幽霊』というものがどう扱われているのかは聞いたことがなかった。
霧島は、少しも驚くことなく平然と頷いた。
「はい、存在します。ただし、八咫烏や警察を含めた行政・公務上の正式な呼称は、幽霊ではなく《存在痕跡(そんざいこんせき)》となっておりますが」
「……存在痕跡、ですか?」
「ええ。世間一般で『幽霊』と呼ばれている現象の、公的な管理名称ですね」
霧島は、幽霊など非科学的で存在しないと否定するのではなく、実在する超常現象として最初から制度に組み込まれていることを説明し始めた。
「亡くなられた方の生前の外見や記憶、あるいは人格的な特徴をそのまま引き継いだ霊的な存在が、死後に現場や縁のある場所で確認されることは実際にございます。中には、霊能者や一部の能力者を介して、生前と変わらない様子で明確な意思疎通が可能な個体も存在します」
「……では、それは亡くなられた方ご本人が、死後も魂としてそのまま活動されているということなのでしょうか?」
千里が尋ねると、霧島は眼鏡のブリッジに指を添え、少しだけ複雑な表情を見せた。
「そこが、超常社会においても古くから現在に至るまで、ずっと議論が続いている部分でして」
「議論、ですか?」
「はい。伝統的な霊能者や宗教関係者の方々の多くは、それこそが故人の魂そのものであり、生前の人格が死後も継続して存在しているのだと主張されています」
「なるほど」
「しかし、現在の日本の法制度および行政上の取り扱いにおきましては、その《存在痕跡》を『生前の故人と同一の人格・権利主体』としては認めておりません」
千里は、少し意外そうに目を瞬かせた。
「……生前の記憶や人格を引き継いで話せるにもかかわらず、法律上は別人扱いなのですか?」
「はい。法的にはあくまで『故人の生前の情報を精巧に模倣して発生した、別個の新たな人格を有する存在』として明確に区別して取り扱います」
直哉が(え、なんでわざわざそんな回りくどい別人格扱いにするんだ?)と疑問に思ったところで、霧島がその極めて現実的な理由を口にした。
「なぜそのような区別が必要かと言いますと……たとえば分かりやすいところで、『遺産相続』の問題がございます」
「……相続、ですか?」
「はい。ある資産家の方が亡くなられ、法的な死亡届が受理されて、ご遺族の間で遺産相続の手続きがすべて完了したとします。ところがその数ヶ月後に、亡くなられたご本人とまったく同じ記憶と人格を持った《存在痕跡》が現れて、『私はまだここにいるのだから、私の財産を返せ』『あの遺言は取り消す』と主張し始めたら、どうなるでしょうか」
千里の無表情の裏で、直哉はハッと息を呑んだ。
(…………あっ!!)
(た、確かに!! 幽霊が出てきて『俺はまだ意識があるから死んでない!』って言うたびに死亡認定を取り消して相続をやり直してたら、日本中の法律も経済もめちゃくちゃになって大混乱するじゃん!!)
霧島は、淡々と言葉を継いだ。
「相続だけではございません。婚姻関係の継続や解消、戸籍の扱い、会社の代表権、果ては生前に結んでいた各種の契約や債務の支払い義務に至るまで、肉体の死後も『法的な本人』として権利が続くことにしてしまえば、生きている人間社会の制度そのものが根底から破綻してしまいます」
「……なるほど。確かに、おっしゃる通りです」
「ですので、霊魂の連続性という宗教的・哲学的な真実がどうであるかという議論とは切り離し、近代以降の法制度においては『肉体の死亡をもってその個人の法的人格は終了し、死後に確認される存在痕跡は故人とは別の存在である』と定義することで、社会の秩序を維持しているのです」
(……いやー、考えたこともなかったわ!)
直哉は、車窓を流れる霞が関のビル群を眺めながら、内心で深く唸った。
(幽霊なんて聞くと、普通は『うわあ怖い!』とか『除霊して成仏させよう!』みたいなオカルトの話になると思うじゃん。でも、現実に幽霊が確認できる社会だと、お役所は『幽霊に遺産相続権や契約変更権はあるのか』っていう法律の線引きを真面目に作らなきゃいけないんだな……!)
生死判定で「死亡」と判定されることと、その後に《存在痕跡》が確認されることも、この制度の上では何ら矛盾しない。肉体を持った人間としての生は終わっており、残された痕跡はまた別の現象として扱われるからだ。
超常現象が日常の裏側に溶け込んだ現代日本ならではの、あまりにもリアルで世知辛い行政の知恵に、直哉はただただ感心するばかりだった。
◆
やがて公用車は警察庁の入る庁舎へと到着し、霧島と千里は事前のアポイントメントに従って入館手続きを済ませた。
(……おお、ここがあの警察庁か!)
直哉は、千里の視界で周囲の廊下や案内表示を興味深そうに見回した。
(なんかこういう展開だと、地下の隠しエレベーターから魔法陣が描かれた『特務超能力犯罪対策本部』みたいな秘密基地に連れていかれそうなもんだけど……)
案内されたのは、拍子抜けするほどごく普通の、蛍光灯に照らされた無機質な会議室だった。
長机とパイプ椅子が並び、壁際にはホワイトボードと資料表示用の大型モニター、そして分厚いファイルが閉じられた棚があるだけだ。お札が貼ってあるわけでもなければ、怪しげな水晶玉が置かれているわけでもない。
(……うん。びっくりするくらい普通のお役所だ!)
直哉が内心で納得していると、ノックの音とともに会議室のドアが開き、スーツ姿の二人の職員が入ってきた。
先頭を歩くのは、年の頃なら四十代後半から五十代ほどに見える、白髪交じりの髪をきっちりと整えた落ち着いた物腰の男性管理官だ。彼自身から強い能力者の気配は感じられないが、長年にわたって超常絡みの捜査支援や関係機関との調整に携わってきたベテラン特有の安定感があった。
「お待たせいたしました。八咫烏の霧島さん、そして御影千里さんですね。警察庁で特殊捜査支援の調整を担当しております、佐伯(さえき)と申します。本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」
佐伯が丁寧に頭を下げ、千里と霧島も立ち上がって礼を返した。
「御影千里と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。先日の呪物窃盗団の倉庫摘発における見事な後方観測支援や、各地での実績については、現場の部隊からも度々報告が上がっておりましてね。ぜひ一度、直接お目にかかってお話を伺いたいと思っていたのですよ」
警察組織とはすでにいくつかの現場で連携しているため、話は早かった。
全員が席に着くと、佐伯は手元の資料ファイルを開きながら穏やかな口調で切り出した。
「本日は、まず我々警察が日頃どのような形で能力者や霊能者の方々に捜査協力を仰いでいるかをご説明したうえで、御影さんにぜひお力添えいただきたい業務についてご相談できればと考えております」
「承知いたしました。ぜひお聞かせください」
◆
佐伯は、モニターに全国で行われている特殊捜査支援の概要図を表示しながら説明を始めた。
「まず、行方不明者事案などにおいては、民間の協力霊能者の方々に生死判定を依頼する体制が古くから整っております」
「はい。そのお話は、先ほど来る途中の車内で霧島さんからも伺いました」
「おお、そうでしたか。それなら話が早いですね。あれは明治や戦前の頃から脈々と続いている手法でしてね」
佐伯はにこやかに頷くと、まるで鑑識の指紋採取の話でもするかのように、極めて自然な調子で言葉を続けた。
「ほかにも、殺人や不審死の現場などで、意思疎通が可能な被害者の『幽霊』が確認された場合には、霊能者を通じて事件当時の状況や犯人について事情を伺うこともございます」
「……幽霊、ですか?」
千里がわずかに小首を傾げると、佐伯は「ええ、幽霊です」とあっさり頷いた。
「あの……先ほど霧島さんからは、行政上の正式名称は《存在痕跡》と呼ぶのだと伺ったのですが」
千里がそう確認すると、佐伯は「あはは」と苦笑交じりに目尻を下げた。
「ああ、もちろん法規や公文書における正式名称は《存在痕跡》ですよ。ただですね、御影さん。事件現場で走り回っている刑事や霊能者の人間が、毎回毎回『これより存在痕跡の出現を確認します』『存在痕跡から事情聴取を行ってください』などと言っていては、舌を噛みそうで何かと面倒でしょう?」
(……おお!? 警察の偉い人、めちゃくちゃ普通に『幽霊』って呼んでるじゃん!!)
隣に座る霧島が、少しだけ補足するように口を挟んだ。
「正式な捜査報告書や、検察へ送致する書類、法的な権利関係の判断においては、故人と《存在痕跡》を厳密に区別して記載いたします」
「ええ、その通りです」
佐伯も大きく頷いた。
「ただ、実際に事件現場で亡くなられた被害者ご本人の姿をした存在が現れて、生前とまったく同じ声で泣きながら話し、家族しか知らない思い出や殺害された瞬間の出来事まで鮮明に覚えていれば、現場の人間は普通に『幽霊』と呼びますよ」
「……なるほど」
「それに、残されたご遺族の感情という問題もございます。法律の理屈では『あれは故人とは別人格の存在痕跡です』と切り分けられていても、目の前に亡くなったはずのご家族と同じ記憶を持った存在がいれば、ご遺族にとっては大切な肉親そのものですからね。現場の警察官としては、法的な分類とは別に、そういった人間の心情にも配慮して対応する必要があるのです」
ただ規則を振りかざすだけの冷血な官僚ではなく、法律の建前と現場の生々しい現実の両方を熟知して使い分けているベテランの言葉に、直哉は(なるほどなあ……)と深く感銘を受けた。
そこで千里は、純粋な疑問としてさらに尋ねた。
「では、実際に殺人事件などの被害者の方の幽霊から、犯人に関する直接の証言を得ることもできるのですね?」
「ええ。パニックに陥っておらず、明確な会話が成立する状態の幽霊であれば、もちろん可能です」
「たとえば、『誰々に殺された』と犯人の名前や顔を直接聞き出すことも?」
「はい。実際にそのような幽霊からの聞き取りが重大事件の捜査の端緒となり、解決に結びついた事例は過去にいくつもございます」
(……ええっ!? 被害者の幽霊に直接『犯人は誰ですか』って聞けるなら、ミステリー小説とか一ページ目で全部終わっちゃうくらい超便利じゃん!!)
直哉が内心で驚愕していると、佐伯はすぐに人差し指を立てて、現実の捜査における厳格な釘を刺した。
「ただし、誤解していただいては困るのですが……幽霊が『あいつが犯人だ』と証言したからといって、それだけでその人物が犯人だと確定するわけでは決してありませんし、逮捕状が取れるわけでもございません」
「……と、おっしゃいますと?」
「何しろ、先ほど霧島さんから説明があった通り、法律上は『故人本人の供述』とは同一視できない存在ですからね。そもそも発生した幽霊の記憶が、客観的な事実と百パーセント正確に一致しているという保証もどこにもないのです」
佐伯は、いくつもの実例を踏まえるように淡々と語った。
「たとえば、暗闇の中で背後から襲われた被害者が、『普段から自分を恨んでいたあいつの仕業に違いない』と生前の思い込みで別の人物の名前を口にするケースもございます。あるいは、犯人が変装や認識阻害の能力を使っていて、被害者自身が全く別人だと誤認したまま亡くなっている場合もある。そもそも、事件後に現れる幽霊の大多数は断片的な感情や恨み言を繰り返すばかりで、理路整然と会話ができるケース自体がごく一部に限られます」
「なるほど……」
「ですから、幽霊から得られた言葉はあくまで『有力な捜査の手掛かりの一つ』として扱います。その情報をもとに警察が通常の捜査を進め、防犯カメラの映像、通信履歴、遺留品のDNAや指紋、アリバイの崩れといった客観的な物証の裏付けが完璧に取れて初めて、犯人を立証して検挙できるわけです」
(……あー、そっか! いくら幽霊が名指ししたからって、証拠もなしに『幽霊がこう言ってたんで逮捕します!』なんて通るわけないもんな。ちゃんとそこから地道に物証を集めて裏付けを取るのか)
佐伯は最後に、少しだけ茶目っ気のある笑みを浮かべて言った。
「まあ、そうして幽霊の言葉をヒントに物証を固めた場合でも、最後に提出する正式な捜査報告書を書くときには、我々もちゃんと『現場付近で確認された存在痕跡からの情報提供に基づき』と堅苦しく記載しますけどね。書類上は書類上、現場は現場というやつです」
(……うわあ、この世界の警察、超常現象の扱いが俺の想像以上にリアルで現実的すぎるだろ!!)
ファンタジー極まりない『死者との会話』という現象が、日本の警察組織の手にかかると、ここまで徹底的に現実の刑事手続きの中へと組み込まれて運用されているのだと知り、直哉は目から鱗が落ちる思いだった。
◆
さらに佐伯は、幽霊や生死判定以外にも、警察が日頃から活用しているさまざまな能力者捜査の実例をいくつか紹介してくれた。
「ほかにも、事件現場に残された凶器や遺留品に触れることで、それを使用していた人物の断片的な視覚情報や特徴を読み取る、いわゆる『サイコメトリー系』の能力者の方にもよく協力をお願いしております」
「物に残った接触者の痕跡を、ですか?」
「はい。もっとも、これも能力者によって『強い怒りの感情しか分からない』という方から『犯人の背格好や逃走方向までおぼろげに見える』という方まで精度は千差万別です。通常の鑑識課が指紋や微物を採取するのと並行して、そうした残留情報の読み取りを行い、双方の結果を突き合わせて捜査網を絞っていくわけです」
(……おお! 超能力のサイコメトリーと、現代科学の鑑識捜査が、現場で普通にタッグを組んでるのか!)
「また、通常の警察犬では追跡が不可能なほど時間が経過した現場や、雨で流されてしまった後でも、特定の人物の特殊な臭気や体質の痕跡を識別して追跡できる『超嗅覚・痕跡感知系』の能力者もおりますし、能力者犯罪の現場に残された特殊な因果の乱れから、使用された能力の系統を推定する専門の分析官もおります」
もちろん、日常の一般的な窃盗や傷害事件であれば、従来の警察犬や防犯カメラ網、科学捜査だけで十分に解決できる。
しかし、通常の手段ではどうしても壁に突き当たる難事件や、一刻を争う救命事案においては、こうした多種多様な能力者たちの力が惜しみなく投入されているのだという。
(……いや、本当に凄いな。でも考えてみたら、国内に何百万人も能力者がいて、八咫烏みたいな組織が何十年も前から動いてる世界なんだから、警察だけが超能力を使わずに昔ながらの捜査だけで済ませてるはずがないよな!)
直哉が世界の奥行きに改めて感心していると、佐伯は手元のタブレットの画面を切り替え、少しだけ表情を引き締めた。
「さて、そうした我々の捜査支援体制をご理解いただいたうえで……ここからは、ぜひ本日、御影さんにお力をお貸しいただきたい具体的な事案についてご相談させてください」
「はい。どのような事案でしょうか」
モニターに映し出されたのは、一人の三十代男性の顔写真と、山岳地帯の広域マップだった。
「現在、関東近郊の県境に連なる山岳地帯において、単独で登山に入った三十代の男性が行方不明になっておりまして、今日で四日が経過しております」
佐伯の説明によれば、捜索区域が複数の県の管轄をまたぐ広大な山域に及んでいるため、地元の各県警の山岳警備隊や消防、防災ヘリなどが合同で連日捜索を続けているものの、深い樹林帯と険しい谷に阻まれ、いまだ発見に至っていないという。
「そしてこの男性については、二日前に警察と提携している高位の霊能者による生死判定を実施し、『現在も生存している』との明確な判定が出ております」
「生存は確認されているのですね」
「はい。ただし、霊能者の力では『まだ生きている』という事実までは分かっても、あの広大な山々のどの斜面に倒れているのかという現在位置までは特定できません。四日目を迎え、体力や低体温症のリスクを考えても、今日明日が救命の限界に近い状況です」
佐伯は、テーブルの上に男性の鮮明な顔写真、身長や体格、当日身につけていた登山ウェアの色やザックの特徴、そして登山届に記載された予定ルートが詳細にまとめられた資料一式を差し出した。
警察側もただ漠然と「探してくれ」と丸投げするのではなく、千里の能力が最も高い精度を発揮できるよう、必要な識別情報を最初から完璧に整理して用意してくれていた。
「御影さんの《広域索引》および《天眼》の力で、この男性の現在位置を確認していただくことは可能でしょうか?」
千里は差し出された資料を手に取り、男性の顔立ちと特徴をしっかりと目に焼き付けながら静かに頷いた。
「まずは照合を試みます。このまま、この場で観測を開始してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。よろしくお願いいたします」
千里は資料をテーブルに置くと、背筋を伸ばしたまま静かに目を閉じ、能力を発動させた。
『《広域索引》』
直哉の意識の中で、警察から提供された『三十代男性の顔・体格・鮮やかなオレンジ色の登山ジャケット・青いザック』という具体的で強固な検索キーが設定され、関東近郊の県境山域へと向けて一気に走査の網が広がっていく。
無数の木々、岩場、登山道を歩く別の登山客や捜索隊員たちの姿が高速でフィルタリングされ――わずか数秒後、検索条件にピタリと合致する一つの反応がハイライトされた。
千里はそのまま《天眼》の視点を、その反応がある一点へと接続した。
視界に映し出されたのは、正規の登山道から大きく外れた、鬱蒼とした針葉樹に覆われた急斜面の下だった。
古い林道の崩落箇所からさらに滑り落ちた先にある、上空のヘリコプターからは木の枝葉に隠れて絶対に見えないであろう小さな岩場の窪地。
そこに、右足を不自然な角度で挫いて動けなくなっているオレンジ色のジャケットの男性が、青いザックを背にしたまま岩陰にうずくまっている姿がはっきりと見えた。衰弱して目を閉じているが、胸元はわずかに上下しており、白い息が微かに漏れている。
(……おお、いた! しかも霊能者の人の判定通り、本当にまだちゃんと生きてるじゃん!!)
直哉は内心でガッツポーズを決めつつ、千里の目を開けて冷静に報告を上げた。
「……対象と思われる男性を、確認いたしました」
佐伯と隣に控えていた警察庁の係官が、同時にハッと息を呑んで身を乗り出した。
「……もう、確認されたのですか!? 開始してからまだ一分も経っておりませんが……!」
「はい。資料の顔立ち、オレンジ色のウェア、青いザック、すべて一致しております。現在、山中の急斜面の下にある岩場の窪地にうずくまっておられます。自力での移動は困難なご様子ですが、呼吸および微かな身動きを確認いたしました」
「生きていたか……! 御影さん、具体的な場所の特徴を教えていただけますか!」
千里の《天眼》には、対象の上空に自動でGPSの緯度経度の数字が表示されるようなゲーム機能はない。
そのため千里は、視点をその男性のいる窪地から少しだけ上空へと引き上げ、周囲にある地形の特徴を順番に言葉で伝えていった。
「男性がいるのは、尾根の北側斜面です。すぐ上方に、ガードレールが錆びて崩落している古い未舗装の林道が通っています。そこから北東へ約三百メートルほど離れた位置に、赤い屋根の小さな山小屋らしき建物と、送電線の鉄塔が一基見えます。地図と照合できますでしょうか?」
「崩落した旧林道と、赤い屋根の山小屋に送電鉄塔……! すぐに出します!」
係官が大型モニターの電子地図を高速で操作し、県警から共有されている山岳図面や航空写真と照らし合わせる。
わずか数十秒で、該当する条件がすべて重なるポイントが地図上で特定された。
「ありました! 登山道から西へ外れた旧林道下の沢筋です! 現在の捜索隊の主力が入っている区域から、尾根を一つ隔てた反対側になります!」
「なるほど、木々が深くてヘリからの目視も通らない死角ですね……! ただちに現地対策本部へ連絡し、山岳救助隊をそのポイントへ向かわせます!」
佐伯が即座に別室の連絡班へと指示を飛ばす。
千里の言葉だけを鵜呑みにして闇雲に大人数を動かすのではなく、千里が伝えた地形情報から地図上の正確な座標を割り出し、現地の山岳警備隊が安全にアプローチできるルートを瞬時に策定して伝達する。その流れるようなプロの手際は、見ていて惚れ惚れするほど鮮やかだった。
「御影さん、現地部隊が到着するまでの間、対象の状態に急変がないか、無理のない範囲で観測を継続していただけますか?」
「承知いたしました。このまま見守ります」
それから約四十分後。
千里の《天眼》の視界の中で、旧林道の上からロープを使って斜面を慎重に降下してきた県警の山岳救助隊員たちが、窪地に倒れていた男性のもとへと無事に到達した。
隊員が声をかけると、男性がうっすらと目を開けて頷くのが見え、すぐさま保温シートでの保護と応急処置が開始された。
ほぼ同時に、会議室の佐伯のもとへも現地本部からの無線連絡が飛び込んできた。
『現地救助隊より報告! 指定されたポイントにて、行方不明者の男性を発見、保護しました! 意識あり、命に別状はありません! これより引き上げおよびヘリによる医療機関への搬送を開始します!』
会議室の中に、安堵の空気が一気に広がった。
佐伯は通信機を置くと、千里に向かって深々と頭を下げた。
「御影さん、本当にありがとうございました。四日間どれだけ人員を投入しても見つからなかった方が、まさか会議室に座ったまま、わずか数分で特定されるとは……噂以上の凄まじい御力です」
「お役に立てたのでしたら、何よりでございます。事前に霊能者の方による生死判定と、警察の皆様による詳細な資料の整理があったからこそ、迅速に照合できました」
千里が丁寧に答える裏で、直哉は(……っしゃあ! 見事一発クリア! いやー、戦闘で敵をぶっ飛ばすのとは全然違うけど、こうやって消えかけてた命を救う仕事も、めちゃくちゃ気分がいいな!)と、大きな達成感に浸っていた。
◆
緊迫した救出劇が無事に成功で幕を閉じ、会議室に温かいお茶が出されたところで、佐伯は少しだけ穏やかな表情になって千里に語りかけた。
「今回の件は、遭難という緊急性が極めて高い救命事案でしたので、御影さんに発見していただいた位置情報をそのまま現場の救助隊へ伝えて突入させるだけで済みました。本当に助かりました」
「ええ、ご無事でよかったです」
「ただですね、今後もし御影さんに他の行方不明事案でご協力いただく場合……我々警察の仕事には、『見つけたらそれで終わりではない』という少しばかり複雑な側面もございましてね」
「……と、おっしゃいますと?」
佐伯は、湯呑みを手に持ちながら静かに説明した。
「一口に警察へ届け出が出される行方不明者と言っても、今回のような山岳遭難や、誘拐などの犯罪に巻き込まれたケースばかりではないのです。中には、成人されたご本人が、ご自身の明確な意思によって家族や職場との連絡を絶ち、別の土地へ移り住んでいるケースも少なからずございます」
「……いわゆる、自発的な失踪ということですね」
「はい。たとえば家庭内の深刻なトラブルや暴力から逃れるために、自分の居場所を隠して新しく平穏に暮らしている方などですね。そういう方について、家族から捜索願が出ているからといって、御影さんの能力で現在の居場所が分かった瞬間に、警察が何も考えず『あそこにいましたよ』と捜索願を出した家族へ住所を教えてしまったら、どうなるでしょうか」
千里の無表情の裏で、直哉は(……あっ)と思わず息を呑んだ。
「最悪の場合、せっかく逃げ延びた被害者を再び加害者のもとへ引き渡す結果になりかねません。ですから警察では、行方不明者を発見した際、その方が犯罪や事故に巻き込まれているのではなく、ご本人の自由意思で安全に暮らしていることが確認できた場合には、ご本人の同意がない限り、たとえご家族であっても居場所は伝えず『本人は無事に生きています』という事実だけを通知して事案を終了させる取り扱いになっております」
「……なるほど。発見した後の情報の扱いにも、さまざまな事情への配慮が必要なのですね」
「ええ。能力によって一瞬で居場所を見つけられることと、見つけたその情報をどう扱うべきかという判断は、まったく別の問題なのです。ですから、御影さんには『現在どこでどのような状態にあるか』という事実の観測だけをお願いし、その後の本人確認や家族への対応といった泥臭い実務判断については、すべて我々警察側で責任を持って引き受けさせていただきます」
(……あー、なるほどなあ)
直哉は、目の前のベテラン管理官の言葉に深く頷いた。
(俺は千里の能力でパッと見つけて『はい見つけました、仕事終わり!』って簡単に言えるけど、警察の人たちは見つけた後のその人の人生とか、家族の複雑な事情とか、プライバシーの法律まで全部考えて後処理をしなきゃいけないのか)
千里の《天眼》は、文字通り世界のどこでも覗き見ることができる規格外の力だ。
しかし、その強すぎる力を現実の人間社会の中で誰も不幸にせず運用するためには、こうした警察庁のような組織が長年積み重ねてきたルールと現場の知恵が不可欠なのだと、直哉は改めてプロフェッショナルの仕事ぶりに敬意を抱いたのだった。
◆
予定されていた初回の面談と試験的な捜索協力は、こうしてこれ以上ないほどの成果を上げて終了した。
佐伯は立ち上がると、改めて千里と霧島に向かって丁重に頭を下げた。
「本日の結果を見ても、御影さんの観測能力が我々の捜索支援において計り知れない価値を持っていることは疑いようがありません。もちろん、御影さんのご負担や他のお仕事との兼ね合いが最優先ですが、もし差し支えなければ、今後も特に緊急性の高い難航事案などにおいて、定期的にお力をお借りできないでしょうか」
千里は、隣の霧島と軽く視線を交わしてから、穏やかな声で頷いた。
「はい。私どものスケジュールと業務の条件が合う範囲であれば、ぜひ前向きに協力させていただければと存じます」
「ありがとうございます! 具体的な契約形態や報酬の条件、案件ごとの連絡窓口につきましては、私どもと八咫烏の霧島さんの間でしっかりと詰めさせていただきます」
もちろん、四六時中警察庁に張り付いて待機するような専属契約を結ぶつもりはない。先日決めた通り、自分の生活やゲーム時間を圧迫しない範囲で、今日のように人命救助に直結する重要な案件を選んで受けていけばいい。
警察庁の庁舎を出て、迎えの公用車へと乗り込むと、霧島が「初日から見事な成果でしたね、お疲れ様でした」と労いの言葉をかけてきた。
「いえ、本日は私にとっても大変勉強になりました」
「そうでしたか」
「はい。警察の皆様が、能力者や霊能者の力を、感情論ではなく非常に合理的かつ体系的に捜査へ組み込んで活用されていることに驚きました」
霧島は、眼鏡の奥の目を細めて小さく頷いた。
「ええ。表の歴史には出ませんが、彼らもまた、超常現象が存在するこの社会で何十年も現場の治安を守り続けてきた専門家たちですからね」
帰路につく車の中で、直哉は千里の身体をシートに預けながら、今日見聞きした警察の超常捜査の仕組みを思い返していた。
(……いやー、それにしても今日は本当に面白かったなあ)
(霊能者による生死判定に、サイコメトリーや超嗅覚の捜査協力。しかも、それを過信するんじゃなくて、ちゃんと普通の刑事さんたちの地道な裏付け捜査とセットで運用してるっていうのが、めちゃくちゃ現実的だったな)
そして何より、直哉の記憶に一番強く残ったのは、やはりあの奇妙な法律用語だった。
(……それにしても、幽霊が実在するのに、遺産相続とかのトラブルを防ぐために法律上は本人じゃなくて《存在痕跡》って別人格扱いになってるのに、警察の現場じゃ面倒くさいから普通に『幽霊』って呼んでるっていうの……なんというか、ファンタジーなのに究極にお役所仕事っぽくて最高に面白いな!!)
青森の神社で学ぶ古くからの封印術の奥深さとはまた一味違う、都会の国家機関ならではの超常実務の奥深さに触れ、直哉の東京での仕事もまた、着実に楽しく充実した広がりを見せているのだった。
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