俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~   作:パラレル・ゲーマー

75 / 75
【朗読動画のお知らせ】
YouTubeでも『俺の異能が中華ゲーだった』の朗読動画を公開中です!
作業中や寝る前のお供に、よかったら聞いてみてください。

YouTubeで第1〜3話まとめの朗読動画を聴く


第75話 新ピックアップが来たので、正座してガチャを回します

警察庁を訪れて佐伯管理官と面会し、山岳遭難者の捜索協力を行ってから、およそ一週間が経過した。

 

季節はさらに一歩秋を深め、青森の山あいにある御巫神社の朝晩は、吐く息が白く染まりそうなほど肌寒くなっている。

 

この日の朝も、直哉は朝食を終えたあと、生身の三十四歳の身体で竹箒を手に持ち、梓と一緒に境内の掃き掃除を済ませたところだった。

 

居候を始めたばかりの頃は「どこを掃けばいいですか?」「この落ち葉はどこへ集めれば?」と一つ一つ梓に尋ねていたものだが、今では言われなくとも自然に自分の担当場所を見つけ、手際よく作業を進められるようになっている。

 

掃除を終えて社務所の縁側へ戻ると、竹箒を片付けた梓が、白衣の袖を軽く払いながら楽しそうに笑った。

 

「いやー、ナオさんもすっかりここの生活に馴染んだわねー」

 

「そうですか?」

 

「そそ。最初に来た日なんて、自分のゲーム用のパソコンがいつ届くかばっかり気にしてたのに、今じゃ毎朝の掃除も当たり前みたいに手伝ってくれるし、どこに何があるかもあーしと同じくらい把握してるじゃない」

 

「いやいや、俺だって居候の身ですからね! 毎日美味しいご飯を作ってもらってるんだから、朝の掃除くらい当然ですよ!」

 

「ふふ、ありがと。今まで一人でやってた手間が半分になって、実際めちゃくちゃ助かってるわよ」

 

梓が素直に礼を言うと、直哉も縁側に腰を下ろしながら朗らかに笑い返した。

 

「それにしても、こっちの神社での生活って本当に快適ですね。梓さんのご飯は毎日美味しいし、山の空気は綺麗だし、何より周りが静かだから、夜に部屋でゲームするのにもめちゃくちゃ集中できますし!」

 

「……結局、最後の締めはゲームなのね」

 

「もちろん! 俺の人生の最大の楽しみですから!」

 

呆れたように肩を揺らして笑う梓との間には、もはや遠慮や他人行儀な壁はどこにもなかった。

 

一つ屋根の下で家事を分担し、同じ食卓を囲んで軽口を叩き合う。気心の知れた同居人としての心地よい距離感が、そこにはすっかり定着していた。

 

そして、こうして青森で生身の直哉が穏やかな神社暮らしを満喫している裏で、東京都内に残してある二つの身体――御影千里と鳴海伊織もまた、変わらず順調に稼働を続けている。

 

もちろん、《並列集結》で展開している身体は完全自動で勝手に動いてくれるロボットではなく、すべて直哉自身の意識で操作しているものだ。特に千里の身体で広域観測を行う際などはそちらに相応の集中力を割く必要はあるものの、自分の都合に合わせて仕事の時間を自由に調整できるため、二つの拠点を同時に回す生活にもすっかり慣れきっていた。

 

◆

縁側で温かいお茶をすすりながら、直哉はこの一週間のうちに東京側の千里の身体でこなしてきた仕事のことを思い返していた。

 

あの日、警察庁で佐伯管理官から協力を打診されて以来、千里のもとには八咫烏の霧島による条件調整を経由して、全国の都道府県警察で難航している行方不明事案の捜索依頼がいくつも届くようになっていた。

 

専属の常勤契約を結んだわけではなく、あくまで自分のスケジュールに余裕がある時に、緊急性の高い案件を選んで単発で引き受けるスタイルだ。

 

実際の業務の手順は、条件さえ揃っていれば驚くほどシンプルで短時間だった。

 

警察側から、事前に霊能者の生死判定などで絞り込まれた対象者の顔写真や身体的特徴、服装といった詳細な識別データが送られてくる。それを千里が《広域索引》の検索キーとして設定し、《天眼》で現在の居場所をピンポイントで観測して警察庁へ伝える。あとは現地の警察や救助部隊が急行して保護や捜査を引き継ぐという流れだ。

 

もちろん、特殊な認識阻害や空間隔離が働いていて観測できないケースや、事前の識別情報が曖昧すぎて絞り込めない案件もあるため、千里が何でも百パーセント見つけ出せる魔法使いというわけではない。それでも、これまで何日も何百人もの人員を投入して見つからなかった対象をわずか数分で特定してみせる千里の活躍は、警察庁の内部で絶大な評価を得ていた。

 

そして何より、直哉自身にとって一番の嬉しい誤算だったのは――。

 

(……それにしても、警察庁からの行方不明者捜索の依頼、俺が思ってた以上に『ガチャ石』が美味しいんだよな!)

 

という事実だった。

 

実は、先日の警察庁への初訪問で四日間山中をさまよっていた三十代の男性登山者を発見した際、現地の山岳救助隊が彼を無事に保護してヘリへ収容した直後に、直哉の視界には《因果変動記録》の金色の通知がポップアップし、『《因果晶》×1,600』が支給されていたのである。

 

(あの時は『うおっ!? 会議室に座って居場所を見つけただけで、十連分の石がもらえるのか!?』ってめちゃくちゃ驚いたもんな)

 

それから今日までの一週間で、初回を含めて合計九件ほどの捜索事案に協力したのだが、そのうちのさらに二件でも、同じように十連分の因果晶がドロップしていたのだ。

 

たとえば、数日前に協力した『夕方に塾の帰り道で行方不明になった小学生の緊急捜索』。

 

千里の《天眼》で探してみたところ、人気のない古い用水路の暗渠(あんきょ)の奥に足を滑らせて転落し、頭を打って動けなくなっている姿を発見した。水位が少しずつ上がっており、あと数時間発見が遅れていれば命に関わっていたというギリギリの状況で警察に救出させ、見事に1,600個の因果晶を獲得した。

 

もう一件は、地方の漁港から小型船で出たまま連絡が途絶えていた高齢の漁師の捜索だ。エンジントラブルで潮流に流され、通常の捜索海域から大きく外れた岩礁の陰で漂流していたところを特定して救助に繋げ、これまた1,600個を手に入れた。

 

一方で、同じように行方不明者を見つけたにもかかわらず、因果晶がまったく出なかったケースも六件ほどあった。

 

長期間音信不通になっていた成人男性を捜索したところ、別の県で普通に健康に働いて暮らしていることが確認できた事案では、石はゼロだった。また、山菜採りで山に迷い込んで脱水症状を起こしかけていたお年寄りを見つけて救助させた事案では、明らかに命の危険があったにもかかわらず、通常の活動記録の更新だけで因果晶は発生しなかった。

 

(……つまり、この一週間で九件協力して、石が出たのが三件。今のところ、だいたい三回に一回くらいの割合で十連分の石が出てる計算になるのか)

 

直哉は、湯呑みを傾けながら頭の中で報酬の法則を考察してみた。

 

(最初は『死にかけてる人の命を救ったら石が出るのかな?』と思ったけど、山で脱水しかけてたお年寄りを助けた時は出なかったしな……。俺が介入しなかった場合に本来確定していたはずの『最悪の結果』からの変動幅みたいなものが、システムの中で厳密に計算されてて、一定のラインを超えた時だけ1,600個がポンと出る仕組みなのか?)

 

(……うーん、やっぱ細かい判定基準まではさっぱり分からん!)

 

以前、特殊保管施設の警備で因果晶が出なかった時からずっとそうだが、この《因果集結クロニクル》の因果晶の排出アルゴリズムは、プレイヤーである直哉にとっても完全なブラックボックスだ。戦闘を一切していなくても出る時は出るし、逆にどれだけ苦労しても出ない時は出ない。

 

だが、直哉はそこで難しく考え込むのをやめて、ニッと口元を緩めた。

 

(まあ、システムの裏の計算式なんて分からなくてもいいか! とりあえず、千里で座ったまま人助けをして、警察から感謝されてちゃんとした報酬のお金ももらえて、おまけに三回に一回くらい十連分のガチャ石まで増えるなら……控えめに言って最高すぎる仕事じゃん!!)

 

おかげで、この一週間の警察協力だけで合計4,800個――実に三十連分もの因果晶を上積みすることができていた。

 

◆

その日の午後。

 

昼食を終えたあと、社務所の居間で梓が古い木箱に入った神社の管理帳簿の整理をしていたので、直哉もお茶を淹れ直して向かいに座っていた。

 

ここ数日も、御巫家が管理する周辺の封印にはこれといった異常はなく、先日紫苑の姿で同行した山中の祠も含め、すべて平穏無事に維持されているという。

 

黙々と帳簿をめくる梓の落ち着いた横顔を眺めながら、直哉はふと、自分がこの青森へやってきた本来の理由である『八百比丘尼(陽葵)の未来視』のことを思い出していた。

 

(……そういや、ひまりちゃんが言ってた梓さんの未来の赤信号の件、こっちに来てから一週間以上経つけど、相変わらず前触れも何も分かんないままだよな)

 

陽葵が見たという断片的な未来は、『梓がいずれ実効Tier0.5級の強大な神格を封印することになり、その封印を成立させて維持するために、自分自身の命と魂を楔として中に残してしまう』というものだった。

 

しかし、その神格とやらがいつ、どこから現れるのか、そもそもこの青森の神社を直接襲ってくるのか、それとも別の場所で起きる事件に梓が呼ばれるのかすら、今の時点では何一つ分かっていない。

 

直哉がそんなことを考えていると、帳簿から顔を上げた梓が、不思議そうに首を傾げた。

 

「……ナオさん、さっきから黙り込んでどうしたの?」

 

「え?」

 

「いや、なんか珍しいくらい真面目な顔で考え事してたからさ。東京の仕事でなんかトラブルでもあった?」

 

「あ、いえ、別に大したことじゃないですよ。ちょっと考え事をしてただけです」

 

「ふーん? まあ、あんたが深刻な顔してても似合わないからいいけど」

 

梓はケロッとした調子でそう言うと、自分が飲むついでに直哉の急須にもお湯を足してくれた。

 

彼女自身は、相変わらず自分の封印術の腕前に絶対の自信を持っており、陽葵の予言などどこ吹く風といった様子で毎日を明るく元気に過ごしている。

 

直哉は、湯気を立てる湯呑みを見つめながら、この一週間あまりを一緒に過ごしてきて知った梓の人柄を静かに思い返していた。

 

口調こそ「あーし」などと砕けているが、毎朝欠かさず境内を綺麗に掃き清め、先代から受け継いだ土地の封印を一人で真面目に守り続けている。近所のおばあちゃんたちからは孫のように慕われ、居候である直哉に対しても、栄養のバランスを気にして野菜をたっぷり入れた美味しいご飯を毎日作ってくれる、本当に気さくで面倒見のいい女性だ。

 

東京から新幹線に乗ったあの日、直哉の動機の大部分が『運命改変による特大のガチャ石報酬』にあったことは否定できない事実だし、その欲自体は今も消えてはいない。

 

(……まあ、もし今後本当にひまりちゃんの予言通りの神格が出てきて、それを解決できたら、とんでもない量のガチャ石が手に入る可能性は高いんだろうけどさ)

 

直哉は、目の前で「今夜は焼き魚と豚汁にしようかしらね」と献立を考えている梓の姿を見た。

 

(でも、ガチャ石がどうこう以前に、こんなに明るくていい人が、誰かを守るために自分の命を犠牲にして消えちゃうなんて結末は、普通に絶対に嫌だよな)

 

(こんないい人が、一人で犠牲になって死ぬ必要なんてどこにもないだろ。……もし本当に何かが起きたら、その時は絶対に俺が全力で助けよう)

 

最初は打算から始まった居候生活だったが、同じ屋根の下で同じ釜の飯を食べて日々を重ねるうちに、直哉の中には、一人の大切な友人として彼女を必ず守り抜くという、ごく自然で確かな決意が根を下ろしていた。

 

◆

そして、その日の夜。

 

美味しい焼き魚と具だくさんの豚汁の夕食を二人で平らげ、食器の後片付けと入浴を済ませたあと、直哉は自室である十畳の客間へと戻っていた。

 

時刻は午後八時になろうとしている。

 

直哉はゲーミングPCのモニターの前から離れ、部屋の真ん中に敷いた座布団の上に座ると、視界の右上に浮かぶ《因果集結クロニクル》のインターフェースをメイン画面へと大きく展開した。

 

開いたのは、《集結》――ガチャのタブだ。

 

そこには、先日お嬢様の玲蘭とお茶をした際に引き当てた、神級仙薬師《白芷(ジー)》の期間限定ピックアップバナーが表示されている。

 

そして、そのバナーの隅で時を刻み続けていた残り時間のカウントダウンタイマーが、いよいよ『残り十数分』へと迫っていた。

 

(……来たな。ついに来たぞ、この時が!!)

 

直哉の胸が、ゲーマー特有の熱い高揚感でドクドクと高鳴り始めた。

 

白芷のピックアップ期間が満了するということは、すなわち、今夜このあとすぐ、まだ見ぬ新たな限定★5キャラクターのピックアップガチャが幕を開ける可能性が極めて高いということだ。

 

直哉は、画面の右上に燦然と輝く現在の所持リソースの数字を、うっとりするような目で見つめた。

 

『因果晶:43,200』

 

先日、白芷の専用武装である《百草神鼎》を五十連で引き当てた直後の残高は、35,200個(220連分)だった。

 

そこから武装強盗団の人質救出と、高瀬の右腕再生という二つの仕事で、それぞれ1,600個ずつを獲得。さらに、この一週間の警察庁への行方不明者捜索協力でも、三件分の4,800個が上乗せされている。

 

増えた因果晶は、合計8,000個。

 

つまり、きっちり四万三千二百個だ。

 

十連ガチャが1,600個だから、回数に換算すると、実に『270連分』という大台に乗っている。

 

(……ふふふ、270連分!!)

 

直哉の口元が、ひとりでにニヤニヤと緩みきった。

 

(限定★5の天井は最大80連! 前回の白芷ちゃんはすり抜けなしで引けたから、今回の最初の★5は50/50の抽選勝負になるけど……仮に最悪のパターンで80連まで引っ張られてすり抜けて、そこからさらに80連の確定天井まで合計160連フルで叩かされたとしても、まだ手元に110連分も石が残る計算だ!!)

 

かつて五十連の石しかなかった状態で九条紫苑のバナーに挑み、無惨に爆死して石がゼロになった日の悲哀はどこにもない。

 

どんなに運が悪くても、これから登場する新しい限定★5キャラクターを『百パーセント確実に一人お迎えできる』という絶対的な資産の余裕。

 

(……いやー、やっぱり日頃の地道な貯石は正義だな! ガチャの更新日をこれだけ余裕たっぷりの残高で迎えられるなんて、ソシャゲプレイヤーとして人生で一番最高の気分だわ!!)

 

消えゆく白芷のバナーイラストを眺めながら、直哉は内心で小さく手を合わせた。

 

(白芷ちゃんは本当に文句なしの大当たりだったなー。腕を再生させるような医療の仕事もできたし、玲蘭お嬢様や梓さんの髪をサラサラにして喜んでもらえたし、素材を集めて仙丹をクラフトする楽しみまで増えた。さて……その後を継いで、今夜は一体どんな新キャラが来るんだろうな!)

 

◆

バナー終了時刻まで、残り五分を切った。

 

ソワソワと落ち着かなくなった直哉は、ふと思い立って座布団から立ち上がった。

 

(……よし。せっかくだし、今夜のガチャ更新は『初心』に帰って迎えるか!)

 

直哉は編成画面を開くと、現在東京で維持している千里と伊織の二身体はそのままに、青森にいる生身の自分自身の身体枠を使って変身を発動させた。

 

『【CHARACTER CHANGE】』

 

青白い雷光の粒子が室内で弾け、三十四歳の男の姿が瞬時に書き換わる。

 

そこに現れたのは、黒いショートヘアに濃紺の実用的な戦闘ジャケットをまとった、百六十四センチの凛とした若い女性剣士――★★★★、東雲セナ《黎明の遊撃手》だった。

 

能力に目覚めた最初の日の無料十連で引き当て、コンビニ強盗の制圧から異界探索、山間部での作業員救出まで、一番最初から直哉と一緒に走り続けてきた相棒の姿だ。

 

もちろん、セナの姿に変身してガチャを回したからといって、★5の排出確率が上がるような隠し仕様があるわけではない。完全に直哉個人のゲン担ぎだった。

 

(……よし! やっぱり、記念すべき新ガチャの開幕は、初期キャラのセナちゃんで迎えるとなんとなく引きが良くなりそうな気がするよな!)

 

直哉はセナの引き締まった軽い身体で畳の上に敷いた座布団のど真ん中へと移動し、ピシッと背筋を伸ばして『正座』の姿勢をとった。両手を太ももの上に揃え、目の前の虚空に浮かぶ集結画面を食い入るように凝視する。

 

ちょうどその時だった。

 

廊下からパタパタと足音が近づいてきて、襖の向こうから梓の気さくな声が飛んできた。

 

「ナオさん、まだ起きてるー? 明日出すゴミのことでちょっと――」

 

「あ、起きてますよ!」

 

セナの涼やかで透明感のある女性の声で返事をすると、外で一瞬だけ気配が止まり、ガラリと襖が開いた。

 

部屋の中を覗き込んだ梓は、畳の上の座布団で、初めて見る黒髪ショートヘアの美少女剣士が微動だにせずピシッと正座している光景を目撃し、目を丸くして固まった。

 

「……あれ? ちょっと待って、またあーしの知らない別の女の子になってる!?」

 

「あ、梓さん! こんばんは!」

 

「こんばんは……って、あんた、中身はナオさんよね?」

 

「そうですよ! この姿は東雲セナっていいます!」

 

セナが正座したまま明るく手を振ると、梓は「へえー、今度はまた随分とスッキリして可愛い剣士の子ねー」と感心したように眺めたあと、そのあまりにも奇妙な体勢にツッコミを入れた。

 

「で、その可愛い姿で、何で何もない壁の方を向いてそんな綺麗に正座してんのよ?」

 

セナは、キリッとした真剣そのものの表情で胸を張った。

 

「ガチャの更新待ちです!」

 

「……は?」

 

「あと数分で、今のピックアップが終わって新しい限定キャラクターが実装されるんですよ!」

 

「へ、へー……そうなんだ」

 

梓は、畳の上で微動だにせず正座している黒髪美少女の姿を、改めてじーっと眺めた。

 

「……いや、新しいのが来るのは分かったけど、なんでわざわざ正座して待ってるわけ?」

 

「気合いです!」

 

「…………」

 

「大事なガチャに向き合う時の姿勢って、ゲーマーとしてすごく大切だと思いませんか!?」

 

「……いや、あーしにはその理屈、これっぽっちも分かんないんだけど」

 

心底呆れたような顔をする梓だったが、これから直哉の能力の新しい変身先が増える瞬間というのはちょっと興味が湧いたらしく、部屋から出ていかずにそのまま壁際へ寄りかかって見物することにしたようだった。

 

もっとも、《因果集結クロニクル》の画面は直哉本人にしか見えないため、梓の目から見れば、美少女剣士が何もない虚空の一点を睨みつけて無言で正座しているだけという、大変シュールな光景が広がっているのだが。

 

(……よし! 姿勢よし、石の残高よし! 完璧なコンディションだ!!)

 

◆

画面の隅に表示されたカウントダウンが、いよいよ最後の秒読みへと入った。

 

『開催期間終了まで:00:00:10』

 

(……来るぞ!)

 

九、八、七……。

 

直哉はごくりと唾を呑み込み、瞬きすら惜しんで画面を見つめる。

 

三、二、一、ゼロ。

 

『期間限定キャラクター集結:終了』

 

画面から白芷の優美なバナーがスッと消え去り、インターフェース全体が一瞬だけ暗転した。

 

そして一秒後、眩い黄金色のエフェクトとともに、新たな期間限定バナーが華々しく展開された。

 

『【NEW PICKUP】』

 

(……来た!! 新ガチャ来たあああああ!!)

 

直哉の視界いっぱいに飛び込んできたのは、これまでのどのキャラクターとも異なる、圧倒的な覇気と神秘性をまとった一人の美少女のイラストだった。

 

夜闇のように深く艶やかな漆黒の長髪。

 

すべてを見下ろすように煌めく、鮮烈な黄金色の瞳。

 

身にまとっているのは、黒と鮮やかな朱色を基調とし、金糸の壮麗な刺繍が施された豪奢な巫女装束――だが、それは神に仕える慎ましい巫女の服ではなく、自ら玉座に君臨する支配者の礼装のような威厳を放っていた。

 

そして何より目を引くのは、不遜な微笑みを浮かべる彼女の背後の闇に、無数の『霊的な影』がひれ伏すように浮かび上がっていることだった。黒い大鎧をまとった巨大な武人、眼光鋭い異形の鬼、空を覆う無数の幽鳥の群れが、彼女の号令を待つ軍勢のように控えている。

 

画面の中央に、黄金の文字が刻まれた。

 

『【限定キャラクター集結】』

 

『★★★★★ 夜摩紗羅(やま・さら)《万霊の覇巫女》』

 

『属性:陰・霊 / 現地登録Tier:1』

 

(……おおおおお!! なんかめちゃくちゃ格好いい美少女来たじゃん!!)

 

直哉は、バナーの隅にある簡易詳細タブを即座に開いてスキルと設定の概要に目を通した。

 

『固有能力:《百鬼勅令(ひゃっきちょくれい)》』

 

『霊的存在の感知・交信・契約・使役を司る最高位の霊術。自身の配下として契約を結んだ高位の霊的存在を現世へ召喚し、偵察、拘束、防御、攻撃などあらゆる戦局を支配する』

 

『推奨専用武装:《万霊名籍・冥皇帳(めいこうちょう)》』

 

『※専用武装との完全同調時、推定実効戦力:Tier0.5相当』

 

(霊媒師!? しかも、自分で直接殴るだけじゃなくて、強い幽霊や英霊みたいなのを呼び出して戦わせる『ネクロマンサー兼サモナー(召喚士)』タイプか!!)

 

直哉のゲーマーとしての興奮が、一気に最高潮へと跳ね上がった。

 

剣士、狙撃手、時間停止メイド、適応タンク、広域観測官、吸血神、そして仙薬師。これまで多彩なプロフェッショナルを引き当ててきたが、配下の召喚獣(契約霊)を複数呼び出して軍勢として使役する本格サモナー枠は完全に初めてのジャンルだ。

 

しかも、本人の素の階位が『Tier1』であり、別枠の専用武装と完全同調すれば、紫苑と同じ『実効Tier0.5相当』にまで到達するという。

 

さらに、直哉の目がキャラクター紹介のフレーバーテキストの一文でピタリと止まった。

 

『――かつて七つの大王国が存在した異界において、万を超える霊の軍勢を率い、そのうちの六つの王国を武力と霊術によって征服し屈服させた伝説の巫皇(ふこう)』

 

(…………は? 六つの王国を征服!?)

 

『大陸統一を目前にした最後の一国との最終決戦において、世界中から結集した英雄および大霊媒師たちの連合軍に敗北し、その覇業は終焉を迎えた』

 

(……元・世界征服者!? えええ!? これ味方キャラじゃなくて、完全に前作のラスボスの経歴じゃねえか!!)

 

あまりのスケールのデカさと厨二心をくすぐる設定に、直哉の目はもうハートマークになりかけていた。どんな経緯で最後に負けたのかという詳しいプロフィールは、実際に引き当てて図鑑を解放してからのお楽しみだ。

 

(引く!! こんなロマンあふれる召喚系ラスボス美少女、絶対に今ここで引くしかねえだろ!!)

 

◆

直哉は、セナの身体で正座した膝の上の拳をギュッと握りしめ、最初の『10回集結』のボタンへと強く意識を叩き込んだ。

 

(……よし! 手持ちは43,200石、270連分! まずは景気よく最初の十連、いっけえええ!!)

 

『因果晶×1,600を消費します(残高:41,600)』

 

宇宙空間のような暗闇の奥から、十本の光の流星が飛来する。

 

青、青、青……最後の一本が紫色の光を放ち、既存の★4武装へと変わった。最高レアリティを示す黄金の輝きはない。

 

(……まあまあまあ! 最初の十連なんてただの準備運動だからな、こんなもんだ!)

 

壁際で腕を組んで見ている梓が、不思議そうに声をかけてきた。

 

「……なに、もうそのガチャってやつ始まったの?」

 

「はい、始まりました!」

 

「で、お目当てのは引けたの?」

 

「まだ最初の十連ですからね、これからですよ!」

 

「……ふーん、そうなんだ」

 

セナの明るい声で答えつつ、直哉は間髪入れずに二度目の『10回集結』をタップした。

 

二十連目(残高:40,000)。

 

流れてきた光は、青が九つに紫が一つ。確定枠から出たのは、これまでも何度か重複している★4の鳴海伊織で、《因果共鳴》の素材へと変換された。★5はなし。

 

(……うん、順調順調! 二十連でポロッと出たら運が良すぎるくらいだしな!)

 

まだまだ心には大海原のような余裕がある。

 

続いて、三十連目(残高:38,400)。

 

再び青と紫の光だけが弾け、黄金色は影も形も見えない。

 

(……まあ、まだ三十連だからな! 前回の白芷ちゃんの時は六十連目で来てくれたわけだし、ここからが本番みたいなもんだ!)

 

過去の成功体験を思い出して自分に言い聞かせ、四度目のボタンを押す。

 

四十連目(残高:36,800)。

 

青、青、青、紫……。

 

画面に並んだ★3武装の山を見て、正座しているセナの眉間に、ほんのわずかだけシワが寄った。

 

(……んん? いや、確率0.6%なんだから出なくて普通なんだけど、そろそろ一回くらい金色の演出が来てもいいんじゃないか?)

 

無言で画面を睨みつけるセナの様子を見て、壁際の梓が少し引いたように言った。

 

「……ねえ、ナオさん。なんかさっきから、その可愛い女の子の顔がだんだん険しくて怖い顔になってきてるんだけど」

 

「き、気のせいですよ!」

 

「いや、どう見ても眉間にシワ寄ってるわよ。大丈夫なの?」

 

「全然大丈夫です! まだ石には圧倒的な余裕がありますから!」

 

強がって言い返した直哉は、気合を入れ直して五度目の十連をタップした。

 

五十連目(残高:35,200)。

 

無情にも、流れてくる流星は青と紫だけ。★5は出ない。

 

(……おいおいおい、ちょっと待てよ。今回、天井近くの深いところまで引っ張られるやつか!?)

 

ずっと畳の上で微動だにせず正座を続けていたせいで、セナの超人的な身体であっても、だんだん足首のあたりがジンジンと痺れ始めてきた。しかし、今の直哉には足の痺れなど気にしている余裕はない。

 

(……いや、慌てるな俺! 天井まで行っても石は余裕で足りてるんだ! 最悪ここで50/50を外してすり抜けたって、次の確定天井まで追いかけられるだけの貯金はある! 落ち着け!)

 

三十四歳の理性と、少しでも少ない石で引きたいガチャ狂いの本能が脳内で激しくせめぎ合う中、六度目のボタンを押す。

 

六十連目(残高:33,600)。

 

弾けた光は――またしても紫止まり。

 

(…………)

 

(……前回の白芷ちゃんは、ここの六十連目で来てくれたんだけどなぁ!!)

 

セナの肩が、ガクリと小さく落ちた。

 

それを見た梓が、半眼になって声をかけてくる。

 

「……ナオさん?」

 

「はい!」

 

「あんた、なんかそろそろ本気で落ち込んできてない?」

 

「落ち込んでなんかいません、大丈夫です!!」

 

「声がデカいわよ!? 夜なんだから近所迷惑でしょ!」

 

(くそっ、天井まであと二十連以内! つまり、次の七十連目か、その次の八十連目には絶対に百パーセント★5が出る! 何も問題はないんだ、行けええええ!!)

 

◆

直哉は、祈るような気持ちで七度目の『10回集結』のボタンへと意識を叩き込んだ。

 

七十連目。

 

因果晶が1,600消費され、残高が『32,000』へと変わる。

 

画面が暗転し、宇宙の奥から十本の光の糸が飛来した。

 

そのうちの先頭を走っていた光が、画面の中央へと差し掛かった瞬間――冷たい青や紫ではなく、視界を焼き尽くすような眩い『黄金色』のプラズマへと劇的に色を変えた。

 

(……っ!! 来たあああああ!!)

 

セナの身体が、正座のままビクッと大きく跳ねた。

 

間違いなく、最高レアリティ『★★★★★』確定の演出だ。

 

しかし、直哉はまだ喜ぶわけにはいかなかった。

 

(……待て待て待て!! まだ喜ぶな俺!!)

 

前回の白芷をピックアップ勝利で引いているため、今回のこの★5枠には『ピックアップ確定』の保証がない。以前、九条紫苑を狙った一回目の天井でヴェルミリアがすり抜けてきた悪夢と同じ、運命の『50/50(フィフティ・フィフティ)』の抽選勝負がまさに今、この瞬間に待ち受けているのだ。

 

(ここからが本当の本番だ!! 頼む! すり抜けるなよ! 60%でも70%でもない、完全な二分の一なんだ、ここで勝たせてくれえええ!!)

 

直哉は、カットイン演出が始まる画面に向かって、思わず胸の前で両手をパチンと合わせて必死に拝み始めた。

 

その姿を横から見ていた梓が、なんとも言えない微妙な顔で呟く。

 

「……ねえ、あんた、今度は何やってんの?」

 

「神様に祈ってます!!」

 

「いや、何に祈ってんのよ!?」

 

「二分の一のピックアップ抽選に勝てるようにです!!」

 

「……あーし、一応曲がりなりにも本職の神社の巫女なんだけど。自分の家の客間で、そんなギャンブルみたいなことに全力で祈られてるのを見ると、ものすごく複雑な気分になるわ……」

 

しかし、今の直哉の耳には梓のツッコミすら半分も入っていなかった。

 

黄金の光が弾け、重苦しくも荘厳な鐘の音が脳内に響き渡る。

 

背景に浮かび上がったのは、無数の古びた墓標と旗指物が突き立つ荒涼とした古戦場だった。

 

その中央に、黒と朱色の豪奢な巫女装束をまとった漆黒の長髪の美少女が立ち、その背後には黒い大鎧の武人や無数の霊魂たちが一斉に膝をついて頭(こうべ)を垂れている。

 

少女が黄金の瞳を細めて不遜に微笑み、画面に鮮烈な文字が刻まれた。

 

『★★★★★』

 

『《万霊の覇巫女》』

 

『夜摩紗羅』

 

同時に、威厳に満ちた、それでいて鈴のように澄んだ少女の声が直哉の脳内に直接響いた。

 

『余が名は夜摩紗羅。生者も死者も、万霊ことごとく余が勅令の前にひれ伏すがよい――ふむ、貴様が余の新たな盟約者か。せいぜい余を退屈させぬよう励め』

 

直哉は、合わせた両手を止めたまま、二秒間だけ画面を凝視した。

 

(…………)

 

(……え? 来た?)

 

(……すり抜けずに、一発で来たああああああああああああ!!)

 

七十連目での★5出現、そして二度連続となる50/50のピックアップ勝利。

 

直哉の内心で、特大の歓喜の花火がドッカンドッカンと打ち上がった。

 

(よっしゃああああああああああああああ!! 勝った! 大勝利だあああああ!!)

 

あんまりにも嬉しすぎて、直哉はセナの身体でそのまま畳の上からガバッと飛び上がってガッツポーズを決めようとした。

 

――が、その瞬間。

 

七十連ものあいだ緊張してずっと同じ姿勢で正座し続けていたせいで、完全に感覚がなくなって痺れきっていたセナの両足が、カクンと面白いくらい綺麗に力を失った。

 

「……うおっ!?」

 

華麗なガッツポーズを決めるはずだった美少女剣士が、そのまま畳の上へと無様にへたり込んで転がり、両手で自分の足首を押さえてジタバタと悶絶し始めた。

 

「ちょ、ちょっとナオさん!? 急に飛び上がったと思ったら何やってんのよ!?」

 

「い、いえ! ちょっと正座しすぎて足が完全に痺れてました!! ジンジンする!!」

 

「だから最初に言ったでしょ、なんで意味もなく正座なんかしてたのよ! アホじゃないの!?」

 

涙目で足首をさすりながらも、ようやく姿勢を立て直したセナは、顔を上げて梓へと満面の、これ以上ないほど晴れやかな笑顔を向けた。

 

「梓さん! 勝ちましたよ!!」

 

「お、おお……? よく分かんないけど、おめでと?」

 

「はい! 七十連目で、すり抜けなしで本命の新キャラが引けました!!」

 

「……足の痺れで転げ回ってた割には、ずいぶん景気のいい話なのね。ま、よかったじゃん」

 

「最高ですよ!! いやー、正座して気合い入れた甲斐がありました!」

 

間違いなく正座のせいではないのだが、結果良ければすべて良しである。

 

◆

足の痺れがようやく引いたところで、直哉はセナの姿のまま座布団にあぐらをかき直し、さっそく《キャラクター》の図鑑タブを開いて、今引き当てたばかりの『夜摩紗羅』の詳細プロフィールとスキル画面を呼び出した。

 

『★★★★★ 夜摩紗羅《万霊の覇巫女》』

 

『Lv.1(→手持ち素材で即座にLv.40まで育成可能)』

 

『属性:陰・霊 / 現地登録Tier:1』

 

まずは固有能力《百鬼勅令》の詳細だ。

 

彼女の基本能力は、この世に漂う霊的な存在を感知し、交信し、そして自らの絶対的な格によって『契約』を結んで従える霊術の極致にあるらしい。

 

そして戦闘や実務においては、彼女が生前からすでに契約下に置いている複数の強力な『固有契約霊』を現世へと個別に召喚して使役することができるという。

 

スキル欄に記載されている代表的な契約霊だけでも、実に多彩な顔ぶれが並んでいた。

 

・《黒鎧の霊将》:巨大な黒鎧と大槍をまとう武人の霊。前衛での近接戦闘および主人の絶対護衛を担う。

 

・《千目の幽鳥》:無数の小さな霊鳥の群れ。広範囲へ散開させ、視覚を共有しての索敵・偵察および攪乱を行う。

 

・《縛魂の女官》:呪布を操る女官の霊。対象の肉体および霊的な動きを封じる拘束・捕縛に特化する。

 

・《白骨の軍師》:陣法を操る老軍師の霊。障壁の展開による防御および味方への術式支援を担う。

 

さらに、奥義であるEXスキル《万霊戴冠(ばんれいたいかん)》を発動すれば、配下の霊的軍勢の力を一つに統合し、超巨大な霊体武神である《冥皇》を顕現させて戦場を蹂躙することまで可能だという。

 

(……うわあ、一人で前衛の騎士も、偵察の鳥も、拘束役も、バリア張る軍師も全部呼び出せるのか! これ、俺の《並列集結》と合わせたら、一人で何人分のパーティーになるんだよ!?)

 

そして直哉は、先ほどバナーで少しだけ読んだ彼女の『過去』が記された人物伝のタブを開き、その続きに目を通した。

 

夜摩紗羅が生まれ育った異世界には、覇権を争う七つの大王国が存在していた。

 

幼くして生者と死者の境界を自在に操る希代の霊媒師として覚醒した彼女は、戦乱の世を終わらせるため、数多の英雄や兵士の霊と契約を結んで不滅の霊軍を編成し、自ら『巫皇』を名乗って世界征服の覇道を突き進んだ。

 

その圧倒的な力の前に、七つの大国のうちの六つまでが次々と膝を屈し、彼女による大陸統一は目前と思われた。

 

しかし、最後まで残った七つ目の大国との最終決戦において、彼女の力を恐れた世界中から結集した英雄たちと大霊媒師たちの連合軍の猛攻を受け、戦況は極限の消耗戦へと陥った。

 

そして、敗北が目前に迫った最後の瞬間。

 

実は紗羅の手元には、戦局を根底からひっくり返して連合軍を全滅させられる『最後の切り札』が一つだけ残されていたという。

 

それは、自らに従って戦ってきた配下のすべての契約霊たちの『存在そのもの』を燃料として完全にすり潰し、莫大な霊力の砲撃へと変換して放つという究極の禁術だった。

 

それを使えば、彼女は確実に勝利し、七つの王国すべてを征服して世界の頂点に立つことができたはずだった。

 

『――だが、孤高の巫皇は最後までその禁術を拒んだ。「余に忠誠を誓い、余の覇道に殉じた我が臣下どもを、使い捨ての薪(たきぎ)にすることなど断じて許さぬ」。自らの野望の完遂よりも配下の霊たちの尊厳を守り抜いた彼女は、すべての霊を契約の狭間へと逃がしたのち、ただ一人で連合軍の刃を受け入れて敗北し、永き封印へと就いたのである』

 

人物伝の最後の一行を読み終えた直哉は、思わず「……おおお」と感嘆の息を漏らした。

 

(……六つの王国を征服したっていうから、どれだけ血も涙もない冷酷非道な悪の女帝かと思ったら……最後は、自分の部下の幽霊たちを犠牲にするくらいなら自分が負ける方を選んだのか……!)

 

(……いや、やってたことは世界征服の大戦争なんだけど、王様としての器のデカさと散り際が、普通にめちゃくちゃ格好いいじゃん!!)

 

ただの傍若無人な暴君ではない。傲慢で不遜な支配者でありながら、一度自分の配下となった者たちのことは死霊であっても決して切り捨てないからこそ、何万という霊たちが彼女に心からの忠誠を誓って従っていたのだ。

 

直哉は、手持ちの育成素材を投入して夜摩紗羅のレベルを一気に現在のキャップであるLv.40まで引き上げながら、すっかりこの新しいキャラクターが気に入ってしまった。

 

……だが、ホクホク顔でステータス画面を眺めていた直哉の視線が、装備欄の項目でピタリと止まった。

 

紗羅の素の登録階位は『Tier1』。これだけでも十二分に国家戦略級の強さだ。

 

そして、彼女の推奨専用武装である『★★★★★《万霊名籍・冥皇帳》』を装備して完全同調を果たせば、個別の霊を召喚するだけでなく、万単位の霊軍の霊力を完全に統合運用できるようになり、その推定実効戦力は九条紫苑と同じ『Tier0.5相当』へと跳ね上がる。

 

しかし当然ながら、現在の彼女の装備欄にはこう書かれていた。

 

『専用武装:未所持』

 

(…………)

 

(……あっ。そ、そうだよな!! 専用武器のガチャは、キャラガチャとは別枠で回さなきゃ出ないんだった!!)

 

直哉は、画面右上の現在の石の残高をもう一度確認した。

 

『因果晶:32,000』

 

43,200個あった石から、今回の70連分で11,200個を消費したため、残りは32,000個――ガチャ換算で『200連分』だ。

 

武装集結(武器ガチャ)の天井は最大60連(9,600個)。

 

つまり、今からそのまま武器ガチャへ突撃して《冥皇帳》を確実に回収すること自体は、余裕で可能だ。

 

しかし、もし武器ガチャで天井の60連まで持っていかれた場合、手元の残高は140連分(22,400個)にまで減ってしまう。そうなると、直哉が心の安全ラインとして定めている『次の新しい限定★5キャラが来た時に、最悪のすり抜け160連天井でも絶対に確保できる貯蓄ライン』を割り込んでしまうのだ。

 

(……ぐぬぬぬぬ!!)

 

セナの顔のまま、直哉は腕を組んで激しい苦悶の表情を浮かべた。

 

(このまま勢いで武器ガチャも回して、紗羅ちゃんを完全体のTier0.5にしてあげるべきか……!? いや、でもまずは素のTier1の状態でどんな能力なのか実際に変身して試してみてからでも、ピックアップ期間はまだたっぷりあるんだから遅くないよな!? ここで石を140連まで減らしちゃうのは、貯石派のゲーマーとしてちょっと怖いぞ……!)

 

念願の新★5キャラクターを70連のすり抜けなしで引いて大勝利したわずか三分後に、もう次の武器ガチャと将来の貯蓄計画の間で頭を抱えて呻いているのだから、ガチャというシステムの業は底知れない。

 

そんな直哉の様子を、先ほどからずっと壁際で呆れ顔で眺めていた梓が、ため息交じりに声をかけてきた。

 

「……で、ナオさん。さっきから一人で笑ったり唸ったり忙しいみたいだけど、結局、今回のガチャではどんな凄い子が当たったわけ?」

 

セナの姿の直哉は、ハッと顔を上げて梓を見つめると、誇らしげに胸を張って答えた。

 

「ええとですね! 昔、世界征服をしかけた、とんでもなく強い『霊媒師』の女の子が当たりました!」

 

「…………」

 

梓の動きが、ピタリと止まった。

 

「……は?」

 

「幽霊とか英霊みたいな強い部下をいっぱい召喚して戦わせる、最高レアの女の子らしいんですよ!」

 

「……いや、幽霊を召喚する霊媒師っていうのは分かったけど、ちょっと待ちなさい。その前の『世界征服』って何よ?」

 

「ああ、プロフィールに書いてあったんですけど、昔、別の世界で霊の軍勢を率いて、七つあった大国のうちの六つまでを武力で征服した伝説の巫皇(ふこう)様らしいです!」

 

「……なにその、聞いてるだけで頭痛くなりそうな超物騒な経歴!?」

 

「あ、でも安心してください! 最後の一国との決戦で、部下の霊たちを犠牲にする禁術を使うのを拒んで、結局は負けちゃったみたいですから!」

 

「いや、『最後は負けたから安心してください』って問題じゃないでしょ!? 六つも国を滅ぼして征服したラスボスみたいな女に変身できるようになったってことでしょ、あんた!?」

 

目を白黒させてツッコミを入れる梓の反応がおかしくて、直哉はセナの顔で「あははは!」と楽しそうに声を上げて笑った。

 

考えてみれば、梓は霊や怪異を封じ込める『封印術』の最高峰であり、新しく加わった夜摩紗羅は霊を契約して呼び出し使役する『霊媒術』の最高峰だ。扱う分野が隣り合っているだけに、実際に変身して能力を見せたら、専門家である梓がどんな反応をするのか今から楽しみで仕方がない。

 

(……さて! 今夜はもう遅いし、武器ガチャをどうするかは一晩寝て考えるとして……明日はさっそく、この夜摩紗羅ちゃんの姿に変身して、どんな能力なのか梓さんの前で試してみるか!!)

 

(……いやー、それにしても、元・世界征服者の覇巫女様とか、マジでどんな喋り方になるんだろうな、このゲーム!!)

 

残高200連分の頼もしい輝きと、新しく図鑑に加わった威風堂々たる黒き巫皇のイラストを眺めながら、直哉の青森での夜は最高の上機嫌のうちに更けていくのだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!

YouTubeチャンネルを開設しました!
自作小説の朗読動画を投稿しています。
再生リストから第1話から通して聞けるので、作業用・睡眠用にもどうぞ!
よかったら、下のリンクから聴いてみてください!

YouTubeチャンネル「パラレル・ゲーマー」はこちら

【新作のお知らせ】
新しくTS吸血鬼ものを始めました。
『元おっさんの吸血姫は引きこもりたい。』
ゲーム三昧で引きこもりたい元おっさんが、銀髪の美少女吸血鬼に。ところがTier1の怪異使いが、怪異退治へ連れ出そうとしてくる! TS・現代異能・怪異バトルが好きな方はぜひ。

『元おっさんの吸血姫』を読む
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ブラック企業にすり減らされた社畜が主人公になれるアプリを手にしたらどうなるか→(作者:ぱちぱち)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

タイトル変更しました▼【旧題:最安10円レンタルチート ブラック労働で過労死数歩前だった俺の心の癒しだった動画アプリがマジモンの神アプリだった 】▼山里一也は金がない。時間も無ければ彼女もない。健康診断結果も20代とは思えない。▼唯一の娯楽は通勤退勤時にスマホのアニメ視聴。このまま会社の社畜として緩やかに死に向かって進んでいくだけだった一也の人生は主人公をレ…


総合評価:5803/評価:8.61/連載:183話/更新日時:2026年10月26日(月) 07:02 小説情報

チートハッキング能力を手に入れた浪人生、善性ゼロのまま世界を幸せにして復讐する~東大理三落ちの欠陥品は、政府と気まぐれ性格最悪女AIを使って現代社会の神になる~(作者:tinko1129)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

東京大学理科三類へ落ちた平尾龍は、自分を人間失格と判定し、首を吊ろうとした。▼その瞬間、あらゆる電脳と機械へ絶対命令を下す【電脳神の右手】を獲得する。▼善性なし。社会性なし。コミュ力なし。▼人が人であるための三要素の無い自分は人ではないし生きる価値等無い▼それでも今度こそ理三へ合格し、人間だと証明する。▼そして受験勉強のストレス解消として、正規品の善人共より…


総合評価:3971/評価:8.46/連載:28話/更新日時:2026年09月14日(月) 20:00 小説情報

マンハッタンカフェの奇妙な現実来訪(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

こっちでカフェさんになっちゃったおっさんのお話。▼20話ぐらい。だったんだけどのびのび。


総合評価:4424/評価:8.7/連載:63話/更新日時:2026年10月25日(日) 21:00 小説情報

自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ―United States Route―(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

アメリカ西海岸で働く三十代半ばのシステムエンジニア、工藤創一。▼十数年前に日本から渡米し、それなりに充実した生活を送っていた彼のもとへ、ある夜、謎の銀色のキューブが届く。▼それは未知の惑星《テラ・ノヴァ》へ繋がるゲートと、採掘・製錬・発電・自動化・兵器開発を可能にする《惑星開発キット》だった。▼鉄、石炭、銅、石油――地球では国家を揺るがすほどの資源が眠る異星…


総合評価:4539/評価:8.81/連載:25話/更新日時:2026年09月16日(水) 16:38 小説情報

崩壊世界でルートシューター(作者:穴熊拾弐)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

ルートシューターってジャンルのゲームがある。広大な廃墟に放り出されてゴミを漁って持ち帰る。それを売ったり、施設を改良したりして成長していくってゲームだ。俺はそれをやらされている。何故か人を喰う怪物が闊歩し、滅亡寸前の現実世界で。▼金が尽きれば命が尽きる。崩壊世界で生きる1人の傭兵の話。▼


総合評価:4784/評価:8.42/連載:68話/更新日時:2026年10月10日(土) 11:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>