インフィニット・ストラトス Trinity B 作:ぷうち☆りん
第一話 御雷沙耶 17歳です おいおい!
(──一体、何でこんなことに……)
俺──織斑一夏は、教室を見渡しながら今日何度目になるか分からない疑問を胸中で呟いた。
右を見ても女子。左を見ても女子。
前も女子。後ろも女子。東西南北女子。
男子は俺一人。
……うん。知っていたし分かってはいた。
だが、実際にこの状況へ放り込まれるのと、事前に聞かされるのとでは全然違う。
そもそも俺は、こんなところへ来る予定ではなかったのだ。
俺が受験するはずだったのは藍越学園というまあ普通の高校だった。ところが試験会場を間違え、待っている間に展示されていたIS──《打鉄》を動かしてしまった。
IS。正式名称、インフィニット・ストラトス。
女性にしか動かせないはずの、世界最強とも呼ばれるマルチフォーム・スーツ。
それを何故か、男である俺が動かしてしまった。世界で初めてISを動かした男。
そんな大層な肩書きを勝手に背負わされた挙句、俺はほとんど女子校も同然のIS学園へ入学することになった。
非常によろしくない。よろしくないが、まあいい。今さら俺がどうこう言っても仕方がない。
問題は──。
「名前は御雷沙耶。十七歳。七留です」
教壇の前で、長い黒髪の女子生徒が何の恥じらいもなくそう名乗った。
…………。一瞬、教室が静まり返った。
七留? なんだ、この生徒!?
いや、待て。十七歳で七留ってどういうことだ? 七回留年したなら一体何歳から高校に? と、考えれば考えるほど深みにはまる。
御雷沙耶と名乗った女子生徒は、そんな俺の混乱など知る由もなく、凜とした姿勢で教壇に立っていた。腰近くまで伸びた艶のある黒髪。透き通るような白い肌。
すらりとした長身。黙って立っていれば、どこか由緒ある家のお嬢様と言われても信じてしまいそうな美人だ。
「キャーッ! 沙耶お姉様ー!」
突然、教室のどこかから黄色い声が飛んだ。なんだ!? いや、それより誰も七留に突っ込まないのか!?
「千冬お姉様とは違うベクトルで素敵ー!」
違うベクトルって何だ!?
「北海道の奥から転入してきて良かったー!」
「素敵! 抱いてー!」
「ありがとうございます」
御雷さんは真顔で頭を下げた。というより止めないのか!? まさかそっちの趣味!?
「しかし、抱くことはできません」
「ええーっ!」
「申し訳ありません」
そこ謝るのかよ!? と俺の中のツッコミ精神が溢れて止まらない。
「あ、そうだ。織斑君の自己紹介を改めてお願いできますか?」
「え?」
今度は担任の先生から声を掛けられた。
沙耶……先輩、とそう歳が違わないように見えるが、こちらは対照的にほわほわとした和やかな雰囲気をまとっている。
教師というより女子大生だと言われた方が納得できそうだ。というか。
「……もう一回ですか?」
「だ、ダメでしょうか?」
物怖じされながらも言われた。断るにはちょっと罪悪感が大きい……。
ええい、減るものでもなし! と開き直り仕方なく立ち上がる。
まさか人生で、自己紹介のアンコールを受ける日が来るとは思わなかった。
「えー……織斑一夏です。男子です。宜しく」
教室中の視線が俺へ集中した。
「その……世界で唯一、男でISを動かせるらしいです。まだISについてはほとんど何も知らないので、色々迷惑をかけるかもしれませんが──」
何を言えばいいんだ。
よろしくお願いします、でいいのか?
女子しかいない学校で?
男一人で? ……いいんだよな?
「三年間、よろしくお願いします」
頭を下げるとぱちぱちぱち、と拍手が起こった。よかった、今度は普通だ。
「織斑一夏さん」
「はい?」
俺を呼び止めたのは御雷先輩だった。
何か問題があったのだろうかと身構えたが……。
「一つ訂正があります」
「訂正?」
「三年間とは限りません。私のような例もあります」
「縁起でもないこと言わないでください!!」
「そうですか?」
「そうですよ!」
「では、三年間で卒業できることを祈っています」
「急に不安になるからやめてください!」
教室に笑いが起こった。
くそっ。この人、絶対わざとやってるだろ。そう思って御雷先輩を見る。
「?」
本気で不思議そうに首を傾げていた。
……違う。この人、素だ。
「──随分と楽しそうだな、織斑」
その瞬間。聞き覚えのありすぎる声が、背後から聞こえた。
…………。嫌な汗が流れる。
いや。
まさかな。
ここはIS学園だ。
あの人がいること自体は知っていた。
知っていたが。
「久しぶりだな、一夏」
「ち、千冬姉!?」
ゴンッ!! と頭に衝撃と痛みが走る。
「いってぇ!?」
「織斑先生と呼べ」
俺は頭頂部を押さえてうずくまる。
「いきなり殴ることないだろ!」
「教師を姉呼ばわりするな」
「だからってさ!」
「千冬先生」
静かな声が割って入った。御雷先輩だった。
「生徒に暴力はいけません」
「…………!」
え!?
この人、俺を庇ってくれたのか?
さっきは七留とか意味不明なことを言っていたけど。もしかして、ものすごくいい人なんじゃないか? 好きかも……。
「暴力ではない。躾の一環だ」
「躾ですか」
「そうだ」
「……」
「……」
御雷先輩と千冬姉が見つめ合い、教室の空気が凍りつく。すわ一触即発。
俺はもちろん、さっきまで騒いでいた女子たちも果ては担任の先生まで、二人の様子を見ながら息を呑む。
「では、仕方ありませんね」
「そりゃないだろう!」
ゴンッ!! と再び鈍痛が走る。
「いってぇぇぇぇ!?」
先ほどと寸分違わぬ二撃目が頭頂部へ飛んできた。
二撃結殺……とは言わないが痛い! 同じところを狙わないでくれ!
「二度も殴ることないだろ!」
「一度で学習しないから二度目がある」
「正論っぽく言わないでくれよ!」
涙目になりながら御雷先輩を見る。
「先輩も! そこはもう少し食い下がってくださいよ! 何で不思議そうなんですか!?」
「躾なのでしょう?」
「本人がそう言ってるだけですよ!」
「なるほど」
もう! なんなんだこの人は!? そんなこんなで授業が始まったのだが……またしてもここでトラブルが生じた。
……俺のせいだけど。
ー
「では、これまでの事前学習で解らないことはありましたか?
皆さん?」
「…………」
ホームルームが終わり、担任の先生が、にこやかに尋ねてくる。皆が特に解らないところはなかったと言わんばかりに座っている中俺は入学テストを振り返る。
知らない単語、図、記、略語。わ、解らない。何一つ解らない。
というより。何一つ解らないということしか解らない。
「あの……」
「はい?」
「どこが解らないのかが、解りません」
「まあ……」
先生が困ったように頬へ手を当てた。そんな顔をされると自分が情けない。だが、本当に解らないのだ。
「織斑。入学前にISの参考書と教科書が送られてきたはずだが?」
千冬姉だ。
「…………」
「どうした」
「…………」
「答えろ」
織斑先生の視線が厳しくなる。仕方ない。
正直に言うしかない。
「ゴミと間違えて捨てました!」
ゴンッ!!
「いってぇぇぇぇ!!」
「貴様は何をしにここへ来た?」
「俺だって好きで捨てたんじゃないって……」
「なら何故辞退しなかった?」
せ、正論で詰めないでくれ……。
俺はただ、千冬姉に経済的な負担をかけたくなくて……。
「千冬先生」
また御雷先輩が口を挟んだ。俺は反射的に彼女を見る。いや、期待するな。
さっき学習したばかりじゃないか。
「しかし、ゴミと間違えられる状態で置いていたのであれば送った側にも落ち度があるのでは?」
「……成る程。確かに理に適う」
ってこの人、千冬姉に普通に言い返したぞ。
さっきはあっさり引き下がったのに?
「じゃ、じゃあ織斑君、教科書がないんですか?」
「お恥ずかしながら……」
すると教室中から非難──。
「じゃあ私のを貸してあげるー!」
──ではなく、黄色い声がわんさか上がった。
「あっ、抜け駆けなんて狡い!」
「私も私もー!」
「私の使っていいよ!」
「一緒に見ればいいじゃん!」
「私の隣空いてるよー!」
…………。
いや。
教科書が何個あってもダメだろ。
というか最後の方、もう教科書関係ないだろ。
席窓際だし! 俺の隣じゃないし!!
「織斑さん」
「はい?」
すると御雷先輩が、自分の机から一冊の教科書を差し出してきた。
「これを」
「え? いいんですか?」
「はい。私は既に内容を覚えていますので」
「ありがとうございます!」
初めて普通に助かった!
「七年分、しっかりと」
「余計な一言で台無しですよ!?」
「?」
御雷先輩は不思議そうに首を傾げた。
……やっぱり素だ。俺は改めて教室を見渡した。浮き足立つ女子たち。七留の先輩。ほわほわした担任。頭を三度殴ってきた実の姉。少し柔らかくなったページの端。
これを御雷先輩が、ずっと使っていたわけで……。何だかこの教科書、いい匂いがするかも……。
ふと猛烈に嫌な予感がして、顔を上げると千冬姉と目が合った。
「…………」
千冬姉はものすごく蔑んだ目で俺を見ていた。俺はまだ何もしてない!
まだって何だよ!? それじゃ俺が何かしようとしてたみたいじゃないか! ……しようとしてたけど!
そっと俺は無言で教科書を机に戻した。
でも、やっぱりちょっといい匂いがするようなしないような。
「織斑」
「何もしてません!!」
千冬姉、じゃなくて織斑先生の言葉に反射的に立ち上がった。
すると教室中の視線が俺に集まると誰かが小さく笑った。
は、恥ずかしい……だが今は何も言わないでくれ。
机の上には御雷先輩の教科書。
前には七留なのに十七歳の先輩。
周囲は女子だらけ。
そして実の姉からは、今まで見たことがないくらい冷たい目で見られている。
俺、本当にここでやっていけるのか……?