インフィニット・ストラトス Trinity B 作:ぷうち☆りん
第10話
「こうして集まるのはセシリア君とのテスト前以来ですねぇ」
月末のクラス対抗戦を控え、俺は箒、セシリア、沙耶先輩、あと野庭先生に寮の部屋へと集まってもらった。
なおお茶請けに冷やし善哉を用意してみた。
「夫婦善哉……フフフ……」
「このガツンと来る甘さは渋みの強い紅茶に合いそうですわ」
箒は何故かほくそ笑み、セシリアには好評だ。
それはそうと善哉に紅茶って合うのかな?
いや、抹茶が合うんだから紅茶にも合うのかも。
「沙耶先輩、野庭先生。口に合いましたか?」
「ええ、とても美味しいです」
「沙耶さん、沙耶さん。そんな固い表情で言っては一夏くんが本心かどうか不安になるでしょう」
「この表情は生まれつきです」
……相変わらずマイペースな先輩だが、箸が止まっていないからお世辞ではないのは解った。
これも観察力を鍛えろという箒や沙耶先輩の特訓の成果かもな、ってそんなワケはないか。
「それで? 僕らに何をアドバイスして欲しいんですぅ? 食べた分だけの仕事はしますよ、僕は」
と、野庭先生から本題を切り出してきてくれたのはありがたい。
「えーと、鈴の甲龍、九印のラファール、あと簪の打鉄弐式についてできる範囲で教えて欲しいんです」
「一夏。そういう情報を集めるのは感心しないぞ。男児たるものは正々堂々、正面から突破すべきではないか?」
と、箒が反論してきた。
確かにコソコソしたやり方かもしれないが、
負けたくないのと負けられないのは別のものだし今の俺はクラス代表でもある。
「いえ。カンニングではない範囲なら構わないのではないでしょうか。
野庭は確かに九印のラファールや簪さ……んの打鉄弐式の改修にも携わっていますが公開されている情報の分析くらいなら不正にはならないでしょう」
「む……言われてみれば、確かに」
沙耶先輩がフォローしてくれ、箒が譲ってくれた。九印は呼び捨てなのに簪って子はさん付けなのはなんでかな?
やっぱり九印が不良っぽくて簪は礼儀正しいからかな? 「ではまずは鈴の甲龍から知りたいです」
「一夏さん。なぜ鳳鈴音さんを鈴と馴れ馴れしく呼ぶのですか?」
「え? そりゃ幼馴染だからな」
「私も幼馴染だぞ」
セシリアと箒から別領域からの刃が飛んできた。
まさか、呼び名でダメ出しされるとは。
いや、さっきの沙耶先輩の件もあるし、クラス代表たるもの礼儀は大事だよな。
「解った。気をつける」
「いえ。別に私達を渾名で呼んでも構いませんわよ」
「そうだぞ」
いや、そう言われてもセシリアと箒をどう渾名で呼んだらいいか……ピンと来ない。
セシリアはセシリアだし。箒は箒だよなあ。
「んふふふふ♪ 名前や呼び名なんてただの個体を識別するための符丁でしょう。そういう所に拘るとは貴方の姉とは随分タイプが違うんですねぇ」
「姉さんの話はするな」
野庭先生が茶化した途端、箒の表情と周りの空気が強張る。 確か束さんの一件で箒も証人保護プログラムとかなんとかで大変だったみたいだし。
「……どうやら虎の尾を踏んでしまった様で。申し訳ない」
「いや……私もつい気を荒立ててしまって……すまなかった」
幸い、取っ組み合いにはならずに二人は矛を収めてくれた。これでどちらかが怒って席を立ったらどちらに味方をすべきか困ってしまう所だった。
「それで甲龍ですが……まあ、私はまだ触ってはいませんが近接寄りの機体というのは表向き。
何らかの仕掛けがあると見るべきです」
「仕掛けって言うのは……変型とか?」
「まあ、一夏さんたら。お上手ですわ」
セシリアは俺が冗談を言ったかの様に優雅に微笑みながらリアクションを取る。
冗談を言ったつもりはなかったんだが……。
「変型はともかく、白式の様に喧伝されているワケではないのに射撃武装がないのは奇妙ですね。確かに野庭の言う事にも一理あります」
「ま、この肩部装甲を見るに、この辺りを着目すべきではないでしょうか」
ふむふむ。肩部に注目……。
「ですが、甲龍に関してはパイロットの方に注目すべきかとも思います」
「私も同感ですわ」
と、セシリアと沙耶先輩が意外な事を口にした。
甘く見たつもりはないのだが、その理由を聞こう。
「と、言うのは?」
「鈴音さんには背景がないという事です」
「背景がない……?」
「私が言うのも何ですけれど私は故あってオルコット家の当主。だから代表候補になれた、とまで言うつもりはありませんが要因になったのは確かですわ」
「謙虚ですねぇ。私と簪くんにブルー・ティアーズの性能を誇示した時とは別人の様だ」
「それはそれ、これはこれでしてよ。
それにあの時ブルー・ティアーズが私に不適格だと仰ったではありませんの。 おあいこですわ」
何がおあいこなのかと言いたげに野庭先生は肩をすくめた。
「簪さんから伺っていませんか? 多数対一、ないし牽制と面制圧を想定してのオールレンジ式ビット操作とワンショット・ワンキルを前提とした狙撃機体はコンセプトが散らばっているのではないかと」
「む……」
セシリアは『ならはじめからそう言いなさい』と言いたげに眉を寄せたが、納得したのかそれ以上食い下がることはなかった。
「野庭。お前は言葉を圧縮しすぎだ。鎬様からも言われていただろう」
「どうにも研究者というのは、出資者よりもせっかちなものでしてねぇ沙耶さん。
ま、それよりも次は九印女史のラファールについて見ていきましょう」
「そう言えば彼女の機体はラファール・リヴァイブではないのですわね。どうしてなのでしょう?」
「まあ〜、ラファール・リヴァイヴは私からすると面白みに欠ける機体ですからねぇ」
「貴様は面白い、面白くないでISの是非を決めるのか」
「流石にそこまでは」
説明にはいる前にセシリアがはて、といいたげに首を傾げていた。確かラファール・リヴァイヴはデュノア社が開発した第二世代に於いて最強格の機体だとこの間参考書で読んだ。
最大の特徴はその拡張領域の大きさでさながら飛ぶ武器庫と言ってもいい程に武装を量子転換できるのだとか。
その技術に貢献したのが俺の目の前にいる野庭散博士……とも教科書には書いていた。
参考書や教科書に名前が乗る人が目の前にいるというのも不思議な感じだ。
と、話を戻そう。
「確かラファールは第二世代の始めに出来て、打鉄よりも前に開発されたものな筈ですよね。なんでまた旧式機を……?」
「一夏くん、旧式機だからこそ出来るコンセプトもあるんですよぉ。最新鋭があらゆる状況で秀でているとは限らない……という事ですねぇ」
「今度は回りくどい事を。貴方は本当に一夏の味方なのですか、先生」
「難しいところですねぇ。私個人としては一夏くんの味方をしたい所ですが自由国籍の身でも色々しがらみがありましてね。
簪くんや九印女史の機体の事を全部話すわけにはいかないんですよぉ。それに、九印女史に関しては過去のイキサツがある貴方の方が詳しいのではないでしょうか。んふふふふ♪」
箒の言葉に野庭先生は物怖じせずに答えた。掴めない人だ。
「まあ、確かに。この世のことは義理が第一ですからね」
「一夏くんは存外年寄りじみた所がありますねぇ」
「で、箒。九印ってどういう奴なんだ? 確か中学の全国大会で勝ったんだろ」
「その事について彼女は何やら恨み節を言っておりましたわね。
箒さんが勝ち逃げをしたから連覇しても周囲は自分を軽んじてばかりだと……。益体もない」
「そういう言い方はよせ、セシリア。
過去にお前は人には触れてはならない哀しみがあると言っただろう。ヤツもヤツなりに認めてもらうために必死だったんだ。今の私ならそれが解る。かつての私は『篠ノ之束の妹』ではなく『篠ノ之箒』という自分の価値を認めてもらうためだけに剣を振るっていたからな」
遠くを見るように箒は誰にいうともなく本心を俺たちに述べる。
「箒……大人になったな」
「な、何だ急に! どこを見て言っている!」
いや、そういう意味じゃなくて精神的にと言いたかったんだけど。と、その時簪さんの事を思い出した。あの子が俺に向けていた感情は九印が箒に向けていたものと同じだったのではないか?
「では、九印のラファールについては彼女の剣の腕と搭乗時間の長さに注意すべきとしましょう。では簪さんの打鉄弐式についてですが……」
「いえ、彼女の話はいいです」
俺が打鉄弐式の説明を聞くのを控えると沙耶先輩の顔つきが少し険しくなった。少し怖い。
「簪さんを軽んずるとは貴方らしくもありませんね」
「いえ、違います。うまく説明できないんですけど……懇親会で彼女は俺の白式を不様な機体と言って、自分の打鉄弐式の設計図を見せてくれたんです。その熱意には真っ向勝負でぶつかりたい。そう思ったんです。
いや、鈴音や九印とはぶつからないって事じゃなくて……」
ちょっと自分でも何を言っているのか解らなくなってきた。どうしよう……。
しかししどろもどろな自分を見下げ果てることなく皆の表情は和らいでいくのは見て解る。
そんなこんなで各クラス代表の機体に対応すべく特訓の時間を増やそうという事で話は纏まった。
結論はありきたりだけど、結論を出すまでの皆とのやり取りに意味はあった筈だ……。うん、きっと。
ー
場所は変わり、ISの共用格納庫。
一般生徒の下校時間は過ぎたが格納庫には二人の生徒、更識簪と識宮結が打鉄弐式の調整を行なっていた。飄々とした顔でデータ処理を行う結に対して簪の表情は固く、けつ険しい。
「……カタログスペックならこの子の力はこんなものじゃないのに……」
「ま、ケツから言ってカタログスペックって鬼盛りした状態の事だし? あせあせしても仕方なくなくない?」
「どうもどうも〜。お待たせしました〜」
と、そこに悪びれもせずにやって来たのは野庭散その人であった。 手荷物や差し入れもないあたり単に顔を見せに来ただけではないらしい。
「センセってばマジ遅すぎだし! どこ行ってたん? トイレ? センセってばイチョーが弱そーだし! あくたんみたいに栄養ブロックだけじゃなくて野菜食べなきゃダメだし!」
「ちゃんと栄養は取ってますよぉ。
なにせ僕は人を食って生きていますから」
「それな!」
簪は結のあけずけながらも独特な人当たりぶりに目を丸くしていた。嵐の様な彼女はある意味他者の鬱憤を晴らす役目を果たしているのではないだろうか「それで、調子はどうです?」
「うーん。だいぶテン下げ。お姫ちん的には今のこの子は好きピだけど雛鳥ピッピって感じ」
「ふーむ。確かに実働時間と打鉄弐式と彼女の切り札であるアレを実装するにはデータがあまりにも不足していますねぇ」
「デコスケにもあちこち跳んでもらってんだけど学園も、セッシーのセキュリティはガチガチじゃんね」
「捕まらない程度にした方がいいですよぉ。ではクラス対抗戦はどうしましょうかねぇ」
堂々と諜報活動に勤しんでいると言うのだからふてぶてしい。
「ケツから言って、ボスはクラス対抗戦なんて大したタイトルじゃない。お姫ちんの将来を踏まえるなら辞退してもいいって言ってるけど……。
ケツから言ってあーしはどちらかと言えばボスの言うことには大反対かなー。
お姫ちんの意思を尊重すべきだと思うし」
「ふむふむ……では簪さんはどうしたいですか?」
「私は……」
簪は言い淀むが彼女の心が暗雲が立ち込める。
時雨のように冷たく、その身を苛む言葉が胸のうちに木霊する。
(貴方に必要な事は私が全部してあげる)
(お前の望むものは何でも用意してやる)
(だから貴方は……)
(だからお前は……)
(無能なままでいなさいな)
(お飾りのままでいるがいい)
「お姫ちーん。硬いよー。硬い硬い。
お姫ちんはクラス対抗戦に勝つためだけに出たいわけじゃないっしょ?」
はっ、と簪は吐息を漏らす。
「私は……参加したい!」
「うっし決まりぃ! んじゃここからは弐式っちをどこまで仕上げられるかのショーブだし!」
「に、弐式っち……?」
所信表明に結は茶化すのではなく太陽のような笑みを浮かべて応ずる。それはいいのだがこの調子には簪はどうにもアジャストしきれない。
だが、形無しという意味ではそれはそれでいいのかもしれない。
「では、及ばずながら私も手助けを」
「んー……でもセンセが全部出ずばったらセンセの作った弐式っちにならなくない?」
(それは……)
結は顎に手を当てながら危惧し始めた。
確かにそうかもしれない。と先までも簪ならば
頑なに協力を拒んだだろう。だが……。
「……野庭先生。『山嵐』は私だけの手で完成させたい。けど……『山嵐』だけがこの子の全てじゃないです。切り札がなくても、この子が戦えないってワケじゃない。九印さんのラファールを見れば、わかります。だから……駆動系や荷電粒子砲の所を手伝って下さい」
「いいですよぉ」
その言葉を待っていたと言わんばかりに野庭は目を細めた。ー
沙耶は7留という不可思議な経歴である。
生徒の中には本人の堂々たる立ち振る舞いや
実力もあってか教師と誤解しているものまでいる故か寮の中では個室を用意されている。
ただ、個室を用意されているのには大きな理由がある。
「鎬様。お時間は大丈夫ですか」
野庭の用意した量子通信機による定時連絡。
その相手は結がボス、と称した更識鎬である。
ホログラフィによって表示されたその姿は黒を基調とした色彩、沙耶ばりに鋭い瞳、纏う雰囲気は梟雄のそれであった。
「問題ない」
「はい。ご承知とは思いますが学園にてクラス対抗戦が月末に行われます」
「ああ、知っている」
一々わかりきった事を言うな。と鎬は言わなかった。そうした合理を鎬は沙耶に求めていないのかもしれない。
「それで……簪はどうしている? 結や本音以外に友人は出来たか」
「簪様のご気性は深く狭くを良しとする方。
こればかりは」
「……口では良いことを言ってたった一人の妹の事ですらあれは結局放任か。外様の野庭でも分家の結でもあるまいに。吐き気がする」
火山が鳴動するかの様に鎬は身を震わせ、振り絞る様な声で本音を僅かに漏らした。
(人は鎬様を恐ろしいというがそうではない。
哀しい御方だ。誰よりも愛情深い故に)
沙耶は鎬を憐れんだ訳ではない。寧ろ彼を敬愛し、私淑している。それゆえに彼と共に栄える事は出来ずとも、共に殉じる事はできる。そう決意していた。
「それで……打鉄弐式はどうなっている。
簪の才能を活かしたマルチロックシステムによる独立稼動型誘導ミサイルを発射する設計……だったか。ブルー・ティアーズのビット誘導ならびBT兵器の理論を融合させれば出来る筈だ。
その一環として結にはあの鳥を持たせてやった。
フフ、簪の発想に英国の専門家とやらもさぞ驚愕するだろうな。 屍どもは机上の空論と嘯いたが、ライト兄弟の飛行機、エジソンの電灯、フォン・ブラウンのサターンⅤとて机上の空論から生まれたものではないか」
身内の贔屓目を差し引いても簪の才能を頭から信じ切っている口ぶりだった。
だからこそ、沙耶には鎬が簪へ過保護になっていることが気がかりとなっていた。
「簪様に今回は辞退する様に、と仰ったと本音から伺いましたが事実ですか」
「ああ。言った。未完成の機体で負けては口さがない奴らがほれ見た事か。と簪を罵るだろう。
今は雌伏の時ではないか。とな」
その口ぶりには当主を追い落とされたものの私憤は見られない。寧ろ挑戦を冷笑するものや責任を忌避するものらへの義憤、妹である簪への慈しみが感じ取られた。
が、激流だけでは汚濁を洗い流せても新たな芽を生み出す事はできない。
故に、沙耶は差し出口は承知で口を開く。
「お言葉を返しますが、生き抜く力というものは雌伏の中で蓄えるものではなく自ら這い上がろうと戦うもので身につくものではないでしょうか」
「……」
暫し時が止まった。
鎬は暴君ではないものの苛烈な所がある。
恐らく沙耶以外にこうした直裁な諫言ができるものはいないだろう。
竹馬の友にして股肱の臣である者だからこそのものだった。
「主に対して言葉が過ぎました。なんなりとお咎目を」
「何故そんな事ができる。幕僚の言葉に耳を傾けるのは当然のことだ。
確かに俺は簪に対して善い兄ではなかったのかもしれん……。
尤もあの女と更識への思いはまるで変える気はないのだがな」
嘯くのではなく宣告する様な響きがあった。
噴火の様な激情に反する震え上がる様な寒気を有する永久氷の愛憎を示すのはこの地上に於いては沙耶に対してのみであろう。