インフィニット・ストラトス Trinity B 作:ぷうち☆りん
第二話 保健室の死神博士
「何だよこれ……」
思わず零れた独り言。 昨日まで普通の高校生だった俺に、いきなり大学レベルどころか研究者みたいな授業を受けろと言うのだから。だが、ここでは普通の事のようだ。戸惑うばかりの俺へ、隣から落ち着いた声が掛かった。
「どうですか? 調子は」
御雷沙耶先輩だった。
長い黒髪を揺らしながら、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「最悪っす……って、あっ!?」
(しまった……)
年上の女性に、思いっきりタメ口で返してしまった。礼儀の話もあるが問題はそこじゃない。 今は女尊男卑の真っ只中。
『男なんだから、それくらい運べるでしょ? え? 断るの? 店長コイツクビにしなさいよ』
ふと、アルバイト時代の記憶が頭をよぎる。 女性の同僚や先輩理不尽な頼み事なんて珍しくもなかった。男だから。男のくせに。男の分際で。 その一言で済まされることはいくらでもあった。 だからこそ、目の前の御雷先輩の反応が少し怖かった。
だけど。
「そうでしたか」
先輩は怒るどころか、彼女自身にも非があるかのように唇に指の腹を当てて考え込む。 そこまでしなくてもいいのに、と恐縮してしまう位親切な人だ。
「コラッ! 一夏! 男子たるものが何をデレデレと話している!」
呆けていた所に激が飛んでくる。 普段なら何だよいきなり、と文句を言う所だが その声には聞き覚えがある。
「なあんだ。箒じゃないか。一目で解ったぜ」
立っていたのはリボンが特徴的なポニーテールの女子生徒。
幼馴染の篠ノ之箒だ。
「覚えていてくれたのか!? ……ではない!
なんだ! あの無様な姿は! 男子3日会わざれば刮目せよと言うだろう!」
パッと顔が華やいだと思ったらいきなり怒り出した。
一体どういう事なんだ? 爆弾低気圧か?
「お二人は恋人なのですか?」
「恋人!?」
かと思ったら御雷先輩からの爆弾発言が飛び出した。
箒にすればいい迷惑じゃないのか!?
「お前は見どころがあるらしいな……フフフ」
「……人をお前呼ばわりとは感心しませんね」
え!? 御雷先輩は恋バナもいけるのか? 驚く俺をよそに彼女の発言を受けてうむうむ、と何度も頷く箒は嬉しそうだ。
「いやあ箒には俺より相応しい奴がいくらでもいるだろ」
「ふ、巫山戯るなっ!! 貴様ッ!!」
バン! と机を叩いてまで抗議された。 俺は真面目に言っているんだが……。 その辺りで2時間目を始めるチャイムが鳴った。 今日は実技はなく、一日中座学だという。……マジか?
ー
「◯◯は……△△で……■■は……××で……」
だ、ダメだ……。専門用語のラッシュに継ぐラッシュで俺はもう失神KO寸前だった。
「……リアさん……を……」 「ええ……。…………が…………で」 「おお〜!!」
誰かが質問に答えたらしいがパチパチパチと割れんばかりの拍手が巻き起こっているが俺はそれどころではなかった。 机に突っ伏し、ただ嵐がすぎるのを待つかの様に過ごすしかなかった。
「……くん。大丈夫ですか?」
「あ、平気っす……大丈夫です……」
今日会ったばかりなのに聞き馴染みがある声なのは何故だろう……? しかし、千冬姉の弟として弱音は吐けない。俺は千冬姉のお荷物じゃないんだ……。
「ダメです」
「へ?」
聞こえるが早いか俺の身体がぶわっと浮き上がる感覚に襲われる。
「き、貴様! 一夏に何をしている!」
「救護活動ですが」
「お、お姫様抱っこではないか!」
「先生。私は織斑君を保健室に連れていきますが構いませんね」
「え、ええ……どうぞ」
「コラッ! 幼馴染の私を無視するな!」
いつの間にやら俺は囚われの姫になっていたのか? と思うと益々身体が熱くなる。
「い、いいですよ! 一人で歩けます!」 「ダメです。今の貴方は体調を崩していますから」 「いいって……言っているだろ!!」
バッ、と俺は御雷先輩から離れて歩こうとしたが膝から下が動かず、足が縺れかけた。
「今は私を信用してください」
流石にお姫様だっこではなく肩を支えられた。 穏やかながらも有無を言わせぬ迫力の前に俺は従うのみだった。
ー
「野庭。患者です」
保健室なのにパソコンをカタカタ、と弄り回している白衣の男性を御雷先輩は何故か呼び捨てにしながら命令気味に声をかけた。
「ん〜?」
くるり、と振り向いた男性の姿が一瞬、束さんと被った……!? 気のせいだよな。
だって目の前にいる男の人は黒く染めた髪に痩せぎす。口は半月状に歪み、死神が白衣を着て医者のコスプレをしているかのような雰囲気を醸し出していたのだから。
「ふむふむ」
有無を言わさずぐいっと瞳を見られた。
「舌を出してくださぁ〜い」
更に舌と口の中を覗かれる。
「あ〜……これは過労と風邪の初期症状が重なったんでしょう。んふふふふ♪」
「あ、あの……それだけで解るんですか?
聴診器とか問診は……?」
「沙耶さん、そのベッドに寝かせてあげてくれます?」
無視かよ。
「そのほくそ笑みは止めろ。織斑君、少し制服を緩めますよ」
「は、はい……」
御雷先輩は俺をベッドに寝かせ、テキパキと動いて回復体位にしてくれる。
野庭先生は何もしてくれないのか……?
と思ったら野庭先生は若いのに杖をついている。
足が悪いのだろうか……?
と訝しんだ途端、ばあちゃんのおはぎよりも強烈な甘みが口の中に広がってきた!?
「あっま!!!? 何をするんですか!?」
「いえ、疲れた時には甘いものですからねぇ。
こちらを」
どうやら『スーパーあま〜い! しるこドリンク』なる缶入りの飲み物を飲まされたらしい……。
「なんなんだよ! あんたは!!」
俺は思わずベッドから飛び起きるように立ち上がって抗議した。……ってあれ?
足取りはしっかりしているし、めまいも熱も殆どない。
「抗議できる位に快復して何よりですねぇ」
「な、治った?」
「いいえぇ。これは私の『スーパーあま〜い! しるこドリンク』による一時的なものですよぉ。あとは仮眠を取れば万全かと」
そういうものなのか? しかし体調が治った様に感じたのは事実だし。ここは従おう。
俺はベッドに横たわる事にした。
「沙耶さんは教室に帰らないんですか?」
「野庭を放置すると織斑君が解剖されかねないので」
はっはっは……御冗談を。
いや! 御雷先輩が俺に冗談を言った事なんてあったか!?
「冗談じゃあありませんよ〜。
彼を解剖したって、メリットよりデメリットの方が大きい。そんな真似をするなら白式の拡張領域を拡げる方を選びます」
「そうしろ」
「そうします」
な、何だか俺の理解できない話をされている。
それにしても御雷先輩と野庭先生は何故タメ口で話しているんだ?
まさか……元恋人とか?
いやいや……俺もクラスメイトに影響されちまったか!?
今は休むことに集中しよう。
そうすればこのモヤモヤも治まるはずだ……。
ー
と、思ったのだが何とも怪しい野庭先生、さらには何とも目力の強い御雷先輩に見つめられてはなかなか寝付けるものではなかった。寧ろ目が冴えて寝付けない。
「いけませんねぇ〜。睡眠は百薬の長ですよぉ〜」
「お酒じゃないんですか?」
「いいえぇ。深酒は命の鉋ですよ。
私はオススメしませんねぇ。んふふふふ♪」
そ、それは何となく解る。
千冬姉はつまみも碌に食べずにグイグイ飲むし……。なんだか俺のことより千冬姉の事に心配になってきた。
「あの、千冬姉、千冬先生にも飲酒を注意してもらえませんか?」
「お断りします」
ってまさかの即答!?
一体千冬姉がアンタに何をしたって言うんだよ!? しかし野庭先生は不敵な笑みを崩さない。
「貴方は保健医なのですから生徒だけでなく教師の健康も気遣うべきでは?」
「織斑女史の飲酒はプライベートの事でしょう? あの人怒らせると怖いですし、そもそも個人の趣味や嗜好にまで関知するつもりはありませぇん。んふふふふ♪」
何故か誇らしげに言われてしまった。
というか千冬姉の話をされたせいか益々目が冴えてしまった。
「ん〜? 織斑君。 ちょっと興奮気味ですねぇ」
「そんな事は……」
(誰のせいだよ……)
「野庭。お前のその態度が原因だろう。なんとか一夏君を快復させなさい」
「ん〜……。じゃあアレを使いましょう」
御雷先輩の言葉にぽりぽり、と顎をかきながら野庭先生は目をそらして間を置く。
かと思えば何やらキーボードをカタカタタイピングし始めた。
すると……ウィ〜ンと機械音が鳴るや否や、ベッドがマッサージチェアの様に変形し、手足がロックされた。
「な、何ですかこれは!?」
「これはですねぇ。『野庭式スリーピングベッド弐式』です」
野庭式スリーピングベッド弐式って何だよ! というか1号機はどうしたんだよ!?
なんてツッコミを入れるヒマもなく、パーマ機の様なものが俺の頭をロックした。
その間にもぐるん、ぐるんとチェアは動き擬似的な無重力状態になっていた。
これはいいが、不安はつきない。
「野庭。本当に大丈夫なのか。一夏君が怯えています。説明を」
「そうですねぇ。α波をベターッとガンマッたらイプシロンする事により急速な熟睡状態にすると共に自律神経や副交感神経に対してニューロリンクスを……」
「要はよく眠れると言うことですね」
「そういう事になりますねぇ。織斑くん。 わかりましたかぁ?」
ドヤ顔されても全然説明になってねえよ!! 先輩も要はで纏めないでくれよ! 助けてくれーっ!!
と、俺が抗議と嘆願を始める前に意識はぷつりと途切れた。
ー
「1時間経ちましたが、どうです?
調子は?」
「……」
無重力マッサージチェアもとい、野庭式スリーピングベッド弐式から俺は降りる。
ロックも解けていたから何も苦労はない。
……何だ? 身体が軽い? それに凄いスッキリする!! なんというか爆睡した後の土曜日の早朝を迎えたかの様に気力が漲っている……! これはすげえ!!
「すいません野庭先生! 俺、先生の事を誤解していました!!」
「いいえぇ。私はこういう見た目だし、今は女尊男卑のご時世ですから、慣れていますよ。それでは今後ともご贔屓に〜」
「お大事にじゃないんですか……」
あれ……やっぱり怪しい人なのか?
熱い友情とまではいかないが相互理解を果たせた……というのは俺の思い違いだったのか?
「まさかあ。君は貴重なサンプルなんですから。
いつでもどうぞ。お茶とお菓子位は用意しておきますからねぇ。んふふふふ♪」
「残念ながら野庭はこういう男です。無条件に信用しない様に」
ほくそ笑みとともに野庭先生は俺たちを見送った。
アンタは泣いた赤鬼か。泣きたいのはこっちだよ。
「野庭先生はいつもああなんですか?」
「ええ。ですが腕は確かです」
全幅の信頼を寄せているのがはっきり解る。
なんだか少しだけ、あの死神博士が羨ましかった。
ー
「遅いぞ一夏! ほら、ノートだ」
「お、おう。ありがとうな箒……」
「どうという事はない」
教室に帰ったら箒にドヤされるのではいたが、
ノートを2人分取ってくれていたらしい。
「おぉ〜、ほーちゃんの内助の功ですなあ〜」
「ヒューヒュー! お熱いねぇ〜!」
「黙らんか貴様ら!! 女というものはペラペラと喋るものではない!! 両の目で的確に真実を見極めれば良いのだ!」
女三人寄れば姦しいってホントだな。と
俺は椅子に座り、四時間目に備えようとした。
「おりむ〜。四時間目は自習らしいよ〜」
「そ、そうなのか……? えっと……」
い、いかん。顔と名前が一致しねえ。
情けない限りだ。
が、まごつく俺に彼女はにぱっと屈託のない笑みを浮かべた。
「布仏本音だよ〜。でも普段はのほほんさんって呼んでほしいかな〜」
「ああ、宜しくなのほほんさん」
「今後も宜しく、本音」
何故御雷先輩が挨拶するのか……?
いや、先輩はマイペースだからな。
と、自習時間のありがたさを噛み締めていた矢先。
「ちょっと貴方、どういうおつもりですの?」
まさか自習時間にまで声をかけられるとは思わなかった……。