インフィニット・ストラトス Trinity B 作:ぷうち☆りん
第五話 マッチ・アップ
黛さんとの一件から数時間後。
俺たちは放課後のアリーナで実技訓練に入る。
「一年一組、御雷沙耶、織斑一夏です。
打鉄を二機、使用したいのですが」
「は〜い。後ろの3名は見学ですか?」
箒、相川さん、のほほんさんは何やらサインを書き込んでいる間にも俺たちは顔パス。
これも2000時間以上操縦しているという先輩の実績なのだろうか。
ともかく俺と沙耶さんはそれぞれ打鉄を装備して展開する。
「では打鉄を展開したまま基礎訓練を行いましょう」
「おい、御雷」
いつものように打鉄を展開したままでの走り込みや腕立て伏せ、反復横跳びやタイヤ引きに移行しようとした時箒が険しい顔つきで御雷先輩を呼び止めた。
「なんでしょうか」
「そろそろ1週間も経つのに何故未だに基礎訓練なのだ」
「と、言われましても実技の訓練は私が担当すると言った筈ですが」
相変わらずの目力の強さを発揮しながら御雷先輩は箒の抗議に反応した。
……確かに俺にも不安や不満がないわけじゃない。 1週間で打鉄は俺の手足、とまではいかなくても上着クラスにまで馴染んでいる。
「でも、沙耶さ〜ん。一夏君は私達より操縦は上手だよ〜」
「そうそう。私なんてこの間右手と右足が一緒に出ちゃって転んじゃったし。
シールドで顔は打たなかったけど、恥ずかしかったな〜」
と、のほほんさんは合いの手を入れ、相川さんは照れくさそうに鼻をかきながら失敗を振り返る。
あれ?それなら俺も結構やれるんじゃないか?
もしかしたら一本位は取れるんじゃないかな?
「織斑くん。先ほどから手を握ったり開いたりしていますが……何かの癖ですか?」
「へ?あ、いえっ」
御雷先輩の指摘を受けた俺はつい、手を後ろに隠してしまった。そんな癖が俺にあっただなんて。
「……確かに。成長を実感できないのは辛いでしょうね。今日は打ち込み稽古にしましょう」
「そうだな、一夏!私との稽古を思い出せば、勝てる!」
「おぉ〜、ほーちゃんってば凄い自信だな〜」
そう言えば御雷先輩は剣術の心得ってあるのかな? 立ち振る舞いからしてないとは思えないがいくら何だって全国優勝した箒より上って事はない筈だ!
「では、どうぞ」
「行きます! うりゃあああ!!」
雄叫びと共に俺は初太刀を先輩めがけて放つ。
しかし、ふわりとした動きでかわされてしまった。
「どうしました?篠ノ之流剣術の基本は重さではなく回転力でしょう?」
「解ってますよ!」
俺はカッとなって大振り、横薙ぎ、斬り払い、突き、胴抜きを放つ。
「攻撃に関連性がありません。それでは無駄に体力を消費するだけですよ」
が、どれもこれもまるで通じない。
ひらり、ひらり、と木の葉の様な動きでかわされるばかりだった。
「はあっ……!はあっ……!!」
「どうしました?起動時間はあと25分残っていますが……」
「このおっ!!」
すっかり息が上がってしまっているがこのままじゃ……終われない!!
バァン!と震脚の要領で足を踏み込み、俺の周囲に砂埃が舞う。
「晦ましを……!」
御雷先輩は距離を取ろうとするがそれが狙いだ。
俺は打鉄のバーニアを吹かした。
轟音と共に砂埃は吹き飛び、視界がクリアになる。こうすれば先輩は飛び上がっての袈裟斬りと読むだろう……。だが!
「えー!?い、一夏君はどこ!?」
相川さんが引っかかったようにバーニアはフェイント。深く腰を落としての姿勢から俺はビュンッと地を踏み、諸手突きを仕掛けた!
キイィン!と高音がアリーナに響くと共に障壁が展開された。いわゆる絶対防御の発動だ。
但しそれは御雷先輩の打鉄から発動されたものではなかった。
タイミングを合わされての、平突きのカウンターをモロに食らってしまったのだ……。
「ま、負けた……。完敗だ……」
「いえ。打ち込み稽古でありながら突きを出した
私の負けでしょう」
「それは……」
一部とは言え御雷先輩の実力を知った今、俺に反論する資格はなかった。
多分先輩は俺の自信を喪失させたくなかったから敢えてそう言ったんだろうけど……。確かに負けて悔しいのは事実だ。
けど、御雷先輩の様にISを乗りこなしたい、という思いは益々強くなった。
そして俺は数回の稽古の後に御雷先輩に礼を言って一先ず別れた。
この後の補講にも付き合ってくれるのだから
本当に頭が上がらないよな。
ー
場所は変わってアリーナのシャワールーム。
沙耶は一夏との訓練を思い返しながら冷水を浴びていた。
(男子3日会わざれば何とやら。想像以上に彼の成長は早い……鍛え甲斐のある少年ね)
僅かに沙耶の口元が歪む。とはいえ下卑た雰囲気はまるでなかった。
冷水を肩から浴びながら、沙耶はほんの僅かに口元を緩めた。
それは勝者の笑みでも、他者を見下す笑みでもない。教え子の成長を確かに感じた指導者の、控えめな満足だ。
水滴は長い黒髪を伝い、鍛えられた肩から腕へと静かに流れ落ちる。無駄な肉のない身体は細身に見えて、その内側には長年の鍛錬で培われた強靱な筋肉を秘めていた。
戦場で生き残るためだけに鍛え続けた身体である。本人にとって、それは美を誇るものではなく、剣を振るい、生き延びるための道具に過ぎなかった。
だが、機能美を極めた肉体は銘刀の美しさと凛々しさを纏っていた。
しかし、そんな細やかな充足もイヤリングからの通信で現実に立ち返る事になる。
「……俺だ」
イヤリング越しに聞こえるのは沙耶には聞き慣れた男性の低い声。
沙耶は反射的に周囲へ視線を巡らせる。
盗撮よりも、通信の傍受を警戒したためだ。
「水音……? すまん。一旦かけ直す」
「いえ。このままで構いません」
沙耶の口調と声色はどこか主従を感じさせるものであった。
「……そうか。何やら今のお前は妙な経歴になっている様だな」
「……妙な経歴? ああ、7留の事ですか。
お気になさらず」
「気にするな……と言われてもな。お前が軽んじられるのは正直俺にとって面白くない」
(相変わらず私に情け深い人だ)
「不服はないか」
「ありません。鎬様の調子は」
刹那、彼女の柔肌が水滴を跳ね除けるがその声は転じて話し相手を跳ね除けるというよりバスタオルの様に包み込む調子だった。
「お前達に比べればどうという事はない。
簪はどうしている?」
「ご心配なのですね」
「ああ、心配だ。奴等は織斑一夏を日本代表候補に仕立てようと打鉄弐式の開発スタッフを例の機体に回し始めている。
すまない、私は止めようとしたのだが……」
「簪様は思慮深い方です。鎬様の立場と心中を必ず察して下さります」
「そうであって欲しいものだが……」
いつもの調子で私ではなく簪に言えばいいではありませんか。と沙耶は言わなかった。
彼女と鎬の間には理屈ではない絆があるのだろう。
「それで、織斑一夏とはどういう男だ」
「それは……」
少しの間を置いて、沙耶は答える。
その表情に険しさはない。
「昔の鎬様に似ています」
「昔の俺か。さぞ不器用かつ青臭い男だろうな。
一度会っておいた方がいいかもしれん」
「是非、そうなさって下さい」
「ああ。……風邪には気をつけてな」
「鎬様も」
と、通信はそこで終わった。
相変わらず沙耶の表情は凛とした彫像の様に
整っていたがほんの少し赤みががっていた。
ー
一旦場所は変わって学園のアリーナ。
(あら? 男性の見学とは珍しいこと。
それも女子生徒を連れ立ってだなんて)
セシリアは射撃訓練のさなか観客席にてぽつんと座る杖をついた白衣の男に気がついた。
確か名前は野庭散(のば はらら)
元はドイツの生まれでノヴァ・ファーラーという名前だったが、何を思ったのか自由国籍を得た挙句、日本人の様な名前を名乗る変わり種だ。
だが同時にIS研究に於いてその名は広く知られている。
(なら、少し驚かせてさしあげましょう)
セシリアはにっ、と僅かに口元を歪めると
的をほぼ同時にビットで貫き、
更には3つに並んだ的をスナイパーライフルで撃ち抜く芸当まで見せた。
タイミング、速度共にズレはなくセシリアが代表候補に選ばれたのは家柄以上にこの技術があっての事だ。
(フフフ、いかがかしら?イギリスにセシリア・オルコットあり、とお解りいただけて?)
フン、と鼻を高くしながら悠然と高みからセシリアは野庭と連れ添いの女子生徒を見下ろしていた。
ー
「いや〜、凄いですねぇあの狙撃能力。
見ましたか、簪くん」
「はい。一応は。でも、私の打鉄弐式には必要ない……です」
「選択と集中ですか……」
簪と呼ばれた少女は野庭に素気ない返事をする。
嫌っているというよりは余裕がない素振りに見えた。
「それより……あのビットの誘導力……。
あれを参考にした方がいい……と思います」
「どうですかねぇ〜……。あれは量子通信を前提としたものですから。
下手にビットシステムに拘っては貴方のタイピング能力やロックオン修正力が発揮されなくなるのではないでしょうかね」
「……」
簪の表情が固まり、野庭の方をキッと睨んだ。
自分のほうが自分のISの事は解っている。と
訴えかける様だった。
「ちょっと、そこの貴方!」
「え? 私ですかぁ?」
「貴方以外に誰がおりまして!」
「こちらに。彼女の名は更識簪。
ロックオン照準の修正力とタイピング能力はちょっとしたものですよぉ」
「別に……凄くない……。普通……だし」
「奥ゆかしいですねぇ」
セシリアは野庭がまるで動じていないのが不本意だったのか直接回線で話しかける。
だが野庭は相変わらずの剽げた態度を崩さず、
簪の方に手のひらを向けて紹介しようとする始末だ。
「貴方の惚気は結構。それより貴方のISの大家なら我がイギリスの技術とブルー・ティアーズに感服しなさい!これこそ完璧なISといっても差し支えありませんわ!」
「ありますよ?」
「なっ……!?」
まるで平手打ちを食らったかのようにセシリアはたじろいだ。
「開発途上のものを完璧と言われましても困ります。というより貴方に不適格なISを使って
どうだ!私はすごいだろう!と見せびらかす様なビット操作を私達にされましてもねぇ……簪さん?」
「……ノーコメント」
セシリアの顔が真っ赤になった。
見透かされた、という羞恥心に加え、
ブルー・ティアーズを自分に不適格なIS、との
侮辱を受けてしまったためだ。
「このブルー・ティアーズが欠陥機だとおっしゃいましたか!!この無礼者!」
「いえ。不適格と言っただけで欠陥機とは」
「お黙りなさい! 来週、あの織斑一夏との一戦に貴方をご招待します! その上で私とブルー・ティアーズの実力をご覧なさいな!」
「あー……怒らせちゃいましたねぇ。
で、どうしましょう簪くん。来週の予定は?」
「……行かない。……行きたくない」
「ああ……あのISがお披露目されるからですか。
ですが織斑君を恨むのは……」
「沙耶さんみたいな事を言わないで!!
貴方達や姉さん、兄さんみたいな強い人達にはわからない!!」
簪は立ち上がるや、野庭に一瞥もせずに走り去っていってしまった。
なんでシャワー浴びてるのにバスタオルしてんの?
レーティングの壁