マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん 作:アルバート元中隊長
人生というのは、唐突に決断を迫られる時がある。
「祖国が国民に尽くすのではない。国民が偉大なる祖国に尽くすのだ。課せられた義務を果たして初めて国民の恩恵と配給物を受理する事ができる。苦難の時だからこそ団結しなければならない」
ロスヌイ中等学校で道徳の授業を受けている生徒たちは黙って教師の話を聞いている。
別に洗脳教育をされているわけでも、反抗分子を炙り出す為の作戦でもない。
「年長者を敬い、友人と切磋琢磨し、自己を磨き、祖国が誇る人材となるべきなのだ。忘れるな。君たちは希望、この私が祖国の期待を背負って育成しているのだ。やるべき事は分かるな?」
要は、道徳の授業をする教師が自尊心を満たす為に生徒を利用しているだけだ。
祖国に尽くすのは、当たり前。
だが、目の前の教師を必ずしも敬う必要はない。
(祖国はともかくこの教師を敬いたくないなー)
唯一の家族である姉を軍に徴用されて落ち込んでいた少女は、無表情で教師の発言を聴いていた。
格上の存在には媚を売り、格下には虐めて来る小物の癖に虐めた者からの評価を気にする存在。
そんな彼が、絶対に逆らう事が無い生徒たちに「自分を褒め称えよ」と遠回しに宣言している。
こういった汚い大人を嫌ほど見て来たスネジンカにとって、恨むべき存在そのものだった。
「スネジンカ、私の話に不満があるのか?」
「そんな事ありません、徴兵された姉は立派にお役目を果たしてます。私も見習いたいです」
着席している少女の肩に手を押し付けて顔を覗き込む教員は高圧的だった。
こうやって自分に不満がある存在を威圧して無理やり黙らせる。
正にカゾルミアそのものだった。
「スネジンカ、それは違う。兵士の活躍だけが貢献ではない。我々、教師も立派な愛国者なんだ。お前たちをどこに出しても恥ずかしくない存在にする為に―」
姉を自分から奪った軍が憎い。
その軍を褒め称えるのは苦痛だったが、難癖から逃れる為に嘘をついた。
現に否定しきれないので非難せず、自分の求める答えを述べ始めたその姿は滑稽だった。
「……うむ、今日の授業はここまで」
チャイムが鳴り響き、授業が終わった事を知らせる。
すると、スネジンカを標的にした教師は授業の終了を知らせて教室から退室した。
(…助かったようで助かってない)
難癖をつけてきた教師でも、定められた校則に従う奴隷に過ぎない。
こうやって表向きは、校則に従う姿を見せるからこそあの教師は厄介なのだ。
次回に叱責の続きをすると見抜いたスネジンカの気分はただ下がりとなる。
「スネジンカちゃん、大変だったね」
「大丈夫です。理不尽の事なんて慣れてますので…」
「でも…」
「今回は私の番だっただけです。これは私の落ち度なので気にしないでください」
隣の席に座るクラスメイトから慰められたが、スネジンカは油断していない。
どこかに盗聴器が仕掛けられていて今までの会話を聞かれていると知っている。
だからこそ弱音は吐かないし、友人を巻き込む気もなかった。
「おい、スネジンカ!」
「……なに?」
今度は男子生徒から話しかけられたが、彼女の態度は先ほど違って嫌そうであった。
それもそのはず、男というだけで女子を見下す生徒だったからだ。
「おめぇの姉ちゃん、兵士になったんだろ?」
「……そうだけど?」
「おめぇみたいな雑魚の姉さんなんてすぐに負けて死んじまうよ。俺が保証する」
こうやって馬鹿にされても、いつもならスルーできるはずだった。
聞き捨てならない発言が逆鱗に触れたスネジンカは友人の手を振り払って立ち上がる。
誰もが彼女に視線を向ける中、暴言を吐いた男子生徒を見上げて拳を振り上げた!
「なんだ?図星を指されて怒ったか?」
「まさか?今、あなたがとんでもない事を言ったから咎めにきただけ」
「ああん?」
上級階級出身の彼は、こうやって中級階級を挑発して見下す事が多い。
本来なら教師やクラスメイトから咎められるのだが、この学校で唯一の3等級国民だ。
甘やかされて育った暴君は、自分の失言に気付く事は無かった。
「何が言いたいんだテメェは?」
「それはこっちの台詞。今、言った事を取り消しなさい」
一方、揺るぎないスクールカースト最上位である彼は、女が調子に乗っていると判断。
本気で忠告しているスネジンカを嘲笑い、わざわざ失言を繰り返す事となる。
「おめぇの姉ちゃんなんてすぐに負けて死ぬって言ったんだ。何か文句でも?」
「誰に負けるって?」
「そりゃあ、連合軍に決まってんだろ?馬鹿かお前は?」
その態度を見たスネジンカは、見切りをつけてわざわざ言質を取る事にした。
まんまと釣られたジョージは、更に致命的な発言をしてしまった。
「ねえ、みんな聞いた?ここに敗北主義者が居るわ」
「テメェ!事実を述べただけだろ!?喧嘩売ってるのか?」
生意気どころか煽っているスネジンカに彼は暴力を振ろうとした。
しかし、駆けつけて来た教師や警備兵に力づくで取り押さえられてしまった。
「なんだよ!?」
「さすがに3等級国民でも今の発言は問題ありだ、連行しろ」
「はぁ!?ふざけるな!!憲兵長の親父に言いつけてやる!!」
そのまま連行されるジョージは抵抗するが、いつもと様子が違う事に気付く。
今まで自分の悪事をなあなあで見逃してきた表情ではなかった。
ここで自分が不味い事を言ったと実感したが、後の祭りである。
「ベ、ベイカー!助けてくれぇ!」
「ゴメン、ジョージ。さすがに庇いきれない」
「嘘だ!!俺は!!俺の親父は……!」
さすがに「連合軍に負ける」と発言すれば、いくら国民等級が高くても無視できない。
“ジョック”という異名で恐れられたロスヌイ中等学校の暴君の末路は、呆気なかった。
彼女から見捨てられた暴君は、反逆者として教師や警備兵に連行されてしまった。
翌日から登校せず、クラスルームの担任から「国営更生施設に搬送された」と告げられただけ。
(やっぱり、たった1つの油断でこうなるなんて…気をつけないと)
たった一言、失言しただけで上級国民が10等級国民の扱いまで格下げされた。
その事実を突きつけられたスネジンカは、更に周りに気を遣う事となった。
そんなモヤモヤを抱えながら昼休みになった時、事件は起こった。
「マジかよ……」
「へぇ…」
いつもだったら外で自主訓練している男子生徒が教室の一室に集っていた。
しかも、あの席はスクールカースト最底辺の子であった。
(なんだろ?)
姉から引き離されて90日が経過したスネジンカは、どこか刺激を求めていた。
昨日の失言のせいで国営更生施設に送られた暴君ですら、いざ居なくなると恋しくなる。
そんな矛盾を抱えつつ好奇心旺盛の彼女は、文屋の息子の元に向かった。
「なにかあったの?」
「大本営機関紙のニュースが凄いんだ!」
いざ、近くに居た男子生徒に呼び掛けるとなんか良いニュースがあったらしい。
しかし、戦争で快勝してるなら姉が帰って来ると理解しているスネジンカは首を傾げた。
いつも、快進撃とか大勝利とかのニュースを飾る記事に夢中になるものかと…。
「マルフーシャっていう女兵士が戦場での功績で4等級国民に昇格したってさ!」
「女でも昇格するもんだな。弱そうなコイツでも出来るなら俺たちも出来そうだな」
「違いない、あははははは!!」
男子生徒は、英雄というものに憧れるものである。
軍人として祖国を守り、民衆からチヤホヤされる存在になりたいものだ。
機関紙の一記事を飾る写真をスネジンカに見せつけた男子生徒たちは笑っていた。
(え?)
どうせ、女子はそんな事、興味ないだろ?という気持ちが見え隠れする。
だが、スネジンカはそれどころじゃない。
「ちょっと見せて!」
「うわ!?」
強引に機関紙を男子から奪い取ったスネジンカの両手が震える。
それは、姉が生きているという喜びでも、立派にお役目を果たしていると感動した訳でもない。
(そ、そんな……)
スネジンカは知っている。
こうやって英雄として記事に載る人物は、すぐに報道されなくなるという事実に…。
自分の姉が選ばれたという事は、必然的に何かを誤魔化している。
特に写真に写っている姉が血塗れになっているという事は…。
(姉さん!マルフーシャ姉さん!!)
姉を軍に徴用されたスネジンカは時折、悪夢を見る。
最前線に駆り出されたマルフーシャが流れ弾に当たって地面に倒れ込む。
致命傷を負った彼女は、残った力を振り絞って片手を空中に伸ばす。
「スネジンカ、ゴメン…」と呟いて力尽きる光景を何度も見せられた。
「おい…どうした?」
さすがにいつもと違うスネジンカの雰囲気に鈍感な男子たちも気付く。
何かあったのかと文屋の息子が語りかけようとした瞬間!
スネジンカの背後から声がする。
「マルフーシャは、スネジンカのお姉さんの名よ!」
「「「あっ…」」」
昨日、彼女を気にかけた女子生徒の発言に誰もが言葉を失った。
姉を軍に徴用された翌日に登校した彼女の姿は誰もが同情したものである。
「で、でもよ!お前のねえちゃん!頑張ってるじゃん!」
「ああ、きっとこのまま出世して司令官になるんじゃないかな?だよな?」
「え?…ああ、そうだな。まさか英雄の家族にお逢いできる事になるなんてなー」
無理して気を遣われるほど辛い物はない。
姉が最前線に居るという事実は男子から夢物語から辛い現実に意識を戻す。
男として女の子を泣かないように気を遣って発言しているのは嫌ほど分かった。
「と、とりあえず、それはやるよ。じっくりとお姉さんの雄姿を確認してよ」
スクールカーストの最下位である“ギーク”から気を遣われるほどスネジンカは落ち込んだ。
もらった機関紙を片手に誰も居ない自宅に戻っても、気分が優れない。
吐き気を催したが、必死に堪えて機関紙を両手で握り締めて記事の内容を確認する。
(マルフーシャ姉さん……)
銃の扱いを教えてくれた姉はすぐに死ぬ存在ではないと言い聞かせてきた。
きっとお勤めを果たして自宅に戻って来る。
そう考えて90日目、あれほど心配した姉の安否が薄れている事に反吐が出る。
(今の私じゃ足手纏いなだけ……)
来年、ロスヌイ中等学校を卒業するスネジンカは成績優秀のおかげで軍に推薦された。
本来なら通えないはずの優秀な士官を輩出しているセルゲイ軍学校の入学が決まっている。
そこで優秀な成績を修めれば、姉の兵役を免除する事ができると期待していた。
(……私は姉さんと一緒に居たいだけなのに)
返り血を浴びている姉の姿を見て瞳と瞼を潤す彼女は視線を逸らす。
タンスの上に置いてある緑色の額縁が印象的な写真立て。
そこには、スネジンカとマルフーシャの2人が写っている。
(どうして……)
姉が徴用される3日前に撮られた写真だけが家族と示す証拠となる。
それ以外にマルフーシャがこの家に居たという証拠は衣服のみ。
そのままにしておけずに洗濯した結果、もう姉の残り香すらない国民服。
自分では着れないブカブカな国民服はタンスの中に眠り続けている。
(いや、いやだ…)
スネジンカにとって家族とは、血の繋がった母親を示さない。
初等教育を受けて自分が要らない子だと自覚した頃、彼女は母から捨てられた。
厳密に言うと浮気して別居していた父親に押し付けられて去っていった。
その父親とも仲良くできず、徴兵されて音沙汰がないので死んだと理解した。
(やだやだやだやだ!!)
唯一、義姉のマルフーシャに可愛がられてなんとか自尊心を育む事ができた。
今までの不幸は、優しくも頼り甲斐がある義姉に逢う為と納得するほどに…。
その腹違いの姉が、名前も知らない父親と同じ末路を辿る。
15歳にもなっていない少女の面影を残す彼女には辛い現実となる。
(な、泣いちゃダメだって分かっているのに…)
机の上に置いた機関紙を左手で退かして椅子に座り込んだ瞬間、涙が溢れた。
ただでさえ金属の冷たさを伝える机に頬を伝って垂れた涙の体温すら奪う。
こんな姿を姉に見せられないと自覚しているのに啜り泣きが止まらなかった。
「……はぁはぁ」
最悪の事を考えるとどんどん変な事を思い浮かべてしまう。
だから何度も呼吸法で精神を落ち着かせて平常心を保とうとする。
セルゲイ軍学校に行けば、実戦に参加する事が確定しているので今の内に練習する。
こうやって他者から咎められたり、心配されない内に慣れようとした。
「記事を…読まなきゃ…」
泣いても笑っても後悔しても事実は変わらない。
だが、しっかりと記事を読んで認識しなければ、真実も分からなくなる。
濡らして冷たくなった袖を巻くって白魚の手で机に垂れた涙を拭く。
そしてさきほど退かした機関紙を手に取って記事を眺める。
「第13番地区の外門の門衛だったマルフーシャは、遠征作戦に志願し、国境線で戦闘を行なった」
記事の内容を無意識に音読してしまったが、何故をそれをしたのか本人も分からない。
「カゾルミア陸軍第13師団が連合軍の主力を惹き付けている間に志願部隊は要塞に突撃を敢行し、見事に連合軍のドリアン・マーキュリー大佐の確保に成功した。本作戦での重大な役割を果たしたマルフーシャ分隊長を4等級国民とし、国民等級では縛られない志願者による作戦決行を大本営は本作戦の成功により認可し、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する部隊の創設を…」
音読を続けているとスネジンカは異変に気付いた。
無意識に後れ毛を触っており、何かを確認しようとしていた。
(大丈夫、私の宝物は無事…)
姉が褒めてくれたサラサラの茶髪に2つの黒色のリボンが付いている。
厳密に言うと後れ毛の先端を縛っている黒いヘアゴムが彼女の宝物だ。
姉からもらった宝物であり、決して手放さないように小さなお下げにしている。
(他に情報は……)
指先に巻きつけたり、黒色のリボンヘアゴムの感触を無意識に楽しんでいた。
そんな情けない自分に苛立ちを覚えつつも、視線は記事に向けられていた。
現在の居場所が分かれば、手紙を届ける事ができるかもしれない。
(…ないか)
結局、13番地区の門衛以外の情報は引き出せそうにも無かった。
そもそもどこの国境線にある要塞なのか、さっぱり分からない。
西なのか、東なのか、北なのか、そもそもその要塞自体は存在しているのか。
(でも姉さんは生きている!)
姉の所属先と所在地はよく分からなかったが、スネジンカにやる事は決まった!
「手紙を出さなきゃ……」
今まで机に突っ伏して姉が帰って来る事を願うしかなかった。
どこに配属されたのか家族に知らされておらず、連絡を取る事ができなかった。
今は違う!
第13番地区の門衛という情報から第13番地区宛に手紙を送る事にした。
「それにマルフーシャ姉さんの活躍記事をまとめなきゃ…」
更にスネジンカは、姉に関する記事の切り抜きして保存する事にした。
そうすれば、姉の活躍をいつでも振り返る事ができるし、知り合いに自慢できる。
なにより、姉が生きた証を手元に残せるという事が大きかった。
「早くしないと……翌日も姉さんの話題があるかもしれない」
やる事が決まれば、善は急げ!
かなりの家計赤字となるが、大本営機関紙を発行する国営新聞社と契約する。
いつ、姉の記事が来るか分からないのだ。
決して逃さないように黒電話に手を伸ばす。
「もしもし、大本営機関紙を拝読する為に契約したいのですが……はいそうです」
実際に読んでいても嘘っぽく感じる記事に拒否感はある。
それでも姉の事を教えてくれる唯一の可能性を逃したくなかった。
ちなみにプロパガンダ記事を書いたアルバート案は採用されず、当の本人は抗議している。
「もちろんです」
まさか、この活躍記事が姉を切り捨てる為の経緯で作られたとは夢にも思わない。
電話越しで伝わって来る記者の質問に迷いなく返答するスネジンカは予測すらしていない。
「……よし」
なんとか翌日に届けてもらう事に成功したスネジンカは一息つく。
電熱技術を用いた沸騰機でお湯を沸かしてコップに入れた。
そこに配給品のティーバックを静かに湯を漬けてコップに蓋をする。
1分待つ間にハサミとデンプン糊、ノートを机の上に置いた。
「……ふう」
ティーバックを優しく取り出して近くに置いた蓋の上に乗せる。
数少ない嗜好品である紅茶は、まずい水を飲料水に変える魔法のようであった。
さきほどまで蓋に封じ込まれた湯気と香りを楽しんだスネジンカはコップに口をつける。
「美味しい……」
今まで飲んできた紅茶より美味しく感じたのは、きっと気のせいではない。
ようやく姉が生存しているという記録を目にして安心したのが大きかった。
「姉さんは私の元から居なくならないよね?」
盗聴されている危険性があるにも関わらず、本音を漏らしてしまった。
すぐにまずいと気付くが、大した事は言っていない。
徴用された家族を心配するのは、誰だって同じ事なのだから。
「よし、復活!」
紅茶を飲み干して流し台にコップを運んだ彼女は、ティーバックを手に取る。
使用済みのティーバックなんて普段なら捨てるが、何故か今はそんな気持ちにならない。
「もう1回だけなら……」
湿らせたなら乾かせば、再利用できるかもしれないとスネジンカは考えてしまった。
油の1滴は、血の一滴、贅沢は敵だと言われ続けて10年ぐらい。
ラジオから流れるプロパガンダ文句ですら「ティーバックを再利用しろ」とは言われなかった。
「すぐに使えば……」
姉の生存に安堵する為に飲んだティーバックをそのまま捨てるのは、勿体ない。
止血帯を家具同士に括り付けて洗濯ばさみで挟んで室内で乾かそうとした。
「大丈夫のはず…」
もしも、マルフーシャの戦友にしてカビの専門家であるストレルカが見れば慌てて止めるはずだ。
しかし、残念。
この光景を見る事が出来ない以上、誰もスネジンカの蛮行を止める事はできない。
「次はスクラップの作成を…しよう」
記念にティーバックを干したスネジンカは、再び椅子に腰かけて記事と向き合う。
血塗れになったマルフーシャの写真と記事を傷付けないように周りをハサミで切り出した。
手先が器用な彼女は、特に問題なく切り抜いた記事をノートに貼り付けた。
「これでよし…」
記事の内容に対して着目点や分析内容を白紙に書いたりしない。
実際に戦場に行った本人に報告できる内容だけ聴かせてもらうつもりだった。
「マルフーシャ姉さん…私、頑張るから」
腹違いの義姉を愛する女の子は今まで抜け殻のように生きて来た。
ただ、待つ事しかできなかった少女だったが、今は違う。
大本営機関紙を筆頭に書籍を読み漁って見聞を広げる。
どんな難題でも即答できる頭脳と知識を得ようと決意したのだ!
(だから待っててね)
だが、スネジンカは気付かない。
数少ない勝利を大幅に拡張して国民に宣言する事すらこの数か月間、一切なかったことに…。
姉の活躍をまとめる記事以外は、燃料以外に役立たないと知る事まで時間が掛かる事となる。
それでも、スネジンカが生きていく希望となるならば、きっとマルフーシャも喜んだだろう。
「……で?この機関紙の内容はなんですか?」
なお、当の本人も大本営機関紙を読んでおり、不満になって上官の元で抗議していた。
その対応するアルバートも本当に困惑している。
そう告げる以外に返答しようがなかった。
「私は一体、いつどこから国境線の要塞に突っ込んでドリアン大佐を捕縛したというんですか…?それに…これから軍上層部が我々に理不尽な命令を下してくるとしか思えませんが?」
「国民は勝利の脚色を望んでいる。ただの勝利ではない。大勝利をな」
特に徴用した臨時部隊を正規の作戦で運用するというのは、アルバートも初耳である。
あくまでマルフーシャを軍上層部に必要不可欠の存在と示せればよかった。
ところが、祖国はそれだけを認めなかった。
「それにこの機関紙を読んで君の妹が姉の生存を知る事ができる。きっと手紙が届くはずだ」
「お得意の論点ズラシでしょうか?」
「……上官に対して、些か言葉遣いが荒くないか?」
今まで兵士を数字としか認識してなかった士官も、数字として扱われていると思い知らされた。
そのせいで心の余裕が無くマルフーシャに突っかかるほどアルバートは苛立っている。
「私を英雄にしてくれた事は感謝してます。ただ犬死する為に英雄になった訳じゃありません」
「そりゃあそうだ、私だって貴重な戦力を無駄に消費したくない」
「では、何故こうなったのでしょうか?」
「……利口な君なら理由は大体察しているのでは?」
マルフーシャは異様に飲み込みが早い。
全兵科に適正ありと判断されたのは伊達ではないと元中隊長は分析した。
いや、理解が早過ぎて余計な事まで見抜く扱い辛い女だと気付いた。
「えぇ、理解しております」
「では、大本営機関紙の内容に異議を唱えにわざわざ私の元に来たのか?」
「いえ、どちらかというと、今回の事件を受けて提言に参りました」
「…ん?」
今まで祖国に命じられるがままに捨て駒になるはずだった女は成長した。
自分の感情を揺さぶって己にとって都合が良い展開に持ってこようとするのがその証拠だ。
(さては、自分がお前らを切り捨てる気だと勘付いたな?)
ある程度、理不尽な出来事が到来する事に慣れているアルバートは理解した。
マルフーシャは自分を利用して自身の野望を達成しようとする事に。
「アルバート指揮官、マルフーシャ分隊を買い取るおつもりはありませんか?」
「なんで自分の部下をわざわざ買い取る必要がある?」
「今でこそ直属の配下ですが、異動で上司を代わられるのを防ぐ為です」
それを示す様にマルフーシャは、自分たちを見捨てようとする上官に先手を打った。
マルフーシャ分隊、8名の兵士の所有権をアルバートに売りつけて来た。
(このアマ!調子に乗りやがって…)
マルフーシャを利用する作戦を実施するアルバートにはいくつか策がある。
しかしどの策もマルフーシャと愉快な仲間たちの協力なしで達成できない。
だからわざわざ自ら教育しているのだが、いずれは誰かの下にし、放任する予定であった。
「値段は?」
「50なら問題ありませんよね?」
しかし、マルフーシャは薄々に気付いている。
今でこそ専門知識と実戦経験がある上官のおかげでなんとか勝機がある作戦に参加できている。
ところが、今回の出来事により、軍上層部が無理難題で自分たちを動かしに来る。
(絶対にアルバートさんは逃さない…!)
もしも、人事でどこの誰か知らない馬の骨みたいな奴が上官になったら最悪だ。
勝率0%の作戦に付き合わされて全滅しかねない。
最近、スネジンカと同じくらいに分隊メンバーが好きになった彼女は粘る。
「上級兵2名に一般兵1名が雇える額か、確かにお得だな」
「上官なら我々を上手く扱えると今までの実績で信じています」
地獄の底で足掻くマルフーシャにとって今の上官は上から垂らされた蜘蛛の糸そのもの。
ここで逃せば、絶対に破滅すると分かるからこそ必死にしがみ付く。
(面倒だ…)
拒絶するなら簡単だ。
ただ、拒絶する事により、マルフーシャが別の思考に基づいて行動する可能性が高い。
だからといって彼女たちを買い取れば、出世街道に響くし、なにより大切にしてしまう。
あえて突き放す事で関係を深めず、切り捨てる際に後悔しないようにしているのだ。
「安過ぎる。なにかあるな?」
「頼もしくて信頼している上官だけに示したお手軽価格ですので…」
アルバートは、あえて安さを指摘して絶対に裏があると白状させる事しかできなかった。
さすがにこの段階で彼女に離反されると全ての計画が狂う。
なにより、お互いに疑った方が信用しやすいと踏んだ。
いつも意見を肯定する存在ほど怪しい者はないからだ。
「やだな、お前たちを一生面倒見るのは…」
「私たちは上官の指揮下のみで実力を存分に発揮します」
「どの道、税金がかかる。一旦、保留とするが、検討してやろう」
「ありがとうございます」
部下である彼女たちの成長自体は喜ぶべきである。
ただし、アルバートにとってマルフーシャたちは捨て駒に過ぎない。
適当な建前を言って、提言の採用を保留としたが、事実上は拒絶したと同意義となる。
(やっぱり、なにかある。絶対に逃がさない…!)
結局、マルフーシャの頭に浮かべた疑問を確信にする事になってしまった。
どうしたものかとアルバートは考えるが名案が浮かばない。
せいぜい、宿舎にした射撃場の改善をする以外に選択肢は無いと考え始めた。
(絶対に上官を利用してでも、みんなで生き延びてやる!)
(絶対に切り捨てて出世街道に戻って伴侶の元に帰ってやる!)
お互いに譲れない信念があるこそ、2人の野心は潰えず、だからといって嫌いにならない。
表向きはいがみ合う関係を演出し、他の兵士に内情を知られないように誤魔化す。
その根源は、大切な人の元に生還するという気持ちとなる。
案外、2人は似た者同士かもしれないが、その事にお互いが気付く事は無い。
気付いた時には、既に手遅れとなる…。
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【カゾルミア国民プロフィールシート】
名前:スネジンカ
階級:5等級国民
294年 ロスヌイ中等学校入学
296年 義姉のマルフーシャが軍に徴用されて離れ離れになる
296年 偶然、姉が活躍した記録を入手する
297年 ロスヌイ中等学校卒業(予定)
297年 セルゲイ軍学校入学(予定)
概要
マルフーシャの帰りを待つ妹
中等学校に通っており、小柄であるが軍事科目では
優秀な成績で卒業後は軍学校への入学が決まっている。
常に姉の後ろをついて周り、シスコン気味。
義妹の自分を大切に扱ってくれる姉のことをとても尊敬している。
軍学校に入学後、戦地に動員されるのは想定内だった。
なんなら、そこで出世してどこかの都市で防衛する姉の兵役を免除。
できなくても、安全地帯に下がらせようと考えたが、現実は非情だ。
偶然入手した記録からマルフーシャが激戦区に居ると理解してしまった。
だからといって今の彼女は、中等学校を卒業しなければ何もできない。
ただ、姉の帰りを待つだけの存在だったが、最近は新たにやる事ができた。
「将来の夢は姉さんとパン屋をひらく事」
趣味:絵本集め/姉の活躍した記事を切り抜いて保管すること
すき:義姉/犬
きらい:電話
性格:大人しい
身長:144cm
役職:英雄マルフーシャの妹
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