マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん   作:アルバート元中隊長

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2章 マルフーシャ分隊の盛者必衰篇
12話 やっぱ、ワンワン。ワンワンが全てを解決する


なんだかんだあってマルフーシャが門衛に着任してから100日目が経過した。

だからといってやる事は何も変わらない。

押し寄せて来る機械兵を迎撃するだけの日々が続いていた。

 

 

「殺人機械兵を相手にするのも慣れたね」

「トラップに引っ掛かってくれるから迎撃するのも楽だわ」

 

 

死者14名、重軽傷者43名を出した激戦から機械兵の侵攻規模は大幅に抑えられた。

その代わり、突発的に少数規模で攻めて来るので油断ならない相手であるのは間違いない。

徴用された住民が塹壕で雑談するほどには、緩んだ空気が流れている。

 

 

「早くバリケードを立てろ!」

 

 

内門の最前線では兵士が緩み切っているが、内門の内側である上級民の居住区は違う。

本国から見捨てられたと気付かない上級国民が必死にセキュリティーの向上を図る。

低級民と上級民をを隔てる内門が破壊されたのだ。

住む場所を追われた低級民が押し寄せてくるのは誰もが予想できた。

 

 

(うるさい…)

(国民等級が2個上だからって調子に乗らないでよ…)

 

 

3等級や4等級国民が命令を下すのは、5等級や6等級といった中級階級の者ばかりだ。

低級民が廃墟や機械兵の残骸を用いてパラッグを建てて居住を始めている。

それに危機感を覚えた上級民が必死に彼らから資産を守ろうとしているのである。

 

 

(こいつらに尽くしたくない)

(あえて門戸を開けたままにしようかな…)

 

 

この第13番地区でヒエラルキーが高い支配層は、最底辺の力を借りない。

むしろ、正規軍の兵士やその家族を強要して自身の資産を死守しようとしている。

低級民の大半が徴用されている中、彼女たちなりに楽しんでいる素振りを横で見るとなれば…。

祖国はともかく偉そうな上級民に尽くすという義務が薄れた将兵たちにやる気はない。

 

 

「なんで完成が遅れているザマスカ!?真面目にやってくださいまし!」

「……暴行罪と公務執行妨害及び憲兵不敬罪により拘束せよ!」

「「「ハッ!」」」

 

 

特に態度が応募だった3等級国民のご婦人が同じく3等級出身の憲兵に殴り掛かった。

これにより、マジ切れした憲兵は、この暴行を建前に夫人を武力で拘束してしまった。

 

 

「いやー!!クーデターよ!誰か、助けてくださいザマスー!!」

 

 

既に国民等級より治安維持が優先になっている以上、下手な事で兵士は動かない。

よって、もはや居住区であっても、我儘な上級民の権力が及ばない無法地帯。

あからさまに上級民の蛮行による自業自得っぷりに誰も助けようとしなかった。

 

 

「何、ボサッとしてるの!これが終わらないと帰れないのよ!早く作業の続きをしなさい」

「分かりました!」

 

 

さきほどの騒動で手を止めていた作業員が監査官に叱責されて慌てて手を動かす。

既に内門の内側はスラム街となっており、内門より外は資材調達場となっている。

大型機械兵の筐体をくり抜いたトロッコが常時稼働しており、資材を内門に届けていた。

 

 

(おそらく、資材が運べるのもあと数日。それまでに使える物を搬送しなければ……)

 

 

地区防衛副司令官という事実上の第13番地区のトップになったアルバートは頭痛に苦しんでいる。

連合軍による大規模な侵攻を退けたとはいえ、あくまで時間稼ぎをしただけ。

カゾルミアの正規軍を追撃する主力部隊がこちらに向かって来るのは明白だった。

 

 

(少年兵など運用したくないのだがな……)

 

 

意外な事であるが、カゾルミアでは周辺国と比べて識字率は15%以上も高い。

これは祖国の国家方針を植え付ける為であり、赤子や幼児の教育に力を入れている。

だから子供まで動員するアルバートの作戦は、祖国の方針に反している。

 

 

「たいちょー!たくさんあつめたー!」

「よしよし、ご褒美をあげよう」

「わーい!キャンディだー!」

 

 

少年や少女に機械兵の銃器や弾倉から実包を抜く作業をさせた。

バケツの中が埋まるほどの実包を見せつける少年にアルバートは飴玉を渡す。

 

 

「君も頑張ってるな。ホラ、受け取ってくれ」

「…ありがとう」

 

 

中々言い出せない少女にも飴玉を渡したアルバートは自嘲する。

 

 

(何も知らない無垢な子を利用するほど自分が悪魔だと思った事はない)

 

 

カゾルミアの憲法では、赤子と幼児の人権は過剰に保護されているのだ。

最高指導者ですら幼児までの教育方針と扱いに口出しできない現状が全てを物語っていた。

それなのに6歳児を動員してまで人員不足を補うアルバートは、祖国から見ても蛮行であった。

 

 

(いずれ街が崩壊するほどの総力戦が発生する。それまでに備えなければ…)

 

 

誰もが内心では、きっと状況は良くなると楽観視している。

何かと疑って来るマルフーシャですら、ここまで頑張れば祖国も見直すと考えている。

だが、カゾルミアという国家は、何も変わらない。

なのに今回の大敗を受けた連合軍は相応の準備を得て総力戦を挑んでくると察していた。

 

 

(今度は何を犠牲にする?名誉か?上級民?子供?)

 

 

 

戦争にはルールがつきものだ。

なんでもありで戦争をすれば、必ず報復合戦となり、終戦などしようがない。

どちらかの民族が滅びる絶滅戦争にしかならないからルールに従って戦争をするものだ。

そのルールを何度も破って連合軍を退けたからこそ、アルバートは今後の未来を察しているのだ。

 

 

(子供126人、住民943人、兵士132人、支配層88人……困難を乗り切れるわけがない)

 

 

どうしても悲観的になってしまうのは、徴用した住民で食料が尽きそうな事である。

今までは国家による配給で養ってきたが、先の戦闘で線路が大きく破損し、使い物にならない。

空輸で物資を運んでも、彼らの胃袋を満たすには到底足りなかった。

 

 

(連合軍が総攻撃をしてこないのもコレが要因か)

 

 

機械兵をまだらに送り込んでいるのは、敵の反撃能力を見る為。

前線の兵士が雑談する余裕があるのであれば、まだ食料は尽きていないと判断する。

少なくとも連合軍の将校としての立場で考えれば、アルバートも同じ手を打つ。

 

 

(どんなに鉄壁な要塞でも食料が尽きれば、ただの墓標に過ぎん…)

 

 

ただでさえカゾルミアには植物がほとんどなく保存食がメインの食事だ。

サプリメントで栄養を補ったところで胃袋が空っぽという状況には勝てない。

この世における最も罪深い大罪が、暴食なのも納得できる。

 

 

(やるか……)

 

 

60年連続、未就学児が0人という実績は、確かに他国に誇れるものである。

それをアルバートは自らの手で終わらせようとしている。

 

 

(学児の疎開を……)

 

 

子供を親から引き離して安全な場所に疎開する。

これは、連合軍との戦闘で負けているとアピールしているものだ。

だから本来ならやるべきではないが、この惨状である。

 

 

(どうせ、死ぬなら自分が知らない場所で死んで欲しい……)

 

 

補給の計画書を見る限り、一ヶ月は連合軍による大規模襲撃は無い。

だから今の内に食い盛りの子供を全員、本国の奥地に送り出すしかない。

さすがに本部も幼児たちを疎開されること自体は否定しないはずである。

 

 

(第13番地区は必ず近い将来に滅びる。それも住民全員が惨たらしく殺されるのだ)

 

 

手を振って子供たちから別れて執務室に向かうアルバートの表情は暗い。

空爆、砲撃、化学兵器、あらゆる攻撃手段が用いられると予測する。

それに対して守備隊がどれだけ防衛できるのか脳内シミュレーションを実施。

 

 

(2週間もてば、良い方だろう)

 

 

結果、総力戦になれば2週間も経たない内に味方が全滅すると予測した。

なにをすれば、時間を稼げるのか。

 

 

(9割以上が女という現状で、どう守ればいいのか)

 

 

動ける男性は正規軍に徴用されておそらく最前線で死んでいる。

ほとんどが未亡人とその子供、徴用された女兵士しかこの街には居ない。

そして本国からの管理が行き届かない現状、そろそろ女性たちが反乱を起こす。

きっとそれを見越して本部は、女性兵士のみでこの地区を防衛させている。

 

 

(どいつもこいつも……)

 

 

敵対している連合軍も無理難題を押し付ける住民と兵士、役に立たない本部。

一度要求を受け入れれば、つけあがってくる部下達、夜逃げした防衛司令官。

全てが鬱陶しく感じる彼は、自分が正気を失っていると実感している。

 

 

「そうだ、ワンちゃんに癒されよう!」

 

 

対人関係と絶望な未来予測で悩み切った結論が明らかに正気じゃないと自覚はしている。

それで荒ぶる精神には、動物による癒しが必要だ。

対人関係で悩んでいるならアニマルセラピーで癒されればいい。

そう考えた彼の行動は早かった。

 

 

「……最近、指揮官の様子が可笑しくない?」

 

 

アルバートが『犬』を調達する為に本部に連絡を入れて4日後。

ライカ班長から報告を受けたマルフーシャは無言で頭を縦に振る。

 

 

「明らかに何かを隠してる」

「やっぱりそう思うよね」

 

 

只今、風呂場にタイルと敷いて防水加工しているところだった。

射撃ブースを改造したシャワー室と浴槽から水漏れが発生した。

その対処をしている2人は、気分転換に雑談を始めた。

 

 

「……まさか、私がインクを使い過ぎたのが原因!?」

「そうじゃないと思うけど……というかまた怒られたの?」

「え、えっと、住民に説明する時に……図があると便利かと」

 

 

タイルを敷いた事による隙間を防水モルタルで埋めるマルフーシャは驚いた。

未だにライカ元監査官がインクを大量に消費し、上官に叱責される事に。

さすがに「このままだと愛想が尽かされてもしらないよ」と言われると思ったのか。

言い訳を開始した元上官だったが、マルフーシャは大して気にしていない。

 

 

「まあ、それはともかく」

「ともかく!?」

「良いから、とにかくアルバート指揮官と相談する回数が減った。これは事実だ」

 

 

以前だったら、自分たちに気を遣ってメンタルチェックをするのに今は回数が減った。

冷静に考えるのであれば、直属の上司が更に出世して多忙になった。

そうならば、早急に手を打たなければ、自分の分隊が誰かの下に就く事となる。

 

 

「って事は、私たちの分隊は一人前と評価されたってことね!鼻が高いわ!」

「そうだね……」

 

 

真面目故にどこか楽観的な思考になるライカはマルフーシャも好きである。

ただ、今回ばかりは彼女の意見に同意するわけにはいかない。

 

 

(それは阻止しないと……)

 

 

ある程度、内情を知る上官の指揮下から離れると自分の現状が掴めなくなる。

あからさまに自分たちを利用しようとするアルバートだが、対処も扱いも楽だった。

だが、小隊長や憲兵長の指揮下に入るとなれば、対応を変えねばならない。

 

 

「さあ、マルフーシャ!風呂場を完璧にして明日には使える様にするわよー!」

「ライカ班長、モルタルがある程度、乾いたら分隊メンバーを集めておいて」

「……え?」

 

 

だからマルフーシャは行動を起こす事にする。

マルフーシャ分隊全員を召集し、アルバート指揮官の執務室に殴り込みに行く。

色仕掛けも泣き落としも通用しない相手なのでこうするしかない。

 

 

(とにかく愚痴を溢せる男が居なくなると私が困る…!)

 

 

ここまでマルフーシャが焦っているのは、2つの要因がある。

まずは、直属の上官が変わる事で分隊運用が大きく変化するのを避けたい事。

もう1つは、相談できる男性兵士という貴重な存在を手放したくなかった。

 

 

(戦争で戦死する前に破滅しかねない…)

 

 

ここまでマルフーシャを焦らせているのには理由がある。

それは分隊メンバー全員がマルフーシャを慕っている者で構成されているのが起因している。

要するにマルフーシャと各メンバーは、クソデカ矢印を向け合う関係となる。

だが、分隊のメンバー同士の仲はそこまで関係があるわけじゃない。

そのせいで何が起こるか。

 

 

(ただでさえ仲裁に疲れるのに…トラブルを投げられる相手が居ないと困る!)

 

 

マルフーシャが男役となり、共感を求める女性たち同士を仲裁する事となる。

裕福な家庭で生まれ育ったライカ班長はともかく、他のメンバーはかなりの曲者である。

深い感情の繋がりや高い共感を求めて来るのでマルフーシャはその対応で疲れ切っていた。

 

 

(私だって…私だって……)

 

 

感情の起伏が少なく兵士として適正あると判断されるマルフーシャにも乙女心はある。

使命を放り出して誰かに甘えてみたり、パン作りを手伝ってくれる男性だって欲しい。

スネジンカと一緒に名物として売り出すパン作りだってしたいし、ゆっくり休みたい。

 

 

「よし、乾いた!いますぐ分隊メンバーを玄関前に召集して!」

「え?ああ、うん。分かったわ!」

 

 

仮止めをした防水モルタルが乾いたのを確認したマルフーシャは班長に指示を出す。

勢いよく指を差されてびっくりしたライカであったが、すぐに寝室に向かって飛び出した。

 

 

(みんなは大好きだけど、度はある!たまには自由になりたい!)

 

 

兵士として適正があっても、人の上に立つ適正があるとは限らない。

男は組織の中の役割で自分を見出すが、女は自分の役割を組織で見出す事が多い。

リーダーとして甘えられる事があっても、その逆ができないというギャップが苦しい。

 

 

「みんな!今からアルバート指揮官の元に行くよ!」

 

 

フェリセットのお世話をして同衾する仲のマルフーシャでも限度がある。

友情と恋愛の違いが分からず、曖昧状況の関係性に苦労した彼女は考えた。

 

 

(私の苦しみを軽減する為にも上官を巻き込まないと!)

 

 

以前、マルフーシャは自分の分隊をアルバートに売りつけた。

それは彼が自分たちをいずれ切り捨てようとしたのを見抜いて先手を打った。

…というのは建前で単純に分隊内の問題にもっと関与して欲しかったのが大きい。

 

 

「アルバート地区防衛副司令官!マルフーシャ分隊長です!」

「……なんだ、騒がしい。緊急事態なのか?」

「急ぎ伝達事項がありまして分隊を率いて参りました!」

 

 

急ぎ足で駆けつけたマルフーシャは扉を3回叩いて要件を告げた。

単独で来た場合は門前払いされるが、分隊全員で来たとなれば話は別。

明らかに異常事態となるのでアルバートも執務室に招かざるを得ない。

 

 

「なるほど、入室を許可する」

「はい、失礼します!」

 

 

以前の様に疑いはするが、特に行動を起こす事が無い無垢の少女は死んだ。

代わりに誰かを利用して自分が生き残る為ならなんでもする貪欲女に転生した。

見事に策略に上官を引っ掛けたマルフーシャは堂々と執務室に入室する。

 

 

「何事なんでしょうか……」

「…とりあえず入ろうか」

「は、はい」

 

 

ただ、事情を知らない分隊メンバーは何の話か見当もつかない。

特に色々と考えてしまうビオン一等兵は思わずストレルカ特務員に質問してしまう。

もちろん、ストレルカも知る訳が無いので親指を扉に向かって突き立てて返答するしかない。

 

 

(まさか、マルフーシャ。小隊長になる気!?どれだけ貪欲なのこの子!?)

 

 

なお、かつての上官であったライカ班長は、変な勘違いをした。

マルフーシャは優秀な人材と認めているが故に更に出世すると考えてしまった。

実際、4等級国民に昇格しているので軍での階級も上がりやすいという考えても仕方がない。

 

 

「……アルバート指揮官、先にご質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構わん、返答できる案件なら快く答えよう」

 

 

先に執務室に踏み込んだマルフーシャは目撃した光景を見て発言を変えた。

明らかに異物を発見した彼女は、その事について言及する事となった。

 

 

 

「何故、室内に機械兵を招き入れているのでしょうか?」

「『犬』を室内飼いしているからだ」

 

 

あからさまに四足歩行の小型な機械兵に指を差してマルフーシャは質問を繰り出す。

対してその機械兵を優しく撫でているアルバートは当然の様に返答をした。

全然、回答になっていないのだが、あまりの剣幕に当事者以外は唖然としている。

 

 

「これが犬?私が知っている犬は、毛だらけでもう少し愛らしい姿をしていますが?」

「だから室内飼いをしている。間違って撃たれて破壊されたらたまらんからな」

 

 

全てに嫌気が差したアルバートは、犬に癒しを求めた。

だが、犬は犬でも忠実に動く部下より機械の肉体をしている『犬』を調達した。

 

 

「ここに()()()()が居ます。それではご不満だったのですか?」

「君は人間であって、ペットではない。人権に配慮せずに接したかったからな」

 

 

ここでようやく上官が自分たちから興味が薄れた証拠を発見した。

手塩で育てる自分たちよりも、機械兵っぽい何かの方を優先していたのだ。

慌ててマルフーシャは、自分たちの方が役に立つと断言するが、上官に一蹴された。

 

 

「そうですわ!マルフーシャ姉さまのペットは私だけで充分ですわ!」

「……フェリセット、話が拗れるから少しだけ我慢して」

「ムッ、姉さまがそう仰るなら」

 

 

そこにフェリセットが援護射撃と見せかけてフレンドリーファイアを仕掛けて来た。

ここから重要の話をしたかったマルフーシャからすると、彼女の擁護は邪魔でしかない。

分隊長らしく黙らせて改めて上官であるアルバートに向き合った。

 

 

「私たちは祖国の為、上官の為に今までここまで尽くしてきました。それなのにその機械兵っぽい何かの方と接する方が良いと仰られるのでしょうか?我々はその程度だったのでしょうか?」

 

 

喉から言葉を絞り出すように震えた声でマルフーシャは本音を告げた。

確かに色々迷惑をかけたと思うが、機械兵未満だとは一切考えてなかった。

 

 

「そうだ、君たちと違ってこの子は文句を言わない。人間相手と違って素直に接する事ができる。気晴らしにいつでも撫でて愛でる事ができる。好きだからこそ距離を取っても反応を楽しめる…。まさに人間の役に立つパートナーだ。それに機械の肉体なら食費も楽というわけさ」

 

 

だが、アルバートからすれば滑稽な話である。

本来であれば、使い捨てられる立場の兵士に充分過ぎるほど気を遣っていた。

それなのにペットの『犬』より扱いが酷いではないかと言っているようなものだった。

 

 

「逆に訊き返したい。思春期を迎えた年頃の女の子に同じように接する事ができると思うのか…?頭を撫でたり、抱き寄せたり、反応を見て楽しんだり、ペットと同じ事ができると思うか?」

 

 

ただでさえ、アルバートには最愛の伴侶がいるのだ。

これ以上、一生面倒見る異性など必要なかった。

なにより、人間じゃないから癒されているので、扱いに関して責めるのはお門違い。

 

 

「……え?私はマルフーシャ姉さんのペットとして幸せな生活を送ってますが?」

 

 

そう言いたかったのだが、ここでフェリセットの発言で狂わされた。

2等級国民のお嬢様がペット扱いで喜んでいるという例外のせいで話が拗れる。

 

 

「……よし、じゃあ私に同じ事をされたいか?」

「嫌です!」

「……だろう?だから私は『犬』を飼った。せっかく至福の時間を楽しんでいたというのに…」

 

 

それでもマルフーシャより人生経験が豊富な彼は、言葉巧みに彼女を利用した。

大人の狡賢さを分隊長に見せつけた副司令官は、現実を突きつける。

 

 

「上官の私生活に介入してまでここに来たんだ。相応の報告があるんだろうな?」

 

 

例えるなら、単身赴任していた部長が久々に実家に帰郷してペットと触れ合っている。

そこにわざわざ駆けつけて来た部下が仕事の件で相談を持ち掛けたとする。

仕方なく対応したら、ペットの方が我々より重要なのですかと質問をしてきたと同意義だ。

 

 

(これで碌な伝達じゃなかったら、お灸を据えられるな…!)

 

 

もしも、碌な伝達をしなかったら、相応の処罰をすると遠回しで述べた。

さて、どんな返答をするか見ものだなと意地悪をする男はまさに悪魔であった。

 

 

「もちろん、『犬』の件でここに訪ねてきたわけではありません」

「では、マルフーシャ分隊長。本題を早く報告してくれ」

 

 

既にマルフーシャには後がない。

わざわざ『相応』という単語を示された以上、これからの発言には相応しくはない。

だからといってそこで引き下がる女ではない。

 

 

「アルバート指揮官、現在、ありとあらゆる守備隊が再編成をしており、人員配置や子供の動員、防衛陣地の構築や機械兵の兵装による戦力強化を図っている中でマルフーシャ分隊のみ放置され、しまいには、他の守備兵から『虎の子部隊』だから温存されていると陰口を叩かれる始末です」

 

 

建前を言う時、アルバートはマシンガントークで周りの介入を許さない。

その癖が染みついたマルフーシャも真似をして本題までの時間稼ぎをした。

 

 

(……言いたい事は見抜いた。だが、今ここで言う事か?)

 

 

さきほどの扱いに関しても、現状の扱いについて触れて来た。

これでアルバートは、マルフーシャが自分たちをどうしたいのかと問いたいと見抜く。

 

 

(もちろん、適切なタイミングで見捨てたい…などと言えないがな)

 

 

既にそれについては、訊かれると想定しており、いくつか返答パターンを用意してある。

思ったより大した事ではなさそうなので、罰して上下関係を分からせようと考えたまであった。

 

 

「それで気付きました!」

「ん?」

 

 

ところが、マルフーシャはアルバートの予測したハードルを飛び越えた。

 

 

「私たち、マルフーシャ分隊は、友軍から伏せられている特殊作戦に参加すると理解しました…。陰口を言われるまで気付かなかったのは、恥ですが……もう迷いはありません!」

「……は?」

 

 

なんかアルバートが連合軍に対して何か仕掛ける事になっていた。

初耳なのは、お互いの顔を見合わせた分隊の隊員だけではない。

アルバート本人も一切、考えていない作戦についてマルフーシャは問いかけてきた。

 

 

(何言ってんだコイツ…)

 

 

連合軍の情勢など把握できない以上、専守防衛するしかできない。

それに必死に防衛陣地の構築に専念しているせいで遠征計画など一切なかった。

その影響でマルフーシャの発言にアルバートは呆れ果てた。

 

 

「かつて仰いましたよね?指定された任務を遂行し、達成できるだけでは上から評価されないと。宿舎の改良と改善に気を取られてその発言を恥ずかしながら忘れてました。当たり前を受動して、本質を見失うとはこの事だと再認識しました。ですので改めて我々からの伝達事項を述べます」

 

 

だが、マルフーシャは上官が発したかつての発言を取り込んだ。

当たり前で満足しては、祖国から評価されないと告げた。

 

 

「いつでも出撃可能です。ご命令をお願いいたします!」

 

 

これは、マルフーシャの賭けである。

目の前の上官は、見事に自分を英雄にしてみせた。

どんな策略でしたのかは分からないが、これで終わりではないと見抜いていた。

 

 

(大本営機関紙に一記事を載せるだけで満足していないはず……!)

 

 

ここまで大惨事になったのに未だに本部はまともな支援をしてくれない。

だから今だに見捨てられていると分かっているからこそ賭けた。

唯一、下に仕えたいと思えた男性士官に何かこの現状を打開する策があると…。

 

 

「……あるにはある。ただし、外門より外へ遠征しなければならない」

「望むところです。勝利がなければ脚色で盛れませんから…」

 

 

マルフーシャ分隊が本気で英雄になろうとしていると勘違いしたアルバートは口を漏らした。

初めてマルフーシャが策謀家の上官の思考を完全に上回った瞬間となる。

 

 

「…実は先の大戦で連合軍の兵士を捕虜にしている。ただし、あくまで末端で生かす価値が無い。もちろん、五体満足の彼らを虐殺すれば、相応の反撃をもって連合軍は攻めて来るだろう」

 

 

空爆や砲撃では敵戦力全てを全滅させる事は不可能に近い。

だから、空爆後にポイントマンを派遣して逃げ遅れた敵兵を捕虜にしていた。

 

 

「そこでだ、段階的に捕虜を解放して連合軍に帰す事にした」

 

 

末端の兵士など生かす価値はないが、少なくとも全滅戦争を避ける切り札になり得る。

捕虜ごとぶち殺す前に捕虜が解放されるのであれば、そちらを優先するに決まっている。

 

 

「ただ、捕虜を連合軍がそのまま素直に受け入れる訳がない。簡易的な身体チェックを行なったら近隣基地に輸送して詳しく調べてから復員するなり、本国に送還するはずだ」

 

 

マルフーシャがやる気なら一か八かの作戦も悪くないと、その場で作戦を作り上げてしまった。

意外と行き当たりばったりなのに軍で成り上がったアルバートは、アドリブもかなり上手だった。

 

 

「ここまで言えば分かるだろ?祖国を土足で踏み込んできた連合軍の基地の所在を特定してやる。状況によっては破壊工作や情報収集もできるだろう。…ただし、難易度は今までの比ではない」

 

 

自称、人道的な連合軍は、味方には優しいとカゾルミアにわざわざアピールしている。

戦死したと思われた兵士を敵軍の基地から奪還したと騒ぎ立てたいに決まっている。

それを逆に利用してやろうと考えた。

 

 

「やります」

「……そうか」

 

 

あまりにも無謀な作戦を告げたが、マルフーシャは即答で受け入れた。

その顔は、いつも以上に無表情であり、機械兵よりも冷酷に見えた。

 

 

(アニマルセラピーが必要そうだな……あとで『犬』を送ってやろう…)

 

 

あまりにも顔が人外染みていた為、アルバートはビビってしまった。

そこで機械の身体をしている『犬』を送る事にした。

この犬が後に彼女の人生を大きく変える事になるとは思いもしなかったが。

 

 

 





-----
【用語集】

“マルフーシャ分隊”


解説
第13番地区の外門防衛を担当したマルフーシャの成績に目をつけた士官が、
マルフーシャと彼女が信頼できる7名の女兵士で構成した分隊。

本来は、汚れ仕事ができるビオン一等兵とマルフーシャさえ生き残れば良かった。
だから残りの人員は、捨て駒になるはずだったが、
想像以上に仲間意識があり、断念。

他所から兵士を編入して複数の班として運用したが、上手くいかず失敗。
マルフーシャが5等級国民というのもあり、舐められたのが大きかった。
結果的にマルフーシャと愉快な仲間たち以外での人員編成は見送られた。

【マルフーシャ親衛隊】と言える女性しか居ない分隊員には特徴がある。
ライカ班長を除く6名の兵士は、マルフーシャとタッグを組んでいた過去。
そして、全員が何かしらの動物好きという共通点が存在する。

マルフーシャに対しては、アホみたいに感情を向けているが、
分隊員同士の仲はそれほど良いとは言えず、マルフーシャの悩みの種となっている。
さすがに辛くなったのか、上官にトラブルの一部を押し付けようと画策しているようだ。

近々、機械の肉体をしている『犬』が上官からプレゼントされる事になっている。
果たして動物好きの彼女たちは受け入れるのだろうか。


組織図:

アルバート地区防衛副司令官(中佐相当官) ※変更予定

↓(直属)

マルフーシャ分隊長 ※上官の変更を断固として拒絶している

↓(部下)

ライカ班長

↓(ほぼ同格)

ストレルカ特務員(副班長)

↓(部下)

アリビナ上等兵
フェリセット上等兵

↓(ほぼ同格)

エノス一等兵
ビオン一等兵
ベルカ衛生兵

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TS転生した主人公がネオサイタマをなんとか生き残る話。


総合評価:3261/評価:8.71/連載:21話/更新日時:2026年09月05日(土) 23:34 小説情報

『大切な人を救うために死に戻る能力』(作者:破れ綴じ)(オリジナル現代/日常)

「ま、アンタは『大切な人』じゃないんだけど」▼ *▼ クラスの堅物委員長マコトがめちゃくちゃ仲の悪いギャルのセイラと共に、なんとか死に戻りループを攻略し、『大切な人』達を命の危機から救い続けるお話です。ちなみに、能力を持っているのもループするのも主人公じゃないです。


総合評価:5404/評価:9.21/連載:66話/更新日時:2026年09月06日(日) 07:15 小説情報

“転生者”(作者:ダフネキチ)(原作:ELDEN RING NIGHTREIGN)

▼あなたは絶望した。▼最早、転生なんて事象には驚かないほどに。▼なぜなら、“ここ”は『何度も繰り返される悍ましい夜と共にやってくる“夜の王”と延々と戦い続ける“夜渡り”達の物語』。▼よりにもよって、明確な終わりが見出せない世界。そこに転生を果たしてしまっていた。▼あなたは嘆いた。あなたは顔を覆ったが眼の前の景色が無くなる訳ではなかった。あなたは迎えに来た人形…


総合評価:10730/評価:9.13/連載:32話/更新日時:2026年09月06日(日) 18:00 小説情報

これもきっと妖怪のせいに違いない(願望)(作者:R1zA)(原作:妖怪ウォッチ)

▼リハビリ作。▼最近事故で死にかけた時に見た走馬灯で妖怪ウォッチがやりたくなったので久々にやった結果、『妖怪ウォッチって改めて見るとめっちゃヤンデレ適性高いな?』と思って書いた怪文書です。▼以下あらすじ▼妖怪ウォッチ世界でケータ君に転生した人が無印から3までを死に物狂いで駆け抜けた結果、繋いだ縁でがんじがらめにされる話。▼※匿名解除しました(2025/1/1…


総合評価:10193/評価:8.93/連載:4話/更新日時:2026年08月16日(日) 02:24 小説情報

成り代わりセイアは未来が分からない(作者:ロリコンではない。好きな子がロリなんだ。)(原作:ブルーアーカイブ)

なお本人はかなり楽観的。それに加えてセイアエミュのクオリティはお察しのため順調に原作と異なるルートを辿っている模様。


総合評価:9163/評価:8.89/連載:7話/更新日時:2026年08月18日(火) 17:00 小説情報


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