マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん   作:アルバート元中隊長

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13話 お前らマルフーシャばっかり気にしてんな

捕虜にされた連合軍の兵士の朝は早い。

日が昇る前に起床し、誰よりも早く朝食を取る。

少しの休憩の後、彼らが行う業務は空爆で発生した瓦礫の撤去であった。

 

 

「さっさと目的地まで運びなさい!」

 

 

女憲兵に銃口を突き付けれた8名の捕虜は、瓦礫の撤去をさせられた。

撤去した瓦礫を台車の上にある専用の容器に乗せて運んで集積所まで輸送する。

そういった日常を繰り返していた。

 

 

(いつまでやるんだか)

 

 

なお、ドリアン大佐は高級将校という事もあり、刑務作業は免除されている。

監禁生活ではあるが、末端の捕虜と違って身の危険は発生してなかった。

裏を返せば、このままだと末端の捕虜はいつ死んでも可笑しくない。

国際的に認められる人権が無い事に定評あるカゾルミアで捕虜にされた兵士に朗報がある。

 

 

「下級兵は連日に渡って段階的に解放されるらしい」

「ホントかよ…」

 

 

下手すれば、5級国民の兵士より食事環境が良いとされる捕虜が解放される事となった。

建前としては、カゾルミアは敵兵にも人権を配慮するとの事だったが、誰もが分かっている。

 

 

(絶対、罠だろ……)

 

 

カゾルミアが人権に配慮して行動するなどあり得ないと捕虜どころか守備兵すら感じている。

一応、連合軍が使用している無線の周波数に呼びかけを行なったそうだが、正式な交渉ではない。

要するに脱出した捕虜が機械兵に迎撃されるのか確かめようと試みていると誰もが理解した。

 

 

「なんでこんな物を……」

 

 

更に連合軍から鹵獲した2.5トントラックを捕虜に運転させる事になっていたが…。

産業廃棄物や電熱線の破損品も帆布の中に搭載する事となった。

明らかに捕虜の人権侵害だが、危険物を街に置いておけないという事でこうなった。

 

 

「早く運びなさい!」

 

 

連合国にとって電熱線というのは、人体を蝕む危険物そのものである。

カゾルミアの兵士たちがアクセサリーのように身に着けているのが、信じられないほどだ。

 

 

「捕虜から解放されたいなら使命を果たしなさい!」

 

 

しかし、危険性と引き換えにカゾルミアを超大国とさせた物質である事に変わりはない。

大半の国民はその危険性すら考えていなかった。

空は青い、夜は暗い、電熱線はクリーンエネルギーと洗脳されてきたのだから。

憲兵に命じられた捕虜たちは、廃棄物が入った箱を集積場からトラックの荷台に詰め込んだ。

 

 

「本日の業務はこれまで。解散!」

 

 

末端の捕虜を解放する事が決定してから2.5トントラックに積み荷を載せるのが業務となった。

何故か、1台には弾薬や守備兵には使いこなせない砲弾が載せられている。

なんでこんな物を載せるか捕虜は理解できなかったが、文句を言う事は許されない。

 

 

(これでこの糞みたいな環境から脱出できる……!)

 

 

少なくとも捕虜になった連合軍兵士は、明日から順に帰れる事を歓喜している。

しかし、人質の解放を望まない守備兵も居れば、その意図を探ろうとしている者も居る。

 

 

(絶対に裏がある……)

 

 

カゾルミアの守備兵の1人は、連合国と通じているスパイであり、内偵を命じられていた。

何度も裏をかかれて連合軍に打撃を与えて来た司令官がこんな真似をするのは可笑しい。

女スパイは必死に衛兵のフリをしながら、捕虜の解放目的について探っていた。

 

 

「ん?」

 

 

女憲兵から業務の終了を知らされて食堂に向かう捕虜に向けて1名の歩哨が駆け出した。

明日に解放される捕虜たちに耳打ちをしたのを目撃したスパイは違和感を覚える。

 

 

(なに?)

 

 

捕虜が時折、見せる合図を見逃さないようにじっくり様子を伺うと…。

彼らはどこかにいるスパイに向けてさりげない合図を送る。

 

 

(最初の車両、時限、時間内に脱出)

 

 

どうやら最初の捕虜が乗せられるトラックは、時限爆弾のようであった。

近づいて来た捕虜を解放しようとする友軍に向けたブービートラップらしい。

やっぱり、罠だと気付いたが、その後に続いた合図に首を傾げる。

 

 

(連合軍、報告済。明日、2人解放)

 

 

何故か、捕虜が乗るトラックに時限爆弾が搭載されていると連合軍に報告したそうだ。

 

 

(街、脱出、トラック放棄、可能性を示唆…?)

 

 

しかも、第13番地区を脱出したらトラックを放棄して脱出しても良いらしい。

それだけを知らせた捕虜たちは、食堂に向かってしまった。

 

 

(……なにこれ)

 

 

捕虜の解放計画自体は、末端の兵まで聞かされている。

6台のトラックに捕虜を分けて街から脱出させるというものだ。

しかし、妙な話である。

 

 

(トラック自体は囮じゃない?)

 

 

てっきり、捕虜に見せかけて兵士を派兵するのかと思っていた。

現に荷台の帆布には兵士を潜伏させられるスペースがあった。

だが、爆薬を載せた車両以外は全て産業廃棄物を載せてある。

 

 

(ただのポイ捨て?)

 

 

冷静に考えれば、街の中に保管したくない危険物を街の外に出すのが目的だと分かる。

何故なら本部の許可が下りない限り、第13番地区から出る事も許されていないのだ。

連合軍に情報を漏洩させて自分の生存権と人権を確保したい女スパイは必死に考える。

 

 

(マルフーシャの動向は随時、監視しないと……)

 

 

大本営機関紙の記事に名前が載ったマルフーシャを彼女は最大限に警戒している。

最近の動向は、なにやら連合軍の基地を掴んだのか空挺訓練をしているらしい。

鹵獲したトラック等に書類や暗号解読表が残っていたので情報漏洩はあり得る。

 

 

(空挺?本当に……)

 

 

しかし、連合軍は第13番地区での総力戦で敗北したのですぐに暗号を変更したはずだ。

情報は常に変化しており、1時間前に握った情報ですら現在には通用しない事がほとんどだ。

詳細の情報を伏せられているとはいえ、スパイ自体は空挺訓練を疑ってはいた。

 

 

(きっと何かある…!)

 

 

末端の兵なので詳細の情報は探れない。

だからマルフーシャをマークしておけば、問題ないと判断した。

翌日、2名の捕虜が乗ったトラックは問題なく第13番地区から脱出した。

 

 

(機械兵に攻撃されないといいけど……)

 

 

あくまでもカゾルミア国民であるスパイは、機械兵の性能を知らない。

捕虜が運転するトラックを敵軍と判断して攻撃する可能性も考慮する必要があった。

 

 

(絶対に追跡装置や盗聴器が仕掛けられているよね…)

 

 

発信機や盗聴器で車両の居場所を探っているのは誰の目から見ても明白だ。

よってこの捕虜解放で何をしようとしているのか考える必要があった。

 

 

(次も2名…)

 

 

街から脱出した以上、それ以降の情報はスパイは知り得ない。

だから翌日に解放される2名の捕虜に着目する。

 

 

(まただ…)

 

 

またしても周囲を警備する歩哨が翌日に解放される捕虜たちに耳打ちをする。

報告を済ませて立ち去る彼女に警戒しつつ、捕虜の合図を待った。

 

 

(物資輸送。危険物アリ、連合軍、報告済)

 

 

トラックに搭載されている危険物を連合軍に報告したらしい。

産業廃棄物を輸送させられる捕虜の健康が心配である。

 

 

(それにしてもライカ元監査官…最近見かけるな)

 

 

合図を見届けたスパイは、マルフーシャの部下であるライカに着目した。

他の分隊メンバーを見かけない代わりに彼女だけはよく見かけた。

きっと彼女が何かしらの作戦で動いているのは、分かり切っている。

しかし、今までの失敗経験から彼女自体に着目し過ぎるのは危険だった。

 

 

(ライカが動き回る意図…しっかり見極めないと)

 

 

今度、失敗したら亡命計画自体がおじゃんになる可能性がある。

自分の未来の為にも女スパイは、失態を繰り返さないと自負する。

更に翌日、2名の捕虜が運転するトラックから街から脱出した。

これで残る捕虜は4名となった。

 

 

(まただ…)

 

 

今度は支給された帽子を深く被らされた捕虜が歩哨に耳打ちをした。

その様子を凝視するのは危険と判断し、あえて彼女は目を逸らしている。

 

 

(えーっと合図は…)

 

 

それでも捕虜を警戒するのは兵士としての役目である。

さすがに多少の凝視くらいは問題無いと分かっているが、彼女は油断していない。

捕虜から出される暗号を待った。

 

 

(連合軍、報告済、物資輸送。危険物アリ)

 

 

1名でトラックを運転する予定の捕虜は、昨日と同じ合図を送って来た。

捕虜自体は、仲間の合図を目撃していたので少しだけアドリブを利かせている。

何故、捕虜全員に帽子を被せたのかの指示はなかった。

 

 

(ライカだ…)

 

 

またしてもライカ元監査官を目撃した。

なにやら大量の物資を内門に向けて運ぶように指示を出している。

これで絶対に内門に何かを仕込んでいると理解はできた。

 

 

(調べないと…)

 

 

スパイはライカの動向を探ろうと後をつける。

しかし、内情を知ってがっかりした。

内門とその前で展開する衛兵に嗜好品や武器を配達しているだけであった。

 

 

(……絶対に可笑しい!)

 

 

マルフーシャたちが暗躍するのは分かっている。

だってライカ以外のマルフーシャ分隊を目撃していないのだから!

彼女たちの動向をさりげなく同僚に尋ねるが、納得する返答は得られない。

 

 

(捕虜解放から3日目、未だにマルフーシャ分隊の詳細掴めず…)

 

 

5名の捕虜の解放を見送ったスパイは、連合軍に向けて暗号を交えた電報を送信する。

残る捕虜は3名、そのまま解放するだけで終わらないと確信していた。

そのせいで様々な予測をしてしまい、眠る事ができない。

 

 

(……またか)

 

 

マルフーシャの動向を気にするスパイは、翌日は寝不足となった。

たった今、解放された5人目の捕虜が運転するトラックが街の外に向かって出発した。

それを見送って食堂に向かおうとする捕虜に歩哨が駆け出して来る。

そして耳打ちをして去っていくのも昨日と同じだ。

 

 

(物資輸送。危険物アリ、連合軍、報告済)

 

 

一昨日と同じ合図を見たスパイは必死に溜息を我慢する。

まるで毎日、同じ事の繰り返しをしているようである。

実際、捕虜を解放する作業自体と見せられる合図はほぼ同じだった。

 

 

(ライカだ……)

 

 

ライカがいつもと同じく内門に向けて物資を輸送するのも同じだった。

念の為に確認しに行くと、昨日と同じく前線の兵士を労っていた。

 

 

(なにこれ…)

 

 

階級が低いせいで露骨に行動できないスパイは、変わらぬ日常に嘆く。

その翌日に6人目の捕虜が運転するトラックが街の外に出発。

それを見届けた後に食堂に向かう捕虜が歩哨に呼び止められる。

唯一の金髪の青年兵士が呼び止められたが、帽子のせいで金髪があまり見えない。

 

 

(物資輸送。危険物アリ、連合軍、報告済)

 

 

いつもと同じく彼は、スパイに向けて合図を送って食堂に戻っていった。

そのタイミングでライカが物資を内門に輸送する。

あまりにも変わらない日常だ。

まるで朝起きて顔を洗って支度をして仕事をする日常を示すルーチンのようだ。

 

 

(……やだな)

 

 

同じ事を連合軍に向けて暗号を発するのは躊躇う。

しかし、事実を告げているのでそうするしかなかった。

7人目の捕虜が解放されると暗号を送ったスパイは疲労により寝込んだ。

 

 

(未だにマルフーシャの姿がない……どこにいるの?)

 

 

いつのまにか寝落ちして翌日を迎えたスパイはまず、マルフーシャの姿を探した。

彼女が暗躍しているのは知っているので必死に動向を探ろうとしたが、無駄だった。

なにせ、同僚はおろか門衛すらライカ班長以外に見かけていないと報告を受けた。

 

 

(絶対、何かやってる!)

 

 

カゾルミアでは、密告を推奨する監視社会であるが、とある要因で機能していない。

ここ最近、敵性スパイが何度も摘発されたのを受けて兵士毎に別情報を与えられる事となった。

これが意味するのは、ただ1つ。

今まで通りに情報を探ろうとすると誤情報を掴むどころかスパイとして摘発される。

よって、マルフーシャの姿が見えないからスパイでないかと陰口を叩く事しかできていない。

 

 

(上官も同僚も信用できない……)

 

 

特に問題なのは、自分以外にも連合軍に通じているスパイが居る可能性であった。

ただでさえ誤情報だらけなのに同業者が別の情報を流せば、自分の信頼に関わる。

だから任務に忠実な兵士として活動しないといけないせいで余計に詮索できなかった。

 

 

(報告済、連合軍。物資輸送。危険物アリ)

 

 

まるで同じ事をループしているようである。

帽子を深く被ったせいでご自慢の金髪がほとんど隠れている捕虜が解放された。

いつもと同じトラックを運転し、街の外に向かって走り出す。

それを見送った捕虜たちが食堂に向かおうとすると歩哨が駆け出す。

耳打ちをして捕虜が合図をし、ライカが内門に向かって駆け出す日常だった。

 

 

(次で最後)

 

 

そんな日常にうんざりしていたが、もうじきその日常に終わりが来る。

さきほど、7人目の捕虜が解放されたので残す捕虜は1人のみ。

歩哨が捕虜に向かって駆け出すが、彼自身はその場から動かない。

だって話しかけられるのは自分だけなのだから。

 

 

(明日は何かある…!)

 

 

今まで同じ事の繰り返しだった。

捕虜がトラックを運転し、見送った捕虜に耳打ちで情報を知らされる。

それをスパイに向けて合図を送り、ライカが内門に物資を届ける。

ずーっと同じ事の繰り返しだった。

 

 

(絶対に変化を見逃さない!)

 

 

それも明日で終わりだ。

最後の捕虜が解放される時、必ず変化が到来する。

 

 

(やっぱり!!)

 

 

翌日、スパイが予想した通り、変化が訪れた。

いつも通りに捕虜がトラックに乗ろうとすると兵士たちに呼び止められた。

その一団の中に茶色の長髪が印象的なマルフーシャの姿もあった。

これでスパイは理解する。

 

 

(解放する捕虜に成り代わって外に出る気だ!)

 

 

連日、同じ事を繰り返したのは、捕虜と兵士を入れ替える為。

実際に捕虜を解放する実績を積み立てる事で連合軍に信用させた。

だから最終日の捕虜解放を同じ様に実施されると錯覚させたと考えた!

 

 

(あれ?)

 

 

ところが、呼び止められた捕虜はすぐに解放されてトラックに乗って出発した。

産業廃棄物が乗ったトラックは問題なく街の外へ向かって走り出す。

てっきり、マルフーシャがトラックに乗ると思っていたスパイは首を傾げる。

 

 

(なんで?)

 

 

普通に捕虜を解放するなら呼び止める必要がさっぱり分からない。

必死にその意図を探ろうとしたが、マルフーシャの一団が取った行動が答えを示す。

 

 

(トラック?まさか…!)

 

 

危険物を搭載したトラックと同じ型のトラックの荷台の中に兵士たちが侵入していく。

帆布によって外から内部の搭載物は見えない。

ただ、別のトラックの荷台に搭乗するマルフーシャたちがこれから何をするのか理解した。

 

 

(捕虜が運転するトラックを誤認させる気だ!!)

 

 

そもそも危険物が搭載されたトラックの荷台に乗る馬鹿は居ない。

無理やり運転させられる捕虜と違って兵士たちがそのトラックを運転する必要はない。

だから何も荷台に乗せていないトラックを兵員輸送用と前もって準備したと考える。

 

 

(報告しなきゃ…!)

 

 

すぐにでも連合軍に情報を知らせる必要があるが、スパイは身動きが取れない。

この場に居る全員が後続トラックと並走し、外門まで見送る事になったからだ。

機械兵の襲撃が無いとはいえ、万が一、奇襲されるのを危惧したのだろう。

 

 

(クッ、やはり目撃者は全員が参加か…)

 

 

仕方なくその場に留まって捕虜が運転するトラックを見送るしかなかった。

 

 

「よし、前進を許可する。トラックが外門の到着するまで護送せよ!!」

「「「ハッ!」」」

 

 

小隊長の命令で兵員を載せたトラックは、並走する兵士に合わせてゆっくりと進んで行く。

すぐにでも報告したいスパイは必死に平常心を保ちつつ、歩調を周りと合わせた。

 

 

(綺麗になった…)

 

 

この時まで外門に向かう機会がなかったスパイは、道中の様子をしっかり確認する。

やはりというべきか。

2.5トントラックが運転できるように大通りになった瓦礫は撤去されている。

 

 

(路地は限定か…)

 

 

代わりに路地への入り口が瓦礫によって封鎖されている。

室内を掃除する時、目に見える空間だけ掃除して放置されている現状に似ていた。

少なくとも路地を使って伏兵を動かすのは難しそうに見える。

 

 

(……可笑しい!)

 

 

兵員輸送車と化したトラックを護送する女スパイは、違和感を覚える。

このままだと先に出発したトラックに引き離される。

せっかく替え玉を用意したというのにその作戦を無駄にする動きに苛立ちすらあった。

 

 

「総員!進軍停止!」

 

 

小隊長からの号令でトラックと護送する集団が外門が良く見える場所に停止した。

既に地平線には捕虜が運転するトラックの姿は見えない。

 

 

(何がしたいの…)

 

 

これで替え玉作戦は失敗である。

せっかくの奇襲の好機を逃したトラックは未だに停車したまま。

明らかに連合軍の裏をかく作戦と理解しているが、その意図がさっぱり分からない。

合計6台のトラックは8名の捕虜を無事に連合軍に届ける事になったはずだ。

 

 

(…いえ、もしかしたら伏兵がいるかもしれない)

 

 

だが、ここでスパイは気付く。

6台のトラックは無事に連合軍と合流したのかと。

機械兵に撃破されたかもしれないし、そもそも人員が道中で入れ替わったかもしれない。

ありとあらゆる可能性を考え出したスパイだったが…。

 

 

(あれ?)

 

 

さきほどまで荒れ地しか見えない地平線に変化が見られた。

最初は、黒い点だったが、どんどんサイズが大きくなった。

 

 

(トラック!?)

 

 

地平線から外門に近づく存在を目撃したスパイは困惑する。

第13番地区に向かって来たのは、送り出したはずの2.5トントラックだった。

しかも、問題なのはそれだけじゃない。

 

 

「え!?なんで戻って来た!?総員、散開!迎撃態勢に移れ!」

 

 

後続トラックの並走を命じた小隊長すら驚愕している。

慌てて部下たちに迎撃態勢を命じたのが全てを物語っている。

誰もが武器を構えて外門に侵入してくるトラックの迎撃態勢に入った。

 

 

「え?」

 

 

そこにさきほどトラックの荷台に搭乗していたマルフーシャたちが降りて来た。

まるで侵入してくるトラックを出迎える様に横一列に整列した。

これには、迎撃を試みようとする兵士たちも困惑する。

 

 

「ええ?」

 

 

外門から侵入したトラックは、後続トラックに道を譲る様に門から横に逸れて駐車した。

瓦礫や建物の影に隠れて銃を構える兵士たちは意図がさっぱり分からず、攻撃ができない。

 

 

「ま、マルフーシャ!?」

 

 

とにかく現状を把握しようと試みる兵士たちの眼前にあるトラックの荷台から兵士が飛び出した。

それは、血塗れの軍用ジャケットを羽織るマルフーシャであった。

 

 

「えええ?」

 

 

更に外門から侵入してきたトラックからマルフーシャ分隊の隊員たちが両手を挙げて降りて来た。

何故か自軍に投降するような仕草を見せるせいで女スパイは驚愕が止まらない。

 

 

「あ…!?」

 

 

次にトラックの運転席から金髪の捕虜が降りてきた。

昨日、出発した時と違って捕虜服ではなく連合軍の制服を纏っている。

 

 

「大馬鹿共が!!なんで先に降りた!?ライカ班長の動きまで待てと言っただろ!?」

 

 

そして何故かマルフーシャを捕虜が叱責し、怒られた本人は申し訳ない表情を浮かべている。

 

 

「アリビナがお手洗いに行きたいって言ってたんです!」

「じゃあ。さっさと行かせろ!なに律儀に待機させてる!」

「はい!アリビナ!適当に発散してきて!」

 

 

するとマルフーシャは反論するが、火に油を注ぐ行為だったのか更に叱責された。

ついに彼女は、後方に居たアリビナにトイレに行けと命じる羽目になった。

 

 

「何をやってるの……一歩、間違えれば撃たれるわよ。約束は守りなさい」

 

 

今度は、後続トラックに搭乗したはずのマルフーシャがマルフーシャを叱責する。

当事者以外に意味が分からない守備兵は頭を抱えており、戦闘どころじゃない。

 

 

「い、意味が分からん……」

 

 

なんで後続トラックに乗っていたはずのマルフーシャが先に出たトラックから出て来るのか。

なんでマルフーシャが増えているのか。

意味が分からないと誰もが思ったその時、内門方面から人影が見える。

 

 

「ほら、さっさと進め」

「おのれ……俺に無様な真似をさせやがって…」

 

 

誰かの声が聴こえたので誰もが音がした方を向く。

すると、昨日に解放されたはずの捕虜が憲兵に連れられて後続トラックの前までやって来た。

あの特徴的な金髪と顔は、連合軍の兵士だった捕虜で間違いない。

 

 

「オリガ分隊長、遅い!!お陰様で予定が全部狂ったわ!」

「ライカ班長、予想外の出来事も想定して動かないといけないって知ってる?」

 

 

ようやくここで答え合わせとなった。

そもそも昨日に捕虜は解放されていない。

そして、後続トラックに搭乗したマルフーシャは、ライカ班長が変装していた存在だった。

 

 

「連合軍との約束は守らんといかんからな、さっさと縄を解いて搭乗させろ」

 

 

後続トラックに指を差す捕虜に化けるアルバートは呆れていた。

せっかく予想以上の戦果を挙げたというのに肝心な作戦がグダグダになっていたからだ。

 

 

「この通りだ、今までの無礼を許してくれ…」

「おのれええええ!!覚えてろォ!」

 

 

仕方なく連行されてきた捕虜に詫びる羽目になり、守備隊全員で見送る羽目になった。

捕虜を乗せた後続トラックは、エンジンを起動し、そのまま外門の外へと走り出す。

 

 

(うーん、やり過ぎたか……)

 

 

金髪の捕虜に化けていたアルバートは二度と通じない手のフォロー不足を後悔する。

彼は、捕虜が運転すると見せかけて遠征部隊を乗せてまんまと敵基地を襲撃した。

これ自体は連合軍もスパイも予測していたが、普通に実行に移せてしまった稀なる成功だった。

 

 

(今回の作戦が成功した要因は、大きく分けて4つだろう…)

 

 

混乱する守備兵が説明を求められたアルバートは返答しつつも、作戦が成功した分析を行なった。

今後の作戦に活かす為とはいえ、かなり無茶をしたと実感する他ない。

 

 

(まずは、連合軍の司令官が第13番地区の守備兵と司令官を過大評価した事)

 

 

本国から見捨てられて連合軍に包囲された第13番地区から兵を送り出すのは不可能に近い。

だから捕虜を解放させると見せかけてマルフーシャたちを送り出す事にした。

だが、そもそもスパイのせいで作戦が見抜かれて失敗に終わる…はずだった。

 

 

(中途半端に賢い司令官のおかげで助かった…)

 

 

本来なら絶対に成功しない作戦だが、連合軍の司令官は深読みをした。

今まで散々痛い目に遭ったせいか、捕虜に見せかける作戦そのものを嘘だと判断した。

袋の中のネズミが袋の中から出て来る以外に選択肢がないはずなのにそれを否定したのだ。

 

 

(ついでにマルフーシャたち以外、全然信頼も信用しなかったのも功を奏した…)

 

 

第13番地区外の遠征作戦を立案したアルバートは悩んでいた。

絶対に計画が連合軍に漏れる事と、敵性スパイの摘発の困難さである。

既に守備兵や住民は、祖国から自分たちは見捨てられているのでは…と察している。

だからどれだけ緘口令を敷こうが、忠実な兵士を配備しても、情報は必ず漏洩する。

 

 

(開き直った甲斐があったな)

 

 

そこでアルバートは逆転の発想をする。

どうせ、誰もが敵性行動やスパイになる可能性があるならそれを利用しようと!

すなわち、マルフーシャたち以外、友軍全てが敵と想定して作戦を立案した。

 

 

(まさか、ライカが極秘作戦に関与していないとは思うまい)

 

 

大本営機関紙に名前が載った以上、マルフーシャとその部下たちの動向は誰もが詮索する。

友軍もスパイも連合軍も本部も、誰もが着目するからこそあえてライカを作戦から外した。

今までの作戦は、マルフーシャ分隊を分けて役目を担当させたからこそできた事だ。

 

 

(子供でも出来る事にライカを動かすわけねぇだろ)

 

 

物資を内門に運ぶ任務自体が、次なる反攻作戦と誰もに認識させる必要があった。

しかし、マルフーシャの活躍が欲しいので第13番地区に残すわけにはいかない。

憲兵出身であり、ある程度の対応ができるライカに白羽の矢が立った。

 

 

(マルフーシャを良く見て来たのでモノマネも得意と判断したが、あの様子だと上手くいったな)

 

 

なにかとマルフーシャを気にかけた彼女なら影武者ができると考えた。

実際、トラックの荷台から勝手に飛び出したマルフーシャを目撃した守備兵たちが驚愕していた。

 

 

「これは一体どういうことですか!?」

「それはだな…」

 

 

敵を騙すなら味方からというが、ほぼ全員騙した結果、こうやって問い詰められる惨状となった。

 

 

(それにマルフーシャが居るなら疑わないのもありがたかった)

 

 

スパイを筆頭に守備隊は、マルフーシャを目撃しない日から何かあると疑ったが、実際は違う。

ライカが化けるマルフーシャの姿を見ていただけで実際はもっと前から彼女は不在だった。

まさか連合軍のトラックを鹵獲する日からライカを除く分隊員が不在とは思うまい。

マルフーシャだけ名前が売れたのが、ありとあらゆる勢力を出し抜くカギとなった。

 

 

(まあ、これ以上の分析は不要か)

 

 

アルバートは遠征作戦の成功を以下の要因にまとめた。

・連合軍が過剰評価し、唯一実行できる作戦自体を疑った事

・マルフーシャたち以外、誤情報を流したのでスパイが事実しか報告できなかった事

・連合軍が所有するトラックを鹵獲する際にマルフーシャたちを外門付近の住宅に潜伏させた事

・遠征作戦に関与しないライカを利用して誰もが注目するマルフーシャに化けさせた事

 

 

(……ああ、鬱陶しい)

 

 

未だに説明を求めて来る守備兵にアルバートの気力はゴリゴリと減っていく。

仕方なく作戦の実情と結果を報告する為、必死に記憶を振り返る事となった。

 

 




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【用語集】

“連合軍”


解説
軍事大国カゾルミアの脅威を受けて近隣諸国が結成した軍隊。
元々、軍事干渉を受けていた隣国群はカゾルミアを仮想敵として団結していた。

とある事件をきっかけに攻め込まれた隣国が周辺国に援軍を申請。
次は我が身だと判断したカゾルミアを囲む全ての近隣諸国が申請を受諾。
医療大国、工業大国、商業国家、ありとあらゆる国家が手を組んだのがきっかけ。
しかし、結成当時は統制が取れておらず、各個撃破される事が多かった。

元より周辺国全てと戦争する気満々だったカゾルミアは連合軍の想定を上回った。
緒戦は電熱線技術を駆使した兵器と人海戦術を駆使するカゾルミア軍が圧倒した。
だが、近隣諸国全てを敵に回し続けるのは無理があった。

快進撃を続けたカゾルミア軍は、伸び切った補給線を維持できなかった。
侵攻が鈍化したタイミングで中立国から支援を受けた連合国が反攻作戦を実施。
補給を過小評価したカゾルミア陸軍は大敗し、一度退ける事ができた。


「カゾルミアに攻め込むべきだ!」
「いや、専守防衛に徹するべきである!」
「まずは国際社会からのカゾルミアへの経済制裁と仲裁を願い出るべきだ!」


ところが、この大勝をもってしても、連合軍を構成する国家群の意見が割れた。
複合装甲を採用した最新鋭戦車を同数の歩兵で撃破するカゾルミア軍を恐れたのだ。
戦地になっていない隣国は、カゾルミア軍の撃退を専念するべきと提言するほどだ。
そのせいでカゾルミアは軍の再編成をする余裕ができてしまい、戦争が泥沼化した。


「汚染をものともしない機械兵を投入するべきです」


未だに決定打が発生しない中、工業大国出身の参謀が機械兵の投入を訴えた。
ただでさえ、カゾルミアの国土は電熱線で汚染されているのだ。
生身で汚染された土壌に踏み込む兵士は居ないし、なによりカゾルミアの兵器群を恐れた。
だから開き直って無人機を大量に投入するべきだと。


「致し方あるまい。機械兵による反撃作戦を採用しよう…」


既に連合軍の兵士の大半がカゾルミアの本土に足を踏み入れる勇気が無かった。
それほど電熱線を用いた兵器を恐れる様子に危機感を覚えた連合国首脳陣は決断する。

最新鋭の戦車と膨大な兵力の数を揃えるより、コストが安い機械兵の投入を実施した。
戦車1輌を生産するコストで500体の機械兵を揃えられるその安さは脅威となった。


「機械兵なくして今日までの勝利は得られなかった」


著名な連合軍の将校が放った台詞がカゾルミアを追い詰めた要因を示している。
それ自体は喜ばしいはずなのだが、実は機械兵を運用する陣営に問題がある。

機械兵を生産する工業大国と、医療大国の様子が可笑しいのだ。
敵兵よりも都市攻略を進める国家群に対して残りの連合国は疑いを強めている。
カゾルミアを滅ぼした暁には、その牙が自分たちに向かうのではないかと訝しんでいた。


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