マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん 作:アルバート元中隊長
捕虜の解放作戦を巡る一連の騒動は、第13番地区の守備隊を大きく混乱させる事となった。
しかし、それは意図的であり、内情を理解すると至ってシンプルの作戦となる。
(まずは連合軍の使用する周波数で捕虜を解放すると宣伝する事…)
捕虜を連合軍に返却すると見せかけて兵員輸送をしたいアルバートは手を打った。
連合軍が使用する無線の周波数で捕虜の解放を呼びかけたのだ。
(これで第三者に伝わっただろう)
その為、カゾルミア、スパイ、連合国、中立国のスパイといった全ての勢力に伝える事となった。
あくまでも無線なので受信機さえあれば、通信を傍受できるという特性を生かした。
現状の祖国は傍観する事しかできないし、約束を反故すれば、中立国にまで蛮行が知れ渡る。
(次は入れ替わるタイミング)
これで第13番地区から出て来た車両をいきなり撃破される事はなくなった。
次に外門より外へ派兵する兵力をどこで入れ替わるべきか。
(トラックの荷台に荷物に潜伏させるのは無理があるな…)
危険物を搭載するトラックの荷台を全てチェックするわけがない。
しかし、手動で載せる以上、兵士を隠せる箱は載せる事ができない。
だからアルバートは考えた!
(なら、トラックを回収する時のどさくさに紛れて潜伏させればいいか!)
木を隠すなら森の中、本を隠すなら図書館の中、兵士を隠すなら大軍を動かす時に!
捕虜を輸送するトラックを確保する際にマルフーシャたちを潜伏させればいいと決意する。
もちろん、従来だったら機械兵に阻まれて外門付近での潜伏は不可能だった。
(ククク、捕虜を解放するといったが、その時と場所を指定していないのが功を奏した…!)
無情に殺人を繰り返す機械兵に対する対抗手段ならある。
捕虜にした連合軍の兵士を盾にする事だ。
賛否あるものの人権に配慮する連合軍が味方を見殺しにするのは大問題だ。
ましてや、大佐が確保されているせいで連合軍は空爆が実行できていないのだ。
(我々がその気になれば1年後、いや死体として解放する事も可能だということだ)
どの交渉でも相手より有利になれるカードを上手く扱う必要がある。
特に命の重さは、代替えできない物だからこそ交渉に有利となる。
なにより、どのタイミングで捕虜を解放するかまでは最初の無線連絡で伝えていない。
だから連合軍は、下手に攻撃を仕掛けると味方を死傷する可能性を踏まえる必要がある。
(これで外門前までは迎撃されないはずだ…多分)
次の無線連絡で解放手段と人数、日時を指定する予定だ。
早めに解放しないと捕虜を連合軍に奪還される可能性がある為、解放を急ぐ必要がある。
急いで捕虜の解放計画を立案したまで良かったが、一報を入れる前にアルバートは気付く。
(待てよ?マルフーシャが居ない事はさすがにバレる…)
2つの問題によってこれから実施する作戦が阻まれる事と気付いてしまった。
まずは、大本営機関紙に所属先と名前が載ったマルフーシャは良くも悪くも注目されている。
彼女本人の口から「周りから陰口を言われている」と断言するほどには、有名人となった。
(それに絶対に情報が洩れる!隠し通せねぇなコレは…)
しかも、本部が第13番地区を見捨てている現状を示し続けているのも問題だった。
外門の1つが大きく破損し、下級民の街並みが廃墟になったのに放置が続いている。
こんな現状が続けば、守備隊や住民が自分たちが見捨てられたと嫌でも気付く。
(どうしたものか)
それにスパイの対処を間違えれば、遠征するマルフーシャたちが全滅する可能性だってある。
一応、カゾルミアが積み重ねて来た実績と歴史により、スパイを摘発するのは簡単だ。
何がクソって敵性スパイや反逆者が常に発生する可能性を考慮する必要がある。
今日の友は明日の敵になり得るのを否定できない以上、取れる策は限られる。
(……開き直って全員が敵だと想定するか)
そこでアルバートは苦肉の策を取った。
スパイを摘発する名目で誤情報を堂々と流し、兵士によって流す情報を変えた。
これにより、スパイも矛盾を恐れて実際に確認した事しか密告できない。
しかも、摘発を恐れて
(やだな、マルフーシャたちに切り捨てる予定を告げるなんて…)
誰かを常に疑うより、誰かを信じる方が気持ちは楽に決まっている。
故に味方を多くつけるのではなく味方を限定するという行動は、相応の犠牲を払う事となる。
そのせいでマルフーシャたちに自分の計画の全てを暴露する羽目になった。
「…あまりにも分かりやすい暴露ですね。なにか裏がありますか?」
マルフーシャを英雄にして戦果と実績を重ねる運用を評価してもらい、本部に栄転する。
そんな計画を上官から聞かされたマルフーシャは逆に上官の素直さを疑った。
「言っただろ?これからスパイと反逆者が増える。だから逆の事をするしかない」
「逆?」
「信頼できる人物を選別し、それ以外を疑う事さ」
なんで自分たちを切り捨てて第13番地区から脱出すると上官が暴露したのか。
マルフーシャは疑ったものの理由はすぐに理解した。
要するに自国どころか、内門で雑談する門兵そのものすら信用できなくなったと。
「マルフーシャ、君は有名になり過ぎた」
「承知しております」
「だからな、誰もがマルフーシャの動向を気にする。まるでストーカーのようにな」
「……何が仰りたいのでしょうか?」
アルバートは、スパイ以上にマルフーシャを警戒している。
よっぽどの事が無い限り、表情を崩さない女兵士は呑み込みが早い。
いつの日か運用状況が逆転するのではと疑うほどに彼女の成長を評価している。
自分の伴侶の次ぐ存在だと認識したのは、彼にとって途轍もない屈辱であったが。
「マルフーシャの姿を発見できない日があれば、誰もが何かを疑うという事だ」
未だに自分の価値に気付いていないマルフーシャにアルバートは事実を突きつける。
一介のパン屋の店員だった経歴すらもはやプロパガンダに最適な肩書となってしまった。
「そこで考えた。マルフーシャさえ居れば、他の分隊メンバーを気にされないとな」
「……はい?」
ならば、マルフーシャの名と姿を利用するだけだ。
困惑する彼女を差し置いてアルバートは無言で話を聞いていたライカを手招きする。
「アルバート地区防衛副司令官、お呼びでしょうか?」
「ライカ班長、君だけにしか託せない任務がある。実行は可能か?」
「出来る範囲であれば全力で対処します」
腐っても高官の末娘は、無理難題の任務でも毅然とした態度で実施するようだ。
ノブレス・オブリージュなのは結構だが、この真面目な性格故に左遷したと言える。
「君には、マルフーシャに変装して活動してもらう」
「「……え?」」
アルバートが放った発言にマルフーシャとライカが顔を見合わせる。
身長157cmと159cmで長髪の真面目そうな女の子。
髪の色と髪型さえ変えれば、ライカをマルフーシャに仕立てあげる事ができそうだった。
(それに……)
なにより、アルバートも捕虜に化けるのだ。
今まで多くの仮面を使いこなし、上官や部下を欺いて来た士官からすれば容易の事であった。
「アリビナ上等兵」
「はーい!スーパー天使ちゃんのアリビナちゃんの名を呼んだ~?」
ザリガニ色と自称する赤髪を揺らせてアリビナが上官の前まで駆けつけた!
無邪気でハイテンションの彼女は、防音である射撃場の内部を声で反響させたいようだ。
「着色料で髪を染めているプロに任せたくてな」
「またまた、アタシが完璧で究極のアイドルだからって髪の着色を……」
「……種は割れている。これ以上、
髪の着色を命じるとアリビナは慌てて誤魔化す様に発言を繰り返した。
しかし、ここに来て自分の秘密を誤魔化している少女を看過するほどアルバートは甘くない。
敵対国民の血を引いている彼女に誤魔化されるほど嫌な物はなかった。
「……なるほど、これ以上は誤魔化せないね」
「あえて二択にしよう。髪を染められるか?それともできないか?」
「できるよー」
さすがに上官の殺意を感じたアリビナは一瞬だけ本性を現した。
まるでこの世の全てに絶望して憔悴しきったような瞳はマルフーシャも初めて見た。
しかし、秘密を追及する時間すらないアルバートは髪の着色を急かす。
「試しにライカ班長には変装してもらい、マルフーシャ分隊長として振舞って行動をしてもらう。さすがに声は誤魔化せんが、そもそもマルフーシャは積極的に話しかけられる事はないはずだ…。これで味方を誤魔化せるのであれば、今後の作戦の成功率が上がる。心してかかれ」
「はい」
体型も身長もほぼ同じであるライカは監査官としてマルフーシャを見て来た。
少なくともアルバートが指導する必要が無いほど彼女に詳しい人材であり、適任だった。
(アリビナについては、先に分隊メンバーに告白するまで追求するのは止めておく…)
残念ながらアルバートは、連合国の風習や常識を知らない。
外交官の娘であるアリビナの方が詳しいのだが、ここで訊くのは避けた。
まずは、変装したライカがマルフーシャの影武者として適任か試す必要がある。
(マジかよ……)
結局、1日だけマルフーシャを演じたライカに誰も気づかなかった。
自称、完璧で究極なアイドルと宣う事はあり、アリビナが行った化粧も完璧だった。
「よろしい、ライカ班長が1人で化粧できる様に教育はできるか?」
「できるよ!班長ならきっとマルフーシャに何度もなれるよー!」
これでライカがマルフーシャに変装しても問題ない事を確認した。
次は、マルフーシャ分隊のメンバーを遠征メンバーに加えるかどうかだったが…。
さすがに1個分隊規模は欲しかった。
(……マルフーシャが居るなら他は気にしない…はず)
ライカがマルフーシャとして振舞った3日後の朝、ついに計画を実行した。
空爆で散らかった瓦礫を退かした先遣隊が連合軍が残した物資を回収する。
そのついでに野宿できる装備を設置させて一旦、内門まで後退させた。
「迎撃されないのであれば、車両も回収できるな」
捕虜解放の呼びかけもあり、外門付近に機械兵の姿が無かったとアルバートは知った。
なので守備隊の半数にもなる兵員を回収部隊に命じて出撃させた。
(さて、1週間分の物資は渡したが、果たして機械兵と触敵しないだろうか)
カゾルミア製の牽引車やブルドーザーを投入する大規模な作戦となる。
なので管理下に無い物資や兵力が多少消えても気付かないというわけだ。
(……武装させてないから本気で心配だ)
ライカを除くマルフーシャ分隊は、非武装で外門付近の住宅に潜伏する。
理由としては、連合軍の斥候と鉢合わせする可能性がある。
そこでドンパチが始まれば、捕虜解放どころではなくなるので非武装にする必要があった。
(逆に捕虜にされそうだ)
無駄に図体がデカいトラックの荷台に潜むマルフーシャは、最悪の未来を考える。
捕虜を解放するフリをして派兵するのだが、このままだと逆に捕虜にされかねない。
最低限の武装すらしていなかったので、悲観的になってしまった。
(よし、今だ…!)
アルバート以外、女性と老人しかいないこの場においては、男という存在は絶対的である。
だから反感を抱いていたり、連合軍と内通する存在ですら彼の命令は無視できなかった。
彼の命令で全員が一度、召集された瞬間を見計らって荷台からマルフーシャたちは飛び出す。
(急げ…急げ…)
ここでマルフーシャ分隊メンバー以外にこの行動を見られたら計画が水の泡となる。
あのフェリセットですら真面目に行動しているところを見るに相当、危険な綱渡りであった。
(潜伏したか…)
あくまでも外にある物資や車両を回収すると命じてある。
だからその命令を反すれば、誰かが密告してくれるので心配する事はない。
マルフーシャが民家に潜んだのを確認したアルバートは更なる手を打つ。
(どうせ捕虜を解放するんだ、いろいろ試すか)
捕虜の解放は連日に小分けして行われる事となっている。
最初から奇襲などできないし、なによりいろいろ試したい事がある。
(まずは、街を包囲している機械兵軍団が連合軍の車両を攻撃するかどうか…)
最初に解放する車両にはありったけの爆薬を積んで第3番地区から脱出してもらう事にした。
もし、攻撃されたら地平線の彼方であっても大爆発で気付くようにと…。
さすがに捕虜に内緒にはできず、だからといって意図を伝えにくい。
(予想してもらうか)
とりあえず、弾薬を積むなら時限爆弾でも仕込んだと勝手に考えてもらう事にした。
どうせ説明したところで疑われるし、なにより連合軍もカゾルミアの交渉を信用していない。
(とにかく早くマルフーシャと合流しなければ…)
ここまでの計画は、外門より外に行く為に行なった事だ。
いくら彼女たちのメンタルを鍛えたとはいえ、早急に合流する必要がある。
(幸いにも鹵獲したトラックは動く。…憎たらしいことにな)
とりあえず、6台のトラックで捕虜を解放する事ができる。
常に気を遣いつつ、捕虜の解放計画を最終立案を行なった。
「……箇条書きにするか」
頭の中で立案したものの伴侶と違ってずっと頭に残す事が出来ない。
仕方なくアルバートは、手元にあった紙切れに今後の予定を書く羽目になった。
『捕虜の解放計画一覧』
メモ:ライカのみを歩かせて分隊メンバーが極秘任務を行なっていると思わせる事
・1日目 トラック(2名) 爆薬搭載。時限式に見せる。発信機付き。小手調べ
・2日目 トラック(2名) 産業廃棄物搭載、発信機と盗聴機付き、ルート確認用
メモ:この日からライカ班長を内門に物資を運ばせる(スパイの観測を攪乱させる)
(さすがにライカを動き回ってもらうか…)
別にマルフーシャを演じるライカが動き回ってもらっても良かった。
だが、いつかはバレるのは分かり切っているので時間稼ぎをする事にした。
マルフーシャの副官だけが動き回れば、誰もが何かあると気付くはずである。
・3日目 トラック(1名) 産業廃棄物搭載、発信機と盗聴機付き、ルート確認用
・4日目 トラック(1名) 産業廃棄物搭載、発信機のみ 遠征ルート選定用
メモ:この日までにマルフーシャたちが帰還したら作戦中止
ここからが重要である。
捕虜が回収する地点と回収部隊の性質で作戦が大きく変わる。
そして遠征作戦を中止する目安も4日目までとした。
(諦める勇気も大事だ……)
いたずらに兵士を死なせることは可能であるが、さすがに分が悪い賭けはしたくない。
少しでもマルフーシャたちは限界だと知らせに来た時点で計画を中断する事にした。
他にも中断や中止する条件を書き加えたアルバートは溜息をつく。
「なにやってんだか……奴らの倫理観を信じ過ぎたかもしれん」
明らかに捕虜が運転するトラックにカゾルミア兵が乗ると見抜かれているはずだ。
正規軍が目撃できない事を良い事に捕虜が連合軍の特戦隊に始末される事を考慮してなかった。
カゾルミア陸軍の仕業に見せかけられても、アルバートは言い訳をする以外に選択肢はない。
(汚染された物資が載ってるトラックを受け入れるわけがねぇ…)
なにより電熱線に汚染されていると分かっているトラックにわざわざ回収部隊が近づくだろうか。
工兵故に電熱線の危険性を薄々気付いているアルバートは頭を抱える。
廃棄物を街の中に残したくないというだけでこんな馬鹿げた真似をしているのだ。
(載せないべきか…いや、載せないと偽装した箱で武器を輸送できない)
捕虜と一緒に要らない物を持って行ってもらおう。
ついでにトラック一台の積み荷だけは、予め武器や弾薬を収めた物にする。
要らない物も捨てられて気付かれずに武器も輸送できる一石二鳥じゃんみたいなノリだった。
こんなアホみたいな事を考えた自分を恥じるアルバートは本気で決断に悩む。
(ダメだったらそん時はそん時だ!)
どうせ、ぶっつけ本番でとんでもない事態が発生するのが目に見えている。
最優先はマルフーシャ部隊をできるだけ五体満足で生存させる事。
それさえ達成できれば、再起はできると考えるしかない。
「……ん?」
ここで嫌な事を考えてしまった。
ここまで捕虜を行使するのは、本部の命令なしに街の外を出歩けないからだ。
だから遠征作戦が上手くいったとして本部に報告できる戦果を得られるとは限らない。
(いや……まさかな?)
更に踏み込んだ考えをしてしまった。
今でこそ機械兵に包囲されたもののマルフーシャが門兵として着任した直後は手薄だった。
それに彼女は、外門の門兵として本部から街の外に出て機械兵の迎撃する許可をもらっていた。
(内門の警備を任されるという名誉ある出世が皮肉な事にアイツらを逃亡させないようにしたか)
――その時こそが第13番地区という大きな泥船から逃げ出せた最後の機会ではなかったか。
士官学校はおろか幕僚学校を卒業した高級将校候補生は、皮肉な事を導き出してしまった。
(くだらねぇ……伴侶にこの事を話したら失望されるところだ…)
すぐに頭を横に振ったアルバートは更に箇条書きで計画を書いていく。
・5日目 トラック(1名) 武器、弾薬搭載、発信機のみ マルフーシャと合流用
メモ:5日目の捕虜は予め幽閉し、自分が金髪男と入れ替わって運転する
導き出された結果をもとに予め段階的に定めた遠征計画に沿って行動する
・6日目 トラック(1名) 産業廃棄物搭載、発信機のみ 6人目
メモ:外門付近で足止めをして5人目の捕虜も運転席に乗せる。
ここまで頭に浮かべた内容を書き出したが、重要な問題を見逃していた事に今、気付いた。
ライカ1人だけで5人目の捕虜を管理しつつ、6日目のトラックまで彼を移動するのは難しい。
(ああ!!さすがにライカ1人じゃ捕虜は抑えられん……)
いくら軍人であっても中身は生娘の世間知らず。
一方、前線近くで活動する連合軍の兵士は専用の訓練を受けたエリート兵だ。
殺害ならともかく男性兵士を彼女だけで移動させるのは無理があった。
(クソ、マルフーシャ分隊以外の人材の必要性を忘れてた……)
いくら優秀な部隊でも両手で数えられる規模など戦略的に何も影響を与えない。
ましてや優秀な人材が出払ってしまえば、どれだけ優秀でも1人では対処できない事がある。
とにかくマルフーシャたち以外に信用しないという決断を考え直さなければならなかった。
(……オリガ分隊長に任せるか)
以前、マルフーシャ分隊の構成班の1つを指揮していた元班長に捕虜の対処を任せる事にした。
少なくとも過去の自分の判断と決断は未だに正しいと思い込みながら計画を変更していく。
(いや、待て。最終日だけは誰もが異常だと感じてもらわないとまずい…!)
計画を見直す度に致命的な問題が露見する。
最終日だけは、誰もが異常事態だと感じてもらう必要があった。
(誰かが自分が不在だと勘付いて勝手に指揮系統を動かされたらたまらん…!)
表向きは、マルフーシャたちがアルバートと特殊な訓練を行なっている。
それを誰もが考えていた場合、敵性スパイは必ずその状況を利用して来る。
好き勝手に攪乱されるくらいなら自分たちを捜索させる大騒動を引き起こした方がマシだ。
(少なくとも不用意に兵を動かせなくなるからな……)
ついにこの街の司令官が脱出した以上、アルバートより上の存在は居ない。
だからこそ公式文章を偽装されてしまえば、あっさりとそれが通ってしまう。
必ず敵性スパイは自分たちの不在に気付いてしまうが、すぐに帰投できるとは限らない。
(せめてライカに正体を明かさせて異常だと知らせるか…!)
そこで最終日の計画だけ大きく変えた。
わざわざマルフーシャに化けるライカが別のトラックに乗って移動する。
こんな事をすれば、誰だって異常だと気付くはずだ。
(しかし、1人だけじゃ反逆者にしてやられるか…)
あれだけライカにインクを使い過ぎるな…と叱責したのに無駄に消費してしまった。
紙切れを黒色のインク塗れにしてしまったアルバートは、別の紙切れに計画を書き直す。
・6日目 トラック(1名) 産業廃棄物搭載、発信機のみ 6人目
メモ:5人目の捕虜(金髪男)が乗るトラックを別に用意する。
7台目のトラックは、マルフーシャに化けるライカと搭乗させる
ついでに信用できそうな将兵数名を一緒に同行させる
(難しいな……)
そもそもどれだけの期間をかけて遠征を行うか分からない。
捕虜が走るルートと回収場所によっては、すぐに帰投できない可能性がある。
様々な想定をしながら、作戦の発動条件と中止条件を事細かく記していった。
(これで完成だ……)
戦略的にも戦術的にも目的と目標すら定めない手段の為の作戦など生まれて初めて立案した。
頭痛と胃痛に苦しみながらも、マルフーシャたちと一部の将兵に知らせる命令文も作り終えた。
あとは配布するだけだが、満足に訓練する事などできやしない。
(一発本番……しくじったらそれだけの人生ってことだ。諦めも肝心だ……)
生物が不老不死になれないように不可能の事は絶対にある。
だからこそあえて余白を作り、行き当たりばったりで対処できるようにした。
(その結果がコレだ)
試しに5日目に解放する捕虜に化けようかと考えたら、予想もしてなかった事態が発覚した。
なんと金髪の捕虜の瞳が青色だったのだ。
さすがに瞳の色が違うと気付かれてしまう!
マルフーシャとライカの瞳が赤色だったせいでこんな些細なミスにアルバートは気付かなかった。
(さすがにカラーコンタクトは用意できん…)
碧眼は誤魔化せないので急遽、捕虜に深く被るタイプの帽子を支給した。
帽子から突き出すツバで視界の上半分を覆い隠すタイプで瞳を誤魔化す羽目になった。
(さすがにバレるだろコレ……)
捕虜解放から2日目から残った捕虜に帽子を被せたのはこれが原因である。
しかし、ここまで露骨だとスパイにバレると思ったが、意外となんとかなってしまった。
(マジかよ……)
5日目に2.5トントラックを運転するアルバートを誰もが本日に解放される捕虜と思い込んだ。
確かに作戦通りだが、こんなグダグダ状態なのに表向きは上手くいったのが納得できない。
(人間って当たり前に囚われるとここまで馬鹿になれるもんだな……)
荷台には産業廃棄物を示すラベルが貼られた箱が大量に置かれている。
しかし、その中身はこれからの遠征計画に必要となる武器と弾薬。
非常食にアルコール類が入っていった。
それを必死に集合場所まで運転するアルバートは生きた心地がしない。
(いやマジで?なんでここまであっさり上手くいった?)
作戦を立案した本人が一番驚いている。
連合軍は馬鹿じゃないはずなのに捕虜解放を本気で疑っていなかった。
それどころか、わざわざ特殊器具で汚染を調査し、その情報を漏らす惨状だった。
(罠か?騙しているのか?絶対に何かあるよな!?)
捕虜の回収部隊自体は予想した通り、複数の部隊に分かれていた。
更に盗聴していると、電熱線の汚染状況によって捕虜が運ばれる基地が違うそうだ。
(やだな……)
確かに想定はしていたが、実際に電熱線の危険性を知らされるとうんざりする。
今まで戦場で身に着けていた電熱線が自分の寿命を縮める存在と知ればそうなる。
「なにかあったのでしょうか?」
電熱線を尻尾のように取り付けて武器を構えるマルフーシャに質問されてしまった。
アルバートは事実を告げるには、早いと考えてあえて黙る事にした。
「……何かあったんですね?」
「恐ろしいほど上手く事態が進んでいる。連合軍の罠かもしれんぞ……」
しかし、マルフーシャは絶対に何かを見抜く。
だからアルバートも薄々感じていた疑念を漏らす他なかった。
「では作戦を中止しますか?」
「君ならどうする?」
「アルバート上等兵の意見を聞いています。早急にお応えください」
戦場ではマルフーシャが上官でアルバートは上等兵になる。
そのルールを突き付けて来る彼女は厄介であった。
「あえて身の危険を冒さなければ、大きな成果を得る事はできないだろう」
「では、遠征作戦を続行する。それでよろしいんですね?」
「ああ、そうだ」
こうやって急かして来る姿が伴侶にそっくりに見えるアルバートはどこか懐かしい感じがした。
連合軍に嵌められた可能性があるというのに……彼女の誘導尋問に引っ掛かった気がする。
いや、気のせいではない。
(そういえばコイツ、無駄な労働が嫌いだったな……)
マルフーシャという少女は無駄な労力を行使するのを嫌がる。
嘘でもいいから祖国の為、皆の為、明日の未来の為。
少なくとも上官に弱音を吐いてもらいたくないという彼女の気持ちがビンビンと伝わって来る。
「では、準備が整い次第、出発だ」
「了解しました」
だからもう、予測だけで失敗する可能性を報告するのは止めた。
マルフーシャ分隊が荷台に乗り込んだのを確認したマルフーシャは助手席に座り込む。
「では、上等兵。目的地まで運転をお願いします」
「了解」
分隊長の命令でトラックは外門を抜けて荒れ地以外に見当たらない場所を走り出す。
まるでカゾルミアという生物を死滅させる人工物から逃げ出す様に…。
【用語集】
“電熱線”
解説
線の形に加工する事で強いエネルギーを発する物質。
カゾルミアでは、いろんな形で利用されているエネルギー源となっている。
見た目は、赤い管に入っている明るく輝くギザギザの存在。
カゾルミアでは原材料が多く取れる地域に位置しており、
採掘と加工する技術が整ったことで大きく国が発展した。
鉄鉱石やボーキサイトは採れるものの、燃料と農作物の生産が壊滅的であり、
必然的に電熱線を利用する機材が発展し、周辺国から少し遅れて工業化を達成した。
現在のカゾルミアでは、至る所で使用されており、
街中の街灯、小さい所では家電まですべてこの電熱線を使った動力で動いている。
ただし、電熱線は一般的に利用するのはエネルギーが大き過ぎる為、
大きい、重い、燃費が悪いと他国製品と比べると最悪な物ばかりだった。
裏を返せば、膨大なエネルギーをわざわざ非効率にしているからこうなっている。
その特性に目をつけたのが、軍事産業であった。
電熱線を利用した兵器は、非常に強力で次第に軍の発言権が国内で大きくなる。
最終的にカゾルミアは、軍が政権を握る軍事独裁国家になった。
ただ、膨大なエネルギーという事は、利点があれば欠点でもある。
カゾルミアでは、電熱エネルギーを利用し始めてから平均寿命が縮まっている。
電熱エネルギーは非常に強力だが、人体に害があるのだ。
加工された電熱線はまだ影響がマシであるが、電熱線のエネルギーを拡散する兵器。
電熱線手榴弾や地雷、電熱砲は、周辺の環境を破壊するほどの環境汚染をもたらす。
残念な事に今更、電熱線を廃止できないカゾルミアは、健康被害を隠蔽した。
電熱線を利用する国民には情報統制が敷かれており、真相を知る事はない。
一応、政府高官、軍上層部や高位の医者には情報公開を実施している。
それでも長い間、電熱線の近くに居続けると発症する
全身発疹をもたらす病気を【電熱線重火傷】と命名し、
低温火傷のノリで誤魔化すほどだった。
それほどまでに軍部が力を持ち続けるのは必須の物質は、
更なる破滅をカゾルミアにもたらす事となる。
電熱線による健康被害と環境汚染を訴える周辺国を敵視し、
内政干渉と敵性プロバガンダという建前を持ち出して圧力を加え始めた。
しまいには、圧倒的な軍事力で周辺の小国を武力制圧し、併合。
ここで一旦、落ち着くかと思いきや、更なる戦争に備えて軍拡を始めた。
これに危機感を覚えた周辺国は連合を組み、カゾルミアとの戦争に備えた。
そして更なる全面戦争に突入し、カゾルミアは衰退の坂道を転がっていく事となった。