マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん 作:アルバート元中隊長
カゾルミアは電熱線による技術に全振りした国家である。
だから馬鹿でかい電熱線エンジンを運転席の前方に搭載したボンネットトラックは巨大だ。
轢かれた方が悪いと言わんばかりに道路での視認性が悪くて曲折も一苦労する代物だった。
(まるで視界で見ている光景のようだ)
エンジンの上に運転席があるキャブオーバー式は、文字通り、目の前が良く見渡せる。
例えるなら、ピノッキオのような長い鼻が無くなってすっきりした視界になった感じだ。
兵站を担当する士官は、祖国との技術格差を感じると同時に別の事も考えていた。
(こんなエンジンで広大で劣悪な環境の祖国の大地を走れるのか?)
ボンネットを開けばすぐに整備できるトラックと違ってどうやってエンジンを整備するのか。
長時間補給せずに使用できる電熱線エネルギーと違ってこまめな燃料補給が必須なのはきつい。
そもそも祖国のトラックを愛用してきたアルバートは、未だに連合軍のトラックに不信感がある。
適当に言い訳を考えたものの隠し通そうとしてきた気持ちが溢れて来た!
(……信じたくないものだ、連合国の製品が好きになってしまうとはな)
補給に携わる者として薄々、祖国よりも他国の方が品質も技術力も段違いに高いと気付いていた。
周辺国を併合して成り立ったカゾルミアは、現行品よりも昔の製品の方が品質が良かったりした。
なので、兵器以外では最先端の代物より、失われてしまった枯れた技術の方に信頼を置いている。
(……それにしてもエンジンが真下にあるのに振動が少ないな)
運転席に搭乗する前まで下にあるエンジンのせいでアホみたいに振動すると懸念していた。
しかし、実際に乗って運転してみると何故かボンネットトラックより揺れなかった。
これだけで技術格差を感じてしまうし、このトラックが好きになる要因でもあった。
「アルバート上等兵、質問してもいいですか?」
「…
そんな事を考えていたら助手席に座っているマルフーシャから質問されてしまった。
戦地での任務中では軍の階級が入れ替わるのでこうやって彼女の質問を許す事が多い。
「未だに軍での階級に慣れません。短期間に出世過ぎたと実感しています」
マルフーシャは2ヶ月くらい前までただのパン屋の店員だった。
士官学校で厳しい訓練と上下関係を味わっていない小娘には部下の命を背負うには荷が重い。
「軍での階級は責任の重さに比例する。国民等級で行動を縛られない分、良い制度だと思うがな」
多くの下等級国民が軍に入隊するのは、明日を生きる為。
数少ない上等級国民が軍に入隊するのは、課せられた責務を果たす為。
強制的じゃないはずの中等級国民が徴兵されるのは、模範的な国民として義務を果たす為である。
「現状の扱いを変えたいなら軍での実績を重ねるしかない。祖国は有望と優秀な人材には寛容だ。書類で示される数字ではなく、祖国から大切にされる人材になるには名声と軍での階級は必須だ」
要するにだ、マルフーシャは出世した現状に戸惑っているだけである。
大半の兵が無理難題の命令で拒否権もなしに死地に向かわされてそこで朽ち果てる。
そんな現状下で期待されている軍の階級は荷が重すぎると暴露する余裕がある時点で幸せだった。
「未だに部下を仲間扱いにしてしまいます。もし、見捨てないといけない機会が発生したら…」
「分隊長、決断はいつだって唐突に発生する。分かっていると思うが、正解の選択肢などない」
マルフーシャの悩みは、同性から男としての責務と行動力を期待されている事である。
多くの女性はグループやコミュニティに参加し、共感や理解を求める事が多い。
「では、見捨てろと?」
「別に仲間を助けてもいい。分隊長は自分で決断できるんだ。後悔が無いように選べばいい」
マルフーシャが求めている答えは、コレではないとアルバートは察している。
彼女としても、上官が無難な回答を示すのも理解していた。
では、何故こんな事を話したというと。
「私は生まれ育った祖国に忠誠を誓い、納税と勤労の義務を果たす為に動く小娘です。それなのにいきなり7名の部下ができ、信頼してくれる彼女たちの期待を応え続けるのが怖いんですよ」
荷台には聞こえないように小声で呟いたマルフーシャの台詞が全てを物語っている。
彼女は失敗が怖いわけでも自分の命令で部下を死なせる可能性に畏怖しているのではない。
(……英雄になるなら期待を応え続けて欲しいものだが)
誰かの期待に応えて行動し、目的を達成できる上司は、部下から信頼される。
逆に部下からの期待を裏切って失敗を押し付ける上司など誰でも信頼しないし、協力もしない。
――マルフーシャは、上官としての責務を果たせているのか不安になっているようであった。
「……別に全部の期待を応えろと促しているのではない。今出来る事をやれと言っているだけだ。何故、私が任務中に君の部下を演じるか分かるか?上官として行動できないと知っているからこそ1人前の下士官にする為に全力でサポートしている。そうしなければすぐにでも破滅するからな」
第13番地区の司令官であるはずのアルバートが新任の下士官であるマルフーシャを優遇する理由。
単純に経験も軍歴もない彼女を下士官として運用するのは無理があったせいだ。
だからといて二等兵が英雄として評価されるのも可笑しい話であった。
「だから君には両手で数えられる仲間を守る為の術と知識、経験など可能の限り伝授しているし、なにより君や仲間の相談に乗って心労や不安を軽減しているのだ。異論は許可しない。良いな?」
いくら兵士として優秀としても、兵の上に立つ下士官として動けるかと問われるとそうではない。
本来であれば、膨大な時間と経験が必要なのだが、マルフーシャには時間が無い。
だからこそアルバートは、彼女に必要な技能や知識を短期間で伝授させる為に目を掛けている。
「では、当分は私の上から離れない。そう断言したと判断しても良いですか?」
「せっかく手塩にかけて育成した下士官を無駄死にさせるほど無駄な事は無いからな」
「ありがとうございます」
連合軍の奇襲や策略を警戒するアルバートは、マルフーシャの事など二の次であった。
だから適当に返答したのだが、何故彼女が嬉しそうに笑ったのか全く理解できなかった。
「さて、マルフーシャ分隊長」
「はい」
「今から渓谷に侵入する。敵軍からの奇襲を想定し、いつでも脱出できるようにせよ」
「……?奇襲するのではなく奇襲を受ける前提なのですか?」
あっさりと捕虜と兵士を入れ替える事が成功したのは、ただの偶然ではない。
アルバートがマルフーシャに語った通り、そもそも連合軍の罠だと彼は警戒していた。
マルフーシャからすれば、寝耳に水であり、なにより何故、わざわざ奇襲を受けに行くのか。
さっぱり理解できずに思わず聞き返してしまった。
「人間というのは、目的を達成する直前が一番油断するものなんだ」
「えぇ、理解できます」
「ここまで機械兵を1体も見かけずにトラックを走れるのは可笑しいと思わないか?」
「言われてみれば…確かに」
マルフーシャは何かと作戦を成功させてきた上官を信頼しているが、彼自身は違った。
(絶対、なんか可笑しい。これは誘い込まれているに違いない…!どこで対処するべきだ…?)
自ら立案した作戦が上手くいっている事に疑心暗鬼となり、むしろ疑っていた。
これは自分を誘き寄せる罠ではないかと…。
「アルバート上等兵、今後の作戦を確認したい。説明をお願いします」
「承知しました」
現実を知っているからこそ必要以上に悲観的な士官の姿を見たマルフーシャは…。
少なくとも彼の作戦で戦死しても、文句は言えないと考えるほどには信頼している。
「渓谷を進むと開けた場所で軍の無線が通じるようになりますが、そこで定期の連絡を入れます。これにより回収部隊が到着ポイントに集結、トラックの駐車を確認した後に除染の実施を行ない、車両から降りる様に指示を出します。CBRNE対策部隊の隊員と護衛が車両に近づきますが…」
「なんか無理に発言していない?」
これからの予定と対処法をマルフーシャに伝えるアルバートだが、なにやら様子が可笑しい。
そう感じたマルフーシャが気に掛ける発言をすると彼は少しだけ口角を吊り上げた。
「要するにそいつらは射殺しても構わん。合図を出したら殲滅せよ」
「……さすがにバレないですか?」
「欲しいのは、彼らが乗って来た螺旋翼機に積んでいる資料だけだ。それ以外は要らん」
ぶっちゃけ敵の航空機を鹵獲して敵基地を襲撃するのは現実的ではない。
捕虜の回収部隊を殲滅し、残された資料を回収して帰還する手筈であった。
(まあ、上手く行くわけがねぇ…)
トラックに発信機や盗聴器が取り付けられているのは連合軍も把握しているはずだ。
むしろ、車両を降りて少し歩いた後に着替えさせて簡易のチェックを行う。
それくらいしか把握していないからこそ、アルバートはこの回収任務に裏があると睨む。
(本当に捕虜は帰還できているのか?)
捕虜を解放する事態は、アルバートが無線を使って宣伝したので誰もが知っている。
だが、回収された捕虜が本国に帰還したり、再配置されるか把握はできなかった。
だから彼は、実は捕虜はスパイ認定されて始末されているのではないかと疑っている。
「渓谷に入りました。指示をどうぞ」
「臨戦状態で待機せよ。場合によっては車両を乗り捨てるぞ」
「……せめて仲間の撤退を援護させてください」
嘘を事実のように発言する士官より、悲観的で最悪の事態を想定してくれる士官の方がいい。
そう考えていたマルフーシャであったが、アルバート指揮官の思考が悲観過ぎると考える。
「それに今までの発言から先行したトラックには問題なかったはずですよね?」
「そうだが?」
「では、もう少し気を楽にしてください。私まで気が参りそうになったので…」
「了解」
少なくとも今まで送り出したトラックに異常がなかったようなので今は問題ない。
上級アサルトライフルを手に取って奇襲に備えるマルフーシャはそう発言するしかなかった。
「こちら、サム・オスカー!現在、セミパラチンスク渓谷を移動中、20分後に到着する。以上」
《こちら、デザートロック回収隊、了解した。貴公の到着を待つ。以上》
連合軍の兵士に扮して通信を行うのは初めてではない。
ただし、今回は明らかに連合軍の対応が甘すぎるのでアルバートは苛立ちを募らせる。
無線を切ってドリンクホルダーに置いてあった手榴弾を手に取る。
「マルフーシャ分隊長」
「はいなんでしょうか?」
「もし自決するならばこれを起爆しろ。少なくとも苦痛なく死ねる」
アルバートがマルフーシャに手渡したのは、電線線を用いた手榴弾であった。
だが、その威力は手榴弾で収まるものではない。
「……その表情だとトラックが爆発して炎上する以上にヤバい代物ですか」
「そうだな、バンカー。…いや機械兵を収容している格納庫程度なら吹っ飛ぶだろう」
事情を知らないマルフーシャも手渡された手榴弾が異常だとすぐに気付く。
安全装置が複数に渡って装備されており、すぐに起爆できる代物ではなかった。
「2個のピンを抜いてからどれくらいで起爆しますか?」
「1分だ、だがそれまでに安全地帯に逃げられやしない」
「なるほど、確かに禁じ手ですね」
どうせ死ぬなら、少しでも苦しまない方が良いに決まっている。
特に仲間たちを巻き込む前提であれば、猶更であった。
「起爆はマルフーシャ自身で決めてくれ。少なくとも自決用、それを忘れるな」
捕虜になったら、祖国は決して帰国を許さず反逆者として断罪する。
しかし、元より機械兵なんかを運用している連合軍が捕虜を丁重に扱うとは思えない。
以前、第13番地区の住民を連行する連合軍に攻撃を仕掛けたが…現場は人道的とは言えなかった。
「分かりました」
つまり、これを使う時は死ぬより酷い目に遭う事が確定している。
真っ赤に染まった小型の手榴弾をポーチに入れた彼女の顔は無表情だった。
「後部を叩いて分隊員に合図を送ってくれ。後3分で着く」
「承知しました」
ここは、黒く染まった岩肌の間を抜けるだけで何も変わらない景色しかない。
一瞬だけ開けた盆地は沢に合流し、瓦礫の山となっている道なりを進むだけ。
たまに見える朽ち果てた標識だけが、ここが道だと教えてくれる…そんな場所だった。
「……見えた。ご丁寧にも機械兵が居るぞ」
「小型が3…4体ですね」
ついに目的地となる山頂が見えると、明らかに場違いな建物が見える。
かつてカゾルミア空軍が空港を設置しようとした名残で滑走路が山頂にあるのだ。
(なるほど、ここを観測基地として友軍の動向を伺っていたか)
よく見ると3機のヘリコプターと垂直離着陸機が駐機していた。
輸送機が見当たらないのは、北部の制空権を確保していない影響なのだろう。
合流地点より先にあるが、おそらくあそこで輸送を開始するのは確定した。
(……降ろすべきか)
ここでアルバートは、マルフーシャ分隊を荷台から降ろすか判断に迷う。
山道に伏兵が居るのは目に見える為、先手を打つべきか。
それとも一斉に攻撃を仕掛けるべきか。
「アルバート上等兵、これからどうしますか?」
他人事のように判断を急かして来るマルフーシャが何を考えているかさっぱり分からない。
上官の指示を仰ぐような発言であるが、彼女の性格上、そんな単純な話ではない。
(まさかお前!航空機に乗り込んで行く気じゃないだろうな…?)
裏を読む事に慣れたアルバートは更なる勘違いをしてしまった。
本来であれば、捕虜を使った遠征計画であり、別に成功させる必要はない。
なんなら敵の拠点を発見したので第13番地区に戻っても良かった。
(マルフーシャの意図を読むんだ。アイツはきっと……)
どんどん精神的にも兵士としても成長する女兵士を彼は過大評価した。
自分の気持ちすら複数の仮面を使いこなせる士官は、どんどん暴走していく。
マルフーシャとしては、単純にこれからどうするか尋ねただけというのに。
「……上等兵?」
「このままいくぞ」
「え?…はい、承知しました」
思考が一周した結果、何の策も無しに合流地点までトラックを走らせる事にした。
そうはならんやろと常人ならなるが、アルバートは既に正気じゃない。
その証拠に片手で拳銃を握る彼の姿を見たマルフーシャは、何も言えなかった。
(可笑しい。なんでバレていないんだ!?)
未だに連合軍が捕虜と敵兵が入れ替わっていると気付いていない。
しかし、アルバートは既に敵軍にバレている想定で動いていた。
「分隊長、後方の寝台に身を潜めてろ」
「え?…はい」
てっきり近づいて来た敵兵の始末を命じられると思ったマルフーシャは首を傾げる。
しかし、上官がなんとかすると考えて特に異論は唱えなかった。
(あれ?駐車したのに何も合図がない?)
荷台に身を潜めているストレルカ副長は、前方から合図が無い事に気付く。
だが、合図がないと身動きが取れない彼女たちは息を潜めて隠れる事しかできない。
(可笑しい…)
金髪の青年兵士に化けているアルバートは敵兵の指示を受けて運転席から降りた。
両手を挙げながら防護服を纏った兵士たちに囲まれる。
(なんでバレてない!?)
てっきり奇襲を喰らうと思っていたアルバートは更に混乱する。
「電熱線の汚染レベルは、中度。カゾルミアめ、かなりこき使ったようだな」
防護服を纏った兵士たちは、目の前の捕虜が敵だと気付いていない。
身体チェックをした兵士ですら、護身用の拳銃を取り上げる事しかしていない。
(あれ?もしかしてバレて無いかコレ?)
ここでようやくアルバートは完全に連合軍が捕虜入れ替え作戦に気付いていないと自覚した。
だから隙だらけだった4名の敵兵を1人残らず殴り倒して気絶させた。
やはり暴力。
圧倒的な暴力は全てを解決すると言わんばかりに拳だけで無力化してしまった。
「アルバート上等兵、まさか素手で無力化するとは思いませんでした」
これにはマルフーシャも驚愕するしかない。
自分たちには射殺する選択肢しか提示しなかったのに彼は別の選択肢を示した。
頭や顎、腹部などを強打し、相手を気絶させる裏技なんか想定できる訳がなかった。
(いや、こいつらが弱すぎるんだよ……)
血が混じった泥水を啜り、腐敗しきった死肉を生で喰らい激戦区を生き延びた士官からすれば…。
相手が士官学校で習った教本通りしか動けない新米士官のようにしか感じられない。
殺し合いすらまともに経験した事がない奴らは、アルバートにとって弱者以外の何者でもない。
「…ご命令を」
班長のライカが不在の為、副長を兼任するストレルカ特務員が上官に指示を求めた。
彼女自身は状況を把握していないが、そこまで驚きが無い所を見ると勝利は確信しているようだ。
「気絶した敵兵を荷台にぶち込んで適当に縛って拘束でもしておけ」
「ですが、この後に目を覚ましたら厄介なのでは?」
開き直って自暴自棄染みた思考をするアルバートは、ビオン一等兵から正論を言われてしまった。
ここで自分が馬鹿げた事を言った事に気付くが、訂正する気力すら無かった。
「別にバレても困らん、殺傷しなかったので連合軍も本気は出さないだろう」
0.1秒の判断ミスで即死する戦場で生き延びた士官は、運という不確定要素を信用していない。
だが、殺人という致命的手段を避ければ、気絶した敵兵にも戦略的価値はある。
上官から無言の圧力を加えられた分隊員は、命令通りに気絶した兵士を荷台まで運んだ。
「縛り終わりました」
「了解、次の作戦に移るぞ」
マルフーシャが敬礼して報告を終えるとアルバートは次の作戦を命じる。
「では、諸君。早く鹵獲した車両に乗れ」
さくっと敵兵の格好をした彼は、駐車している兵員輸送車に人差し指を立てて乗車を促した。
1人だけ捕虜の格好をさせられた隊長は可哀そうであるが、同情する気はない。
もしも、マルフーシャが居なかったら惨殺するつもりだったからだ。
(伴侶にこの失態は見せられないな……)
アルバートの理性を元に戻すには、伴侶が必要だった。
唯一、彼女と結婚している事実を知らせてくれる指輪を見て精神を落ち着かせる。
「全員、乗ったな?」
「乗りました」
兵員輸送車に分隊メンバーが搭乗したのを確認したアルバートはエンジンを起動する。
心地いい音共に車両が揺れてサイドブレーキを降ろしてクラッチペダルを踏み込む。
そして徐々にアクセルペダルを踏み込んで車両は、ゆっくりと山道を進む。
(相変わらず、上官の考えが読めない……)
マルフーシャは全ての兵器に適正ありと判断された優秀な兵士になれる人材である。
ただ、上官の行動が一切、読めないので上に立つ人間ではないと自覚している。
それがまさか自分を過大評価している結果のせいだとは全く気付く事は無かった。
「この手に限る…」
「やっぱり暴力ですか」
策謀が得意な上官だと思っていたが、その人物像が間違っていると知った。
意外と軽率で拳が出るのが早い武闘派将校だとこの現状が示している。
「ほら、さっさと運べ」
「了解しました」
せっかく狙撃態勢に入ったフェリセットは暢気に昼寝するほどに平和だった。
せっせと気絶したパイロットを破壊したヘリコプターの中にぶち込む。
それだけで何か凄い事をしている気がしたが、そんな事は無かった。
「ふむふむ……やはり、捕虜の状態で輸送する基地が違うようだな」
女兵士たちが必死に気絶した敵兵を運んでいる間、アルバートは書類を漁っていた。
さすがに着陸地点の情報を偽る事はできないので数少ない資料を回収しようと試みている。
「ん?」
垂直離着陸機の操縦席の周りを漁るアルバートは異様な書簡を発見した。
操縦マニュアルでもなく計画表でもない封筒を目にして違和感を覚えつつ開封する。
「は?」
封筒から中身を取り出した彼は、題名にそぐわない物を目にして疑念を抱いた。
傷痍軍人療養所という施設を示した地図を発見した彼は自分の目を疑った。
「傷痍軍人療養所!?今の連合軍で活用する奴なんか……一応居るか?」
連合軍は機械兵を動員する事で正規兵が負傷する事は減った。
もちろん負傷はするだろうが、戦闘中で発生しないので安全地帯で治療できるはずだった。
ところが、傷痍軍人療養所と示された場所は、かつての刑務所である。
「なんかあるな?」
冷静に考えれば、捕虜にしたカゾルミア軍兵士に対応する病院を示すかもしれない。
その考えは、最近発生した殺人を実行する機械兵の投入であり得ないと判断する。
「見なかった事にするか」
だが、アルバートは重要な施設だと勘付きながら無視する事にする。
ここまで上手く行ったのなら、資料を回収して早急に撤退するべきである。
時間が経過するほど帰還が困難になるなら尚更だ。
「…面白そうな物、見てるね」
しかし、ストレルカに一連の動作を見られてしまい、アルバートは固まる。
迂闊に発した自分の発言が祖国の意志に反すると自覚した故の動揺である。
「…傷痍軍人、本当に治療する施設だと思う?」
「……何が言いたい?」
ストレルカが何を言いたいのかアルバートは察している。
ただ、それを詮索するには情報と兵力、なにより時間が足らない。
「…調べるにはいい機会だと思う」
「時間が無い。これを回収するだけで充分だ」
さきほどトラックの荷台に縛り付けた敵兵が目覚めていても可笑しくなかった。
建前自体は言わなかったが、優秀な彼女なら察してくれる。
「…上空から施設の写真を撮るだけでも良いと思うけど?」
「……確かに上空を旋回するくらい……いや、対空砲の餌食になるだろう」
「…なんで対空砲があると思うの?」
「さすがに最低限の防衛手段はあるはずだ」
むしろ、考えを読まれてしまい、ストレルカに牽制された。
これがどんな施設か気付いているからこそ行動を促しているのだ。
「…機械兵のAI素材がなにか知ってる?」
「人間の脳だろ?解放した捕虜がその回収部隊と吐いてくれた」
既にカゾルミア軍は、機械兵の頭脳の正体に気付きつつある。
だが、それを国際社会に示す証拠がないどころか、その国際社会が敵そのものだった。
アルバートも話は聞いていたが、非効率過ぎて誤情報だと一蹴したほどだ。
「つまり、その施設を偵察しろ。そう言いたいのか?」
「…少なくとも連合軍は、堂々と機械兵を使えなくなる」
理不尽な事が有利となる戦争でも、最低限のルールは必要だ。
落としどころが無くなるどころか、数千年続く因縁になりかねない。
「…当たり前で満足しない。それを実行したい」
「どいつもこいつも……」
機械兵の頭脳が生体なのは、撃破したCPUの残骸で分かっている。
何かしらの手段で科学的に人間だと示せるが、証拠としては不十分だ。
人為的に脳髄を混ぜて偽装したと反論されれば、否定ができない。
(…確かに機械兵の運用を一時的で停止させれば勲章ものだな)
さっさと13番地区から脱出したいアルバートには実績が必要である。
マルフーシャがプロパガンダ要因として必要不可欠と示す様に根拠が必要だ。
祖国を苦しめる機械兵の運用を妨害するという実績は、垂涎の活躍そのものであった。
「…どうするの?」
「分隊メンバーをここに召集してくれ」
「…了解」
遥か高みに伴侶が自分を待っている。
これ以上、彼女を待たす事が出来ないアルバートはストレルカの案を呑んだ。
(まーた、一か八かの賭けか。運なんかに自分の運命を委ねたくないのだが…)
すなわち、次に行う一手は世界情勢すら変える。
連合国が偉大なる祖国と戦えるのは、支持してくれる国際社会の影響が大きい。
敵兵や敵対国民を用いて生体CPUを製造したとなれば、国際社会は掌を返す。
(……今まで殺してきた機械兵の正体が自国民だと知ったらどう思うんだろうな)
それと同時に思春期の女の子に示す情報ではない事は確かだ。
(くだらねぇ……)
同僚を蹴落とすどころか破滅させなければ、生き残る事は出来ない。
策謀と因縁と腐敗が渦巻くカゾルミア国防人民委員部はそういうところだ。
綺麗な両手を持つせいで死ぬぐらいなら喜んで血で手を染める必要がある。
(マルフーシャが少しでも生き延びるように仲間も手を汚させるか)
殺人をした兵士もいるが、それはやむを得ない状況だったからだ。
だが、これからは違う。
自分たちが生き残るには、積極的に敵兵を殺す必要がある。
(やるか!)
捕虜の回収部隊と輸送部隊の人員は殺人をしなくても無力化できる事を示した。
それはアルバートの気が狂っていたのもあったが、あくまで戦闘要員ではなかったのも大きい。
だったら、捕虜にならずに断固として抵抗する敵兵の対処法も実戦で教えればいい!
生き延びたいなら同僚殺しも辞さなかった工兵出身の士官は、ほくそ笑んだ。
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【用語集】
“機械兵”
解説
カゾルミアと敵対する敵国が運用する自律型特攻兵器。
今でこそカゾルミアを苦しめている連合軍の主力兵器だが、当初は違った。
むしろ、カゾルミアが作成した兵器群の一種であったのだ。
開発経緯は、自国が偉大だと信じ切っていた当時の最高指導者にある。
自国のロボット技術を他国に見せつけようとした彼は一体何を考えたのか。
軍部や国民に内緒で膨大な予算をつぎ込んで冷蔵庫型のロボットを開発した。
もちろん、いくら最高指導者だからってやって良い事と悪い事がある。
特に支持母体である軍部の意志に反した事実は大きい。
諸事情があり、先代最高指導者が粛清された際に闇に葬られた。
しかし、政変が発生した要因を掴んでいた工業大国は、むしろそのロボットに着目する。
当時のカゾルミア軍は、とにかく敵を撃破した数で昇格するシステムとなっていた。
戦場で活躍すれば出世するシステムは確かに戦争で最適解であったが、欠点もある。
工業大国は、最新鋭の戦車を投入して撃破されるより、ポンコツロボットを大量生産した。
なにより兵士が戦車と生身で戦うカゾルミア兵を恐れていた事もあり、試験的に戦線投入した。
すると賭けは当たり、国境を防衛するカゾルミア軍は、ゲーム感覚でロボットを狙い始めた。
――誰だって安全に出世したいならこうなる事は明白だった。
犠牲が少なくなる実績を突き付けられた連合国は、しぶしぶ機械兵の戦略投入を認める。
それで開発資金が豊富となり、工業大国の技術力で兵器と呼べる機械兵が誕生した。
当時の機械兵は、目の前に居る人間を殺すだけしかできない存在。
だが、旧式戦車1輌を生産するコストで500体を運用できる安さでカゾルミア軍を苦しめた。
さすがにここまで来るとカゾルミアも機械兵に対抗する機械兵を製造しようとした。
悪戦苦闘したが、工業大国製の機械兵を鹵獲する事で形だけは完成させる事ができた。
ところが、重要な部品が完成しなかった。
経済制裁と技術格差により、自動で戦闘を行う機械兵の頭脳が作れなかったのだ。
そこでカゾルミアの研究者が、生物の頭脳を機械兵に転用しようと試みた。
頭脳が完成しないなら動物から持って来る案は確かに逆転の発想だった。
命令する兵士の発言を理解し、忠実に任務を遂行する存在。
その要求に対し、食料不足で苦しんでいたカゾルミア軍は、犬で試す事を承認した。
それにより、確かにカゾルミア製の機械兵は動く事ができた。
ところが、飼い主や兵士に懐いていた犬の頭脳を用いた機械兵は友軍に牙を剥いた。
生前の肉体のノリでじゃれついた結果、大惨事を招いた。
その失敗を受けて科学者は更なる提言を軍部に行なった。
「犬がダメなら不要となった人間の頭脳を使うべきです」
連合軍との戦争で大敗を受けて再編成したカゾルミア軍はその提案に難色を示した。
一応、研究は続行させたもののわざわざ人間の頭脳を用いる必要性がなかった。
なんなら少年兵を導入した方が、戦略的にマシだと考えたほどだ。
「わざわざ人間の頭脳を機械に移植する必要があるのかね?」
サプリメントの大半を医療大国から輸入していたカゾルミアの医療レベルはかなり低い。
臓器移植手術ですら両手で数える者しか実施できない惨状だったのも大きかった。
露骨に研究費が大きく削られたロボット開発陣と研究者は祖国に見切りをつける。
特に人間の脳の権威であった研究者が他国に亡命したのは痛手であった。
そしていつからか、機械大国と医療大国は積極的にカゾルミアの国民の回収を始めた。
何に利用するのか他の連合加盟国は疑問を呈したが、まともな回答を得られない。
義勇軍や反乱軍を設立するという建前を信じるしかなかった。
同時期に機械兵は、更なるアップデートで高度な動作を実施できる事となった。
新素材によって部品パーツが大幅に減って更なる生産性向上を達成した。
今では、機械兵のAI素材以外は自動で生産できる手段を確立したほどだった。
ただ、機械兵を運用する指揮官と整備兵は、今まで見られなかったトラブルに見舞われる。
「本当にAIか?」
学習したはずのない単語を知っていたり、機械ではありえない誤作動を起こす様になった。
しかし、今更機械兵を前線から遠ざける事は出来ない。
銃が戦場から消えないように運用される機械兵を今更排除する事などできやしない。
こうしてカゾルミアの国民の頭脳を用いた機械兵は、祖国に牙を剥き続ける。
例えカゾルミアが滅びても、機械兵は地上から消える事はないだろう。
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