マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん   作:アルバート元中隊長

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5話 英雄になる代償を前払いする少女

甘えん坊の女狙撃兵との出会いは、内門の防衛任務に配属された時であった。

配属の当日、門に向かう道中で行き倒れのように彼女は倒れていた。

ライカ先輩に案内されていたマルフーシャは驚いたが、真相を更に知って驚愕した。

 

 

「ルームメイトに見捨てられました。代わりに内門まで連れて行ってください。」

「「はい?」」

 

 

この時ほどライカ元監査官とマルフーシャは意見が一致した事はないだろう。

タッグを組んでいた相手に愛想を尽かされたと述べた銀髪の女性にやる気は見えない。

 

 

「マルフーシャ。さすがにこの御方を放置できない。持ち場まで運んであげましょう」

「え?」

「2等級国民のフェリセット様をご存じないの!?私より遥かに格上の存在よ!!」

 

 

第13地区の外門の防衛を命じられた際に出会ったライカ監査官は、3等級国民の令嬢である。

それより格上など見た事もないし、そもそもこの最前線に居るとは思っていなかった。

いわば、高値の花と言える存在が、行き倒れているように通路の床に這い蹲っていた。

 

 

(なんなんだろう…この人)

 

 

最初に抱いた印象は、上級国民の令嬢様がわざわざ足を引っ張りに来たのかという困惑であった。

お人好しの上司と一緒に仕方なく別の内門に運んで彼女との関係はそのまま終わるはずであった。

 

 

「むにゃむにゃ」

 

 

今ではマルフーシャは、フェリセットと同衾し、お互いの肉体と触れ合う仲となった。

文字通り、お互いの身体を洗って髪を梳かしてベットの中で抱き合うように寝ていた。

そう、寝ていた。

 

 

(起きちゃった……)

 

 

宿舎なら二段ベットの下で一緒に寝るが、ここでは内門にある寝床で雑魚寝をしていた。

最低限の明かりしか灯っていないが、目覚めてしまったマルフーシャはゆっくりと布団から出る。

 

 

(二度寝はできそうにない)

 

 

時刻は分からないが、ここで二度寝をすると遅刻するような気がしてしまい、起きる事にした。

カワイイ怠け者の涎を腕から払って起立し、両手を組んで背筋を伸ばしながら身体を傾ける。

 

 

「ウッ」

 

 

少しだけ目覚めた気がしたので本格的に目を覚ませる為に手洗い場に向かう事にする。

多目的ホールの隅々まで布団を並べて眠る同僚たちを踏まないように静かに脱出した。

 

 

「はぁ……」

 

 

不眠症で甘えん坊の相棒を寝かしつける為に同衾するマルフーシャの朝はいつも早い。

だが、今回は更に早く、廊下にある柱時計を見ると、双針は2時半を示す。

 

 

「殺人をしたせいかな……」

 

 

最近、スピード出世で分隊長に就任したマルフーシャは昨日、上司の命令で敵兵を殺害した。

その時の光景は一生忘れず、早起きしてしまった原因でもあると分析をする。

 

 

「しょうがないね」

 

 

事情を聴いたフェリセットが珍しく自分を慰めてくれたほどの衝撃的な光景だった。

いつもと違って彼女にリードされる気分は悪くなかったが、それでも後味が悪い。

そう考えて手洗い場に向かい、気分転換を試みたが、気分は未だに晴れない。

 

 

(ねむっ……)

 

 

それどころか、却って心労で余計に眠くなった気がする彼女は内門へと向かう。

道中で夜番で見張りをする兵士に白い目で見られたが、しょうがない。

事情を説明して【自主的な哨戒】と偽って新鮮な空気を吸おうとした。

 

 

「……あれ?」

 

 

いざ、内門まで辿り着くと見た事ある男性兵士が両脇に色々挟みながら走る姿を目撃した。

この地区に新任した上官であり、マルフーシャを分隊長に命じた男が何かやっている。

気になった彼女は、こっそりと後を追いかける。

 

 

(バリケードを修理してるの?)

 

 

てっきり、内門の警備兵と打ち合わせをするかと思ったが、違った。

内門から飛び出した彼は、大通りに設置したバリケードの前に座って何かをしている。

光源が発生し、なにやら音を立てながら弄っている姿を見て修理をしていると判断した。

 

 

(……こんな真夜中に修理をする必要ある?)

 

 

たった1人で深夜にバリケードを修理する上官にマルフーシャは違和感があった。

それに何故、自分を英雄に仕立て上げようかという動機も不明で不気味な存在だった。

 

 

(話さなきゃ……)

 

 

ここで寝床に戻れば、きっと後悔する。

そう考えて門衛に会釈し、門の外で作業をしている上官に向かって口を開く。

 

 

「アルバート地区防衛補佐官、何をされているのですか?」

「……マルフーシャ分隊長か。見れば分かるだろ?バリケードの修理と整備をしているんだ」

 

 

後ろ姿の彼に語りかけると頭が垂れたと同時に光源が下に降りた。

そして頭を上げてバリケードと向き合ったまま、アルバートは自分の部下に語りかけた。

 

 

「この深夜に単独で?せめて門衛に手伝わせてもいいのでは?」

「こう見えても私は工兵出身でね。兵士たちが存分に戦える場を整える仕事が癖になっていてな。いわば、習慣みたいなもんだ。机の上に出された料理を頂く行為と同じ事をやっているだけさ」

 

 

本来なら豪華な椅子に座って踏ん反り返るべき上官が部下に内緒で深夜に作業をしている。

それに疑問が浮かんだマルフーシャは無意識で彼の元に駆けつけた。

 

 

「なんだ?マルフーシャ分隊長、報告したい事があるなら手短に頼む」

「半分は嘘ですね」

 

 

まるで部下の行動を予想していたかのように話しかけて来た上官にマルフーシャは本音を告げた。

すると参ったと言わんばかりに肘を曲げて両手を広げたアルバートが振り向く。

 

 

「…ああ、そうだ。よくわかったな。工兵出身なのはそうだが、仕方なくやっているだけだ」

 

 

マルフーシャは直感で上官がしぶしぶ作業していると考えた。

何故なら、バリケードの修理という役に立つ業務を部下に教えないわけがないからだ。

殺人を実践し、部下に強要した彼が、遥かに簡単なはずの業務を部下に教えないのはあり得ない。

そう考えて発言しただけだが、賭けは当たった。

 

 

「あえて言うが、それを言いたい為にここに来たわけじゃないだろ?」

「仰る通りです」

「分隊長、ここは外、戦場だ。建前では私は上等兵となる。あとは分かるな?」

「はい、分かりました」

 

 

ここで上官は意味深な発言をした。

戦場では一般兵に化けて行動する彼は、内門の外では上等兵と呼ばなければならない。

そしてマルフーシャは分隊長、彼が示唆する事に気付いて門衛に会話を聞かれないように近づく。

 

 

「なるほど、バリケードの修理を手伝いに来たのか、気が利くな!さすがマルフーシャ分隊長!」

 

 

アルバートは門衛に聴こえる声量で呟いた後、背後から来たマルフーシャを手招きした。

 

 

「手伝いに来てくれるとはな」

()()()()()()()()()

「意図が分かったならいい。早く本題を話せ」

 

 

これで門衛視点だと、マルフーシャはバリケードの修理を手伝うように見える。

それでもアルバートは、彼女に鎌をかけるが、逆に皮肉を言われたので質問の許可を出した。

 

 

「何故、私を英雄にしようと考えたのですか?」

「外門の防衛成績が最優秀だった君が適任だと考えたからだ」

「2ヵ月前までパン屋の店員をやっていた小娘ですよ?それ以外にも理由があるのでは?」

 

 

掴んだ好機を逃さないマルフーシャは、今まで戦友に隠し通してきた想いを告げる。

英雄なんかになりたくなかった彼女は、上官に盾突くという行為を恐れず、本音を述べた。

 

 

「……何が言いたい?祖国の命令に疑問があるのか?」

「『私に英雄になれ』と命じたのはアルバート上等兵です。祖国の命令ではありません」

 

 

マルフーシャは分かっていた。

目の前に居る上官も、自宅を訪ねて来て自分を上から目線で見下してきた兵士と同類だと…。

しかし、妹を狙っているように見えた高圧的な兵士と目の前に居る上官には徹底的な違いがある。

 

 

「私は今まで書類に基づいて行動してきました。召集令状や着任書、全て祖国で発行された書類に命じられてその通りに行動し、結果を出してきました。ですがアルバート上等兵。あなたは違う。正式な書類も無く命令だけで私を英雄に仕立てようとしています。これは上層部の意図じゃない。違いますか?」

 

 

洞察力に優れたマルフーシャの発言が終わるまで無言を貫くアルバートは思った。

 

 

(パン屋の店員で放置しておくには……本当に勿体ねぇ人材だな…)

 

 

マルフーシャは情動的に動く割には、命令に対して彼女なりに考えて行動し、実績を示す。

ただ命じられたノルマだけをこなして出世街道から自らの意志で遠ざかる凡人ではない。

低級国民の出身なのに軍部で成り上がっていく人材そのものの発言にアルバートはほぞを噛む。

 

 

(確かに兵士たちが信用するわけだ、このまま放置したところで双方とも得る物はない…)

 

 

黙秘しても、自分の野望を少女に隠し通せないと確信し、暴露するしかなかった。

 

 

「その通りだ、これは私の私情だ。ついでにここに来た理由もそれに関係がある」

「よろしければ、聞かせてくれませんか?何も知らずに死にたくはありませんので……」

「まるで事情を聞かせたら『喜んで祖国の為に死ぬ』と言っている感じがするが?」

「まさか。私は妹の為にも死にたくありません。死にたくないので頑張りますよ」

 

 

恐怖を他人に見せないマルフーシャは妹の為にも死にたくないと本音を言う。

裏事情を知るアルバートだって妻を残して死にたくないから見ず知らずの少女を利用した。

でも、根本的な要因は同じである。

ただ、歩んだ人生と過ごした環境、時代の流れと世界情勢が彼らの価値観をズラしているだけ。

 

 

「あえて深くは言わない。君が門衛の任務を遂行して抱いている感情と考察は、間違っていない。味方の前線をすり抜ける機械兵を迎撃するはずが、内門まで進撃してきた侵入者を排除する現状。外門を突破されたというのに味方の増援はおろか、守備隊に罰則も与えない放置された環境」

 

 

薄々とマルフーシャが思っていた事を上官は暗に告げる。

第13地区を防衛する自分たちは祖国から見捨てられていると…。

 

 

「私は、戦略に基づいて運用する物資はおろか、君たちが発注する武器や道具、嗜好品を手配して指定された集積所に運送するまでの業務を管轄する部隊の中隊長、補給局の士官だった」

 

 

追い詰められた第13地区を戦略的に立て直しする為に派遣された士官の仮面が剝がれていく。

発言する度にボロが出る彼は、やはり左遷される人間だとマルフーシャは思う。

 

 

「この第13地区を含む東部地域の兵站を管理していたからこそ戦況と現状を私は知ってしまった。ここが陥落すれば、東部の主要都市の橋頭保、敵軍の最前線基地に変貌すると気付いてしまった。いや、誰もが分かっていた。でも、口にしない。私は口に出したからここに士官として就任した」

 

 

ついに彼は、祖国が負けており、連合軍がこの第13地区を狙う理由を告げた。

敵国から見捨てられた都市に対して嫌がらせのように少数の機械兵を逐次投入する。

付け焼き刃で徴兵した守備隊が死守する事で祖国カゾルミアは、本軍を後方に下げて迎撃を狙う。

だが、それは連合軍の罠。

 

 

「失礼ながらも、私は君たちを報告書に記された数字としか認識していなかった。それは当然だ。一日に500人の兵士が死んだとして、その度にいちいち悲しんでいたら戦争にならない」

 

 

班長は所属する班員をしっかり観察して命令を下し、分隊長や小隊長は、班長の状況を把握する。

人から人に伝達する情報というのは、簡略的に数値化されて少量の文字数と共に記されるのだ。

目先の勝利を評価した結果、戦略的に重要な都市を時間稼ぎができる捨て駒だと認識させられた。

それがマルフーシャが防衛する第13地区の現状である。

 

 

「昨日、北部地方のデモクリトス国境線の累計死傷者が3万人を超えたと知らされたらどう思う?甚大な被害からして最優先で防衛したい場所だと分かるだろ。つまり、今の現状はそういう事だ」

 

 

戦況の悪化を暴露してしまったアルバートはさすがにまずいと話を誤魔化した。

だが、マルフーシャを英雄にしようとした間抜けは、更にヒントを残してしまった。

 

 

「つまり、数字ではなくマルフーシャという名前を出す事で他人事にしたくないって事?」

「たかがパン屋の店員だった少女が敵軍に対して無双しているというイメージは凄まじいだろ?」

 

 

要するに第13地区には、これ以上の援軍も来ないし、本軍が助けに来ることはない。

しかし、この事実はマルフーシャが求めている答えには達していない。

 

 

「別に私じゃなくても優秀な人材はいるはず、この13地区にも居たでしょ?」

「ああ、居るな」

 

 

アルバートの隣でバリケードの修理を手伝うフリをするマルフーシャは今度こそ本質を突く。

何故、自分が選ばれて祀り上げられないといけないのかと。

 

 

「じゃあ、なんで私なの?」

「君自身は気付いていないだけで結果として示している。次は私から言わせてもらおう」

 

 

マルフーシャからすれば、英雄になれる人間は他にも居ると考えている。

ライカ監査官もきっと英雄になれるし、他にもなれそうな人物の名と顔が浮かんでいた。

 

 

「君は誰よりも他者に気にかけている。仲間が居なければ門の防衛ができないと分かっていた。

それか、所属先の上官のアドバイスに従って貯金を崩して仲間を雇っていたのかは分からない」

 

 

しかし、マルフーシャは知らない。

祖国は相互監視社会によって隣人と仲良くなるのが困難な環境だ。

そんな中、彼女は知り合った兵士と仲良くなろうと試みた。

 

 

「私がここに配属される前、僅か40日間で5名も兵士を雇ったと報告書を読んで知った」

「意外と記録に残っているんですね」

「ああ、そうだな。だが、ここに来てみると6人目の仲間を雇っていると知った」

「フェリセット…」

 

 

マルフーシャは何かと仲間に対して重い感情を向ける時がある。

いろんなトラブルに見舞われるのも、すぐに立ち直って妹の為に生きようとしていた。

 

 

「普通はな、門の防衛で5人も兵士は雇わない。異論はあるか?」

「……ありません」

 

 

そもそもアルバートがマルフーシャを気にかけたのは、5名も兵士を雇っているという事実である。

本来ならあり得ないからこそ、注目してしまい、ここに来てしまった。

 

 

(そもそもお前のせいだ……)

 

 

他責思考するのは良くないが、マルフーシャの異様な行動に着目したのは事実。

なんで英雄に選ばれたかと問いかける彼女に言いたい。

 

 

(アホみたいに兵士を雇ったのに誰もが讃えるのであれば、英雄として素質がある…と!)

 

 

この国の兵士は、面の皮が厚いか、厚くないかで出世に大きく関わって来る。

ただでさえ監視社会なのに同室になった存在など自分の弱みを知ろうとする敵でしかない。

 

 

「それなのに仲間たちからの好感度は高くて度胸と行動力もある。それで充分だ」

「私は生き残る事に精一杯でしたし、今もそうです」

「だったら誰かを貶めたり、見捨てればいい。手っ取り早く生き延びる手段だ。違うか?」

 

 

それに自分の立場が悪くなったら、誰かをスケープゴートにすればいい。

マルフーシャは絶対にしないと分かるからこそ彼女が英雄に相応しいのだ。

 

 

「それをしたら、何度もやってしまう気がして……」

「それでいい。だから……ッ!?」

 

 

とにかく色々と鋭いマルフーシャを利用するには、思考誘導をしなければならない。

なんとしても愛する妻の元に帰る為にマルフーシャを切り捨てようとした男は気付く。

 

 

「……ビオン一等兵、居るんだろ?こっちに来い」

 

 

何故かアルバートは、この場に居ないはずのビオンの名を呼んでバリケード前まで召集した。

 

 

「え?」

「はい!行きます。向かいます。……到着しました!」

「……ええ?」

 

 

これにはマルフーシャも首を傾げるが、疑問を口にする前にすぐに女の声が聴こえて来た。

全速力で内門から飛び出してきたビオンはバリケード前まで走って上官の前で停止した。

直立不動で敬礼し、まるでさきほどの呼びかけを聴いていたようである。

 

 

「え?今の距離から聴こえたの?」

「はい、聴こえました」

 

 

マルフーシャは自分の気持ちと疑問を伝える為に上官の傍までやってきた。

それは誰にも話を聞かせない為であったが、ビオンには全て聴こえていたようだ。

 

 

「とんだ地獄耳だ、普通は音が減衰して聴こえないはずなんだが……」

 

 

なお、呼びかけたアルバートもビオン一等兵の地獄耳に心底、ドン引きしていた。

距離的に空気伝導する音が減衰し過ぎて声が耳元に届かない場所にいたはずである。

地獄耳を通り越して超能力者とか預言者の部類なのかと疑うほどであった。

 

 

「どこまで聴いた?正直に小声で白状をしたら君を罰しないと絶対に誓おう」

「マルフーシャさんにバリケードの手伝いを命じて呼び寄せた時からです」

「ああ、そうか。全部聴いたのか」

 

 

アルバートの問いかけにビオンは素直に白状した。

何事にも素直で報告してしまうのが、彼女の欠点であり、利点でもある。

 

 

「ま、マルフーシャさんが、寝床からこっそり抜け出したのを見て可笑しいと思って尾行した…あ、すみません。疑っていたわけじゃないですよ!?でも、気になってしまって尾行しちゃって。そしたらお二方で密会してるのを見て何の話をされているか気になって聴いていただけですぅ!」

 

 

士官と下士官の会話を盗み聞きするのは、悪い事だとビオンは知っている。

下手すれば、死罪になり得ると分かっていたのに彼女は本音と盗聴の経緯を暴露してしまった。

 

 

「まあ、お前たちなら好都合さ」

 

 

ただ、アルバートからすれば好都合である。

英雄に仕立て上げてヘイトを押し付ける女と卑屈の性格のおかげで汚れ仕事をさせる女。

他の兵士では代用できないからこそ、彼は更なる計画を進める事にした。

 

 

「マルフーシャ分隊長」

「はい」

「味方殺しをする気はあるか?」

「なっ!?」

 

 

上官が碌な事を考えていないだろうとマルフーシャは呼びかけられた時に考えた。

ところが、予想を上回る発言に絶句し、思わずビオンを見てしまう。

見つめられた彼女は何か言いたそうだが、すぐに目を背けてよそよそしい態度を見せた。

 

 

「ビオン……」

「ごめんなさいマルフーシャさん。巻き込むつもりはなかったんです。……でも」

「でも?」

「祖国を裏切った売国奴が相手なら……頑張れますよね?」

 

 

捕虜を確保したアルバートは、次に第13地区に潜伏するスパイを炙り出そうと考えた。

そこでマルフーシャ分隊以外の門衛と憲兵たちにわざと捕虜が収監されていた場所を伝えた。

さすがに誤情報だと警戒するかと思いきや、まんまと引っ掛かった間抜けが居たのだ。

 

 

「捕虜を餌にして釣りをしたらアホが引っ掛かった。それも兵士を監視する憲兵がな」

「……すみません、話の流れについていけません」

 

 

しかし、上官の行動を怪しんで話しかけたマルフーシャからすれば寝耳に水である。

いきなり、スパイがいたから仲間殺しをしろと言われても、衝撃的過ぎて現実味が帯びない。

 

 

「マルフーシャ、君が内門警備の任務に就いた日、外門を破壊して機械兵を侵入させた奴が居る。それも外門の衛兵のミスに装うように工作して4名の兵士が国営更生施設送りにしやがった」

 

 

ただ、彼の発言が嘘に思えない。

40日の外門防衛を達成し、内門に配属される時、不安があったが機械兵と戦わずに済む。

そう考えていたのに外門が破壊されたと報を受けた直後、機械兵と交戦する羽目になった。

 

 

「なんでそれが分かったんですか?」

「直接、現場を確認して内側から外門を爆破されたと分かったからだ」

 

 

いくら工作しても、少しでも知識や経験を持つ者が居れば、見破れる些細なミスだった。

本来であれば、敵軍に占領されているので確認する事はないと高を括ったのだろう。

あからさまの起爆装置や外門の破壊工作を残したままだった。

 

 

(捕虜を確保できた時点でマルフーシャ分隊の構成員は白だと判断できたのは幸いだった)

 

 

なにより、アルバートはマルフーシャが選抜した兵士にスパイが居ないと判断できたのが大きい。

もし、スパイが混じっていたら前日に伝えた計画を密告されて失敗に終わったと確信できるから。

 

 

「さっきも言ったが、自分が生き残りたいのであれば、無関係の他人を貶めるのが最適解となる。祖国を裏切ったスパイは、まんまと門衛たちに責任を押し付けてのうのうと生きている有様だ…。どうだ?生かす必要はないだろ?」

 

 

潜入してくるスパイの根絶が難しいのは分かるが、これ以上放置する理由にはならない。

今度は、自分たちが嵌められて第10等級国民に降格するのがあり得るからだ。

 

 

「そこでだ、あえてスパイを戦場に連れて来て始末する。……流れ弾ならしょうがないよな?」

 

 

地面に設置したスパイクの修理をするアルバートは意味深な発言をする。

どうせ、スパイを始末するなら名誉の戦死とし、英雄にしてあげるのがいいだろう。

表向きは、ライカ監査官と同じくらい真面目の憲兵なので彼女の名誉を守る方が利点がある。

 

 

「それも英雄の仕事ですか?」

「別にしなくてもいいし、聴かなかった事にして部屋に戻ってもいい」

「いえ、やります。やらせてください」

 

 

既に人殺しをしたマルフーシャに迷いは無い。

スネジンカと生きて再会するのを邪魔する存在は、例え味方でも許さない。

敵国に情報を流すスパイなら尚更と彼女は決断した。

 

 

(やっぱり英雄だなコイツは……)

 

 

そう考えたアルバートは、マルフーシャが更に成長すると知って畏怖までしている。

 

 

「マルフーシャさん、わたしが、いえ。否定するわけじゃありませんが私もやりますよ」

 

 

覚悟を決めたマルフーシャは何人たりともその意思を歪めることはできない。

それを知っているビオンは、彼女に意思そのものを否定しなかった

 

 

「ビオンだけに汚れ仕事を押し付けたりしない」

「マルフーシャさん……」

 

 

だからマルフーシャが味方殺しを決断したのにはビオンの影響もある。

スパイ狩りを告げたアルバートと実行役のビオンはそう思っていた。

 

 

(許さない……)

 

 

ところが、2人はマルフーシャの事を理解しきれていなかった。

 

 

(私たちを破滅させようとしたスパイを絶対に許さない!!)

 

 

1日でも破壊工作がズレていたら、マルフーシャたちが10等級国民に降格する可能性があった。

それを知った彼女は、二度と同じ事を繰り返させないと誓った!

 

 

(確実に仕留める!!犠牲になった人たちの為にも!私の未来の為にも!!)

 

 

すなわち、悪意がマルフーシャの精神が更に狂わせてしまった。

生きて終戦を迎えたとしても、二度と義妹と一緒にパン屋を経営する事はない。

それほどまでに彼女は、失った物を忘れられずに戦い抜く事しかできなくなってしまったのだ。

 

 





-----
【カゾルミア国民プロフィールシート】

名前:ビオン
階級:8等級国民

292年 アビジャーナ初等学校休学(家庭都合)
292年 配達業/清掃業/工場勤務/サービス業等
294年 カゾルミア陸軍入隊
296年 8等級国民に昇格
296年 マルフーシャ分隊に所属 ポイントマン兼スナイパー


概要
小動物系卑屈なポイントマン。

9等級の下級国民の家庭生まれ。
この国では10等級からは人権が無く人間として認められないため、
他人から認められないことをひどく恐れる。

卑屈さのあまり人殺しだろうとなんだろうと命じられたことは
何でも行ってしまう為、軍内で危険な仕事ばかり回されていた。
背が小さいことがコンプレックス。

とにかく誰かに認められたい彼女は、多くの人のもとで働いて来た。
そして都合良く扱われて捨てられてしまい、自尊心は地の底に落ちた。

いつの日か、連合軍に投降した方が幸せになれると考えるほど落ち込んだ。
そんな失意のうちに出会ったのが、マルフーシャであった。

自暴自棄だった頃の自分を大切に扱ってくれて失敗しても慰めてくれた。
いつからか、マルフーシャに妹分として可愛がってもらうのが生き甲斐だった。
タッグを解消した時は、絶望したものの選抜メンバーとして再び共闘を許された。

だから彼女は、姉のようなマルフーシャから離れないように努力する!
誰よりも祖国の暗部を見て来た彼女は、更なる汚れを恐れない!
でも、8等級国民に昇格して自信がついた彼女はどこか貪欲になった。
最近は、2等級国民のフェリセットに嫉妬してマルフーシャの妹ポジを争っている。


「何でもどんな事でも言う事をききます。…だからどうか捨てないでください」


趣味:カメラ/恋愛小説/撮影
すき:怒られない事/猿/仕事終わりのチョコレートと激励
きらい:嫌われること/見捨てられること
性格:臆病
身長:148cm
役職:戦場カメラマン要員/ポイントマン兼スナイパー 
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総合評価:6768/評価:8.76/連載:7話/更新日時:2026年08月04日(火) 00:26 小説情報


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