マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん   作:アルバート元中隊長

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6話 敵を欺くにはまず味方から(立案者も信用してない)

それは唐突だった。

まだ深夜3時だったにも関わらず叩き起こされた。

何事かと思う暇もなくマルフーシャは兵服を着る事となった。

 

 

「ストレルカ、正装をしろって……こんな時間帯にお偉いさんが来るの?」

「……違う」

 

 

ジト目で物静かな美少女のストレルカが自発的にマルフーシャを起こしに来ることは珍しい。

それも、カゾルミア陸軍兵士の正装の着用を命じてくるなどあり得ない。

だから将軍クラスが来訪したのかと問うが、先を歩く彼女は否定した。

 

 

「アルバート指揮官が兵服の着用を厳命した。だからなんかある」

「ストレルカも知らないんだ」

「うん」

 

 

カゾルミア陸軍に所属する兵士でも男性と女性では扱いが違う。

一番の違いは、女性は軍属が分かるジャケットを羽織れば後は何を着てもいい。

マルフーシャの場合は、国民服の上にジャケットと電熱線を装備して活動していた。

 

 

「また、上官の悪い癖が出たね。どうせ怪我をするからという理由でしょ?」

 

 

大抵の女兵士が国民服のままだったり、ズボンを履かないのには理由がある。

カゾルミアの男性には礼服や喪服といった正装があるが、女性に正装が存在しないのだ。

だから必然的に正規軍の兵服は、女性にとって唯一の正装となるので保管する人が多い。

軽機関銃の排熱から身を守る為に着用するエノス以外は、着る選択肢すらなかった。

 

 

「……それと他の部隊からも召集しているみたい」

「他の部隊って同じ門衛?」

「そうかも」

 

 

第13地区には4個の外門と2個の内門が存在する。

それにより宿舎も違う兵士もいる為、顔を見合わせていない人物も存在している。

 

 

「…それに」

「それに?」

 

 

更に発言を繰り出そうとしたストレルカが言葉を濁したのを見てマルフーシャは問いかける。

 

 

「マルフーシャ、おそらくこの戦いで複数の班を指揮する」

「複数の部隊から召集しているならそうなるかもね」

「そして絶対に誰か死ぬ。その覚悟はできてる?」

 

 

するとストレルカは振り返って電熱ライトで床を照らすマルフーシャを見つめて言葉を紡ぐ。

彼女なりに配慮した発言となるが、要するに自分の指揮のせいで部下を死なせる覚悟はあるか?

珍しく感情が籠った発言にマルフーシャは一瞬だけ迷いつつも、自分の覚悟を示す。

 

 

「無様に死なせる気はない。私は知り合いを絶対に死なせやしない」

「マルフーシャらしい。安心した」

 

 

本の虫で文字通りの書物のタワーを築くストレルカは、どこか達観している。

遠回しに「自分が死んでも気にしないで」と気を遣ってくれた彼女を絶対に死なせない。

そう宣言したマルフーシャに頼もしいと返答した彼女の口元は緩んでいた。

 

 

「…もう整列してる」

「あれは、ビオンにライカさん?…ベルカもいるね」

 

 

玄関から飛び出して集合場所である射撃場前に来ると既に部隊が展開していた。

相変わらず一般兵の格好をしているアルバートだが、なにやら様子が可笑しい。

マルフーシャ分隊の面々を前方に整列させている彼は、何故か強張った顔をしている。

 

 

「マルフーシャ分隊長、早朝に呼び出してすまんな」

「いえ、緊急召集なので駆けつけましたが……今から外門に殴り込みに向かわれるのですか?」

「確かに防衛作戦ではない。ただ、この手勢で攻め込んでも返り討ちに遭うだけだ」

 

 

何気ない会話からマルフーシャは、今回が防衛作戦ではないと気付く。

知り合いのライカ班長以外にも憲兵が複数おり、面識がない女兵士たちが居る。

 

 

「マルフーシャ分隊長は私の前に待機、ストレルカ特務員は整列せよ」

「「はい」」

 

 

上官の指示でマルフーシャは前方で整列する兵士たちの顔を見る。

街灯の光源で照らされる彼女たちの表情は暗く明らかに一般兵だった自分を見る目ではない。

複数の班を束ねる分隊長という肩書を実感させるプレッシャーにマルフーシャは息を飲む。

 

 

「分隊長、この光景を俯瞰して何か思う事はあるか?」

「祖国の為に戦う覚悟がある者たちを前にして責任と責務を感じられます」

 

 

さきほどストレルカが部下の命を預かる存在になったと発言したが、まさにその通りだった。

まともに部隊運用や兵士の管理といった最低限の訓練を受けていない彼女に緊張が走る。

 

 

「本来であれば、士官学校で厳しい上下関係と訓練、なにより成果を示さないといけないのだが、時間が無い。だから単刀直入に言わせてもらう」

「はい」

「北東部の市街地で住民を連行する敵部隊を威力偵察し、機械兵の迎撃及び反撃能力を確認する。可能であれば、投降した住民を蜂起させて数に勝る敵軍の退路を断ち、更なる捕虜確保を狙う」

 

 

上官から作戦を説明されたが、『威力偵察』という専門用語が出て来てしまった。

そのせいでなんて回答すればいいかマルフーシャは迷う。

 

 

「…と言いたいところだが、実際は、分隊の運用を君ができるのか。分隊長としての素質を試す。異論や提言があるなら報告したまえ」

 

 

もちろん、アルバートも無理を言っているとわかっている。

いや、だからこそ彼女には何も知らせなかったし、無理な作戦を告げた。

あえて彼女に困難な道のりと目標を突き付ける事でどんな反応をするか試した。

 

 

「私には些か準備不足に見えます。初めての分隊の運用で実施する作戦にしては荷が重すぎます。現に私はこの場に居る兵士の中で、顔すら知らない者が居ます。この状態で指揮などできません」

 

 

マルフーシャは、うっかり上官に向かって本音を告げるが、整列する者たちの表情が強張る。

上官の命令に異議を唱えるなど、反逆者としてその場で射殺されても可笑しくない行為だからだ。

 

 

「では、分隊長。君ならどうする?」

「まずは、共に作戦を実施する分隊メンバーを把握したいです」

「なるほど、確かに兵士の名を知らぬまま作戦は実施できない。一理ある」

 

 

一応、マルフーシャは分隊長としてアルバートからある程度、教育を受けている。

だが、時間が足りなさ過ぎてこうやって無茶ぶりをさせられる事がある。

上官を納得させる理論を言えるまでかなり手古摺ったからこその達成感がそこにあった。

 

 

「それでは、分隊長から見て左、オリガ班。班長から順に簡潔な自己紹介を頼む」

「ハッ!」

 

 

何気なくアルバートに洗脳されているとは気付かないマルフーシャに班長が声をかける。

 

 

「オリガ班、班長のオリガです。この度は威力偵察作戦に参加でき、とても光栄です!」

 

 

金髪のボブヘアの女班長は、ライカ班長と違って表向きであるが明るい子に見える。

しかし、さきほど自分が提言した際の視線を考えると内心では見下している。

少なくとも、あの呆れた表情をマルフーシャは二度と忘れないだろう。

 

 

(名前覚えるの…面倒くさい…)

 

 

なによりオリガ班長と3名の兵士が自己紹介をしたが、彼女たちの名前を覚えきれない。

それよりも兵装を気にしてしまうので余計に覚え辛く、班長の名前しか印象にない。

 

 

(うーん、兵装は間違ってないし、問題ない人たちに見える)

 

 

部下全員がアサルトライフルを装備しているので障害物が多い市街地戦に特化している。

確かに上官が配置したことあるな…と考えてしまうほどには他人事であった。

既にマルフーシャ分隊の面々で精一杯の彼女の頭脳は、キャパオーバーを示していた。

 

 

(コイツ、人の名を覚えるより武器を見て考えているな?)

 

 

横でマルフーシャを観察していたアルバートは彼女の思考を見抜く。

視線と佇まいから思考はある程度、観察できるが、彼女は露骨過ぎた。

 

 

「パディと申します。主に後方支援と伝令を担当させて頂きます」

 

 

オリガ班の全員が自己紹介を終えて次にパディ班に出番が回って来た。

黒髪のポニーテールが印象的なお嬢様風の兵士は、どこかよそよそしい。

パディ班長は、オリガ班長と違って対人関係に慣れていないのだろう。

自分を指揮する上官の顔に視線を外す事が多々あり、問題児に見えた。

 

 

(狙撃兵とスポッターか)

 

 

彼女と部下1名がスナイパーでもう2人がスポッターであった。

よって彼女たちはフェリセットと同じ運用をすれば間違いないだろう。

 

 

(うーん、これは数字や記号として人を認識しても仕方ない)

 

 

上官が以前、自分たちを数字として認識していたと暴露した。

当事者である自分たちからすれば、抗議したい案件だったが、実際に上官になって分かった。

スポッターと狙撃兵A、狙撃兵Bと武装で見分けるしかないと、上官の気持ちを味わう羽目になる。

 

 

「ライカ班の班長、ライカです。私は(ry」

 

 

次に配属された時の上官だったライカ元監査官が自己紹介をした。

しかし、マルフーシャは元上官の話を聞く気はない。

愛すべき先輩から同格になったという事実すら未だに実感できていないのだ。

 

 

(ライカさん、私はライカさんの方が英雄に……いえ、軍の広告塔になるべきですよ)

 

 

どこか冷めているマルフーシャにとって、ライカのあどけなさと純粋さは眩しい時がある。

そんな彼女が自分なんかに頭を下げて自己紹介をしている状況が苦痛だった。

まるでビオンとタッグを解消する時に泣きつかれた状況を思い出し、目を背けた。

 

 

(ビオンやベルカはともかく…ストレルカが参加するって変…)

 

 

それよりも、マルフーシャは気になっている事がある。

上官の采配を疑うわけじゃないが、明らかに場違いなストレルカがノイズとなっている。

確かに彼女の上級サブマシンガンは援護に役に立つが、臨機応変に動ける兵士では無かった。

 

 

(それに……どうやって偵察任務をする気なの?)

 

 

班長3名に部下9名、上官と自分を含めて14名の兵士が動くとなると移動場所が限られる。

ただでさえ自国の高級士官を捕虜にされた敵軍が分隊規模を見逃すとは思えない。

いくら深夜に出撃したとしても敵軍に探知されるとマルフーシャは考えた。

 

 

(……もしかして)

 

 

ここでマルフーシャは、以前にアルバートがスパイを仕留めると宣言した。

そしてこの場に散弾銃を構えたビオンを見る限り、答えにすぐ行き着く事ができた。

 

 

(この中にスパイがいる!?)

 

 

兵士たちの表情や発言を聞く限り、威力偵察は初耳だと知った。

よってマルフーシャは上官が味方殺しをしようと試みている事に気付く。

 

 

(でも、私に聞かせてるはず)

 

 

そこまで考えたが、上官が何故その情報を伝えてくれないかと困惑する。

スパイが何名いるか分からないまま、進軍する事は不可能である。

無防備の背後から発砲されたとなれば、反撃できずに総崩れになりかねなかった。

 

 

「よし、自己紹介を終えたな。次は作戦の詳細について告げる!」

 

 

そんな彼女の懸念を感じたのか。

アルバートは威力偵察の詳細を伝えようとする。

何故か片手にガスマスクを握っている姿にマルフーシャは嫌な予感しかしなかった。

 

 

(……うえっ)

 

 

只今、3個班を指揮するマルフーシャは、下水道を突き進んでいた。

ポイントマンではなく専門知識がない兵士を連れて隠密混同など出来る訳が無かった。

それに連合軍が反攻作戦を仕掛けて来る事を予測しない訳が無い。

 

 

(きたなっ!)

 

 

暗闇の中をゆっくりと進んでいたせいで下水に踏み込んでしまった。

異物が飛び込んだ衝撃で跳ねた汚水がマルフーシャのズボンを汚した。

ふくらはぎまで覆うブーツのおかげで汚水は足の裏まで侵食していない。

それでも汚物を踏んでいるという感触が彼女の気分を害する。

 

 

《あまり下水に足を踏み込むな。身体に害があるのは分かっているからな》

 

 

治水技術で都市文明が測れるとはよく言ったものだ。

腐っても地下水が豊富な第13地区の下水道は、主要都市並みに整備されている。

そこら辺に人骨が転がっているとか、明らかに証拠隠滅で捨てられた品々。

そういった物に目を瞑れば、周辺国にも自慢できる歴史の重みが感じられる下水道であった。

 

 

《諸君らの頑張りが明日の生存を保証するのだ。心して動け》

 

 

上官のアルバートが何か言っているが、下水が飛んでズボンが汚れた事実は変わらない。

作戦が終了したら民家に押し入ってまで風呂を借りようと誰もが思った事だろう。

 

 

(……どうも、ここで誰かが実験した痕跡に違和感がある。大丈夫だよな?)

 

 

なお、アルバート自身、下水道に試験官や棚が投棄されているのを見てビビった。

下水道管の中でも多くの下水が合流するこの場所は、立って歩けるほどの広さを誇る。

そんな下水道の奥地で白骨死体や生活の痕跡があったら誰だって驚愕するものだ。

 

 

《改めて言う。ここでの電熱ライトとランタンは使用禁止》

 

 

更にこういった人体にとって危険な場所を化学的に説明できるストレルカが改めて忠告をした。

学士さまの説明はマルフーシャも分からなかったが、下水道には有毒な可燃ガスが充満している。

だから熱を発する物を持ち込むだけで引火し、爆発を起こす。

 

 

(でも、事前に訓練してくれてもよかったんじゃない!?)

 

 

下水道の汚泥が分解されて発生するメタンガスや硫化水素、アンモニアは人体に有毒。

そういった化学知識は、工兵やストレルカといった専門学を修めた者しか分からない。

マルフーシャたちは視界が狭まるガスマスクと大きなボンベを担いで進軍するしかない。

それでも疑問があるのは事実。

 

 

《アルバート上等兵、こんな奥地に白骨死体があるのは何故ですか?》

《マンホールで生活していた低級国民が毒ガスで死んで流されてきたんだろう》

 

 

特に多くの死体が放置されている事に疑問があったマルフーシャは上官に説明を求めた。

それっぽい返答であったものの、さすがに国家が管理している場所でここまで放置はあり得ない。

 

 

(自分も知るかバーカ!)

 

 

ポイントマンからもたらされた情報を元に作戦を立案した彼自身が文句を言いたかった。

そろそろ本部に撤退する上官は役に立たないし、専門的な知識を持つのはストレルカのみ。

必死こいて侵入ルートと複数の脱出ルート、更に部下の移動時間も考慮して頑張った。

 

 

《トラックが邪魔です。このままじゃ進めません》

《……進軍ルートを変えるぞ》

 

 

それなのにどこからか流れて来たと思われる軽トラックが目の前を塞いでいるのだ。

マルフーシャどころか全員に呆れられているとアルバートは自覚している。

でも、しょうがないじゃん!下水道を通ること以外に奇襲が成功できる気がしなかった!

そう告げたいが、必死に堪えて予備ルートから目的地に向かう。

 

 

《ここからは通信の許可しない。手の合図で進め。武器は濡らすなよ》

 

 

守備隊や機械兵の侵攻を感知するポイントマンがダミーの無線を飛ばしているが油断できない。

ようやく地上に脱出するルートに合流できたアルバートは無線封鎖の宣言をした。

更に下水道管を進むと側溝の隙間から漏れる光に辛うじて照らされた朽ち果てた梯子が見える。

 

 

(……やだな)

 

 

どう見ても、壁に取り付けられてから点検されたような様子がない。

赤錆で覆われた梯子は、祖国が全く管理していない事実を突きつける様だ。

そんな状況下で工兵出身のアルバートが真っ先に安全か確認しなければならない。

 

 

(……クソがああああ!!)

 

 

試しに掴んで梯子を登ってみたが、異音と共にすぐに飛び降りた。

見事に外れた梯子を部下たちに見せつけたアルバートは心の中で嘆く。

 

 

(やっぱり)

(無理があったね)

(ここまで来れたのは奇跡だよ)

 

 

計画と違って軽トラックが前方を塞いでいたのもあって兵士たちは上官を見くびり始めた。

マルフーシャ分隊の中核となるライカ班は既に分かっていたが、他所の班も気付き始めたようだ。

しかし、5日以内に1個旅団が大河を渡れる橋を建設しろと無茶ぶりされた工兵は諦めない。

 

 

(カゾルミア国防人民委員部、補給局第6補給連隊の元中隊長を舐めるなよ!!)

 

 

先端にフックが取り付けられた縄とナイフを所持した彼は移動経路の確保を目指した!

曲芸師のように石壁を登った彼はあっさりと出口のマンホールに辿り着く。

これには、さきほどまで上官の技能を見くびっていた兵士たちも感心する。

 

 

(ボンベとマスクを装備したまま、よく登れるな……やっぱり、凄い人だったんだ)

 

 

特にマルフーシャは、時折見せる上官の技能に感心する。

それと同時にこれほどの技能があっても上層部の機嫌を損ねると左遷させられるのに戦慄する。

そう考えている間にも上官は、躊躇いも無くマンホールを開けてそのまま地上に出て行った。

 

 

(……早い)

 

 

地上に飛び出してから1分も経たない内にアルバートは外に括りつけたロープを下水道に投げ込む。

そして再び、下水道管に降りて来てすぐに縄梯子を手に取って再び、地上に向かった。

まるで消防士のような動作に感心しつつもマルフーシャは思った。

 

 

(最初から縄梯子を持って行けば良かったんじゃない?)

 

 

素人ながらの考えであったが、やっぱり上官はどこか抜けていると思ってしまった。

一応、その考えのままではいけないとすぐに気付き、傍に居たライカ班長に合図を送る。

待機している12名の兵士の状態を確認したが、特に問題ないと判明した。

 

 

(いける……)

 

 

ついに縄梯子から上から垂れてきて地上に進軍する事が可能になった。

真っ先にマルフーシャが縄を掴んで地上を目指してよじ登る。

上官を侮っている彼女であるが、肝心な時には信用できると自分の行動で部下に示した。

 

 

「ボンベの元栓を締めてガスマスクを外せ。退路の確保を怠るな」

 

 

いざ、地上に出ると上官はマスクを外していた。

本作戦では結果次第で取るべき選択肢が大きく変わる。

もう一度、下水道管を通る可能性もある為、マルフーシャは上官の命令通りにした。

 

 

「いろいろ苦戦していたようですが…問題なさそうですね」

「無論だ、予定通りに南西の市街地に出れたな」

 

 

トラブルはあったものの無事に目的地に辿り着いた。

そう伝えたマルフーシャであったが、アルバートは衝撃的な発言をした。

聴き間違いをしたのかと耳を疑ったほどには、予想外の場所に居たと知った。

 

 

「ほ、北東部の市街地で威力偵察するはずだったのでは?」

「いやー軽トラックが道を塞いでていてなーしょうがなかったんだー」

 

 

深夜に集合した際に北東部の市街地で威力偵察をすると上官は発言していた。

だからそれを信じたのに実際は、南西の市街地に出たとマルフーシャは知る。

 

 

「これもスパイを欺く為…?」

「…そうだな、今頃は北東部に大規模な部隊が展開している事だろうよ」

 

 

平気で嘘をついて他者を貶める事は、このカゾルミアでは珍しくない。

しかし、軍事作戦を偽って任務を遂行する事はほぼない。

 

 

「悪い人ですね」

「ああ、悪党は悪党らしくだ」

 

 

アルバートは、マルフーシャを利用して栄転しようと試みている悪党である。

そしてマルフーシャも彼を利用してみんなと生き残ってやると考え始めた少女だった。

彼の意図に気付いた彼女は、すぐに上級ショットガンを構える。

 

 

「ここにも住民を拉致している部隊が居ると…」

「しかも、大半の機械兵は侵攻か防衛に回されている。手勢でもやれるぞ」

 

 

マルフーシャに本来の作戦を伝えなかったのは、彼女の反応を見る為が大きい。

動揺が激しければ、スパイを欺く作戦が遂行できないのであえて他者と同じ立場にした。

ビオンには既に情報展開していたとはいえ、マルフーシャを欺いたのに罪悪感があった。

 

 

「ごめんなさい。知ってて黙ってました」

「いいよ、上官命令だし、それに頼りにしてるからね」

 

 

次にビオンが登って来たが既に彼女の顔にはガスマスクが填められていなかった。

更に彼女の発言から自分は試されていたとマルフーシャは自覚する。

故に悪気が無かったビオンは自責するなと告げつつ、期待していると示した。

 

 

(その気遣い、自分にもやってくれねぇかな)

 

 

200人規模の部隊を指揮する中隊長()()()男はその様子を見てビオンを羨ましく感じた。

上官からも部下からも褒められた経験はなく、むしろ双方から責められる日々。

士官学校の最高学年は、神様と讃えられても軍に所属すれば末端の兵士。

どれだけ他者を蹴落としたところで最後に行きつく席は決まっている。

 

 

(どうせ、死ぬならチヤホヤされて死にたいもんだ……)

 

 

2等級国民と3等級国民の間には、越えられない壁が存在する。

ましてや4等級国民から成り上がった3等級風情では、方面軍の連隊長が限界だった。

 

 

「…おっと、分隊長。地上に出た兵にボンベの元栓を締めてマスクを外すよう伝達を」

「承知しましたアルバート上等兵」

 

 

またしてもマルフーシャを騙す事を自嘲するアルバートは後続の仲間を彼女に託した。

 

 

「……本当に良いんですか?」

「今更、怖気づいたのか?」

 

 

ビオンではなくマルフーシャに頼んだのは、単純に部隊を指揮する分隊長だけではない。

唯一、この作戦を実施する本来の目的を知るビオンに覚悟を決めさせる為だった。

 

 

「やれば認めてくれるんですよね?」

「責任は取ってやる。味方ごと撃て」

「はい…」

 

 

ここでの『味方』は、味方のフリをして暗躍しているスパイの事を示していない。

機械兵に連行される住民を撃てと、ビオンに命じた。

祖国から見捨てられて投降する以外に生き残る手段が無かった住民に双方とも思うところがある。

 

 

(祖国が許さないからって…これは……)

(だからといって放置するのもな…)

 

 

カゾルミアでは、敵国に投降するなどあってはならない。

その事実が発覚すれば、投降した本人はおろか一族郎党まで断罪される。

人権が喪失する10等級国民に降格する例は、昇格する可能性がある分、まだ良い方だ。

下手すれば、矯正不能と判断されて開発している銃火器の実験体として扱われる。

 

 

「でも、最低限でいいんですよね?」

「そうだ。最低限に済ませよう」

 

 

下手に住民を撃ち殺せば、逆に敵軍に協力して自分たちが包囲される可能性がある。

なにせ、ただでさえ敵軍の方が兵力は多いのだ。

だから祖国を裏切った存在を弾丸で断罪し、周囲には祖国から逃げられないと知らしめる。

そうすることで残った住民は、抗戦以外に選択肢がないと分からせる。

 

 

(まあ、無理なんだが……)

 

 

最低限の犠牲で済めば良いが、実際の所は上手くいくとは思っていない。

ビオンに再確認したのも機械兵どころか住民にリンチにされるのを覚悟していると聴く為だった。

 

 

「暗い顔をしてるね。まるで死人が出るみたい」

「ストレルカ特務員、私語を慎め。もうじき作戦開始だ」

「分かった」

 

 

一応、ビオンの援護はするが、マルフーシャを含む味方がどう行動するのかは不明だった。

それが一番の懸念事項であったが、空気を読めないストレルカの核心を突く。

無理やり黙らせるが、きっと彼女なら自分たちの意図に気付いているとアルバートは判断した。

 

 

「投降した住民は全員、助ける事など不可能だ。ましてやこの手勢ではな」

 

 

だから念を押すよう彼女に小声で告げると少しだけ不機嫌そうに別の場所に指を差す。

まるで自分に策があると言わんばかりの行動だが、発言してくれないと意図は伝わらない。

 

 

「投降した住民全員を救う手があるようだな。よろしい提言を許可する」

「私に考えがある」

「だからそれを言え」

 

 

しかし、残念。

優秀な頭脳をもつストレルカは、重度のコミュ障。

表向きは、結果を出せずに左遷されられたそうだが、実情は単純にコミュ障が大きいかもしれない。

 

 

「私が先に撃つ」

「何を?」

「発砲した弾丸で」

「えぇ…」

 

 

ただでさえ口数が少ない女は、勿体ぶるように発言する。

これには、アルバートはおろかビオンすらお手上げだった。

ただ、マルフーシャに伝えるわけにもいかず反応に本気で困った。

 

 

「要するにストレルカに任せれば良いんだな?」

「うん」

「撃っても状況が好転しなかったらこっちも撃つぞ?」

「分かった」

 

 

一応、少女たちより経験した士官は、必死に彼女の意図を知ろうと試みた。

ところが、情報を引き出せないし、すぐに別の班が合流して来る。

これ以上の聞き込み調査は不要とした代わりに確認の代わりに念を押した。

 

 

「あと頂戴」

「何を?」

「それ」

 

 

ただ、発砲だけでは、さすがになんとかならないのだろう。

相変わらず自分の主張を告げるのが下手くそな彼女に欲する物を聞いた。

すると、彼女はアルバートが腰に括りつけていた懐中電灯を指差した。

 

 

「懐中電灯か、1個で充分か?」

「うん」

「それ以外は必要か?」

「大丈夫、懐中電灯と弾丸でなんとかする」

 

 

可燃ガスが充満している可能性がある下水道管では、高熱を伴う物体は使えない。

そのせいで敵兵から奪った懐中電灯を班長以上の兵士に渡していたのだ。

懐中電灯1つにしても、電熱ライトと比べて遥かに小型化して持続時間も長い。

工兵故に祖国と他国の技術格差がはっきり分かる代物を彼女に手渡した。

 

 

「我々がこれからやろうとしている事は分かっているのか?」

「連行されている人を撃たせない。絶対に」

「分かっているならいい」

 

 

一応、彼女の思考と自分の考えが間違っていないと確認したアルバートはビオンと向き合う。

 

 

「お前の仲間だろ。なんとかしろ」

「わ、私に言われても困ります!?」

 

 

あ、これは親しい仲の人しか会話が成り立たないと判断したアルバート。

直属の配下になっているビオンに任せようとしたが、珍しく彼女は拒絶した。

まるでマルフーシャ以外に彼女と意志疎通できないと示す様に…。

 

 





-----
【カゾルミア国民プロフィールシート】

名前:ストレルカ
階級:4等級国民

290年 国立化学大学卒業
296年 CBRNE対策部隊入隊
294年 CBRNE対策部隊除隊
296年 マルフーシャ分隊に所属 特務員


概要
ジト目曇り顔化学マニア
元CBRNE対策部隊所属、専門は生物兵器

飛び級で有名大学を卒業した才女。
生物兵器開発に力を入れていた軍に強制的に入隊させられ、
CBRNE部隊と掛け持ちで兵器の開発をさせられていたが
成果が上がらず左遷。

軍隊に不向きな小柄な体系と運動能力の低さから
いろんな部隊をたらい回しされている。

カビの研究をしていた彼女は、研究成果が祖国の役に立つと信じていた。
ところが、カビを兵器に転用しようとする軍の上層部によって全てが狂った。
彼女は必死に抗ったが、無駄だった。
カビの研究で培った発酵技術や新たに発見した抗生物質は全て闇に葬られた。

その時から同僚とする会話はともかく、上官に対してまともに成果を発言しなくなった。
何度も提言しても無駄だと却下され、否定され続けた結果、彼女は重度のコミュ障となる。
いつの日か、成果を出せない彼女に業を煮やした上層部は、追放処分を下した。
でも後悔はない。

だって自分が熱心に研究していたカビの話を聞いてくれるマルフーシャと出会ったのだから。
だから夢を見る。
かつて破棄してしまった研究成果を復元し、誰かに役に立てればいいと……。


「…こんな無駄な争いやめて勉強したいんだけどな」


趣味:専門書読書/マルフーシャにカビの話をする事
すき:カビ/犬
きらい:運動
性格:おとなしい
身長:150cm
役職:CBRNE対策兵→特務員(化学兵器の対策兼暗号解析要員)
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読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

女性向けアイドル育成ゲームでどうやって曇らせればいいんだよッッ!(作者:人生変化論)(オリジナルファンタジー/コメディ)

曇らせが好きだ。▼ので、異世界に転生した今、最高の曇らせシュチュエーションを求めようと思う。▼……これが女性向けアイドル育成ゲームの世界じゃなけりゃなァ!!殺すぞ!▼しかも俺がアイドルかよ!どうやって曇らせればいいんだこんなん!▼※なお、原作はアイドル育成の皮を被った鬱ゲーだった模様。


総合評価:3132/評価:8.42/連載:9話/更新日時:2026年08月18日(火) 12:00 小説情報

“転生者”(作者:ダフネキチ)(原作:ELDEN RING NIGHTREIGN)

▼あなたは絶望した。▼最早、転生なんて事象には驚かないほどに。▼なぜなら、“ここ”は『何度も繰り返される悍ましい夜と共にやってくる“夜の王”と延々と戦い続ける“夜渡り”達の物語』。▼よりにもよって、明確な終わりが見出せない世界。そこに転生を果たしてしまっていた。▼あなたは嘆いた。あなたは顔を覆ったが眼の前の景色が無くなる訳ではなかった。あなたは迎えに来た人形…


総合評価:10620/評価:9.13/連載:30話/更新日時:2026年08月16日(日) 18:00 小説情報

あの子だけ先生との距離感がおかしい!!(作者:炊き込みご飯くん)(原作:ブルーアーカイブ)

「では、先生へのサービスとして、少し大胆なポーズはいかがでしょう」▼「き、際どすぎるッ!! 男の夢だよッ!!」▼先生が、ある一人の美少女にだけ距離を縮め、衣装を褒め、際どいポーズにまで大喜びしている。▼どうして、あの子にだけ。どうして、私たちには見せない顔をするのか。▼誰も知らない、その子が男の娘なのだとッ!!▼キヴォトス唯一の男子生徒が、まさかの重度の女装…


総合評価:6782/評価:8.76/連載:7話/更新日時:2026年08月04日(火) 00:26 小説情報

成り代わりセイアは未来が分からない(作者:ロリコンではない。好きな子がロリなんだ。)(原作:ブルーアーカイブ)

なお本人はかなり楽観的。それに加えてセイアエミュのクオリティはお察しのため順調に原作と異なるルートを辿っている模様。


総合評価:9007/評価:8.9/連載:7話/更新日時:2026年08月18日(火) 17:00 小説情報

センセイモドキは先生を辞めたい(作者:ブルアカやったことない民)(原作:ブルーアーカイブ)

センセイモドキ……センセイオンナタラシに擬態することでキヴォトスに生息する数多の生物から危険を逃れている。センセイオンナタラシとの違いは▼・未成年である事(17歳)▼・ブルアカの知識を前もって持っている事▼・思春期をキヴォトスに生息する数多の生物に破壊されたことによる積極的なセクハラ言動▼pixivにも投稿しております。


総合評価:6506/評価:8.2/連載:32話/更新日時:2026年08月12日(水) 07:00 小説情報


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