マルフーシャを利用しようとして逆に利用される士官さん   作:アルバート元中隊長

8 / 9
8話 宿舎?いえ時代遅れです。射撃場が一番です

憲兵が連合軍と内通し、外門を陥落させたという事実は守備隊にとって衝撃的な情報となる。

よって緘口令が敷かれて連行されていた住民を解放したという事実だけが残った。

友軍の犠牲者なしで敵軍の特殊部隊を殲滅し、戦車を2輌も撃破したので大勝利となる。

 

 

(ああ、面倒……)

 

 

だからといって士官の仕事が楽になる事はない。

兵士であれば、任務を達成すればそれ以上の事をしなくていい。

下士官も部下の管理と計画の調整をすれば、休む事ができる。

だが、士官は祖国の理不尽さと悪意を正面から受け止めて行動しなければならない。

 

 

(罵倒やパワハラが恋しくなる……)

 

 

元より中間管理職であったアルバートは、理不尽には慣れていた。

ただ、部下のほぼ全員が女性という経験はなく、その対応に苦戦していた。

補給関連の業務に就いていたのである程度、どの物資がどれくらい欲しいのかは分かる。

しかし、彼女たちを指揮し、作戦を達成する為の計画作成と実行が苦痛だった。

 

 

(やだなー)

 

 

たくさんの美少女と一緒に共に過ごすという夢は、大半の男が抱くものである。

それが本当に実現すると、自分の描いた夢が性欲と理想で作られた物だと実感できる。

特にすぐにでも逢いたい伴侶がいる身としては、苦痛以外にない。

 

 

「ところでマルフーシャ、なんで私の執務室に居る?」

「みんなが居るから」

 

 

なにより美少女が自分の執務室でくつろいでいるのが気に喰わない。

本来であれば、すぐに処罰するのだが、彼女たちを利用する以上、中々口に出せない。

そのせいで完全に舐められており、勝手に冷蔵庫の中を漁る者まで居るほどだった。

 

 

「…ベッドの下にエロ本がない」

「むしろ、なんで上官のベッドの下を漁っているんだストレルカ特務員」

 

 

特に意外と行動力があるストレルカはアルバートの地雷原でタップダンスをしている。

すぐさま上官侮辱罪で投獄してやろうかと考えてしまうほどに頭痛の種である。

 

 

「…だってここに来るのを命じたのは上官」

「執務室の至る所を触れ…とは命じていないのだが?」

 

 

何故、彼女たちが本来入れないはずの上官の執務室に居るか。

答えは単純明快でアルバートが一時的な滞在許可を出したからだ。

 

 

(デブリーフィングの一環とはいえ、きちんとルールを選定しておくべきだった…!)

 

 

デブリーフィングとは、任務終了後の状況報告や戦況を共有する為のプロセスである。

対義語であるブリーフィングは、現地の集合場所や会議室でやるが、ここでは資料など要らない。

殺人による自責や後悔を和らげる為、マルフーシャ分隊全員を執務室に集合させているのだ。

 

 

「じょ、上官殿!栄養ドリンクを飲んでもよろしいでしょうか?」

「ビオン一等兵、1本のみ許可する」

「ありがとうございます!」

 

 

その結果、完全に自分を舐め腐った部下たちに好き放題されている。

士官用の栄養ドリンクを発見したビオンが飲みたがっていたので許可した。

すると、礼を言った直後、あっさりと蓋を開けてドリンクを飲み干してしまった。

 

 

(早く時間にならねぇかな…)

 

 

祖国の方針で兵は消耗品のように扱えといっても、女性への対応には困る。

下手に虐めれば反逆されるくらいなら息抜きさせた方が長続きする。

そう思っていたら、他者に気を遣うビオンですらこの有様だ。

デブリーフィングの終了時間をまだかまだかとアルバートは待ち望んでいた。

 

 

「アルバート指揮官!提言がございます!」

「ライカ班長、発言を許可する」

「はっ!」

 

 

この中で真面目であるライカ班長は至って普通に提言の許可を求めて来た。

戦場以外で提言をする機会はここしかないからこそ、彼女は真面目に実施する。

 

 

「内門と宿舎までの距離があり過ぎて兵たちに休息が取れません」

「別に内門にも休憩所もあるし、狭いが寝床もある。戦時中では贅沢の悩みではないか?」

 

 

門衛は、10日に一度だけ宿舎への帰還を許可される。

そこで数少ない娯楽や間食を楽しんだり、人間らしい生活を送る事ができる。

ただし、年頃の乙女には現状が理不尽だと抗議しているが、決まりなのでどうする事もできない。

 

 

「しかし……」

「これはルールに基づいて実施されている。祖国が定めた方針に異議を唱える気か?」

 

 

ライカは更に抗議したいようだが、さすがにアルバートは要求を容認しない。

この場では珍しく上官として部下の提言を否定する姿に誰もが黙り込む。

 

 

「…と言いたいところだが、事情が変わった。一部の要求は受け入れざるを得ない」

 

 

ところが、上官が少しだけ容認しそうな発言をし、ライカは呆気にとられて発言が続かない。

さきほどまで部屋の整理をしていたベルカは、手を止めて上官の方を見ている。

上官専用の心地いいベッドで爆睡していたフェリセットも飛び起きるほどの衝撃であった。

 

 

「ん?どうした?」

 

 

擬音というかオノマトペで例えると「シュバババ」といった感じに一同が一斉に駆けつけた。

いくら美少女とはいえ迫力満点の気迫と熱意を全員から浴びせられたアルバートは気圧された。

 

 

「アルバート指揮官、宿舎問題で何か改善があるのでしょうか?」

「マルフーシャ分隊長、君までなんだ?そこまで宿舎で休むのが重要なのか?」

「いえ、勤め所以外で休息が増える可能性があると思って尋ねただけです」

 

 

特にマルフーシャの圧力が凄まじい。

そこは自称、天才美少女と断言するアリビナではないかと思いつつ彼女に質問した。

そしたら、兵士ではなく女の子としての時間を欲していると彼なりに理解した。

 

 

「なるほど、君たちが言いたい事はある程度、理解した。だが、これ以上は話せない」

「何故でしょうか?」

「デブリーフィングの最中だからだ。これからの話はブリーフィングに分類されるからな」

 

 

とにかく彼女たちを一般兵士として自覚させる為に現実を突きつける。

ここまで自由にできるのは上官の配慮であり、すぐにでも取り消す事ができると示した。

 

 

「では、今からブリーフィングをお願いします」

「君だけの問題ではない」

「他の皆も問題ないよね?」

 

 

ところが、マルフーシャは喰い付いた。

いつもなら生半可な出来事であれば、受け流す彼女が本気になっている。

兵士が自我を出すものではないという言い回しすら理解できていないようだ。

 

 

「ほら、みんなも同じです。宿舎と休息問題は私たちにとって死活問題です」

「うーむ…」

 

 

人間の欲望とは果てしない物であり、少しでも同情して許可すれば、すぐにつけ上がる。

現にデブリーフィングの時間では、多少の無礼は許すと許可したせいでこの惨状になった。

だからアルバートは、少しでも兵士の自我を抑えつけようとしたが、逆効果になると気付く。

 

 

(少し早いが計画を話すか)

 

 

以前、アルバートは宿舎について改善を提案していた。

ただ、あまりにも彼女たちにとって利点がなかった為、スルーされた。

それで終わるはずであったが、先の作戦で捕えたスパイを尋問した結果、再検討となった。

 

 

「まあ、全会一致でブリーフィングをしたいのであれば……」

「早くやってください」

 

 

仕方なくブリーフィングをやろうとしたらマルフーシャに急かされた。

一応、こいつらの上官なのだが、処罰してやろうかという気持ちをグッと堪える。

 

 

「コホン、スパイを尋問した結果、諸君らが宿舎に帰る日の晩に大規模な襲撃があると発覚した。要するに警備が手薄になる時を狙って内門の陥落を狙い、宿舎を包囲するという物だったらしい」

 

 

怒りと拳を堪える為に咳払いをしたアルバートは、兵士たちに事情を説明していく。

まずは、次の宿舎に戻れる日の晩に大規模な敵軍の侵攻があること。

その狙いは、警備が手薄になった内門を突破し、宿舎を包囲する為のものであると説明した。

 

 

「つまりだ。先の作戦で君たちが活躍しなかったら、まともな武装が乏しく兵員が少ない状況下で宿舎にて死に物狂いで防衛戦を実施するところだった。諸君らの活躍には感謝している」

 

 

なにより、兵士たちの活躍を労い、褒めて伸ばす作戦を実施した。

これにより、自己肯定感を増加させ、祖国へ向ける忠誠心をなんとか保とうとした。

ちなみにアルバートが向ける祖国への忠誠心は、ほとんどなくむしろさっさと滅べと思っている。

大好きな伴侶を引き離した上層部と同僚を恨む彼は、その素振りを見せないまま説明を続ける。

 

 

「さて、ここからが本題だ。宿舎には決められたルールがあり、私すら自由に弄る事はできない。だから備品や部屋の改善や改装はできない。ここまでは良いな?」

 

 

当初、宿舎の部屋の1室にベッドを集めて家賃の節税を行なおうとした。

ところが、本部にダメだしをされたので諦めたが、状況が変わった。

 

 

「さきほど伝えた通り、宿舎が戦場になる可能性がある。君たちにとって楽園だった場所は今では君たちを追い詰める監獄や棺桶になる可能性になったわけだ。だったら逆に話は早い」

 

 

敵軍が優先して宿舎の包囲を狙って来るのであれば、宿舎に拘る必要はない。

舎の設備を手放して別の場所を拠点にすれば良い。

どうせスパイによって内情をバラされている以上、まともに防衛する方が無駄かもしれない。

 

 

「そこでだ、既存の施設を改装して諸君たちが望む宿舎にしようじゃないか」

 

 

だったら裏を掻けばいい。

スパイの情報を活用して敵軍が侵攻してくるのであればそれを利用するまでである。

 

 

「ここまでの話で異論や質問はあるか?」

「はい、あります」

 

 

ここでポイントなのは、兵士たちにも会話に参加させる事である。

彼女たちの要望もあるが、なにより彼女たち自身が実感してくれなければ意味が無い。

その意図を察したのか分からないが、マルフーシャが無表情で挙手をした。

 

 

「よろしい、発言を許可する」

「敵軍の包囲に耐えきれる宿舎になりそうな施設などあるのですか?」

 

 

それは真っ当な指摘であった。

いくら宿舎の代わりとなる施設を利用したところで陥落しては意味が無い。

なにより、内門を突破するほどの戦力から施設を守り切れないと彼女は考えたのだろう。

 

 

「なるほど、良い指摘だ。もちろん、考えてあるさ」

 

 

それ自体は想定内だったが、相変わらずマルフーシャの指摘は鋭い。

もし、士官学校の同期だったら敵視するほどに厄介な素質であり、素直に讃えたい気持ちもある。

彼女の発言を讃えつつも、アルバートは自身が考えていた宿舎計画を告げる事となった。

 

 

「なあ、考えて欲しい。この地区で一番頑丈な建物ってどこだか分かるか?」

「…え?司令部の建物とか上級国民のシェルターでしょうか?」

「確かに頑丈ではある。だが、もっと頑丈の建物があるぞ」

 

 

いきなり質問を繰り出してきた上官に対してマルフーシャなりに考えて返答した。

しかし、上官は好意的に返答を受け入れつつも、何かを求めていた。

その答えに辿り着いたのは、上官や同僚の顔色を伺う事が得意なビオンであった。

 

 

「射撃場でしょうか」

「正解だ、ビオン一等兵。正解した記念に干し肉をやろう」

「え?ええ?」

「要らないなら渡さないが…」

「もらいます!頂きます!頂戴いたしますぅ!!」

 

 

実は、この第13地区で一番頑丈な建物は射撃場である。

冷静に考えて欲しい。

大型機械兵の装甲すら撃ち続ければ貫通する銃火器に耐えれる施設がヤワじゃない。

なにより射撃場となれば、武器や弾薬も近くに保管している事となる。

しかも武器を狙う襲撃者対策までしてあるので防衛力も高いという物件となる。

 

 

「待ってください!たかが分隊の為に射撃場を独占できるのでしょうか?」

 

 

ここで異論を唱えたのは、またしてもマルフーシャだった。

連行されていた住民を奪還したのはいいものの祖国からすれば、反逆行為でしかない。

なので強制的に徴兵されており、軍事訓練をする必要性があると誰もが分かっていた。

それでもマルフーシャしか発言しないのは、単にここでの習慣に染まっていない影響もある。

 

 

「ああ、大丈夫だ。本部からの返答を代弁するとしよう」

 

 

既に生半可な将兵ではできない真似をする彼女は、上に立つ資格がある。

すぐにでも打たれそうな杭ではあるが、彼女の発言に感化されたアルバートは責めない。

 

 

「射撃場で弾薬を使用するくらいなら機械兵に当てろとさ。実戦で覚えてもらう事となった」

 

 

ここでマルフーシャは思い出す。

第13地区に派遣される前に兵科と銃器の適正試験を受けた事に。

あの時は安全地帯という事もあり、いろんな意味で猶予も時間もあった。

しかし、現状は目と鼻の先に機械兵が迫ってきている状況である。

 

 

(それに私は実戦で機械兵を撃った)

 

 

配属されて出会ったライカ監査官に簡潔に防衛任務を告げられて実戦に移った。

所持していたハンドガンで外門に近づく機械兵を訳も分からず撃ち抜いたのは良い思い出だ。

本来であれば、その時点で可笑しいと気付くべきだった。

 

 

「つまりだ、シェルターよりも頑丈な建物はもう使われないって訳だ。せっかく1個小隊が同時に利用できる施設だというのに勿体ないと思わないか?しかも射撃場は内門のすぐ近くにある」

 

 

それはそれとして更に射撃場の利点をアルバートは説く。

複数に別れた宿舎から内門までの距離は長い。

ところが、射撃場で訓練を修了した兵士を前線に連れて行く為に門までの距離はかなり短い。

下手すれば、就寝中に奇襲で叩き起こされても、救援に間に合って応戦できるほどの距離だ。

 

 

「確かに……射撃場なら」

「包囲されても安心できるね」

 

 

ここまで上官の説明を聞いたエノスとアリビナも射撃場の利点に気付く。

誰もが納得しようとする中、意外な人物が抗議する事となる。

 

 

「待ってください。射撃場と宿舎は機能が違います。宿舎の代わりになりません」

 

 

なんとフェリセットが射撃場は宿舎にならないと抗議してきたのだ。

意外過ぎるお嬢様の抗議に誰もが度肝を抜く。

なんならアルバート本人が一番ビビったまである。

 

 

「その点はご安心を、工兵出身の私がリフォームして室内の環境をできるだけ宿舎に近づける。もちろん、宿舎の部屋には劣るかもしれないが、8人の兵士に満足してもらえるようには努力する」

 

 

さすがに2等級国民であるフェリセットの発言は、アルバートも無視できない。

いつもは「お姉さん」と呼んで世話を任せる彼女の格の高さには彼も抗えきれないのだ。

だから誰もが扱いに困って最終的にマルフーシャのペットの座に収まったと言える。

 

 

「はいはい!!アリビナちゃんにも提案があります!!」

 

 

アルバートの返答に安心したのか。

さっきと打って変わって気怠そうになった彼女はマルフーシャの足元に寝転ぶ。

茶色のタイツに程よく引き締められた艶めかしい両脚は男の劣情を誘う。

そんな隙を見せた上官を見てアリビナが見逃すわけもなく発言の機会を与えてしまった。

 

 

(…うわ、これはまずいパターンじゃねぇか)

 

 

ザリガニ色の髪色と自認するアリビナの提言に碌な内容じゃないと分かっている。

だから話を聞く前に憂鬱になった彼は、伴侶の顔を思い浮かべる。

伴侶の笑顔を見たのはいつだったかと思い出せずに手紙を書こうと思った。

 

 

「で、こうなった」

 

 

そうと決まればすぐに実行するのがアルバートである。

伊達に無茶ぶりだらけの補給を担当していた事はあった。

 

 

「ねえ、鈍臭くない?いつまで乙女に壁を支えさせるの?」

「上官に向かってその口ぶりはなんだ、ベルカ衛生兵」

「事実を述べただけですが、何か?」

 

 

射手同士の安全を確保する防護壁を用いて部屋を作ろうと試みていた。

しかし、1人ではさすがに無理なのでマルフーシャ分隊全員を徴用する事となった。

 

 

(……そりゃあ、マルフーシャくらいしか仲良くならないわけだ)

 

 

壁を支えているベルカであるが、その口の悪さにアルバートはうんざりしている。

それもそのはず。

なんだかんだで面倒を見てくれるライカ元監査官が唯一、匙を投げて放置した逸材なのだ。

他の兵士は、マルフーシャに紹介や様子を確認していたのに彼女だけは避けるほどだった。

 

 

「できたぞ」

「もっと早くできたでしょ?ホラ、早く他の子の手伝いに行ってきなさい」

「…君は上官への口の利き方を覚えた方がいいかもな」

 

 

こめかみに青筋を立てている士官は、今までの経験で怒りに耐えているだけだ。

もしも、新兵だったらベルカを殴り倒していると実感しつつも、次の工程に移る。

 

 

「配線は人体の血管だと思え、間違って切れたら二度と修復はできんぞ」

「わ、わかってますぅ!」

 

 

天井上に上ったビオンは必死に指示された場所に配線を括りつけている。

上官からのダメ押しにビビりながらも必死に仕事をこなしていた。

 

 

「…扉をつけると部屋らしくなった」

 

 

一方、プライベート部屋の完成を誰よりも早く目撃したストレルカは本音を漏らす。

 

 

「なんか地味ね、インクを使って内装を賑やかにしていい?」

「…インクの無駄だから止めて」

「インクの無駄!?」

 

 

そこにライカがやってきて内装を確認したが、ぶっきらぼうな部屋に不満があるようだ。

せめてインクで落書きをして女の子らしい部屋にしようとしたのだろう。

それを部下であるストレルカに阻止されて一蹴されたライカ班長は涙目になった。

 

 

「アリビナちゃん頑張っちゃうよー!」

「おう、頑張れ」

「そこ!!超天才美少女のアリビナちゃんに頑張っているのにその態度は何!?」

「早く切断しろ。後がつっかえているんだ」

「ぐぬぬぬ、私が気にかける殿方は滅多に居ないのに~!」

 

 

破損して動かなくなった機械兵を解体するアリビナは、存分に自分をアピールする。

そのアピールを適当にあしらった上官の態度に憤慨し、愚痴を溢していた。

余談であるが、機械兵に使用されているネジやボルトはカゾルミア製より遥かに品質が良い。

通称、ネジガチャと呼ばれる儀式が無い他国製のネジは工兵も溺愛している。

 

 

(電熱線技術と軍事力以外、他国に劣るとはいえ…ここまで品質に格差があるか)

 

 

スクラップから取り出したボルトを見てアルバートはショックを受ける。

焼き入れと焼きなましが適当な祖国と違って他国製のボルトはかなり頑丈だった。

すぐに部屋を仕切る壁とそれを支える柱を接合する用途に使用するほどであった。

 

 

「フェリセット、疲れてない?」

「お姉さん、心配無用です。自分とお姉さんの寝床くらい自力で作れます」

 

 

意外にも専門知識が要らない業務では、フェリセットが一番仕事が早かった。

なんなら工兵出身の上官と同じ仕事をしても遥かに速く彼女が先に終えるほど。

さすがに心配になったマルフーシャが声をかけたが、問題ないようである。

 

 

「できましたわ、お姉さん。私たちのダブルベッドの完成です」

「…すごい、30分もかかってない」

 

 

フェリセット特製、お姉さんと一緒に寝れる頑丈なダブルベットを30分足らずで組み立てた。

これにはマルフーシャも感心し、自慢げになっているフェリセットの頭を撫でる。

 

 

「次も私たちが使う家具を作るけど…頑張れる」

「頑張りますー。今日から使用できるなら作っておきたいです」

 

 

フェリセットは仕事モードになれば完璧な成果を示す。

その仕事モードにさせるのが苦難であり、マルフーシャ以外に彼女を活かす事ができない。

あっさりと口車に乗ったフェリセットは騙されていると気付かずに家具の作成に取り掛かった。

 

 

「終わりましたー。お姉さん!私をベッドまで連れて行ってください」

「着替えなくていいの?」

「先にベッドの感触を確かめたいですー」

 

 

結局、全体の仕事量の内、4割弱をフェリセットがこなしてしまった。

連日かけて射撃場を改装した甲斐があり、立派な宿舎となったと誰もが納得する出来である。

いざ、完成したと実感した瞬間、彼女は最精鋭の仕事人から堕落した要介護者に変貌した。

 

 

「よっこいしょと…!」

 

 

フェリセットを抱き寄せてお姫様抱っこをするマルフーシャはベッドに向かって直行する。

慣れた手つきでベッドに相方を寝かしつけると更なる注文が入る。

 

 

「お姉さん、一緒に寝てください。そして存分に私を撫でて子守唄を歌ってください」

「フェリセット、さすがに子守歌をするには時間は早いよ」

 

 

精神年齢がどんどん若返り、下手すれば赤子に近くなった女性に子守唄を強請られた。

慣れているのか、さすがに時間が早いとツッコミを入れるマルフーシャもどこかズレている。

当の本人たち以外は本気でそう思った。

 

 

「せ、せめて一緒に寝て抱き締めてください。それくらいは問題ありませんよね?」

「全く甘えん坊なんだから。少しだけだよ」

 

 

なにより、マルフーシャもどこかフェリセットに依存しているのか全く抗えていない。

ダブルベッドに入って掛け布団を被り、幼児退行したお嬢様を優しく抱き締めて頭を撫でる。

 

 

((((寝た!?))))

 

 

そのまま寝かしつけるのかと思ったらベッドの中に入った2人は寝てしまった。

よっぽど疲れていたのか。

それとも、ここが安全で安心できる場所と示すように仕向けたのか。

とにかく、6名の女兵士と工兵出身の士官は同じ心境を味わう事となった。

 

 

「アルバート指揮官。退室をお願いします」

「そうだな」

 

 

とりあえず、宿舎となった射撃場を楽しみたいのだろう。

エノスに詰め寄られて出口まで誘導されたアルバートは締め出された。

 

 

(自分の扱い悪くねぇ!?)

 

 

ようやく部下から利用されるだけ利用されて切り捨てられたと自覚した。

 

 

(まあいい、これで士気は向上、汚れ仕事や殺人を犯しても頑張れるだろう)

 

 

だから無駄に開き直って今後にとって良い事だと考えるしかない。

 

 

(それにー)

 

 

アホみたいに硬いコンクリートで作られた射撃場は頑丈である。

もしも、大型機械兵による総攻撃を受けても、そう簡単には陥落しない。

 

 

(囮に最適だ)

 

 

いわば、囮にして逃亡する時間を稼ぐにはピッタリな場所であった。

ここで籠城してくれれば、補給無しでも2週間は持つ。

 

 

(さて、帰る前に内装を地図で確認するか)

 

 

締め出された以上、そのまま執務室に戻っても良いはずだった。

しかし、設計ミスや意図しない事故で呼び出しを喰らう可能性がある。

よって所持していた地図を懐中電灯で照らして射撃場の内装を確認する事にした。

 

 

(えーっと)

 

 

一旦、確認しておくが、射撃場を改装したのはほんの一部でしかない。

だから元からあった弾薬庫やトイレ、シャワー室、監視室は特に弄っていない。

 

 

(最大16名が活用できる射撃ブースは、大きく分けて5つの部屋に分けた)

 

 

実際に実弾を発射する大部屋だけを大胆に改装した。

まずはバリケードを多く用いて作成した寝室。

8つの2段ベットに士官用ベット1つ、そして何故かできたダブルベット。

予備の敷布団を含めれば、40名の兵士が余裕で寝泊りできる空間となっている。

 

 

(ここが一番の激戦区になるだろうな)

 

 

建前上は、宿舎空間まで足を運んだフェリセットをベットに運びやすくする為。

本音としては、ここでベットや仕切りに使用したバリケードを活用する為。

悪く言えば、ここで機械兵の軍団と死に物狂いで交戦する場所となっている。

 

 

(次はプライベートルーム)

 

 

正面の入り口からは死角になる場所に3つの小部屋が存在する。

たまには1人っきりになりたい兵士がここで過ごすことでストレスを発散させる場所となる。

 

 

(その隣は化粧室)

 

 

プライベートルームの隣には化粧室を作った。

わざわざ排水管を通して大きな浴槽とシャワー室2個、個室トイレ3つ完備している。

洗濯機や乾燥機もあるので衛生環境を維持する事が出来る。

いざとなれば、貯水場となって長引く籠城生活での経戦能力の向上に繋がる事であろう。

 

 

(向かい側には書庫)

 

 

プライベートルームと化粧室の場所と反対側にあるのは書庫である。

ここには、ストレルカが調達した書物が大量の本箱に納められて保管されている。

奥には暖炉があり、いざとなれば貴重な暖房具として活用される事となる。

 

 

(隣には談話室)

 

 

書庫の隣には談話室があり、兵士たちがコミュニケーションを取れる憩いの場となっている。

男性視点からすると、コレ居る?問題に悩まされるが、女性には必要である。

なにせ話を聞いてもらったり、共感してもらう事に必死になる事が多いからだ。

 

 

(いや、要らんだろコレ…)

 

 

アリビナの提案で作った部屋なのだが、思ったよりスペースを喰った。

なにせ射撃ブースの半分以上の空間を占めているのだから。

ギリギリまで人を詰めれば150人以上も入れる空間となってしまった。

彼女曰く、解放感と多目的用の雑談スペースを確保したと言ったが、未だに考えが理解できない。

 

 

(あとはキッチン)

 

 

それとライカ班長からキッチンの要請があったのでシンクと蛇口、電熱コンロを設置した。

本来ならここで調理する必要が無いが、非常時に欲しいという事で設置した。

何故か自販機や配給機の設置も求められたのでここに設置する羽目になった。

全く、女というのは不思議な生物だとアルバートは思っている。

 

 

(最後に保管庫)

 

 

射撃場とは別の場所に武器庫と弾薬庫があり、厳重なセキュリティに守られている。

しかし、もしも内門を突破されて包囲されてもいいように武器庫を新たに作った。

理論上は、寝室を活用する40名の兵士が2週間活動する事ができるようになっている。

 

 

「…ここまでにするか」

 

 

まだ地図で確認していない場所があったが、これ以上は考えないようにした。

なにせ乙女専用の宿舎なのだから玄関前とはいえ男性がこの場で長居する訳にはいかない。

これからの未来を憂いつつ物思いにふけりながらアルバートは射撃場から離れた。

 

 

(今日は満月か)

 

 

連合軍の大規模な侵攻実施日は、明日の晩である。

ちょうどマルフーシャが第13地区の門衛に着任してから80日目になる頃だ。

 

 

(間に合ってよかった)

 

 

できることはした。

あとは、明日の激戦に備えて寝る事だけを考えるしかなかった。

そんなもどかしさを感じながら満月で照らされた地面を歩き、アルバートは執務室に向かう。

まるで自分の居場所がそこしかない事を示すように。

 

 





-----
【カゾルミア国民プロフィールシート】

名前:ライカ
階級:3等級国民

294年 セルゲイ軍学校卒業
296年 マルフーシャ分隊に所属 班長


概要
ストイック系クール憲兵

政府高官の末娘。教育熱心な親に厳しくしつけられて育った為、
自分にも他者にも厳しい。
ストイックな性格から能力も高く憲兵として活躍していたが、
人手不足の為前線へ応援として派遣されてきた。

密室と暑さに対してトラウマがあり暖房や暑いことを嫌う。
幼い頃、一度だけ致命的ミスを犯して父親から折檻された挙句に閉じ込められた。
丁度、真夏日で真っ暗な倉庫は彼女にとって悪夢より恐ろしい場所だった。
それから味方の足を引っ張る存在を嫌うようになったが、猶予は与えている。

とにかく気分転換が重要だと考えている彼女はいつも散歩をする。
すると、いろんな光景が見えて来る。
今まで新兵だと思っていたマルフーシャが分隊長として教育を受けているところ。
ビオンやエノスがなにやら特殊な訓練を行っているところ。
その時、いつも思う事がある。

自分は何か成長しているのかと。
厳しく恐ろしくも尊敬しているお父様の末娘として何ができるのかと。
だから彼女はとにかく先輩として、模範的な兵士として前に進む事にしている。
それが同じく迷いがある兵士たちの道標になると信じて。


「弱音禁止。やるからには完璧にやり遂げるわ」


趣味:手芸/インクでお絵描き
すき:散歩/犬
きらい:暑さ/敵性スパイ
性格:クール
身長:159cm
役職:憲兵→分隊の班長
-----
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。